8 カイ・クサナギ
海賊討伐。
俺は望まぬ形で、殺人という方面での童貞を卒業してしまった。
気が付けば、そのことに慣れていた自分が怖い。
前世だと、もうまともな人間じゃないな。
ただ、そんな俺と違って、我が姉は相変わらずぶっ飛んでいる。
ぶっ飛びまくっている。
お眼鏡にかなった海賊を、仲間という名の手下にしていた。
「君たち、これからはうちの艦隊でキリキリ働くんだよ」
「へえっ、姐さん!」
「姐さんのためなら、粉骨砕身いたしやす」
「これからは心を入れ替えて、誠心誠意お仕えいたしやす」
可憐なイザナミが笑顔で語りかければ、殺人だってやっていた強面の海賊たちが、揉み手をしながらイザナミの前で平伏した。
皆いい歳したオッサン連中なのに、完全にイザナミの舎弟となり果てている。
あと手下にした元海賊が、俺のことを兄貴扱いしてくるようになった。
「兄貴、姐さんのことをよろしくお願いいたしやす」
「姐さんに変な虫が付かないように、頼みます兄貴」
「兄貴、姐さんとの結婚はいつですか?」
俺はイザナミの近くにいる(正確にはイザナミがいつも俺に擦り寄ってくる)だけなのに、ドウシテコウナッタ?
結婚もしないから。
しかし、俺はこれでいいのだろうか?
我がオノゴロ伯爵家は元々は武門であり、それゆえに男子は幼い時に実戦を一度は経験させておくという、過激な家風がある。
「俺は普通に働いて、平凡な生活をしていければそれでいいんだけどな」
転生してこの世界に生まれ変わったけれど、俺は基本的にサラリーマン思考。
転生ファンタジー物よろしく、冒険者になってモンスターと戦おうとか、成り上がって一国を支配するとか、内政チートしてやるなんて野望も野心もない。
せっかく転生したからと、自分の命を使って、ギャンブル染みた危険な生活を送るつもりは全くない。
当然海賊討伐をしたり、軍人になって危ない橋を渡ろうなんて考えもない。
転生したのが貴族の家なので、一般的な平凡とはいかないかもしれない。
それでも将来は官僚になるか、オノゴロ伯爵家の領地経営に、内政官として携わることができればいいと思っている。
そんな俺の人生設計をつまらないと思われるかもしれないが、安定して生きていくことができれば、それでいいと思う。
「ええーっ、それじゃあつまらないよ。イザナギも海賊退治をもっとすれば、きっと良ささが分かるようになるよ。まだまだ海賊狩りをしないといけないね。それに私の手下たちの働きぶりも見たいし」
「イヤだよ……」
俺は平凡でいいのに、イザナミは無茶苦茶なことを宣う。
姉の思考方式が怖い。
昔からぶっ飛んだところがあったけど、今回の海賊退治でさらにぶっ飛んでしまった。
「よーし、それじゃあ提督、次の海賊狩りに行こう。ぜひ行こう、今すぐ行こう、レッツゴー」
超ノリノリで、イザナミは女提督に海賊狩りの催促をするほどだった。
我が姉は、海賊退治の何に目覚めてしまったんだ?
