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9/18

2周目 1

彼女が願った事

 


 ―――――――――――――――――!!!!




 物凄い冷や汗と動悸で目覚めた。

 自分は確かに殺された思ったのだが、周囲は闇である。


 ぜー。ぜー。ぜー。

 自分の呼吸音が煩い。

 少し落ち着いてくると、周りの気配が感じ取れた。

 誰かが、近くで何人も寝てる気配がする。

 ここは・・・牢獄?

 今まで長い夢でも見ていたのだろうか?

 それにしては、ベッドは質素だけれども温かいものだけれども・・・・


「ラヴィ―シャ?寝れないの?」

 その時、とても懐かしい声がした。


 今まで会いたくて会いたくて、とても会いたくて。

 どんなに探しても見つからなかった。

 もう会えないとずっと思ってた


「ラヴィ―シャ?大丈夫?」


 大好きなお母さんの声。


 闇に目が慣れてきてもほとんど見えなかったけれど、今まで全然思い出せなかった、お母さんの輪郭や匂いが感じ取れた。


「おか・・・」


 声にならなかった。

 なんでどうして?

 とても混乱したけれど、同時に胸に郷愁や色々なものが押し寄せてくる。


 ああ、お母さんはこんな声だった。

 私によく「大丈夫?」って困ってるといつの間にか側にいてくれた。

 夜中に怖い夢を見て泣いてしまった時も優しく抱きしめてくれた。

 あれから二度と会えなかったおかあさん。

 あまりに遠すぎて思い出す事すらできなくなって。

 でも、会いたくて会いたくて仕方なかったおかあさん。


「おかあさん・・・」


 本当に会いたかったの。今までどこにいたの?

 助けてあげられなくてごめんなさい。

 おかあさん。


「おか・・・あさん」

 パタパタと、毛布に涙が落ちた音がする。


「あらあら、どうしたの?怖い夢でもみたのね?大丈夫よ。」

 と、お母さんは優しく微笑んでくれた気配がした。


 私は、きっとあの時死んだのだろう。

 天国にいって、お母さんの元に生まれなおしたのだったら。

 こんな幸せなことはないと・・・そう思った。

 あんな罪深い事をしたのに、お母さんに会わせてもらえるなんて。


 おかあさんは、私を抱きしめてくれ、私は幼い子供みたいにわんわん泣いて、そして眠ってしまった。





 ――――そして、目が覚めた。


「おはよう。ラヴィ。もう大丈夫?」

 目が覚めてもお母さんがいた。

 顔なんか全然覚えてなかったけど、美人でお母さんのにおいで、おかあさんの気配がする、私の知ってる『おかあさん』のままだ。

 絶句をし、辺りを見回すと、懐かしい町のあの小さな我が家―――――。


 これは・・・?


