9 宇宙で一番惚れてはいけない相手に惚れた男
カイはイザナミに惚れてしまった。
この宇宙で一番惚れてはいけない相手に惚れてしまった。
「イザナギ、俺と決闘しろ!イザナミは俺にこそふさわ……フガッ」
鳩尾に1発決められて医務室送りになったカイだが、その後復活したかと思うと、またしても俺に戦いを挑んで来ようとした。
さっきまでイザナミ相手に奥手だったのに、1発入れられたせいで、吹っ切れてしまったようだ。
もっとも最後まで言い切ることができず、近くにいたイザナミにビンタを喰らっていた。
ただのビンタのはずだが、医務室のベッドにいるカイが、口から泡を吹いて白目を剥く。
「イザナミ、今のビンタはなんなんだ?」
「”気”を混ぜて叩いただけ」
「”気”ってなんだよ?お前はいつからそんな力を使えるようになったんだ」
この世界にはスキルという力はあるが、”気”なんて力は存在しない。
科学的に実証されていないが、チートなイザナミだと、実際に使ってそうで怖い。
「イ、イザナミを賭けて、俺としょう……ギャッ!」
ビンタで気絶したと思ったカイだが、すぐに意識を取り戻していた。
まあ、イザナミによって即意識を刈り取られたけど。
「イザナミ、グーはやめろ。危ないからダメだぞ」
「そっか、顔に跡が残るもんね」
「いや、俺が言いたいのはそうじゃなくて……」
我が姉の思考方式がぶっ飛びまくってて怖い。
最近手下にした海賊連中のせいで、ますますおかしな方向へ突き進んでいる。
「ああっ、カイ、カイ、カイー」
それとイザナミがカイに手を出すたびに、この場にいる子爵が狼狽えまくってる。
すみません、俺の姉が暴力至上主義に染まってしまったばかりに、こんなことになってしまって。
俺は心の中で、子爵に謝る。
このままではマズイ。
諸悪の根源であるイザナミを何とかしなければ。
「イザナミ、ここにいると危ないから、俺と一緒においで」
「うん、イザナギが行くところなら、どこでもついてくよー」
カイの傍からイザナミを引き離す。
カイのことは子爵に任せることにして、俺が医療室から出ていくことで、イザナミをこの場から連れ出した。
「イザナギ―」
医務室を出た途端、イザナミは甘い声を出して俺の腕を掴んできた。
そのまま互いに腕を組むと、頭を倒して俺の肩に預けてきた。
イザナミの頭が俺の肩に置かれ、その拍子に銀色の髪が俺の顔をくすぐってこそばゆい。
けど、どう考えても恋人同士のような甘い思いにならない。
姉弟だからという以前に、先ほどのカイに対する仕打ちを見ていたせいで。
俺の姉は、一体何を目指しているんだ?
一方、イザナミに散々痛めつけられたカイだが、イザナミがいなくなったことで、医療室から無事に退院できた。
退院と言うのはさすがにオーバーだが、イザナミが散々やらかしたからな。
「イザナギ、俺と勝負だー!」
だが、医療室から出てきた途端、カイは俺に向かってまたしてもそう宣ってきた。
「イザナミ、どうどう。力で解決するのはダメだぞ」
「あいつ嫌いー!」
カイが俺に挑んでくるのはいいが、またしてもイザナミが先制攻撃を仕掛けようとしたので、俺がイザナミを掴んで堪えさせる。
「ヌオッ、嫌がるイザナミに抱き着きつくな、変態野郎!」
「違う、これはお前を守るためなんだよ!」
イザナミの暴発を抑えようとしている俺を、変態扱いしないでもらいたい。
カイって頭悪すぎだろう。
なんで、イザナミに惚れる。
見た目は美人でも、頭はぶっ飛んでるぞ。あと、物理的に怖い。
「はあ、もういいや。決闘だろう。してやる。してやるから、これ以上暴れるのはやめような。な、イザナミ」
その後、不承不承だが、俺はカイと決闘することにした。
“カイをイザナミから守る”ためには、そうするしかないと思ったからだ。
間違っても、”カイからイザナミを守る”ためではない。
「イザナギがしなくても、私が1秒未満で潰す」
「……潰したらダメだろ」
やはりと言うべきか。
俺がカイの決闘を受けたはずなのに、イザナミが物騒極まりないことを呟いた。
頼むから、まともになってくれイザナミ。
そして、一方のカイも頭がおめでたい。
「よし、俺の決闘を受けたな。甚振ってやるぜ。俺はこれでも海賊討伐経験があって、今までに6機の機動騎士を仕留めた天才パイロットだぞ!」
俺が決闘を受けると言ったら、カイが物凄く偉そうにしてきた。
12歳で海賊相手とはいえ戦闘経験があり、機動騎士を撃破しているのは凄いことだろう。
俺の前世基準で考えれば、間違いなく凄いことだ。
「あ、うん、凄いな……」
「イザナギが初めての戦闘で落とした数の半分もないなんて、ただのザコだね」
もっとも現世での俺は、既にカイの通った道を通った後だ。
「えっ、初めての戦闘で12機以上撃破している?ハッ、冗談だろう」
「冗談じゃないよ。イザナギは14機落としてる。まあ、私は100機落としたけど」
「……」
さっきまで威勢のいいカイだったけど、なぜか顔面が真っ白になった。
「げ、撃墜数が多いからって、それで強いと思うなよ。どうせ弱い海賊を相手にしただけだろう!」
「ちなみに、イザナギの累計撃破数は50機以上落としてるね。私は数えるのが面倒臭くなったから数えてないけど。たぶん500とか700かな?海賊って弱すぎるよね」
「……」
ああ、カイの顔がさらに真っ白になっていく!
