転生聖女ラヴィ―シャのアレコレ
今まででおそらく一番の鬱展開ですので、ご注意ください。
そしてこの話までが本編筋になります。
また、本編がすごく好きという方は読まない方がいいかもしれません。
本編の後味が悪くなるかもしれませんので。
あたしは小さい頃から近所でも「かわいい子」ってすごく評判だった。
でも、かわいいって意外とそれだけなんだよ?
いつもね、わたしのそばには”変なおじさん”がいるの。
あたしのむねばかりを触ろうとしたり、スカートを脱がそうとすると、慌ててお兄ちゃんが飛んできて助けてくれた。
3回くらい黒づくめのおじさんたちに連れていかれそうになって、すごく大変だった。
でも、一番大変だったのは2軒隣のおじさんが私を閉じ込めた事。
おじさんの家族がたまたま気づいて出してくれたけど、2日間お水とかごはんとか全然くれなかったから死にかけてたんだって。
お母さんが泣いて倒れて大変だった。
お父さんはおじさんをぶん殴りそうで、近所の人に”はがいじめ”にされいた。
でもお兄ちゃんはこっそり木の棒で、あたしを閉じ込めたおじさんをぶっていた。
ある日、鍛冶師をしていたお父さんが失業して「飲んだくれ」になった。
美人だったお母さんが気づいたらいなくなってた。
お父さんがお酒飲みたいから”しょーかん”に売ったんだって。
しょーかんってなんだか知らないけど、お酒飲んだりキレイな服が毎日着れてごはんがちゃんと食べられるところだってお父さんが言ってた。
お母さんが辛い思いしなくなって良かったって言ったら、お兄ちゃんが泣いていた。
毎日ご飯がちゃんと食べられないから、一生懸命まいにち草とか食べられるものを探したりしてたの。
ごはん毎日食べられるなんて良いことだと思うけどなぁ・・・。
お母さんを売ったお金はすぐに誰か怖い人が来て持っていかれてしまった。
お父さんギャンブルっていうのもやってたんだって。お金と一緒にお父さんも怖い人に連れていかれて帰ってこなかった。
お兄ちゃんが「良かった」って言ったの。
お父さんがいないのは”良い事”だったみたい。
お父さんが居なくなって、お兄ちゃんが一生懸命働いてくれた。
商館の丁稚奉公で住み込みだけど、お給料は少しだけあるんだって。
小さな家には、私と弟だけになった。
お兄ちゃんがもう居ないので、私は私を守って、弟も守らなきゃいけない。
私はお兄ちゃんの昔の服で男の子の恰好をして、顔に墨を塗って暮らした。
そしてね、私の弟がね、ゼノっていうの。
弟がね、すっごく可愛いの。
珍しい鈍色の髪の毛でね、近所の悪ガキが「ネズミ!ネズミ!」ってはやし立ててるのを、あたしがいつも追い払ってあげてた。私いいお姉ちゃんでしょ!?
当然よね。あたし、ゼノの事大好きだもん。
いつも「おねぇちゃん」って言って私に笑ってくれるの。
時々お花をつんで私にくれるの。
顔もすっごく可愛い。可愛いは危ないから守らなきゃいけないの。
お兄ちゃんがあたしたちのご飯のために頑張ってくれるから、あたしはゼノを代わりに助けるの。
近所にともだちもいてね。
ユーリアはあたしほど美人じゃないけど、私より”あいきょう”とやさしさがあっていい子だった。
あいきょうって何か分からなかったけど、近所のおばさんが「イイカンジの人の事だよ!」って言ってたからユーリアにぴったりだと思う。だって、ユーリアはすてきだもの。
男の子の格好してたあたしとユーリアは変に気が合って、時々町の外にベリーを摘みに行ったりしてた。時々魔物にあったり悪い大人がいたり危ない目にも合ったけど、一緒に必死に逃げて何とか無事だった。それでもご飯が足りない時、ユーリアが時々こっそりユーリアの晩御飯を隠して持ってきてくれた。
弟はまだ小さくて弱いから、ホント涙が出たの。うれしかった。
でもね、ある日森に食べ物を探しに行って戻ってきたらね。
ゼノが起きなくなったの。
朝はちゃんと会話してたの。少し調子が悪いみたいだから寝てなさいねって、寝かしつけてゼノが元気になるようにご飯を探しにいったの。
理由はわからない。でも苦しくなさそうで、それはよかったと思う。
ユーリアと仕事が終わった後お兄ちゃんが来てくれた。
二人が泣いてくれてよかったって思った。
お兄ちゃんが、疲れてるのに死体を埋める人の手配もしてくれた。
近所のおばちゃんたちも泣きながら手伝ってくれた。
次の日、町の外れの墓地の空いてるところに樽に入れられたゼノが埋められた。
思ってたより穴が深かった。
浅いと犬や魔物が掘り返すんだって。
お兄ちゃんはお仕事でこれなかった。
ユーリアは来てくれた。
墓地は、なんか棒ばっかり建っていてね、森が近いのにお花が何も咲いてないの。
こんな寂しいところにゼノを置いていかなきゃいけないなんて――――
ゼノ、ほんとゴメンね。
ダメなお姉ちゃんでごめんね。
ゼノの事守ってあげたかったのに。
とうとう家にはあたし一人になった。
毎日することは変わらない。
家の周りの草を探し、森にも行けそうなら足をのばし、食べる足しになる物を探す。
危ないところは行かない。
帰り道、お花を1輪つむ。
せめてゼノが寂しくない様に、そっとお墓において、ゼノの名前が書いてある棒をなでて帰ってくる。
はじめて覚えた文字がゼノの名前だなんて嬉しかった。
味気ない食事。
時々お兄ちゃんが来てくれる時だけは楽しかった。
それから1年くらい経って。
お兄ちゃんはあれから何故か白の団の人に見染められて、白の団に入ることになった。
なんか魔力が多いんだって!何それかっこいい!!!
