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外伝4 誰も思い出さない物語

完全に鬱展開なのでご注意ください。




誰も思い出さない、誰かの願い。




うまくいかなくても、亡くしてしまっても。


誰も知らなかったとしても。


確かにその時そこにあった。


それはとても大切な、何か。


 宮嶋翔とは、一番の友達だった。



 都内の某公立小学校で一緒になり、そのまま二人で何となく中学受験。


 塾も一緒で嫌な勉強も翔が居ればお互い競い合って楽しかったし、塾が終わった後の暗い帰り道の中で馬鹿場話をしながら帰るのも楽しかった。


 中学で苦労したから、高校はそのままエスカレーターで入って、勉強も成績を落とさない位そこそこがんばった。


 高校になって部活に入らなければいけなくなり、俺はサッカー部、翔は図書委員会がメインでやりたいそうなので美術部に入ってた。必然的に会える時間はすごく減ったけど、家も近かったし、休みの時はちょくちょく遊んだ。



 楽しかった。



 時々翔の家に行くと、家族が居る日があった。


 翔のとーちゃんは優しそうな人で、たまに変な趣味の話を色々教えてくれた。一番変な話は牛乳瓶の蓋を集めてる話で、「うちの給食は紙パックです」っていったら何か悶えてた。


 翔のかーちゃんも優しそうな人だけど強くて、翔のとーちゃんがあまり変なことを言うと締めていた。よく美味しいお菓子を奢ってくれた。


 翔のねーちゃんも変な奴で、ちょっとバカっぽかった。


 よく翔があいつのねーちゃんからかって遊んでたけど、あいつ無表情だけど楽しそうだっていうことがわかった。


 うちの家も仲は悪くないけれど、翔ん家は独特な感じがして、でもこの雰囲気が俺は大好きだった。




 それが壊れたのが高校一年の夏休みの頃。


 サッカー部の練習の時、同級生の加藤に聞かれたのだ。



「おまえ、宮嶋の葬式いく?」と。



 は?何言ってるのと!?と思って加藤を問いただすと、まさか翔と仲がいい俺が知らなかったとは思わなかったらしくて、めちゃめちゃ焦ってた。


 昨日から翔が実家に行くって知ってたから、俺は携帯をそんなに見ていなかった。練習を放りだし慌てて携帯を見に行ったら、着信やらSNSの履歴やらメールやら見たことがないくらい入っていた。


 SNSは昨日の夜中から来ていて、翔と俺の友達が「翔が事故にあったらしい」などとたくさん教えてくれていた。


 着信はかーちゃんだった。慌ててかけると「お母さんもあんたが部活に行ってから連絡があって知ったんだけど、昨日、翔一家が交通事故に巻き込まれて、お留守番してたお姉さん以外全員なくなったって・・・」と電話越しに泣いていた。



 信じられなかった。というか、固まった。


 その後電話を切ったとか、かーちゃんが何を言ってたとか全然覚えてないけど、遅れてきた先輩に携帯を使ってることを咎められて(校則で携帯の使用は禁止されている)、俺が固まってて返事しないことを馬鹿にされたと思ったのか殴られてた。殴られた事もあまりわからなかったが、気づいたら泣きながら加藤が先輩を抑えてて「こいつの親友がなくなったんです」と言ってた。先輩は青くなって謝ってくれてたのをぼんやりと見ながら、『何で加藤が泣いてるんだ』と思った。



 その日は練習を休ませてもらって帰ることになった。というか、ぼーーーーとして使い物にならない俺を加藤が送ってくれた。いい奴だな。


 家に帰ってきたらかーちゃんがいて、「お葬式の事とか、手伝いの事とか色々大変だとおもうから、お母さんいまから宮嶋さんちいってくるから!あんたは今使い物にならないんだから家でじっとしてなさい。詳しい話とか後で全部教えてあげるから家にいるのよ!」


 と念押しをされて慌てて出かけて行った。


 黒い服じゃなくていいのかな、とかそんなことが気になったけど、どうでもよくなって自分のベッドに横になってぼーっとしてた。



 翔。



 あいつ、表情乏しいけど色んな事いっぱい考えてて、俺より頭いいんだよな。



 翔。



 あいつ、かっこつけたがりのくせに、ねーちゃん大好きなの必死に隠してるんだよな。おっかしーの。



 翔。



 俺が忘れててた宿題とか、そっと何度か教えてくれたよな。自分は終わってる宿題も俺が写せるように持ってきてただろ。俺が知らないと思ったのか。感謝してるんだよバーカバーカ。



 翔。


 俺まだ、何もお礼とかいってないよ?



