3話 自観星
「あ、そういえば時間…。大丈夫?」
僕が言うと思い出したように光莉が言う。
「しまった!急がなきゃ!
電車の時間が無くなっちゃう!」
光莉は抱擁を解き
優しく手を引いて早歩きで歩き出す。
出口が見える、
外なんて何年、いや十数年ぶりだろうか、
そもそもこんなに普通に身体を
動かせてることすらいまも変な感じがする。
青い病院を抜け出し
窓からずっと見てきた景色が
違う角度から見えている、
月はさっきから雲から出たり消えたりを
繰り返してる。
「電車の時間って、
新幹線みたく乗り過ごしちゃ
ダメなんじゃないの?
天井電車ってやつはわからないけど…。」
「新幹線みたいなもんじゃないよ
普通の電車と同じ。
切符はほら、悠人が買っといてくれたの、
失くすから持っといてって言われて、
私が預かってたの。」
そう言うと光莉は切符を取り出す。
そこには星見線、
鯨波展望台行きと書いてある。
「くじらなみ展望台…?展望台に行くの?」
「げいは展望台って読むの、
電車からの景色だけでも十分って
悠人が言ってたんだけど、
私がどうしても2人の星を見たくて、
悠人を説得したの、
最初は乗り気じゃなかったから、
プレゼンするの大変だったんだから。」
そうだったんだ。
なんで乗り気じゃなかったんだろ、
展望台なら好きなくらいなのに。
何か理由でもあったのかな。
「その、2人の星ってのはどんなものなの?」
「2人の星はね、15歳の時かな
私と悠人が出会って付き合い始めて
半年くらい経った頃にね。
悠人が記念の自観星を打ち上げたいって言って、
お互いお金があんまり持ってなかったから
2人とも5等星の星しか買えなくて、
その時も大変だったんだよ?
私が6等星でいいんじゃないって言っても
悠人がそこは妥協したくないって、
最悪でも5等星じゃないと嫌ってきかなくて。」
不思議な気分だ、
その時のことを全く思い出せないのに
まるで自分の気持ちがとってわかるみたいだ。
本当に自分がこの人と生きてきたんだな、
そして自分の知らない自分が生きてるようで
本当に不思議な気分だ。
「それで同じ方向、
隣の位置に星を打ち上げたの、
その時、お店の人には
そもそも隣に居れるかもわからないし、
バラバラの位置に行くかもしれないって、
もしかしたらぶつかってひとつになるか
どっちも消えちゃうかもって言われたけど、
そこは2人とも同じ意見で、
悠人なんかひとつなれるなら本望って言って
恥ずかしかったけど、ちょっと嬉しかった。」
「なるほど…」
そこまで聞いて何故自分が
2人の星を見に行くことを
乗り気じゃなかったのかよくわかった。
多分きっと、2人の星の結末を
見るのが怖かったんだなと思った。
もしも消えて無くなってたら、
バラバラの位置にあったりしたら、
僕たちの関係まで終わってしまいそうで、
きっとそんなことを考えたのだろう。
気づいたら歩調が少しゆっくりになっていた
光莉が少し急かす、
「もう!約束の時間より30分しか
早くないじゃん!急がないと
1人で行っちゃうよ?
いまのこと何にもわからないのに!」
光莉は手を放して3歩くらい先を
小走りで行く。
「ちょっと、追いつけないから!
って、いま約束より早く行動してたのかよ!
聞き捨てならないぞ!」
「悠人が全部忘れちゃってるんじゃーん、
それに、本当は約束の1時間前に行動始める
予定だったんだから大遅刻!」
「何だよそれ、超理論だな…。」
すると光莉の顔が驚きと不安で陰る、
「えっ、その口癖…。思い出したの?
やっぱり出来すぎた演技…?」
突然暗くなる光莉に動揺してしまう、
「いや…?これも俺の癖だったのか…。
混乱させてごめん…。」
「なんか変な感じ…。記憶失くしてるはずなのに話しだすといつも通りみたいで。」
「僕も変だよ、はじめましてなはずの人に
もう心許してて、こんな…、
記憶にない自分が沢山居ることが。」
しばらく沈黙が続いた、
不思議と苦しくはない、
そして光莉が沈黙を破った。
「思い出してないのは残念だけど、
思い出してなくても悠人も悠人なんだなぁ、
ちょっと嬉しい。」
光莉は目を細めて笑った。
心なしか震えてた気がした声に
どこか守らなきゃいけないって気持ちがした
「さっきから立ち止まってばっかりだね、
早く行かないと予定通りになっちゃう。」
「それが普通なんだけどな…。」
笑いあいながら、手を繋いで歩き出した。
その手は2人とも意識せず、
指を絡めあっていた。