「ラヴィ。だいじょうぶ?」

 声の方を向くと、10歳くらいだろうか・・・昔よく見た小さいお兄ちゃんがいた。

 お兄ちゃん・・・・お兄ちゃん。とっても会いたかったの。

 お兄ちゃんのこと、尊敬してて、とても誇りに思ってたけど。

 とても、とても。

 いつも、とても会いたかった。

 学園で、あの娼館で、死ぬときも、一番会いたかった。お兄ちゃん。

 いつも、私を守ってくれた私のただ一人の、最後の私の味方。


 再びうわーんと思わず泣き出してしまって。

 小さいお兄ちゃんはとても焦っていた。


 お母さんは「あらあら」と笑いながら朝ごはんの支度が終わったのか、赤ちゃんにミルクをあげていた。


 懐かしいおうち。

 懐かしい気配。

 懐かしいおかあさん。

 懐かしいお兄ちゃん。

 小さな小さなゼノ。

 お父さんの姿は見えないけれど、この明るい時間帯だと仕事に行ってるのかもしれない。


 自分の手をじっとみる。

 小さな葉っぱの様な手だった。


 泣き止んだ私に安心したのだろう。お兄ちゃんがご飯を食べようとベッドから連れだしてくれた。

 懐かしい、高すぎるテーブルに、備え付け椅子に一生懸命登り、お母さんの用意してくれたパン粥を食べる。


 ――――美味しくない。


 今までの贅沢になれた舌では、とても美味しいとは思えなかった。

 でも、とてもとても懐かしい。

 とてもやさしい。

 どんな美味しいご飯より、今までで一番食べたかったご飯はこれだったと、やっと気づいた。


 また、食べながら泣いてしまった。

 お母さんは「あらあら、今日のラヴィーシャはとても泣き虫ね。」と笑っていた。

 お兄ちゃんは何で泣いてるの!?ってとても焦っていた。


 ご飯を食べ終わり、お兄ちゃんにお願いをして庭の前に出してもらった。

 懐かしい町並み。

 隣のおばさんの笑い声。

 ずっと放置してあった向かいの木材。

 取れかけの、はす向かいの屋根。

 どれもこれも、今まで忘れてしまっていたけれど、かつてあの場所で私が見たものそのままだった。


 これは、天国なのだろうか?

 それとも・・・・かつて私が見たあの場所と同じなのだろうか?

 エーーーーーン・・・と、ゼノの泣き声が聞こえた。

 ゼノ。今のゼノはまだ1歳になるくらい。


 だとすれば、私は3歳くらい?


 お兄ちゃんは9歳といったところだろうか・・・。


 神様――――――。


 これは、もしかして。


「どうする?ラヴィ。気分転換に森にベリーでも探しに行く?僕もついていってあげるよ。」

 優しいお兄ちゃんが提案してくれる。

 3歳くらいの頃なんてほとんど森のベリー狩りは連れてってもらえなくて、よく我儘いって泣いていたのに。

 今日の私がものすごく泣いたから、お兄ちゃんは特別に連れてってくれると言ってるのだろう。

 お兄ちゃんはいつでも、本当に私に優しかった。


「ううん。いい。」


 ベリーは美味しいけれど、お兄ちゃんの温もりがとても愛おしくて。

 また泣きべそをかきながらお兄ちゃんの脚にしがみついたら、笑われてしまった。


「今日のラヴィはとても泣き虫だね。」


 お兄ちゃんに泣き虫と言われたら、よく怒っていた事を思い出す。

「うん。」

 素直に頷くと、お兄ちゃんはびっくりした様だった。

「大丈夫?」

 心配そうに聞いてくれる。

 大好きなお兄ちゃん。

 本当に大好きだったの。ゼノも、お母さんも。全部。

 コクリ、と頷いてお兄ちゃんが死ぬまでに言えなかった、大事なことを思い出した。


「お兄ちゃん。いつも助けてくれてありがとう。大好き。」


 私がそう言うと、お兄ちゃんは花の様にとっても素敵に笑ってくれた。

 その笑顔がとてもとても愛おしい。また少し泣いてしまった。

 お兄ちゃんは優しく頭をなでてくれる。

 さらさらとこぼれる髪に優しい指先に体温が気持ちいい。

 ”前のお兄ちゃん”は、私も王都も守って守って。いつも守って、そしていなくなってしまった。

 本当にかっこいい私の大好きなお兄ちゃん。

 お兄ちゃんは死んでしまったけれど、私のヒーローでした。




 ―――――今度は私が、全部守る番だ。




 ※

 まず、必死に過去の出来事を思い出すことにした。

 曖昧なところが多いけれど、多分ゼノが3歳になる前くらいにお父さんが失業した。

 それでとても荒れて家がおかしくなったのだ。

 ならば、失業させないか、お父さんを置いて一旦避難するしかない。

 でも、どこに避難すればいいのだろう?

