6 男女関係とは違う、もう一つの童貞を捨てる
本日もアーレ・グリズバー提督率いる、オノゴロ伯爵家軍第三艦隊によって海賊狩りが行われる。
「宇宙海賊の炙り出しに成功。海賊艦隊、機動騎士を展開してこちらに向かってきます」
「海賊ごときが機動騎士を繰り出してくるとは生意気だね。こちらも機動騎士部隊にて対応」
「「「了解」」」
女提督の命令一下、第三艦隊から機動騎士が順次出撃していく。
「イザナミ様、イザナギ様、相手は海賊に過ぎませんが、これは命のやり取りです。そのことだけはくれぐれもお忘れなきよう。では、ご武運を」
そんな味方に合わせて、俺とイザナミも機動騎士を駆って、海賊狩りに参加することになった。
……なってしまった。
現在の俺は機動騎士のコックピット内にいる。
オノゴロ伯爵家の権力と富によって、俺とイザナミの乗る機体は専用機仕様だ。
そんな俺の乗る機動騎士のコックピットに、通信を介して女提督の姿が映し出されている。
宇宙空間での戦闘になるため、パイロットスーツにヘルメットを装着して、完全に気密を保った格好でいる。
コックピット内は気密が保たれているため、ヘルメットなしでも呼吸に困らないが、それでも戦闘によって損傷すれば、気密が破られる可能性もあった。
そうなればコックピットが真空状態になる。
戦争なんてゴメンだ。
この方面での童貞を捨てたくない。
それが俺の正直な思いだが、俺のことなど我が姉はちっとも気にしてくれない。
そして悲しいことに、我がオノゴロ伯爵家の男子は、女姉弟に逆らえないというジンクスがあった。
「何かあっても、私がイザナギを守るからね。ウフフ」
「イザナミ、こんな時にどうして笑えるんだよ」
「だって、楽しそうだから」
女提督とは別に、通信を介してイザナミの姿も映し出されている。
イザナミは綺麗な顔に愛らしい笑みを浮かべているが、この姉は少し……かなり物騒な性格をしている。
「イザナミ機、イザナギ機、発進願います」
俺の覚悟はまだ定まり切っていないが、オペレーターからの指示が届いた。
こうなれば、もはや出撃するしかない。
「レッツゴー」
「……了解」
イザナミは歓声をあげていたが、俺は深呼吸をしてから、機動騎士のスラスターを吹かした。
機体が加速すると同時に、体にGがかかり、俺の体は操縦席のシートに押し付けられる。
機動騎士での一騎討は、貴族であれば誰もが教えられること。
地上でも宇宙空間でも、今までに何度も訓練させられてきたので、俺は慣れた感じで機体を操って宇宙空間へ出た。
今まで機体があった空母アシュラから、漆黒の宇宙空間へ。
機体内部には重力制御機関が搭載されているため、宇宙空間に飛び出しても無重力にはならない。
それでも重力制御機関で殺しきれない加速を感じ取ることができる。
宇宙空間に出ると、すぐさま味方の機動騎士の部隊が、俺の機体の周囲に集まる。
「イザナミ様、イザナギ様、我らシュラ隊が護衛いたしますので、背後を気にすることなく存分にお暴れ下さい」
味方の機動騎士部隊。
今回の戦いで俺たちの護衛をするシュラ隊の隊長の姿が、コックピット内に映し出された。
この人も、女提督に負けず劣らず大きな胸をしていた。
オレンジ色のカールした髪に、日に焼けた小麦色の肌。
女性にしては体つきがガッシリとしている。
女提督ほどではないが、目の奥に危険な光を宿していた。
俺に対して言葉遣いは丁寧だが、多分この人はキレるとヤバイ。
女ながらに軍人になっているので、大人しい性格をしているはずがない。
「よーし、それじゃあ行くよー」
俺はまだ心の準備ができてなかったが、我が姉は叫び声をあげるとともに、機体のスラスターを吹かして、一目散に海賊の機動騎士の只中へ突っ込んでいった。
「シュラ隊全機、イザナミ様の後に続け」
「「「オオサー」」」
女隊長の命令に合わせて、シュラ隊の隊員たちから勇ましい雄叫びが上がった。
ただしその雄叫びは、全て女性の声。
シュラ隊は、女性パイロットしかいない機動騎士の部隊だった。
