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13.死神


 ー1ー


 どうしてそうなったのか。

 キッカケは些細なことであり、実に馬鹿らしいものだった。

 後から思い返してみても頭を抱えたくなる。

 本当にどうしてこうなった。


 東堂の一件が片付き、一ヶ月程が経過したある日の出来事。

 その日もいつも通りに地球に召喚されていた。


 「向こうはどんな感じだ?」


 何気なしにルナが聞いてきた。


 「一言で言えば、山登りって感じだな。これを超えれば前線基地に辿り着ける。そこまで行けば、リッチーの居城は目と鼻の先だ」


 前線基地。

 リッチーの居城の近くに作られた拠点の名称である。


 「そうか。旅も終盤だな」

 「ああ、終わりが見えてきた。リッチーを討伐すればこの旅も終わりだ」

 「旅が終わったらどうするんだ?」

 「うーん。どうしようかな。特に何も考えていないな」

 「考えていないのか」

 「考えてない。あっ、でも、テルとどこかに出掛けて買い物をしようって話を昔したな。お互いの服を選んで買って、それを着たいって……。随分前に話したことだけど、テルは憶えているかな?」

 「買い物ねえ……。つまりデートをするってことか」

 「まあ、うん……。そうしたかったんだけど……テルがポニィも一緒にって……」

 「それは残念だったな」


 ルナは愉快そうに笑う。


 「そんな笑うことはないだろ」


 ルナは笑うのを止めて目を伏せる。


 「……旅が終わったら、こっちで暮らしてもいいのだぞ」

 「え?」


 何を言っている。

 そう思ったがすぐに思い出した。


 「……それって、前に話した契約の話か?」

 「そうだ」

 「それは止めとくよ。なんだかんだで向こうでも楽しくやっているし。今更地球で暮らすのはなんだかなーって感じだし」

 「……そうか。向こうでの使命を果たしてもこっちの使命は忘れるなよ」

 「ルナの護衛だろ。ちゃんと憶えているよ。でも、アレだよな……」

 「アレ?」

 「向こうはリッチーを倒せば終わりだけど、ルナの護衛は一生続くんだな。なんていうか、面倒だな」

 「……面倒?」

 「だって、どんなにセイヴァーハンドの構成員を倒しても終わらないじゃないか。一生続くんだよ、ルナが生きている限り。リッチーを倒したらゆっくり過ごせるのかと思っていたけど、護衛があるからそうもいかない。しかも命が掛かっているから気が抜けない。気を抜いたら殺されちゃうし。一生気が抜けない状況が続く、これを面倒と言わず何と言う。強いて言うなら迷惑か? 厄介事でもいいか? 面倒だし、迷惑だし、厄介だな、ホントに……」


 いつになく舌が回る。

 何故だろうか。

 相手がルナだからだろうか?

 まあいい。

 理由なんて何でもいいし、後から付けたって問題ない。

 それにここまで言ってしまったんだ。

 全部言ってしまおう。

 そう考えた矢先だ。


 乾いた音が響いた。

 叩かれたのだ。

 ルナに。

 頬を。


 一瞬の静寂。

 何が起きたのか呆けるが、すぐに気を取り戻す。

 そしてルナを睨みつけて叫ぶ。


 「いきなり何するんだ!」

 「うるさい! お前をどうしようが、主である私の勝手だ!」


 ルナも負けじと睨みつけてきた。


 「勝手ってなんだよ! そう言ってこき使いたいだけだろ! 大体なあ、従者なんてやりたくてなったわけじゃないのにどうしてこんな扱いされなくちゃならないんだよ!」

 「お前の命を拾ってやったのはこの私だ! 拾った物を従者に使って何が悪い!」

 「拾ったのは命じゃなくて死体だろ! 人の死体を勝手に使っておいてよくもまあそこまで偉そうにできるなあ! それになんだよっ、人を物みたいに扱いやがって! そういうところが気に入らない!」

 「お前に気に入られたいと思ったことなんて一度もない! 大体な、私がいなかったらお前は向こうの世界で野垂れ死んでいたんだぞ! 感謝される言われはあっても、文句を言われる筋合いはない!」

 「馬鹿にしているのか! 元はと言えばルナがセイヴァーハンドに追われていてそれに巻き込まれたのが原因だろ! あれがなければなあ、向こうで勇者をやることもこっちで苦労したり迷惑を掛けられたりすることがなくて悠々自適に暮らしいたんだ。それを全部っ、全部台無しにしたのはルナなんだぞ! 分かっているのか!」


 そこまで言い募ると、ルナは不貞腐れたようでそっぽを向いた。


 「百歩譲って向こうで勇者をやるのはまだいい。それなのになんだよ。ルナは自分がしたことを分かっているのか? ちゃんと理解してるのか? どうせ、そうやって不貞腐れていればいいと思っているんだろ。良かったな、そうやっていれば茜さん達が解決してくれるんだから」

 「……本気でそう思っているのか、お前は?」

 「あっ……。あ、ああ……、思っているね。ついでに言えばな、子供っぽいなとも思っている。何でもかんでも人に頼ってばかりで……」


 そこまで言って気が付いた。

 ルナが握りこぶしを作り、震えていることに。


 「……要するに、嫌だと言うのだな……」


 絞り出すような声。

 その声も体同様に震えているように聞こえた。

 怒りに震えているのか。

 それとも悲しみに震えているのか。

 判断がつかない。

 状況を鑑みるに前者だろう。

 だけどもし、後者だったら……。

 思わずたじろいでしまうもルナは構わず続ける。


 「そんなに嫌なら一生勇者ごっこでもしていろ!」

 「ぐふっ……!」


 振り返った彼女の拳が腹に突き刺さる。

 体がくの字に折れて崩れ落ちようとした時、顔面に膝を叩き込まれた。


 「ぶへぇっ……!」


 床の上に倒れ込む際に彼女の顔を一瞬だけ捉える。

 怒り、悲しみ、後悔。

 それらが入り混じったなんとも言えない表情。

 それを見て、胸の奥から痛みが滲み出る。

 この感情はなんだろうかと疑問を抱きながら気を失うのだった。




 ー2ー


 パチパチと焚き火が弾ける音がする。

 目を開けると辺りは闇に包まれていた。

 その闇の中、燃える焚き火だけが灯りとなって周囲を照らす。


 「あっ」


 上方より聞こえる声。


 「お目覚めですか、勇者様」


 優しく声を掛けてくるアマテル。


 「えっと……おはよう?」

 「まだ夜ですよ」

 「じゃあ……こんばんわ」

 「はい、こんばんわ」

 「それよりも何しているの?」

 「……膝枕です」


 そうだよな。

 膝枕でもしないと、この角度でアマテルの顔を見上げられないよな。

 顔を真っ赤にするくらいに恥ずかしいならやらなきゃいいのに。

 まあ、こちらとしては大歓迎なのだが。

 ただ、旅の最中なので当然周りには仲間が居るはずだ。

 この光景を見て皆はどう思っているのだろうか。

 視線を周囲に巡らせてみた。

 ポニィは帽子を目深にかぶり顔を伏せている。

 だけど、こちらが気になるのか、帽子の隙間からチラチラと様子を窺ってきた。

 ローゲンは……暗くてよく見えない。

 娘同然に育ててきたアマテルが、目の前でこんな事やっていてどんな気持ちを抱いているのだろうか。

 うちの大事な姪は渡さないとか言い出したらどうしよう。

 言わないと思うけど……多分。

 二人がどう思うかよりも、この温かく柔らかい感触をしっかり堪能しておきたい。


 「勇者様、気を失っていましたけど、向こうで何かあったのですか?」


 向こうで……。

 何かって、そりゃあ――


 「……」

 「勇者様?」


 「あいつーーーーーーーーっ!!!!」


 ガバリとアマテルの膝の上から身を起こす。


 「ゆっ、勇者様っ?! えっと、その……どうしましたか? 何かあったのですか?」


 いきなりの行動に驚いたアマテルは慌てふためく。

 ポニィもものすごく驚いている。

 驚かせてごめんなさい。


 「……悪い。ちょっとムカつくことがあってな」

 「そうですか。ひとまず、落ち着いたのなら何よりです」


 落ち着きを取り戻したのを確認すると、アマテルは自身の隣に座るように促す。

 さすがにもう膝枕はしてくれないようだ。

 若干ガッカリしながら、隣に腰を下ろした。


 「ところで、テル」

 「はい、なんでしょうか?」

 「怪我を治してくれたのってテルだよね?」


 腹やら顔面に攻撃をモロに受けた気がするが、痛みがない。

 顔面は分からないが、腹には痣がないのを確認する。

 あの状況でルナが治すとは思えないし、治すとしたらアマテルだけだろう。


 「怪我ですか? 勇者様に怪我なんてなかったですよ。気は失っておりましたけど」

 「え?」


 それじゃあ、ルナが治したのか?

 自分でボコボコにしといて、それを自分で治すという訳の分からないことをやったのか?

 だけど、最後に見たルナの表情。

 見たのは一瞬だったけど、あれは見間違いじゃない。

 あの何とも言えない表情。

 ルナが手を出してきたのは本意じゃないかもしれない。

 もしかしたら、自分の抱いた感情、それをどうしたらいいのか分からなかったのかもしれない。


 「どうしましたか?」

 「うん……ちょっと色々とあって……」

 「何があったのか、聞いてもいいですか?」

 「うん……」


 地球であったことをアマテルに話した。


 「なるほど、ルナさんとケンカしたのですか」

 「どうしたらいいかな?」

 「勇者様はルナさんが嫌いというわけではないのですよね?」

 「……嫌いではないと思う。だけど好きかって聞かれると悩む」


 それを聞いたアマテルは苦笑する。


 「好き嫌いはともかく、仲直りをするしかありませんね」

 「うん……。どう、仲直りしたらいいかな?」

 「勇者様から聞いたルナさんの印象を考えますと、謝るのが一番いいと思いますよ」

 「謝る……謝るかあ……。なんか嫌だな……」

 「勇者様の発言がケンカの原因ですからね」

 「それは、まあ、そうなんだけど……。ホントは続きがあったのだけど、それを言う前にルナに叩かれて。それでついカッとなっちゃったんだよ。その後は売り言葉に買い言葉の言い合いになって……」

 「そこまで分かっているのでしたら、謝れますよ」

 「でもなあ……」


 煮え切らない態度にアマテルは嘆息する。


 「今の勇者様はあれですね……」

 「あれ? あれって何?」

 「いえ、なんでもないです」

 「気になるじゃないか。教えてくれよ」

 「……怒らないでくださいね。私も勇者様とケンカをしたいわけではありませんので」


 頷き、続きを促す。


 「子供っぽい……そう思いました」

 「……」

 「……」


 しばしの間、見つめ合い、立ち上がった。

 アマテルに背中を向けるように移動し、立ち尽くす。


 「……謝っとくよ。今度召喚された時に」

 「はい。それがいいですよ。ルナさんはどこか勇者様に似ている気がしますので、勇者様と同じように今も悩んでいるはずです。謝ればきっと許してくれるはずですよ」

 「ちょっと待て」

 「はい?」


 聞き捨てならないことを言っていたぞ。


 「ルナと似ている? どこが?」

 「印象でしょうか?」

 「印象……。まあ、ルナも子供っぽいからな。というより、背が低いから見た目も子供っぽい。いや、完全に子供だな。うん、ルナは子供。お子様。さすがにあれと同じにされると困るな」

 「…………」


 そういうところが子供っぽいなと、アマテルは思ったが口にしなかった。


 「それに子供っぽいとかってあまり言わないで欲しいかな」

 「私は子供っぽい方が好きですよ」

 「それなら子供っぽいって言われても……いや、やっぱ嫌だな。子供扱いされるのは嫌だな」

 「そうですか。それは残念です」

 「そうは言うけど、テルだって子供扱いされたら嫌でしょ」

 「うーん。相手によりますかね」

 「相手に?」

 「はい。例えば、おじ様に子供扱いされても、それは仕方ないかなーって思いますね」

 「じゃあ、逆にこの人からは子供扱いされたくないとかはあるのか?」

 「……勇者様に子供扱いされたら嫌ですね」

 「そうなの?」

 「そうなのです」


 年齢が近い相手からは馬鹿にされたくないからだろうか。


 「夜も深くなってきましたし、そろそろ休みましょう。私が先に見張りをしているので、勇者様は先に休んでください」

 「あっ、うん……。分かった……」


 言われるがままに寝る準備をする。

 横になりながら、次に召喚された時にルナに謝っておこうと心に決めるのだった。




 ー3ー


 翌日、山越えは予定通りに決行された。

 順調に進んでも、山越えには数日は掛かる。

 時間が掛かるのはある程度覚悟していたが、悪路に加えて立ち込める白い靄が影響して大して距離を移動できずに野宿に入った。


 「今日は召喚されないな……」


 いつもの時間になっても地球への召喚は行われなかった。

 まだ怒っているのだろうか。

 食事を終えて、焚き火を囲っているとアマテルが声を掛けてきた。


 「まだ怒っているのでしょうか?」

 「かもね……。ルナは頑固だから……」


 日を跨いで昨日よりも冷静になれた。

 昨日よりも昨日のことについて反省している。

 早く会って謝りたい。


 「それにしてもやっぱり勇者様は優しいですね」

 「優しい?」

 「視えていたはずですよ、勇者様の右眼なら。反撃をしようと思えば出来たはずです。それなのに手を出さなかった。女の子に手をあげないなんて、勇者様は優しいです」


 女の子? 誰だ?

