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12 イザナミとイザナギの将来設計

 俺とイザナミは14歳になった。


「分かっていると思うが、来年になれば領地を離れて”学園星”での生活が始まることになる。貴族としての基本的な所作を学ぶ場所なので、2人ともそのつもりでいるように」


 本日はコトアマツ兄上に呼び出され、俺とイザナミは兄上の部屋に来ていた。


 来年になれば俺たちは15歳になる。

 星ひとつが丸まるごと学園として用意されている惑星があり、貴族の子弟はそこで4年間学ぶことが義務付けられている。


 現オノゴロ伯爵の弟妹であるイザナミと俺も、当然学園星へ行くことになる。


「分かっています、兄上」

「学園星か……退屈そうだけど仕方ないか」


 俺は真面目に答えたが、イザナミはあまり乗り気でないようだ。


「……イザナミ、学園星に行っても、くれぐれも海賊狩りなんてしないように。君はオノゴロ家の女性なのだよ」

「はーい、分かってます。できるだけいい子にします」

「……」


 釘をさすコトアマツ兄上。

 しかし不安しかない。


 イザナミだけど、この姉は何が楽しいのか、海賊討伐に味を占めてしまった。

 事あるごとに機動騎士を駆って、アーレ・グリズバー提督率いる第三艦隊と共に海賊討伐を行い、そこで見込みのある海賊を手下に加えている。


 昔話でキビダンゴを与えたら家来になるのは犬猿雉だが、イザナミは腕力で勝った後に、海賊を手下にしていってる。


 イザナミって、生まれてきた世界を間違えてるよな。

 世紀末世界で生きてても、当然のように手下を増やしていって、大勢力を築き上げてそうだ。


 実際、イザナミの手下は元海賊上がりなので、全員が厳つい見た目をしていて、ヒャッハーな感じだった。

 世紀末覇者ならぬ、世紀末魔王だ。



「イザナギもイザナミの行動にはくれぐれも注意してくれ。……多分ダメだろうけど」

「……そうですね。俺じゃあ止められないです」


 兄上にブレーキ役を期待されたけど、俺ではイザナミを止められない。


 海賊討伐に鼻歌交じりで行くイザナミに引きずられて、俺も毎回強制参加させられているのだ。


 そのせいで、俺の機動騎士の撃墜スコアが伸び続けている。


「イザナギ様はこのまま軍に入られても問題ないですね。トップエースになれますよ」


 なんて、シュラ隊の女隊長からお墨付きをもらったほどだ。


「トップは無理だろ。イザナミがいるから」

「そうですね。さすがにイザナミ様は、規格外すぎますから」


 俺のスコアが伸び続けているが、それ以上にイザナミのスコアは天井知らずに昇り続けている。

 とっくに、海賊の機動騎士の撃墜スコアが累計で千を超えている。


 これだけのスコアを持つ人間は、正規軍の兵士でもトップエースクラスしかいないそうだ。

 それも何十年も軍に勤めた、ベテランのエースだ。


 イザナミが、本物の世紀末魔王様になっている……




 そんなイザナミの奇行と、人間離れした強さに、俺と兄上は頭を抱えてしまう。


「学園星は平和だから、間違っても血で血を争うバトルはないからね!」

「はーい」


 兄上が悲壮な表情をしているのとは対照的に、イザナミは形だけの返事をした。


 絶対に、何かやらかす。

 そしてイザナミが何かやらかすと、当然俺にまで問題が降りかかってくる。

 そのことを、俺は確信してしまった。


「ああ、どうか平和な学園生活でありますように」