支度で帰ってきてたお兄ちゃんを訪ねて白の団の人が、家にやってきた。
白の団の人はお城の前とか街中で見た事あったけど、うちに来た人も大きくてカッコいい人だった。
そしたら、その男の人が私をだきあげてくれて
「弟も魔力が高いな~家系かな~?」
って言ってた。
「そんな恰好してますが、妹です。」
ってお兄ちゃんが言ってくれた。完全に拗ねたあたしをみて白の団の人が爆笑してた。
白の団の人が家族用の宿舎を用意してくれたので、お兄ちゃんと一緒にあたしもいけることになった。
あと、魔力の検査してお勉強頑張って学園に行っていい就職先見つけられたら、ご飯もっと食べれるようになるんだって。
凄くすごくうれしかった。
頑張ろうって思った。
でも、もしお兄ちゃんの魔力がもっと早く見つかったら、ゼノは死ななくて済んだのかな・・・?
それだけが少し悲しかった。
少し遠い所に行くので、ゼノに行ってきますを言ってから町を離れた。
王都にある白の団の宿舎に入って、生活が一変した。
まず、ご飯が毎日2食お腹いっぱい食べられるようになった。
宿舎は兵隊さんだけじゃなくて家族みんなが食堂でご飯をとるので、食堂のお手伝いを頑張った。
時々おやつをもらえた。本当にうれしかった。
あと、私は女の子に戻ることができた。リボンを結べることが本当にうれしい。
白の団の人ははやし立てる人はいても、暗い所に連れて行こうとかそういう”変な人”はいなかった。
たまに飲みすぎて触ってくる人は、食堂のおばちゃんたちがボコボコにしてくれた。
お母さん元気かなぁ・・・。
この頃さすがに私も娼館がどういうところか知ってた。
お兄ちゃんは暗い顔をして教えてくれなかったので、白の団のお酒飲んでる人たちに聞いて回ったのだ。
何でそんなことを聞くんだって逆に聞かれたので「おかーさんがいる」っていったら、ものすごく微妙な顔をされたり、泣いちゃうおじさんもいた。大人なのに泣くなんて変なの。
学園に行って、良いところで働いてお金貯めたらお母さんに会いに行きたい。
辛い思いをしてたら、「生んでくれてありがとう」って言ってあげたい。
あと、おいしいご飯を食べさせてあげたい。
ユーリアとは絶交されてしまった。
ユーリアが好きだった人が、ユーリアの所に遊びに来てた女の子の姿の私を好きになったんだって。私は何もしてないのに、ユーリアに怒鳴られた。「この泥棒ネコ!大嫌い!」って。
私が可愛いのは私のせいじゃないし、何もしてないからとても困った。
とりあえず謝ったけどユーリアは許してくれなかった。
それからしばらくして
魔物が王都の周りに大発生した。
白の団のおじさんたちがものすごく緊張しているのが分かった。
私も分からないけど、滅茶苦茶緊張した。
食堂のおばさんたちは、泣くときは厨房の陰で泣くっていうルールができていた。
魔物の数が1万匹くらいいるかもしれないんだって。
一万ってどれくらい?全然実感がもてない。
大型のモンスターが王都の近くまで飛んできて、気づかれることなく死んでたのが原因なんだって。
ご飯がたくさんあれば人間も大きくなるように、たくさんの魔物のご飯が出来たから、あっという間に増えちゃったんだって。
皆、火が付いたように忙しくなって、ご飯を食べるときもお仕事の話ばかりしてた。
でも、忙しい時はまだよかった。
皆が出かけて行ったあと、すぐに物凄い数の人がケガを負って運ばれてきた。足とかない人も結構いた。
おばちゃんたちも皆必死で看病したのに、なくなってしまう人もいた。
ただ、お薬もたくさんあったので、元気になる人はちゃんと元気になった。
それだけはよかった。
たった3日で、おじさんたちは半分近くケガをしたり亡くなったらしい。
私たちを迎えに来てくれた、でかい団員の人も亡くなったらしい。
そして、――――お兄ちゃんも亡くなった。
同じ隊の誰かをかばったんだって。
即死で右半分がほとんど魔物に持ってかれたんだって。
少しだけ遺族にはお金が支払われたけど、お兄ちゃんがお金で売られてしまったみたいで悲しかった。
やっと、お母さんが居なくなった時にお兄ちゃんが泣いた理由が分かった。
「赤も青も今回出ていないだろ?貴族はどうせ俺たちを使い捨てにしているんだろ。」
「白の団にも貴族はいるよ。ご落胤とか邪魔者扱いは多いけどね。」
「白の団長、メルベク卿は最後まで戦線にのこり、青の団が魔法攻撃を仕掛けるまでの囮になってくださったって。」
「囮になって、一緒に爆破されて生き残ったんだろ?人間じゃないな。」
「卿は守られるどころか、爆破された後に仲間を何人も担いで戻ってきたそうだぞ。」
「何にしてもメルベク卿がいる限りこの国は安泰だな。嫌な貴族が多いが、卿の様な貴族もいるのだろう。」
などと、戻ってこれたオジサンたちは難しい顔をして話し合ってた。
難しい話はよく分からなかったけど、メルベク様ていういい貴族が白の団長だっていうのが誇らしかった。
仲間を守ったお兄ちゃんはかっこいいけれど、弱いから死んでしまった。
それは仕方のない事だった。
仕方のない事・・・
本当に仕方のない事なのかな?
