10.アマテルとルナ
ー1ー
盗賊団エクリプスの幹部であるエビータが死亡。
人質の中には怪我した者が多数確認されたが全員救出され、救出作戦は憲兵率いる救助隊の勝利に終わった。
アジトの外に出ると夜は明けており、爽やかな陽気が漂っている。
だが、そんな爽やかさに反して暗い表情を浮かべる者達がいた。
「勇者様、疲れてはいませんか? その……今日はゆっくり休んで英気を養ってみては」
「……捕まっていたアマテルの方が疲れているだろう。こっちは大丈夫だから気にしなくていい」
「そう、ですか……」
気まずい空気が流れる。
避けているでも、避けられているわけでもない。
それなのに会話が続かない。
話し掛けられても投げやりな返答になってしまう。
アマテルが気遣ってくれているのが痛いほど伝わってくるが、その厚意を素直に受け取れない。
こうなった理由は間違いなくエビータから聞いた勇者候補の話のせいだ。
心に生まれた疑念。
一度生まれたら簡単に消し去れるものではない。
黙ったままでいると、こちらに駆け寄る人影に気が付いた。
「テルーーーっ!!」
声を上げてアマテルに走り寄って来たのはポニィだ。
こんなに大声が出るんだなと驚く。
ポニィはアマテルに抱きついて互いの無事を確かめ合う。
「ポニィ! 無事だったのですね」
「うん……。テルも無事でよかった、ホントによかった」
ポニィは涙を流しながら親友の無事を喜んでいる。
「浮かない顔してる、なにかあった? どこかケガしたの?」
「いえ、勇者様が助けてくれたので、この通り無事です。安心してください」
ポニィより少し遅れてローゲンがやって来て合流する。
「全員無事のようだな」
「おじ様も無事で何よりです」
いつものメンバーが揃うが、どこか疎外感を覚える。
何だろうか、この感覚は。
皆との間に見えない壁があって、自分だけが仲間外れにされているような感覚。
元より自分はこの世界の人間ではない。
この世界に自分の居場所なんて端から存在しなかったのではないか。
王国から恐れられている勇者候補達。
招かれざる客人。
この世界に居てはいけない存在。
「……」
三人の会話は続いている。
そこに自分は入れない。
ここにはいられない。
今すぐにでもここから離れたい。
「……皆無事でよかった。今日はもう疲れたから先に戻るから」
早口で言い、返事を聞かずに走ってその場を離れる。
背後から何か声を掛けられたが構わず走り続けた。
ー2ー
アマテルとポニィがエクリプスに捕まる前に宿を確保していたが、その宿とは別の宿屋に駆け込む。
宿屋の主人には不審がられたが、通常の料金よりも多めに渡して無理やり部屋を確保した。
部屋に入るとすぐさま鍵を掛けて、カーテンを閉める。
外界と遮断したい、その事だけを考えていた。
乱れた呼吸を整える。
これでようやく落ち着ける。
カーテンを閉め切ったので、部屋の中は昼間なのに薄暗い。
落ち着く。
人目がないだけでもこんなにも違うのか。
部屋に備え付けられたベッドの上に倒れる。
ベッドの素材はお世辞にも良いとは言い難く、普段なら横になるのを躊躇われるが、今は横になりたいという欲求に抗えなかった。
「疲れた……」
ここ数時間の間に色々あった。
肉体的にも精神的にも本当に疲れた。
こんな状態でよく走れたな。
そういえば治癒の魔法は傷を塞ぐだけで、流れた血は元に戻らないのだったな。
この疲れは血が足りないところからくるものかもしれない。
「明日からどうしよう……」
今後の事を考えるだけで憂鬱だ。
なんだか頭痛がする。
眩暈もしてきた。
何も考えたくない。
「はあ……」
溜息が溢れる。
今日の出来事が全部夢だったらいいのに。
夢だったらどんなに幸せなことか。
だけど夢ではなく現実だ。
現実は非情とよく聞く。
全く持ってその通りだった。
現実と向き合いたくないと、現実逃避してみるも何も変わらない。
「今頃何してんだろう……」
アマテルは今日の出来事を全部話したのだろうか。
そうだったら嫌だな。
明日から皆の顔を見れない。
さっきでさえ、まともに見られなかったのに。
「まだ旅は続くんだよな……」
このまま旅を続けなければならないのだろうか。
そもそもなんで旅をしているんだ。
わざわざ無理をして旅を続ける必要がない気がする。
この世界に来て勇者候補と呼ばれ、流れで旅をしているだけだ。
世界を救うという大義の下に命を懸ける。
なんで騙していた世界のために、王国なんかのために命を懸けてまで助けないといけないんだ。
この世界がどうなろうと、もう自分には関係ない。
世界が滅びる時は滅びる。
滅びたら、ただ単にその程度のものだったというだけの話だ。
それに自分が関わっているかいないかの些細な違いに過ぎない。
世界が滅びても誰かが死んでもどうでもいい。
他人の死ほどどうでもいいものはないと、彼女も言っていただろう。
世界なんて放っておいて自分の好きなように生きていこう。
ここに閉じこもっていれば誰とも会わずに済む。
今更誰かと話しても何も変わらない。
ベッドの上に仰向けで横たわり、これからの事について考えるのだった。
ー3ー
「んんっ……あれ? 寝てた……のか?」
いつの間にか眠っていたようだ。
どれくらい寝ていたんだろうか?
結構眠っていたみたいだが時間が分からない。
時計を見るだけでも億劫だ。
「やっぱ疲れていたんだな……」
寝ぼけ眼をこすりながら上半身を起こす。
体を伸ばして、まだ寝ぼけていた意識を覚醒させようと試みる。
「やっぱ夢じゃなかったのか……」
部屋の中をを見渡しても、眠りにつく前の景色と何も変わっていない。
分かっていたけれど、やはり夢ではなかった。
アマテル達に会いたくない。
このまま一人でいたい。
そういえば、不穏分子は始末する決まりがあるのだったな。
自分も始末されるのだろうか。
アマテルが神殿に報告したら討伐隊が派遣される。
考えたくもないが、そういう可能性がある。
今すぐに討伐隊が来るとは思えないが、このまま宿屋に閉じ籠っていたらいずれ訪ねて来るかもしれない。
「ホント……どうしよう」
鬱屈した気分は晴れない。
だが、このまま寝ていても仕方ないと、だるい体を立ち上がらせてベッドから出る。
その時、何かが服から零れ落ちて床に転がった。
「ん? これは……」
落ちた物は眼球の形をした石、召喚石。
エクリプスに盗られたのを回収して、そのまま持っていたのだ。
今まで通りアマテルに預けてもいいのだろうか?
地球から戻る前に召喚石を海に沈めるなり、火山に落とすなりすれば、召喚石を基点に戻される自分を簡単に殺す事が出来る。
さすがにアマテルはそんな事はしないだろうと思うが、召喚石を牢に入れるだけで捕らえることが簡単に出来てしまう。
命を奪わない程度ならやられても不思議はない。
召喚石を拾い上げて、石を託してくれた少女の事を思い浮かべる。
ルナ。
銀色の髪と夜空のような黒い瞳を持つ小柄な少女。
どこか幻想的な雰囲気を纏った可愛らしい容姿。
しかし、その容姿とは裏腹に気が強く口が悪い。
年下で小さいくせに妙に大人びている印象があるが、時折年相応の振る舞いをするのが微笑ましい。
あれでもう少しお淑やかさを身に付けてくれれば可愛げがあるのにな。
アマテルとポニィが捕まり、半ばパニックに陥っていた自分に助言と武器を与えてくれた。
あの時は親身になってくれて、いつになく優しかったような気がする。
彼女が味方でいてくれる。
たとえ世界に裏切られようと、彼女だけは味方でいてくれるはずだ。
ルナの存在が心強い。
だけど、せっかく協力してくれたのにこんな結果になってしまった。
申し訳ない気持ちになる。
だけど、結果をそのまま報告してもいつもみたいに「そうか」と素っ気ない返事をするだけだろう。
もしかしたら落ち込む自分に同情して慰めてくれるかもしれない。
それとも騙していた世界に対して自分に代わって憤ってくれるかもしれない。
心のどこかで期待する。
ルナならきっとなんとかしてくれる。
信頼なのだろうか。
それとも依存か。
自分では判断つかない。
召喚石を握りしめて胸元に押し付けるように抱きしめる。
「ルナ……」
こうしているだけで心が落ち着く。
まるでルナが傍に居るかのようだ。
なんだかんだでルナはいつも味方でいてくれる。
ルナの存在が自分にとっての救いだ。
「腹減った……」
落ち着きを取り戻したら今度は腹が空いてきた。
最後に食事を取ったのはいつだろうか。
たしかアマテルとポニィが捕まった後に一度だけ取った記憶がある。
あれから長いこと何も食べていない。
どこかで食べてくるか。
扉の前まで歩き、取っ手を掴もうとするも腕が上がらない。
体が拒否しているのだ
外に出たくない。
怖い。
この世界の全てが敵に見えてしまう。
全身が震える。
自分はこんなにも臆病だったのか。
強くなったと思っていたが、それは肉体的なもので精神的にはまだ未熟で脆弱。
肉体的に強くなったのも思い上がりでしかない。
エビータを相手にした時、歯が立たなかった。
結果としては自分の力ではなくルナより預かった拳銃で倒せたが、もし拳銃がなかったらあの場で殺されていた。
結局自分一人の力では何も出来ない。
手に持った召喚石を見つめる。
自分は弱い。
何をやっても力不足、ルナに支えてもらわなければ何も成し遂げられない。
アマテル達に騙され、世界からも騙され、そんな現実を直視しするのが怖くて逃げ出した。
召喚石を再び握りしめる。
涙が溢れてくる。
溢れ出た涙は止まらず、零れ落ちて床を濡らす。
涙で視界が霞み、歪んで見える。
歪んでいるのは視界か、世界か、それとも自分の心か。
自分の足で立っているのが辛くなり、床に倒れ込んだ。
ー4ー
「っと!?」
倒れる自分を誰かが支えてくれた。
誰だろうか?
顔を上げるとそこには一人の少女がいた。
「ルナ……」
支えてくれたのはルナだった。
体格差があるためルナは全身を使って、抱きしめるように支えてくれていた。
時計を見ていなかったから時間は分からなかったが、どうやら朝に寝てその日の夜まで眠っていたようだ。
「何情けない顔しているんだ」
「えっと、これは……」
何から話すべきか迷う。
「とりあえず離れろ」
「悪い……」
体を離すと、ルナはハンカチを取り出して涙に濡れる顔を優しく拭ってくれた。
「ありがとう。……あれ?」
いつもはマンションのリビングで召喚されるのだが今日は違った。
正確に言えばいつもと同じマンションだが部屋が違う。
「ここってルナの部屋だよな」
直接部屋に入ったのは初めてだが、何度か目にしたから間違いない。
隅に置かれたベッドに洋服が入っているであろうクローゼット、教材やらよく分からない分厚い本が入った本棚。
壁には学校の制服が掛けられ、勉強机の上は綺麗に整頓されていた。
「……ウサギが好きなのか?」
机にウサギの小物が並べられているし、置かれた通学用の鞄にもウサギをモチーフにしたアクセサリーが付いている。
ベッドにもウサギのぬいぐるみが置いてあった。
あのぬいぐるみを抱いて寝ているのだろうか、だとしたら可愛いな。
「そんな事はどうでもいいだろ」
まあ、そうだよな。
部屋には自分とルナの二人だけだ。
二人きりだと何だか気恥ずかしい。
ルナはこちらを真っ直ぐと見ているが、こちらはルナの顔を直視できず、何かを誤魔化すように顔を背けてしまう。
なんでそんなにも真っ直ぐ見れるのだろうか。
まるで彼女の性格そのもののように思える。
強いんだな、ルナは。
視線を逸らした先にある時計を見て時間を確認する。
時間は……八時。
夜の八時。
つまり二十時ということだ。
本当に半日寝ていたのだな。
「それで首尾はどうなった?」
その言葉で向こうであった出来事を思い出す。
頭の中で一連の出来事が駆け巡り、再び涙が込み上げてきた。
「お、おい。なんで泣いて……」
「泣いて、ないっ」
「何を強がっているんだ。泣いているだろう」
涙は止まらず、次々と溢れてくる。
「……自分の中に溜め込まないで全部流してしまえ。安心しろ。ここには私しかいない。誰も見ていない。お前の気が済むまでずっと傍に居てやる」
卑怯だ。
そんなこと言われたら泣いてしまうだろ。
涙を止められずに垂れ流す。
何もかもがどうでもよくなってくる。
「うっ、うあ……あ、あ……」
我慢していた自分自身が馬鹿らしくなり、心に溜まるグチャグチャになった感情をぶち撒いた。
「うっく……うっ……あ、ああ……あああぁぁぁ、っうあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
恥も外聞も無く、大泣きしながらルナに抱きついた。
今の自分の姿は無様で惨めで情けないだろう。
それでも今まで心の内に溜まっていた何かが涙となって溢れ出てくる。
「ああぁぁっ! あぁぁぁぁぁぁっ!!」
涙と鼻水で顔を汚しているにも構わずにルナは優しく迎えてくれた。
それに甘えるように縋り、ルナを強く抱きしめて泣き喚いた。
「うっああああ、ああぁぁぁぁぁぁ!」
頭にルナが手を乗せて優しく撫でてくれる。
温かくて心地良い。
しばしの間、彼女の優しさに甘えるのだった。
ー5ー
涙は収まり、昂っていた感情が鎮まる。
落ち着くと気付く、今の自分の状況を。
恥ずかしい。
非常に恥ずかしい。
まだ抱きついたままだし、どうしよう。
ルナの着ていた洋服に涙やら鼻水が大量かかってしまっているし、どうしよう。
どうしよう。
本当にどうしよう。
それにしても、いい香りがするな。
落ち着く香りだ……。
…………。
……そうじゃなくて、どうしようか、この状況を。
恥ずかしさと申し訳なさが入り混じった複雑な心境になる。
正直、アマテルの事よりも今の状況をどうにかしたい。
ルナはまだ頭を優しく撫で続けてくれているが、もうこちらが泣き止んでいるのに気付いているはずだ。
それなのに撫で続けてくれている。
こちらが何かアクションを起こすのを待っているのだろうか。
どうしよう、恥ずかしくて動けない。
恥ずかしさを我慢すれば、この温もりが心地良くていいものだ。
ずっとこの温もりに身を預けたい。
……あれ? この感触……。
ああ、そうか……。
よくよく考えたらこれ胸当たってるよな。
平らかと思ったら以外に……。
「……おい。今よからぬことを考えているだろ」
ひえっ!? なぜバレた?!
