後編
謎の発疹
所謂、帯状疱疹。
※※
体が熱い。
でも寒い。
何だかふわふわする。
ゆらゆら世界が揺れている、でもなんだか気持ちいい。
ほっぺから人の温もりがつたわる。
誰かにおんぶされてるみたいな。
こっちの世界のお父様もお母様も貴族だから、おんぶなんてしてもらったことはない。
ばぁやは優しく抱きしめてはくれるけど、腰が悪いからおんぶはできない。
だからきっと、これは前世のお父さん?
ああ、私死んだの、かな?
前に一度死んだ時は誰もむかえに来てくれなかったけど、今度こそむかえに来てくれたのかな?
ゆらゆら、ゆらゆら。
せかいが、ゆれる。
そして、せなかのぬくもりが温かい。
わたし今度はがんばったでしょ?
もう休んでもほめてくれる?
おとうさん・・・
※
――――寒い
でも、なんだか幸せな気持ちだった。
いい夢を見ていた気がするのに、とにかく寒い。
あと喉がひりつく。
ここは・・・?と考えて、いままで私の外に散ってた記憶や気持ちが一気に体に引き戻された様だった。
それと同時に大きく襲ってくる、痛み、倦怠感、これは悪寒?視界もなんだか違う気がするけれど、よくわからない。
でも、ローランドは?ローランドはどうなったの?あれからどれくらい時間がたった?
よく視界は上手く見えないが、寒いけれどベッドで寝かせられている感触がする。
「う・・・・」
「お嬢様!?」
誰かの・・・この声は聞き覚えがある。お母様付きのメイドの年配の方だろう。私も時々面倒を見てもらった覚えがある。ここは自宅の侯爵家か。どうやって戻ってきたんだろう?
「大丈夫ですか?魔物の毒の影響で熱が出ているので、かなり寒いですよね。熱が下がるまでは我慢してください。どこか不自由なところはございませんか?」
優しく小さく低い声で私をいたわり、額に濡れたタオルを載せてくれる。少し冷たい手が髪をなでてくれ安心する。
そう、この人はいつも私にやさしい。私付きでもないのに、乳母のミーシャの次に時々私を気にかけてくれたのはこの方なのだ。
「今回はかなり無茶をしましたね?まさか14年分まとめてお転婆を発揮されるとは思いませんでした。」
苦笑いの気配を感じる。
「みず・・・」
「かしこまりました。お辛いでしょうが、少し上半身を持ち上げますね。遠慮せずに私に体をあずけてください。」
そういうと、彼女は私を思った以上の力で抱きかかえながら、コップですら上手く持てない私の為に上手に水を飲ませ、ベットに再び寝かしつけてくれた。
「まだ、休息が必要ですよ。今はゆっくり休んでくださいね。」
「ろーらんど・・・」
彼はどうなったのか聞くのがこわかったが、やはりちゃんと聞きたかった。
私が助かったのならば、彼も助かった可能性は高いけれど。
もし、あの魔法スクロールの包に気づいてくれてなかったら?
もし、私が道中で荷物を落としていたら・・・?
悪寒と悪い可能性に震える私の髪を彼女は優しくなでてくれ、そんな私の心を見透かすかのように、肯定してくれる。
「御安心なさいませ。間に合いました。お嬢様の採取なされた葉が若様をお救いあそばしたのです」
安堵感が、急速に意識を奪い抗えなくなった。まだ、ありがとうとも、よかったとも告げられずに。
「おやすみなさいませ、お嬢様」
彼女がわらった気配がした。
※
次に私が目を覚ましたのは3日後だった。
お医者様が来ようがお父様が見舞いに来ようがお母様が枕元で号泣しようが、熱が下がっても爆睡でちっとも目を覚まさなかったらしい。え?号泣したの?えっ!?