お兄ちゃんが居なくなったので、私は白の団の宿舎を出るしかなかった。
仲のいいおばちゃんが何人か養女にしてあげるよ、って言ってくれたけど今となってはお兄ちゃんが居る時に一緒に決めた「学園に行く」という目標を成し遂げたかった。
お兄ちゃんとの最後の絆みたいに感じた。
だから嬉しかったけど、きちんと気持ちを話して納得してもらってお別れした。
前の家は売ってしまったので、お兄ちゃんが遺してくれたお金をつんで、教会が入ってる少し良い孤児院に入って猛勉強することにした。
その孤児院には魔物災害で孤児になった子もいた。中には前に住んでいた町で近所に住んでた子もいた。
その子はたまたま王都の親戚の家に避難する途中だったから助かったんだって。
前の町は壊滅状態で、おそらくユーリアも亡くなったんじゃないかって教えてくれた。
もう私には何も残っていない。
それから5年後、たくさん勉強したかいもあって学園に入った。
憧れの学園は思ったより普通だったけど、通ってる人間の半分以上が貴族で、そこにいる人間だけがまるで別世界から来たみたいだった。
まず、誰もがとても綺麗だった。
貴族も、ましてや平民もそう。
顔だけじゃなく、雰囲気、姿勢、オーラ。
洋服だって見たことがない、素晴らしいものを着ている。
制服なのに、私が一番みすぼらしいのが分かった。
話し方も優雅で、喧嘩して殴ったりヤジを飛ばす人もいなかった。
ただ、家の周りにいたおじさん達の様な目で私に近づいてくる男の子たちは何人かいた。
綺麗なだけで、ここは白の団より危ないんだなって思った。
そんな学園だったけど、実際は町よりは全然平和だった。
ただ、貴族に絡まれたらホント大変だって同じ平民の先輩が教えてくれたので、なるべく目立たない様に髪をぼさぼさにしたり眼鏡をかけるようにした。
相手を断るにも独特の言い回しやルールもあるみたいなので、それも頑張って学んだ。
でも気にいられないのが一番らしい。
そんな学園生活だったけど、とても気になる人が居た。
2年早く入学している貴族の方だった。
誰にも馴染まず、そっと息をひそめる様に居るのに、誰も声をかけないのに誰もが気にしている。
よく手入れをされた美しい藍色の髪。
風に触れて、さらりさらりと空気に溶けていく。
日の光できらめく白く透明感がある肌。
美しい所作。
なのに、どことなく曖昧で世間に興味を持たない眼差し。
彼女が歩くと空気が止まる。ただ、彼女だけが動いてる。
息を潜めてみんなやり過ごす。
そして、彼女が通り過ぎた後に、彼女に目を奪われたことを否定するかのように言うのだ。
「魔女」「毒婦」、と。
でも、私はそうは思わなかった。
だって彼女はとても悲しい目をしてる―――――
でも、調べてみたら全然そんなことなかった。
全然辛い出来事なんて、彼女には何ひとつ起こってなかった。
家族を失くてもいなかったし、誰かに酷い目に合わされたなんてこともなかった。
折角分かり合える人がいたって思ったのに、私だけが彼女を理解できるとさえ思った。
―――裏切られた。
あの女、私は嫌い。
噂とはまた違うと思うけれど。
だって、あの女はなんでも持ってるのに。
家族も、婚約者も、弟も全部、何一つ欠けた事なんてないのに。
お金だってある。
ご飯食べられなかったことなんてないでしょ?
お腹が減って、どうしようもなく壁を食べた事だってないはずだ。
頭だって良くて、顔だって十分可愛いのに、何で「私は不幸です」みたいな顔を毎日してるの?
努力しないの?
何を持っているかも知らないの?
あれ以上に何が欲しいというの?
――――傲慢な女。
「君はディーラネスト侯爵令嬢に興味があるのかい?」
なんか胡散臭い人物が、ある日突然声をかけてきた。
身なりからいって貴族の方だろう。
ニコニコ笑みを湛えているが、目が笑ってない。
平民だからと蔑む様な気配を感じる。おそらくこちらの事など虫けら程度にしか思ってないだろう。
学園の制服を着てるから、学生なのだろうが。
こんな奴に絡まれたって絶対いい事なんてない。
「いえ、興味がありません。」
嫌な奴に目をつけられたものだ。
そんなに目立ちすぎたかな。
「嘘は良くないよ。ここ連日図書館に通って貴族年鑑を見たり、過去の新聞の記事を漁ったり、特にディーラネスト侯爵家の周りを調べているじゃないか。」
それに、と嫌な貴族が言葉を続ける。
「僕は見てしまったんだよ。この前、この図書室の窓から君はディーラネスト侯爵令嬢が通るのを、まるで親の仇を見るような目で睨んでたただろう?」
そう、クスクス笑う。ああ、嫌な笑いだ。だとしても、それが何でおかしいんだ。
黙っていると、秘密を共有するようにそっと耳元で話しかけてくる。
「復讐する機会をやろうか?」
復讐もなにも、私は彼女に何もされていない。
それとも、彼女の噂がそう思わせるのだろうか?