冷たく響く声から逃れるようにルナから体を離す。
ああ、名残惜しい……。
「もう大丈夫のようだな」
本当はもっとくっついていたかったな……言わないけど。
「それで何があった?」
いつもの淡々とした口調で聞いてくる。
変に気を遣われるより、こっちの方が話しやすいのでありがたい。
ルナに向こうで起きた出来事を全て話した。
嘘偽りなく、正直に全てを伝えた。
「……」
話が終わってもルナは何も言葉を発さず、黙り込んだままだった。
「えっと……ルナ?」
「……話は分かった。とりあえず腹が減っているだろ。何か用意するから食べていくといい」
「あっ、うん……」
どんな反応をするのかと気になったけど、特に何もなかった。
もっと優しくしてくれるのかなと、期待していたわけではないが残念だ。
ただちょっとくらい優しくしてくれてもいいのになと思っただけだ、期待してないけど。
まあでも、そうだよな、ルナには関係のない話だし。
しょうがない。
うん、仕方がない。
仕方がない。
けれど、仕方がなくても何か言葉を貰いたかった。
ルナと共に部屋を出てリビングに向かう。
「あれ? 奈々達は?」
奈々と茜、榊の三人がリビングに居るのかと思ったが誰もいなかった。
「……こっちでも色々あってな。今は外に出ている」
「そうなのか。護衛に誰かを残さなくても良かったのか?」
「お前がいるだろ」
「ついに戦力として数えてくれたのか」
「そういう事だ」
という事はルナと二人きりか。
なんだろう、胸がドキドキしてきた。
こちらの心情に気付いていないルナは台所に入り冷蔵庫の中を物色し始める。
「まさかと思うが、ルナが料理するのか?」
「そうだが、何か文句でもあるのか?」
文句どころか、そもそも料理できるの?
いつも茜か榊に作ってもらっているじゃん。
「なんだ、その疑いの眼差しは。料理の一つや二つ簡単に作れるぞ」
胸を張って言い張るが、本当に大丈夫なのかと心配になってくる。
「何度か作ったことがあるから心配するな。お前は大人しく座って待っていろ」
そう言うとルナは冷蔵庫から卵を取り出す。
作る気満々のようだし、ここは任せてみるか。
ソファに腰掛けて覚悟を決める。
幸いにも今は空腹だ。
空腹は最高のスパイスという言葉もあるし、余程酷い物が出てこない限り大丈夫だろう。
「出来たぞ」
心を無にして呆けていたが、ルナの声で意識が覚醒する。
いつの間にかテーブルに料理が並べられていた。
お茶碗に盛られた白米、豆腐とワカメ、ネギが入った味噌汁、ひと口大に切られた少し形が歪な卵焼きが目の前に置かれていた。
「これ全部ルナが作ったのか?」
カオスな物が出てきたらどうしようかと思っていたが、普通な物が出てきた。
見た目は美味しそうだ。
香りもいい。
食欲をそそられる。
気になるのは夕食で食べるより朝食で食べるような献立だということだ。
けれどそれは大した問題ではない。
問題は味だ。
「それじゃあ……いただきます」
……。
…………。
………………。
「ごちそうさま」
美味しかった。
普通に美味しかった。
空腹もあってか箸の勢いが止まらず、あっという間に平らげてしまった。
「ルナって料理できたんだな」
「その言い方だと嫌味に聞こえるのだが」
「いや、そんなつもりはないよ。なんかその……料理できるのが意外だなあって思って」
あれ? 言い方が変わっただけで内容は変わってなくね?
これだと余計に嫌味っぽく聞こえるような。
「えっと、そうじゃなくて美味しかったです、はい」
「初めからそう言え。次はないぞ」
許してくれたようでひと安心、息を吐いて安堵する。
「また何かルナの料理食べてみたいな」
美味しかったし、他の料理も期待できる。
素直な感想を述べるとルナは困った表情をした。
「言っておくが、家庭科で作った物しか作れないからな。どうしてもと言うのなら構わないが、大して作れないぞ」
断られると思ったら、そんな事なかった。
というか、ルナってこんなキャラだっけ?
「味噌汁だったら毎日作っても大丈夫だろ」
毎朝食べられるものだし、具を変えれば味を色々と工夫できるし、味噌汁なら毎日作ってくれても歓迎できる。
「……そうだな」
なんか反応が芳しくないな、地雷でも踏んだか。
「そういえば、味噌汁も作ったんだよな? 一人分なんて作れるのか?」
「味噌玉というのがあるんだが知らないのか?」
「うん、知らん」
「まあ、それがあれば、一人分も簡単に作れるというわけだ」
「ふーん」
なるほど、よく分からん。
美味しかったから別になんでもいいんだけどね。
思えば、白いご飯も味噌汁も卵焼きも向こうの世界にはなかったので久しぶりに食べた。
やっぱ日本人には米だよな。
白いご飯は毎日食べたいものだ。
後から聞いた話だとルナが作ったのは卵焼きだけだった。
ご飯は冷凍してあった残り物をレンジで温めただけで、味噌玉というのは茜がテレビで見掛けて作ったらしい。
卵焼きの形が少し歪んでいたのは料理に慣れていなかったルナが作ったからだ。
それでも美味しかったことには変わりなかった。
「……なあ、さっきの話だが」
「さっき? 味噌汁の話?」
「違う。向こうの世界の話だ」
「……」
アマテルの事か。
今の今まで忘れてた。
いや、そうじゃない。
忘れようとしても、忘れられない。
頭の片隅に追いやって忘れたフリをしていただけだ。
「ああ、それね……」
視線を彷徨わせて曖昧な返事をして誤魔化そうとするが、それは目の前の主が許さなかった。
「逃げるな。真っ直ぐこっちを見ろ」
主には逆らえない。
それに、ここで逃げたらルナも自分の前からいなくなるのではないかという不安もある。
ルナがいなくなったら自分は今度こそ一人になってしまう。
逃げられない。
恐る恐るといった感じで顔を正面に居るルナに向けて、その黒い瞳を見る。
綺麗な瞳だ。
美しくて力強い。
「お前が望むのなら、こっちの世界で暮らすことができる」
「えっ?」
突然のルナの言葉に頭が追いつかないでいる。
「今みたいに召喚ではなく、向こうと地球を行き来しないで、地球で暮らし続ける。そんな生き方ができる」
「……本当なのか?」
「本当だ」
自分を騙していた世界に戻らないで済む。
しばらくの間、アマテルと顔を合わせなくていい。
それだけでも気が落ち着く。
「ルナに負担が掛かったりはしないのか?」
以前、シャドウを使役していたセイヴァーハンドの男との戦闘を思い出す。
あの時はルナに多大な負担が掛かってしまい倒れてしまった。
「このやり方なら負担は掛からない。寧ろなくなる」
ただし、とルナは続ける。
「これをやったら二度と向こうの世界には戻れない」
ルナが警告するように発した言葉。
それを聞いて一瞬時が止まる。
実際に止まったわけではないが、そう錯覚させるには十分な間が生まれた。
「……戻れなくなる? どうして?」
「理由はお前を地球に留めるやり方にある」
「ちなみにそのやり方とやらを聞いても?」
気になる地球に留まれるやり方をルナに聞いてみる。
「私と契約を結ぶ。それだけのことだ」
契約って自分とサンダーバードが結んだアレか。
「私の魂とお前の魂は一体化され、もう向こうの世界に戻ることはなくなる」
魂が一体化されるのはどんな感じなのだろうか。
自我とか失ったりしないよな。
「心配するな。契約を結んでもお前はお前だし私は私だ。それに魂が一体化といっても大したことない。お前もサンダーバードと契約しただろ。あれと大差ない」
大差ないと言われても不安がある。
「サンダーバードと契約しているのにルナとも契約を結べるのか?」
「色々と制約はあるが問題ない」
「制約? サンダーバードが自由に出歩けないみたいな感じのやつか? あれ? ルナと契約したら自分も出歩けなくなるのか?」
「サンダーバードはお前の内に住み着いてはいるが、別にそれが原因で出歩けなくなったわけではない。お前の未熟さが原因だ。それでも、契約した者同士は一定の距離以上離れられない。そんなわけだから、契約を結んだらずっと一緒だから、その時はよろしく」
「ずっと一緒って……ずっと? 一生?」
「そうなるな」
「……ずっと一緒ってルナは嫌じゃないのか?」
「なにを今更。嫌なら傍に置かないだろ。さっきも言ったが、今日は奈々達が出払っている。お前が私の護衛だ。護衛としての自覚を持て」
「そうなのか……」
思っていたほど嫌われてはいないようだ。
それに護衛にしてくれているのは実力を認めてくれている証でもある。
最近自分の実力に自信を持てないでいたから嬉しく思えた。
「言っておくが、お前の実力を認めたわけではなくて、他に代わりがいないだけだ」
「さいですか……」
最初は肉壁になってくれればいいと言われていたんだ。
その頃に比べればマシになったと考えよう。
「話を戻そう。契約の話に」
契約を結べば、魔力の共有やお互いの能力の一部を行使出来るようになる。
そういったメリットもあるが、当然デメリットもある。
「契約を結ぶにあたって色々と条件があるし、誰とでも契約が結べるわけではない。まあ、そこは問題ないから安心しろ。他には、お互い遠くまで離れられないとか制約があるが、それも面倒ではあるが大した問題ではない」
ルナは一拍置いて、話を続けた。
「問題なのは片方が死ねば、もう片方も死ぬ。私とお前、それとサンダーバード。そのいずれかが死ぬと連鎖的に全員死ぬというわけだ」
魂が一体化しているのだ。
一人が死ねば全員が道連れになるということか。
「もう一つ補足すると、向こうの世界には二度と行けなくなるくらいだ。これはお前にしか関係ない話だな」
ルナは説明を終えて、静かに返事を待つ。
ひとまずルナの話を整理しよう。
ルナと契約を結べば、自分の魂はルナの魂と一体化する。
魂が一体化することで肉体は地球に繋ぎ止められ、向こうの世界には二度と戻れない。
契約を結んだ者同士の魔力は共有され、お互いが使えるようになり、さらに相手の能力の一部を行使出来るようになる。
そして、魂が一体化しているため、どちらかが死ぬともう片方も死ぬという事だ。
「……質問があるのだが」
ルナは声を出さずに質問の内容を促した。
「仮に……仮にだぞ。もし仮にルナが死んだ場合はどうなる? 一緒に死ぬのか? それとも向こうの世界に戻されるのか?」
「一緒に死ぬだろうな。魂の一体化とはそういうものだ」
一緒に死ぬ。
そして、契約を結べば、もう二度と向こうの世界に戻れない。
「選ぶといい。こっちの世界か、向こうの世界か」
ルナは選択肢を用意してくれた。
進むべき道を示すのではなく、歩むことができる道を新たに敷いてくれた。
どの道を歩むのか、決めるのは自分だ。
異界か、地球か。
勇者か、従者か。
アマテルか、ルナか。
選ぶのだ。
地球は、家には帰れないが住み慣れた世界だ。
旅に出る必要もないし、モンスターはもちろん、敵対するアンデッドもいない。
敵がいるとすればセイヴァーハンドだけだ。
規模は大きいが無理して打倒する必要はない。
ルナを守り続ける、それだけの話だ。
それに一人で守るわけではない。
奈々も茜も榊もいる。
守り通せないわけがない。
それになんだかんだで楽しくやっている気がする。
地球に比べて向こうの世界はどうだろうか。
モンスターやアンデッドがひしめき合い殺伐としていて、武装した人間は徒党を組んで襲ってくる。
アンデッドの親玉であるリッチーを討伐する旅に出ているため、否が応でもアンデッドと戦わなければならない。
常に死と隣り合わせの危険な旅。
さらに住人達は自分を含む勇者候補を騙してアンデッド退治に利用している。
そんな連中を信用することが出来ないし、一緒にいるだけで神経が擦り減ってしまう。
そんな世界で最初に出会ったのがアマテル。
アマテル……。
そういえばアマテルの笑顔を最後に見たのはいつだろうか。
いつも笑顔だった彼女が暗い顔ばっかしていた気がする。
最後に別れた時も――。
不思議だ。
裏切られて嫌いになったはずの別世界。
あの世界に戻りたくないという思いがある。
それなのに、なぜだろうか、もう戻れないとなると契約を結ぶのが躊躇われる。
向こうの世界のことを考えるとアマテルの暗い顔ばかりが浮かんでくる。
心残りだろうか。
違う……と思う。
ただ気になるのだ。
「……やはりすぐには結論は出ないか」
悩み続けて何も喋れないでいるとルナが口を開いた。
「心に引っ掛かることがあるのだろう。向こうに戻ってそれを確かめて来るといい」
「でも……」
「契約を結ぶのは、いつでもできる。今すぐにじゃなくても問題ない。一度向こうに戻ってみるといい。それで本当に向こうが嫌になったら、その時はお前を迎え入れてやる」
向こうに戻る。
怖い。
それは怖い。
でも、ルナが言うのなら……行かないわけにもいかない。
「心残りかどうかは分からないけど、気になることがある」
「ああ」
「それを確かめたい」
「ああ」
「でも、不安がある」
震え出した体を自分で抱きしめるようにうずくまる。
そんな自分を見てルナは席を立ち、優しく抱きしめてくれた。
「何があっても大丈夫だ。私がいる。何があっても私はお前の味方だ」
いつになく優しく、頼もしい少女。
ああ、自分は彼女がいるだけで救われる。
「ありがとう……」
ルナの体に腕を回して抱きしめる。
「……」
「……」
しばしの間、無言で抱きしめ合う。
この時間がいつまでも続くのかと思われたが、ルナがポツリと呟く。
「……思ったんだが、弟がいたらこんな感じなのか?」
「いや、それはおかしいだろ。年齢的にこっちが年上だし」
「甘えん坊の兄はどうかと思うぞ、お兄ちゃん」
「その呼び方はどうかと思うぞ、妹よ」