 翔。


 お前、本当にもういないの?



 翔?




 翔―――――――





「祥太!祥太!!!」




 気づいたらかーちゃんが目の前にいて、泣きながら俺を揺さぶってた。



「あんたちょっと泣きすぎ!!体がもたないわよ!」



 泣いてない、と思ったけど、起き上がってみたらベッドがなんかヤバい位べとべとだった。


 気づかない間にギャン泣きしてたらしい・・・?


 自分の事ながらヤバいなって思ったし、かーちゃんに心配されるのは恥ずかしかったけどかーちゃんに悪いなって思ったから素直に頷いておいた。


 俺の様子に安心したのか


「お母さんこれからご飯作るから、食欲無いと思うけど少しは食べなさい。翔君を最後まで見届けるのよ。」


 何がどう最後を見届けるのかとか良く分からなかったが、とりあえず頷いておいた。



 かーちゃんが作ってくれたのはお粥で嫌だなって思ったけど、食べたら中華粥で意外と美味しかった。


 なんか体が必要としてた。


 あと、スポーツ飲料とか念入りに飲まされた。


 夕飯を食べながら、1週間後に通夜があることとか、翔と翔のとーちゃんが即死だったこととか、翔のねーちゃんがヤバそうだって事とか、かーちゃんは色々教えてくれた。


 なんかあんまり実感わかなないし別の世界の話みたいに感じたけど、大事なことだとは思ったからずっと素直にかーちゃんの話に頷いておいた。


「それにしても、環季ちゃん大丈夫かしら・・・」


 かーちゃんが心配そうにつぶやく。


 翔のねーちゃんは、環季っていう名前だなんて初めて知った。


 いつも笑って翔とじゃれあったり、笑いながら俺まで巻き込んでアイアンクローしてくるあの姉が、泣いているところなんて全然想像できなかった。


 けど――――――――――――――



『あいつのねーちゃんが泣いたら、翔が悲しむだろうな。』


 って思った。



 サッカー部の練習が身に入らなくて、怒られながら適当に過ごした。みんな、俺がダメな理由を知ってるのかそこまで真剣には怒られなかったけど。


 1週間後、練習を早めに切り上げて、かーちゃんに連れられて翔の通夜に行った。


 テレビでしか見た事がない様な雰囲気で、ちょっと焦った。周りを見たら来ていた同級生たちもなんかちょっと目が泳いでる様で安心した。



 焼香の順番を待ってたら、翔のねーちゃんが一番前の席に座ってるのが目に入った。


 一目見て『ヤバい』って思った。


 ぼんやりとして、何も見てないかの様な瞳。


 ただ、目の前の光景を反射しているだけで、空っぽだった。


 あれは、ヤバい。よくわからないけどヤバかった。


 不安になって、かーちゃんを見ると俺が言いたいことが分かったのだろう。


「環季ちゃん、あれからずっとあんな感じらしいの。たくさん話しかければ返事してくれるらしいんだけどね。ずっと心ここにあらずという感じで。」


 と言って、また涙ぐんでた。



 通夜から帰る時、親戚なのだろうか?50歳くらいのおっさんが「あそこの娘は泣きもしないで・・・」と誰かと話してた。あの姉の様子を見て正気か?って思った。


 めっちゃ腹が立っておっさんになんか言ってやろうかと思ったら、すぐにかーちゃんが目線で止めてきた。


 少し離れたら「あんな人はどこにでもいるの。翔君の為に騒ぐのはやめなさい。」と言われた。



 告別式は行かなかった。


 かーちゃんも「火を入れるのは大人でも衝撃的だから、行くか行かないかは自分で決めなさい」って言われて行かないことにした。


 でも、家にもいられなくて、塾の帰り道、翔とよく歩いた土手に来た。


 天気がすごくよくて、セミがわんわん鳴いてた。


 川がキラキラしてて暑くてうざい。


 たった2週間前にこの場所で翔と一緒にアイス食った事を思い出した。また泣いた。



 翔・・・もう居ないのか・・・・。


 なんか信じられないな・・・。



 でもさー翔・・・・。


 お前のねーちゃん、ホントやばいよ?どうすんの翔?