だが、彼のささやきを私は甘美だと感じてしまった―――――。
とても。
とても甘い。
『あなたも、少しくらい私と同じ目にあえばいいのに。』
そう思ってしまった――――。
そう思った罰だろうか、それからは本当に地獄だった。
了解もしていないのに無理やり学校から連れていかれた高級娼館で、現役の娼婦達に徹底的に男に媚びる方法を仕込まれた。
反抗すると鞭で打たれた。ただ、顔だけは傷が付くと困るからという理由で避けられた。
そして、毎日教育係に言われるのだ。
「私の兄弟を奪ったディーラネスト侯爵一家が憎いか。」
「お前の兄を捨て駒にしたメルベク卿に一泡吹かせてやれ。」
と――――。
私の事を詳しく調べて攫ってきたのだろう。だが、お門違いもいい所だった。
弟が死んだのは世間でありふれた事だったし、兄が死んだのは魔物のせいだ。
白の団のおじさんたちは誰一人メルベク卿を恨んでなかった。
何て頭がおめでたい人なんだろうと、笑わない様に必死で毎回鞭をもらってしまった。
私が憎いのはただ、幸せな中にいてずっと不幸な顔をしているあの女だけなのに―――――。
また、私を無理やり連れてきた貴族に、処女を散らされる以外の事は全部された。
散らされなかったのはただ単に「万が一殿下のお手がついたときに処女じゃないと困る」って事だけらしい。
そのくせ私の事を汚いものを見る目で見る。ホント反吐がでる。
ただ、ご飯だけは毎日ちゃんと食べられた。
ご飯が毎日食べられるというのは、とても幸せなはずなのに、何故か毎日味がしなかった。
とても勿体ないのに何度か吐いてしまった。
吐いてしまった罪悪感でまた吐く、その繰り返しだった。
時々、吐いていると娼婦のお姉さんがこっそり撫でてくれたりした。
「お母さんが娼館に売られたので、お母さんに優しくしてもらってるみたいで嬉しい」って言ったら、涙ぐんでいなくなってしまったけれど。
こんな地獄で優しくしてくれる人がいてうれしかった。
それから、しばらくして娼館から出されて、学園にもどされた。
例の貴族が何か手を回していたらしい。
しばらく休学扱いになってた。
あの貴族は直接来なくなったけど、代理を名乗る人が”〇月〇日のお昼過ぎに殿下を誘惑しろ”とか、”あそこの子息をたらしこめ”、とか色々言ってきた。
全部どうでもよかった。
ただ、逆らったらきっと殺される。
上手くいっても、きっと殺される。
上手くいかなくても、捕まって処刑される。
ホントどうでもよかった。
私の人生は一体何だったのだろうか。
ゼノが死んだのも、お兄ちゃんが死んだのも、お父さんやお母さんがいなくなったのも、白の団員の人たちが死んだのも全部何の意味もなかったの?
『あなたも、少しくらい私と同じ目にあえばいいのに。』
『あなたも、少しくらい私と同じ目にあえばいいのに。』
『あなたも、少しくらい私と同じ目にあえばいいのに。』
いつかの、あの言葉がふつふつと、とめどなく湧いてくる。
いや、ずっと私と共に在ったのか。
「ふふ、おかしい・・・。」
笑いが漏れた。
なんだ、私はもう壊れてたのか。
どうせ、もう生きられないんだもの。
あなたも少しくらい苦しんだって罰はあたらないよね・・・?
何だかものすごく楽しくなった。
久しぶりにご飯が美味しく食べられた。
※
それから言われるまま、いや、言われる以上に色々やった。
やりすぎて、襲われかけたこともあったが、誑し込んだ貴族の方に助けて頂いた。
もちろん第二王子カトラシュニオン殿下も誘惑した。
でも、殿下は鼻の下を伸ばしてるって感じでも、嫌な奴らが性的に見る目でもなくて私をそのまま見てくれた。少し嬉しかった。役目とやけっぱちで貴族に迎合しない私を褒めてくださり、私を使う貴族に気づかれない範囲で混ぜた貴族に対する毒舌を敏感に感じ取ってくださっているのだと思う。世間はアホ殿下や脳筋などカトラシュニオン殿下に対して言いたい放題だが、確かにそんな面もあるだろうが、あの人は本質を感じ取る方なのだ。初めて信じられる貴族を見た。・・・王族だけれども。
生徒会の他のメンバーも近づいていく。生徒会下位メンバーの方が世慣れてなくて楽だった。
2位リュケイオン様は物腰は丁寧だけれども完全に私を馬鹿にしている目をしてた。でも平民だからっていうより、”女”を使う私を嫌ってる感じで好感が持てた。
3位のローランド様は私・・・というか女全般に全く興味がなさそうだった。いつも実姉である”あの女”を見ている。ローランド様は金髪だしゼノは鈍色の髪で顔つきも全然違うのに、何故かゼノの事を思い出して胸が痛んだ。どうして彼がこんなに気にかけてくれているのに、あの女は気づきもしないのか。私ならもっと側にいてあげるのに。
4位のマスクル様も駄目だった。やんわりと毎回たしなめられる。殿下が気に入ってくださってる感じがするから、あまり強く出ないだけだろう。紳士な貴族の代表みたいだなと思った。
5位カティリア様には特に何も言われないが毒虫を見る目で毎回みられた。才女として有名な方だから、「こういう女」は許せないのだろう。意外と好感が持てる。