 ……あっ、ルナのことか。

 女の子と言われて一瞬誰のことだか分からなかった。

 今まで異性として意識してこなかったし、もっと言えば子供だと思っていた。

 体が小さいのが悪い。

 どこからどう見たって子供にしか見えない。

 うん、しょうがない。

 そうやって無理やり自分を納得させる。


 「女の子って言ったら、また子供扱いするなって怒られそうだな」

 「それは大丈夫だと思いますよ」

 「そうなの?」

 「そういうものですよ」

 「ふーん、そうなんだ」


 よく分からんな。


 「それよりもちゃんと仲直りしてくださいね」

 「次会った時は謝るよ」

 「…謝るだけではダメだと思います。それでは仲直りできません」

 「どういう意味だ?」

 「私が教えるのではなく、勇者様が気付かなければ意味がありませんよ」

 「……」


 自分で気付かなければ意味がない。

 アマテルはそう言うが自分は一体何に気付けばいいのだろうか。


 その夜、遅くまで待ってみたが、地球に召喚されることはなかった。




 ー4ー


 この山を越えれば前線基地に着く。

 リッチー討伐の最前線である拠点、前線基地。

 長いようで短いような旅だったが、ようやく終わりが見えてきた。

 もっとも前線基地に辿り着いても、それで終わりではない。

 リッチーの討伐。

 それを成し遂げなければ旅の終わりは訪れない。


 「勇者様、足場が悪いですけど疲れは出ていませんか?」


 白い靄で見通しが悪く、山道も悪路が続く。

 その道すがら、いつもみたいにアマテルが気遣って声を掛けてきた。


 「大丈夫。それよりもテルの方は大丈夫か? 疲れてない?」


 心配してくれるのは嬉しいが、こちらからしたらアマテルの方が心配である。


 「私は大丈夫です! こう見えて体力には自信がありますから!」


 アマテルは胸を張って自慢げに答える。


 「テルは、昔から元気」


 ポニィの補足でアマテルはさらに自慢げになる。


 「元気過ぎて、よくやんちゃをしていたがな」


 ぼそりとローゲンが呟いた。


 「やんちゃ?」

 「ああ、今でこそ落ち着いてはいるが、昔は喧嘩っ早いところがあって、よく近所の男の子を泣かせていた」

 「おじ様っ!?」

 「へー、意外だな」


 昔からおしとやかなイメージがあったけど違うようだ。


 「知ってたか?」


 ポニィに聞いてみると、こくりと頷いた。


 「ポニィまでっ!? 勇者様、これはその……違うんです! 違うんですっ。本当の話ですけど。小さい頃の。本当に、物心もついているかいないくらい小さい頃の話でして。ポニィがその、からかわれていたので、その……助けるためだったんですっ」

 「そうか」

 「本当ですよっ! 信じてますかっ?! 信じてください!」


 顔を真っ赤にして必死に弁明する。

 普段落ち着いているのに、時折今みたいに子供っぽいところがあるな。

 子供っぽいと昨夜に言われたが、アマテルも人のことを言えない。

 それにしても、慌てふためく姿からはいつもと違った可愛いさがある。

 その姿に和みながら口を開いた。


 「信じるから。うん。一旦落ち着いて。はい、深呼吸」

 「……はい」


 深呼吸させて一旦落ち着かせる。

 それでも、まだ恥ずかしさがあるのか顔を赤くしている。


 「……信じてくれますか?」


 しおらしくしたアマテルが問いかけてくる。


 「信じるもなにもテルらしいなと思ったよ」

 「私らしいですか?」

 「ポニィを助けようとしたんだよね。やり方が正しいかどうかともかく、子供なりのやり方でポニィを助ける。正義感の強いテルらしいじゃないか」

 「……」


 アマテルは顔を伏せて黙りこくってしまった。

 まだ恥ずかしいのか耳まで真っ赤だ。

 もう少しからかってやりたかったが邪魔が入る。


 「……ローゲン」

 「気付いたか?」


 ローゲンも気付いたようで、足を止める。


 「ああ、何かいる。あれは……アンデッドか」


 白い靄で見通しが悪かったがアンデッドが数体いるのが薄っすらと見えた。


 「まだ少し距離があるな。向こうはこちらに気付いていない。今なら奇襲を仕掛けられる」




 ー5ー


 アンデッドの数は四体。

 全員が武装している。

 粗悪な装備ではなく、上等な装備だ。

 彼らもかつてはリッチー討伐を志した者達であろう。

 それが今ではアンデッドの一味に加わっている。

 勇者候補達の目的地は皆一緒。

 リッチーの居城に近付くにつれて、ああいった手合いが増えてくるのは仕方ない。

 そんな彼らのために出来ることは討伐をすることだけ。

 そしてそれは今も変わらず行われる。


 各々が配置につき、合図を待つ。

 息を殺して待機していると、アンデッド達の左手側から氷柱が飛んできた。

 氷柱は鎧を着たアンデッドの左腕を壊すも致命傷には至らない。

 アンデッド達は一斉に氷柱が飛んできた方角に顔を向ける。

 そして、アンデッド達が各々の武器を手に駆け出した。

 二撃目の氷柱が放たれるのと同時に背後から飛び出してアンデッドに斬りかかる。

 ポニィの魔法に注意を引きつけられている隙に仕留めるのだ。

 ちなみに続いて放ったポニィの魔法は魔法使い風のアンデッドの魔法によって相殺されてしまった。


 ポニィも頑張っている。

 自分も負けられない


 雷が付与された剣は鎧を着たアンデッドの鎧を貫き、魔臓石を砕く。


 「まずは、一体。……次っ!」


 すぐさま剣を引き抜き、隣のアンデッドを狙う。

 剣を持ったアンデッド、自分と同じ剣士だ。

 剣と剣がぶつかり合い、火花が散る。

 数度、剣を打ち合う。

 剣士アンデッドの相手をしている間に、ローゲンが魔法使い風のアンデッドの魔臓石を砕く。

 魔臓石を砕かれたアンデッドは灰になり、地に還る。

 残り二体。

 これなら無傷で討伐できそうだ。


 「勇者様! アンデッドの群れが来ます! 後ろに気を付けてください!」


 戦いの最中、後方を確認する。

 アンデッドの群れがぞろりぞろりと押し寄せて来るのが見えた。

 数は……十、……二十、……まだまだいる。

 三十はいるかもしれない。


 「ああ、もう! お前は邪魔だ!」


 雷の加護を発動して剣士アンデッドの剣を力で押し返す。

 体勢が崩れたところを狙い、トドメを刺した。

 近くに残ったもう一体のアンデッドの相手をローゲンとしなくては。

 このアンデッドも剣を持っていた。

 もう一体の剣士アンデッド。

 ローゲンと二人なら仕留めるのは容易い。


 「ポニィ! できるだけ数を減らしてくれ!」


 近付いてくるアンデッドの数は尋常じゃない。

 数を減らせるうちに減すべく、ポニィに指示を出す。


 「遠慮はいらない。思いっ切りやれ!」

 「はい!」


 身を潜めていた茂みから姿を現したポニィを中心に火球が無数に出現する。

 遠慮なしにやれとは言ったけど、ここいら一帯を焼き尽くすつもりなのだろうか。

 そもそも自分はポニィの魔法の射線上にいるんだけど。


 「勇者様! こちらからもアンデッドが来ます!」

 「何っ!?」


 アマテルがいるのは反対側。

 そちらからもアンデッドが来るということは、挟み撃ちにされるというわけだ。

 数を確認する。

 近くまで迫っている群れと比べると多少は少ないが二十はいそうだ。


 「ローゲン! アマテルの方を任せる! ポニィも攻撃対象を変えられるならそちら側を援護してくれ!」

 「任せろ!」

 「わかった!」


 こちらに加勢しようとしていたローゲンは指示に従ってアマテルの方に向かい、ポニィは魔法の攻撃対象を変える。

 全てを討伐するのは無理だ。

 一度撤退するしかない。

 アンデッドの数が少ない反対側の方が活路を開けるはずだ。

 放たれる無数の火球が爆炎を上げながら木々とアンデッドを焼き尽くす。

 普段の魔法よりも威力が段違いにハンパない。

 爆風を背に浴びながら、剣士アンデッドの相手をする。

 今の魔法で何体倒せた?

 確認したいが今は押し寄せて来るアンデッドの群れの方が問題だ。


 「一旦退く! こちらを抑えている間に道を作ってくれ!」


 仲間に向けて退避を命じる。

 自分も逃げなくてはならない。

 だが、いま相手にしている剣士アンデッドが中々手練れで倒させてくれない。

 逃げるに逃げられない状況だ。


 「くそっ!」


 苦戦している間にアンデッドの群れの一部がこちらに辿り着いてしまった。

 状況は最悪だ。


 「勇者様!」

 「大丈夫だ! ローゲン、脱出路の確保を!」


 接近戦が不得手なアマテルとポニィにアンデッドを近付かせるわけにはいかない。

 ローゲンもそれが分かっているからこそ、二人の元で剣を振る。


 「おじ様! 勇者様を助けないと!」

 「分かっている! 見捨てるわけないだろうっ!! 今は脱出路の確保が優先だ! じゃなければ、全員やられる!」


 やはりローゲンは分かっている。

 その場の感情には流されずに的確に動いてくれる。

 向こうはローゲンに任せて、自分は目の前のアンデッドに専念しなくては。


 「手こずらせやがって。これで終わりだっ!」


 剣と剣が交差するかしないかのタイミングで剣をひねらせて、相手の剣を避ける。

 剣士アンデッドの横を抜けて、体を回し魔臓石に剣を突き刺した。

 厄介だった剣士アンデッドは倒した、次は他のアンデッドだ。


 「マズいな……。いつの間にこんなに囲まれていたんだ?」


 戦いに夢中になっていて気が付かなかったが、いつの間にかアンデッドの群れに取り囲まれていた。

 これでは逃げられない。


 「勇者様! 今そちらに向かうので耐えてください!」


 アマテルがいる方のアンデッドはあらかた倒したようでアマテル達がこちらの増援に来てくれた。

 しかし、アンデッドの壁に阻まれて、合流は困難を極める。

 アンデッドの数を減らすより生き残ることを優先して戦う。

 そこに爆炎が上がり、アンデッドの群れの一部が燃えていく。

 今回のように敵の数が多いとポニィの魔法が真価を発揮する。

 広範囲にアンデッドを焼き尽くす魔法。

 灰に、炭に、塵に姿を変じていくアンデッドの群れ。

 やはりポニィはスゴい。

 敵の増援が来た時は面食らったが、何とかなりそうだ。

 魔法使い系のアンデッドが少ないのも幸いしてか、アンデッドの数は着実に減っていった。

 周囲のアンデッドを牽制しつつ、一体ずつアンデッドを屠る。

 これで何体倒したかは分からないが、辺り一帯に魔臓石が散乱していた。

 これ全部集めたら相当な価値になるんじゃないか。

 拾い集めるのは面倒だけどと、がめついことを考える余裕すら生まれていた。

 しかし、その気の緩みが仇となり、視界の外から盾を持ったアンデッドが突進してくるのに気が付かなかった。

 気付いた時にはもう躱せない。

 衝突し、体が吹き飛ば出せる。


 「うあっ……!」


 体が宙を舞う。

 飛んでいるわけではない。

 そのまま地面に落ちるが、落ち葉や土がクッション代わりになって、大してダメージを受けずに済んだ。

 だが、地面に落ちても勢いは止まらず、傾斜になっている坂を転がり落ちる。

 そして、地面の上を転がっていたのに、突如地面が消え去る。


 「えっ……?」


 再び、体が宙に浮く。

 崖?

 なんで、こんな所に?

