7 イザナギとイザナミの海賊退治
慣れと言うものは怖い。
初めて戦いを経験した時は、記憶が曖昧になり、その後食事の席で吐き出すほどだった。
なのに、その後海賊退治を何度も繰り返した結果、俺の心は海賊を倒しても動じることがなくなってしまった。
この方面での童貞が、完全になくなってしまった。
とはいえ、そんなことを考え続けている余裕は今の俺にはない。
今回もオノゴロ伯爵家軍第三艦隊は、海賊相手に戦闘をしている。
岩石地帯に隠れていた海賊の拠点内部に機動騎士で侵入し、そこで海賊の機動騎士相手に戦い、制圧戦を行っていた。
当然、俺とイザナミもその戦いに加わっていた。
当然というか、俺以外の皆が乗り気で、強制参加させられただけだが。
「各機散開して奴を取り囲め、いくら素早くても……うわああっ!」
さて、オープン回線で聞こえてくる海賊の声が断末魔に変わる。
俺は機動騎士を駆って、目の前にいる海賊の機動騎士を仕留める。
レーザーソードで敵機体の胴を、横薙ぎに切り払う。
敵を上下に両断するとともに、さらに加速してその場から飛び去る。
そこに、複数の海賊の機動騎士が、レーザーライフルで攻撃を仕掛けてくる。
俺が飛び去ると同時に、先ほどまでいた場所に、海賊たちのレーザーが降り注いだ。
海賊は俺の速度についてこれていない。ハズレだ。
「なんだあいつは、早すぎる。目で追いきれない」
「これは残像だ。奴はミラージュのスキル持ちだ!残像に惑わされるな」
海賊たちの怒声と悲鳴が交差する。
海賊が攻撃したのは、俺の幻影。
イザナミみたいに質量を伴った残像ではないものの、海賊相手にダミーとして使える。
海賊たちが叫んでいる間に、俺は高速で別の海賊の機体へ急接近する。
機体を回転させながらレーザーソードを振りぬく。
「ハッアッ?」
海賊の間抜けな声が聞こえると同時に、そいつの乗っていた機体も真っ二つに切断され、爆発する。
「イザナミが言っていたな。しゃべっている間があったら、さっさと手を出せって……」
俺は海賊の機体が爆発したのを確認しながら呟く。
イザナミは、最初から天才で、剣術の訓練も機動騎士の操縦も難なくこなしていた。
そんな姉の訓練相手を子供の頃からしていたせいか、俺もイザナミのチートが少しだけ分かるようになった。
その第一は、『無駄口叩く間に、さっさと肉体言語で相手を黙らせろ!』だ。
ヒドイ肉体言語能力だが、止まっている相手に先制できると、それだけで有利になる。
「撃て、撃て撃て撃て!」
俺は立ち止まることなく、機体のスラスターを吹かし続けて、常に高速で飛び回る。
ミラージュのスキルも、イザナミと訓練しているといつの間にか習得していたので、海賊たちは俺の幻影に向かってレーザーを撃つばかりだった。
そんな海賊たちの機体の背後を取り、駆け抜けながらレーザーソードで機体を両断していく。
正直言って、この海賊たちはザコだ。
イザナミやアワジどころか、伯爵家軍の一般兵程度の能力もない。
俺が相手にしていた海賊は10機以上の機動騎士だったが、それも戦闘を始めてから1分と経たずに殲滅できた。
「ふうっ……」
海賊を片付けたのを確認して、俺はコックピットの中で息をつく。
1分とかからなかった戦闘とはいえ、戦闘の間は極限まで集中していたので、思った以上に体が強張っている。
「お見事ですアーヴィン様。ですが、戦場では戦いの後が最も危険です。気を緩めた時に奇襲を受けては笑えません!」
「ああ、そうだな……っと」
俺が戦っている間、その様子をシュラ隊の女隊長が見守っていた。
俺の戦いぶりを見て、手助けの必要がないと判断したようで、手出しはなかった。
ただ、俺が一息ついたタイミングで、隠れていた海賊の機動騎士が、俺の背後からレーザーライフルを撃ってきた。
しかし、イザナミの使うレーザーソードの速度に比べれば、レーザーの光なんて遅すぎる。
物理法則的におかしく聞こえるかもしれないが、イザナミの振るうレーザーソードの速さは、レーザーより早いのだ。
俺が軽く機体を横に移動させれば、さっきまで機体の胴体部分があった場所を、レーザーが通過していく。
回避しなければコックピットを直撃されていたが、当たらなければどうということはない。
「スキル、アクセルドライブ」
俺はレーザーを回避すると、その後はスキルによって機体の速度を加速させた。
そのままスラスターを吹かして、通常以上の速度で海賊の機動騎士へ迫る。
「チッ、化け物が!」
隠れていた海賊の機動騎士も、アクセルドライブを使たようで、機体の速度が目に見えて早くなった。
だが、早くなっただけで、やはり遅い。
俺の感覚からすると、遅すぎる。
海賊はレーザーソードを取り出して、急接近する俺の機体のレーザーソードを受け止めようとした。
だが、あまりにも動きが遅かった。
俺は鍔迫り合いの必要を感じず、そのまま駆け抜けながら敵の機体を上下に両断して破壊した。
「ふうっ」
今度こそ、残っていた敵も倒して、全滅させた。
相手が弱かったとはいえ、戦いの緊張感はやはり普通ではない。
今頃になって、俺は額から汗が流れているのに気づいたくらいだ。
戦闘中に目に入らなくてよかった。
そんなところで、パチパチと拍手の音が聞こえてきた。
「もう一度言わせていただきます、お見事ですイザナギ様。最後の敵にも気づいていたのですね」
「ああ、あれくらいならな」
シュラ隊の女隊長に褒められた。
でも、あれは隠れている部類に入らないだろう。
オノゴロ伯爵家にいると、屋敷の廊下の角で待ち伏せてしているイザナミから体当たりされ、そのまま床に押し倒されてしまうことがある。
たまにイザナミの存在に気づけることがあるが、それでも俺が押し倒されてしまうことが多かった。
イザナミが気配を消して隠れているのに比べれば、さっきの海賊は殺気がありありと出ていたので、簡単に気づくことができた。
隠れた相手に気づけるのも、イザナミ様々と言うべきか?
