10話 空の天井
「座ろうか。鯨波展望台行きってことは
終点までってことだろうから先は長いだろうし」
「そうだね。流星群と天の川が綺麗に見えるタイミングまで
もう少し時間あるみたいだし。」
「そうなのか…。
そのタイミングっていつくらい?」
光莉はバッグから小さなメモ帳を取りだして確かめる。
「この電車が天井を超えて5分後くらい…。
出発して大体30分くらいだから…、
えーっと…。」
…天井?
「光莉、ちょっと待って、
天井?天井ってどういう事?」
「え?、天井ってそりゃあ、あの天井だよ?」
光莉が空を指差す。
「空?に天井があるって、詩人的な…?」
「違うよ、どうして急にボケて…。」
そこで光莉はハッとしたように言葉を止めた。
「ごめん、記憶喪失だったんだね、
悠人が思い出してきたから忘れちゃってた。」
光莉が話を続ける
「天井のこと、どうやって説明すればいいかなぁ…。
難しいなぁ…。うーん…。」
光莉が珍しく考え込んでいる
そんなに難しいことなのだろうか。
しばらくして光莉が話し出す。
「ざっくりまとまったから話すね。
いま、この世界には空、というか
かなり高いところに天井があるの。
これも旧人類の人たちの産物。
基本的には太陽の光も通すし、
無色透明で天井があるって言ったって
誰も信じないくらい何も影響もない。
この天井が効果を示すのは、
災害レベルの悪天候や台風、竜巻が起こった時、
旧人類の人たちが人為的にその災害を
食い止めるために使われるの、
みんなはそれを天井の力って呼んでる。
つまり、有事以外の時の空の天井は
さっき見た天井電車の見えないレールと同じ、
必要な時以外は存在していない、」
「なるほど…。何となくわかった気がする。」
ここで疑問が湧いた。
「でもなんで天井の力が必要なほどの
悪天候な訳じゃなかったのに
あんなに月明かりの天気だったんだ?」
「私もわからないけど…」
「けど?」
「いま思えばむしろあの眩しすぎるくらいの月明かりが
天井の力だったんじゃないかな…と思って。」
「どうしてまた急に?」
「実は私たちみたいな一般の人たちは
天井の力がどんな風にどんな形で行使されているか
知らされてないから何もわかってないの。
だから全てあくまで予想しか出来ない。」
「なるほど…。」
「てか、そもそもおかしいことに気付かない?
あんなに眩しいくらい綺麗な月明かりの中で
天の川が見えるはずない。
悠人が教えてくれたんじゃん、
天の川は新月の時が1番綺麗に見れるって。」
「確かに…、そうだった…。」
この状況に精一杯だったのかもしれない。
我ながらちょっと情けない。
「つまり、この天井の上の空は新月ってこと?」
「きっとね、まだ見てないから絶対とは言えないけど!」
「素直じゃないなぁ、まぁでも大丈夫、
記憶なくす前の俺が言ってるんだから、間違いない!」
「ふふっ、何それ、変なの。」
光莉のツボに入ったらしく
声を殺して小さく笑い続けている。
「えー?そんな変なこと言った?
全然自覚ないんだけど…。」
「そう言えば、さっきの話遮っちゃってたね、ごめん、
流星群と天の川がよく見えるタイミングが
いつだっけ?」
「この電車が天井を超えて5分後くらいだから…。
出発して大体30分くらい…。つまり、」
光莉が腕時計を見る。
「もう…10分くらい?」
「……まじ?もうそんなに話してた?」
「私たちの話が私たちの知らない間に
エスカレートしてくのはいつものことだけど、
今日は色々ありすぎて止まらなくなってきてるよね…。」
「それだけ話したいことあるのは、なんか嬉しい、
喧嘩にならないように気をつければ大丈夫だよ、
やっぱり喧嘩は良くない、
理解合うためには大事だと思ってたけど、
だからと言っても喧嘩は極力避けていくべきだと
最近思ったよ。」
生前のことを少し思い出しながら言う、
いや、言ってしまった、ダメだとわかっていながら。
恐らくこの世界の自分が付き合っているであろう人に。
光莉は少し黙ったまま、少し下を見つめている、
心なしか、その目は潤んでいる気がする。
「そうだよね、喧嘩はしないに越したことはない。
私もそう思うよ。
どうしてもお互いが譲り合えない何かがあった時に
喧嘩、と言うか、話し合いが出来たらいいな。」
「変な話してごめんね、こんな時に。」
「いいよ、悠人が思ってること聞けて嬉しい。
もしかしたら記憶がある時には
聞けなかった気持ちかもしれないから」
光莉は座ったまま少し強めに僕の方がに寄った。
僕ら少し黙ったまま、
疑いのないはずのお互いの気持ちを
確かめ合っていた。
×××××××××××××××
しばらくするとアナウンスが流れた。
(間も無く空の天井を抜けます、
電車が揺れることがあります。
座るか近くのものにお掴まりください。)
「もうすぐだ!悠人!」
「ついにだね、ちょっとドキドキしてきた…。」
光莉が僕の手を取る、
僕はそれに応じて指を絡めて手を繋ぐ。
すると間も無く、
電車が大きく揺れ始めた。