あと、普段ニキビとかできたことないのに顔に発疹が幾つもでき、痛痒かった。なんでも、体の弱ってる老人や遭難者などしかかからない病らしい。栄養つけて、体力が戻れば治りますって言われ、かゆみ止めだけお医者様がくれた。何か負けた気がする・・・。
そして水とパン粥をとり、お不浄に行ったところで、私は力尽きて意識を再び失い運ばれたらしい。
自宅で遭難とは迷惑な話である。恥ずかしい・・・
次は1日後に目を覚まし、大分体が楽になってるのを感じてベットから起き上がろうとして顔から倒れてまた彼女に怒られた。彼女、お母様付きメイドのはずなのに、ずっと私についていて大丈夫なのだろうか・・・。なんだか申し訳ない。
暇だからと本を所望したが、数ページで力尽きまた寝てしまう。
偶にお父様、お母様が見舞いにいらっしゃるが特に話すこともなく、すぐ帰ってしまわれる。と思ったら、しばらくするとまた来られたりする。
不思議だ。でも気にかけてくださる気持ちが嬉しくてニヨニヨしてしまう。後から、ローランドも私のお見舞いに来たがった様だが、本人の体がまだ弱っているのでお父様に私のお見舞いを禁止されたことと、学園の入学式の準備で完治する前に一週間程度で慌てて学園に戻った事を聞かされた。ローランドが私のお見舞い?!再びニヨニヨしてしまう。話す内容とか困るけど!
そんな日々をくりかえし、謎の発疹も消え、ベッドでご飯を食べてもトイレに行っても遭難しない様になり、本を読んでも気を失わない程度に回復するまでにトータルで3週間ほどかかった。驚きである。
・・・思ったより重症だったのか私。
と、独り言をつぶやいたら、笑顔で彼女に訂正された。
「お嬢様の場合は『重体』です。運ばれた当初は生死の境をさまよっておられました。お医者様には「若いから助かる可能性はあると思うが、万が一を覚悟しておきなさい」とまで言われましたよ。ローランド様の方が正直容態は軽かったですよ。」
笑顔が怖い。
そうか、死にかけてたのか。三途の川を見た覚えはないが、前のおとーさんに会ったような気がするからやはりあの世に片足をつっこんでたんだろうな。この世界に三途の川があるか知らないけど。
「こういう時に、なんていうかご存知ですか?」
ニコニコと彼女が迫ってくる。慇懃な物腰なのにコチラが下だと思わせる圧迫感のプロの技がすごい。
「迷惑かけて、ごめんなさ・・・」
思わず謝ると、がばっと彼女が私に抱き着いてきた。
何事!?
「違うのです・・・」
声が、体が震えてるのがわかる。
「貴方様の姿が見えなくなって心配いたしました、旦那様も狼狽し、奥様も倒れられました。」
え?お父様が狼狽!?お母様が倒れ・・・?なんで?大丈夫?
「旦那様も奥様も貴族としては完璧に近い方ですが、親子としては不器用なのです。そして、」
彼女の声が掠れて続く。
――わたくしも、大変心配いたしました。こんな無茶はもう二度と御免こうむります―――と。
いくら鈍い私でも、震え、泣きながら私を抱きしめてくれる彼女が、心からわたしを心配してくれているのはわかった。
記憶を取り戻してから、迷惑をかけることにおびえ、家族を失くすことにおびえ、人におびえ、幸せになることに怯え、すべてを遠ざけていた私は、頑なにばぁや以外の使用人との距離を縮めようとはしてこなかった。
でも私は彼女に、こんなにも愛してもらっていたのか。
ここまでの気持ちを向けてもらっていたら、もはや目を背けることなどできなかった。
「・・・ええ、ありがとうクラリス。心配かけてごめんなさい」
優しくクラリスが髪をなでてくれたように、私もクラリスを抱きしめ、安心する様にとクラリスをなでた。
クラリスの小さい嗚咽は、しばらく途切れなかったが、私はとても暖かい気持ちに満たされていた。
※
それから数日が経ち、私の体ももう大丈夫だろうということでクラリスはお母様付きの仕事に戻っていった。
お見舞いにいらっしゃったお母様に「クラリスを貸してくださって、ありがとうございました」と言ったら「いいのよ。」と力なく微笑まれた。お母様が私に笑顔を向けてくださったのも久しぶりである。でも少し疲れてるのかしら?ここに悪い娘がいるから・・・・!
フグッ!