 望みは持てないが、俺は神に祈らざるを得なかった。





「コホン、ところで2人を呼んだのは学園星の話だけではない」


 学園生活への不安はともかくとして、兄上が態度を改めてさらに話を続けた。


「この機会に、2人の将来について話しておきたいと思う。まずはイザナギ」

「はい」


 兄上の態度が、俺たちの保護者から貴族としての態度に切り替わった。


「将来的にオノゴロ伯爵家は僕の息子が継ぐことになるので、イザナギは大人になるとともに伯爵家の籍を外れて、後継者から外れてもらうことになる」


 正式な意味での貴族とは、貴族家の当主とその夫人のみとなる。

 子供である時は、貴族の子弟として扱われるが、大人になれば後継順位の低い子供たちは、貴族籍を返上することで後継者から外れることになる。


 俺の場合は現当主である兄上の弟だが、年齢的な問題を加味して、貴族の子弟として扱われていた。


 ただ一度貴族籍を離れると、平民とは扱われないものの、準貴族といった扱いになり、それまでの貴族としての生活とは別物となる。

 位が低かったり、貧しい貴族家の子弟の場合は、軍人や官僚になって生活していくのが一般的だった。



「むろん、我がオノゴロ伯爵家は帝国でもそれなりの名家だ。イザナギがオノゴロ伯爵家の籍を外れても、最低でも名誉男爵位を用意しておくので、将来を心配する必要はない」


 我が家の場合、力のある貴族家のため、位の低い貴族と同じとはいかない。


 男爵であれば、正式な貴族となる。

 ただし、そこに”名誉”と付くと、子供に権力を継がせることができない、一代限りにおいて貴族として扱われるようになる。

 なので俺の代では貴族としての扱いを受けるが、将来俺の子供ができても、子供は貴族でない、平民として扱われることになる。


「名誉男爵ですか?」


 とはいえ、一代限りとはいえ男爵という位も、貴族の中ではそれなりに高い。

 伯爵とは比べ物にならないものの、それでもまぎれもない貴族だ。


 俺としては、かなり破格の条件だと思う。



 しかし、兄上の考えは違っていたらしい。


「本来ならば、旦那のいない女性当主の家に婿として入れることを考えていたんだ。そうすればイザナギの子供も、貴族として扱われていくからね」


 帝国では、男性が貴族家の当主になる場合が多いが、あくまでも多いだけで、女性が当主を務めている家もそれなりに存在する。


 帝国は古代や中世の封建社会のように、絶対的に男性優位の国でなく、女性の立場もかなり強い。

 男女平等を掲げているわけではないが、貴族家の当主に代々女性が付いている家や、性別に関係なく第一子が後継者を務める家もあった。

 現に帝国の皇帝家の場合、代々第一子が皇帝の後継者になっていて、今代の皇帝陛下は女帝だ。


 もっともオノゴロ家の場合、男子の継承順位が女性より上に扱われている。

 継承順位の扱いに関しては、明確な法や取り決めがないために、貴族の家ごとによって判断が違っていた。


 しかしそんな貴族社会なので、当然旦那がいない女当主の家だって存在している。

 そんな家に入り婿になることで、子孫に至るまで正式な貴族としての扱いを受け続けていくこともできた。



「兄上―」


 だけど、そんな兄上の考えに、イザナミがジト目で睨んでくる。


「分かっているよ。イザナギを入り婿にはできない。……ハアッ、姉上たちのせいで、イザナギはイザナミと正式に婚約を結んだ。私では、あの姉たちを止められないので、大人しく従うよ」