俺に向かって指を突き付けているけど、その指まで震えだしていた。
「お、俺はイザナミのために勝ってみせる!」
それでも、カイは男として立派に宣言してきた。
惚れた女のために、退かないと決めたようだ。
ただ、なぜか俺の隣にいるイザナミから、目を逸らしている。
それにちょっと涙目になってる。
多分、今の話で、イザナミのヤバさが分かってきたのだろう。
君が惚れた相手は、この世界の魔王じゃないかってくらい、チートで危険だから。
しかし、なんだかんだで俺とカイの決闘となった。
決闘の舞台は宇宙空間で、そこで俺とカイが操る2機の機動騎士が向かい合う。
「俺が勝ったら、イザナミは俺のものだからな」
「あ、うん、そうだな……」
互いに通信を介して話すが、カイは威勢がいい。
さっきまで顔面蒼白になって涙目になっていたのに、立ち直りが早いな。
単にバカで、記憶力が悪い可能性もある。
ちょっとどころでなく、俺はカイのことが心配になってしまう。
「まあ、この戦いの勝ち負けに関係なく、イザナミを自分のものにするのって無理だぞ」
「う、うるさい!俺の強さを、イザナミに見せてやる。それで、お前なんかに惚れているイザナミの目を覚ましてやるんだ!」
なんだか熱血だなー。
俺はカイのテンションについていけないので、生暖かい目をしている。
青春ってやつだろう。カイの中では。
前世があったせいか、俺にはこういうテンションは無理だ。
「イザナギ、がんばれー!」
そんな俺たちの所に、イザナミの声がした。
決闘には加わらないが、イザナミも機動騎士を駆って、俺たちの決闘の様子を観戦に来ていた。
その声を聴いて、早速カイがイザナミに機動騎士の手を振る。
「イザナミ、俺はこの澄ましたいけ好かない野郎をボコボコにしてみせる!」
「……」
カイは固く誓うが、イザナミは無言。
なぜか俺は、イザナミの機体から目に見えない殺気が、うっすらと立ち上っているのを感じた。
双子でいつもいるからと言うのもあるが、イザナミと剣や機動騎士の訓練をしていることもあって、そういうものを感じ取ることができてしまった。
「イザナミ、頼むから暴れないでくれ。これ以上乱暴したら、カイが可哀そうだ」
「はーい」
俺が抑えておかないと、イザナミがさらに腕力に訴えただろう。
これはどこまでも行っても、イザナミを巡る戦いでなく、カイを守るための戦いなのだ。
「イザナギ様、ファイトー」
「ケチョンケチョンにしてやってください」
「子供相手にやりすぎちゃダメですよ。イザナギ様も子供だけど」
ところで、俺たちの決闘を見守るのはイザナギだけではない。
女性のみのパイロットで構成された、機動騎士のシュラ隊。
彼女たちも機体を駆って、俺たちの決闘の見物に来ていた。
「な、なんで女の声ばかり!イザナミという女の子がいるのに、イザナギお前は最低な野郎だな」
「カイ、変な誤解はやめてくれ。彼女たちは俺の護衛だぞ」
「うるさい、貴様は貴族の身分を使って、女の子ばかり侍らせてやがるんだな。絶対に俺が倒す。お前を倒して、俺の方が強って、この場の女の子全員に認めてもらうんだ!」
「……」
こいつ、確かイザナミを賭けて戦うんだったよな?
今のセリフ聞くと、方向性がだんだんブレてきていないか。
「お前を倒して、俺は女の子にモテる!」
多分、これがカイの本音なのだろう。
イザナミだけでなく、沢山の女の子にモテたいのだろう。
……
ただのませガキだな。
「イザナギの兄貴、姐さんにすり寄ろうとするガキをボコボコにしてやってくだせえ」
「手加減なんてする必要はないですぜ」
「ヒャッハーしちゃいやしょう。ヒャッハー」
……
あと、イザナミが手下にした海賊たちも、機動騎士を駆って応援に来ていた。
ただ元が堅気の人間でないので、応援の仕方がおかしい。
彼らの乗る機動騎士も、無駄に厳つい装甲が施されていて、トゲトゲの角が肩や関節部分についていて、威圧感満載だった。
「か、海賊の機動騎士!」
「いや、あれは一応イザナミの部下……手下だから」
カイが誤解……とも言い切れないが、とりあえず彼らは”元海賊”なので、一応擁護しておいた。
「ク、クソウ、俺はお前なんかに絶対負けない。海賊を手駒にしている悪党のイザナギを、絶対にぶっ倒す!」
「だから、あれは俺でなくイザナミの手下だ!」
カイ、頼むから都合の悪いことを全部俺のせいにするな。
いい加減、こいつの相手をするのが面倒臭くなってきた。
「ところでご両人、そろそろ決闘に入らせてもらいたいが、準備はいいかね」
外野からの声援がいろいろあったが、決闘の審判から、俺とカイに声がかかった。
さて、ここからは頭を切り替えて、カイとの決闘だ。