と思っている間に面会申請を執事が持ってきた。
どうやらこの3週間は面会謝絶状態だったらしい。ベットの上なら漸く会える状態になったということで、メルベク様がお見舞いにいらっしゃってくださったとの事。というか、メルベク様以外にも生徒会のメンバーが3人いらっしゃるらしい。やだ何それ、面倒くささてんこ盛り・・・などと思いつつも、逆に面倒くさいことは先に済ましてしまうのに限る。執事に承る事と、着替えのメイドを呼んでもらい準備できるまで客間で待っていただくように伝えてもらった。
退出する前に執事が思い出したかのように爆弾を落としていった。
「そういえば、お嬢様。お嬢様を連れて帰ってきてくださったのは、ご婚約者のメルベク様をはじめ生徒会のメンバーであるレルネン=パセールス子爵令息と、レガール=アグゥリエーツ子爵令息、騎士のイントロン=リディースカ卿と聞き及んでおります。お礼状とお礼の品などはもう済ましてはございますが、本日、パセールス様とグゥリエーツ様もいらっしゃっていますので、お礼を忘れずにお伝えくださいね?」
絶句した私をしり目にさっさと執事は退出していった。
なにそれ!!!どんな恥辱プレイ!?
聞いてないよ!!!
※
ローランドが無事に床上げしたことにすっかり満足した私は、体調が悪いこともあって誰が自分を助けてくれたかなんて疑問をすっかり忘れてたのだ。大方、自分の予想通りお父様が可能性の一つとして派遣した騎士が助けてくださったのだろうと、そろそろお礼状とお礼の品を考えようかな~位の軽い気持ちだったのに!
なんで!貴族が!あんな!ダンジョンに!いるの!?
・・・わたしもだけどね!!!!
などとグルグル混乱している間に、簡単な着替えは済んだ。部屋着に厚手のケープを羽織り、髪はサイドの三つ編みで緩く垂らしてもらっている。この世界でのザ・病人お嬢様スタイルである。何かあれば「具合が悪いのー」で逃げ切ろう作戦の前哨戦だ。
トントントンとドアがノックされ、執事が「お嬢様、お客様をお連れいたしました」と声をかけてくる。「どうぞ」と声をかけると、「失礼する」と見慣れたキラキラしいメルベク様と、後に続いて赤毛の殿下と生徒会その2とその3・・・。思わず顔が引きつる。
「まさか・・・殿下自ら御身を運んでくださるとは思いませんでしたわ・・・(意訳:ちゃんと言えよ全力で断ったのに。)」
思わず苦笑してそう零すと、
「私が気を使わせてはいけないと、メルベクに頼んだのだ!そして執事には側仕えと言って通してもらったのだ!」
と自慢げに返されました。
いや、それ自慢するところじゃないから。後、もっと気を遣うから。
ギギギギと思わず殿下の側近候補筆頭であるメルベク様を見ると、「ごめんね。止めたんだけど、この人言うこと聞かなくて」
と、にこやかに返された。メルベク様でもどうにもならないのですね・・・。というか、仮にも殿下をこの人呼びでいいんですね・・・?
思わず現実逃避をしていると、近づいてきたメルベク様が跪いており、いつの間にか左手を握られていた。いや、近い近い、いつもこんな距離感じゃないよね?どうしたの???
思わず固まってしまった私と目を合わせて、フッとメルベク様が笑う。
「思ったより元気そうでよかった、ディルキャローナ嬢。ダンジョンであなたに会った時は大変儚く、あなたを失くしてしまうかと思ったから・・・」
と、そっと目を伏せられる。
うわぁーメルベク様まつげ長い~。
そしてダンジョンで、私どんな痴態をさらしたの?パンツとか見えてなかった?大丈夫?「ローランド萌え~」とか言ってなかった?大丈夫?ねぇ?
聞きたいけれど聞けない心の葛藤にグルグルしていると、クスリと笑われた。
「真っ赤になって、か~わいい」
メルベク様は私の左手にチュッとキスをされた。
私は卒倒した。
※
卒倒した私を見て驚き、止める間もなく大騒ぎした殿下の声を聴いて、執事やらメイドやらなにやら大量に集まってきてしまい「すわ、医者を」となる頃に、幸い私は目を覚ました。時間にして10分程度だったらしい。
噂の毒婦が「婚約者に手の甲にキスされて気絶」という不名誉な情報がノータイムで一気に邸内に広まってしまい、私が羞恥心に悶える中、なんだ人騒がせなとばかり使用人たちはさっさと仕事に戻っていった。というか、お嬢様が回復するまでどうぞと生徒会メンバーにもお茶とお菓子も運ばれてきた。解せぬ。早く帰ってくれないか?私の精神の安静の為にも!早く!