 と思った時に、私はおかあさんの事を全然知らないことに気づいた。


「お母さんは、どうしてお父さんと結婚したの?」

 夕飯の時にお母さんに聞いてみた。

 仕事から戻ったお父さんがシチューを吹いた。

 汚い。

 お兄ちゃんは目を丸くしていた。

 お母さんはびっくりしてた。

「あらあら、ラヴィーシャはおませさんね。」

「ガキが色気づきやがって!」

「お父さんには聞いてないもん。」

「この・・?!」

 お父さんが怒ってしまう。が、すかさずお母さんが

「あなた。」と窘めてくれる。

 うぐぅ・・・とお父さんは黙ってしまう。

 意外だ。お父さんはお母さんに頭が上がらないようだ。


「そうねぇ~・・・お母さんは鍛冶ギルドでね、受付で働いていたの。お父さんは当時まだ見習いでね、毎日ギルドによく来てたわぁ。」

 へぇーーーっとお兄ちゃんも知らないかったのか感心した声を上げる。

 お父さんは不貞腐れてお酒を飲み始めた。でも耳がちょっと赤い。

「当時ね、お母さん無理やり実家の取引先の男の人と結婚させられそうで困ってたの。そしたらね、お父さんが急に俺と結婚すればいいって言ってくれてね。」

 ほえぇえ・・・・・そんなことがあったのかぁ・・・・と口が半開きになってしまう。

 お父さんはうるせぇ!と怒鳴るが耳がさっきよりも赤かった。

「意味が分からなかったの。突然すぎて。でもね、その時、お父さんの手が震えていてね・・・。」

 わるかったな!とお父さんが悪態をつく。

「でも、とても嬉しかったの。ほとんど喋ったことない私に話しかけるのはとても勇気が必要だったと思うの。でも困ってた私を見て、一足飛びで結婚していいって言ってくれたの。」

 私は今まで困るばかりで、自分では何もしてこなかったって気づいたのよ。とお母さんが優しく語りかけてくる。

 でも、おかあさんは私に言ってるけれども、お父さんに伝えているのだろう、そう感じた。


「お父さんに勇気をもらったのよ。その時初めて好きになったのよ。だから今日まで頑張ってこれたの。」


 お父さんを見た。

 お父さんはなぜか泣いてた。

 お兄ちゃんも怪訝な顔をしていた。お母さんはフフフと嬉しそうに笑っていた。


 知らなかった、お父さんとお母さんの事。

 お母さんに愛されてると知って、泣いたお父さん。

 お父さんは、ただの飲んだくれじゃなくて、おかあさんとの間に何かがあって飲んだくれになったのかも。そう思った。



 私が見えていなかったものが、まだまだ沢山たくさんある。



 ※

 その日は詳しく聞けなかったので、お父さんが仕事に行ってる間にお母さんの手伝いをしながらちょこちょこ情報を集めることにした。

 おかあさんは商家の妾さんの娘で、おかあさんのお母さんも早くに亡くなり家の中で立場が悪かったんだって。

 お父さんが失業してお母さんの実家に逃げられないかなぁって思ったんだけど、お妾さんの子なら実家でも針のむしろかもしれない。それでも、お母さんは実のお父さんとは仲が良かったんだって。でも、結婚をごり押しして飛び出してしまったから帰りづらいんだって。


 知らなかった。


 お兄ちゃんが亡くなって、自分は誰一人血縁者はいなくて、ずっと独りだと思ってた。家族は全員亡くなったって。

 でも、お爺さんはいたんだ。思い込みって怖い。お母さんは異母兄弟たちに虐められたそうなので、そちらは全然興味なかったけど、実のお爺ちゃんには会いたいと思ってしまった。

 