 遠くで仲間の叫び声が聞こえる。

 それよりも、これは――

 ――死ぬ。

 体が落ちる。


 「あ、ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!? ぐふっ……!」


 崖から落ちたかと思ったら、地面に叩きつけられた。

 落ちた先も傾斜になっており、さらに転がり落ちる。

 斜面から突き出た木の根や石に体をぶつけながら転がり落ちていく。

 勢いが止まらない。

 誰か助けてくれ。

 体がバウンドしたかと思ったら、背中を思いっ切り打ち受けた。


 「うっぐ……」


 あまりの強打に耐え切れずに意識が遠のいていくのだった。




 ー6ー


 「……うっ……あ?」


 気が付くと、敷き詰められた落ち葉の上で横たわっていた。

 陽は傾いている。

 どれ程の時間を気を失っていたのだろうか。


 「いってぇ……」


 全身が痛い。

 特に最後に強打したであろう背中が一番痛かった。

 背中をさすりながら立ち上がる。


 「ここは……?」


 周囲を見渡すと、自分の剣が落ちていた。


 「一緒に落ちたのか……」


 とりあえず剣を回収しておく。


 「どこだ、ここは……」


 見渡したところで自分が何処にいるのか分かるはずもなかった。

 どこを見ても木しかない。

 完全に迷子だ。

 自分が転がってきたであろう斜面を見てみる。


 「登るのは無理だな……」


 傾斜が急だし、そこを登れても先は崖になっている。

 とても登れそうにない。


 「どこか迂回して上に行くしかないか」


 とは言っても、どこをどう進んだらいいか分からない。

 だけど、仲間とはぐれたから絶望的というわけでもない。

 地球に召喚されて、この世界に帰還する。

 それだけで召喚石を持つアマテルの元に帰れるはずだ。

 なので絶望も悲観もする必要はないが、懸念はある。

 ルナを怒らせてしまい、絶賛喧嘩中なのだ。

 昨夜も機嫌が悪かったのか地球に召喚されなかった。

 もしかしたら今日も召喚されないのかもしれない。

 そう考えると状況は悪い。

 仲間とははぐれて地球には召喚されず一人山奥で迷子。

 前線基地を目前にして、まさかこんな事態に陥るとは思いもしなかった。

 このままルナが地球に召喚してくれなければ、アマテルの元に戻れずに、このまま山の中を彷徨い続ける羽目になる。

 ルナが機嫌を直してくれるのはいつになるのだろうか。

 今日かもしれないし、一週間後かもしれない。

 もしかしたら一ヶ月後になるのかもしれない。

 こちらからルナにアプローチをかけられればいいのだが、そうもいかない。

 もちろん、地球に召喚される前にアマテル達に再会できる可能性もある。

 だが、最悪な状況を想定しておいた方がいい。

 備えあれば憂いなしと言うし。


 痛む体を庇いつつ行動を開始した。



 迂回して崖の上を目指そうとしたが、全身に負った怪我が痛み、まともに移動することができなかった。

 擦り傷やら青痣やらが全身にある。

 いつもアマテルの治癒の魔法を頼っているため、薬は持ち合わせていなかった。

 このまま放置していたら炎症になる。

 薬草なんかを摘めればいいのかもしれないが、どれが薬草なのか分からない。

 何も出来ないまま陽は落ちていき、辺りは闇に包まれる。

 時間になっても、地球に召喚されることはなかった。

 正直、心のどこかで楽観視していた。

 最悪の状況を想定しようとしていて、想定しきれていない。

 ルナは怒ってはいたが、なんだかんだで今日は召喚してくれるだろうと考えていた。

 だけど、実際は召喚されなかった。


 「腹が減ったな……」


 腹の虫が闇の中で響く。

 食料は一応持っていた。

 一食分。

 一食分しかないのだ。

 いや、一食分にも満たない。

 数口食べれば無くなってしまうほどの量しかないのだ。

 仲間とはぐれるなんて想定していなかった。

 仮に想定していても、召喚石の関係で仲間と合流するのは容易いと考えるだろうから、やはり自分で持つ食料の量は少なかっただろう。

 空腹には勝てず、心許ない食事を口に運ぶ。

 すぐに食料は尽きてしまう。


 「……ごちそうさま。やっぱ物足りないな……」


 今後の計画を本格的に練らなくては。

 まず一番の問題は食料だ。

 何をするにしても腹が減っては何もできない。

 仲間との合流よりも、まずは食料を優先しよう。

 今すぐにでも行動に移したいが、明日の朝から動くべきだろう。

 暗闇の中で動き回るのは危険だ。

 アンデッドは夜目が効くので、今の自分は格好の的になるのは明白。

 それに体力も消耗している。

 今は休むべきだろう。

 何が起こるか分からない状況。

 それに今重傷を負ったら致命的だ。

 治療する術など持ち合わせていないのだから。

 最悪死ぬ。

 死んだら、死んでしまったら……。

 ……よそう。

 最悪の想定はそこまでしなくてもいい。

 とにかく、明日の朝からが勝負だ。

 今日はもう体力を温存するために早めに休む。

 移動中に偶然見つけた、大木の根本が空洞になっていた所に潜り込む。

 入り口に枝を立てて落ち葉で覆い隠す。

 何もしないよりはマシだろう。

 そのまま横になり、目を閉じて朝を待つのだった。




 ー7ー


 「食料の調達といっても何をすればいいんだろう?」


 昨夜決めた通り、食料の調達を始めようとしたのだが、やり方が分からない。

 野草を摘めばいいのだろうか?

 動物を狩ればいいのだろうか?

 木の実をもぎ取ればいいのだろうか?

 川魚を釣ればいいのだろうか?

 茸を拾えばいいのだろうか?

 いずれにしても、具体的にどうしたらいいのかが分からない。

 村や街でも食料は買うが旅の途中で底をついてしまうのはよくあることだ。

 なので現地調達は基本であった。

 だが、肝心の食料調達は仲間に任せて、自分は剣の稽古に精進していたのだ。

 今にして思えば、自分は仲間に甘えていたんだなと思う。

 いつも仲間に頼ってばっかで、今はこうして迷惑を掛けている。

 皆と再会できたら感謝を伝えよう。

 再会するためには生きなければ。

 生きて会うんだ。

 アマテルに。ポニィに。ローゲンに。

 皆に会いたい。


 「何もかも分からないことだらけだ。だったら、一つ一つ試していくしかない」


 辛うじて動物の狩りは何度かやった事がある。

 ローゲンから教わって旅の最中で何度か経験したからだ。

 だけど、狩りはローゲンに言われた通り動いただけで、狩った後のことも任せきりだったので具体的なやり方が分からない。

 そもそも、この山に入ってから生き物を一度も見ていない。

 それどころか鳥のさえずりさえ聞いていない。

 そのかわりに死者はたくさん見たな。

 さすがに人間の死肉を食べようとは思えない。

 狩りは諦めて別のやり方で食料を調達した方がいいかもしれない。


 野草はどうだろうか。

 食べられる野草はアマテルがいくつか教えてくれた。

 けれど、正直言ってよく憶えていない。

 アマテルと話がしたいという理由で色々と聞いたが、どれも似たような見た目をしていてどれも同じに見えた。

 食べられる野草と毒草の違いなど見分けが付かない。

 野草の見分け方は自信ないが、木の実なら辛うじて覚えている。

 しかし、周囲を見渡しても実がなっている木が一本もない。


 では、川魚はどうだろうか。

 何度か釣りを手伝ったことがあるし、道具を作るのは手間だが現実的である。

 こうして思い返してみると、意外と色々経験していたのだな。

 それでも下処理も調理も全部任せっきりだったのには変わりない。

 それで川魚だが、他の生き物同様この山で一度も見掛けていなかった。


 川自体は見ただろうか?

 そういえば、川ではないが、湧水が流れているのは見た記憶がある。

 それを辿れば川があるはずだ。

 ふと、水筒の中身を確認する。

 革で作られた水筒。

 一見にして大して水が入りそうにないが、実は魔法が施されている代物だ。

 水筒の中の空間が広くなっているのか、それとも水が圧縮されて小さくなっているのかはよく知らないが大容量の水を入れる事ができる。

 それで肝心の水筒の中身をだが……。


 「うーん……一週間分くらいか?」


 おおよその目安だが大体そんなもんだろうと予測する。

 節約すれば一日ニ日分は増えるかもしれない。

 当分は水に飢えて死ぬことがないのを確認して安堵する。

 問題は食料だ。

 動物、野草、木の実、川魚。

 これ以外で食料になりそうなのは、茸か。

 偶然だろうか、近くにある大木の根元に茸が生えていた。

 野生の茸を生半可の知識で手を出すのは危険だと認識している。

 食べられる茸かと思って食べてみたら毒茸だったという話は日本でもよく聞いた話だ。

 それにこの茸、見た目があまりよろしくない。

 見るからに毒々しい。

 飢えて死にかけていても手を出そうとも思えない見た目だ。

 茸もダメだ。


 ひとまず川を探そう。

 湧き水があったのだ。

 川だってあるはずだ。

 川には生き物が集まるし、動物だって見つかるはずだ。


 今日の方針は決まった。

 とりあえず、今いる場所を拠点にして辺りを探索。

 木に印を付けて迷わないようにする。

 探すのは川を優先にして動物と木の実も探そう。

 移動しながら動物のいた痕跡を探す。

 足跡でも糞でもなんでもいい。

 どんなに小さなことでも、それが生存に繋がるのなら死に物狂いに探してやる。




 ー8ー


 疲れた。

 どれくらい時間が経過したのだろうか。

 スマホで時間を確認する。

 十時だ。

 朝の七時から探し続けているにも関わらず、思うような成果は出ていない。

 成果が出ない理由の一つが、迷わないように印を付けているからだ。

 持っている剣で木に印を付けて回っているが、いかんせん数が多い。

 一本一本に印を付けるのが面倒だし時間が掛かる。

 かといって止めるわけにはいかない。

 印を付けるのを怠ったら、間違いなく迷う。

 ……よくよく考えたら、もう迷っているんだよな。

 このままでは探索が出来ずに飢えて死ぬ。

 付ける印の数を可能な限り減らすか。

 迷わなければ問題ないのだ、必要最小限でいこう。

 ……もう迷っているけど。



 山の中を練り歩く。

 木に印を付けて回りながら。

 探索を始めてしばらく経つが、何も見つからない。

 ちなみにスマホの電源は切っておいた。

 時間を確認する度に疲れが出るからだ。

 苛立ちも募るし、電源を切っておいた方が健全だと判断してのことだ。


 「少し休むか……」


 近くにあった大木を背にして座り込む。

 朝から歩きずくめで疲れた。

 汗ばんだ体に風が当たり心地いい。

 だけどやはり腹が減った。

 昨日の夜に少し食べただけで、後に口にしたのは水だけだ。

 無防備のまま眠っては危ないのに瞼が重い。

 その欲求に抗えずに瞼を閉じた。


 風が吹き、木々がざわめく。

 体が自然に溶け込むのを感じる。

 こうして自然に寄り添っていると、まるで大自然の一部になっているのかのようだ。

 再び風が吹くと体が草花のように揺れる。

 草陰から現れた何かが近付いて来た。

 それは。

 それは……。

 それは……?

 この気配は、まさか!?


 途端に意識が覚醒し、瞼を押し上げる。

 目の前には茶色い毛皮をした野ウサギがいた。

 野ウサギは野草を頬張っていたが、こちらに気付いたのか顔を上げる。

 しばしの間、野ウサギと目が合う。

 だがそれも一瞬の間だった。

 野ウサギは地面を蹴って駆け出す。


 「っ!? 待てっ!」


 急いで立ち上がり、剣を鞘から抜いて追い掛ける。

 食料。

 肉だ。

 食べられる。

 食べたい。

 頭にはそれしかなかった。

 風の加護を発動させて、距離を詰める。

 だが、野ウサギは持ち前の体の小ささと俊敏性を活かして中々近付かせてはくれない。

 あと少しなのに届かない。

 大地を踏みしめるのと同時に雷の加護も発動させる。

 地面を蹴る力が増して跳躍力が向上し、ついに剣が届く範囲だ。


 「これで……!」


 剣を振ろうとした時、ふとルナの顔がチラついた。

 剣先がブレて野ウサギには当たらなかった。

 ブレた? なんで……?

 野ウサギが離れていく。

 逃がすものかと追い掛けようとするが、木の根が足に引っ掛かり躓いた。


 「うおっ……!?」


 盛大にすっ転んだ。

 頭から茂みに突っ込んでいく。


 「いってぇ……」


 端から見たら、茂みから下半身が生えている情けない格好だ。

 間抜け以外の何者でもない。


 茂みから這い出る。

 辺りを見渡しても追い掛けていた野ウサギの姿は見当たらない。

 どの方角に逃げたのかも分からない。

 見失った。

 逃げられた。


 「くそう……」


 口では残念がるが、野ウサギを仕留められなかったことにどこか安堵している。

 さっきルナを思い出したのは、やはりルナのウサギ好きが原因だろうか。

 そういえば怒らせたままだったな。


 「……まだ、怒っているかな」


 立ち上がって服についた枝木やら葉を払い落とす。

 肌が露出していた部分は擦り傷だらけだ。

 それでも盛大に転んだ先が茂みだったおかげで怪我は大したことない。


 「……」


 さっきまでの気持ちの昂りが嘘のように静まり返っている。

 だが、気持ちが落ち着くとあることに気が付いた。


 「……ここ、どこだ?」


 野ウサギを無我夢中に追い掛けていたので忘れていた、自分の現状を。


 どれくらい走った?