イザナミの機体の突撃に合わせて、シュラ隊の機体も全力で追いかける。
「置いてかれるわけにはいかないな……」
戦場で1人孤立なんてしたくない。
童貞失いたくないが、俺も置いていかれまいとシュラ隊に合わせて、機体を進めていった。
そうしてわずかな時間で、海賊の機動騎士部隊と接触する。
漆黒の宇宙空間の中にある、光点の数々。
まるで星の光と錯覚してしまいそうになるが、それが海賊の機動騎士部隊だ。
あそこにいるのは、海賊で敵。
当たり前だが、そこには人が乗っていて、当然こちらに攻撃をしてくる。
その事実に、俺はまだ心の中で迷っていた。
「いっけー」
「全機攻撃開始。イザナミ様の突撃を援護する」
なのに、イザナミには俺のような躊躇いが微塵もなかった。
全力で機体のスラスターを吹かしたと思えば、レーザーソード片手に突撃をかました。
その突撃を背後にいるシュラ隊が、レーザーライフルで援護し、海賊の機動騎士と撃ち合いを始める。
「イザナミ、いきなり突撃とか……ああ、もうっ!」
俺の決心なんてクソクラエだ。
こうなったら、イザナミを1人で突撃させられないと、俺もその後に続いた。
「我らも続けー!」
俺の機体のあとに、さらにシュラ隊の面々も続いた。
さて、海賊の機動騎士部隊に突撃したイザナミ。
武器はレーザーソードを構えただけだったので、最初は敵が撃ってくるレーザーライフルにさらされていた。
シュラ隊の援護のおかげで、敵の攻撃が全てイザナミ機を狙ったわけではないが、それでも数は多い。
「ふんふん、ふふーん」
ただし、イザナミは降り注ぐレーザーを、鼻歌交じりにレーザーソードで弾き返す。
「温いなー」
なんて言いながら、イザナミのはじき返したレーザーが、敵の機動騎士に次々に命中していった。
生身で扱うレーザーソードでレーザーを弾けるが、同じように機動騎士のレーザーソードでもレーザーを弾くことができる。
ただ、イザナミの場合は弾くだけでなく、弾いた先の方向を読んで、敵の機体にレーザーをお返ししていた。
「グオオオッ」
「なんだあの機体。弾いたレーザーを直撃させてきやがった」
「エースだ、エースに違い……ウガアーッ」
オープン回線を通して、海賊たちの驚愕の声が聞こえてくる。
だが、海賊たちがしゃべる間に、イザナミの機体は海賊の機動騎士部隊の中に突入していた。
「んんーっ、遅いなー」
イザナミの機体が全速力で飛びながら、敵の中を突っ切る。
機体のスラスターから出る光が、まるで流星の尾のように光を引き、それに合わせて通過した箇所にいた海賊の機動騎士が、次々に爆発四散していく。
その数は10以上。
「あ、相変わらず凄いな……」
イザナミは生身でも、機動騎士に乗っていても強い。
アワジの訓練で、一度に10人以上の大人を相手にしても、かすり傷なく、1人で勝ってしまう実力がある。
あれは貴族の子女相手だから、わざとイザナミに負けているだけかと思っていたが、そんなことは全然なかった。
よいしょされているだけかと思ったら、俺の完全な勘違いだった。
「アハハー、これならアワジ1人相手にしてる方が、もっと歯ごたえがあるや」
イザナミは全く余裕。
笑いながら機体の進行方向を切り返し、さらに10機以上の敵をレーザーソードで切り裂き、爆発四散させていく。
「凄い、まるで鬼神の強さだ」
「これが初戦闘なんて信じられる?」
「まさに武神だな。見た目はあんなに美しいのに」
そんなイザナミの強さに、シュラ隊の女性パイロットたちも感嘆の声をあげる。
ただし、この人たちもイザナミの戦いを見ているだけではない。
イザナミの戦いを見物しながら、当たり前のように海賊の機動騎士と戦い、海賊を次々に撃破していた。
「さあ、イザナギ様も遠慮なさらないでください」
戦いながらそれだけの余裕があるのだから、当然俺のことも見ている。
シュラ隊の女隊長に背中を押されてしまった。
童貞失いたくない。
でも、イザナミだけをこのまま戦わせ続けてもいけない。
男の沽券という奴も……
「うおおおーっ」