ここまで空気だった生徒会その2とその3も、空気を読まぬ殿下の人柄とお菓子のおいしさに舌鼓をうっていた。
「それにしても、ディルキャローナ嬢は噂以上に初心なのだな!」
とにこやかな殿下。
「お恥ずかしい限りです。。。」
噂以上の初心ってなんだよ!私は「ウブで男慣れした魔女」とかいう噂でも流れてるのかよ。どう考えても二律背反してるじゃねーか。既に学園ではチョローナとかあだ名ができているかもしれない。
心で毒づきながらも、いまだ赤くなって悶えてる私に、そっとメルベク様が紅茶を渡してくださる。
「どうぞ、温かいものをとると心が安らぎますよ」
意外と優しいんだな、メルベク様ありがとう。5年前とはまるで別人だな!
「・・・ありがとうございます」と紅茶を受け取る。
ひとしきり、殿下を中心に雑談に興じ、会話のテンポがやはり速いのでついてはいけないが、会話上手の殿下とメルベク様がたまに会話を振ってくださり、ぽつりぽつりと私も会話に加わり、半刻ほど経ちふと会話が途切れたので、生徒会メンバーに改めて向き合った。
「そういえば」
「メルベク様と、パセールス様、アグゥリエーツ様には今回多大なご迷惑をおかけしたと聞き及んでおります。ローランドの命を救えたのもひとえに皆様のおかげです。厚く御礼申し上げます。」
ベットの上であるが深々と頭を下げる。
「この恩義は私、生涯忘れません」
と言い募ると、困ったようにメルベク様が笑う。
「私も、レルネン、レガールも同じ生徒会メンバーでローランドの友であるし、騎士を目指しているからには困っているものを助けるのが務めであるので、そこまで恩義を感じていただかなくてもいいのだよ。」
それに・・・と言葉を続ける
「やはりあなたは、自分の命は勘定に入れてないのだな。」
そうメルベク様に指摘されてドキっとした。
「わたくし・・・」
言葉が続かない。そりゃあそうだよね。普通自分を助けてくれたことが先に出るよね・・・。
「なんだ!キャロリーナ嬢は助かってうれしくないのか!?」
空気を読まない殿下が追い打ちをかける。
ていうか名前。
「殿下、婚約者の俺でさえまだ愛称呼びしてないのに、あんた殺されたいんですか?」
にっこり笑顔で毒を吐くメルベク様。
ア―――・・・お二人はそういう関係ですか。そうですか。薄い本がはかどりそうですね。
「な、なんだ!いいではないか!キャロキャロリーナ嬢は名前が長すぎて覚えられないのだ!」
「そんなふざけた名前は流石にいやですわ・・・キャロリーナで結構ですわ・・・」
思わず許可してしまった。頭おかしくなるからせめて「キャローナ」にしてほしいとも思ったが、前世の知識で油っぽい名前になるなと思って思いとどまる。それに殿下のこの様子だと学園の遠くから「キャロキャロリーナ嬢!」と声をかけられ、社会的に抹殺される可能性が非常に高い。
「ともかく~!キャロリーナ嬢は助かってうれしいだろう?」
殿下が話を強引に戻してくる。ここまでの態度であほの子っぽいなーとは思っていたが、妙に鋭いのだ。
大変油断ならない。
「もちろんうれしいですとも」
外面の笑みをにっこり張り付ける。
「その顔は嘘くさくていやだな」と殿下。動物ですかあなた。
「いえ、本当にうれしいですよ・・・。ただ・・・」
「ただ、なんだというのだ?」
どうして殿下はそんなに私のことが気になるのでしょう?
