5 海賊討伐の見学
「オノゴロ伯爵家軍第三艦隊司令官、アーレ・グリズバー提督です」
赤い髪に、瞳は血のように赤い深紅。
だが、釣り目で性格はきつそう。
体はほっそりとしているものの、軍服がはち切れそうなほど大きな胸。
ザ・軍人と言った姿勢の良さで、見事な敬礼をしてみせる美人提督が名乗った。
「これからの1か月、お世話になります提督」
そんな提督に、俺は手を差し出して握手で応える。
彼女は軍人だが、俺は貴族とは言え民間人。
俺が差し出した手を見て、それまで厳つい表情でいた女提督はにこりと笑った。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします、イザナギ様。そしてイザナミ様」
いつも俺と一緒に行動がデフォルト。
「よろしくね、提督」
俺の隣にいるイザナミも、女提督に握手をした。
さて、今回俺たちはオノゴロ伯爵家軍第三艦隊の旗艦空母アシュラにて、宇宙海賊討伐の見学をすることになった。
オノゴロ伯爵家はこれでも武門。
前伯爵の時代には内政面での功績が大きかったものの、家としての本質は軍事にある。
そのため伯爵家に連なる男子は、早いうちに実戦の経験をさせられる。
この世界に転生して12年。
12歳になった俺も、そんな家柄に従って、宇宙海賊の討伐を実地で見学させられることになった。
宇宙海賊相手とはいえ、本物の戦いだ。
武器が飛び交うだけでなく、人死が出ることも当たり前。
前世を合わせても、俺の経験に争いごとの記憶というものはない。
殺人も、戦争も全く無縁だった日本人だ。
そんな俺にとって、今回の海賊討伐見学というのは、内心でかなり負担になっていた。
人が死ぬのも、殺す場所もゴメンだ。
これから厄介になる女提督の前では、できるだけ表情に出さなかったが、内心では怖い。
男女関係とは別にある、もう一つの童貞に関わる事態だ。
殺人どころか、逆に殺されてしまう危険さえ、感じずにいられなかった。
そんな俺の内心を、いつも一緒にいるイザナミは理解していた。
「大丈夫だよ、何があってもイザナギは私が守るから。私がお姉ちゃんだからね」
俺の手を暖かく握って、イザナミは俺の目を見て話す。
男子である俺が海賊討伐に付き合うのは家の仕来りだが、女子であるイザナミが同行する必要はなかった。
「私は、いつだってイザナギと一緒にいるから」
だけど、いつものようにイザナミは俺が行くから、同行してきたのだ。
今回はイザナミがいてくれて、正直心が少し楽になる。
自分1人だったら、耐えられそうにない緊張感も、イザナミのおかげでかなり楽になった。
「ありがとう、イザナミ」
「ううん、いいんだよ」
その後、イザナミに抱きしめられてしまった。
……あれっ、こういうのって普通男の方がするよな?
我が双子の姉は、やることが男前だった。
オノゴロ伯爵家軍第三艦隊は、伯爵家が保有する艦隊の一つ。
280キロ級空母アシュラを旗艦に、100キロ級戦艦3隻と60キロ級巡洋艦5隻、それ以下の小型艦艇120隻からなる艦隊だ。
軍艦の数と巨大さがおかしすぎるが、グランノルス帝国は星間国家であり、造船技術が前世の比ではなかった。
ましてオノゴロ伯爵家は帝国でも大貴族の一つに数えられる。
しかしこれでも、艦隊としての規模は小さな部類に入った。
何しろ今回の目的はあくまでも海賊退治。
伯爵家の子弟である俺とイザナミがいるため、海賊退治に向かう艦隊としては規模が大きいものの、それでも艦隊としての規模は小規模に分類できた。
そんな艦隊が宇宙空間で隊列を組んで、整然とワープ航法で宇宙空間を駆け抜けていく。
数日で海賊頻出宙域へ到着し、そこで実際に海賊狩りとなった。
俺とイザナミは、初めての宇宙戦闘を、旗艦のブリッチに乗った状態で観戦することになる。
戦闘としてはあくまでも格下相手の戦いであるため、艦隊を率いるアーレ・グリズバー提督が直々に俺たちに説明してくれる。
「宇宙海賊は無人星系のアステロイドベルトや小惑星に拠点を構えていることが多いため、大型の艦艇で攻めるのには向いていません。ですので、海賊相手に主力となるのは小型のコルベットと機動騎士になります」
海賊狩りを実際に行うのは、戦闘機と呼んでいい機動騎士に、艦隊に所属している小型艦のコルベット。
もっとも小型と言っても、その大きさは全長1キロ以下の軍艦の総称となる。
前世だと、第二次大戦で日本軍の最強戦艦だったヤマトが全長263メートル。
世界最大級の軍艦とされるアメリカのニミッツ級航空母艦でも、330メートル程度しかなかった。