6位以下は割と簡単だった。私の過剰な接触に顔を赤らめ、よいしょで気分を良くし、そしてほんの僅かだけディーラネスト侯爵令嬢に対する毒を流し込む。そうすると少しずつ時間が経つにつれてあの女への嫌悪感が増していった。性格は比較的紳士だけど、単純な方が多かった。
※
ある時、学園の図書室にいると、私を”こんな風にした”あの貴族が久しぶりにやってきた。
とてもご機嫌で不気味だった。
「漸く計画に移る事ができる。ディーラネスト侯爵に一泡吹かせてやれるぞ。」
あの女と、ローランド様が脳裏をよぎる。
「・・・何をなさるおつもりですか?」
聞いてはいけないと分かっていたのに、つい口が滑ってしまった。
だが、それを彼は勝手に良いほうに取ってくれたようだ。おめでたい人だ。
「さすがのお前も復讐相手の動向が気になるか。『悪女』らしい。」
とご満悦で笑っている。
「お前は、明日騒ぎがあったら『救護院でディルキャローナ嬢を見かけた気がする。』と殿下にそれとなくいうだけでいい。」
救護院。。。あそこは病人がいるだけでなく様々な毒物を扱っている。嫌な予感がした。
「救護院・・・ですか。毒でも盛りますか。」
いまさら、誰か死ぬのは正直見たくなかった。
あんなに人が死んだのに、まだ誰かを殺そうとする神経も分からないし、お目出たい脳みそも理解できない。
それが例えあの女でさえも。
だから、なんてことのない顔で聞いてやった。少しでもヒントがあればと。
「ああ、良い蔦が手に入ってな。呪い師も目途が立ったから漸く実行できる。」
「それは・・・さぞ良い物なのでしょうね。卑賎な身にはわかりかねますが。」
ククッと彼が笑う。
「ああ、明日が楽しみだ。頼んだぞ、人形よ。」
ご機嫌な足取りで言いたいことだけ言って帰っていく。
それを恭しく見送って、念のためしばらく待つ。
半刻程して気配を感じられなくなってから、漸く必死に毒物についての書物庫を漁った。
「蔦」「呪い師」この二つがヒントだ。
でも、なかなか出てこない。
最終手段として、以前から粉をかけさせられていた救護院のおじ様にアポを取り、夕食の予約を取り付ける。
おじ様の仕事が終わるのを待って、美味しくもない、だけれどもただ豪華なディナーを共にする。
楽しく見せかけたディナーが進み、それとなく唐突におじ様に揺さぶりをかける。
「実は・・・おじ様にしかできないご相談がありまして、浅ましくも本日はこのような席をお願いしてしまったのです。最近、学園の生徒会の方々が何か心配なさってる様なのです。私、少しでもお役に立ちたくって・・・。何かあったのでしょうか?漏れ聞いたところですと、「呪い」ですとか「蔦」ですとか「呪い師」と言ってる様な気がしたのですが・・・」
と声のトーンを落として聞いてみると、明らかにおじ様は動揺した。
「まぁ!ご存知ですの!」と少し声のトーンを上げて興奮したことを装って言うと、明らかにおじ様は焦って慌てて、周りに聞こえる事を恐れ「極秘事項」だと教えてくれた。
『ラブサス草』これが救護院から数日前に盗まれたらしい。
薬としても優秀な草だそうだが、一番最悪な使われ方が呪術と合わせることなのだという。
そのリスクを警戒しているのだろうということだった。
その名が「ラブサスの呪い毒」――――――――。
これが明日使われるのだろう。
あの嫌な貴族は第一王子派だという。
まさか、恐れ多くも殿下に?
いや―――
『お前は、明日騒ぎがあったら『救護院でディルキャローナ嬢を見かけた気がする。』と殿下にそれとなく言うだけでいい。』
そうあの貴族はそう言っていた。
毒を飲ませた人に呑気に犯人の相談なんかするわけがない。なら、殿下の身の周りにいる誰かになる。
『漸く計画に移る事ができる。ディーラネスト侯爵に一泡吹かせてやれるぞ。』
多分、一番の候補はローランド様なのだ。
違った場合でも2位のリュケイオン様なのだろう。
『お姉ちゃん!』
もう、遠くなってしまった記憶の中で、ゼノが私を呼ぶ声が聞こえた。
急にしゃべらなくなった私を見て、おじさまが心配してくださる。
いやらしい目で私を見ることも多いけど、このおじさまは割かし私に親切な方だった。
「あまりに恐ろしい話で・・・申し訳ございません気分が悪くなってしまいましたわ・・・私、皆様の為に何ができるでしょう・・・」
気分が悪くなったのも、青ざめたのも本当で、おじ様は大層心配してくださった。
必要以上に私の手をなでた事と腰に手を回したことについては忘れてあげることにする。
※
「これは・・・『ラブサスの呪い毒』・・・?ディルキャローナ様、なんて酷い事を・・・」
と言って顔を手で覆い座り込む。冷や汗が止まらない。私は上手くやれているだろうか。かなりの綱渡りだ。
当日、殿下に恐れ多くもお願いをし、当日生徒会室に潜り込むことが出来た。
案の定毒を盛られたのは、ローランド様だった。
飲み物を警戒していたのに、唐突にローランド様は苦しみだした。
『ラブサスの呪い毒』。
この言葉の意味が初めて分かる。これは呪いをベースにしてあるものなのか。
この人を殺したくはない。さりとて、まだ私も死にたくもない―――。
死を覚悟したはずの私は、その実ちっとも覚悟ができてなかったらしい。