でも、しょせん私は民草の一人。ただの興味で私の意見を聞いたとしても、きっとすぐに忘れて殿下のお心を煩わすこともないでしょう。
ほう、とため息を一つついて、殿下に向き合う。メルベク様にも私を知ってもらうのに丁度いい。
「わたくしは、死にたいと思ったことはございませんが、生きていたいと思ったこともないのです。」
薄く笑う。
「わたくしは人として壊れてるのでしょう。きっとそんな不気味さを感じ取って、人は私を魔女などと呼ぶのです。」
いや、逆だろうか。どうしようもなく、死を望んでいる時もあるし、だが、もらった命を捨てきれずにいる。大事な家族にもらったものだから。
「それは・・・・」
と殿下が言いよどむ。純粋そうな殿下じゃ分からない気持ちだよね。
困らすつもりはなかったんだ。ごめんよー。
と、思っていると、執事がやってきてそろそろ面会時間の終了時間だと告げる。
時間制だったのか面会時間。そりゃあまだ床上げも済んでないから当然といえば当然なのか。
「ほら、殿下お暇しますよ。」
と、明るくメルベク様が殿下をうながす。いい奴だな、メルベク様。こんなドン引きするような内容を聞いて、助けてやったのに「生きてても死んでてもよかった」みたいなことを言わたのに気を使ってくれて。後ろのその2,3はドン引きしてるようだけれども。
最後退室される間際、メルベク様が私の側に寄ってくる。
「私は・・・いや、俺はこれからキャロって呼ぶから。」
覚悟しておいて?と耳元で囁かれた。離れ際に頬と髪を軽く指先で撫でられる。
メルベク様が退室したドアの音と共に、私は再び卒倒した。
今度は誰にも気づかれなかったと記録しておく。
※※
――――ゴトゴト―――
学園に向かう帰りの馬車の中。
「殿下、お見舞いはいかがでしたか?」
と声をかける。
さっきからこのアホの子殿下は、難産の牛の様にうーんうーんとうなっていて、いい加減鬱陶しい。
「キャロキャロは」
もはや『リーナ』も忘れたのかこの野郎。
「だれか大事な人でも亡くしたのか?」
「さあ?聞いたことはないですが乳母が殺されたりとか親しいメイドが殺されたりとか我々の世界ではよくある事ですからね。」
よくある事だが、彼女はきっととても傷ついたのだろう。優しく不器用な人である。
それにしたって、傷が深すぎる気がするのだが他にも何かあるのだろうか?
「わだぐじわ、キャロキャロリーナ様がおがわいぞうでず~~~」
なぜか、一緒にいたレルネンが号泣しだした。なぜだ。
レガールは完全にレルネンにドン引きしている。
「・・・お可哀想かとも思いますが、貴族の子女には向いていないと思いますね。噂も違うなら否定するのも、火消しをするの務めですので。このままでは侯爵家や婚約者であるリュオン殿に迷惑がかかるのでは?」
と、もっともなことを述べる。
彼女はきっとそれをよしとしないだろう。だから
「そうか、出奔する気なのか」
鋭いですね、殿下。
「わだぐじわ、キャロキャロリーナ様がおがわいぞうでず~~~」
さっきと同じセリフじゃねぇか。あと、キャロキャロリーナって呼ぶな。
レルネンが自分のハンカチを出しおいおい泣きはじめる。出したハンカチにピンクのかわいらしい刺繍が入っているのを見ないふりしてそっと目を背ける。この筋肉だるまの刺繍事情などあまり詳しく聞きたくない。
見たくないものは無視し、本題に話を振る。
「殿下、キャロは、ラヴィーシャ嬢と比べてどうでしたか?」
レルネンとレガールに緊張が走ったのが分かる。
現状、ラヴィーシャ嬢はキャロを攻撃している。キャロが学園を休んでいるこの3週間も頻度は減ったがディルキャローナにいやがらせを受けていると方々に言いふらしているのだ。いないものをどう嫌がらせをするのか疑問ではあるが、体調が悪いと分かっていないのだろうか。
「キャロと・・・!!!!・・・キャロキャロとラヴィーシャ嬢どちらを信じるかといえば、キャロキャロだな!」
殿下までキャロと言いかけたので殺気で黙らせる。俺だけの愛称なんだからキャロだけは呼ばせませんよ。
「だって、キャロキャロリーナ、ローランド以外興味なさそうだし。そもそも、婚約者のリュオンですら今まで興味がなさそうだったのに、ラヴィーシャ嬢が誰かもわかってなさそうだし。」
うんうんと頷く殿下。
「それに、当のリュオンがラヴィーシャ嬢に興味が全くないのに、なんでキャロキャロがラヴィーシャ嬢に嫉妬しなきゃならないんだ?」
ホントこの方、無駄に鋭いんですよね~。
俺、基本的に婦女子に優しくはしているけど、女好きじゃないしねー。
実の母が割とやらかしたので、俺は女を基本信用していない。体は柔らかくて好きだけれど、ただそれだけ。女の子と遊ぶなんて面倒臭く極力したくなくて、キャロともここまで最低限の付き合いしかしてこなかったことが悔やまれる。
だから、今回の事は本当に衝撃的だった。家族のために命を懸ける貴族の子女が身近にいるとは思わなかったのだ。キャロの行動は無謀でアホだし大層な悪手だったと思うけれど、その献身は疑いようもない。キャロは多少変だけど、初心で本当にかわいらしい。腕の中に囲い込んで、笑顔にしてあげたいなんて俺が女に対して思うなんて――――。
思わずにやけてしまいそうなので気を引き締める。
「あとは殿下は頭さえよければ殿下はいい国王になったかもしれないですのに。」
「ほめても何も出ないぞ。」
ほんと鋭いですよね。これでも尊敬してるって、野生の勘で察しないでくれませんかね?