「委員長には悪いが、お前と兄妹なんて考えたくもないな」
「自分から言い出しといてそれはないだろ」
そこで自然とお互いに体を離す。
「行って来る」
「ああ、行って来い」
そうして、地球とは別の世界に再び旅立った。
ー6ー
宿屋の一室。
カーテンは閉められ、明かりは一切灯っていない。
暗い一室ではあったが、カーテンの隙間より微かに差し込む光があった。
月の光。
闇夜に煌めく月の輝きが部屋の一端を照らす。
窓際まで移動し、カーテンの隙間から見える月を眺める。
今でもアマテル達に会うのが怖い。
怖いけど、地球から送り出された時にルナが大丈夫だと言ってくれた。
その言葉を胸に決心する。
月の光を背中に受けながら、外へ出るべく歩み出した。
夜間にもなると人の姿が少なくなり歩きやすい。
宿屋の近くにある酒場が目に入る。
そちらは夜間でも繁盛しているようで賑わっていた。
店先にも人は溢れて、お祭り騒ぎのように飲み明かしている。
騒いでいる人の中には救助隊に参加していた憲兵の姿が多く見えた。
エクリプスのアジトを一つ潰したのだ、そのお祝いに酒場で宴を開いているのだろう。
酒場の騒ぎを尻目に通り過ぎ、アマテル達が泊まる宿屋へと向かう。
程なくして宿屋に辿り着くと、一人の少女が宿屋の前で佇んでいた。
「アマテル……」
佇んでいた少女はこちらに気付いて顔を上げる。
「勇者様……」
月光が降り注ぐ中、しばしの間見つめ合う。
「……」
「……」
このまま黙っていてもしょうがない。
何か話さなくては。
「……女の子がこんな夜中に一人でいるのは関心しないな」
「すみません……どうしても勇者様の帰りを待っていたかったのです」
ちょっとふざけてみただけなのだが、アマテルは真面目に受け取ってしまった。
「……ずっと、待っていたのか?」
「はい」
ということは半日以上ここで待っていたのか。
「どうして?」
「勇者様とお話がしたかったので」
丁度いい。
自分もアマテルと話がしたかった。
「……勇者様、場所を変えませんか?」
アマテルに導かれるまま歩くと、そこは村を分けるように流れる一つの川。
緑が生い茂る土手に腰を下ろしたアマテルは隣に座るように促す。
それに従うように腰を下ろす。
隣に座るのを確認したアマテルは静かに語り出した。
「……勇者様が帰って来てくれてよかったです。あのまま帰ってこないのかと思っていました」
「……正直、地球に残ろうか迷った。でも……ルナが……」
「前から思っていたのですけど、勇者様はルナさんの事ばかり気にしていますね」
「……」
「別に嫌味で言ったわけではないですよ。ただちょっと羨ましいなと」
「羨ましい?」
「はい、羨ましいです」
「なんで?」
「信頼しているのですよね、ルナさんを」
「……」
信頼している。
では、それを羨ましがるアマテルと自分の関係はどうなのだろうか。
「……ルナを信頼しているかどうかはともかく、アマテルと少し話してみようかと思って帰って来たんだ」
「私も勇者様とお話しがしたかったです」
「それで聞きたいのだけど……」
何から聞こうか。
聞きたいことが山ほどある。
「待ってください。勇者様の前に私から話させてください」
ー7ー
少し長くなりますが、これは私の身の上話になります。
私の両親は冒険者でした。
生まれた故郷は離れていますが、それぞれが勇者候補の方と出会って仲間として旅に出たそうです。
一緒にリッチー討伐の旅に出るようになったのですが、共に旅をしているうちにお互いに惹かれ合いました。
関係が仲間以上のものになっても旅を続けましたが、リッチー討伐を前に旅は終わりを迎えます。
理由は詳しく聞いていませんが、仲間は解散。
中には旅を続ける者もいたようですが、両親は冒険者を引退して小さな村で暮らし始めたのです。
その小さな村で私は生まれました。
知ってますよね、私の生まれ故郷。
以前に勇者様と一緒に訪ねましたよね。
その時は慌ただしくてゆっくりできませんでしたけど、いい村ですよ。
また勇者様と行きたいです。
……話を戻しますね。
私が言うのもおかしいですけど、両親には可愛がられて育てられました。
少し成長してからはポニィや近所の歳が近い子達と遊んだりして楽しい日々を送ります。
今では両親の顔もその頃の記憶も曖昧ですが、幸せだったのは覚えています。
本当にあの頃は幸せでした。
本当に、本当に幸せでした。
そんなある日、私が六歳になる頃にかつて両親の冒険者仲間であった勇者候補が家を訪ねて来ました。
リッチーを討伐するための大規模な討伐隊が組まれる、その討伐隊に私の両親にも参加して欲しいと頼みに来たのです。
両親はその話を快諾し、まだ幼かった私を近くの街にあるおじ様の家に預けて両親は旅立ちました。
その頃はおじ様も討伐隊に参加するために両親とは別の仲間達と共に旅立っておりましたので、おじ様の家でおば様と一緒に過ごしました。
少しの間よろしくお願いしますと挨拶したのを今でもはっきりと覚えています。
勇者様もご存知の通り、この討伐隊はリッチーの討伐に失敗します。
ですけど、当時の私には知る吉もありませんでした。
私はおじ様の家で両親の帰りを待ち続けたのです。
預けられて一年後、おじ様だけが帰って来ました。
幼いながらもおじ様と両親が別々に行動をしていたのを理解していたので、次は両親が帰って来ると楽しみに待っていました。
けれども、いつまで経っても両親は帰って来ませんでした。
それでも私は待ち続けました。
待っていたのです、ずっと。
毎日窓から外を眺めながら待っていました。
そんな中、街の住人やおじ様とおば様の会話の節々を聞いて良くないことが起きたのだと分かりました。
なのでおじ様に聞きました。
でも、何も教えてくれませんでした。
それでも私は気になって何度も聞きました。
おじ様に何度も、何度も何度も聞きました。
お母さんは? お父さんは? 二人はどこ? なんで帰ってこないのって。
おじ様自身も討伐作戦で仲間を失って辛かったはずなのに。
それに気付かずに私は酷い事を言ってしまいました。
子供だったとしても許されることではないのに、おじ様は怒りもせずに黙ったままでした。
そんなある日です。
しつこかった私におじ様もついに折れたのか、真実を話してくれました。
両親はリッチーに殺されたと。
二人を守れなくてすまないと。
私はそれが信じられなくて泣きじゃくって喚いて暴れ回って……。
ウソだ、ウソだ、おじさんはウソつきだ。
お母さんもお父さんも生きている。
たまたま帰りが遅いだけだって。
大泣きでした。
一晩中泣き喚いていました。
声が枯れるまで延々に……。
その後もいつか両親は帰って来ると信じて私は待ち続けました。
周囲の人が討伐作戦が失敗したと話していても信じず。
おじ様とおば様が何度も言い聞かせても信じず。
いつかきっと帰って来てくれると信じていました。
でも、いつまで経っても両親は帰って来ませんでした。
やがて私は理解したのです。
本当に両親は死んじゃったんだと。
両親を失った私をおじ様が引き取り、育ててくれました。
不自由なく育ててくれたおじ様とおば様には感謝しています。
どれだけ月日が経っても私の心に生まれた一つの決意は揺らぎませんでした。
両親の死を受け入れてから決意した事。
それは両親を殺したリッチーへの復讐です。
両親に代わって討伐しようではなく、両親を殺した仇を取ろうと決意したのです。
あまり褒められた決意ではないですよね。
決意してすぐにおじ様に冒険者になりたいと打ち明けました。
おじ様は苦い顔をしましたが、反対はしませんでした。
もしかしたら、自分だけが生き残った負い目があったのかもしれません。
それとも時間が経てば考えが変わるだろうと、思っていたのかもしれません。
おじ様はいくつかの条件を出して、それら全てを達成出来れば旅に出ていいと言ってくれました。
一つ目の条件が魔法の習得でした。
私はすぐさま神殿に通い、魔法の勉強を始めましたが結果は散々でした。
魔力量は他の子よりも格段に多かったのですが、魔力の扱いが下手でして魔法を発動出来なかったのです。
日常で魔力を扱う分には問題がなかったのですが、魔法の発動に関する魔力の扱いが上手くいかなかったのです。
最初は誰でも上手くいかない。
そう割り切りたかったのですが、同年代の子は次々と初級魔法を習得していって次の段階へと進んでいきました。
中には私のように上手く魔法を発動出来ない子もいましたが、彼らも数日の練習の末に魔法の発動に成功したのです。
私は何度も練習したのに、魔法は一度たりとも発動せずに一人取り残されてしまいました。
毎日、自分よりも小さい子に混じって魔法の練習を続けて、その子達もやがて魔法の発動に成功して追い抜かれていく日々。
先輩や同年代の子、はたまたは小さい子にまで才能がないとなじられ、嘲笑われ、冷やかされ、馬鹿にされ、それでも私は魔法の練習を続けました。
必死だったのです。
リッチーに復讐してやる。
必ず仇を取ってやると意気込む。
そのおかげで周りの声が気にならずに済んだのかもしれません。
今思い返すと惨めで、憐れです。
月日が流れてようやく魔法の発動に成功しました。
何の前触れもなく、きっかけもなく、いつも通りにやっていただけなのに発動したのです。
正直、上手くいった安堵よりも昨日まで上手くいかなかった自分に憤りました。
なんで今更、遅いって。
初級魔法の発動に成功するまで五年も掛かってました。
何はともあれ、初級魔法の発動に成功したので、ようやく私も次の段階に進めたのです。
次に行ったのは旅で使える魔法の習得でした。
どうせ上手くいかないと周りから言われました。
それは私自身も理解していました。
なので、治癒の魔法だけを習得するのに集中することにしたのです。
習得する魔法を治癒の魔法にしたのは、魔力の扱いが下手な私でも魔法で役に立つにはそれしかないと考えたからです。
治癒の魔法の習得も大変でした。
初級魔法の発動で躓いた私が簡単に習得出来ないのは分かっていました。
それでも練習して、街の寮に泊まりながら学園に通っていたポニィからもアドバイスを貰って練習を続けました。
治癒の魔法の習得に並行しながら、おじ様が出した他の条件をこなすことにしました。
条件の二つ目が戦う術を身に付けること。
三つ目が共に旅に出る勇者候補を見つけること。
共に旅する勇者候補を見つける方法は二つあります。
一つは街を訪れる勇者候補に同行させてもらう。
もう一つは神官になって新しく現れた勇者候補の監視役として同行する。
その二つがあり、私は後者を選びました。
監視役だろうとなんだろうとリッチーを討伐できればそれでいいと思い、選んだのです。
神官になった私は錫杖を用いた護身術の練習を始めたのですが、魔法の習得とは違って護身術の方はあっさりと習得出来ました。
体を動かすのは得意な方なのでそれが功を奏したのかもしれません。
それに対して、治癒の魔法の方は難航していました。
いつまで経っても、どんなに練習しても上手くいかない。
そんな日々が続いたある日事件が起きました。
ポニィが怪我をしたのです。
積んであった丸太が崩れて偶然近くにいたポニィの足が挟まれたのです。
なんとかしないと必死で治癒の魔法を唱え続けて、魔力が尽きる最後の最後で奇跡が起こりました。
治癒の魔法が発動してポニィの怪我を治したのです。
ポニィには後遺症は残らず、治癒の魔法の発動に成功し見事に習得出来たのがすごく嬉しかったです。
これでおじ様が出した旅に出る条件は最後の一つだけとなりました。
最後の一つは、共に旅に出てくれる勇者候補を見つける事。
これまでしていた努力とは違って、こればかりは運に頼るしかありませんでした。
街を訪れる勇者候補はいましたが、まともに魔法を扱えない神官の同行を許してくれるはずもなく全て断られました。
あと出来るのは、新しく勇者候補が現れるのを待つことだけ。
でも仮に現れても私が監視役になれるかは分からない。
学園を卒業したポニィは寮を出て村に帰り、私は神官なので神殿の公務を行いながら勇者候補の出現を待ち続けました。
それから一年が経ち、ようやく転機が訪れました。
分かりますよね。
勇者様が現れたのです。
お告げを受けて私は監視役になり、今に至ります。
ー8ー
「話が長くなってすみません」
アマテルが話した内容は自分がこの世界に訪れる前の話だ。
「私が旅に出た理由を勇者様に話しておきたかったのです。復讐という理由で幻滅しましたか?」
「しないよ、幻滅なんて。むしろアマテルも人間らしいなと思った」
「その言い方だと、私が人でなしみたいですね」
「……それって分かっててからかっているよね?」
「バレました?」
アマテルは小さく笑う。
つられて自分も笑ってしまう。
「今まで私は自分の事ばかりを考えていました。周りの人や勇者様の気持ちを考えないで……」
「……」
「もしも、勇者様が望むなら……ここで旅を終わりにしてもいいと考えています」
「いいのか、終わりにして?」
「……思えば、色んな人に迷惑を掛けてきました。おじ様に冒険者になりたいと駄々をこねたり、魔法の先生に長い間魔法の手解きを受けたり、ポニィには心配を掛けて旅に同行させてしまったり……。勇者様には何も知らないまま、私のわがままに付き合わせてしまったり……」
アマテルは立ち上がり、頭を下げた。
「すみませんでした、勇者様」
「……」
「ごめんなさい。騙していて、嘘をついていて」
「……」
アマテルは頭を下げて、謝り続ける。
「……とりあえず頭を上げてくれ」
ずっと頭を下げっぱなしだと話が進まない。
頭を上げさせて落ち着かせる。
「落ち着いた?」