 お爺ちゃんの名前はセルジュ=エークシト。


 お母さんと逃げる時におじいちゃんが協力してくれる可能性もあるので、なんとか顔つなぎができないか頑張ってみることにした。

 お爺ちゃんのお店は王都にある「レガリア」という魔道雑貨のお店らしい。

 何店舗もあるけれど、そこが初めてのお店で、半分引退気味のお爺ちゃんは時間があるとその店にいるんだって。


 さて、どうやって行こうかと考えたけれど、たった3歳児で王都から大人の脚で半日離れているところに私一人が行く方法何て思いつかなかった。

 そう思ってたらチャンスが巡ってきた。お父さんが王都に納品に行くのだという。


「行きたい!」

「ダメだ!」

 間髪を入れずお父さんに断られる。

 まぁ仕事に3歳児を連れて行く人はまずいないよね。

 でも、諦められず何とか食いつく。


「お父さんはそうやっていつも隠してばかり!たまにはお父さんのかっこいい所を見てみたい!」

 そう宣言すると、お父さんは顔を真っ赤にして口をパクパクさせる。

 知らなかった、お父さん。

 いつも怖いイメージか、飲んだくれのイメージしかなかったけれど、こんなに不器用な人だったのか。

 不器用だから仕事も上手くいかなかったのかもしれないけれども。

 固まったお父さんをしり目に、お兄ちゃんがコソコソっと話しかけてくる。


「(どうして、王都に行きたいの?)」

 王都に行きたいなんて今まで一言もいった事のない私の事を不思議に思ったのだろう。

 お兄ちゃんが聞いてくれる。お兄ちゃんはいつも優しい。


「(お爺ちゃんに会いたい。お母さんと仲直りしてほしいの。)」

 そう答えると、お兄ちゃんは初めビックリしている様だった。


「(これは凄く時間がかかることだよ。きっと何回も行くことになる。根気よくがんばれる?)」

「(頑張れる。お母さんに笑ってほしい。)」

 そう私が答えると、お兄ちゃんは嬉しそうに笑ってくれる。

 お兄ちゃんはお兄ちゃんでお母さんに対して思う所があるのかもしれない。


「父さん、ラヴィ-シャは僕が面倒見ますから、お願いします。一緒に連れて行ってください。納品用の馬車で大人しくしますから。」

 そう、一緒にお願いしてくれる。


「そうはいってもな、お前はしっかりしてるとはいえ、まだ9歳だし王都は悪い奴が多いんだ。特にラヴィ-シャなんかこんな田舎でも攫われようとするんだぞ。王都なんて人攫いが跋扈している所に連れて行けるか!」


 そう答えるお父さん。お父さんはお父さんで私の事をちゃんと考えてくれていたのか。

 そういえば、私が攫われそうになった時、監禁されたとき、一番怒って手が付けられなかったのは何時でもお父さんだった。

 お父さんはお父さんなりに私を愛してくれていたのか。・・・飲んだくれたけど。


 でも、私はもう普通の3歳児じゃない。

 お父さんもおかあさんもゼノもお兄ちゃんもいなくなって、酸いも甘いも経験して15歳まで行ったスーパー3歳児である。

「大丈夫!」

「へっ!?」

 お兄ちゃんから服を借り、あえて泥を塗ったりなど小汚い格好をする。そして鋏で長かった髪も切る。

 どうせこのままいけば、お父さんは失業し、おかあさんは売られ、お兄ちゃんがいなくなるので髪を切らねばならないのだ。切った髪は大事に保管して王都でかつら屋に売るつもりだ。子供の髪は細くて独特だし、お金持ちの貴族の子に高く売れるかもしれない。


「「あーーー!!!」」

 お小遣いが手に入ると、そうウキウキしてたが、お兄ちゃんとお父さんが二人して叫ぶ。


「お前!せっかくのお母さんに似た美人ぷりが!!・・・ばかか!女子供は家でかわいくしてりゃぁいいのに!ああもう!」

 半泣きで私の頭を撫でまわすお父さん。・・・こんなお父さん初めて見た。ていうか、こんなに触られたの初めて。


「ラヴィ思い切りが良すぎるよー・・・」

 お兄ちゃんも半泣きだ。ちょっと悪いことしたかな・・・?