「・・・ということは、なんだ、ラヴィーシャ嬢は悪人だったのか!ガハハハハ。それならば懲らしめなければならないな!」
殿下もラヴィーシャ嬢気に入ってるような雰囲気だったけど、この感じだと好きとかじゃなく『珍獣枠』だったのだろうな。世間ずれした可哀想な面白平民を保護するみたいな。
「ラヴィーシャ嬢の勘違いという可能性も・・・」とレガールが口を挟む。今での様にラヴィーシャ嬢の言い分が一方的に正しいとは思ってないのだろうけれど、信じたものを信じたい気持ちが騙されたということを認められないのだろう。
「ははは!ないな!あんなに頻繁にキャロキャロの動向をうかがってるのはラヴィーシャ嬢の方ではないか!」
「虐げられる不安から相手を観察するのも不思議ではないのでは?」
「私は財務大臣をそんなに見ないぞ!」と殿下。
財務大臣は第一王子派で、かつ性格も悪いですからね。うちの子に嫌味を言えば第一王子派での株が上がると思ってる節がありますよね。うちの殿下と第一王子は仲いいけど。
「そうだな・・・例えばレガールは、レルネンに毎日「ピンクの刺繍のハンカチを持ってこないものは精神がたるんでいる!」って言われ続けたら、復讐する気もないのに逐一レルネンの動向を把握しようとするのか?どこで飯を食っているとか、どこに出かけるのかとストーキングする程?」
と俺が言うと、レガールはそっと、いまだ泣いているレルネンから目を背けた・・・
ピンクの刺繍は男性に地味にダメージを与える様である。
※※
2日後の夕刻、再びメルベク様が私を訪ねていらっしゃった。
コナクテモイイデスヨー。
とは言えないため、丁重におもてなしをしようとするが、止められる。
「貴方を労わりに来てるので、遠慮は不要です。どうぞそのままで。」
女慣れしてるであろうメルベク様はそう言うと、使用人に椅子とサイドテーブルを持ってくることを指示し、出てきた紅茶を二人でゆっくり飲みながらお話することになった。
給仕のメイドが紅茶を入れ、・・・薫り高く、かすかに甘いこの香りは冬に摘んだ茶なのだろうか安心する―――部屋のドアを開けて退出すると。部屋がしぃんとなった。
ちょっと恥ずかしい。
でもなんで、今更私に興味を持ったんだろうこの人?
剣装備して魔物の返り血でドロドロだった女をダンジョンから連れて帰るだけで100年の恋も冷めると思うんだけど、ドMなのかな?
「違う」
即座に否定された。ていうか、声に出してなかったと思うんだけど、声に出てました?
「不思議そうな顔をした後に、ゴミムシを見るような眼をされたので何となく予想はできるな。」
頭の良い方だ・・・それに
「メルベク様は・・・そちらが素ですの?」
急にオラつくとびっくりするんだけど、金髪碧眼の王子キャラだと思ってたら俺様キャラだったのですか・・・薄い本が(ry
「ああ、すまない。騎士団にいると野郎ばかり相手にしていて必然的に言葉が悪くなる。」
「そういうものなのですか・・・」
知らなかったよ、おかあさん。いや、今世はお母様だけど。
「不快だったら改めるが・・・いや、やっぱり改めたくないな。」
どっちですか。別に構わないけれど。
「外行きの、女性が喜びそうな言葉遣いももちろんできるが」
そっと私の手を取り、ゆっくり手の甲にキスをする。
一瞬で毛穴という毛穴がブワッと開いたのが分かる。
またやった!この人遠慮なくまたやった!
