10 面倒な病を患っている男
「これより決闘を開始する!」
審判の声と共に、決闘が開始された。
俺はその声と同時に、機体のスラスターを吹かして、カイの正面へ迫る。
俺の持つアクセルドライブのスキルは、数倍の速さで動くことを可能にし、この効果は生身の体だけでなく、機動騎士の機体にまで及ぶ。
レーザーソードを片手に急接近するが、カイは堂々の仁王立ちで動かない。
両手にレーザーソードを構える姿は、二刀流。
胴体ががら空きで、一見すれば隙だらけに見える。
「罠か?」
あまりに動きがないので、俺はカイの前まで行くと、攻撃を加えずに一旦退くことにした。
「……?」
退いて、しばらく様子を見る。
カイの動きが鈍すぎる。
それからしばらくして、カイがようやく気づいたように、レーザーソードを振り下ろした。
「うおりゃあああー、どうだイザナギ。俺の勝ちだ!」
掛け声とともに一閃。
二刀のソードによって、俺の機動騎士が両断された。
「イザナミ、見たか、俺が勝ったぞ!」
「……カイ、それはただの幻影だぞ」
「へっ?」
俺が持っているスキルは、何もアクセルドライブだけではない。
イザナミのように、質量を持った幻影を作り出すマースオブミラージュのスキルこそないものの、普段の訓練の結果、幻影を作り出すミラージュのスキルを得ていた。
カイが切ったのは、俺の幻だ。
勝利を確信していたカイの態度が一点。
「ど、どこだ卑怯者。正々堂々と……ぬおわっ!」
おしゃべりをしているカイに急接近して、正面からカイの機体をレーザーソードで切った。
まあ、決闘と言っても対機動騎士用の正式装備で戦うわけではない。
このレーザーソードで切っても、機体を物理的に切ることはできない。
それでも、攻撃が命中したことで決着だ。
しかし、最初はわざと隙を見せていたと思っていたが、想像以上にカイの動きが遅かった。
遅すぎた。
「もしかして、カイって弱いのか?」
俺が今までの訓練で戦ってきたイザナミとアワジは別格として、オノゴロ伯爵家に仕えている機動騎士のパイロットより弱い。
実戦経験が豊富なシュラ隊はむろん、イザナミが手下にした元海賊より弱い。
彼らは海賊の機動騎士乗りの中でも強い方だったらしいので、カイの実力は海賊の一般的な機動騎士と同じくらいだろう。
「ま、負けた。嘘だろう。攻撃が全く見えなかった……」
俺のレーザーソードが命中したことで、カイの機体は動作不能に陥る。
威勢のよさがなくなって、すっかり意気消沈していた。
カイとの決闘を終えた俺は、アーレ・グリズバー提督率いるオノゴロ伯爵家軍第三艦隊旗艦空母アシュラへ戻った。
「イザナギおかえりー」
「ただいま」
機動騎士から降りると同時に、イザナミが俺に向かってジャンプしながら抱き着いてきた。
よくあることなので、俺は立ったままイザナミの全体重を受け止めて抱擁する。
鍛えているおかげで、飛んでくるイザナミの体重を支えるくらい問題ない。
「イザナギ、イザナギー」
「くすぐったいよ」
イザナミが俺の体にスリスリしてくる。
そのたびに俺の顔にイザナミの銀髪が当たって、むず痒い。
「クンカクンカ。ああ、イザナギ成分が補充されていく」
「少し離れていただけなのに大げさだろう」
未だにイザナミはこんな有様で、12歳になるのに、一向に弟離れをする様子がない。
むしろ年を取って成長するほど、悪化しているのではと思う。
「イザナギ様、お見事でした」
「恰好よかっですよ」
「でも、子供相手だから手加減してあげた方がよかったんじゃないですか」
さて、イザナミだけでなく、シュラ隊のパイロットの面々にも俺は迎えられた。
決闘のことを褒めてもらえるが、正直カイが想像以上に弱かった。
シュラ隊のメンバーに言われるように、手加減した方がよかったかもしれない。
やってしまった後で、俺は頬をかいて誤魔化す。
「もっとカイが強いって思ってたんだ」
「イザナギ様、普通の子供はイザナミ様やイザナギ様みたいに強くないですよ。お2人はなんというか……その年で正規軍のエース並に強いですから」
「そうなのか?」
「そうですよ」
シュラ隊の女性パイロットからの評価に、俺は納得がいかない。
本当にそうなのかと周囲を見渡すと、シュラ隊のパイロットが全員、首を縦に振ってウンウンと頷いた。
「お2人とも、その年で常軌を逸した強さです。子供なので、まだ伸びしろがあるでしょうから、末恐ろしいです」
「そんな大げさな。俺なんて、未だにイザナミに一度も勝てたことがないんだぞ」
イザナミがエース並と言われても理解できるが、さすがに俺はそこまでいかないだろう。
「イザナミ様は別格です。”千機落とし”のアワジと同レベルの、人間の枠に入れたらダメな強さですから」
イザナミの強さが、人間に入れてはいけないレベルらしい。
俺の場合、生身のイザナミに拘束されて動けなくなることがよくあるので、その言葉の意味がよく理解できた。
やっぱり、イザナミって魔王じゃないのか?