 どの方角から来た?

 地道に書いてきた木の印は?

 その全てが分からない。


 「ああもう最悪だ……」


 頭を抱える。

 大声を上げて転げ回りたい気分だ……やらないけど。


 なんでこうなった。

 どうしてこうなった。

 ルナと喧嘩したから?

 仲間達とはぐれたから?

 もはや途方に暮れるしかなかった。




 悲観している暇はなく、探索を再開する。

 ちなみに木に印を付けるのは止めた。

 また動物が現れた時に駆け出せるために。

 駆け出したら、必然的に印が付いた木から離れなくてはならない。

 未知の地で駆けずり出したら迷い、元の場所に戻れない。

 迷わないために印を付けても見失ったら意味がない。

 なので印を付けて回るのはるのは止めた。


 今も当初の目的とは変わらず食料調達だ。

 地面に生えた野草をむしり取る。


 「これくらい集まれば十分だな」


 手に握られた野草は野ウサギが食べていたものだ。

 野ウサギが食べられるのだ、人が食べても問題ない……はず。


 「これを食べれば、多少は腹が膨れるだろう」


 だが、いざ食べようと思うと口に入れるのを躊躇われる。


 「これホントに食って平気なのか?」


 せめて火を通したい。

 だが、鍋なんて代物は持っていない。

 仲間内で誰かが持っていたはずだが、少なくとも自分ではないのは間違いない。


 「このまま、いくか……」


 生のまま、野草を口に放り込む。

 咀嚼し、飲み込……めない。

 たまらず吐き出す。


 「まっず……ただの草じゃねえか」


 貴重な水で口の中を濯ぐ。


 「うげえ……まだ変な感じがする」


 無理して食べようと思えば食べられるかもしれない。

 だが、とてもじゃないが腹いっぱい食べようとは思えない。

 野草を食料とするのはひとまず保留する。

 他に食料が見つからなければ、これを食すしかない。


 近くに飛んでいるモノがいた。

 虫だ。

 虫は貴重なタンパク源だと地球で聞いたことがある。

 旅の中でも何度か食べた経験がある。

 毒がなさそうなヤツでも捕まえて食べてみるかと、考えているうちに虫はどこかへと飛んでいった




 鋭い目つきで周囲を見渡す。

 自覚はないが、飢えた獣のような眼光をしていた。

 殺気を隠しもせず、山の中をうろつき回る。

 狩人ではなく、ただの徘徊者。

 山の中を歩き続ける。

 歩いて、歩いて、歩き続ける。

 どれほど歩き続けたか分からない。

 どれほど時間が経ったか分からない。

 スマホで時間を確認したいとも思わない、思えなかった。

 その考えが思いつかないほど、無我夢中で歩き続けたのだ。


 いない、ない、ない、ない、いない、いない、どこだ、獲物はどこだ、どこにいる、姿を見せろ、晒せ、目の前に現れろ、出てこい、出てこい、来い、来い、来い、来い。


 「どぅふっ?!」


 前を見ていたはずなのに、おでこに太い木の枝をぶつけてしまう。

 気付かなかった。

 視界に入っていたのに、見落としていた。

 頭に衝撃を受けたことで、意識が正常に戻る。


 「何をやってんだか……」


 木にもたれかかり、深呼吸する。

 ヤバい、頭がおかしくなっていた。

 自分は大丈夫なのか?

 本当に大丈夫なのかと心配になってくる。

 落ち着くと視野が広がり、周りがよく見えた。


 「静かだ……」


 風さえも止み、静寂に包まれている。

 聞こえるのは自分の息遣いだけだ。

 このまま一生、ルナにもアマテルにも会えないのではないかという不安が生まれるのだった。




 ー9ー


 何日経過したのだろうか。

 山の中で遭難すること数日、地球に召喚されることは一度たりともなかった。

 アマテル達にも再会できず、今もこうして山の中を彷徨っている。


 水筒の中身はすでに空になっていた。

 捕まえた虫を食し、濁った湧水で喉を潤す。

 時折、偶然見つけた木の実を口に入れて腹を満たしていた。

 意識は曖昧になり、闇雲に山中を彷徨う。

 だが、疲労は蓄積される一方で、彷徨うよりも休憩する時間の方が増えていく。


 ボロボロになった体で空を見上げる。

 いつからだろうか。

 辛い時は空を見上げるようになった。

 以前、誰かが言っていたな。

 辛い時は空を見上げると気が紛れる。

 あれはアマテルが言っていたのか、ルナが言っていたのか、それとも他の誰かが言っていたのか。

 誰だったかな……。


 「……」


 ルナに会って謝りたい。

 アマテルと再会したい。


 思えば崖から落ちた時に無闇に動き回らなければよかったと後悔する。

 あのまま待っていればアマテル達が見つけてくれたかもしれない。

 動き回るにしても下山するなり、前線基地を目指すなりして方針を決めていた方が上手くいっていたかもしれない。

 もちろんこれは可能性の話だ。

 見つけてくれるかもしれないし、目的地に辿り着けるかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

 いずれにせよ、過ぎたことだ。

 今更どうしようもないことである。


 「……っ!?」


 ふと気配を感じて振り返る。

 だが、背後には何もいない。

 警戒し、何かがいないか凝視する。


 「……」


 何もいない?

 気のせいだったのか?

 いや、そんなはずはない。

 さっき感じた気配、何かがいるはずだ。

 生き物か、死者か。

 そのどちらかがいる。


 その時、風の揺らす木々とは別に奥の茂みが揺れた。

 あの茂みか。

 茂みに何かいる。

 近付かず、相手の出方を窺う。


 「……」


 しかし、いくら待てども茂みから出てこない。

 去ったのだろうか?

 まだ茂みに潜んでいるのだろうか?

 そのどちらか……。

 ……。

 …………。

 ………………

 ……おかしくないか?

 あそこまで気配を察知されずに近付けた相手が気配を出して茂みを揺らすなんて……。


 「陽動かっ!?」


 わざと気配を出して茂みを揺らし、注意を引きつけたのではないか。

 すぐさま周囲を確かめる。

 前方だけでなく左右、そして後方も確かめるべく振り返る。

 いつからいたのだろうか。

 背後には黒い毛皮で全身を覆った巨体の獣が待ち構えていた。


 「熊……」


 モンスターの類いではなく、普通の熊だ。

 長らく虫以外の生き物は見ていなかったが、まさか熊に遭遇するとは思わなかった。

 それに奇襲を仕掛けようとしてくるとは、なんて賢く恐ろしい生き物だ。


 熊はすぐそこまで迫っている。

 振り返るのが少しでも遅ければ、背後から襲われていた。

 こちらが振り返ったことで熊は一度足を止めるも再びのそのそと近付いて来た。


 体長が三メートルはあろうかというほどの巨体。

 熊にしては大きい方なのだろうか?

 詳しくないので自分では判断がつかない。

 いずれにしても、ここまで近付かれては逃げられない。

 迎え撃たなくては。


 剣の間合いのほんの少し外で熊が一度止まる。

 黒い双貌がこちらの姿を捉えたまま動かない。

 これほど近くにいるのに、殺気は一切感じられなかった。

 それでも瞳からは獲物を逃がすまいという強い意思が伝わってくる。

 熊と対峙して動けなかった。

 指一本動かせない。

 熊から溢れ出る生命力に当てられて体が動けない。

 凄まじい生命力だ。

 神秘的であり魅了される。

 博物館に置かれている剥製とは違う。

 動物園の檻に閉じ込まれている熊とも違う。

 目の前の熊は、この大自然の中で生きているのだ。

 呼吸をしている。

 心臓が動いている。

 自然と一体化している。

 自由なのだ。

 凄いとしか言い様がなく、ただ圧倒される。

 弱肉強食。

 その言葉が脳裏に浮かんだ。

 このまま呆けていたら殺される。

 先程まで動かなかった体が動く。

 手を鞘まで動かし、剣の柄を掴んで引き抜いた。

 不思議なことに剣を握ると、ここ数日間で曖昧になっていた意識がはっきりと覚醒した。

 これは生命が生まれながら成せる本能なのかもしれない。


 こちらが臨戦態勢に入るのを待っていたのか、熊が大きく動き出した。

 牙を剥き出しにして、突進する。

 迫る巨体。


 慌てるな、落ち着け。


 噛みつこうとする牙を横に跳んで回避する。

 熊は逃がすまいと、すぐさま首を回してこちらを捕捉してきた。

 睨まれて足がすくみそうになるが堪え、次の攻撃が来る前に剣を振る。

 剣先が強靭な前足を傷付けた。

 切り口から血が出る。

 傷付けるのに成功するも、心の中で舌打ちした。


 「浅いっ……!」


 後退して間合いを取ろうとするも、その前に熊は鉤爪で攻撃してきた。

 剣で防御を試みるも間に合わず、左足の肉を抉っていく。


 「うぐあっ……!」


 左足に灼熱が走る。

 痛いってレベルじゃない。

 肉を削がれたのだ。

 言葉でどう表現したらいいのか分からない程の激痛である。


 追い打ちを仕掛けようとする熊に剣先を向けて牽制する。

 熊は追撃を止めて静止してこちらを睨みつけてきた。

 こちらも負けじと睨み返す。

 心臓が鷲掴みにされる程の威圧。

 怖い。

 だけど、ここで目を逸らしたらつけ込まれる。

 弱みは見せられない。

 お互いに傷口から血を流しているが、戦意は衰えていない。

 モンスターではない野生の獣ではあるが、恐ろしく強い。

 体調が万全ではないとはいえ、ここまでの動きは熊の方が上手である。

 最初の陽動には驚かされたし、負った怪我はこちらの方が重傷。

 しかも終始、向こうの方が有利であるはずなのに、熊は先走らずに慎重でいる。

 賢く強靭な肉体を持っている野生の獣。

 並みのアンデッドよりも強いのは確かだ。


 熊は威嚇するように仁王立ちする。

 デカい。

 その体長は自分の背よりも一回りも二回りも大きい。


 熊は大きく開けた口をこちらの頭目掛けて落とす。


 「こぉぉっのぉぉぉぉっ!!」


 剣を振り上げて応戦する。

 大地を踏みしめると左足の傷口から血が噴き出す。

 それでも足に力を込めた。

 生きるんだ。

 その一心だけで剣を振り上げたのだ。

 先に届いたのは剣だった。

 剣は熊の首元に入る。

 熊は苦しそうな声を出して退く。


 「はあ、はあ……」


 満身創痍。

 熊ではなくこちらがだ。

 抉られた左足の重傷に加えて、今日まで負った小さな傷や打撲が積み重なって体力は限界である。

 対して熊は首元と前足から血を流してはいるが、そのどちらも致命傷には達していない。


 熊は四肢を地面に着き、牙を剥き出しにして威嚇してくる。

 さっきまでとは違って恐怖は感じない。

 あるのは闘志のみ。

 対峙するのは人と獣。

 勝者はどちらか一方のみ。

 殺すか殺されるか、それが弱肉強食。

 強い者が生き残るのだ。

 こちらの左足は完全に死んでいる。

 足を使って戦うのは無理だ。

 僅かに残っている魔力を出し惜しんでいたのを悔いた。

 風と雷の加護を発動する。

 こちらの雰囲気が変わったのを察知したのか熊は身震いをする。

 その隙を見逃さず、右足で地面を蹴って一気に距離を詰めた。

 自然では有り得ない跳躍を前にしても熊は怯まず、鉤爪を振り回す。

 剣は熊の喉元に突き刺さるのと同時に鉤爪が肩口から入る。


 「うがああああぁぁぁぁ!!」


 痛みを堪え、全体重をかけて剣を回す。

 絶叫と肉と骨を切り裂く音が周囲に木霊する。

 そして、べちゃりと血が混じった嫌な音を立てながら何かが地面に落ちた。

 熊の首が大地に転がる。

 頭部を失った胴体が大地に伏す。

 意思をなくして力無く倒れる巨体。

 だが、肩口には鉤爪が入ったままだ。

 胴体を蹴りつけながら無理やり鉤爪を引き抜く。


 「うっく……ああっ!」


 鉤爪は抜けたが血が溢れ出る。

 骨まで達しているのは間違いない。

 もしかしたら、折れているかもしれない。

 重傷どころか致命傷ではなかろうか。

 よくこんな状態で剣を振り回せたな。

 左足も重傷なままだ。

 皮膚は裂けて肉が剥き出しになり、白いものが見える。

 骨だろうか?


 「はあ、はあ……」


 呼吸が荒くなる。

 動悸が激しい。

 立っているのも辛くなってくる。

 熊の胴体を背に倒れ込む。


 これ……ヤバいやつじゃないか?