・・・・固まったけど!!!今度は気絶しなかったのでほめてください!!!!
「あなたには、・・いや、キャロには嘘偽りを見せたくない」
私は多分真っ赤になっているだろう。メルベク様なんでこんなにいい男キャラになってるの?
最近まで私に全く興味がなかったよね!?
いやがらせとか悪口とか初見以外まったくなかったけど、かばったりとかもなかったし!
ホント必要最小限の手紙やプレゼントのやり取りとか、夜会のパートナーだけだったし!
赤くなってグルグルと脳内ハムスター状態になってた私だったが、次の言葉で血の気が引いた。
「だから、キャロの真実を教えてくれないか?」
※
「なに・・・を・・・」
何を言ってるのだろうこの人は。
私は見たままじゃないか。社交性もなく、親にも持て余され、実の弟にも嫌われ、使用人にも迷惑かけ通しの、ダメ人間ディルキャローナとは私の事。
「どうしても、あなたを理解できないんだ。何かを抱えているのだろう。いつも辛そうにしている。」
「そんなこと・・・」
「言葉を変えよう。何に怯えている?」
「・・・怯えてなんか」
目の前がチカチカしてきた。これ、病欠になっちゃだめだろうか。
「『てんしさま、おねがいです。わたしをさしあげますので、どうか、ろーらんどだけはたすけてください。おねがいします。たったひとりの、おとうとなの。』キャロはダンジョンでそう言った。」
カッと頭に血が上る。
「聴いていたのね!酷いわ!!!」
「ちがう、キャロが俺を天使と勘違いしてお願いしてきたんじゃないか。」
わすれた?と優しく外見天使のメルベク様が微笑む。俺様口調とのギャップが激しすぎる。
メルベク様のさらさらとした金髪が今更ながらに目に入る。
「あの時・・・あの時のことは殆ど覚えていないのです。でも、何か金色の光を見た気がします。きっとメルベク様の御髪の色だったのでしょう。失礼いたしました・・・」
「キャロ、キャロ違う。俺はそんな優等生的な答えで煙に巻いてほしいわけじゃない。」
ドクドクと心臓が嫌な音を立て、血の気が引く。
冷たくなった私の指先を励ますかのように、メルベク様がご自身の手で包み込んでくださる。
温かいことに涙がこぼれそうになる。顔をあげていられない。
・・・あの時、酷く冷たくなった私を、ずっと支えて温めてくれたのはあなたなの?
怖くて聞けない。
「あのとき、キャロは、家族をまた失くしたくないとひどく怯えてた。でも、侯爵に聞いても周りで誰も亡くなったはずはない、っておっしゃる。」
手が震える。でも、メルベク様の手が暖かい。
「キャロは、何を失くした?何に怯えている?」
泣くつもりもなかったのに、勝手に涙がこぼれてしまう。
弱さなんて見せたくないのに。
ローランドが生まれてから泣いたことなんて一度もなかったのに、ローランドが倒れてから私は泣いてばかりだ。
「・・・おかしな子だって思われるわ・・・」
「そうかもな。でも、聞いてみないとわからない。」
「否定しないのね。ずるいわ。」あまりの正直さに、涙と笑いが漏れてしまった。
「でも、正直だろ。」
子どもの熱を測るように、コツンとメルベク様が私に額をつけてくる。
メルベク様の鼻が高くて、少しぶつかってしまう。恥ずかしいし可笑しい。
笑うとまた涙がこぼれ、下を向きがちな私を励ますように、これ以上下を向けさせないとでもいうよに、額で支えてくれる。
もういいんじゃないか、って思った。
これだけ励ましてもらったんだから。
例え、前世の話をしてメルベク様に嘘つき呼ばわりされたり、嫌われても、引かれても。これだけたくさんの大事なものをもらったら、生きていけるんじゃないかな?