 兄上が憔悴している。


 兄上の考えとしては、俺を女性当主の貴族家に婿に入れるつもりだったようだ。

 そうすれば、俺の子供にも正式に貴族としての位を渡していくことができる。


 だけど、その考えはもはや不可能。

 イザナミを含めた、オノゴロ伯爵家の女姉弟が無理難題を現実のものとした結果、俺とイザナミは、正式に婚約状態となった。


 このことは既に周知されていて、婚約記念パーティーなるものまで行われた後だ。

 各地の貴族が集まってきて、その場で俺とイザナミは祝われた。



 まだ婚約状態だが、これが結婚になるのは時間の問題だろう。

 大人になった瞬間、俺はイザナミに連れられて、そのまま夫婦になってゴールインだ。


 イザナミが超肉食系な上に、それを援護するカグラおばさんを筆頭とした姉上たちが恐ろしい。


「入り婿にできないので、イザナギに用意できるのは、名誉男爵位になってしまった。ハアッ、本当なら、イザナミもどこかいい家柄の当主と……」


 兄上は俺とイザナミを、それぞれ貴族の家の当主と結婚させたかったようだ。


 貴族的な政略結婚という意味もあるだろうが、同時に俺たち2人を正式な貴族として残してやりたかったという思いもあるのだろう。



「兄上―」


 だけど、またしても兄上はイザナミからジト目で睨まれてしまう。


「私は、イザナギのものなの。イザナギも私のものだから、兄上に口出しはさせない!」

「……分かっているよ。分かりたくはないけど、分かっている」


 イザナミだけでなく、他の姉上たちに散々やられてしまったので、兄上が暗い顔してブツブツと呟いている。

 この家では、女姉弟の発言力がメチャクチャ強力で、男である俺と兄上は、全く太刀打ちできない。


 当主が兄上でも、女姉弟相手に逆らえないのだ。



 しばらくの間兄上が暗いオーラを漂わせつつ、「私の計画が」、「貴族としての繋がりが」とかなんとか、呟き続けていた。

 見ていて哀愁を誘う姿が辛い。


 女姉弟相手に、精神(メンタル)をボロボロにされてしまっている。



 とはいえ、そのうち自力で現実に戻ってきた兄上。


「話を続けよう。今のイザナギに用意できるのは、我が家の力を使っても名誉男爵までだ。ただし何か功績を立てることができれば、名誉などというの単語が付いた偽物の貴族でなく、本物の男爵位を用意することもできる」

「本物の男爵位ですか?」

「ああ、うちにはそれくらいの力はあるからね。それでも、それなりの功績がどうしても必要になってしまうけど」


 名誉男爵でなく、正式な男爵として認められるくらいの功績。

 そんなもの、俺にできることとは思えない。


「……」

「イザナミ、変なこと考えないよな?」

「エヘヘーッ」


 俺では無理だと思うけど、無言でいたイザナミが怖い。

 この姉は俺と違って、何をやらかすか分からないぶっ飛んだ思考をしているからな。


 俺に気づかれて、笑っているところがますます怪しい。


「兄上、その功績って軍隊で活躍してもいいんだよね?」

「もちろんだ」


 俺が怪しいと思っていたらこれだ。


 そして、イザナミが俺の方を向いて、両肩をガシリと掴んできた。

 そのまま強制的に振り向かされて、俺はイザナミの顔を間近で見ることになる。


 銀髪に青い目。

 白皙の肌をした、とてもきれいな美女。


 だけど、目がランランと輝いていた。

 どう見てもうら若い女の子の輝きでなく、餓えた肉食獣が、丸々と肥えた獲物を目の前にした喜びの輝きだ。


「イ、イザナミ?」


 そんな双子の姉の姿に、俺は後ずさりして逃げたくなった。

 だが、肩を掴まれてホールドされた俺は、その場から1歩たりとも後退できない。


 イザナミの扱う気なる力のせいか、今の俺は全身が凍り付いたかのように、まったく体を動かせない。

 なのに、額にはプツプツと冷たい汗が浮かんでくる。


「イザナギ、もっと強くなろう。軍隊で活躍すれば、男爵位なんて簡単に手に入るよ」

「イヤだ。俺は軍人になんてならないぞ。それに貴族位がなくても、普通に生きていくくらいできるし」

「何言ってるの。男の子なんだから、もっと覇気と野心を持たなきゃダメだよ。軍隊で活躍して、男爵になるくらいしなきゃダメ。むしろ、どうしてそれくらいの野心もないの?イザナギも男の子なんだから、ガッツリ行こうよ!ガッツリ!」


 ホールドされたまま、俺はイザナミに力説されてしまう。


「むしろ、イザナギがそんなノリなら、私が軍のトップエースになって、男爵位をもぎ取っちゃうよ。お姉ちゃんがイザナギを養ってあげようか。その方がいいかな。エヘヘッ」

「流石に養われるのはイヤだ」

「じゃあ、強くなろう。今すぐ強くなって、敵をバッタバッタ倒して、この宇宙を真っ赤な血の色に染め上げよう。私とイザナギの2人で、この銀河系にいる敵を皆殺しにして、血の花を咲かせよう!」


 ヒエエッ!