 「ここで死ぬのか……? せっかく、勝てたのに……」


 地面には血が池となり広がる。

 これ全部、自分の体から流れ出たものなのだろうか?

 どこにこんなに血があったのか不思議だ。

 あーそうか、熊の血も混じっているのか。

 首を斬り落としたのだ、そりゃ血もこんなに出るだろう。


 「ルナ……」


 死ぬな。

 かつて、そう命令された。

 だから死ぬわけにはいかない。

 でもさ……今の状況じゃ、どうしようもないじゃん。

 死んでも仕方ないよな。

 自分が死んだらルナは悲しんでくれるのだろうか。

 泣いてくれるのだろうか。

 思えば一度も泣いた姿を見たことない。

 心が強いのだろうな。

 たとえ自分がここで死んでら悲しんではくれても、涙は流してくれないだろう。

 悲しませたくないけど、仕方がない。


 「アマテル……」


 今頃どうしているのだろうか。

 前線基地まで無事に辿り着けただろうか。

 自分が死んだらアマテルはどうするのだろうか。

 神官だし、毎日祈りを捧げてくれそうだ。

 旅はどうするんだろう?

 旅といっても目的地は間近だ。

 ここで中断するなんてことはないか。

 続けるのなら、マイカ達と組むのがいいだろう。

 そして、リッチーを……。

 ……。

 ……眠い。

 非常に眠い。

 瞼が開かない。

 疲れた。


 不思議だ。

 重傷を負っているはずなのに、痛みを感じない。

 むしろ心地良ささえ感じられる。

 十分頑張ったんだし、もういいよね。

 お休みなさい。

 おやすみ、なさい……。




 ー10ー


 不思議な夢を見た。

 地球に居るはずのルナが目の前に現れて傷を癒してくれる夢。

 だけど、ルナはルナなんだけどいつものルナとはどこか違う。

 不思議な感じがする。

 ルナは口を動かして何かを喋っているのだけど、上手く聞き取れない。

 ……違うな。

 聞き取れないのではなく、何を言っているのかよく分からない。

 言葉ではなく、音を発しているだけという感じだ。

 傷を癒やしてくれたルナは一緒に居る誰かに連れられて去っていく。

 こうして不思議な夢は終わった。




 ー11ー


 温かい。

 どこか安心する温かさ。

 パチパチと木が弾けて燃える音がする。


 焚き火?


 うっすらと目を開けると、暖炉の火がメラメラと燃えているのが見えた。


 ここは……どこだ?

 建物の中?

 この柔らかい感触……ソファか。

 どうやら自分はソファの上に寝かされているようだ。


 「ううっ……」


 状況を確認しなくてはと、体を起き上がらせようとするが力が入らない。


 「目が覚めたか」


 声が聞こえた。

 誰だ?

 声がした方に視線を向けると暖炉の脇に置かれた安楽椅子に何者かが腰掛けていた。

 顔は見えないが、声の感じからして男性だ。

 その声は若くはないが、年老いた風にも聞こえない。


 「まだ動かない方がいい。傷は癒えても体力は回復していないからな」

 「……」


 口は動くも声が出ない。

 声が出せないほど衰弱しているのか。


 「まともに食事をとっていないようだが、遭難か?」


 肯定しようにも声が出ない。

 返事を聞かないで男は続ける。


 「熊と戦ってよく生きていたな。ただの熊とはいえ、あれ程の巨体だ。魔力の補助がなければ簡単にはいくまい」


 偶然遭遇した熊との戦い。

 自分は苦戦し、重傷を負いながらもなんとか勝利する事が出来た。


 「体力がなくなれば、魔力の回復に支障が出る。今のお前を見る限り、酷く体力を消耗しているな。まともに魔法を使えない状況でよく生き残れたな。大した男だ」


 男はどこか愉快気に語る。


 「お前が……助けてくれたのか?」


 気力が湧いてきたのか、ようやく声を出せた。


 「ああ、そうだ。俺がお前を助けた。命の恩人だ。感謝しろ」


 助けてくれたのはありがたいが、恩着せがましい物言いだ。


 「初めに言っておくが、助けた見返りは貰うぞ」

 「……見返り?」


 何を返せばいいのだ?


 「そう警戒するな。ただ話を聞かせて欲しいだけだ」

 「話……? 何の?」

 「慌てるな。まずは回復に専念しろ」


 そう言って男は立ち上がり、部屋から出て行った。

 部屋に明かりは灯っておらず、暖炉の火だけが部屋の中を照らしている。

 そのため、男の顔は最後まで確認できなかった。

 だが、暖炉の火が照らす男の装いは確認することができた。

 中折れ帽子にロングコート。

 山の中で着るには異様な装いだった。



 少しすると男が戻ってきた。


 「スープだ。口に合うかは知らんが、何も口にしないよりはマシだろう」


 ソファの脇に置かれたテーブルにスープを置き、男は暖炉脇の安楽椅子に腰を掛けた。

 体を起こし、スープの入った木の器を手に取る。

 山菜や木の実、芋が入ったスープ。

 香りは良い。

 味はどうだろう。

 汁をすする。


 「薄いな……」


 一応、塩が入っているようだが、味が薄い。


 「薄かったか。悪いな、食事を作るなんて久し振りだから、上手く味付けできなかったようだ」


 せっかく作ってもらったのだ。

 贅沢は言えない……文句は言ってしまったが。

 少し苦味は残っているが、口にできないほどではない。

 スプーンで具を掬いつつ、汁をすする。

 やがて器の中は空になり、完食したのだった。



 「それでは話をしようか」


 男は相変わらず暖炉脇の安楽椅子に腰掛けているので顔を確認できない。


 「悪いがお前の持ち物を検めさせてもらった」


 見当たらなかったので、てっきり落としたのかと思ったが、男が持っていたようだ。


 「その中で興味深い物があった」


 男が取り出したのはスマホ。


 「俺が地球に居た頃にはなかった代物だな」


 地球に居た?

 それでは、この男は……。


 「お前も勇者候補なのか?」

 「違う」


 勇者候補ではない?

 では何者だ。


 「ネクロマンサー。お前なら聞いたことがあるだろ?」


 ネクロマンサー。

 聞いたことがないはずがない。


 「……」


 だが、答えるわけにはいかなかった。


 「先に言っておこう。俺もお前と同じだ」


 かつて地球に居て、この世界にないはずのスマホを見ても驚かない。

 ネクロマンサーという言葉を聞いて、あらかた察しはついていたが、同じと言われて確信した。

 この男もネクロマンサーの力によって地球とこの世界を行き来している。

 しかし、同じだからといっても信用出来るかは別問題だ。

 ここは黙っておく。

 相手から情報を引き出すのだ。

 これも交渉術の一つ。

 以前、ルナから聞いたやり方である。


 「……そっちから話す気はないか。なら、こちらから話そう。俺は地球で一度死に、この世界に来た。そしてネクロマンサーによって地球に召喚された」


 前置き通り、この男は自分と同じ境遇のようだ。


 「ここまで話しても、まだ喋らないか。しかしな、お前、顔に出過ぎだ。隠しているつもりのようだが、顔に全部出ているぞ」

 「……な、何の事だか、よく分からない、かな?」

 「動揺し過ぎだ。揺さ振りをかけただけのつもりだが、まさかそこまで狼狽えるとはな……」

 「……」


 コイツ、嵌めやがったな。

 でも、このまま隠しいても意味はない。


 「お前の言う通りだ。お前と同じ。ネクロマンサーの力で地球とこっちの世界を行き来している」

 「ようやく話し始めたか。お前とは駆け引きをするつもりなどない。隠し事はするな。こっちもお前に有益な情報を与えるつもりなのだから」

 「こっちの情報を話すかどうかはお前の態度次第だ」

 「命の恩人相手に失礼なヤツだ。まあ、いいだろう……。ああ、そうだ。自己紹介がまだだったな」


 唐突に思い出したかのように男は安楽椅子から立ち上がった。


 わざとらしい。

 演技っぽい。

 というか演技だ。


 立ち上がった男が振り返る。

 男の顔を見て驚愕した。


 「人は、人間は、俺を死神と呼ぶ」


 男の顔は髑髏。


 「アンデッド……」


 死神と名乗った男の正体はアンデッドだったのだ。




 ー12ー


 手元に剣はない。

 魔力は尽きている。

 攻撃されても対処する手段がない。


 「安心しろ。お前を殺す気などない」

 「それを信用しろと?」


 警戒を強めると、死神は露骨に呆れる。


 「ネクロマンサーを主にしているのに、アンデッドを信用しないのか?」

 「……」


 死神を睨み付ける。

 無防備な自分に出来るせめてもの抵抗だ。


 「俺は言うなれば、意思のあるアンデッドだ。そこいらのアンデッドよりは信用できると思うぞ」

 「……分かった。ひとまずは信用しよう。命の恩人であるしな」

 「よろしい。話を進めよう」


 死神は話を切り出す。


 「さっきも言ったように俺は地球で一度死んだ。それからこの世界に来た。そしてネクロマンサーの力によって地球に召喚される。それから地球とこの世界を行き来する生活を何年も送った。しかしリッチー討伐の最中に俺は死んだ。殺されたのだ、この世界で」


 死神は自身の過去の話を語り出す。


 「二度目の死。だが、俺は再び蘇ったのだ。リッチーの手によって」

 「それでアンデッド化したのか?」

 「アンデッド化どころか悪魔に変えられた。お前も知っているだろう、天使と悪魔を。二度目の死を迎えた俺はな、リッチーに呼び出された悪魔なのだよ」


 天使と悪魔。

 ネクロマンサーは天国と地獄よりそれぞれ一体ずつ死者を召喚できる。

 その者達の俗称だ。

 ネクロマンサーを知っている者なら知らないわけがない。

 しかし、この男の話を聞いていて、おかしな点に気が付いた。


 「ちょっと待て。リッチーはアンデッドだろ? ネクロマンサーとは違う存在なのに、なんでリッチーは悪魔を呼び出せる」

 「やはり勘違いしていたか。リッチーは生きた人間だ。それと地球で言うところのネクロマンサーと同等の力を有している」


 リッチーが生きた人間?

 しかもリッチーとネクロマンサーが同じ力を持っている?


 「地球ではネクロマンサーと呼ばれているが、こっちの世界ではリッチーと呼ばれている。要するに、世界によって呼ばれ方が違うということだ」

 「えっと……じゃあ、リッチーは人間でネクロマンサーで、地球のネクロマンサーみたいに天使と悪魔を呼び出せるということか」

 「そういうことだ。お前も知らなかったのだな」

 「知らなかったよ。アンデッドの王って呼ばれているくらいだし、てっきりリッチーもアンデッドかと思っていたよ……」


 今までずっと勘違いしていた。

 まさかリッチーが生きた人間だったとは思いもしなかった。


 「話を戻すぞ。リッチーに悪魔として召喚されてから、地球に召喚されることはなくなった。主がリッチーに変わったからだろう。そして俺はしばらくの間リッチーと共に居た。人々に恐れられている存在だが、実際一緒に居てみると……」


 死神はどこか懐かしそうに語る。


 「彼女はいつも優しく、気高く、美しかった」

 「リッチーは女なのか?」

 「そうだ。彼女の娘も可愛いぞ。大きくなったらきっと美人になるだろうな。まあ、今より大きく成長できるとは思えないがな」


 娘がいる。

 人間なのだから、娘がいても不思議はないか。


 「父親は誰なんだ?」


 それ聞いた瞬間、死神の雰囲気が変わった。

 顔が髑髏のため表情は読み取れないが、聞いてはいけないことを聞いてしまったようだ。


 「……話を戻そう。リッチーと共に過ごしていたある日、終わりが来た。主であるリッチーが人の手によって殺された」


 人の手によって殺された?