「はい……。それで勇者様。私、勇者様の正直な気持ちが知りたいです」
正直な気持ちか。
「……アマテルに殺されていたかもしれないと聞いた時は頭の中が真っ白になったよ。エビータに色々言われてアマテルは何も言ってくれなくて、自分はこの世界に騙されていたんだと自覚した」
「はい……」
「王国が考えた勇者候補という制度、勇者候補という地位を与えて騙す。国が人を騙していた、普通に考えたら憤る話だよね。でもさ、よくよく考えてみたらこれってよくある話なんだよね。地球でも歴史的に見てみたら世界中でよくある出来事だし、こっちの世界でもそれは同じなんじゃないかなって考えてみたらさ。いちいち憤っていた自分が馬鹿らしいなって思えてきたんだ」
「勇者様はそれで納得できたのですか?」
「納得はできないよ。でも、どこの世界もろくでもない事を考える奴がいるんだなって意味じゃ納得はした」
「頭の良い方が為政者ならもっと上手く問題を解決できたのかもしれませんね……」
「それはどうかな。個人的な意見だけど、国中の人が全員幸せになる方法なんてないと思うよ。どこかで貧乏くじを引く人が誰かしらいる。今回はそれが勇者候補の面々だったって話」
「そういうものですかね?」
「そういうものだよ。それに得体の知れない異界からの来訪者よりも自国の民を優先するのは国の在り方としては間違ってないしね」
「……勇者様は嫌でしたか? この世界の身勝手な理由で危険な旅に出されて」
「そうだね……旅は大変だし、辛いこともあった。命が危険に晒されるなんて日常茶飯事だし」
「……」
「でもそのおかげでアマテルに出会えた。ローゲンにもポニィにも出会えた」
「……」
「アマテル達と過ごした日々は楽しかったよ。それを思えば出会えてよかったと本当に思えたよ」
「……私は勇者様を騙していたのですよ? それでもよかったって言えるんですか」
「言えるよ。むしろアマテルでよかった。他の神官だったら地球から戻らなかったと思う。アマテルだったからこそ話し合おうって思えた」
「勇者様……」
アマテルの目を真っ直ぐと見つめる。
「アマテル。旅を続けよう」
「いいのですか……?」
アマテルは瞳を潤ませながら確認する。
「ここで終わりにしたら今までの思い出が嘘になってしまう。大変だったけど、それ以上に楽しかった。この気持ちが偽りでないことを証明したい」
「ありがとうございます……勇者様……」
「これからもよろしく頼む」
「こちらこそ、不束者ですが、これからもよろしくお願いします……」
アマテルは再び頭を下げた。
「ところで勇者様、一つお願いがあるのですがいいですか?」
「ん? 何?」
「私と親しい人は、私のことをテルと呼んでくれます。これからは勇者様からもそう呼んで欲しいです」
「ローゲンはテルって呼んでなかった気がするけど?」
「おじ様はそういう方ですから……。勇者様は呼び方を変えるのは嫌ですか?」
「……嫌じゃないよ、その……テル?」
「はい、勇者様!」
アマテルは嬉しそうにはにかんだ。
さっきまで瞳を潤わせていたのに、今では太陽のように眩しい笑顔である。
「ところで勇者様はお腹は空いていませんか? 晩御飯はまだですよね」
「向こうで食べてきたから大丈夫だよ」
「そうでしたか……」
さっきまでの笑顔が嘘のようにガックリと肩を落とす。
「もしかしてアマテルはまだ食べてない?」
「はい……。あとテルでお願いします」
テルと呼ぶのに慣れていないのでつい忘れてしまう。
「……テルは、まだ食べていないのか。折角だし一緒に食べようか、少しならまだ入りそうだし」
「そうですか、すみません」
「こっちこそ悪かったよ。遅くまで待たせちゃって」
「仕方ないですよ。それどころではありませんでしたから。久し振りの向こうでの食事は美味しかったですか?」
「美味しかったよ。ルナが作ってくれたんだけどこれが意外と美味しくて驚いたよ」
「そうでしたか。ルナさんの手料理ですか。へー」
「どうしたの?」
「いえ、別に」
「なんか怒ってない?」
「怒ってないです」
「そう?」
「……」
アマテルはそっぽを向いてしまう。
やっぱ怒ってるじゃないか。
そこからアマテルの機嫌を直すのに苦労した。
ー9ー
アマテルと一緒に軽い食事を食べ終える頃にはもう夜が明けていた。
一睡もしていないアマテルを宿屋まで送り届けてから街に繰り出す。
街の中を見て回るのは気晴らしである。
これは自分にとって、旅の中での楽しみの一つであった。
文化は当然ながら、家の造りから住人の服装、売られている商品に至るまで街によって異なる。
それを眺めて回るのが、思いの外楽しかったりする。
この世界に留まる事を決めてからもそれは変わらない。
ただ、やはりと言うべきか、住民からは避けられている。
意識して見てみるとそれが顕著に見えた。
勇者候補は忌避されている。
それを改めて実感できた。
「あれ? 勇者?」
街中をぶらついているとポニィと偶然鉢合わせする。
「買い出し?」
「うん。勇者も?」
「そんな感じ。怪我はもういいのか?」
「うん。平気」
ポニィはアマテルから話を聞いているのだろうか。
「勇者はひとり? テルといっしょじゃないの?」
「さっきまで一緒だったけど、宿まで送ったよ。部屋で会わなかったのか?」
「会ってない。わたしが宿を出たのは朝早かったから」
「そうか、入れ違いになっていたのか。今頃ぐっすり眠っているはずだよ」
自分のせいで遅くまで付き合わせてしまったからな。
今はゆっくり休ませておきたい。
「……テルから話は聞いてる。……ごめん」
「うん……聞いていたのか。テルと色々話してなんとかなったから、もう大丈夫」
「そう? なら、よかった」
ポニィはポニィなりに気にしていたのだろう。
でも、もう過ぎたことだ。
いつまでもウジウジしていたら格好がつかない。
「それよりも、なんでテルって呼んでいるの?」
身を乗り出して尋ねてきた。
さっきの話よりもそっちの方が気になっているように見えるのは気のせいだろうか。
「なんでって……テルにそう呼んで欲しいって言われたから」
「テルに? ふーん、そっか、そうなんだ」
何に得心がいったのか分からないが、ポニィは納得してくれた。
「じゃあ、わたしは行くね」
そう言ってポニィは先を行く。
買い出しに行くと言っていたので行き先は市場だろうか。
「なんで、ついてくるの?」
「せっかくだからついて行こうと思って。迷惑?」
「うん」
迷惑なのか。
しかもそんなはっきりと意思表示されるとは思わなかった。
「いっしょだとテルにわるいし……」
悪い? 何が?
「いつも一緒に旅をしているんだから、テルだって文句言わないだろ」
「そういう問題じゃない」
なぜか冷ややかな視線が飛んでくる。
「そこまでついて行くくらい問題ないだろ。仲間なんだし」
「……」
ポニィは何も応えず、溜息を吐きながら呆れていた。
そのまま市場に向けて歩み出す。
今度はついて行っても文句を言われなかった。
「そういえば、ポニィと出会った頃は、ろくに会話できなかったな」
「そうだっけ?」
「そうだったよ。いつもテルの陰に隠れていて、たまに話せても大して会話が続かなかった。なのに、今は普通に話せている。長い旅の中でポニィと仲良くなれたと思うと嬉しいよ」
「わたしもうれしい、勇者と仲間になれて」
市場で旅に必要な物を買い足していく。
「街を出るのは明日以降だな。買い出しは今日中に済ませて後はゆっくり休もう」
「うん」
ポニィと一緒にお店を回って買い物をする。
「一度宿まで戻って荷物を置いてくるか。テルも起きているかもしれないし、ローゲンも呼んでどこかでお昼を食べよう」
「うん。そうだね」
宿まで戻ろうと市場を出て通りを行く。
ポニィの隣を歩いて進む。
通りを進んでいくと人の数が徐々に減っていく。
「勇者……」
「ああ」
ポニィも気付いたようだ。
さらに進んで行くと通りのど真ん中に佇む一人の人物がいた。
大剣を背に携えた大柄な男性。
そんな人物が道のど真ん中に立っていれば目立つ。
男性は真っ直ぐとこちらを睨んでいた。
見覚えはないが、向こうはこちらを知っているようだ。
「後ろに」
ポニィを後ろに下がらせる。
「もしもの時はテルとローゲンとの合流を専念にして動いてくれ」
宿まではもう目と鼻の先、もしもの時はポニィだけでも逃げてほしい。
腰に指した剣を確認する。
剣は持ってきているから戦闘になっても応戦できる。
「何の用だ」
男性に近付き、話し掛ける。
「お前がエビータを殺したそうだな」
「だったらどうした」
「いやなに、殺してくれたことに感謝しているってだけだ。あの女はいけ好かない奴だ。やる事為す事全てが気に食わない。死んでくれて清々する」
「お礼を言いに来たっていう雰囲気には見えないのだが」
「これは性分なんだ。悪く思わないでくれ。それにしても、この街も気に食わん。幹部を一人倒して浮かれているのか、街の警備が手薄になっている」
「何が言いたい」
「要するにだ、エクリプスは潰れたわけではない。アジトを一つ、幹部を一人失っただけだ。それなのにこの街の連中は復讐だとか報復されるとは考えていないのか? 気が緩み過ぎだ。だから俺のような侵入者を許してしまうんだ」
「侵入者……何者だ、お前は」
「俺はエクリプスの幹部、カニアスだ。エビータを倒したお前の実力、見極めさせてもらう」
カニアスは大剣を構える。
「剣を抜け。俺とお前の一騎打ちだ」
相手はエクリプスの幹部。
手加減の必要はない。
剣を抜き、構える。
「何しに来たかは知らないが、受けて立とう」
一瞬の間を置いてから、駆け出す。
正面から斬りかかる。
一気に攻めたてて倒す。
しかし、雷の軌跡を残してカニアスは消える。
雷属性の魔法。
気付いた時には右側から大剣が差し迫っていた。
剣で大剣を受け止めるも、その威力は凄まじく体は弾き飛ばされて地面に転がる。
「無策の突撃など俺には通じない」
本当に馬鹿だな、自分は。
エビータとの戦いで幹部の強さを体験したはずなのになんて愚かなんだ。
やはり幹部は一筋縄にはいかない。
立ち上がり、剣を構え直す。
無闇に近付いたら危険だ。
警戒を強めて相手の出方を窺う。
「来ないのか? ならば、こちらから行かせてもらうぞ」
カニアスの足が帯電したかと思ったら、一気に距離を詰められていた。
速い。
大剣が差し迫る。
今度は力に圧し切られてたまるか。
雷の加護を発動して筋力増加を図る。
それで大剣を受け止めるも僅かに圧されてしまう。
大剣は威力は出るが、振りが大きい。
その隙をつく。
二撃目が来る前に剣を振る。
しかしカニアスの足が再び帯電し、敵を狙った剣は虚しくも空を切った。
カニアスは後方へと跳躍する
あんな大きな剣を持っているのになんて身のこなしだ。
後方へと跳んだカニアスの足が着地の際に帯電する。
着地と同時に大地を蹴り、今度は前に跳ぶ。
大剣を振りかざしながら迫って来る。
剣を振った直後の不安定な態勢では大剣を受け止められないと即座に判断し、頭を下げて大剣を躱す。
そのまま地面を転がるように移動して間合いを取る。
カニアスの一連の動きを見て理解した。
敵は雷属性の魔法を上手く使っている。
体の一部分に雷の加護を集中させて、通常ではあり得ない立ち回りをする。
だから、扱いづらい大剣に小回りの利かない大きな体格でいながらあんなにも速く動き回ることができるのだ。
エビータの速さとは違う力強い技術。
エクリプスの幹部は全員がこれほどの強さを有しているのか。
「今のを避けるとはな。良い判断力だ」
「そいつはどうも」
「エビータを倒したというのも、まぐれではないようだな」
エビータを倒せたのは拳銃があったからだ。
しかし、拳銃はもうルナに返してしまったので手元にない。
今あるのは剣だけだ。
剣の実力だけで勝たなくては。
柄を強く握り、再びカニアスと対峙する。
どこから攻めるか、どう攻めるか思考を巡らせる。
「あそこ! 急いで!」
唐突に誰かが声を上げるのが聞こえた。
「勇者様!」
アマテルの声?
なんでここに? 宿で休んでいたはずなのに。
見るとポニィがアマテルとローゲンを引き連れながらこちらに駆け寄って来ていた。
自分がカニアスの相手をしている内にポニィが呼んだのか。
「増援か。今日はここまでとしよう」
「逃げるのか?」
「ここに来たのはお前と戦うのが目的ではない。渡す物があったからだ」
そう言ってカニアスが懐より取り出した物を投げる。
「これは?」
目の前に落ちたのは封筒。
「うちのボスからの招待状だ。お前を歓迎するのだとさ」
「歓迎? 行くわけないだろう」
「来ないのは勝手だが、その時は覚悟しておけ。この街を破壊してやる」
「街を人質にして、脅すのか」
「どう受け止めるかはお前に任せよう。だがな、これはお前にとって良い機会ではないか? ボス自らがお前に会いたいと言っているんだ。誘いに乗るのなら俺もお前を歓迎しよう。誘いに乗らなくても、ボスを殺すまたとないチャンスでもあるわけだ」
「お前は、どっちの味方なんだ」
「俺はエクリプスの幹部だ。誰の味方かは言うまでもない」
そうだ、カニアスはエクリプスの幹部だ。
エクリプスのボスには敵わないという自信があるのだろう。
この招待状も罠の可能性がある。
「そう警戒するな。これは罠ではない」
そんなの素直に信じられるか。
そう口にしようとした次の瞬間、現れた氷の三日月刀がカニアスに襲い掛かった。
三日月のように歪曲した片刃の氷剣。
それが弧を描くように宙を舞い、カニアスに襲い掛かる。
襲来する複数の氷の三日月刀をカニアスは大剣を一振りして払い退けた。
ポニィの魔法ではない。
では誰が?