「いいの!!!髪はまた伸びるの!変な人も寄ってこなくなるし、一石二鳥!」

「そういう事じゃねぇよ。」

「そういう問題じゃないよ。」

 お父さんとお兄ちゃんが同時にツッコんでくる。

 知らなかった、お兄ちゃんとお父さんてこんなに似てたんだ。

 思わず笑ってしまう。


「だからね、王都に連れてってください。お願いします。」

 そう、お父さんに頭を下げる。

 お父さんの事は嫌いだった。家族を守らなかったお父さん。

 今でもお父さんの気持ちは分からないけれど・・・。

 それでも、私やお母さんお兄ちゃんを愛してくれてるのが漸く分かった。

 もう、お父さんの飲んだくれる姿なんて見たくない。させたくない。


「そんなにか。」

「うん。」

「何を考えてる。」

「だいじなこと。」

「意味わからねぇよ。」

「おかあさんに、わらってほしい。」

 お父さんが一つ息をのむ。

 お父さんには言わないつもりだったけれど、今のお父さんになら言っても大丈夫かもしれない。

 見て見ぬふりをしてくれるかも。これは一つの賭けだけれども、

「おかあさん、幸せそうだけど時々少し寂しそう。」

 お父さんが思いつめない様に、逃げ道を用意してあげる。本当の事だしね。今はまだ。

「・・・アイツは無理やり嫁がされそうになったんだぞ。」

 低い声で唸るように声を紡ぐお父さん。お兄ちゃんはびくっとする。

 でも、私には分かる。お父さんの精いっぱいの虚勢だって。

 目が泳いで、イライラしていて、落ち着きがない。貴族と渡り合ってきた私をなめないでほしい。


「私は結婚しても、お父さんとお兄ちゃんと仲良くしたい。仲良くないのは嫌だよ。」

 結婚なんて早すぎる・・・!とお父さんとお兄ちゃんが唸る。

 バカだなぁ・・・。

「例えばのはなしでしょ!もー!」

 前の私にとって一番つらかったのは、家族に会えなかったことだ。

 例えあの人生で幸せに結婚していたとしても、いつもお母さんとお兄ちゃんとゼノを思い出したに違いない。そして幸せだと三人に詫びる気持ちになるのだ。今のお母さんもそうじゃないのかな・・・?


「幸せだから、余計に申し訳ないんじゃないの?」

 そう言うと、お父さんの顔が赤くなって口をパクパクさせる。

 お兄ちゃんはきょとんとしている。可愛い。


「大好きなお父さんだからこそ、言う通りにしたかったけど、そうできなくて申し訳ないのと、実際今幸せでお父さんに悪いって気持ちがあるんじゃないの?」

 今度こそお父さんは真っ赤になって完全停止をした。

 お父さんも意外と可愛かった。知らなかった。


 結局、お父さんはゴネたが、なんだかんだ言って王都に連れて行ってくれることになった。

 そして、お爺ちゃんの店の前まで送ってくれる。

 何か口の中でぐちぐちブチブチ言っていたけれど、「要件が終わっても危ないから、迎えに来るまでこの店の前から動くな」そう言って鍛冶ギルドに納品しに行った。


 店の前でどうしようか、とお兄ちゃんと話し合ってると、驚く程とんとん拍子に事が進んでしまった。

 まず、中からお爺ちゃんと思しき人が飛び出してきて、お兄ちゃんと私を見るなり号泣した。

 店の中にいれてもらい、話を聞いてみるとお爺ちゃんは私たちの事は知っていたんだって!


 でも、おかあさんと喧嘩別れしてしまった手前接触できず、義理の兄弟の事もあるので今まで遠慮してたけど、ずっとおかあさんに会いたかったんだって。

「おかあさんのこと、許してくれる~?」

 と子供あざとく私が聞くと、うん、うんと泣きながらうなずいていた。

 お兄ちゃんが若干引いていたのが面白かった。

 私は昔のお母さんに似てるんだって!ちょっとうれしい。

 お爺ちゃんはお兄ちゃんの事も可愛がってくれた。お爺ちゃんはなんと調査員を雇い、うちの家族の動向を定期的に聞いてきたらしい。お兄ちゃんがホントにいいお兄ちゃんで、自慢だと言っていた。

 お兄ちゃんもちょっと涙ぐんでいた。

 今まで知らなかったお爺ちゃんだけど、そこまで自慢に思ってくれてたなんてほんと嬉しいよね。

 そんなこんなで、お父さんが戻ってきて、店の前でうろうろしている所をお爺ちゃんに捕獲され、お父さんがお爺ちゃんに謝り倒したりなど、すったもんだあった挙句。

 おかあさんの誕生日にお爺ちゃんを招待しようという事になった。

 すぐにでもお爺ちゃんに会わせたかったけど、お爺ちゃんも商売の都合があるっていうしね。


 1か月後、おかあさんのお誕生日にサプライズでお爺ちゃんに来てもらった。

 隣のおばちゃんにお願いして、お爺ちゃんにそこで待機してもらう。

 まだサプライズもしていないのに、隣のおばちゃんが親孝行だと泣いていた。

 早すぎる!


 おかあさんには席についてもらい、みんなからプレゼントをあげる。

 私とおにいちゃんとゼノで詰みにいったベリーの実や椎の実をおかあさんにあげる。

 「あらあら、こんなにいっぱい大変だったでしょう。」

 と、おかあさんは優しく褒めてくれる。

 そして、お父さんからのプレゼントはお爺ちゃんなんだけど、お父さんがモゴモゴして動きが鈍い。きっと緊張してるんだと思うんだけど、しっかりして!?

