3 オノゴロ伯爵家の恐ろしき女姉弟
グランノルス帝国。
銀河系の4分の1を支配する巨大帝国であり、惑星アースを発祥とするアース人によって構成されている星間国家。
政治制度は皇帝を頂点とする帝政をとっており、国内は貴族たちによって統治されている。
その中でオノゴロ伯爵家は建国以来の名門であり、昔は武勇を誇る軍人の家系として名を馳せた。
伯爵家からは代々帝国正規軍に対して軍人を輩出する仕来りがあり、軍部においての発言力が強い。
前伯爵の時代には、軍事面でなく内政面で多大な貢献をなし、国内でも有力な貴族の一つとして数えられている。
現在でも3つの有人惑星を中心に、150に及ぶ星系を所領とし、派閥に属する貴族も大量に抱えている。
もっとも前伯爵は偉大な人物であったが、同時に英雄色を好むの典型だった。
若い頃から無類の女好きで、生涯に囲った女性は50人以上。
そこから生まれた子供は20人となるが、女子が18人に対して、男子はたったの2人だけだった。
ただし、これは正妻と妾に関する話に過ぎない。
伯爵家の屋敷に仕えているメイドは十中八九、伯爵と一夜を過ごしたことがあり、さらに記録が残っていない市井の女性との関係となれば、枚挙にいとまがない。
他の貴族家の婦女子にも手を出している、やんちゃぶりだった。
なので、俺の知らないところにも、俺の異母兄弟が絶対にいる。
それだけやっておいて、いないわけがなかった。
「ですが、勘違いをしいように。貴族とは貴族と貴族の間に生まれた子のみがなるのです。片親が庶民であれば、それを私たちの兄弟として扱ってはなりません。絶対にですよ」
さて、帝国の歴史かと思えば、父親である前伯爵の悪行を知らしめられる時間となってしまった。
現在オノゴロ伯爵家では、姉弟そろってのお茶会が開かれているのだが、居並ぶほぼすべてのメンバーが女性だ。
既に嫁いだ姉妹が多いので、姉弟全員が揃っているわけではない。
しかしそんな中で、俺と現当主で兄であるコトアマツは、2人だけしかいない男とあって、悪いこともしてないのに、非常に肩身の狭い思いをさせられていた。
「あ、姉上、父上のことを話すのはさすがに早すぎます。イザナミとイザナギはまだ10歳になったばかりで……」
「何を言ってるのですか、コトアマツ。男とはこういうものである。お父様はその典型的な人物だったのです。そのことをイザナミとイザナギも、分かっておかなければなりません」
「は、はい……」
我が姉弟の第一子にして長女であるカグラは、既に150を過ぎたおばさん。
この世界でも、老境に差し掛かる年齢だ。
結婚相手を物色しすぎたために行き遅れてしまい、この年になっても実家にいついている。
そのくせ、耳年増だ。
そんなおばさんが親父の過去の悪行の数々を口にしているが、俺も兄上と同意見で、10歳の子供がいる場所でしていい話と思えない。
俺は前世があるからまだいいものの、イザナミは本物の10歳だ。
コトアマツ兄上も、さすがにカグラ(おばさん)の言うことに耐えかねて抗議したが、おばさんの放つ圧力を前にして、あっさり降伏していた。
俺が生まれてくるまで姉弟の中で唯一の男だったので、メチャクチャ肩身が狭いようだ。
「いいですかイザナミ。イザナギも男であるからには、妾の1人や2人は作ります。それにあなたの知らない所で女を囲っても、何ら不思議はないのです」
「ええーっ、イヤだな。でもでも、イザナギは私のことを裏切らないよね、ねっねっ」
カグラおばさんの圧力が半端ない。
まるで象みたいな圧がある。
そんなおばさんの言葉を聞いて、イザナミが俺の顔を両手でホールドしながら見てきた。
俺は父上のような悪いことなんてしないぞ。
そう思う。
思うのだが、目の前にいるイザナミから目を逸らそうとしても、顔面完全ホールド状態で動かせない。
剣術訓練のおかげで、体力はイザナミと互角になったはずなのに、この姉は相変わらずチート能力持ちだ。
俺の頭がピクリとも動かない。
怪力すぎだろ。
「イザナギ、お姉ちゃんと約束して。悪いことはしちゃダメ、お姉ちゃんと結婚しようね」
「イザナミとは姉弟だから結婚できないだろ」
「そんなことないもーん」
目の前で頬を膨らませて、ご機嫌斜めになるイザナミ。
10歳と言えばまだ幼女だが、それでも最近は胸の膨らみも立派になってきて、顔も少しづつ大人びてきている。
前世の記憶もあるからなのか、美人な双子の姉に迫られると、なんだかドキドキして、落ち着きがなくなってしまう。