昔から一緒にいるが、未だにイザナミの思考方式が分からない。
ただ、このようなわけで俺の願いと関係なく、さらに海賊退治が続くことになった。
もっともオノゴロ伯爵領は比較的安定していて、海賊被害も少ない。
そのため、次に海賊を狩る場所は、オノゴロ伯爵家の寄子である、クサナギ子爵領でとなった。
貴族社会では、寄親と寄子と呼ばれる制度があり、寄子が困っていれば寄親が助けることは当然であり、逆の場合も寄子が集って寄親を助けるのが当たり前とされている。
要は、ヤクザの親分と子分の関係の、貴族版といっていいだろう。
オノロゴ伯爵家が寄親、クサナギ子爵家が寄子となっていて、この関係は先祖代々続いているそうだ。
どちらも歴史ある貴族家なので、この関係は俺たちのご先祖様の時代から、ずっと続いている。
そのような間柄にあるクサナギ子爵領が、宇宙海賊に困っているということで、次の海賊狩りの場所として選ばれた。
とはいえ、寄親寄子の間柄とはいえ、他領での海賊討伐となる。
そのため、まずはクサナギ子爵家の現当主に挨拶をしてから、海賊退治の手順となった。
そして俺とイザナミは伯爵家の子弟なので、子爵との挨拶には出席しなければならない。
「イザナミ様とイザナギ様におかれては、ご機嫌麗しく」
場所は空母アシュラの艦内。
子爵とは社交辞令を交えつつの挨拶だった。
ただ挨拶の際、子爵は自分の息子を連れてきていた。
「カイ・クサナギ、クサナギ子爵家の四男だ」
そう名乗るのは子爵の息子で、黒髪に黒い目をした少年。
年齢は12歳とのことで、俺とイザナミと同年齢だった。
ただ、子爵に言われて無理やり連れて来られたようで、不愛想な態度をしている。
この年齢で貴族の子弟ならば、多少わがままな感じでも仕方ないだろう。
「よろしく、カイ。俺はイザナギ・オノゴロだ」
とはいえ、俺はにこやかに挨拶して、手を差し出す。
俺の場合は12歳でも、前世有りなので中身は大人だ。
社交辞令くらい普通にこなせる。
「……」
だけど、胡乱な目をして、俺の差し出した手を見るだけのカイ。
もしかして俺、嫌われているのか?
そう思いたくなってしまう。
「カイ、イザナギ様の差し出された手を握りなさい」
「……イヤだよ。こんな奴」
「カイ!」
カイはソッポを向いてしてしまう。
俺、嫌われてるなー。
初対面なのに、どうしてだ?
そう思う前で、子爵がカイに怒鳴った。
「申し訳ありません、イザナギ様。私の躾が出来ていないばかりに、愚息が無礼を働いてしまいました」
「いえ、気にしてないのでいいですよ、子爵」
息子の態度に、親として謝る子爵。
大人の子爵に子供である俺が謝られているけど、両家の立場を考えると、こんなことになってしまう。
貴族社会は年齢でなく、実家の力がものを言う。
身分が高い相手に対しては、へりくだる必要のある社会だった。
「子供のすることなので、気にしてないですよ」
「そう言っていただけると助かります。ですがイザナギ様もカイと同い年なのに、ご立派ですね」
「そうですか?」
その後は、大人の対応をしてカイの無礼を不問にした。
「私イザナミ。よろしくねー、カイくん」
ところで、俺が子爵と話している間に、イザナミもカイに挨拶をしていた。
にっこり愛想よく笑いながら、手を差し出す。
「お、おうっ……って、女の手なんか握られるか。バーカ!」
イザナミの手を見て固まったと思ったら、突然バカとか言い出した。
なんだ、このガキは?
俺のことはいいが、この歳で既に美人なイザナミにバカと言うとは、このガキは頭がおかしいのか?
「ええっ、バカってヒドイよー」
「っ、うるせえ。バカはバカなんだ!バーカ」
子供の喧嘩か?