 おかあさんはきっと勘違いをして

「あなた、慣れないことを無理なさらなくてよろしいですから。」

 と、困ったように笑っている。

 きっと、お父さんはプレゼントを用意しなかったか、恥ずかしくなったか、買っても無くしてしまってバツが悪くなったのだろうと思っているのだと思う。


「ち、ちげぇよ・・・!そこで首を洗って待ってろ!」

 そう捨て台詞を吐いてお爺ちゃんを呼びに行くお父さん。

 ・・・お父さん、それ決闘とか喧嘩で使うセリフだよぉ。

 そして、無表情で戻ってきて、

「どうぞ。」

 と、後ろに声をかける。

 不思議そうなおかあさん。

 でも、入ってきた人物を見て、驚愕の表情を浮かべている。

「おとうさま。」

 ポツリ、そうおかあさんが呟く。

「ねぇね、だれー?」

「お爺ちゃんだよ。」

 そう、ゼノの声にこたえてあげる。おかあさんも私たちが知っているという事が分かるだろう。

「お爺ちゃん~?」

「お爺ちゃんっていうのは、おかあさんのお父さんだよ。」

「そっかー。」

 無邪気なゼノが笑う。

 その明るい声に後押しをされたかのように、お爺ちゃんがおかあさんの方へ歩み寄る。

「お前を苦労させたくないと思ってしたことだから謝らないが、・・・幸せそうで良かった。」

 そう一言お爺ちゃんが言う。

 それを聞いて、お母さんは瞳にはみるみる目に涙がたまる。

 そして、泣き出す。

 おかあさんが泣いたところは初めて見たからびっくりした。

 前の私の時も、おかあさんは売られる時も泣かなかったから。

 お兄ちゃんもびっくりした顔をしていた。

 お父さんだけが、少しバツの悪そうな顔をしていた。

 お爺ちゃんはそんなお母さんの頭を優しく撫でてあげている。その撫で方はおかあさんとそっくりで、本当に優しいお爺ちゃんだったんだと嬉しくなる。

 おかあさんは、ただ「ごめんなさい。」「ありがとう。」「私しあわせなの。」と繰り返していた。お爺ちゃんはそれに、うんうんと頷きながら撫でてあげる。


 しばらく経って、おかあさんは泣き止み、顔を上げ、お父さんの顔を見てしっかりと言った。


「こんな素敵なプレゼント初めてよ。」

 そう言って、泣きながらお母さんがお爺ちゃんを笑顔で抱きしめた。

 その日はみんなで泣いて笑って。

 つつましやかなお誕生日会は夜まで続いた。

 隣のおばちゃんが途中で乱入してきて、泣きながら卵をくれた。みんなで食べた。

 私たちはお父さんのベッドで寝て、おかあさんはお爺ちゃんと一緒に寝た。

 そして、次の日お爺ちゃんは王都に帰っていった。

 おかあさんは、前より幸せそうに笑ってくれるようになった。

 家がより明るくなった。うれしい。



 ・・・でも、おかしいよね。

 あそこまで親バカなお爺ちゃんが、なんでお母さんの娼館落ちを許してしまったんだろう?


 その微妙な齟齬は、2年後判明する。

 丁度、”前のお父さん”が失業した頃。

 おかあさんが、血を吐いて倒れたのだ。


 ぜぇぜぇと苦しそうにベッドで横たわりながら、力なく微笑むお母さん。

「おばあちゃんもね、こうやって血を吐いて死んだの。だからね、きっともう助からないわ。」

 そう言ってお母さんは笑う。


 こんなの知らない。

 こんな病気なんて知らない。

 わたし、全部助ける気でいたのに。なのになんで?

 絶対今回はうまくいくと思ったの。なのにどうして?何が悪かったの?

 私また悪い事をした?

 それとも、前の罰が今当たってるのかな?

 お兄ちゃんもお父さんも泣いている。ゼノは訳が分からないようでオロオロしている。


 ただ、おかあさんだけが。

 おかあさんだけが美しく笑っている。

 こんなおかあさん、私は知らない。

 私はただ、だまって唇をかみ、泣かない様に目に力を入れる。そんな私をそっとお母さんは撫でてくれる。


「あなたたちが、思ったより早くしっかりしてくれたから。教えておこうかと思ったの。ゼノも少し体が弱いから。」

 そう言われてハッとする。

 ゼノは。あの眠るように亡くなったゼノは、おかあさんと同じ病気だったの?

