TS娘の朝は早い。
TS娘の朝は早い。
鶏の声で目を覚まし、眠い目をこすりながら上半身を起こす。大きく伸びをし、深く息をはく。そうやって心を落ち着かせた後、ゆっくり自分の胸を見下ろすのである。
当然のようにその向こう側が見えることはなく、出るのは諦めのため息。そうそう戻れるものじゃないと頭ではわかっていても、やはり心の中では期待せずにはいられないのだろう。
ある朝、目が覚めたらなぜか女になっていたのだ。ある日、目が覚めたら元に戻っていることがあるかも知れない。あって欲しい。少なくともTS娘だけはそう思っている。
ぱちんと軽く頬を叩いてTS娘はベッドから飛び降りる。その際、胸の重しがぷるんと揺れるが、残念ながらもう慣れた。最初こそバランスを崩しそうになっていたが、それに慣れるだけの日数が経ってしまった。
TS娘はそんな感慨にふけることもなく、おもむろに寝間着を脱ぎ出す。そして母からお下がりとして貰ったスエットスーツに袖を通すと、日課のランニングへと出かける。
美容のため、ではない。以前からの日課だったというのもあるが、少しでも身体に慣れるため、そういう理由でウォーキングから始めた。
結果、リズムに乗ると存外楽になることに気づいた今ではランニングと言って問題ないぐらいのスピードで走れるようになった。時間さえあれば以前と同じ距離を走るのもそう難しくない。
戻り道、神社に立ち寄り、相も変わらず懐いてくれている近所の犬と戯れてから帰路につく。ちなみに飼い主の方は気づいていないようで、どこかよそよそしい態度に変わってしまったのは仕方ないだろう。
家に着いたTS娘は汗を流すため、着替えに手を伸ばす。
もちろん下着も用意するのだが、当然の様にボクサーパンツを取ろうとしたが、ふとあることを思いだしその手を止める。
そう言えば今日は体育の授業がある。ボクサーパンツをはいているとバレたら、クラスの半数(なお残りの半数は見る機会も見せるつもりもない)からお叱りを受けるのが明白だ。
はぁ、とため息をついてブラとは色違いのショーツを選ぶ。
そして、揃えてないことを女子に叱られ、「彼氏に見せるための下着」という難題を出される未来をこの時のTS娘が思いつくことはなかった。
さっとシャワーを浴び、汗を流す。時間をかける余裕と勇気はない。
TS娘はウブなのである。体育の着替え中も女子全員が着替え終わるまで目隠しをするぐらいウブなのである。
身体をイジるなんてもってのほか、今はまだ自分の裸を見るだけでものぼせ上がってしまう。その程度のレベルである。
極力意識しないようシャワーを終わらせたTS娘は大きめのバスタオルで身体を隠し、ランニングの時間が短くなった原因でもある髪を乾かす作業へ入る。
髪を切ればそれだけ早く乾かせられるのでは、とTS娘は思うのだが、周囲が、特に女性陣がそれを許さない。曰く「それを切るなんてもったいない!」だそうだ。
実際、TS娘の髪はきめ細かく艶があり、癖がない。大和撫子の象徴ともいえそうなその髪質を維持したまま、今の長さにまで延ばすのにかかる時間を考えれば納得できなくもない。
とはいえ、TS娘はまだよく分かっていない。無駄に文句を言われる趣味もないので、仕方なく女性陣に教え込まれたやり方で、髪を痛めないように気をつけつつ髪を乾かしているだけだ。
そうして、着替えて朝食をとる余裕を残し、どうにか髪が乾いた。まだしっとりしている気もするがこれぐらいなら自然に乾くだろう。
身体に巻き付けたバスタオルを解くとショーツをはき、ブラをはめる。背中のホックが難なく留められるぐらい身体が柔らかくなったのは、果たしてTS娘にとって喜ぶべきことか悲しむべきことか。あまり意識していない様なのでどちらでもないが正解かも知れない。
母親から譲り受けたYシャツのボタンを締め、スカートをはく。TS娘的にはズボンの方がいいのだが、それは女性陣の過大なる反対により、また、それまでの学生ズボンが変化した体型では合わなくなった為、渋々ながらもスカートをはくしかなくなったのである。
逆に上着に関してはTS娘のサイズに合うセーラー服がすぐに用意できなかった為、Yシャツに学ランという体である。言うまでもなく学ランの前も閉じられないのだが、完全な私服よりはマシであり、身体にあった制服が届くまでの期間だけということで特例が出されている。
着替えの終わったTS娘はダイニングへ向かう。今日の朝食は和食である。白米、味噌汁、焼き魚。それらを時間を気にしつつもゆっくりしっかり噛みながら綺麗に平らげる。「最近食が細くなった」とTS娘はのたまうが、お茶碗2杯食べたその口でいったい何を言っているのやらである。
摂取した栄養がいったい何処へ行くのやら、TS娘を見たことがある人間が十中八九行き着く答えがあるが、それが真実かどうかはご想像にお任せする。
食後にお茶を一杯いただき、一服つくと丁度いい時間である。元気よく玄関を出たTS娘は、学校への道を歩み始める。
「いってきま~す」