「街で暴れる悪党はあたしが懲らしめるよ!」
この声は……。
声のした方に視線を向けると、少し離れた所に見覚えがある顔が立っていた。
旅に出る前に一度だけ会った勇者候補の少女だ。
名前はたしかマイカだったか?
「さらなる増援か。……まあいい、用は済んだ。この街が破壊されるかどうかはお前次第だ。それだけは覚えておけ」
カニアスは脇目も振らずに退散していった。
「こらー! 逃げるな! 腰抜けー!」
あまり煽らないで欲しいのだけど。
幸いにしてカニアスは戻って来なかった。
「勇者……だいじょぶ?」
アマテルとローゲンを引き連れて来たポニィが心配して声を掛けてきた。
「大丈夫。それよりも向こうの方が……」
助けに入ってくれたマイカの方を見る。
「さあ、レン君達も行くよ。悪党を追いかけよう」
「マイカ、一度落ち着いて。追いかけようにも、もう姿は見えないから」
「まだそこら辺にいるよ。手分けして探せばなんとかなる、はず……多分!」
追いかけようとしているマイカを神官の青年が諫めて、その二人を旅の仲間であろう少女と青年が見守っている。
「分かれて追いかけるのはやめておいた方がいい。あいつはエクリプスの幹部だ。各個撃破されるのがオチだ」
「さっきまでのキミみたいに?」
「……」
悪かったな、一方的にやられてて。
「まあいいや。追いかけるのはやめておこう、うん。君みたいにやられたくないからね」
納得してくれたけど、一言多い。
「すみません、うちのマイカが……」
神官の青年が頭を下げてくる。
「いえ……気にしないでください」
「そうそう、気にしない気にしない。ところでキミ久しぶりだね」
君は気にしろよ。
「久し振り。元気そうで何よりだよ」
「勇者様、そちらの方は知り合いですか?」
「はい! 友人です!」
マイカが胸を張って答えるが、果たして友人なのだろうか。
会ったのはこれで二回目だし、そもそもなんで君が答えているの。
とりあえず知らない顔が多いのでお互いに自己紹介をする。
神官の青年はレンダー。
先程マイカに代わって頭を下げてくれたのが彼だ。
いかにも好青年といった出で立ちではあるが、一連の流れを見ているとマイカに苦労させられているように見える。
少女はニーナ。
背が低く、ルナと同じくらいに小さい。
歳は中学生くらいだろうか。
魔法を得意としている後衛である。
マイカがアレなせいか、年齢よりもしっかりしているように見える。
最後にダイン。
彼もニーナと同じく魔法を得意としているらしい。
少し会話を交わしてみたのだが……。
「どもッス。今後ともよろしくー」
軽いなー。
この三人がマイカの仲間である。
自己紹介を終えて、話を先程の襲撃の件に戻す。
エクリプスの件とカニアスの件について簡単に説明する。
「顔がよく見えなかったけど、さっきの人が盗賊団の幹部なの?」
「幹部だけど……。見えなかったのに攻撃したのかよ。危ないな」
「だいじょーぶだよ。そこはあれがあるから」
あれとは何なのだろうか。
「でも、その幹部の人。どこかで似た感じの人と会ったことがある気がするんだよね」
見えなかったのに似た感じとかってあるのだろうか。
出任せでものを言っているのではないだろうな。
「それよりも驚いたよ、エクリプスの幹部を一人を倒すなんて」
レンダーがそう言うと、後ろにいたニーナが頷く。
「うん。特に幹部は手練が多いって有名なのに、スゴい!」
「それで盗賊団に目をつけられちゃったんだ。災難だねー」
驚くニーナとは裏腹にマイカは能天気でいる。
「それでラブレターもらったんだよね」
「違う。エクリプスのボスからの招待状らしい」
男からのラブレターとか何の罰ゲームだ。
中身を確認してみると、カニアスが言っていた内容とほぼ同じ。
エビータが話した勇者候補の真実についても書かれていた。
マイカには見せられない内容だ。
「この場に留まってもしょうがないし、場所を移そう」
丁度全員揃っているしお昼でも食べに行こう。
「あたし達もついて行ってもいいよね?」
「構わないよ」
断る理由もない。
「やった。まあ、ダメって言わてもついて行くけどね」
「……」
ー10ー
近場にあった食堂に入り、各々が料理を注文する。
「テル、眠くない?」
目元を擦っていたアマテルに声を掛ける。
「正直言うと、まだ少し眠いです」
「ムリしないでね」
「はい……」
そこへ注文した料理が運ばれてきた。
目の前に並ぶ料理を食べながら話を進める。
「マイカはどうしてこの街に?」
「どうしてって、リッチーを退治するためだよ。前線基地まで行くには、この街を通っていくのがいいってレン君が言ってたからね」
そうか、目的地が一緒だから通る道も同じになるよな。
「それよりもその招待状どうするの? 行くの?」
マイカの問いに皆の視線が集まる。
今一番の問題はカニアスから受け取った招待状だ。
「どうするつもりだ?」
ローゲンも聞いてくる。
「……招待に応じようと思う」
「勇者様、それって……」
アマテルが割って入ってきた。
「心配の必要はないさ。盗賊団に入るつもりなんてないから」
その言葉を聞いてアマテルはホッと胸を撫で下ろす。
「無視することだってできる。だけどそれをしたら街を破壊するとまで言っている。奴らはそれを本気でやるだろう。そんな連中を野放しには出来ない」
エクリプスのボスが会いたいと言っているのだ。
倒すならこれ程のチャンスはそうないであろう。
「招待されたのはお前だけだろう。一人で行くつもりか?」
ローゲンが聞いてきたが、それに答えるより早くアマテルが応じた。
「私がお供します。勇者様を一人になんてさせません」
「危険だぞ」
「それでも行きます。勇者様だけを危険な目に遭わせません」
「はあ……お前達を二人だけで行かせるわけにもいかない。元よりこの命はお前達のために使うつもりだ。俺も一緒に行こう。この命に代えてでも守ってやる」
「迷惑を掛けるよ、ローゲン」
「全くだ」
「わ、わたしも行く。勇者はわたしの……わたし達のだいじな仲間で、テルはわたしの大切な友達で、おじさんにはいつもお世話になってて。だから、三人があぶないのに、だまって見てなんかいられないっ」
やはりと言うべきか、三人はついて来る気でいる。
これは自分とエクリプスの問題なので無理して来なくていいのに。
それでも、一緒に来てくれるのは素直に嬉しかった。
仲間を疑っていた昨日の自分がバカバカしく思えてきた。
「悪の秘密結社の基地に潜入するんだよね。あたし達も行っていい?」
マイカが身を乗り出しながら協力を申し出た。
「それはありがたいけど、仲間に相談しないで勝手に決めていいのか?」
相談した素振りはなく明らかにマイカの独断だ。
エクリプスの本拠地に攻め入るので危険は避けられないのは明白。
さすがに相談なしで決めていいことではないので、確認のためにレンダーの方を見やる。
「こっちは気にしなくていいよ。マイカがこうなのはいつもの事だから」
レンダーがそう言うと、ニーナとダインも頷く。
「それに今更見て見ぬふりなんてできないよ。僕達も協力させてほしい」
「さすがレン君。話がわかるね」
ここで人手が増えるのはありがたい。
ぜひ力を貸して欲しい。
「君達だけにいいカッコウはさせられないよ。あたし達もがんばっちゃうよー」
一人元気に意気込んでるマイカ。
周りの視線が集まるので止めてくれ。
そんなマイカをレンダー達は呆れながらも優しく見守っている。
マイカがこういうのを見過ごせない人物だということを知っているのだろう。
それとも三人もマイカと同じようにお節介な性格なのかもしれない。
どちらにせよ、仲間が増えるのならそれに越したことはない、
「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」
「そうそう、実を言うとさ、さっきキミがポニィちゃんと一緒にいるとこ見かけたんだー」
一緒に買い物しているところをマイカに見られていたようだ。
「そうだったのか。話し掛けてくれればよかったのに」
「デートの邪魔したら悪いかなと思って話しかけなかったんだよ」
何をふざけたことを言っているんだ。
「デートじゃないよ。誤解されるようなことは言わないでくれ」
「ホントかなー。ねえ、ポニィちゃん、本当にデートじゃないの?」
こちらの返答に納得していないのか、ふざけているのか、はたまたはからかっているのかは分からないが、マイカはポニィにも話を振る。
「ちがう。勇者とはそういうのぜんぜんない」
ポニィも躊躇いもなくキッパリと言い切った。
普段はオドオドしているのに、こういう時はしっかりしている。
「なーんだ、つまんないのー」
マイカは一気に興味が薄れたようだ。
「それじゃあ、僕らはそろそろ行くよ」
そう言ってレンダーは立ち上がる。
街に来たばかりでまだ宿を取っていないらしい。
「マイカ。宿の部屋を取りに行きましょう」
「はーい」
「僕達は一度宿の方に向かうから失礼するね」
食事を終えたマイカ達は宿を借りるため店を出て行った。
「嵐みたいな奴だったな……」
話しているだけで疲れる。
「その元気なところがマイカさんの良いところだと思いますよ」
「まあ、そうだけど」
アマテルは誉めているけど、限度というものがあるだろう。
「ところで勇者様。本当にデートではなかったのですか?」
「ん?」
唐突に話題を変えたので一瞬何のことだか分からなかったが、すぐに先の会話についてだと思い当たった。
「ああ、ポニィの件か。デートじゃないよ。一緒に旅に必要な物を買っていただけだよ」
「そうですか。なら、いいのですけど」
「何か気になることでもあるのか?」
「んー、気になる……? そうですね、少し気になりますね」
「少し? 何が?」
「何がでしょうか?」
「さあ?」
アマテルもなんで気になったのか分からないようだ。
お互いに顔を合わせて首を傾げる。
その光景を見ていたポニィとローゲンは呆れるのだった。
ー11ー
「仲直りできたのか?」
「おかげさまでな。ありがとう」
ルナに感謝を素直に述べた。
「お前から素直にお礼を言われると変な感じがするな」
「そこは素直に受け取ってくれると嬉しいな」
「まあ、そんな事はどうでもいい。それよりも昨日話し忘れていた事があったんだ」
話し忘れ?
なんだろうか?