 おかあさんの息は今、とても苦しそうだ。

 ゼノは、あんな小さな体で、私を心配させない様に、あの日ずっと隠していたの?


 私は、大馬鹿だ。


 いままでずっと一人で、ゼノを守ってあげている気になっていた。

 でも違う。

 私は。

 私の心は、ゼノに守られていたんだ。


 私は今まで何て色々な物に守られていたのだろう。


「私は体が弱かったけれど、愛する人と家族になれて、愛する子がいて幸せだったわ。少し短い人生だったけど、それを忘れないでほしいの。」

「おかあさん・・・。」

 お兄ちゃんがつぶやく。お兄ちゃんを優しく抱きしめるおかあさん。

 お兄ちゃんが、今までも前の人生でも見た事がない位わぁわぁと泣きだす。

 いままで、きっと誰にも弱音を吐けなかったお兄ちゃん。

 おかあさんはずっと「大好きよ、大好きよ。」とお兄ちゃんの頭を撫で続けた。


 そして、お父さんの顔を見る。

 お父さんは今までで見た中で一番ひどい顔をしている。


 ―――ああ、そうか。


 お父さんは、失業して飲んだくれたのではなかったんだ。


 今となっては本当の事は分からないけれど。


 きっと、おかあさんが病気になって、治らないって知って飲んだくれたのだろう。

 おかあさんは娼館なんかに、きっと売られてなかった。

 だって娼館を探したけれど、お母さんは見つからなかった。

 あんなにお母さんを愛しているお父さんだもの。きっとお母さんをだまして、お爺さんの所に送ったのだ。

 そして、そこで短い余生をゆっくり過ごしたに違いない。



 でも、お父さんはおかあさんがいなかったら生きていけるほど強くもなくて―――・・・


 お父さんの借金は本当にギャンブル?

 おかあさんのための医療費?

 そう思ったら、もう駄目だった。


 私は本当に大バカ者だ。

 お父さんも大馬鹿ものだ。


 ホント、馬鹿で――――愛おしい人たち。


 お爺ちゃんだっておかあさんの体が弱い事を知っていたから、おかあさんの気持ちを無視してでも、無理やりおかあさんにとって、条件がいい所に嫁がせようとしていたのだろう。


 なんだ、私は初めから全部持っていたのか。

 私がこどもで、気が付けなかっただけなのだ。


 涙があとからあとからあふれ、ぼたぼたと床を濡らす。

 ゼノが「ねぇね、泣かないで。」と泣きそうになって縋ってくる。


「あらあら、ラヴィもお姉さんかと思ったら、まだまだ子供ね。」

 と、おかあさんが、笑いながら言う。


 何でこの人はこんなに強いんだろう。あなたは何時だって、私たち家族の光でした。

 私もおかあさんになったら、こんなに強くなれるのだろうか。


「違うの・・・。」

「違う?」

 優しく私の頭を撫でてくれる、おかあさん。


「おかあさんが死んじゃったら、お父さんが可哀想!!!」

「・・・・はぁ!!!!????」

 お父さんが叫んでいる。


「お父さんはお母さんが大好きだから、きっと駄目になっちゃう!お父さんが可哀想!!!」

 前の人生のダメな父を見ている私は、前の父と今の父が重なって見えて本当にダメだった。

 お父さんが可哀想と繰り返しながら、ワァワァ泣き出した私を見て、お兄ちゃんがぽかーんとびっくりして泣き止み、ゼノは多分訳が分からず一緒に泣き出した。


 お父さんは顔を真っ赤にして、泣きそうになっていて。

 そんなお父さんをみて、おかあさんは本当に、本当に幸せそうにうっとりと笑った。


「私は、何て幸せ者なのかしら。」




 結局苦しそうにしながらも、おかあさんは頑張って1か月生きてくれた。

 お爺ちゃんも何回か来てくれた。一緒に泣いたり笑ったりした。

 お父さんはおかあさんが亡くなってから1週間泣いたけれど、ギャンブルに走らなかった。

 仕事もクビにならず、ちゃんと行っている。

 




この後は多分大分遅くなります;

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