 今まで何度も討伐隊が派遣されたが、リッチーを討伐したという話は聞いた事がない。


 「リッチーは本当に殺されたのか? それも、人間に?」

 「殺された。大規模な討伐隊が派遣され、その時に殺された」


 死神はハッキリと断言した。

 嘘偽りはないだろう。

 なぜ自分はリッチー討伐を知らされていないのか。

 もしかして、以前のようにこの世界の住人が嘘をついているのか。

 可能性としてはありそうな話だ。

 意図して隠しているのだろうか。

 それとも、ただ単に伝え忘れているのか。

 どちらにせよ、リッチーについて自分の知らない事があるのは確かだ。


 「主であるリッチーが殺され、俺は三度目の死を迎えるはずだった。天使と悪魔は主がいなければ存在できないからな」

 「それでもお前はここに居る。それはどういう事だ?」

 「リッチーの娘。その娘によって蘇った。勇者候補でも悪魔でもなく、ただのアンデッドとしてな。ようやく安らかに眠れると思ったのに、迷惑なヤツだよ、本当に」

 「……三回死んで、その度に蘇って、主を変えて。大変な人生だな」


 人生といっても死んでるけど。


 「過ぎてしまえばなんでもない話だ。元々が悪魔だったせいか、俺は意思のあるアンデッドになることができた。これは高位アンデッドでも珍しいことだ」


 そういえばアンデッドに遭遇する事は多かったが、会話が出来るアンデッドに出会ったのはこの世界ではまだ二度目だ。

 一度目はレイス。

 やはり意思があるアンデッドは珍しいのだろう。

 ついでに言えば、茜と榊もアンデッドである。

 見た目が普通の人間ではあるが、彼らも天国と地獄から召喚された天使と悪魔、アンデッドだ。

 死神を含めて三人は高位アンデッドの中でも例外的な存在なのだろう。


 「悪魔としての縛りがなくなってから、自由に動き回れるようになった。今こうしているのも自由に動き回れるからだ」

 「なんでまたこんな山奥に?」

 「大した理由じゃない。リッチーを……彼女を殺せる者を探しているだけだ」

 「殺せる者? リッチーを殺せる要注意人物を先回りして殺すのか?」

 「違う。リッチーを殺す手引きをするためだ」

 「手引きって……お前は主の死を望むのか?」


 主の死を望む従者。

 死神はその名の通り死を司る。

 死をばら撒く存在。

 たとえ主が相手でも死を与えるつもりなのか。


 「俺は彼女の死を望む。そしてお前なら彼女を殺せる。お前にしか殺せない。唯一殺せるのがお前だけだ」




 ー13ー


 「この世界はな、地球とは別の世界ではあるが、ある意味密接に関わり合っている。その関わりの一つが『共命者システム』だ」

 「共命者システム?」

 「このシステムに気付いたのは偶然だった。気付いたのは俺がまだ地球に召喚されていた頃だ」


 死神は語り出す。

 世界のシステムを。

 リッチーを殺せる方法を。


 「お前も見たことがあるはずだ。この世界と地球で瓜二つの人物を」


 思い当たることはあった。

 地球とこの世界で同じ顔をした者を何度か目にした記憶がある。

 気のせい程度にしか考えていなかった。


 「似ているのは外見だけだ。性格や趣味、思考や思想は全くの別物。他人の空似。だが、これらの人物はあるモノを共有している」


 一拍置いて死神は言った。


 「……命。命を共有している」

 「命を共有?」


 どういう意味だ。


 「どちらか片方の世界で人間が死ねば、もう片方の世界でその死んだ人間と瓜二つの人物が死ぬ。これが共命者システムだ。このシステムは俺が何度も確認したから間違いない」


 この世界で人が死ぬと、地球にいる死んだ者と瓜二つの人物が死ぬ。

 その逆で地球で人が死ぬと、この世界にいる死んだ者とが瓜二つの人物が死ぬ。

 それが共命者システム。


 「先に話した通り、リッチーは人間だ。ならば、地球にリッチーと瓜二つの人物、共命者がいるはずだ。たとえ、この世界のリッチーが殺せなくても、地球にいるリッチーの共命者ならば殺すことが可能だ」


 共命者システムの存在自体は疑っていない。

 何故だか分からないが、すんなりと納得することができた。


 「仮にリッチーの共命者を殺せるとしても、いいのか? お前の主なんだろ」

 「主だからこそ死んで欲しい。しかし、従者である俺では主に逆らえない」

 「死んで欲しい理由を聞いても?」

 「それは言えない。だが、死んで欲しいと思っているのは本当だ」


 死神は頑なにリッチーが死んで欲しい理由を話さない。


 「お前なら殺せる、俺の主を。彼女は強いが、地球と行き来しているお前ならば彼女の共命者を殺せるはずだ」

 「元々リッチーを倒すために旅をしているからな。倒せるのならそれに越したことはない。だけど、リッチーの共命者なんて、どうやって見つけるんだよ」


 リッチーの顔なんて見たことがない。

 分からなければ見つけようがない。


 「そうだったな。それは盲点だった」


 死神もそれには失念していたようだ。


 「そこのところは何か考えておかなくてはな。特徴を伝える……だけではダメだな」

 「赤の他人を殺すのだけは勘弁してくれ。さすがにそれは間違いでは済まされない」


 死神は考え込む。

 リッチーの特徴をどう伝えたらいいか思案しているようだ。


 「なあ、その共命者システムについて他に情報はないのか?」


 リッチーを倒すのも大事だが、このシステムがどういったモノなのか把握しておきたい。


 「共命者システムは基本的に全て人物に適応されているが例外もいる。人以外の生き物にアンデッド、それと勇者候補だ。勇者候補は地球で死んだ時点で共命者も死んでいる。だから共命者がいない」

 「勇者候補の共命者が地球に転生している可能性は?」

 「ゼロとは言えないが、確率は限りなく低い」


 その辺りはルナに聞いてみるのもいいかもしれない。


 「共命者について話せるのはこれくらいだな」


 一通り話したが、やはり問題はリッチーの共命者の見つけ方。

 どうやって探すか。


 「今日はこれくらいにしておこう。山で遭難していたというくらいだ。しばらくの間、地球に召喚されていないのだろ」

 「……」

 「お前の荷物は置いていくが、余計な事はするなよ」

 「今更そんなことはしない」


 死神はスマホを机の上に置く。


 「剣と雑嚢はそこにある」


 部屋の隅に荷物がまとめて置いてあった。


 「一応お前が居る間は食事は用意するが、マズくても文句言うな」


 死神は部屋から出て行った。

 食事……。

 また、あのスープだろうか。

 もう少しマトモなものを用意してくれと心の中で愚痴る。


 今日はそのまま夜を迎えるも、地球に召喚されることはなかった。




 ー14ー


 翌日、死神が運んできたマズいスープで腹を満たす。

 昨日とは微妙に具材が異なるが、味が薄いのは相変わらずだった。

 ちゃんと火が通っているのが救いである。


 時刻は七時過ぎ。

 休養は十分とれたので、万全とは言えないが体力は回復した。

 ここから逃げようと思えば逃げられる。

 だけど死神は自分の知らない情報を多く有している。

 それらの情報は自分にとって有用なのは間違いない。

 しかも死神は敵対の意志はなく、リッチーを倒すという利害で一致している。

 どこまで信じたらいいのか分からない部分もあるが、自分と同じ境遇……ある意味自分よりも酷い境遇のようだし、ある程度信じたいという気持ちもある。


 「よしっ」


 体を動かして異常がないか確認する。

 所々痛むが、これくらいならば日常茶飯事だ、問題ない。

 装備も確認して不具合がないか調べる。


 「身支度を整えているようだが、出て行くつもりか?」


 部屋に入ってきた死神が問うてきた。


 「すぐに出て行く気はない。ただ、体を動かしておきたいな。少し外に出ても構わないか?」

 「構わないが、逃げるのはオススメしない。また遭難するのが目に見えている」

 「遭難するのはもう懲りたよ」



 「ここって神殿の跡地なのか?」


 外に出て建物を見てみると、石で造られた建造物だった。

 どことなく今まで見てきた神殿の面影があるが、外壁はコケとツルに覆われ、一部が倒壊して廃れている。


 「元は神殿らしいが、詳しいことは知らん。俺が最初に訪れた頃にはもう廃墟だったからな」


 鞘から剣を抜いて素振りなんかをしてみるも特に支障なく体を動かすことができた。


 「そういえばさ。怪我が綺麗になくなっているけど、治癒の魔法でも使えるのか?」

 「俺は使えない。お前の怪我を治したのはリッチー。彼女だ」

 「えっ? リッチー?」

 「驚くことはなかろう」

 「いやいや、驚くよ。なんでリッチーがこんな所にいるのよ」

 「最初にお前を見つけたのは俺ではなく彼女だ。退屈しのぎに山まで散歩していてな」

 「そんな理由!?」


 おかしいだろ。

 なんでラスボスがこんな所まで来ているの。

 ラスボスならラスボスらしく堂々と城で待ち構えていればいいのに。


 「もしかして、呼べば来るのか?」

 「気が乗ればな。ただ、しばらくは外に出ないだろうな。外に出るのが嫌いだし、恥ずかしがり屋だからな」

 「なんか、引きこもりみたいだな……」

 「人間だからな。それに外には彼女の命を狙っている者が大勢いる。引きこもるのは当然だろ」


 命を狙われる原因はリッチーにあると思うけどな。


 「まあいいや……。それで怪我を治してくれたのがリッチーなのは分かった。だけどなんで助けてくれたんだ? リッチーから見たら、命を狙っている相手だろ。助ける意味が分からない」