結局思いついたのが、早く対応してもらうために『毒の名前を告げる』。この事だけだった。
「なんと、これはディルキャローナ嬢の仕業か!?あの毒婦め!ついに実の弟にまで毒牙を向けたのか!」
正義感が強い殿下が激高なさる。
でも、本気で怒ってらっしゃるか分からないが、もはや私には乗るしか道はないのだ。
「ええ、きっとそうですわ!こんな黒い蔦が出る呪いなんて、他にあまり無いですもの!」
お願いです。どうかこの毒であってるはずなのです。
ローランド様を救ってください。
私が毒を言い当てたと知れば、あの貴族はどうせ私を始末するだろうと思い変な笑いが出そうになる。
自分で自分が大層矛盾しているのを感じる。
死にたくないと言いながら、死亡街道まっしぐらだ。
「私・・・見てしまったんです。この前の帰り道、たまたまディルキャローナ様を町でお見掛けして、どこに行くのかと興味本位で後をつけてしまったんです。ディルキャローナ様は救護局に向かわれました。一体だれがお怪我をなさったのかしらと、観察してたらば1時間ほどでこそこそと裏口から逃げるようにディルキャローナ様がでていらしたのです!その後、ラブサスが盗まれたと聞いてあの時のディルキャローナ様がなさったことだと気づいたのです!」
気がせいで、あまりにしつこく言いすぎてしまった。
これは流石にディルキャローナ嬢を名指しで批判しているようなものだろう。
温厚な殿下や、絆が薄いと言われる婚約者のリュケイオン様にもいくら何でも咎められるかもしれないと思いより変な汗がでる。
「さすがだな!ラヴィーシャ嬢!私でもラブサスが盗まれたという情報は聞いたことがなかった!女性はうわさ話に敏感だというが流石である!しかし、医療院救護局は特別なパスがないと入れないのだが、よくディルキャローナをつけられたな?」
更に肝が冷えた。
確かにそうだ。この殿下はやはり爪を隠していたんだろうか?
下見に行く時間もなかったので全く気付かなかった。管理が厳重でないはずがないのだ。
「そ・・・それはですね・・・」
さすがに、専用のパスが無いと入れないところなんて入れる力はわたしにはない。
これで詰んだかな?と思った時だ。生徒会室のドアが勢いよく開かれた。
「リュオン様、馬車の準備が整いました!すぐにいけます!侯爵家への先触れも鳥を使って緊急で出してあります!」
リュケイオン様の側付きの方が駆け込んできた。
きっと、後で先ほどの件について咎められるだろう。
もうそれでもいい。
いや、あの腐れ貴族に始末されるよりはずっといい。
だけど。
『お姉ちゃん!』
また、ゼノの声が聞こえたような気がする。
せめてローランド様だけは助かってほしい。
※
むりやりディーラネスト侯爵家におしかけ、久しぶりにあの女を見かける。
だが、あの女は予想に反して、弟の呪いに過剰反応をしてみせた。
その目は、弟を失くす事に怯える、大切な誰かを亡くす事を知っている目だった。
私が馬鹿みたいに、他人のローランド様を助けようとしているように。
”この女”にも家族以外の大切な人が居てもおかしくないことに、初めて、この時初めて思い至った。
私がユーリアを大事にしていた様に。
白の団が大好きだった様に。
彼女が走り去った後姿をみて、涙が出そうになる。
彼女は、きっとまだ諦めていない。
あんなにすべてを諦めていたのに、どうして誰もが竦む状況で、あんなに迷わず飛び出していけるの?
涙が勝手に零れる。
「どうなさいましたか?」
誰かが私を心配して優しい声をかけてくれる。
これは紛い事だ。
どんな暖かな言葉でも、全てを偽りで固めた、偽りの言葉。
私が全て偽りにしてしまった。
私が受け取って良いものではない。受け取ってよいものなど何もない。
「ディルキャローナさん!どうしてこんなことを・・・!?」
そう言うのが精いっぱいだった。
この世はなんて恐ろしい。
私は何て弱い。
私はなんて事をしたんだろう。
この世がどんなに汚くたって、怖くたって。
たとえ私が死んだとしても。
優しいお兄ちゃんや、ゼノが守ってくれた物をすべて汚したのは私なのだ。
漸く、その事に気づいた。
※
思わず同行を願ったダンジョン行きは、当たり前だが丁重に断られた。
最後は、半ば脅されるように無理やり王城に送られた。
学園に戻っても、捨て置かれたので今まで通り自由にふるまう。
でもきっと、こんな生活すぐ終わるだろう。
せめてあの腐れ貴族に消されない様にと、衆目を集め一人にならない事や食べ物に気を付ける。
死なばもろともである。
簡単に消されてやるものか。
そして、3週間ほど経った頃、白の団に拘束された。
静かな部屋で、ただ一人。
窓辺から日が動いていくのを見る。
誰も来るものはなく、気に掛けるものはいない。
ただ、護衛という名の監視の騎士だけが時折私の安否を確認しに来るだけである。
ここにきて、ようやく私は自分の終わりを感じる。
ああ、これで漸く私は終わるのだ。
何も守れるものもなく、もう私にできる事はない。
それが、たとえようもなく清々しく、虚しかった。
彼女はどうなっただろう。
そして、ローランド様は?