カイがイザナミを、バカにし続ける。
「ムーッ、イザナギ、この子頭悪そう」
カイの態度には、さすがにイザナミも参ったらしく、俺の方に助けを求めてきた。
イザナミは、バカにされて怒るより、呆れてるって感じだ。
ただ、どうしたらいいのか自分では分からないので、俺の方を見てくる。
「なんでそいつの方を見るんだよ!」
「なんでって、イザナギは私の弟だもん」
「そうじゃなくて……」
……
なんだろう、カイの態度がおかしい。
挙動不審になって、イザナミの顔を見たかと思えば、すぐに顔を逸らすけど、またすぐに見ようとする。
お子様だから仕方ないのか、と思うところだが、ここで俺は気づいた。
「カイ、もしかしてイザナミに惚れたのか?」
「ハアッ、しょんなわけないだりょ(そんなわけないだろ)!」
「図星か、思い切り噛んでるな」
「んなっ!」
一目惚れだな。
イザナミが12歳でも、既に美人であることは俺が保証する。
こうなれば、全て合点が行く。
俺に突っかかってきたのは、イザナミの隣に俺がいたから。
中学生くらいの年齢だと、初恋の相手に素直になれずに、仲良くしたいのになぜか逆の行動をするなんてのは、よくあることだ。
カイの中では、イザナミの近くにいる俺を、ライバルとでも思っているのだろう。
「イザナミ良かったな。カイはお前のことが好きみたいだぞ」
「どうでもいいや。私はイザナギがいればそれでいいから」
一目惚れされて、イザナミがどんな反応をするかなと思っていたら、なぜか俺に抱き着いてきた。
手を握るなんて、優しい物じゃない。
俺の背中に両腕を回して、全身で抱擁してくる。
「おい、イザナミ。人前でやるんじゃない!」
「じゃあ、人がいない所ならイザナギに抱き着いてもいいんだ」
「いや、それもダメだぞ」
抱き着いてきたイザナミの顔が、俺の顔のすぐ近くにある。
互いの吐息がかかる距離で、どこからどう見てもイチャイチャしているようにしか見えない。
俺の姉は、相変わらず俺にベッタリで困る。
いい加減、弟離れをしてもいい年なのに。
ただ、そんな俺たちの姿を見て、子爵が呟く。
「お2人が非常に仲がいいと聞いていましたが、まさかこれほどだったとは……」
「い、いや、これはそういうのじゃなくて……」
イザナミにベッタリされるのはいつものことだけど、子爵にこんな場面を見られては、あらぬ誤解をされかねない。
俺とイザナミは双子の姉弟だけど、それ以上に特別な関係なんてないからな。
「ぬあっ、なんで男に抱き着いてるんだよ。おい、イザナミ。そんな男より、俺の方が、オ、オレ……」
あと、俺たちのことを勘違いしたカイも、かなり挙動不審になっていた。
最初は怒っていたのに、なぜか言葉が尻すぼみになっていってる。
俺と付き合えとか、俺の方がふさわしいとか言いたいのだろうが、照れくさくて言えないのだろう。
「チ、チクショウ。こうなったら決闘だ。お前、イザナミを賭けて俺と決闘しろ!」
そしてあらぬ勘違いをして、カイがそんなことを宣った。
俺の顔に向かって、指先を突き付けて宣言してきた。
なに言ってるんだこいつ?
決闘なんてするわけないだろう。
子供の喧嘩なんてゴメンだ。
「ダメ、私はイザナギのものだもん」
そしてイザナミの行動は、もっと早かった。
決闘の景品扱いされたイザナミは、突然俺の前から消えたかと思うと、カイの鳩尾を拳で抉っていた。
「ゴオフッ」
「ああ、完全に入ってる」
イザナミの戦闘能力はチートクラス。
海賊相手に無双できる力は生身でも健在で、カイでは全く反応できず、重たい一撃をノーガードで食らっていた。
口から涎を吐きながら、地面に向かって倒れるカイ。
白目を剥いて、床にぶっ倒れてしまった。
「ビクトリー。愛は勝つ!」
「愛は勝つじゃない、何やってるんだよイザナミ!急いでカイを医療室に連れていくぞ。衛生兵、衛生兵!」
勝手に勝利のポーズをとるイザナミだが、そんなことより気絶したカイを早く助けないといけない。
「カイ、カイー!」
慌てるのは俺だけでなく、子爵も一撃で倒された息子の名を叫んで狼狽えている。
「ふんっ」
そんなカイと子爵を見下ろして、なぜかイザナミは勝ち誇っていた。
お前は一体何に勝ったつもりでいるんだ!
我が姉の頭は、今日も変わることなくぶっ飛んでいて危ない。
あとがき
別の世界にいるドラゴニュートの影響か、イザナミの性格が暴力至上主義に染まってきている気が……
別の世界にいる魔神族の影響なのか、ヒャッハーな手下たちが集結していってる気が……