 「お前が彼女に気に入られたからだ。よかったな、このままいけば、お前も俺と同じ運命を辿ることになる」

 「何それ、全然嬉しくないのだけど」

 「そう嫌悪するな。彼女自体は悪気があるわけではない」

 「悪気以前に好かれる理由も分からない」

 「地球とこの世界を行き来するお前から何かを感じ取ったのだろう。じゃなければ、お前なんぞを気に掛ける理由がない」


 理由は定かではないがリッチーが助けてくれたのは間違いないようだ。

 だけど、助けた命が自らの命を狙う者だと知る由もないのだろうな。


 「昨日の話だけどさ。リッチーの容姿ってどんな感じなんだ?」


 共命者システム。

 それでリッチーを殺すことが可能だ。

 写真があればいいのだがないため、ひとまずは容姿について口頭で聞いてみる。

 身体的特徴を聞いても意味がないかもしれない。

 地球の人口を考えると探すだけでも大変だ。

 共命者が身近にいない限り、見つけるのはほぼ不可能と言っていい。


 「……」


 死神は質問には答えず、ある方角へと向けられていた。

 警戒を強めている。


 「どうした?」

 「人間が神殿の近くにいる。遭難者……ではないな。通りすがりの冒険者か」


 死神は石造りの壁に阻まれているのに、人の接近に気付く。


 「結界でも張っているのか?」

 「ああ、そうだ。神殿の周りには結界が張ってある。その結界を誰かが通ったようだ」

 「どうするんだ?」

 「普段なら無視するのだが、なんだか様子がおかしい。何かを探しているのか?」


 冒険者。

 何かを探している。

 もしかして……、


 「なあ。その冒険者の人数は分かるか? もしかして、男一人と女二人の三人か?」

 「そうだが、知り合い……というよりお前の仲間か」

 「多分な」


 高台になっている所まで移動し、冒険者の姿を遠くから確認する。

 木々の隙間から神官服を着た少女の姿が見えた。


 「テル……。それにポニィとローゲンも。今日までずっと探してくれていたのか」


 宛もなく探し続けて、この近くを偶然通りかかったのだろう。

 仲間の元に駆け寄ろうとしたが、すぐに足を止める。


 「……何のつもりだ」


 振り返ると死神が銃口をこちらに向けていた。

 死神の手に握られているのは拳銃。

 この世界にはないはずの武器。


 「どこに行くつもりだ。俺との話はまだ終わっていない」

 「……仲間と合流するだけだ」

 「ダメだ。ここで大人しくしていろ。慌てずとも、お前の仲間には手は出さない。話が終わればお前を解放する」

 「お前の言いたいことは分かるが、今は仲間との合流を優先したい。ここで時間を掛けていたら見失ってしまう。話は合流した後でも構わないだろ」

 「他の者では俺の言葉を理解できないし、俺を敵視する。俺はお前に情報は与えてはいるが、敵対しないわけではない。殺す時は殺す」

 「所詮は主に逆らえない下僕というわけか」


 剣を構える。


 「丁度、体が訛っていたところだ。こっちのワガママを聞かせるにはいい運動になる」

 「やるのか? 一応言っておくが、この拳銃は普通の物ではないぞ。悪魔の武具。それだけでお前にも意味が分かるだろ」


 悪魔の武具。

 悪魔が神に対抗するために作られたという武器の総称だ。

 なんでそれを死神が持っているかは今更問うまでもない。

 先代リッチーに召喚された悪魔だからだ。


 「……そんな武器。大したことないな」


 銃声が木霊した。

 頬から血が滴る

 銃弾が掠めたのだ。


 「どうした。全然反応ができていないぞ。その程度で彼女を殺す旅に出ているのか」


 視えていたが、動けなかった。

 速い。

 素のままでは対処できないと判断し、風と雷、両方の加護を発動させる。


 「今のは警告だ。次は容赦しない」

 「上等だ」


 死神が引き金を引く。


 銃口が向いている所に来るのは分かっている。

 後はタイミングを合わせられれば防げるはず。


 剣を振り、銃弾を弾く。

 そのまま前に出て斬りかかるも、死神は後方に跳んでそれを回避する。


 「お見事。だが、一発弾いた程度でいい気になるなよ」


 死神に向けて駆け出そうとするが、それを阻止するように銃弾が数発放たれる。

 視えていても何発あるのか数える余裕がない。

 数えるよりも銃弾を防ぐことだけに意識を集中させる。

 次々と飛来してくる銃弾を剣で弾く。

 弾いて弾いて弾いていく。

 さっきのように銃口を見て予測するのには限界がある。

 勇者補正を受けた右眼を頼りに銃弾の軌道を読んで弾く。

 普通の動きでは対処できないが、加護を受けた体なら対応できる。

 しかし、全ては防ぎきれず、数発が体を掠める。


 「今のを全て捌けないとは、情けない限りだ」


 死神は呆れる。


 「これがお前の本気なのか? 出し惜しみをしている間に死ぬぞ」


 その時、火球が死神に向けて飛来した。

 死神はそれを難なく躱し、巻き起こる爆炎を背にする。


 「勇者様っ! ご無事ですかっ!?」


 アマテルとポニィ、ローゲンが駆け寄ってきた。

 死神が持つ拳銃の銃声を聞きつけて駆けつけて来てくれたのだ。

 あれだけ大きな音を響かせていたら気付かないはずがない。


 ローゲンが前に立ち、盾を構える。

 ポニィはその後ろに立つ。


 「勇者様は下がっていてください。ここは私達が」


 アマテルはそう言うが、ここで下がるわけにはいかなかった。


 「大丈夫だ。まだやれる」


 アマテルを押し退けて、前に出る。


 「仲間の登場か。面白い。どれくらいの実力か、見極めさせてもらうぞ」

 「死神。あの時に死んだと思っていたが、まさかまだ存在していたとは」

 「お前、あの討伐隊の生き残りか」


 ローゲンは死神の存在を知っていたようだ。


 「四対一。この程度の人数差、恐れるに足りないな」


 死神は懐よりもう一丁の拳銃を取り出し、ローゲンに向けて銃口を向けた。


 「手加減は不要だ。こちらは加減できないからな」


 そう言って死神は引き金を引いた。

 ローゲンの盾が全ての銃弾を受け止めるも、悪魔の武具である拳銃の威力は凄まじく、徐々に圧されていく。


 「ポニィ、壁で援護を頼む」

 「はいっ」


 ポニィは氷の壁を複数出現させた。


 「前に出る! ローゲン、ここは任せる!」


 氷の壁を盾にして死神に近付く。

 乱立する氷の壁に阻まれて死神は射程の有利さを活かせないはずだ。


 「仲間と協力して前に出るか。受けて立とう」


 死神も前に出る。

 両手に持つ拳銃から銃弾を放つ。

 銃弾を受けた氷の壁は砕けて、氷塊が地面に散らばるも砕けたのは銃弾を受けた表面のみ。

 威力は凄まじいが氷の壁を貫けないようだ。

 壁が死神の攻撃を防いでくれるので、壁に隠れながら移動する。

 死神が再び銃口を向けてきた。

 銃弾が放たれる前に近場にある氷の壁に身を潜める。

 撃ってくるのを待つか。

 それとも右に出るか、左に出るか。


 「壁に隠れていれば安全だと思っているようだが、その考えは甘いぞ」


 次の瞬間、身を潜めていた氷の壁が砕け散った。

 衝撃で体は吹き飛ばされて、地面に転がる。

 今まで氷の壁で防げていたのに、銃弾の威力が跳ね上がって氷の壁を砕け散らしたのだ。


 「くそっ……!」


 死神の武器を甘く見ていた。

 まだ他にも隠し玉があると判断して動いた方がいい。


 立ち上がろうとした時、銃口が目に入った。

 地面を転がって、銃弾を躱す。

 そこでタイミング良く火球が死神に向けて飛ぶ。

 さすがポニィ、ナイスタイミングだ。

 立ち上がって守護の魔法を発動し、死神に向けて真っ直ぐに突き進む。

 火球を避けた死神が二丁の拳銃をこちらに向けて発砲する。

 剣で銃弾を弾き、剣をすり抜けた銃弾は守護の魔法が防ぐ。

 直撃はしなかったが、衝撃で思わずよろけてしまう。


 「防いだか。その魔法、地球で教わったのか?」


 死神の疑問には答えずに距離を詰める。

 剣による斬撃を死神は拳銃で受け止めた。


 「この距離なら剣の方が有利だ」

 「その程度で優位に立ったつもりでいるのなら、随分とおめでたい奴だなっ!」


 脇腹に死神の蹴りが入る。

 わずかに体が仰け反る。

 そして間合いが生まれる。

 ほんの少し離れただけの間合いであるが、致命的な間合いである。

 死へと誘う銃口が自分を捉える。

 ここまで接近した状況では守護の魔法は上手く働かない。

 剣での対応では間に合わない。

 防ぐのではなく、攻めるか。

 剣を振っても届くか届かないぐらいの距離。

 ポニィの火球を易々と避けた死神だ、無作為に剣を振ってもどうせ当たらない。

 仮に当たっても痛手を負わせるには至らないだろう。

 ならば……一か八かだ。


 剣を投擲する。

 死神は左手に構えた銃口の先をブレさせることなく、右手の拳銃で剣を弾いてみせた。

 さすがだ。

 だけど、剣は死神のすぐそばに転がっている。


 「っ、落ちろぉっ!」


 天より剣を狙うように雷が落ちた。

 落雷地点の大地を抉るほどの威力。

 草花が焦げ、土煙が舞う。


 死神はどうなった。

 この程度で倒せるとは思わないが、手傷は負わせられたはずだ。


 体勢を立て直そうと、近くにある氷の壁まで逃げる。

 だが、それを阻止するかのように銃声が響いた。

 銃弾を受けた右肩から血が流れる。

 振り返ると拳銃を構えた死神が悠然と立っていた。

 傷を負わせるどころか、ロングコートには汚れ一つ付いてない。

 化物だ。

 いや、悪魔だったな。

 ……ではなく、元悪魔のアンデッドか。

 紛らわしい経歴だ。


 「遅い。全てが遅すぎる。考えてから行動するまでの時間が長すぎだ」


 銃声が響く。


 「お前の実力にはガッカリだ」


 再び銃声が響く。


 「弱い。お前は弱い」


 三度銃声が響く。


 「死ね」


 山の中を何度も銃声が木霊する。

 銃口より発射された全ての銃弾が体を貫く。

 体に力が入らず、崩れ落ちた。

 ぐちゃりと音を立てながら水溜まりに体を沈める。

 赤い。

 赤黒い。

 あれ?

 なんで?

 なんで、倒れているんだ?

 視界が霞む。

 周囲の音がくぐもる。

 ここではないどこかに落ちてしまいそうだ。

 革靴が視界に入る。

 誰の靴だ?

 死神?

 何かを言っているが、聞き取れない。

 もっとはっきり喋れ。

 遠くの方で誰かが叫んでいるのも聞こえてくる。

 一人の声じゃない。

 二人……三人。

 自分を呼んでいる気がするけど、声が出ない。

 手も足も動かない。

 指一本動かせない。

 というより感覚がない。

 これじゃあ、呼んでいる声に応えられない。

 どうする事も出来ない。

 あれ?

 革靴が消えてる。

 どこに行った?

 体が動かないのなら探しようがない。

 視界が霞んでいるのだから見つけようがない。

 男性のうめき声が聞こえた……気がした。

 少女の悲鳴が聞こえた……気がした。

 どこかで聞き覚えがあるような声。

 まだ声が聞こえる。

 ユウシャサマ。

 それを最後に静かになる。

 誰もいなくなったのか?

 誰もいないのなら、自分もそろそろいなくなってもいいか……。




 ー15ー


 「これはどういう事だ?」


 暖炉脇の安楽椅子に座る男、死神に問う。

 意識を取り戻した自分はソファの上に寝かされていた。

 先日遭難から助けられた時と同じソファだ。

 傍らにはなぜかアマテルが寄り添うように寝ている。

 ソファはそれなりに大きいが、さすがに二人だと窮屈に感じられた。


 体中を銃弾で貫かれたはずなのに、自分は死んでいない。

 しかも、傷口は治療されている。

 一体、死神は何を考えているんだ。


 「お前も乗り気ではなかったか。ワガママがどうとか、いい運動になるだとか、色々言っていたであろう。こちらとしても、お前達がどれ程の実力があるか試したかったからな」


 そういえば、そんな事言ったな。

 その結果が惨敗とか恥ずかしいにも程がある。


 「死なない程度に加減してやったのだ、感謝しろ」

 「……」

 「その娘にも感謝するのだな。お前のために魔力が尽きるまで治癒の魔法を行使していた」


 アマテルが……。

 傍らで寝息を立てるアマテルの顔を見つめる。

 綺麗な顔だ。

 ……ほっぺたが柔らかそう。

 ちょっと触ってみようかな。

 人差し指でアマテルの頬を押す。

 押した分だけ指先が入り込む。

 指を戻すと、つられて頬が戻る。

 柔らかい。

 それを何度も繰り返す。

 ……。

 …………。

 ………………。

 ……………………。

 自分は何をやっているんだ。

 頭を振って意識を切り替える。

 そこである事に気付く。


 「他の二人は?」


 部屋の中にポニィとローゲンの姿が見えない。

 どこに居るのだろうか。

 アマテルの頬を弄りながら死神に聞いてみる。


 「別の部屋で休んでいる。お前と違って軽傷だからな。気を失ってはいるが、少し休めば元気になるだろう」


 軽傷……。

 アマテルも怪我をしたようには見受けられないし、重傷なのは自分だけか。


 「あの二人は俺を敵視している。今の状況を見られたら厄介だし、俺はここを離れる。お前達も明日には出て行け」


 死神は立ち上がり、部屋から出て行こうとする。


 「まだ話したい事があったんじゃないか?」

 「その娘に伝えてある」


 アマテルに?

 死神は部屋から出て行き、二人きりになる。


 「……」


 アマテルの寝息が異様に大きく聞こえる。

 どうしよう、この状況。

 魔力を使い果たして疲れているだろうから起こすのは申し訳ない。

 体を密着させるように身を寄せられているから下手に身動きを取れば起こしてしまう。

 どうしたらいいのだろうか。


 「んんっ……」


 声が漏れる。

 起きるかな?

 そう思った矢先、アマテルの腕が伸びる。

 腕が腰に回され、そのまま抱きつかれてしまう。

 さっきよりも密着して、余計に身動きが取れない。

 柔らかい。

 いい香りがする。

 色々な情報が頭の中を流れ込み、乱れる。

 頭の中がアマテルの事で一杯になりパニック状態に陥り、真っ白になる。

 もうどうとでもなれ……。




 ー16ー


 「う、うーん……?」


 あれ? 寝てた?


 「おはようございます、勇者様。……と言っても、もう夕方ですけど」


 起きたのに気付いたアマテルがソファの傍らに立って顔を覗かせる。

 さっきまで隣で寝ていた気がするけど、夢だったのか?


 「お腹は空いていませんか? 少し遅いお昼にします? それとも、少し早い夕飯にしますか?」

 「……」

 「どうしましたか? 怪我した所が痛みますか?」

 「……いや、大丈夫。治療してくれてありがとう」


 ソファから体を起こして、周囲を見渡す。

 廃れた神殿にある部屋の一室。

 暖炉の火が燃えている。

 その脇に置かれた安楽椅子には誰も座っていない。


 「死神は?」

 「私が目を覚ました時には、どこにも居ませんでしたよ」

 「そう……」

 「話は全部聞きました。あの方は味方……とは言い難いですけど、敵ではないようですね」

 「良い奴でもないけどな」

 「勇者様を傷付けたのですから、良い人なわけないじゃないですか」


 アマテルは頬を膨らませる。

 一応、命の恩人なんだけど、それは言わないでおこう。


 「死神のことは今はいいや。それよりも小腹が空いたかな」

 「簡単なものでしたらお作りしますよ。少し時間を貰いますけどいいですか?」

 「構わないよ。テルの作る料理はどれも美味しいからいくらでも待てるよ」

 「ありがとうございます。腕によりをかけて作らせていただきますね!」


 アマテルは気合十分に部屋を出て行った。


 「さて……」


 アマテルが調理をしている間にやるべき事がある。

 急いで確認したい。

 部屋を出て、目的の人物を探した。

 目的の人物は三つ隣の部屋に居た。


 「ローゲン、ちょっといいか?」

 「なんだ?」

 「話がある」


 場所を神殿の外に移してローゲンと向かい合う。

 ここなら、アマテルにもポニィにも聞かれないだろう。


 無駄話は不要だ。

 すぐに本題に入る。


 「リッチーの正体は人間なのか?」


 死神から聞いた話をローゲンに確認を取る。

 以前の討伐隊に参加したローゲンなら知っているはずだ。


 「ああ、人間だ。それがどうかしたのか?」


 何を今更といった態度だ。

 なんか思っていた反応と違うのだけど。


 「そんなアッサリと認めるんだな」

 「認めるもなにも、わざわざ隠すようなことではないからな」

 「……」


 もしかして自分が知らなかっただけで、この世界では常識だったのか。


 「……知らなかったのか?」

 「知らなかった……。だってアンデッドの王だよ。アンデッドだと思うじゃん、普通」


 ローゲンにとってはリッチー=人間という常識が普通なんだろうけど、自分は違う。


 「地球だと大多数の人がリッチーはアンデッドだと認識している。ゲームやらマンガを嗜んでいる人なら特に」

 「まんが? ……地球の常識は知らないが、隠していたつもりもない。……そうか、だからアイツもあの時リッチーを見て驚いていたのか」


 アイツが誰だかは知らないが、なんとなく昔ローゲンと旅していた勇者候補だというのが予想できた。

 知らなかったのならしょうがない。

 悪気があって話していなかったわけではないしな。

 他にも死神から聞いている話もあるし、そっちも確認しておこう。


 「それで、前回の討伐隊が派遣された時に、リッチーを倒したという話は本当なのか?」

 「どこでそれを……いや、やめておこう。……それについては本当だ。リッチーは討伐された。ただし、先代の方だがな」

 「先代……、やはり子どもがいたのか?」

 「いた。先代のリッチーよりも強力な力を持った子供がいた」


 死神の話は本当だったのか。


 「ローゲン、今まで聞くに聞けなかったけど、教えて欲しい。前回の討伐隊で何があったのか」


 ローゲンは話すべきか躊躇するが、すぐに口を開いた。


 「……そうだな、話そう。あまり気分のいい話ではないがな」



 「討伐隊はいくつかの部隊に分かれて行う作戦を敢行した。二つの部隊がジェノサイドとケルベロスを誘い出し、その間に別働隊が城に侵入し、リッチーを仕留める。そういう作戦だった」