「エヘヘッ」
本人はにこやかに笑っているけど、人間扱いされてないのによく笑えるな。
「あれ……でも”千機落とし”のアワジって、あのアワジの事だよな?」
「そうだよ。私たちの訓練をしてくれてるアワジだよ」
今回俺たちに同行していないが、俺たちの師であるアワジは、昔は正規軍で機動騎士乗りをしていてエースだった。
それも戦争で大活躍して、敵の機動騎士をたった1機で千機も撃墜するという、人間の枠を超えた大戦果を打ち立てていた。
「そのアワジに、俺もイザナミも勝ってるよな?」
生身でも、機動騎士を用いても、俺とイザナミは既にアワジから勝ちを取れるようになっている。
「昔のアワジって、今よりもっと強かったみたいだよ。さすがに歳だから、昔みたいな実力はないんだって」
「そうなのか……」
昔のアワジってどれだけ強かったんだろうと、思ってしまう。
もっとも、そんなアワジ相手に今では完全無敗で勝ち続けるイザナミは、全盛期のアワジと同レベルの存在かもしれない。……チートだな。
「兄貴、お疲れ様です」
「小僧相手に容赦のない一撃、そこに憧れ痺れました」
「ヘヘヘッ、兄貴のおかげで、賭けで儲けさせてもらいました」
と、俺たちが話していたら、そこにイザナミの手下たちもやってきた。
俺のことを祝ってくれたけど、なんだか微妙な気分になる。
「いや、俺に憧れなくていいから。あと、賭けなんてしてたんだな」
賭けの対象にされて、すんなり喜べなかった。
「イザナギ、お前強いな……」
そんな俺たちの所に、カイがやってきた。
俺に一方的に負けてしまったカイは、流石にいつもの勢いがなかった。
「カイ、俺が勝ったからイザナミにはこれ以上手を出すな。俺はお前のことを思って、言ってるんだからな」
カイがイザナミに手を出すと、そのたびに物理的にカイが沈められる。
俺があの決闘を受けたのは、あくまでもカイの身を守るためだ。
これ以上カイがイザナミに手を出せば、カイの身が持たなくなってしまう。
俺がイザナミを守らなくても、イザナミは自分1人でどんな状況でもどうにかしてしまうだろう。
物理的に。
「ああ、決闘だからな。約束は守る。……だがしかし!」
しょんぼりしていたと思ったら、突然カイは瞳に炎を宿して、俺の方を睨んできた。
こいつ、やっぱりバカだ。
バカだから、立ち直りが早い。
「俺はこの敗北を噛みしめて、今以上に強くなってみせる。我がライバルよ、次に会うときは、貴様を倒せる実力を得て、再戦してやる!」
「お、おうっ……」
熱血……いや、カイってもしかして、厨二病なのかもしれない。
俺に向かってビシッと指を突き付け、ポーズを決めていた。
なんというか、絡みづらい病を患っているな。
俺も厨二病の経験はあるが、こういう熱血が混じったタイプの病ではなかった。
ただ、その後カイは俺の近くにまでやってきた。
何かされるのかと俺はつい身構えてしまったが、そんな俺にカイは小声で話しかけてきた。
周囲に聞こえない大きさで。
「ところでイザナギ、俺はお前の永遠のライバルだから、ここにいるお姉さんたちのことを紹介してくれ」
「……はいっ?」
「お前ばかり、美人のお姉さんに囲まれてズルいぞ!」
「はあっ、何言ってるんだお前?」
周囲にいる美人のお姉さんとは、シュラ隊のパイロットの事だろう。
みんな大人の女性だ。
だけど、やっぱりカイって頭が悪い。
俺の中でのカイの評価が、バカで固まる。
「シュラ隊の皆は、俺の護衛だからな」
「嘘つけ、お前のハーレム要員だろう!」
……このバカ、頭沸いてるだろ。
イザナミみたいに、物理で解決したくないので殴ったりしないが、俺はこのバカをどうしたらいいのか分からなくなってしまった。
そんな俺の戸惑いに、イザナミが気づいたようだ。
「みんな、カイも私の子分にするから可愛がってあげていいよー」
そうイザナミが語り掛けると、背後にいた元海賊の手下たちがニヤリと笑った。
「弟分か。今日から俺たちがお前を鍛えてやるぜ」
「海賊崩れの俺たちを拾ってくれた姐さんのためだ、弟分は可愛がってやらなきゃな」
「兄貴のライバルを名乗るなら、まずは俺たちに勝てる実力を身に着けねえといけないぜ。今から、ガンガン鍛えてやるよ」
「へっ?」
強面の元海賊たち。
元犯罪者たちが凶悪な笑みを浮かべて、カイの身柄を拘束した。
「ちょ、まて、一体どういうことだ。ウ、ウア、ウアアアアーッ!」
カイは手下連中に担ぎ上げられて、どこか別の場所へ運ばれていった。
カイの悲鳴が上がり続けたが、やがてその悲鳴も小さくなっていっていき、俺の視界と聴覚から消えた。
「イザナミ、あれって大丈夫なのか?」
「皆で新人を可愛がるだけだから、大丈夫だよ。次に会った時は、私とイザナギに逆らわなくなってるから」
「全然大丈夫じゃないだろ!」
イザナミは笑いながら言っているが、全然大丈夫に聞こえない。
イザナミは、美人で可愛い俺の双子の姉だが、一方で猟奇的で狂気的なところもある。
元海賊だった連中を手懐けて、手下にしたのがイザナミだ。
その手下連中がカイに何をしでかすのか分からない。
「そんなことよりイザナギ、シャワー浴びよう。決闘で汗もかいたでしょう。今からお姉ちゃんと一緒にシュワー浴びようね!」
「一緒はダメだろう!」
「ダメじゃないもーん」
可愛い子ぶって笑顔になるイザナミ。
ただその表情と違って、俺の腕を掴んだかと思うと、抗えない膂力で俺をその場からズルズルと引きずり始める。
「カイ、すまない。お前の安全の前に、俺の方がもっとヤバい」
手下の元海賊たちより、ボスのイザナミの方が圧倒的に危険だ。
俺、この後どうなるんだ?