「お前の左手の甲に勇者候補の証があっただろ。あれは魔法で作った目印だ」
「目印?」
「簡単に言えば、追跡の魔法を使うと目印の所まで案内してくれる。そのための目印だ」
「そうだったのか……」
「勇者候補とは何も関係ない代物だ。おそらく、勇者候補が裏切った時に追跡して始末するためものだろう」
「ルナはそれをずっと前から知っていたのか? いつから?」
「最初の頃にお前の腕を修復の魔法で直しただろ。その時に知った」
「どうして黙っていたんだ」
「昨日の話を聞くまで忘れていたんだ。追跡する程度の代物に過ぎないし、向こうの事情なんて考えたこともなかったしな」
この件に関してルナに何を言ってもしょうがない。
ルナだって何のために付けられた証なのか知らなかったのだから。
「教えてくれなかった件はいいよ。それで、書き換えたこの紋様はどういった効果があるんだ?」
「話してなかったか? 魔法で暗号化されているが、それには私の名前が刻まれている。これは私の物ですよって意味があるだけだ」
「えっ? それだけ?」
「それだけだ」
「そうなのか……。というか、勝手に人の体に名前を書くなよ」
「自分の物に名前を書きましょうって学校で習わなかったのか?」
「いや、習ったけど……」
「嫌なら消してやるぞ」
改めて左手の甲に浮かび上がる紋様を見つめる。
これがルナとの繋がりを示す証である。
「……いいよ、このままで」
「そうか? ならいいのだが」
そこまで話して、改めて本題に入った。
「昨日の今日でアレだけど、盗賊団のエクリプスから招待状を受け取った」
「招待状? パーティーでも開くのか?」
「そんなわけないだろ。勧誘らしい。幹部の一人を倒して見所があるとかでな」
「ふーん、お前を仲間にしたいとは奇特な奴がいるのだな」
お前が言うな。
「前にも話したかもしれないけど、エクリプスのボスは元勇者候補だ。断片的に聞いた話を統合すると勇者候補の真実を知って憤り、そのせいで一緒に旅をしていた仲間に殺されそうになったらしい。それからも色々あったらしく王国に対して復讐を誓って、自分と同じように裏切られた勇者候補を集めているとか」
「被害妄想を膨らませて、自分が世界の中心だと思い込んでいるのだな」
「酷い言い様だけど、大体そんな感じ」
「それでお前もその変態集団に加入するのか。いい友達が沢山できそうでよかったな」
「入らないよ。断りついでに一発殴って来るつもりだ」
「勝てるのか?」
「勝つさ。マイカ達もいるし、前に話したマイカとその仲間も協力すると言ってくれている」
「マイカ? 誰だか忘れたな。まあ、危なくなったら、手足をもがれてでも帰って来い。生きていればどんな重傷でも治してやる。向こうで死ぬなんて絶対に許さないからな」
「心配してくれているのか?」
「もう忘れたのか? お前は私の物であり従者だ。私の目の届かない場所で死なれたら不愉快ってだけだ」
「そうだったな。じゃあ、死なないようにしないとな」
「ああ、死ぬなよ」
ー12ー
招待状に記された場所に赴くための準備が整った。
宿屋を出ると、まだアマテルとポニィの姿は見えなかった。
「二人はまだか……。少しすれば、出てくるかな」
女子の準備に時間が掛かるのはこっちの世界でも一緒か。
マイカ達が泊まっている宿は別の場所なので後から合流することになっている。
なので今はローゲンと二人だけだ。
「……丁度いいから話しておこう」
「何を?」
「……勇者候補。それの真実について知っているのだろ」
「テルから聞いたのか?」
ローゲンは首を横に振る。
「言われずとも分かる、お前達の態度を見ていればな。以前共に旅をしていた勇者候補もお前と同じように苦悩していた。だが、お前はあいつと違ってすぐに立ち直れた。強い心を持っているな、お前は」
「強くはないさ。支えてくれる人がいなければ心なんて簡単に折れてしまう。偶々近くに支えてくれる人が居てくれたってだけだ」
「誰かが近くで支えてくれるのは、お前が今まで築き上げてきた信頼があってこそだ」
「そうは言っても、一人じゃ何も出来ないのが情けないと思うよ」
「一人で全てを背負う必要はない。幸せを分かち合うだけが仲間じゃない。辛いことを分け合い、皆で支え合うのも仲間だ。それに、築いてきた信頼はお前の一部であり、誇っていいものだ。胸を張って堂々としていろ。信頼してくれる者達に恥をかかせるな」
「驚いたな……。まさかそんなに言ってくれるとは思わなかったよ」
「……勇者候補の件はこちら側の責だ。それを知っていながら俺は何も出来なかった。申し開きようもない」
「仕方がないさ。人には出来ることと出来ないことがある。今回はそれが噛み合わなかっただけだ」
「……以前の勇者候補には気の利いた言葉どころか、何も声を掛けてやれなかった。その事がずっと心に引っ掛かっていた。お前にはせめて何か言葉だけでも掛けてやりたいと思っていた。しかし、いざその時になったら何も言えなかった。悩んでいる内にあの子が解決してくれたようだがな」
「ローゲン……」
「先の言葉はただの餞別だ。どう受け取るかはお前に任せる」
そう言い残し、ローゲンはそれ以上何も語らなかった。
もう少し話しておきたかったが、今はこれ以上話せる雰囲気ではなかった。
「お待たせしました、勇者様」
アマテルとポニィも準備が整ったようで宿屋から出てきた。
「マイカさん達は?」
「街の入り口で集合する予定だ。もう来ているだろうし、行こう」
「遅いよ、キミ達。遅刻だよ、遅刻」
街の入り口に辿り着くなり、先に来ていたマイカがそんなことを言い出した。
「時間よりも早く着いたんだけどな……。まあ、待たせていたのなら悪かった」
「僕らもついさっき着いたばかりだから気にしなくていいよ」
レンダーがフォローしてくれた。
「レン君、それは言わないでよー」
毎回マイカをフォローするレンダーも大変だな。
エクリプスが指定した場所までは結構な距離がある。
村や街の密集地の外側にあるため数日は掛かる予定だ。
急いで行けば当然その分早く辿り着けるが、余計な体力は使いたくない。
体力は温存しつつ、万全な態勢で臨むために焦らずに行こう。
「よし。行こうか」
街を出てエクリプスの本部を目指すのだった。
ー13ー
その日もルナの暮らすマンションの地下にて訓練をしていた。
今日はルナと茜が同席している。
「エクリプスの本部にはまだ掛かるのか?」
「あと数日は掛かるそうだ」
距離的には三日あれば行ける距離だ。
ただ、ローゲン含めてエクリプスの本部に行ったことがある者はいない。
道がどのようになっているのか分からないので、いつ辿り着けるのか、正確な時間を出せないでいる。
「そうか。なら、今のうちに済ませておいた方がいいな」
「今日は何をやるんだ?」
「以前教えた守護の魔法。それを維持出来るかどうか確認をする」
「分かった」
守護の魔法の魔法を発動する。
周囲を見えない何かによって包まれていく。
「悪くないな。以前見た時と比べて乱れがない」
「結構練習したからな。これなら茜と手合わせをしても解けない自信があるぞ」
「残念ながら解けるだろうな。茜の相手をするなら魔法の精度を高めても意味はない」
「どういう事だ?」
「茜」
ルナは疑問には答えず、代わりに茜を呼ぶ。
「はい」
茜は鞘から刀を抜き放つ。
いつ見てもどこか禍々しさが漂う刀だ。
手合わせするのかと思い、剣を抜こうとするがルナはそれを制した。
「大人しく立っていろ。守護の魔法を維持したままでな」
よく分からないが言われた通りにする。
茜は刀をこちらに近付けて来た。
刀身が体に触れたその瞬間、守護の魔法が消失してしまう。
「これは……?」
何が起きたか分からず、困惑する。
当然ながら、自分の意思で解除していない。
では、何故守護の魔法が消失したのだろうか。
「前にも話しただろう。茜が持つ刀は悪魔の武具であり、魔女狩りと呼ばれていると」
悪魔の武具とは、地獄より召喚された悪魔が持っている武器の事だ。
地獄より召喚された悪魔は必ず一つ悪魔の武具を所持している。
茜の場合は魔女狩りという刀だったわけだ。
「魔女狩りはその刀身に触れた如何なる魔法も打ち消すことが出来る」
「守護の魔法が消えたのは魔女狩りの特性のせいだったのか」
それじゃあ以前も守護の魔法が消失したのって……。
「……なあ、ルナ」
「なんだ?」
「この前は集中力が足りないから魔法が途切れたとか言ってなかったか?」
「ああ、それ、嘘だぞ。加護の魔法を使っているのなら分かると思うが、魔法なんてそう簡単には解けるものではない」
「……」
まんまと嵌められた。
「おかげで魔法の精度が上がっただろ」
「確かにそうだけど……。納得いかないんだが」
「そう言うな。魔法が上達したのは本当だ。大抵の攻撃ならそれで防げる」
「……」
「機嫌を直せ。それともあれか、また慰めて欲しいのか、お兄ちゃん?」
先日の勇者候補の真実を知った時の事を言っているようだ。
あの時の事を思い出すと今でも気恥ずかしい思いになる。
「……もう直ったからいいよ。あとその呼び方は止めてくれ」
「そうか」
ルナは淡白に応じる。
彼女は大して気にしてないようだ。
「お兄ちゃん?」
その日は外出していなかった茜は首を傾げる。
「ああ、実はな……」
「言わなくていいからっ!」
何気なし語ろうとするルナを全力で止める。
「ところで、どうでしょう、久し振りに軽く手合わせをしませんか?」
軽くと言うが茜はいつも容赦ない。
いつだって本気だ。
ただそれが迷惑というわけではない。
茜もルナと同様に期待をしてくれているのだ。
だからこそ本気でぶつかって来てくれる。
「私が勝ったら、さっきの話について詳しく教えてください」
「えっ?」
お兄ちゃん呼びの件か?
嫌だ、絶対に教えたくない。
「代わりというわけではありませんが、そちらが勝てば私から一つ面白い話を致しましょう」
「どんな?」
「それは勝ってからのお楽しみです」
そうして茜と手合わせをすることになった。
剣を構えて茜を見据える。
「いい眼です。男子三日会わざれば刮目して見よ、という言葉を思い出します。確か、以前手合わせしたのは盗賊団の騒動前でしたね。雰囲気が段違いで驚きました」
自分では変わったつもりはないが、茜にはそう視えるらしい。
茜と対峙する。
お互いに武器を構えたまま微動だにしない。
その様子をルナは離れた位置から見守る。
誰もが口を噤み、静寂が流れたまま時が刻まれいく。
茜は強い。
勇者補正を受けた右眼でも捉えるのがやっとなくらいに素早く、力強い一撃を放つ。
この右眼がなければ何も出来ずに負けてしまうだろう。
だけど、茜の言うように自分は成長している。
負けない。
今日こそは勝ってやる。
ゴクリと唾を呑み込み、瞬きをした刹那に茜は動き出した……。
負けました。
ボコボコに、一方的にやられました。
敵いません。
成長したと証明する間もなかった。
事前に約束した話は恥ずかしいので無視しようとしたが、ルナが洗いざらい話してしまった。
おかげで茜にクスクスと笑われてしまう。
「今日はこの辺にして上に戻るぞ」
ルナは階段を昇って地下から上の階に行く。
それを追い掛けようとしたが、茜に止められる。
「勝負は私が勝ちましたが、私からも一つお話ししますね」
ルナ様には内緒で、と茜は続ける。
ー14ー
これはルナ様が生まれる前の話です。
先代ネクロマンサー、つまりルナ様の母親にあたる方。
先代様もセイヴァーハンドに追われる身でした。
世界中を逃げ回り、やがて日本に辿り着きます。
そこでとある日本人男性に出会い、恋に落ちました。
男性は力がないどころ魔法の存在すら知らなかった一般人でしたが、先代様の事情を知った上で結婚を申し込みます。
先代様は最初は拒みましたが、何度も求婚する男性の熱意に負けて、受け入れ、そして二人は結ばれました。
やがて先代様はルナ様を身籠ります。
その頃が幸せの絶頂だと先代様は仰っておられました。
ある日、事件が起きたのです。
旦那様が命を落としてしまったのです。
セイヴァーハンドとは関係なく、ただ交通事故に遭って亡くなられました。
即死でした。
辛うじて生きていれば、魔法で助けられたのに。
死んでしまってはどうする事も出来ない。
ネクロマンサーの力を使ってもアンデッドになるだけ。
それは先代様が望むものではありません。
旦那様が亡くなり先代様は嘆き、悲しみました。
ようやく一番の理解者であり、最愛の人ができたのにいなくなってしまった。
その頃の先代様の心境は心中お察しします。
ルナ様の名字、覚えていますか?
そうです、それは旦那様のものです。
それから程なくして先代様は立ち直りました。
ルナ様を身籠っていたから立ち直れたのです。
その後はルナ様を産み、日本で暮らし始めました。
ちなみに、先代様と奈々の母親は古くからの友人です。
ルナ様が産まれて数日後に奈々が産まれます。
その後は色々とあったそうですが、奈々の両親は先代様に奈々を託して、セイヴァーハンドの追跡を撒くために命を落とします。
先代様の愛情を受けながらルナ様と奈々は姉妹のように育てられました。
しかし、ルナ様が六歳の頃に再び事件が起きます。
再び迫るセイヴァーハンドから逃れるために先代様が犠牲になったのです。
それ以来、私達がルナ様を支えて生きてきました。
ー15ー
「時が流れてルナ様の前にあなたが現れました」
そこまで語り終えると、茜はじっとこちらを見つめる。
「……ルナ様をこれからもよろしくお願いします」
「……どうしてそんな話を?」
「ルナ様の事をもっと知ってほしかったからです。それに、あの子は自分の事をあまり話したがらない。だから私の口から伝えました」
「勝手に話したらルナに怒られるんじゃないか?」
「あなたが黙っていれば平気ですよ。仮にルナ様の耳に入っても、ちょっとヘソを曲げるだけですから」
「ヘソを曲げたら面倒ですけどね」
「そうなったらあなたに任せますよ。なんたってお兄ちゃんですから」
「茜さんまでそれを言いますか」
「大丈夫ですよ。あなたになら安心して任せられますから。さて、そろそろ上に戻らないと、ルナ様の機嫌を損ねてしまいます」
茜は上階へと移動する。
自分もその後を続く。
何故、茜がルナの生い立ちを話してくれたのかは分からない。
何か意図があるのだろうか?
その事を道すがら茜に尋ねてみる。
「言ったじゃないですか、ルナ様をこれからもよろしくお願いしますって。私は……いえ、私達はただ、ルナ様に幸せになってほしいだけなのです」
「それって……」
つまり、どういう事だ?
結局、茜が何を言いたかったのかよく分からなかった。
茜の語ったルナの過去は所々省いていた気がしてならない。
まるで意図して都合の悪いこと隠したような。
茜の行動に疑問に思いつつも、この日はそれ以上何も聞かなかった。
ー16ー
この地域の中央にあるという街。
その街を中心に小さな村や街が点在している。
今はその中心から一番離れた所にある村を目指している最中にそれは起きた。
不意にマイカが足を止める。
どうしたのだろうか?
「マイカさん、どうしましたか?」
アマテルも不思議そうに問い掛ける。
「……」
しかしマイカは黙ったまま、道のずっと先をジッと見つめる。
真剣な表情だ。
この先に何かがあるのだろうかと、マイカの視線を追うも何も見えない。
「マイカ。何か見えたんだね」
今度はレンダーが問い掛けると、マイカは静かに頷いた。
「……死体がある」
死体?
