1 剣術の訓練
「イザナギ、大好き―、イザナギと結婚するー」
双子の姉に愛されるのはとても嬉しい。
とても嬉しいのだが……
「ふがふが、モガー」
ベッドで寝ている俺の上に、覆いかぶさっているイザナミ。
完全にマウントを取られていて引きはがせないうえ、俺は息ができなくてかなりピンチだ。
頼むから、まっ平らな胸で俺を窒息死させないでくれ!
「もが、モガガー」
「うふふー、イザナギもお姉ちゃんのことが大好きだよねー」
ヤンデレかこの姉は!
このままでは、本当に窒息させられてしまう。
だが、俺が全力で暴れようとしても、この姉は俺の体をがっちりとホールドしている。
ピクリとも体が動かない。
イ、イヤだ。
前世でも息ができずに死んだのに、今世でも窒息死なんて嫌すぎる。
俺、まだこの世界に転生して5年目なんだぞ……
そこで、俺の意識が途切れてしまった。
「イザナギー」
意識が途切れる寸前、俺にのしかかっていたイザナミが俺の顔を見ていた気がする。
けど、意識が混濁していて、詳しく覚えていなかった。
翌日になる。
「爺、俺は強くならないといけない。このままだと、男としての沽券にかかわる。あと、命にも」
最後の部分を小声で言いつつ、俺はオノゴロ伯爵家に仕えている執事の爺に相談した。
「強く、ですか?」
爺はオノゴロ前伯爵――親父が死んだことで前伯爵となり、現在は俺の兄が当主となっている――に、幼少時代から仕えていた人物で、年齢は既に170を超える老人。
今は、俺とイザナミの世話係筆頭となっていた。
「とにかく力をつけないといけない。イザナミに負けたままだと、男のメンツにかかわる」
あと、俺の命にも。
だからこそ、俺は必死になって爺に相談した。
「力ですか。それでは剣術の稽古を嗜まれてはいかがでしょう。貴族としては必要な技術ですしね」
「それで頼む。早速剣術を覚えるぞ」
「承知いたしました。ですが、旦那様のご許可が必要ですので、訓練はそれからとなります」
「ああ、分かっている」
爺が納得してくれた。
俺の現在の保護者は、現伯爵で兄であるコトアマツ・オノゴロなので、その許可が必要なのは当然だろう。
それから数日して、俺の剣術の師がやってきた。
「オノゴロ伯爵家に仕えているアワジと申します。本日より、イザナギ様の剣術指南を務めさせていただきます」
「ああ、よろしく頼む」
アワジは背筋がピンと伸びた男で、こげ茶色の髪に髭を生やしている男だ。
ただ、醸し出している空気に独特の威圧感がある。
剣術の師だから、当然武術に長けているのだろう。
それゆえの威圧感と考えると、実に頼もしい。
さっそく剣術を訓練して、強くなろう。
男としての威厳を保つために、そして連日俺を抱き枕扱いしているイザナミに窒息死させられないために!
「それでは、早速稽古に映らせていただきます。……ただその」
「イザナギがするなら、私もやる!」
アワジが戸惑いつつ視線を向けた先。俺のすぐ隣には、イザナミがいた。
元気な声を出して、俺と一緒に剣術の訓練をする気満々だ。
「なあイザナミ、剣術は男がするもので、女がするものじゃないぞ」
「イヤだー。イザナギだけがして、お姉ちゃんはやっちゃダメなんてルールはないの。私もイザナギと一緒に剣術を学んで強くなる」
説得しようとしたのに、俺の言うことを全く聞かない。
イザナミはない胸張って、堂々としていた。
「アワジ……」
毎日寝るたびにマウントを取られているので、俺ではこの姉を説得できない。
俺は助けを求めて、剣術の師を見る。
「申し訳ないですが、剣術の訓練では怪我をすることもあります。とてもお嬢様が嗜まれるようなものでは……」
「私がやると言ったの。つべこべ言わず、私にも教えなさい」
「……」
まさに貴族のご令嬢そのもの。
イザナミの強い態度に、アワジが爺の方を見る。
爺は、諦めたように無言で首を振るだけだった。
ええーっ、そこは頑張ろうよ爺。
イザナミに剣術なんて必要ないだろ!
