ウェルカム・ゲート
中東某国。
米国は平和を維持するとの名目で、この地に基地を構えている。
しかし、外国の武装勢力が自分たちの国に存在する事を良ししない勢力も当然居る。
そんなテロリストグループから、基地のゲートを守る兵士たちがいた。
某都市の近郊にある基地では、日課のパトロールに出掛ける為に皆が慌ただしく動き回っていた。
そんな強い日差しと埃を含んだ風の合間を縫うように車が進んでいく。
基地では朝の交代が済んだという頃合いだ。
監視塔に居る兵士は、遠くから真っ直ぐに基地に向かってくる砂埃に気がついた。
警備兵が双眼鏡で除くと白色の車が近づいてくるのを確認していた。
「あれは日本車だな……」
「良く知ってるな」
相方の兵士が尋ねた。
「ああ、女房が燃費が良いからと言って購入したばかりなんだ……」
「へぇ……」
「乗ってるのは男が一人。 後部座席には荷物が満載……」
「テロリストグループの自爆テロ用の自動車爆弾じゃないか?」
「ああ、それっぽいな……」
監視兵は男が片手で運転しているのを見ていた。
自動車爆弾の運転手は片手にディススイッチを持たされるので片手運転になるのだ。
ディススイッチとは、押し込んだスイッチが押し戻される時に、通電が切れ起爆電源が入るタイプのスイッチの事だ。生きている間はスイッチを押しっぱなしに出来るが、死ぬと力が抜けてスイッチが押し戻されるのでディススイッチと呼ばれているのだ。
『テロリストによる自爆攻撃の可能性大っ!』
監視員は基地のスピーカーで警告放送をした。
基地ゲートは緊張感に包まれる。ゲート付近の兵士たちは臨戦態勢に入った。
『そこの車は停車して検査を受けなさい……』
車は聞こえているはずの警告を無視したまま進んでくる。減速すらしないのだ。
兵士たちは爆破壁の影に隠れたり、掩蔽壕の中に潜んだりしていた。
『止まれっ! 銃撃するぞっ!』
だが、車は無視して走り込んで来た。
監視塔から銃弾が車の前の道路を抉っていった。警告射撃だ。それでも怯まずに進んでくる。
すると子供が飛び出て来た。銃撃に驚いたのかもしれない。
「あっ、危ないっ!」
その時、一人の兵士が子供を助ける為に掩蔽壕から飛び出していった。
「やめろっ! 放って置くんだっ!」
「戻れっ!」
仲間たちが口々に叫んでいた。その間も車は向かってきていた。
兵士は子供を抱き上げて掩蔽壕の中に逃げ込もうとするが転んでしまった。
慌てて起き上がるのと車が突入してくるのが一緒だった。
しかし、基地への侵入の前に、車は兵士の前で急停車した。
「!」
「?」
急な展開に、兵士も運転手も驚きの表情で見つめ合ってしまった。
運転手も焦ったしまったらしい。自分の足元と兵士の顔を交互に見ている。彼にも何故止まったのか理解出来ないらしい。
「?」
「!」
直ぐに気を取り直した運転手が盛んにアクセルを踏んでいる。車の唸る音が響き渡っていた。
しかし、車は一向に前に進まない。そのことに焦れたのか、運転手は銃を取り出して構えた。
兵士は運転手から目線が外れたタイミングで、子供を抱えたまま掩蔽壕の中に飛び込んでいった。
運転手は銃を撃ったが動揺してるので当たらないでいる。
「!!!!!!!!!!」
そして、それが合図だったかのよう車を取り囲んでいた銃口の口火は切られた。四方から車に向かって銃弾が降り注ぐ。
緊張状態から解き放たれた兵士たちは夢中になって引き金を引き続けた。
車には銃弾が雨あられと降り注ぎテロリストは絶命した。しかし、車は爆発はしなかった。
自爆用のディススイッチを持っていたのだが、何故かスイッチ丸ごとテープでグルグル巻きにされていたのだ。
これではスイッチの意味をなさない。
遠隔用のスイッチも搭載していないようだった(自爆攻撃に失敗した時に遠隔装置で起爆させるのが手口だ)
「まあ、素人が色々と頑張りましたって感じだな……」
兵士たちは良く知られているテロリストグループでは無く、新興のテロリストグループが実行しようとしたのだろうと結論付けた。
車は爆破処理される為に安全な場所に運ばれていった。
建設機材のユンボを使って車がスッポリと入る穴が掘られた。中で爆破して安全に処理する為だ。
後は穴を埋め戻して終わりの簡易処理だった。
昼食の時間となり兵士たちが三々五々集まってきていた。緊張を強いられる戦場に置いては唯一の穏やかな時間だ。
兵士たちは思い思いの机に座って日常的な無駄話を楽しむものだ。
今日の話題は、朝方に起きた自動車爆弾の事だ。
「あの車は何で基地の中に突っ込んで来なかったんだろうな……」
「ああ、急に停車してたよな」
「でも、もう少しでゲートの中に入れたんだぜ?」
「不思議なテロリストだったな」
実際にゲートの中で自爆されたらかなり厄介な事になっていただろう。
基地の中の設備はほとんどが耐爆性能皆無なプレハブであるからだ。
他の基地やこの国の重要施設への自爆テロでは、入り口を突破した後に自爆しているからだ。
「……あの車は日本製だったろ?」
側でランチを食べていた兵士が急に喋りだした。名前はメイズナー。ミステリー小説が好きで暇な時間は読書に費やしている。
色々と推理を組み立てて答えを探すのが好きらしい。実際、探索などをやらせると高確率で見つけ出すのだ。
その為なのか彼の所属する小隊では『探偵』と呼ばれていた。
「おっ、名探偵の名推理が聞けるのか?」
一人の兵士がそう言って茶化した。彼もメイズナーの事は知っているらしい。
「え? ああ…… そういえば……」
「それがどうした?」
「……」
他のみんなは食事の手を止めてメイズナーの続きを待った。彼らも不思議に思っていたのだ。
「名推理って程でも無いけど…… 自動車の前に居た兵士に反応して停車したんだと思うよ」
メイズナーが口から出て来たのは意味不明な答えだった。
「え?」
「……」
「でも、エンジンが唸っていたからアクセルは踏んでいたんじゃないか?」
「ああ、そういえばそうだったな……」
皆、不思議そうな顔をしている。
メイズナーは車が自分で止まったのだと言っているからだ。
「あっ! 緊急自動停止装置かっ!」
一人の兵士が叫んだ。他の兵士たちは虚を突かれた顔をしている。
「おおっ!」
だが、直ぐに何なのかを思い出したようだ。なんでも日本の最新の車には装備されている装置らしい。
「装置の切り忘れか盗難車なので知らなかったんだろ……」
メイズナーは自分の食事を口に運ぶ合間に皆に聞かせた。
「まあ、ちゃんと動作するんもんだな。 クックックッ……」
食事を終えたメイズナーは、そう言って愉快そうに笑いながら立ち去っていった。