「一人?」
「ううん。いっぱい」
「新しい?」
「うん」
レンダーの質問にマイカは次々と答えていく。
「死体以外には何か見える?」
「うーん、馬車? 壊れた馬車みたいのがある」
そこまで聞き終えると、レンダーはこちらに向き直った。
「とりあえず警戒の必要はないみたいだね。行ってみよう」
そうは言うが、こちらは何の事情も分からない。
「ちょっと待ってくれ。マイカは一体どうしたんだ?」
「それは……」
「それはあたしから説明しよう!」
レンダーが説明しようとした時、マイカが割って入って来た。
「あたしはね、すっごく遠くまで見えるの!」
「う、うん……。そうなんだ……」
「それだと伝わらないと思うよ」
「そう?」
ニーナが指摘するもマイカは首を傾げるだけだった。
その態度にニーナは溜息を吐きつつも詳しく説明してくれた。
「つまりですね、今のはマイカの勇者補正なんです。すごく遠くまで見渡す、見ることが出来る。実際には見えるとは少し違くて、把握する事が出来るという方が正しい表現ですね」
「見えるとは違うのか?」
「全然違います。そこに人が居る、死体がある。そういった大雑把な情報を把握出来ても、誰が居るとかの詳細までは分からない。そういった能力なんです」
「へー。じゃあ、実際には見えていないのか。見えていないのに分かるってスゴいな」
大雑把に分かるというのがマイカに合っている気がする。
「でしょー」
マイカは胸を張って応えた。
「どういう風に分かるかはマイカにしか分からないけど、目に見えない遠くの方まで把握する事が出来る。集中すれば広範囲に情報を拾える。旅の中で何度も助けられたし本当にありがたいよ」
レンダーが補足する。
「ふっふーん。もっと褒めて褒めてー」
褒められて嬉しかったのか、マイカが調子に乗り始めてしまう。
「勇者様もスゴいですもんね!」
何故かアマテルが張り合おうとしている。
それに自分の勇者補正は地味だし、大してスゴくもない。
「……とりあえず、先に進もう。死体があるのが気になる。エクリプスがいるかもしれないから注意して進もう」
「死体しかないからだいじょうぶだよー」
そうでした。
ホント便利な能力ですね。
同じ勇者候補であるマイカが活躍し過ぎると、自分の肩身が狭くなるのは気のせいだろうか。
結論から言えば、エクリプスがいた。
ただし、死体としてだ。
「ローゲン、彼らはエクリプスの構成員で間違いないのか?」
死体を検めているローゲンに聞く。
「腕に入れ墨がある。エクリプスと見て間違いないだろう。そっちはどうだ?」
「こっちも全員エクリプスだ」
「そうか」
確認出来た死体は全部で十二人。
その全員がエクリプスの構成員。
何があったかは分からないがエクリプスの構成員達が何者かに襲撃された。
「やっぱ自警団がやったのかな?」
抱いた疑問にはレンダーが答えてくれた。
「その可能性は低いと思うよ」
傍らの死体を指し示しながら、レンダーは続ける。
「自警団がやったのなら死体はちゃんと処分するはず。このまま放置したらアンデッドになってしまうから。冒険者がやったとも考えられない。アンデッドが増えて一番嫌がるのは冒険者だ」
「身内がやったか、アンデッドがやったかの二択だな」
「そうなるね。死体の様子を見る限り、アンデッドの可能性が高いけど」
レンダーの言う通り、死体の損壊具合を見るにアンデッドがやったように思える。
死体の損壊具合があまりにも酷い。
体のどこかしらが斬り飛ばされていた。
中には脳天から股にかけて両断されている死体もある。
人間がやったとは思えない。
「アンデッドがやったなら高位アンデッドの仕業になるな」
一通り検分を済ませると、全員で埋葬する。
そして、神官であるアマテルとレンダーが祈りの言葉を捧げた。
ー17ー
「ねえ、村まではあとどれくらいだっけ?」
「えっと……前の村から三時間くらいで、二時間歩いたから、あと一時間くらいで着くんじゃないか」
「そっかー。はあ……」
マイカは露骨に溜息を吐く。
そんなマイカをレンダーが気に掛ける。
「疲れた?」
「うん、ちょっと……」
「そう。悪いけど、少し休憩を入れてもいいかな?」
「いいけど、マイカは体調が悪いのか?」
「少し休めばいつもの元気な彼女に戻るよ」
「そこまで元気にならなくていいけどな」
ひとまず休憩を取ることになった。
「ねえ、レン君……」
「はいはい」
レンダーはマイカを連れて木陰へと移動する。
二人は木を背にして座り、マイカはそのまま瞼を閉じて眠りについた。
体をレンダーに預けて、顔を肩に乗せて寝息を立てている。
「仲が良いですね」
アマテルがそっと声を掛けてきた。
「そうだな」
まさか寝るとは思わなかったけど。
心地良さそうに眠るマイカをアマテルは羨ましそうに見つめる。
彼女も疲れているのだろうか?
「……勇者様はその、疲れてませんか……?」
「うん、大丈夫だよ」
「そうですか……」
アマテルは少し残念そうに肩を落とす。
「テルは疲れてない?」
「えっ? あっ、はいっ! 疲れました!」
疲れたと言っている割には、勢いよくて元気そうに見える。
さっき肩を落としていたのが嘘のような変わりようだ。
「そっか、じゃあテルもゆっくり休んでね」
「はい!」
「……」
「……」
「……どうしたの?」
アマテルが何かを期待するように見つめてくる。
何だろうかと思い、尋ねてみる。
「……いえ」
アマテルは再び肩を落とす。
そのまま去って行き、落胆しながらポニィと合流をする。
気落ちするアマテルをポニィが慰めるように、背中を撫でる。
アマテルを慰めながら、ポニィが冷ややかな視線を送ってきた。
その後ろからニーナも同じように冷ややかな視線を送ってくる。
一体自分が何をしたというのだろうか。
首を傾げていると、ダインと目が合う。
「うわぁ……。今のはないッスよ……」
ダインにまで引かれてしまう。
「何が?」
「それ、本気で言ってるんスか? だとしたらマジで引くわー」
もう引いていた体をさらに引かせた。
よく分からないが、彼らの不評を買ってしまったらしい。
居心地が悪いと判断し、その場から逃げるように移動する。
「ローゲン、ちょっといいか?」
移動した先でローゲンと今後の予定について相談する。
「あの子の様子はどうだ?」
あの子とはマイカの事を言っているのだろう。
「疲れたとかで今は寝てる」
「そうか。おそらくだが、勇者補正の力を行使し続けてたせいだろう」
「あー、だから疲れていたのか」
常に周囲を警戒してくれていたのだ。
マイカが疲れるのも無理ない。
「予定よりも少し遅らせてでも休憩した方がいいだろう」
「そうだな、そうしよう」
「それとこれを今のうちに話しておこう。エクリプスのボスが元勇者候補だという話は聞いているだろう。当然ながら勇者補正を持ち合わせている。その勇者補正を教えておこう」
ローゲンが語ってくれたエクリプスのボス、その勇者補正。
それは無限の魔力。
どんなに魔法を使っても魔力が尽きることがない。
メリットしかない勇者補正だ。
ただし魔力量の最大値は変わらないので消費魔力が大きい魔法は使えない。
それでも気休め程度だ。
魔法を行使し続ける相手が厄介なのは変わらない。
他にも細かい打ち合わせをしていると、ふと風が吹き抜ける。
「風が出てきたな……」
そんな事をボソリと呟いたその時だった。
「敵っ!」
寝ていたマイカがガバリと身を起こして声を上げる。
その言葉に反応するようにローゲンはすぐさま盾と剣を手に取って構えた。
「警戒しろ!」
動きが早いローゲンに倣って自分も剣を構えて声を張り上げた。
「マイカ。動ける?」
「うん! レン君のおかげで元気になったよ!」
「敵の位置は?」
「あっち。すぐそこまで来てる」
マイカが指し示した先で木々が舞い上がった。
舞い上がった木々が地面に落下し、土煙が上がる。
視界が悪くなるかと思いきや、風に飛ばされて土煙が晴れていく。
風と共に現れたアンデッド。
アンデッドは頭部に巨大な牙を二本生やしていた。
「象?」
そのアンデッドの頭部は白骨化した象そのものだった。
しかもその胴体は腐敗した巨漢の人間だ。
頭は白骨化した象で、体は腐敗した人間。
ガネーシャ。
象と人間。
白骨と腐敗。
不釣り合いな体の手には湾曲した片刃の大剣が握られていた。
異形のアンデッド。
高位アンデッドに違いない。
くぐもった雄叫びを上げて、こちらに迫る。
「ポニィ!」
「はい!」
ポニィに合図するとすぐさま魔法を発動してくれた。
火球を作り出し、それを放つ。
飛翔する火球はガネーシャを捉えるも、直撃しなかった。
ガネーシャの纏う風の鎧に流されてしまい、火球はあさっての方向に飛ばされてしまい森の中で爆炎を上げた。
今度は氷柱を作って撃ち出す。
しかし、再び風に流されてしまい、攻撃は失敗に終わる。
だが、質量があったせいだろうか、先程よりもなだらかに流された。
「ダメ。風に流されちゃう」
魔法が通じないとは、厄介な相手だ。
「ローゲンと二人で前に出る。皆は援護……は厳しいか」
風の鎧によって魔法による援護は望めない。
しかも、接近戦に長けているのは自分とローゲンだけだ。
高位アンデッドが相手なのに二人だけで相手をするのは自殺行為に他ならない。
それでも相手をしなくては全滅してしまう。
「だいじょーぶだよ。あたしが皆を助ければ万事解決だよ」
マイカは得意気に言ってのける。
事前に聞いていた話だと、彼女は中距離から遠距離の戦闘を得意としていたはずだ。
遠くから攻撃したところであの風の鎧によって流されてしまう。
それは彼女も同様のはず。
だけど彼女は自信ありげでいる。
何か策があるのだ。
一体どのように攻撃するのだろうか。
「任せていいんだな?」
「うん! もちろん!」
マイカの返事を受けてローゲンと頷き合う。
「よし! 足止めをする。その間に一気に叩き込んでくれ」
「わかった!」
風を鎧のように纏い、魔法を防ぐガネーシャを見て、似ていると感じた。
守護の魔法。
その魔法に似ていた。
魔法属性がない守護の魔法に風属性を付与したような魔法だ。
ルナから守護の魔法の対処法を聞いておけばよかったと後悔する。
今更後悔してもしょうがない。
そう思い、ガネーシャに立ち向かう。
接近するとより一層風が強く感じられる。
吹き荒れる風の中、大剣が振られた。
迫る大剣をローゲンが盾で受け止める。
ローゲンが止めている間に剣で攻撃しようとするも、風に流されてしまい空を切ってしまう。
その隙を狙うかのように大剣が振り落とされた。
地面を転がってそれを回避する。
続くガネーシャの攻撃をローゲンが請け負い、その間に体勢を整えるべく立ち上がった。
強風の中、ローゲンは苦労しながらも立ち向かう。
端から見るに無理な体勢で戦っているように見える。
あれでは体に掛かる負担が大きいはずだ。
戦闘を長引かせる事なく、早期に決着をつけるのが望ましい。
ガネーシャに再び立ち向かおうとした時、後方より氷柱が物凄い速さで通過していく。
勇者補正の力を得た右眼がなければ、何が通過したのか捉えられないほどの速度だ。
氷柱は風の鎧の影響を受けるも、僅かに進路を変更させるだけに留まり、ガネーシャの脇腹を抉る。
「ふっふーん。スゴいでしょ、あたしの魔法は」
振り返るとやはり得意気な顔をしたマイカがいた。
その傍らにはポニィが杖を構えている。
氷柱を作り出したのは彼女だろう。
そして、マイカの魔法がそれを補佐して威力を増した。
「風魔法で氷柱の速度を増したのか……」
風の鎧によって魔臓石を狙うのは難しいが、ガネーシャの体を削ることは可能だ。
「マイカ達はそのまま攻撃を継続してくれ」
「まかせてー」
ローゲンと合流し、ガネーシャの攻撃を捌いていく。
風と雷の加護を駆使して、大剣を受け流し、受け止める。
無理に攻撃する必要はない。
守りに徹しろ。
攻撃はマイカ達に任せればいい。
ガネーシャを足止め出来ればそれでいいのだ。
幸いにして守りに徹しれば何とか持ち堪えられる。
相変わらず、ガネーシャの周辺は強風でいるが踏み留まることが出来た。
これなら勝てると楽観的に考えていた。
だが、現実はそこまで甘くない。
マイカ達の攻撃は決定打になり得なかった。
徐々に圧されていき、体に傷を走らせていく。
「くっ……! あまり長い間は持ち堪えられないぞ!」
「わかってるよ!」
マイカの声に焦りが出始める。
彼女達も色々工夫して戦っているので責めるに責められないが、こちらはキツい。
ニーナが水魔法で水を生み出し、マイカの氷魔法で凍らせる。
現れたのは氷の三日月刀。
マイカ一人でも氷の三日月刀を作り出すことは可能だが、予め水を準備しておくことでマイカの魔力の消費を減らせるのだ。
これはマイカの魔力量がさほど多くない故の戦い方だ。
彼女達が旅の中で得た経験があったからこそ出来るのだ。
ちなみにマイカの魔法属性は風と氷の複合型である。
氷の三日月刀を風魔法で操って戦うのを得意としているのだが、今回の相手は相性が悪いようだ。
試しに氷の三日月刀を放ってみるも、ガネーシャの風魔法の方が優れているようで傷つけるには至らなかった。
なので今回は風魔法で皆の魔法を風に乗せる補佐に回っている。
ニーナは炎と水の魔法を使えるようだ。
魔法にて炎の鳥を作り出してそれを放つ。
炎の鳥はニーナの意思で動かすことが可能なので機動力がある。
しかし、風の鎧の煽りを受けてしまい、ガネーシャに当てることは出来なかった。
レンダーは土属性の単一型だ。
石の礫を作って射出したり、壁を築いて攻撃を防いだり出来る。
マイカの補助を受けた石の礫はガネーシャに攻撃を当てることに成功するも、やはり命中精度が低くて当てるのは至難の業だ。
ダインは光と雷属性の魔法を扱えるが今回は補佐に回っている。
光属性の攻撃魔法ならアンデッド相手に有効打になり得るが、残念ながらダインは会得していない。
雷属性の攻撃魔法なら使えるが、魔力で生み出された雷は同じく魔力で生み出された風に流されてしまう。
なので、ダインの攻撃は通じない。
あまり状況がよくない。
どう攻めるべきか。
「マイカさん! 上です!」
アマテルが何かに気付いたようで声を張り上げた。
「風は渦を巻くように横に流れています。上からなら攻撃が当たるかもしれません」
「そっか。よく気づいたね、テルちゃん。ありがとー」
テルちゃん呼び。
いつからそんなに親しくなったんだ。
気になるが、今はそれどころではない。
「それじゃあ、いくよ」
ニーナの水魔法が水を生み出し、マイカはそれを凍らせる。
現れた四本の三日月刀。
それぞれが風に運ばれて上空に舞い上がる。
回転しながら上空に上がった氷の三日月刀は、ガネーシャに狙いを定めて下方へと目指す。
風の鎧の影響を殆ど受けずにガネーシャの体を切り裂いていく。
「よし、今の内に……」
「待て! 早まるな!」
斬りかかろうとするもローゲンに止められてしまう。
「風の流れが変わった」
再び空より氷の三日月刀が降り注ぐも風に流されてしまう。
「風の流れを自在に操れるのか……」
せっかく好機だと思ったのに、敵を倒すどころか振り出しに戻ってしまった。
ガネーシャと剣戟を繰り広げる中、風の流れに違和感を覚える。
違和感は風の鎧からではない。
ガネーシャの持つ片刃の大剣。
その大剣にも風が纏われる。
大剣が振るわれるだけで周囲に更なる風を巻き起こす。
風によって切れ味が増した大剣が牙を剥く。
剣が弾かれ、追撃を仕掛けようとして来るガネーシャをローゲンが間に入って妨げる。
だが、ローゲンもすぐに体勢を崩されてしまう。
風を纏う大剣の威力は恐ろしい。
ただ切れ味が増しただけでなく、速度も上がっている。
吹き荒ぶ暴風。
一撃で獲物を屠る斬撃。
不安定な体勢では長くは持ち堪えられない。
それどころか一撃をやり過ごすのがやっとである。
ローゲンとお互いをカバーし合うが、二人で守りに徹しても圧されていく。
しかも、変則的な流れに変わった風の鎧によってマイカ達の攻撃は完全に封じられた。
状況が最悪の中、ローゲンの盾が大きく弾かれてしまう。
それにつられてローゲンも大きく仰け反る。
大きく体勢を崩したローゲンを庇うべく、ガネーシャとの間に入り込む。
ガネーシャから振り落とされた斬撃を受け止める。
足のつま先にまで届く衝撃。
踏み留まる足が地面に沈む。
何とか堪えるもガネーシャの攻撃はそれで終わりではない。
その後も力強い斬撃が繰り出される。
数度の剣戟で体が悲鳴を上げてしまう。
腕が痛くて重い。
剣を振れない、上げるのがやっとだ。
足が痛くて重い。
前に進めない、立っているのがやっとだ。
続く斬撃で剣が弾かれる。
そこへ風を纏う片刃の大剣が振り落とされる。
後方に跳べば躱すことが可能だ。
しかし、大剣を纏う風に体を裂かれてしまう。
それでも後方ヘ跳ぶ。
一か八かで守護の魔法を発動する。
全身を魔力の鎧が包み込む。
大剣を纏う切っ先の風が守護の魔法にぶつかり相殺する。
そのおかげで難を逃れることが出来た。
そして、ある事に気が付く。
「まさか……」
いけるのか?