だけど、俺の思いなど無視して、イザナミが剣術の訓練に加わることになってしまった。
俺は前世のことを思い出してからというもの、この世界のことを知ろうといろいろな本や資料を漁って勉強した。
3歳児からそんなことをしていたので、周囲からは早熟の天才扱いされたが、なぜか俺の行く先々に、常にイザナミもついてきていた。
剣術もまた、同じなのだろう。
「イザナギがすることなら、私だってなんでもやるんだからね」
俺の前でイザナミは嬉しそうに言うけど、流石に剣術は3日もやれば飽きてやめるだろう。
剣術なんて、女の子のすることじゃない。
そう思うことにして、俺はこの姉が剣術の訓練に加わるのを、一旦諦めることにした。
そうして始められた剣術の訓練だが、最初に行われたのは走り込み。
最初は技術でなく、基礎体力からつけるという、本格的な訓練だった。
5歳児向けの、適当なごっこ遊びでなかった。
「フンフンフン」
「ぜ、ぜぇぜぇぜぇ……」
伯爵家の庭をランニングしたが、先頭を行くイザナミは、鼻歌を歌いながら軽やかに走っている。
対する俺は、今にもぶっ倒れそうになりながら、青い顔して走っていた。
子供らしい遊びをしないで、連日本や資料あさりをしていた弊害で、体力がないのかもしれない。
でも、イザナミも俺と一緒になって本を読んでいたから、体力はそこまで変わらないはずなのに……
「イザナギ様、頑張ってください。ここで諦めたら、イザナミ様を見返せませんよ」
俺の体力がなさすぎるのだろうか?
そう思いつつも、後ろを走るアワジに激励されて、俺はなんとかイザナミのあとを追って走り続ける。
「ゼ、ゼェ、コヒューコヒュー」
……ああ、ダメだ。
体力がなくなって、変な呼吸音がしてた。
「イザナギ様しっかり!」
なんて思ってたら、見事に足をもつれさせて、俺は地面に転がってしまった。
「ヴヴっ、痛い……」
転んだ拍子に膝を擦りむいた。
前世があるので、今更子供みたいに泣きはしないが、地味に痛いな。
「直ちに医療キッドを持ってきなさい」
転んだ俺を見て、爺がメイドに指示を出していた。
「フンフンフーン」
なお、俺はそんな体たらくぶりだったが、そんな俺のことに全く気付かず、先頭を走るイザナミはさらに先へと走って行った。
姉の体力が化け物な気がするのは、俺だけか?
それとも、俺の体力が女の子以下なのか?
だったら、マズいな。
とまあ、多少怪我をしたが、その後剣を握っての素振りの訓練となった。
「いいですか、基本の型をしっかりと覚えなければなりません。戦いでは頭で考えるより、体が自然に動くことが重要です。ですので徹底した基本形の反復練習。これこそが、強さの秘訣です」
基本的な素振りの型を教えられて、それを延々と繰り返すだけの剣術の訓練。
ただし剣と言うが、”レーザーソード”だった。
光の剣だ!
SFチックだ。
「おお、スゲェ」
と、光る剣に俺は最初だけ興奮した。
子供の練習用なので、当たっても切れないが、それでも痺れは感じるそうだ。
「お、思っていたのと全然違う。ゼェハァ……」
ただし、光の剣とはいえ結構重い。
まともに振り続けられない。
それ以前の問題として、俺はまたしても息が絶え絶えになっていた。
ランニングで消耗した体力が、まだ回復しきってなかった。
「イザナギ様は、基礎体力を付けることを優先した方がよさそうですね」
「グッ……」
光の剣だと浮かれる体力もなく、俺は膝をついてその場に倒れるように蹲る。
俺、体力なさすぎだろー!
「ランラン。ホイホイー」
一方、俺とは対照的に、イザナミはバカみたいな体力を発揮して、光の剣を振り回しまくってる。
「でたらめに振り回してたら危ないぞ」
「ええっ、私ちゃんと型通りに動かしてるよー」
倒れてる俺が注意したが、イザナミはそんな風に返してくる。
俺から見れば、イザナミは適当に光る剣を振り回しているだけにしか見えない。
「て、天才だ。テンポを崩さずにあれだけの速度でサーベルを操るとは、イザナミ様は天才だ!」
だけど、剣術の師であるアワジは、震える声で感動していた。
「えっ……」
俺から見たら、でたらめに振り回しているようにしか見えないのに、アワジからの評価は違った。
これ以上なく、褒めている。
「こ、このまま負けてられるか……」
このままでは、男の威厳が壊滅してしまう。
俺は倒れていた状態から体を起こし、なんとかイザナミに食いつこうとした。
「イザナギ様、危ない」
「フゲッ」
食いつこうとはしたけど、体力を想像以上に消耗していた俺は、またしてもその場でズッコケてしまった。
「アハハ、イザナギってば体力なさすぎ―」
ク、クソウ。俺の男としての威厳が全くない。
でも、いつか俺もイザナミに負けないだけの体力をつけてやるからな!
男の威厳を絶対に取り戻してみせる。