 イザナミの猟奇的な姿が出てきた。


 狂ったように目を輝かせて、肉食獣の吐息を俺に吹きかけてくる。


 俺は自分の身に危険を感じてしまう。

 いろんな意味で、本当にいろいろな意味で、俺はイザナミに食べられてしまうのではないかと、本能的な恐怖に駆られてしまう。



「うーん、イザナミの狂気にはついていけないけど、軍隊に行くのは私としても賛成かな」


 そんなところで、なぜか兄上がイザナミの案に賛成する。


「あ、兄上?」


 俺は平凡で普通な暮らしがしたい。

 間違っても、軍隊に行って血みどろの殺戮戦争なんてゴメンだ。

 そんな殺伐とした世界なんて行きたくない。


 海賊討伐で殺人に慣らされてしまったが、あんな経験はもう二度としたくない。


「我がオノゴロ家は、これでも元は武門だからね。ここ最近は、我が一門から軍に輩出している人材が少ないので、イザナギが軍隊に行ってくれれば、我が家としては助かるね」

「ええっ!」


 まさか兄上が乗り気なのに、俺はビビる。

 普段温和で、女姉弟にフルボッコにされている兄上なのに、俺に軍隊に行って欲しいって、マジで言ってるのか?

 冗談だろう?


 普段はあんな兄上でも、やはり貴族と言う事なのか。


「ほら、兄上もああ言ってるし、私たち2人で軍隊で血の花を咲かせよう」

「頼むから、血の花から遠ざかってくれ、イザナミ!」

「じゃあ、軍隊で大活躍!」

「……」


 俺は動かない体に力を入れて、何とか首を動かして兄上の方を見る。

 肉食獣の牙を首に受けて、捕食寸前の草食獣の気分でいる俺は、最後の助けを兄上へ向ける。


「成人したら軍隊に行ってくれ、イザナギ」


 物凄くいい笑顔で、兄上に言われた。

 兄上も肉食獣の仲間だった。


 イ、イヤだ。

 殺伐とした世界に俺は行きたくない。


 将来の軍隊入りを期待されて、我知らず、俺の目から暖かい雫がこぼれそうになった。


「大丈夫。イザナギが行くなら、もちろんお姉ちんもついていくから。イザナミに触れようとする奴がいたら、全員真っ二つにして斬り飛ばすから」


 兄上以上に、すぐ傍にいるイザナミがもっと怖い。

 普段見せない狂気が、体全体から迸っている。


 まさか、これがイザナミの扱う気の力なのか!?



「私としては、女子であるイザナミに軍隊に行って欲しくないけどねえ……」

「大丈夫だよ、兄上。女の子でも軍人として活躍してる人ならいるでしょう。アーレ・グリズバー提督とか、シュラ隊の子たちとか」

「確かにそうだけど。君は、オノゴロ伯爵家の女子なのだよ?」

「その前に、私はイザナミのお姉ちゃんだもの。だからイザナギが行くところには、どこまでもついていくよ。例え地獄の底でも、ぴったりついていくからね」



 どうしてそこで、地獄の底なんて物騒な単語が出てくる!


 やっぱり、イザナミはいろんな意味で普通の女の子ではない!

 海賊狩りを喜々として楽しんでいるだけでも分かるが、この姉はぶっ飛び過ぎだ。



「……仕方ない。ではイザナミも込みで、将来のことを考えておくか。軍隊と言っても、こちらできちんと手はずを整えておくから、2人が辛い目や危険に遭うことはないよ。安心してくれ」


 兄上が力強く請け負ってくれた。


 だけど、なぜか兄上の目は部屋の天井を見ていて、イザナミの方を絶対に見ようとしない。

 今まで女姉弟に散々やられてきたせいか、イザナミ相手に何を言っても無駄だと分かっているのだろう。

 これは兄上なりの、女姉弟への対処法だ。


「ありがとう、兄上。大好きだよ、イザナギ」


 そしてイザナミはとびきりの笑顔で、俺の背中に腕を回して抱き着いてきた。



 見た目は美人だが、イザナミが世紀末魔王様すぎる。

 どうやら俺は、魔王様にガッチリと掴まれた哀れな獲物らしい。


 誰カ、タスケテ……

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