 おまえ、ねーちゃん大好きだったじゃん。戻ってこいよ。翔―――――――――――――。




 俺は日が暮れるまで土手いた。


 帰ったらかーちゃんにめっちゃ怒られた。



 ―――――――――――――――――――――――――――



 それから1か月後。


 学校からの帰り道。今にも雨が降りそうな天気で、俺は急いで塾に向かってたら翔のねーちゃんを見かけた。


 葬式の時で見たよりは普通になってたけど、それでもどこかボンヤリしていた。


 歩道橋を渡って駅に向かうのだろう。ふわふわとした足取りで歩道橋を上っているところだった。



 翔が脳裏をよぎった。


 あいつがいたら・・・・たぶん家までついていくだろうな。


 でも、俺あいつのねーちゃんと家族じゃないし・・・。


 女の人つけるなんて、ヤバい奴みたいだし・・・。


 塾急いでるし・・・。



 色々考えたけど、駅までは見届けることにした。


 翔の為に何かやってやりたいという気持ちが強かった。



 雨はもう降り始めてる。


 ねーちゃんの5歩くらい後を、駅に向かうフリを必死にしてついていった。


 ねーちゃん、歩くの遅すぎ!!!


 って思ったら、ねーちゃんは下りの階段を数段下ったところで足滑らせた。



「あぶない!!!」



 思わず声を上げて右手で腕を掴み、左手で手すりを掴んだら何とか2人分の体重を支えられた。


 ふぅ~~~~~思わず安堵の声が出た。


 ヤバかった。


 今のは本当にやばかった。


 つけてきて本当~~~~によかった。



「翔」



 俺に腕を掴まれたままのねーちゃんが、突然俺を見て綺麗にふわりと笑って言った。



 落ちかけた事はまったく気にしていないらしい。


 ていうか、おれ翔じゃないし!って思ったけど、ねーちゃんの笑顔にドキリとしてしまった。


 俺と翔がわからなくなってる?


 慌ててねーちゃんから手を放し、何か言おうと焦る俺をしり目にねーちゃんは平然と言った。



「しょーたくん。ありがとう。」



 翔のねーちゃんは、俺を「翔」って呼んだことも、階段から落ちかけたことも、全く何も無かったようにお礼を言ってくれ、相変わらずふわふわした足取りで駅にむかっていった。