頭で考えていもダメだ。
俺は自分の中にある迷いを吹っ切るように、雄たけびを上げて、海賊の機動騎士に向かって突撃した。
通常の倍以上の速度で動くことができる、アクセルドライブのスキル。
この能力は生身の体だけでなく、自分の乗っている機動騎士にまで効果が及ぶ。
それによって通常とは比較にならない速度で、海賊の機動騎士に急接近した。
しかし、海賊はこちらの動きにまるで対応できていない。
胴体ががら空きだ。
「イザナミやアワジより遅い」
敵の動きがあまりに鈍いので、これが罠ではないかと一瞬ためらったほどだ。
俺は普段から、生身と機動騎士で、イザナミやアワジと訓練している。
戦績に関しては、イザナミに対しては、生まれてこの方全戦全敗。
今ではアワジ相手に勝てるようになったが、2、3年前までは負け続けていた。
もっとも、イザナミは師であるアワジに対して、6歳の時から勝ち星をとっている。
今では、俺とアワジが同時にイザナミ相手に戦っても、イザナミが勝ち星を当たり前のように拾うほど強かった。
しかし、そんなイザナミやアワジと比べるのが無駄なほど、海賊の動きは鈍かった。
「っ」
だけど、俺は敵の胴体部分を攻撃できなかった。
そこにはパイロットがいる。
だから、駆け抜けざまにレーザーソードを振るい、敵の機体の腕と足を切り飛ばした。
肢体を全て切り飛ばし、さらに背後にあるスラスターを切断する。
コックピット部分だけ破壊しないで、敵の機体を無力化した。
「……」
人殺しはしていない。
俺の機体は、肢体を切り飛ばした海賊の機体の傍を駆け抜けていく。
だが、俺が飛び去った後、シュラ隊の機体の1機がレーザーライフルを放ち、俺が無力化した敵のコックピット部分を破壊した。
「イザナギ様、これが初めての戦場ですので理解できますが、敵を生かしてはなりません。無力化したと思っても、相手が武器を隠し持っている場合があります。ご自身の命のためにも、味方の命のためにも、加減をしてはなりません」
「っ」
俺の考えていることなど、戦場に立つシュラ隊のパイロットは見抜いていた。
情け容赦ないシュラ隊の言葉に、俺は臍を噛む思いだ。
その後も、戦いは続いていった。
だけど、俺は初めての戦いだったせいか、その後のことをあまり覚えていない。
ただ、気が付いたら空母に帰還していて、トイレで盛大に胃の中のものを吐き出していた。
それまでの記憶が、あいまいだ。
「ああ、面白かったー」
その日の俺は胃が強張って晩御飯すら食べることができなかったが、イザナミはニコニしていた。
「イザナギも凄かったよ。敵の機体をバッサバッサ倒してて」
「ヴッ……」
俺には戦いの記憶がないのに、その間のことをイザナミはにこやかな声で話した。
イザナミには、自分が悪いことを言っているつもりなどないのだろう。
「イザナミ様、流石に今それを口にされるのは、やめたほうがよろしいかと」
「へっ?」
食事の席で止めに入るのは、女提督だ。
イザナミには、俺みたいな弱さが全くなかった。
だけどそんな姉と違って、俺はまたしても胃の中のもの、その場で戻してしまった。
情けないが、イザナミの前で強がるとか我慢するとか、そういう事が全くできなかった。
男の沽券だなんだと、もはや考えている余裕さえなかった。
前世持ちでも、俺の精神なんて、こんなものだ。
ただ、後日知ることになるが、その日の戦いで俺は敵の機動騎士を12機撃破していたらしい。
もっともイザナミに至っては、出撃した機動騎士全機の中でトップスコアをたたき出し、100機も落としていた。
まるでゲームのように、敵の撃墜数を数えて、スコアにしているのだ。
機動騎士乗りの間では、スコアの一覧を作って、撃墜数の競い合いさえ行われているほどだ。
命がかかった戦闘なのに、本当にゲーム感覚だった。
しかしこの姉、今までも相当おかしかったけど、本物の化け物じゃないだろうか。
あとがき
女性だけで構成された機動騎士の部隊……Vガンダム……シュラク隊……全滅……ヴッ、頭が