このやり方で?
ガネーシャが再び迫る。
迷っている暇はない。
やるんだ。
やるしかないんだ。
ガネーシャが大剣を振る。
それを右眼で見極めて、剣で受け流す。
そこから懐に入り込むべく前進する。
守護の魔法を発動しながらでだ。
風の鎧と守護の魔法がぶつかり合う。
相殺し、風の鎧に綻びが生じる。
さらに前へと進む。
剣を手元に手繰り寄せ、それを構えてガネーシャの胸元を刺す。
狙うは魔臓石。
それ以外はあり得ない。
全体重をかけた渾身の一撃でガネーシャの体に剣が深く突き刺さる。
しかし、無情にも剣が刺さったのは魔臓石の僅かに横だった。
仕留められなかった。
ガネーシャに頭を掴まれて地面に叩きつけられる。
「がはっ……」
「勇者様っ!」
アマテルの叫び声で辛うじて意識を繋ぎ止める。
地面に這いつくばり、頭から血を垂れ流しながら、ガネーシャを睨みつけた。
「……まだだ……。まだ、終わりじゃない!」
ガネーシャが大剣を振りかぶったのと同時に叫んだ。
「落ちろぉぉぉぉおおおお!!」
ガネーシャに刺さる剣目掛けて雷が落ちる。
雷鳴が轟き、周囲の空気を焦がす。
全魔力を注ぎ込んだ一撃。
それはガネーシャの体を貫き、魔臓石を砕いた。
直前に守護の魔法で風の鎧を綻ばせていたから落雷を当てることが出来たのだ。
「は、ははっ……勝った。勝ったんだ……」
灰に帰するガネーシャを見届ける最中に意識を失った。
ー18ー
「ん……」
意識を取り戻すと、真正面にアマテルの顔があった。
「あっ、起こしちゃいましたか?」
「テル……」
背中に感じるのは樹皮。
どうやら大木を背に寝かされていたようだ。
「すみません。その方が治療しやすかったので」
そう言われて体を確認すると、傷がなくなっていた。
「治してくれたんだ……。ありがとう」
感謝を伝えて立ち上がろうとするも、ふらついてしまう。
それをアマテルが支えてくれた。
「まだ休んでいてください」
そう告げて座るように促され、再び大木を背に腰掛ける。
すると、アマテルはすぐ隣に腰を下ろす。
肩が当たるほど密着し、彼女の体温を感じる。
顔を横に向ければ、アマテルの顔がすぐそばにある。
彼女も顔をこちらに向けてきた。
互いの顔を見合わせれば、互いの顔以外は何も見えない。
澄んだ青空の双眸に映るのは顔を紅くした自分の顔。
それを彼女が見ている景色だと思うと気恥ずかしくなる。
さらに紅く染まる自分の顔につられるようにアマテルの顔も紅く染まっていく。
朱に染まる頬に艶っぽく潤う唇。
そこから漏れる吐息が撫でるように触れてくる。
ほんの少し首を傾けるだけで唇で唇を触れられそうな距離。
その僅かな距離を理性が遮る。
踏み出したいけど、踏み出さない。
踏み出したら、引き返せない。
危うい何かがそこにある。
自分からは出来なくても彼女からなら……。
淡い期待が胸中に湧き立つ。
一歩進まなくていい、お互いに半歩ずつ進めば……。
首を僅かに、ほんの僅か傾けた。
「っ!?」
しかし、アマテルはそれから逃げるように顔を背けてしまった。
避けられたのかと思われたが、相変わらず体は密着した状態だ。
髪に隠れた先に見える彼女の顔は耳まで紅く染まっている。
愛らしいその姿に、愛おしいと思えた。
「……」
アマテルはチラリと視線を上げる。
視線の先はこちらではなかった。
彼女が見ている先に居るのはマイカ。
マイカがこちらに歩み寄って来る。
「起きたんだね、よかったよかった」
「マイカも元気そうで良かったよ」
「あたしは後ろにいたからね。キミとローゲンさんががんばってくれたおかげでピンピンしているよ!」
「そうだったな。それでローゲンは無事か?」
「無事だよー。いまはレン君とダイ君が診てくれてるよ」
「ダイ君? ああ、ダインのことか」
確かダインも治癒の魔法が使えるのだったな。
ローゲンの方は二人に任せておけば大丈夫だろう。
「一つ聞いておきたいのだけど、いいか?」
「なに?」
問い掛けに対してマイカは首を傾げて応じる。
「マイカの勇者補正ってどれくらい分かるものなの?」
「うーん。向こうにいたときにキミとテルちゃんが見つめ合ってたくらいなら分かるよ」
「……」
「それじゃあ、あたしは行くね。あっ、あとローゲンさんはいつでも動けるそうだから、キミの体力が回復したら出発するって」
じゃあねーとマイカは去って行った。
取り残されたのは自分とアマテルの二人だけ。
「……ローゲンが無事で良かったな」
「……そうですね」
「……」
「……」
何とも言えない気まずい空気が流れる。
この状況を常にマイカに知られているのだから無理はない。
「……そ、そろそろ行こうか」
そう言って立ち上がろうとした時、アマテルに腕を掴まれて止められる。
「テル?」
「……もう少し、もう少しだけ、このままで……いいではないですか……」
すぐにでも消え入りそうなくらいに儚く小さな声。
だけど、その言葉ははっきりと聞き取れた。
「そう、だね……」
体を戻すと、アマテルが再び身を寄せる。
「……勘違いだったら悪いのだけど、さっきの休憩の時にテルが疲れてないかって聞いてきたのは、マイカとレンダーみたいに肩を寄せて休みたかったからなの?」
「……そう、かもしれないですね……」
「そっか……」
「……」
「……」
その後、二人の間に会話はなかった。
それでも温かく、幸せに満ちた時間だったのは間違いない。
しばらくの間、二人で温かい時間を過ごし、皆と合流したのだった。
ー19ー
中央の街からもっとも外れにある村に訪れた翌日。
ついにその日がやって来た。
エクリプスのボスがいるという本部。
そこに行くのだ。
「招待状によれば、ここから半日もしないで行けるらしい」
招待状に何度も目を通す。
位置を確認する。
「皆、準備はいいな?」
「ばっちりだよー」
相変わらずマイカは元気である。
「はい。行きましょう、勇者様」
全員で宿をあとにして、エクリプスの本部を目指す。
村を出てすぐにマイカから監視されていると教えてくれた。
おそらくエクリプスの構成員だろう。
彼らは手を出して来ない。
監視だけに留めている。
なので、エクリプスに襲われることはなく進むことができた。
到着したエクリプスの本部は岩山のような外観をしていた。
どこかエビータが拠点にしていたアジトを彷彿とさせるが、その規模は比べ物にならない程大きい。
「こんな分かりやすいものが鎮座しているのに国は放置しているのか」
エクリプスと王国の関係に一番詳しいであろうローゲンに話を振る。
「国からすれば王都に被害が及ばなければ興味のない話だ」
「エクリプスの被害に遭っている村や街は助けないのか?」
「助けないというより助けられないのだ。下手に手を出しても返り討ちになる。武力だけでなく、規模が大きいというのも、手を出すのを躊躇わせる理由になっている」
本部の入口まで近付くと一人の少女が立っていた。
「案内人かな?」
「さあな」
マイカの疑問に答えられるのはその少女だけだろう。
その少女が口を開いた。
「また会ったな」
「……」
「忘れたか? 以前に……」
「覚えている。まさかあなたがエクリプスの一員だったとは思ってもいませんでした」
短く切られた黒髪に左腕に嵌められたガントレット。
この容姿、以前に一度だけ会った勇者候補の少女に間違いない。
たしか、エビータと出会う前、アマテルが連れ去られる前だったと記憶している。
「あなたも勇者候補なのに、何故?」
「敬愛する方について来た。それだけだ」
少女は翻して本部の中へと消えていく。
「何をしている。ついて来い。お前達は招待されて来たのだろう」
黒髪の少女の後を続く。
迷路のように入り組んだ道を進む。
最初のうちは帰り道を覚えようとしたが、とても覚えていられるようなものではなかった。
上に、下に、右に、左に。
一直線かと思ったら僅かに弧を描いていたり、勾配がついていたりと人の感覚を麻痺させる構造になっている。
当然ながら窓がないので、方角の確認も出来ない。
ここは地下なのか、地上なのかも分からない。
「ねえ、ここ通るの三回目だけど、迷ったの?」
唐突にマイカが黒髪の少女に話し掛けた。
その言葉を受けて黒髪の少女は立ち止まる。
「なるほど。それがあなたの勇者補正ですか」
振り返らないが、納得したかのような声音だ。
何のために。
真っ先に思い浮かぶのは時間稼ぎ。
次に浮かぶのは体力の消耗。
どちらもあり得そうな話だ。
黒髪の少女が振り返る。
「……迷いました」
物凄く余裕のない顔をしていた。
黒髪の少女の記憶とマイカの勇者補正で何とか目的の部屋の前へと至る。
「この先にクソジ……ボスがいます」
今言い直さなかったか?
「同行するのはここまでだ」
黒髪の少女は去って行った。
「準備はいいな?」
全員の顔を見回すとそれぞれが頷いていく。
準備は整っている。
あとは踏み込むだけだ。
扉に近付き、意を決して開くのだった。
長い話になりましたが、読んで頂きありがとうございました。
これまでの話の中では「アマテル達」「皆」という表現を使って、敢えて仲間という言葉を使っていませんでした。
今回の話で彼らが本当の仲間になり、これからは仲間という表現に変わっていくことでしょう。
そして、アマテルですが、ようやく彼女もヒロインになれました。
これまでは主人公に対して負い目を感じていたせいか、仲良くはしていてもどこか壁がありました。
しかし、壁は取り除かれて、二人の距離は縮まりました。
肩を寄せ合うくらいに物理的な距離も縮まっています。
個人的なアマテルに対する印象ですが、彼女は誰に対しても優しく接するので仲良くなるのは難しくないでしょう。
ですが、そこから先の関係になるのは難しいというイメージがあります。
逆にルナは、誰に対しても一定の距離を保ちます。
その代わり、一度仲良くなるとそこからの進展は早いというイメージが自分の中で勝手にあります。
今後、ヒロイン二人とどう関わっていくのか見守って頂ければと思います。
さて、今回は勇者候補の少女、マイカが再登場しました。
彼女は「03.神官」に登場したキャラになります。
それと、初出になるのが彼女の仲間である三人。
この四人の実力がどれくらいなのか表現するためにガネーシャというアンデッドを登場させたのですが、肝心の四人が大して活躍しないまま討伐してしまいました。
一応はどんな戦い方をするのかは本編にて解説してあるので目を通して頂ければと思います。
それと本編の最後にもう一人の勇者候補の少女が登場しました。
彼女は「08.エクリプス」で登場した勇者候補の少女になります。
アマテルがエクリプスに捕まる元凶となった少女です。
今後、彼女が登場することがないので説明しておきますが、彼女の勇者補正は全てを見破る眼。
この眼があるからこそ召喚石の正体を見破れたのです。
最後に茜についてです。
彼女はルナが地獄より召喚した悪魔になります。
「05.セイレーン」で明確に触れてはいませんが、生前に人を殺した過去があります。
あと弟と妹がいる設定です、作品内では登場しませんけど。
彼女が持つ武器は悪魔の武具「魔女狩り」という刀で、その効果は如何なる魔法も打ち消す。
その刀身に触れた魔法ならば問答無用に打ち消します。
それは自身の魔法も例外ではなく打ち消すため、守護の魔法や付与の魔法は使えません。
一応は鞘に納めれば使うことができますが、茜は基本的に抜刀して戦うのでそれらの魔法を使うことはありません。
ちなみに茜は地球サイドの仲間では一番強いです。
さて、本編に比例して後書きも長くなってしまいましたが、ここまで読んで頂きありがとうございます。
次回の話は個人的に気に入っている話なので是非とも読んで頂ければと思います。