なんだか、違う気がするな。
「ところで、イザナミは?」
「既にご覧の有様です」
俺が相手した海賊は弱かったが、それでも俺は自分の戦いに手一杯で、周りの事なんて見ている余裕がなかった。
今回も、一緒に出撃したイザナミがどうなったのかと周囲を伺う。
海賊の機動騎士相手に戦い、俺が撃破した数は10機を超える。
だが、明らかにそれ以上の機体の残骸が、無重力の海賊拠点内を漂っていた。
「貴様、貴様―!」
「ふんふんふーん」
そこでオープンチャンネルから聞こえてくる声。
一つは増悪に染まる声だが、もう一つは鼻歌。
イザナミだった。
多分、ここに浮かんでいる機動騎士の残骸は、俺が破壊したもの以外は、全てイザナミが破壊したのだろう。
「海賊さん海賊さん、ここにはもうあなたしかいないみたい。それじゃあ、さようなら」
機体のカメラを操作すると、イザナミが最後の敵相手にレーザーソードで襲い掛かっていた。
イザナミ専用に作られた機動騎士なので、海賊の機体とは機体性能の差があるだろう。
だが、それを加味してもイザナミの機体の速度は恐ろしく早い。
パイロットのスキルが機体に加わることで、通常ではありえない速度をたたき出すことができるのだ。
イザナミのレーザーソードは、神速で振るわれた。
その剣速からは、逃れることができない。
「かかったな、間抜け!」
だが、イザナミが切り裂いたと思った海賊の機体が、次の瞬間イザナミの背後にいた。
物理法則を無視して、一瞬でイザナミの機体の背後を取った。
スキルの一つ、ショートテレポートだ。
テレポートすることで、海賊はイザナミの背後を取った。
「間抜け?」
次の瞬間、海賊の機体とは桁違いの速度で、イザナミの機体が動いた。
背後にいる海賊に、振り向きながらレーザーソードを振るう。
両脚を切り飛ばし、返す一撃でさらに左右の腕を切り飛ばす。
「ゴツーン!」
イザナミが景気よく声を出せば、それに合わせて海賊の機体の頭部分を足でけり飛ばし、破壊していた。
最後に胴体部分だけ残された海賊の機体が、無重力空間を回転しながら飛んでいく。
「シュラ隊、その機体を確保しておいて」
「了解しました、イザナミ様」
ショートテレポートの奇襲など、まったく無意味。
倒した海賊の機体の回収を命じるイザナミだ。
「イザナミ、もしかしてその海賊のことが気に入ったのか?」
「少し強いみたいだから、私の手下にする」
「……そうか」
俺から見ればイザナミは海賊を難なく無力化していたが、どうやらお眼鏡にかなったらしい。
俺とイザナミは、第三艦隊と共に何度も海賊退治に参加した。
だが、途中からイザナミは、自分が認めた海賊を”手下”にするという、おかしなことを初めてしまった。
なお、部下ではなく、”手下”だ。
「昨日の敵は今日の友って言うんだっけ?海賊行為を働いて死刑になるところを助けてあげるから、これからは私の手下としてキリキリ働いてね」
イザナミは、今さっき倒してコックピットだけにした海賊の機体に向かって、そんなことを宣った。
なお、この後海賊は本当にイザナミの手下になってしまう。
というか、既にイザナミは10人以上の海賊を手下にしていた。
俺の姉は一体何がしたいんだろうな?
あとで裏切られて、寝首をかかれるなんて展開になったらイヤだぞ。