 俺はしばらく歩道橋から動けなかった。


 雨が降っててよかった。


 泣くところでもないのに、涙が止められなかった。



『しょーたくん。ありがとう。』



 翔は俺の事をショータって呼ぶけど、小学校の頃初めはショータ君と呼んでた。


 なんか、幼いあいつがお礼を言ってくれた気がしたんだ。




 ――――――――――――――――――――――――――――



 それから3か月くらいして、かーちゃんが翔のねーちゃんが亡くなった事を教えてくれた。


 肺炎だったんだって。


「漸くちょっと元気になってきたのにね。」とかーちゃんは泣いていた。


 おれはねーちゃんの葬式にはいかなかった。


 なんか、行けなかった。



 それから、俺の身長が急に伸びた。


 以前はチビの方だったのに今は後ろから数えたほうが早い。



 嬉しいけど、なんか素直に喜べなかった。


 どんどん翔との距離が開く気がした。



 それから俺は一人で大学に行った。


 大学はそれなりに楽しかったけど、翔がいたらなって時々思った。



 彼女ができた。


 結構美人だった。


 でも、「ショータ君」って言われるのがすごく嫌だった。


 その彼女と結婚した。



 就職した。


 子どもができた。男だった。


 とーちゃんが死んだ。


 妹が結婚した。


 かーちゃんが病気になった。




 翔がいなくなって15年くらいたって、そして――――――――



 俺が病気になった。


 仕事が軌道に乗ってきてこれからって時だった。


 子どももまだ6歳で、生活に不安を感じたんだろうか。


 彼女が離婚届を持ってきた。


「前から考えてたの。ショータ君私たちといても、ずっとつまらなそうだったじゃない。」


 お義理で一緒にいてくれなくていいのよ。それと、もう連絡してこないでね、と言って病室から帰っていった。介護したくないということなんだろう、な。



「何あの女!!!!自分の都合ばかり!!」


 病気の母さんに代わって、面倒を見に来てくれていた妹がキレていた。


「末期ガンだから仕方ない。」


「・・・・でも!!!」


「保険に入っててよかった。あいつには言ってないけど、お金残してやれるし入院費も出るし。」


「そういうことじゃなくて!!!」


 半泣きになってる妹に癒しを感じる。


「おれも不誠実だったと思う。悪いことは何もしてないけど、精神的に。」


 好きだと言われて何となく結婚してしまったんだ、と笑ったら妹が微妙な顔をした。


 それに、離婚しようと言われてもあまり動じなかった。


 残念だなって気持ちはあるけれど、翔が死んだ時よりもずっと何も感じなかった。


 それが答えなのだろう。


 貧しい人間関係を築いてしまったのだ。


 最近折り紙に凝ってる子どもに会えないのは、少し寂しいと思うけれど。


 ・・・死んだら逆に幽霊になって見に行けるのか?




「おにいちゃん、今まで好きな人いなかったの?」



 好きな人。言われてすぐ思い出すのは翔とあの一家と―――――――――



『しょーたくん。ありがとう。』


 思い出す彼女の笑顔。



 ――――ああ、そうか。


 俺はあの時、彼女に救われてたのか。


 そして、あの時から俺の時は止まったままだったのか。


 俺は大馬鹿者だったな。今更気づくなんて―――



「今分かった。いるわ。」


「え?何それ。不倫?」


 真顔で返す妹に思わず苦笑する。



「悪い事してないって言っただろ。初恋の方。今気づいたわ。」


「え~~~~~~~~~~~~~~お兄ちゃん恋してたの?!!誰々?私の知ってる人?」


「いない。もう亡くなった。」


「え・・・。」


 絶句する妹。連れてこようとか思ってただろお前。


「彼女が辛いときに支えてあげられなかった。そのまま亡くなった。俺がガキだったから、好きだって気づけなかった。もっと早く気付いて支えていたら、死ななかったかもしれない。」


 あの時、歩道橋では支えられたのだ。


 腕に目いっぱいかかった彼女の重さが懐かしい。


 友達のねーちゃんってだけで遠慮していた。でも好きな人として、もっと側に寄り添っていれば、もしかしたら彼女は死ななかったかもしれない。



 俺が殺したって思ったから、葬式に行けなかったのか。




「望。お前をひとりだけにして悪い。だが、お前は新しい家族と幸せになれ。金を少しだがお前にも残す。悪いが母さんをよろしく頼む。」


 まだ闘病も始まってないのに気が早すぎるわよ!と妹が涙ぐむ。


 泣き方は母さんにそっくりで、ちょっと笑ってしまう。



「入院中暇だと思うから、気晴らしもってきたよ。楽しい奴!恋愛小説はまずいよね?推理物でしょ~伝記ものでしょ~ラノベもあるよ~?」


 気を取り直したのか、妹が生き生きと荷物を出し始める。



「ラノベか」


 翔も時々読んでたなと思い出す。


 図書委員で、こっそり私権で増やそうと画策していたのだろう。


 私利私欲で本を選ぶなど悪い奴だと可笑しくなる。きっと、ねーちゃんにラノベを読んでる事を知られたくなかったのだろう。恰好つけ―なのだ、あいつは。



「えーお兄ちゃんがラノベなんて読むの?いっがーーーい!」


 と妹が騒いでる。もう姪も3歳になるのに、俺の前ではいつまでも落ち着きがないのが、ちょっとくすぐったい。



「――――なぁ、お前、転生ってあると思うか?」



 キリスト教は死んだら天国行くっていってたけど、俺のうちは多分仏教徒だろう。父さんの墓が寺にあるからたぶんそうだ。エセでも仏教徒なら輪廻転生するかもしれない。





 この世界に神様がいるなら、お願いしたい。







 もし、彼女の側に生まれ変われるのなら、




 今度こそ、彼女の辛い時に支える事ができます様に――――――――――――






あなたの大事な人も、あなたが転生してまで本当に会いたかった『大切な誰か』なのかもしれません。

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