「今では珍しくなりましたが、兄妹同士の結婚も昔は行われていましたわ。貴族の持つ力をより強く次の世代に継がせようと、優れた能力を持つ兄妹に子供を産ませるのです」
「あ、姉上……」
耳年間なおばさんが、余計な知識をひけらかしてきた。
兄上が小声で抗議の声を上げるが、その声は蚊の鳴くような音で、おばさんの分厚い面の皮に1ミリも刺さらない。
「やっぱり、私とイザナギは結婚する運命なんだよ。ウフフー」
「もう、イザナミったらすっかりメロメロね」
「見ているこっちまで熱くなってきちゃったわ」
「2人とも美人だから、きっと綺麗な子が生まれるわよ」
アハハ、ウフフと、イザナミだけでなく、他の姉たちまで仲良く笑い始めた。
イザナミに顔面ホールドされている俺は、暑くもないのに、なぜか冷たい汗がダラダラと出てくる。
何この空間、怖いんだけど。
「いいかい、イザナギ。男が女性に逆らうことはできないんだ。この年になってだけど、君が男として生まれてくれて、私は本当に助かってるよ。女の双子でなくてよかった」
コトアマツ兄上は、そんなことを宣って涙ぐんでいた。
ああ、ダメだ。
兄上、女姉弟に囲まれて育った結果、既に悟りを開いている。
絶対に女性不信をこじらせてる。
「イザナギー」
そんなことを考えていた俺に、双子の姉のイザナミが抱き着いてくる。
俺にイザナミを止められる力などなかった。……物理的な意味で。
「まあまあ」
「オホホ」
「これは本当に結婚しそうね」
そんな俺たちの姿を見て、居並ぶ姉たちが嬉しそうに笑い合っていた。
そんな恐ろしきお茶会が終わった後、俺はイザナミと共に図書室で本の読書となった。
図書室と言っても落ち着いた静かな部屋で、データ化されたテキストを本で読むだけだ。
仕えている使用人たちが飲み物を用意してくれ、それを片手にくつろぎながら読書をする。
俺はこの世界に関する知識を詰め込むために、図書室に幼いころから通ったが、俺と常に行動を共にしたがるイザナミも、当然のように俺の傍にベッタリとくっついている。
歩くときも手をつないでか、腕を組んで歩かないと、イザナミが拗ねるのだ。
おまけに椅子もくっつけて、ひじ掛けの上でお互いの手を絡めないといけない。
カップルだ。
完全にバカップルの光景だ。
前世の俺がついぞ経験したことがないことを、イザナミとはいつもしていた。
子供の頃から、いつもこんな感じた。
といっても、イザナミはどれだけ言っても双子の姉。
カップルでないから、これはデートでも何でもない。
「……」
ところで、先ほどからイザナミは本に集中しているようで、俺の方を一瞥することもなく、熱心に読書している。
何を読んでるんだと思い、俺はイザナミが読んでいる本に視線を向けた。
その本の内容が、ヤバかった。
恋人の男を監禁した女性が、男の体を1日ごとに一か所切断していき、それを自分の体に縫合手術を行うことで縫い合わせていくという、猟奇的なホラーだった。
この世界は銀河系にまで進出した文明の世界なので、縫合手術と言っても、きれいに細胞同士が引っ付いて、傷跡が残らない。
血液型が違う体を引っ付けても、免疫の拒絶反応を起こさなくする技術も存在していた。
女は恋人の手の指を1本ずつ切り離しては、それを自分の体に縫合手術を行うことで取り付けていく。
女は自分の指を捨てて、男の指を取り付ける。
手の指が終われば、足の指を。
足の指が終われば、今度は手そのものを。
やがて手から、足、腕と続いていき、胴体の皮膚を取り換え、最後には顔面の皮膚まで取り換えていく。
そうすることでついには、女は男と全く同じ姿になり果てる。
「愛してる」
最後に、女はそう口にして物語は終わりを迎えた。
「素敵……」
「ええっ!」
どう読んでもホラーなのに、読後に目を潤ませて、熱い吐息を吐いてうっとりするイザナミ。
ホラーでなく、恋愛小説読んでた感じじゃないか?
本の内容以上に、イザナミがホラーすぎる。
「大丈夫だよ。私はイザナギにこんなことしないから……イザナギが死なない限り」
「後半の言葉が聞こえてるんだけど……」
「フフフッ」
コトアマツ兄上が、女姉弟たちのことを恐れていたが、俺も同意見だ。
でも、そんな姉全員より、俺はこの時のイザナミが怖かった。
「もちろん大丈夫だよ。イザナギに何か起こらないように、お姉ちゃんが全力で守るから」
「……う、うん」
猟奇的な姉に、俺は怯えながら頷くことしかできなかった。
肘掛けの上にある俺の手が強張ったが、その手をイザナミの手が暖かく握ってくる。
怖くても、逃げられない。
ホラーだ!