 ジェノサイド。

 確か、最強のアンデッドと謳わている高位アンデッドだ。

 ケルベロスの方はリッチーの居城、その門番をしている高位アンデッド。

 ジェノサイドとケルベロスは強力なアンデッドだが、それぞれ単一個体でしかない。

 一ヵ所に釘付けにすれば、他の場所に現れることはない。

 その上で陽動作戦が行われたのだろう。


 「城の中にはジェノサイドやケルベロスの他にも高位アンデッドがいた。後に死神と呼ばれるアンデッドをはじめに様々なアンデッドがいた。それがリッチーに至るまでの障害となって立ち塞がった。城に侵入した別働隊はさらに部隊を分かれた。それらの高位アンデッドを足止めして、先に進む部隊はリッチーがいる場所を目指した」


 前回の討伐隊の方針は強行突破。

 一つ一つ障害を取り除いていくのではなく、陽動部隊が強力個体を釘付けにして、その間に別働隊が本丸を叩く。

 正面から戦ってもジェノサイドに勝てる者はいない。

 ならば、戦わなければいい。

 しかし、ジェノサイドもケルベロスも動き回るアンデッドだ。

 誰かが足止めしなければならない。

 要するに囮である。

 この囮は運が良ければ生き残れるということは一切なく、確実に命を落とす。

 それ程までにジェノサイドとケルベロスは強いのだ。

 彼らはどんな想いを抱いて、どんな覚悟を持って陽動部隊に参加し、最強と謳われるアンデッドに挑んでいったのだろう。

 自分には想像することすら出来ない。


 「先に進んだ部隊はリッチーの元に辿り着いた。リッチーの姿を見たのは初めてだが、一目で判ったよ、コイツがリッチーだと。相手も所詮は人間だと侮っていたが、彼女の力を目の当たりにしてすぐに認識を改めた。人の姿をした怪物だ、彼女こそが人類の敵だと」


 リッチーはネクロマンサーの力を持った人間だと死神は言っていた。

 同じネクロマンサーであるルナよりも強いのだろうか。

 ルナは攻撃魔法よりも補助系の魔法を得意としていて、ネクロマンサーのくせにアンデッドの召喚は全然しない。

 なので、ネクロマンサーがどういった戦い方をするのか見当がつかない。

 せめて、ルナ以外のネクロマンサーには出会ったことがあればいいのだが。


 「戦いの結果はお前の知っての通りだ。激戦の末にリッチーを討伐した。だが、喜んだのは束の間。居たんだよ、幼い少女の姿をした怪物がもう一人。気の緩んだ状態で疲労困憊。防戦一方どころか一方的な殺戮だった。さらに最悪なことに、別働隊を全滅させたジェノサイドが逃げ道を塞いでいた。絶望的な状況でチームワークも作戦もへったくれもない無様な逃亡劇。あの子の両親が目の前で殺されても、仇も取らずに逃げ帰った。生き残りは僅か。リッチーを討伐したのに結果は大敗。惨敗だった」


 死神から聞いた話と合致する。

 だけど、想像していたよりも凄惨な話だった。


 「唯一、救いがあるとすれば、あの子の両親の死体を仲間だった勇者候補とその連れが運び出してくれていたことだ。どこかの大馬鹿野郎は一目散に逃げたのに、あいつらは本当にいい奴だった。なのに、逃亡中に受けた怪我が原因で命を落とした。生き残るべきは仲間を見捨てた人間ではなく、あいつらのような心の優しい連中であるべきなのに」


 ローゲンが語る前回の討伐作戦の真実。

 憎きリッチーを倒して平和が訪れるはずだったのに、その直後に襲った絶望。

 なぜ先代リッチーを討伐したのに公表されていないのかが分かった気がする。


 「ありがとう、話してくれて」


 ローゲンにお礼を述べて神殿の中へと戻る。


 死神が語った話は真実であった。

 では、共命者システムはどうだろうか。

 あの時は信じてしまったが、地球の人間が死ねば、この世界の住人が死ぬなんてありえる話なのだろうか。

 その逆も然り。

 普通に考えれば、到底信じられない話ではある。

 だが、全くの虚言だとも思えなかった。

 結論はまだ出すべきではない。

 それにしても、リッチーとはどんな人物なのだろうか。

 その共命者がいるとしたら誰なのか、それはまだ分からない。




 ー17ー


 今日はそのまま神殿で過ごす。

 アマテルの作った料理を食べて、暖炉の置かれた部屋に戻る。


 暖炉の火を灯す。

 部屋の中は暖かい。

 安楽椅子ではなく、ソファに腰掛けた。

 リッチーや共命者システムについて考える。

 死神とローゲンが話していた内容を思い返し、頭の中で整理しよう。

 死神の境遇。

 共命者システム。

 前回の討伐作戦の真実。

 先代リッチーの討伐。

 そしてリッチーの共命者を殺して欲しいという死神の頼み。

 その共命者をどう探すべきか考える。

 出来ればもう一度死神と話しておきたいところだが、出て行ってしまったのでそれは出来ない。


 「勇者様、大丈夫ですか?」


 不意に声を掛けられる。


 「ノックをしたのですけど、返事がなかったので勝手に入ってしまいました。お邪魔ではありませんでしたか?」


 顔を上げると、申し訳なさそうな顔をしたアマテルが立っていた。


 「お隣、よろしいですか?」


 返事も聞かずに、アマテルは隣に座るようにソファに腰を下ろした。


 「死神さんから話は聞きました。共命者システムのことも、リッチーのことも。全部聞きました」


 そういえば、自分が倒れている間にアマテルは死神と話していたのだったな。


 「それで、その……」


 アマテルは言い淀む。

 死神から何か言われたのだろうか。


 「……言伝を預かっています」


 死神からの言伝。

 なんだろうか。


 「……」


 しかし、アマテルは何も言わない。

 伝言があるのなら教えて欲しい。


 「テル?」

 「あっ、すみません。少しボーッとしてました。暖炉のせいでしょうか。暖かくてウトウトしてしまいますね」


 アマテルも疲れているのだろうな。

 魔力が尽きるまで魔法を使っていたらしいし、疲れているのは当然だろう。


 「そうでした。これ落としていましたよ」


 そう言って差し出されたのはスマホだった。


 「落としていたのか。気付かなかったよ。ありがとう」


 受け取ろうとした時、アマテルはまた何かを言おうとするも結局何も言わない。

 さっきから何だろうか。

 疑問に思いつつも特に問い質すようなことはせず、何気なしにスマホで時間を確認する。

 何気なくやった動作だが、ふと違和感を覚えた。

 違和感の原因はすぐに分かる。

 スマホの電源が入っていたのだ。

 記憶が確かなら、遭難した時に電源を切っていたはず。

 それなのにどうして……?


 「……ところで勇者様。勇者様にとってルナさんはどんな存在なのですか?」

 「唐突だな」

 「聞かせてください」


 どんな存在……。

 ルナは自分にとってどんな存在なんだろうか。

 主でいいのか?

 主従関係で結ばれているが、それはアマテルが求めている答えではないだろう。


 「……おそらくですけど、勇者様にとって大切な存在なんでしょうね」

 「なんでそう思うの?」

 「勇者様を見ていれば分かりますよ」


 大切……なのかな?

 大切といえば大切な存在である。

 アマテルの言う通り、大切な人なんだろうな。


 「……勇者様。私は……」


 意を決してアマテルは顔を上げて隣を見る。


 「あれ? 勇者様?」


 部屋の中にはアマテルは一人だけになっていた。




 ー18ー


 「……」


 ルナはそっぽを向いており、目どころか顔を合わせようとしない。

 久し振りの再会。

 色んな事が頭の中を駆け巡るが、まず再会できたことが嬉しかった。


 「ルナ」

 「……なんだ」

 「久し振りだな」

 「……久し振りだな」

 「まだ、怒っているのか?」

 「……」

 「この前は悪かった」

 「過ぎたことはいい」

 「そういうわけにはいかない。まだ言いたかった事を伝えられていない。あれには続きがあったんだ」


 ルナに伝えたかったこと。

 それをちゃんと言葉にしなくては。


 「ルナの従者として行動するのは、正直大変だ。終わりのない戦いに巻き込まれるし、いつ死んでもおかしくない。先の事を考えれば億劫だし、面倒だ」


 そこで一旦言葉を止めて、ルナの姿を見る。

 前回と違って平手は飛んで来ない。

 不快な顔をしているのは変わりないけど。


 「それでもルナに付いて行きたいと思ったよ」

 「……調子のいい奴め。そう言えば私が喜ぶとでも思ったのか」

 「別にルナを喜ばせたいなんて一度も思ったことないからな。ただ、喜んでくれると……嬉しい、かな」

 「……付いて来るだけか?」

 「他にもこうやって話したり、文化祭の時みたいに一緒に歩いたり、出来る限り一緒に居るようにする。もちろん、ルナを守るために戦う。ルナが望むならだけど……どうかな?」

 「……」


 ルナは再びそっぽを向く。


 「ルナと話すのは楽しいよ。それに大変なことが多いと言ったけど、それはそれで退屈しないし、気に入っている。こんな生活も悪くないと思っているけど、ルナは……嫌だった?」

 「……」


 度重なる問い掛けにルナは少し考えてから口を開いた。


 「……私は、お前が居てくれて良かったと思っている。だから……」


 だから。

 その先に続く言葉は聞き取れなかった。

 だけど、いつになく優しい声音に僅かに綻ばせる口元を見れば、彼女が喜んでいるのが分かった。


 長い話になりましたが、読んで頂きありがとうございました。


 今回の話は仲間とはぐれて遭難した主人公が地球と異世界の繋がりを知った話になりました。


 主人公が熊を相手に苦戦するシーンがありました。

 一応擁護しておきますが、主人公は数日間もまともに食事が取れずに衰弱しており、対する熊は厳しい環境でも生きてきた普通の熊よりも強い個体で万全な状態です。

 主人公が苦戦するのも無理ないでしょう。


 そして遭難中に出会ったアンデッド、死神。

 主人公は彼から様々な情報を手に入れました。

 死神自身について。

 リッチーについて。

 そして、共命者システムについて。

 この共命者システムが本作の肝となります。

 共命者システムは本作を構想した当初から思い付いていましたが、どのタイミングで出すのか、ずっと悩んでいました。

 なぜなら地球と異世界を行き来しているのが主人公だけだからです。

 同じ顔の人物がいるだけでなく、その命が繋がっているのを気付かせる、それをどう表現したらいいのか考え、そこで思い付いたのが死神。

 過去に主人公と同じ境遇でいた。

 事情を知っていて情報通でいるのがぴったりな設定です。

 そんな死神の経歴は複雑です。

 書いていて頭がこんがらがりました。

 もうちょっとマシな設定に出来なかったのかと作者としても思います。


 共命者システムが今後どのように物語に関わってくるのか、注目して頂ければと思います。


 今回何度も死にかけた主人公ですが、次回の話では再び生死を懸けた戦いに臨みます。

 見逃せない戦いとなるので、是非読んで頂ければと思います。

 それではまた次回も読んで頂きますよう宜しくお願いします。

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