前世の造船技術を完全に置き去りにした超巨大艦が、ただの小型艦扱いだ。
そんな小型のコルベット艦隊と機動騎士がアステロイドベルトに侵入し、レーザー兵器によって海賊を拠点から炙り出す。
そもそも艦隊としての規模が違うので、海賊は大慌てで艦隊を出撃させて、脱兎のごとく逃げ始める。
戦いなんてしても、一方的に殲滅される戦力差があるためだ。
しかしアステロイドベルトから抜け出すと、そこには満を持して待機していた艦隊の本隊がいる。
つまり、俺たちの乗っている旗艦空母アシュラを筆頭とした艦隊だ。
「通常海賊相手には、空母はもとより、戦艦クラスを派遣することはありません。むろん海賊の規模が大きければこの限りではありませんが、今回は特別となります」
そこで、女提督は笑った。
ただし肉食獣を思わせる、獰猛な笑みだ。
「全艦隊攻撃開始。宇宙のゴミどもを、一片の欠片も残すな。我がオノゴロ伯爵家軍の実力を、無法者どもに死という形で教えてやれ!」
女提督の命令……いや、獣の咆哮が発せられた。
「アイアイ、サー」
「全艦攻撃開始」
「敵を殲滅せよ!伯爵家軍の威光を示せ!」
命令されたブリッチクルーたちが陽気な声で応え、通信オペレーターたちは、煽るようにして、艦隊へ命令を伝達していく。
「……」
えっ、なにこれ。凄く物騒なんだけど。
争いごとの経験がない俺としては、勇ましいと感じるより、物騒と感じてしまう。
心の中で、物凄く引く。
俺がいるブリッチに表示されているモニターには、味方艦隊からレーザー砲が次々に放たれ、強力な爆発力を持つ光子魚雷が雨あられと発射され、海賊の艦隊を情け容赦なく襲っていく。
これが映画やアニメであれば、さぞ興奮させられる展開だろうが、現実となれば美しいと感じさせられつつも、敵の艦隊に人間がいるという事実を、どうしても無視できない。
攻撃を受けている海賊艦隊も抵抗して反撃してくるものの、数でも装備の質でも、クルーの練度でも桁違いだ。
反撃の攻撃は、伯爵家艦隊に到達するものの、艦の展開するシールドが強力なために、攻撃が通らない。
シールドの影響を受けない短距離用ミサイルも発射されるが、これもレーザー機銃群による迎撃で、即座に打ち落とされて全く効果を発揮しない。
一方的に海賊艦隊が被害を受け続け、こちらは損傷する艦すらほぼ出ない。
「いいわね、宇宙を奴らの血で染めてやりましょう」
そんな戦いの空気に当てられたのか、俺の隣にいる女の子からも、かなり物騒な発言が飛び出した。
「イ、イザナミ……?」
俺は物騒な声の出所を向く。
俺は艦隊のクルーたちにも、イザナミにもドン引きしてしまう。
俺の姉がおっかなすぎるんだが。
「フフフッ、流石はイザナミ様。女の身でありながら海賊討伐を見学する。その辺の軟弱な女と違い、オノゴロ伯爵家の血を継がれる女子として、相応しい態度です」
ドン引きしている俺と違い、イザナミの様子に、あろうことか女提督が褒める。
「ありがとう提督。次の戦いでは、私も実際に海賊相手に戦ってみたいわ」
「それはよい考えですね」
よい考えじゃねえ!
イザナミがすさまじく好戦的な上に、女提督までそんなことを宣った。
俺の周りにいる女子が、好戦的過ぎてヤバイ。
前世で平和を愛していた俺としては、こんな戦闘見ているだけでも精神が疲れてしまう。
気づかないうちに手を固く握っていて、額から汗が出ていた。
なのにイザナミと女提督は、互いににこりと笑い合っていた。
笑っているけど、物凄く物騒な笑みだ。
2体の肉食獣が、草食獣をどうやって仕留めようかと、笑いながら相談しているかのような光景だ。
「そうとなれば、この戦いは早々に決着をつけて、次へ行きましょう。各艦、敵を半包囲し、さらに攻勢を強めよ」
「アイアイサー!」
俺の目の前で、女提督はさらに苛烈な指示を出し、敵である宇宙海賊を情け容赦なく撃破していった。
伯爵家艦隊が海賊艦隊を半包囲して、敵の上下左右前から、攻勢を強める。
さらに海賊の炙り出しのために別行動していたコルベット艦隊が、海賊艦隊の後方に到着し、敵の退路を完全に塞いでしまった。
海賊艦隊は完全に包囲され、逃げ出すことすらかなわない。
「提督、敵からの投降信号です」
「無用、戦いの火ぶたが切って落とされた後の降伏など認めぬ。敵を完全に殲滅せよ!」
容赦が全くない。
宇宙海賊よりこの女提督の方が悪役っぽい。
敵の投降を認めずに全部殺すとか、完全に蛮族だろ。
見た目美人なのに、とんでもなく恐ろしい人だ。
あとがき
作者「イザナミの性格が、ドンドンおかしな方向へ進んでいく~」