私が言うのもおこがましいが、皆さん無事だとよろしいのだけれども。
そして、あの腐れ貴族はもげるがいい。そう思う。
そうこうする間に4日ほど経過しただろうか。
久方ぶりに客の来訪を騎士の方が告げる。
貴族でもないのに、私に気を使わなくてもいいのに、とクスリと笑ってしまう。
そんな私を怪訝そうな目で見ながら、通された来客は彼女の婚約者、リュケイオン=メルベク様だった。王子よりも王子らしい外見とは裏腹に腹黒そうな瞳が怒気を湛えている。だが、彼の余裕の具合からみると、全て丸くおさまったのではないか。そう察する。
思わず、ニッコリと微笑み、そして先制してしまう。
「ああ、ようやく私を捕まえてくださるのですね。一体いつになるかと思っていたんですよ。」
どうやら、今際の際まで私は気が強く、負けず嫌いの様だ。
※
いつもの、生徒会執務室。いつもの午後。
大事な話をするので、リュオンとローランド以外は用事を申し渡されて出払っている。
部屋に居るのは、第二王子である俺とリュオンとローランドのみである。
「―――――てな感じでこちらが驚く程、全て話してくれましたよラヴィーシャ嬢は。聞いていない事まで言うので、思わず罠かと思って裏を取りまくったほどです。予想通りただの陽動要員でしたねー。彼女に目を向けさせている間にローランドを呪い、『たまたま』あった解毒薬で恩を売るか、キャロに容疑の目を向けさせ、メルベク家とディーラネスト家との分断を図ったのでしょう。ローランドが死んでも儲けもの。助かっても恩が売れて儲けもの。第2王子派も弱体化して儲けものってとこですかね。」
ハハハハと明るい話題みたいに笑い声をあげるリュオン。
こいつがこういう声の時は大概怒ってるってことを知っている。
相手に同情するなー。まぁ俺には関係ないけど。
「第1王子派は何がしたいんだろうな?兄上が王になるなど、ほぼ決定事項だろうに。」
第2王子派もディーラネスト侯爵家とメルベク伯爵家で政治も軍も大体抑えてるだろう。こちらに不穏な動きがないのに今動く必要性もないだろうに。
「後ろ暗い者ほど、地盤に怯えるのでは?」
と、ローランド。
「確かに一理あるな。その辺をつっついてみたら案外面白い情報が手に入るかもな。」
ニヤリとリュオンが悪い顔をして笑う。こいつは武家出身なのにホント腹黒い。
「やりすぎないようにだけは気をつけろよ。」
俺は馬鹿だから難しい事はよくわからん。だからポイントだけ抑えてあとは部下に自由にさせている。
所詮たまたま王族に生まれたお飾り殿下だ。
兄上の方がずっと色々考えている。
しかも、兄上は良い奴だ。兄上の母君は気に食わんが、兄が王になったらいい国になると思う。
今、臣に下らないのは唯の王位継承権を持つ者のスペアというだけに他ならない。
兄上に子供が2人くらい生まれたら、多分俺は公爵を拝して白の団に行くだろうな。
赤も青も向いてないし。
領地経営?ハハハ!そんなの部下にぶん投げるに決まってるだろう。
俺は責任だけ取る係だ。
頭は泰然自若でドーンとしてる方がいいに決まってる。
「まぁそれはともかく、ラヴィーシャ嬢の方はどうします?」
と聞いてくるリュオン。こいつがこういう時はなんか試されてる。
「お前とローランドは処刑したいんだろうな。」
「いやだなぁ、ははははは」
「何言ってるんです、当たり前じゃないですか。たかが平民の分際で姉さんに楯突こうなんておこがましい。」
「お前のシスコン具合も相当だな。自分が呪われた事はどうでもいいのか。世間体を考えてせめて段階を踏んでシスコンになれ。お前のファンクラブの女子が困惑していたぞ。」
「何言ってるんですか。姉さんが呪いと一緒に僕の心も解き放ってくれたんですよ。」
「やだーきもーい(裏声」
「クッ・・・!何でこんな奴が・・・!姉さんと?!!」
「お義兄ぃさんと呼びたまえ!」
「婚約破棄するかもしれないですよね!?あと、僕の方が将来爵位が上ですから!!!」
「破棄してやんねー。お前の大好きなねーちゃんはお・れ・が幸せにしてやるからな?感謝しろ?な?」
「むきー!」
二人が楽しそうだが、話を戻す。
「ディーラネスト侯爵も何か考えてそうだな。」
「あー」
「あー」
仲良く同意する二人。
「で、それを何で俺のところもってきたんだ?さすがに生徒会は犯罪者の管轄じゃないだろ?」
「学園で起きた事件は多少口出せますね。一応貴方トップだし。通常は「おまかせします」って一筆かいて青の団にぶん投げるんですよ。その書類作っておきましたけどね。」
形式だけですけどね。と、肩をすくめてリュオンが言う。
「サインしたら物理的にラヴィ―シャ嬢の首が飛びそうだな。」
侯爵がにこやかに手を広げて待ってそうな気がする。怖い。
「ペンひとつで飛べるなんて簡単なクビでいいですね。」
と、ローランド。元々黒かったがシスコンと共に腹黒さも加速している。
で、どうします?とにこやかにリュオンは聞いてくる。
答えなど予想してるだろうに、いちいち試してくる小賢しいこの側近は猫に似ている。
「生かす。」
「えー。」
「えー。」
「そう言うと思って持ってきたんだろ?」
「まぁ。」
「僕は反対ですよ。」
と、ローランド。まぁそっちが普通だよな。
「理由をお伺いしても?」
と、リュオンが聞いてくる。
「おさまりがいい。」
「いつもながら、全然意味が分からないですね?」
「虚偽証言、貴族への不敬罪。飛ばそうと思えばラヴィ―シャ嬢の首は簡単に飛ぶ首だな~ハハハ!」
ペンをくるくる回す。30回くらいは最近回せるようになった。凄いだろう。
「でも、俺はあいつが嘘の笑顔じゃなくて、本当に笑ってる世界を見てみたい。笑えなくても、それはそれで奴への罰になる。まー次に何か仕出かしたら、ポーンだな。そこまでは責任が持てん。」
はじめインクを付けたまま練習をしたら、落としたり飛び散ったりしてリュオンに怒られた。なのでインクはちゃんとつけないようにしている。たまに忘れるが。
「それに『笑える世界』を作るのが俺たちの仕事だからなー?助けられそうだし、まぁ一回くらいは?」
命は助けても悪くはないだろう。
特に良くもないが。
ラヴィーシャ嬢の言い分は理解したが、そんな事は世間でありふれた事なのだ。同情に値しない。
全く関係のないキャロキャロをハメて、調査の妨げをしたことは許されることじゃない。
そんな事でいちいちハメられてたら、俺はもう1000回は死んでいる。
それでも同じ学園のよしみで、お情けを一回与える。ただそれだけ。
「あー・・・。まー・・・。」
と言葉を濁すリュオン。なんだ?インクはまだつけてないぞ?
「しょうがないですねぇ。」
特に興味がないローランドも納得したようだった。どうでもいいのだろう。
俺もこの件に関しては特に興味がないので、それだけである。
平民の方が多い割に情報はなかなか入ってこないので、毛色の変わった平民を少し近くに置いてみた。しかし、貴族も恐れぬ豪胆さや胆力は何て事はない、やけっぱち。ただの壊れた人形だった。
そんなつまらん物はいらん。
後はリュオンが方々角が立たない様に適当なさじ加減で手を回してくれるだろう。
そう思いながら再びペンを回し始める。
例えば侯爵に、
「うちの殿下の希望なので、ラヴィーシャ嬢の件を”お願い”じゃないですが『考えて』いただけませんか?あ。全然関係ないですが、これキャロが最近好きな好きなお菓子屋のケーキです。キャロがまだ食べてなかったら閣下の株があがるかもですよ?良ければ家族皆様でお召し上がりください。奥様も喜ぶかと思います^^」
ってする係だ。
それで、実際彼女の首が飛ぼうが飛ばまいが、大した事ではないのだ。
どっちかといえば、これからディーラネスト侯爵とかが第1王子派の牽制で忙しいんだろうな。
第一王子派の過激派めんどくせーことばっかしてんなー。
「はい、それでは次の書類いきます~。先日殿下が剣術の授業中に、刃をつぶした訓練用の片手剣でペン回しを試みたものの剣をぶっ飛ばし、見事に学長の像の頭部にぶつけ破壊した件についてです。」
回してたペンが飛んで床に落ちた。
「ハハハハハ!・・・ちょっと、それ待って。」
「何でばれないと思ってたんですかねー。」
「ホント見事に本人そっくりに毛髪だけがえぐれてましたよね。」
生徒会のお仕事はいつも通り続いていく。
※
1年後、ラヴィ-シャは国外れの開拓地にいた。
開拓は辛い仕事であるが、ひたすら農作業に打ち込むことは彼女の心を軽くした。
持って生まれた美貌は隠したが、それでも漏れてしまい、時々男たちに言い寄られる。すげなく断るとお高くとまってるなど悪口を言われる。女たちもそんな彼女に嫉妬し声をかけない。
何よりも、自罰的になっているラヴィ-シャ自身が今の状況を自分への罰の様に受け入れていた。
ローランド様は元気だろうか。彼女は元気だろうか。
そう思いながら毎日畑を耕す。重い水くみも文句も言わずこなす。元より、貧しい地域の生まれである彼女には働くことは当たり前の事だった。
ある日、強引に迫ってきた男の腕を振り払うと頭を思いっきり後ろから殴られた。
そこまでするとは思ってなかったので、完全に油断したのだ。
そこで完全に一度意識を手放した。
「ああ、なんてことをしでかしてくれたんだい!彼女は侯爵家からの預かりものなのに!ああ、もう何てお詫びをしたらよいのか。」
「うるせぇ!そんな事しらねえよ。お高くとまってるこの女が悪いんだ!」
朦朧とした意識の中で、誰かの罵り合いが聞こえる。
なんだ、私はいまだ彼女の家に守られていたのか。
守ると言っても罪人としてだろうけれど・・・
それでも、彼女とつながりがある様で嬉しかった。
あんなに嫌いだったのに、この気持ちは何だろう―――
「逃げた事にして埋めるしかないな。」
その言葉だけが、やけにはっきり耳に届いた。
この世はなんて、苦しみが溢れているんだろう。
他人事のように、そう思った。
心は凪いで、平坦だった。
どのみち、もう死ぬのだろう。きっと苦しくない。
「お兄ちゃん。」
声が漏れる。
自分が呟いたと気づいたのは、少し経ってからだ。
・・・ああ、私は羨ましかったのか。
家族がいる、あの人が。
勝手に嫉んでごめんなさい。
「その前に一発ヤっていいだろ?」
「馬鹿言ってるんじゃないよ!」
「バレやしねぇよ。」
そう外野が勝手な事を言っているが、もはや自分の事すらどうでもよかった。
ただ、ただ凪いだ心と、郷愁に胸が締め付けられる。
お兄ちゃん、ゼノ、おかあさん・・・。
皆に会いたい。
そのまま、何もわからなくなった。
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BAD END compleat!
▶新しい話を始めますか?
▶YES
NO
・・・・Now loading
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