「覚えてるか?あの時俺はこう言ったんだ。」
そう、彼が言葉を続ける。
「『俺が何とかする、もう休め』って。だから、ほれ、残りの荷物も全部よこせ。」
と華やかに笑う。その顔は天使でもなんでもなく、ひとりの純粋な少年の様で。
不意に気づいた。
――――私は彼ほど強くない。
私は何をやっていたのだろう。
前世の記憶があっても、全然大人になんてなってなかった。
17歳で止まった前世のままずっと精神年齢もあの日の17歳で生きてきてしまったのだと。でも、あの日と同じ歳になったのだから、そろそろ私もあの日から動き出さないといけないのだ。
涙で滲んだ眼で、メルベク様の瞳をじっと見つめる。
近くでみたメルベク様の眼は複雑な色彩をしながら、それでいて綺麗な碧眼だった。
「きれい。」
「キャロはかわいい。」
すぐにメルベク様が言い返す。
そんなところで張り合わなくていいのに、変に意地っ張りで、また笑いが漏れる。
「いいわ。特別に教えて差し上げます。後悔したって知らないんだから。」
顔を上げ、ツンと顎をそらし、あえて居丈高にいう。
「望むところだ」とメルベク様が言う。
「私には、生まれる前の記憶があるの。」
キョトンとしているメルベク様。
そりゃあそうだよね・・・誰か知り合いが亡くなったとか、そういう話だと思ってたんだろうけどさ。
「生まれる前の私は、ここじゃない国の、今の私と同じ17歳の少女だったの。」
「まいったな・・・」
予想もしない答えに、戸惑った様に口を押えるメルベク様。
ここまで話したんだから、賽は投げられてるんだ。最後まで話さしていただきますからね?
メルベク様が受け止められようが、受け止められまいが、きっと彼の経験にはなるはずなのだ。ここまで 私を思って言葉を紡いでくれた彼に、私が唯一できることとといえば、恐れず信頼をし、言葉を紡ぐことだけ。
「・・・それで、どうしてあんなに家族を失くすのを恐れてた?まて・・・生まれる前が17歳?」
まさかとメルベク様がこちらを見る。頭のいい方だから最悪なパターンまで考えたのだろう。
「その国は日本と言って、ここよりも生活水準が高くてね、貴族はいなくて子供はみんな20歳くらいまで勉強するのよ。それでね、私は良い学校に入る試験の為に17歳の時に一人で家で勉強してたの。」
黙って続きを待つメルベク様。
「それでね・・・それで、ある夏の日・・・あっちは夏の暑さが厳しいから学校の休みが長いの。その休みに父さんと母さんと弟が車―――馬車に乗ってね、母さんの実家に旅行に行くことになったの。夏は死者を悼む日があるから・・・。私は塾―――家庭教師がくるから、行かないってことになったけど、私だけ旅行に置いてけぼりになる事に拗ねて。出発前にお父さんを困らせてね、出発を20分くらい遅らせちゃったの。」
「それから私はいつも通り勉強して、すべての授業が終わって、夕方、お父さんの妹から電・・・連絡があったの。家族みんなが馬車の事故で亡くなったって。―――その後は全然よく覚えてないの・・・ショックがひどすぎて、気づいたらお葬式とか終わってた。本当に、所々しか覚えてなくて、遺体の損傷が激しすぎて、誰の顔も見れなかった事とか、誰かに可哀想だって言われたとか、お父さんの馬車に突っ込んだ人が酒に酔って逃げたとか、そんな事を断片的にしか覚えてないの。その夏以降の記憶がないから、自殺はしてないと思うけれど、ぼーっとしてたからきっと何か事故にあって私も死んじゃったんだと思う。」
一呼吸おいてメルベク様の目を見る。綺麗な瞳は戸惑いの色で少し揺れている。
「こんなこと、全然信じられないよね。可笑しいよね。自分にもちょっと信じられないもの」
ちょっと困ったように笑ってしまう。
「きみは・・・」
一瞬戸惑ったようなメルベク様は、だがしかしきっぱりと言葉を紡ぐ。
「君は結局、何を一番恐れてるんだ?」
「何を?」
予想していなかった問いに、困惑する。
さっき、メルベク様が「家族をまた失くしたくない」って私が言ってたって、言ったじゃないか。
「違う、なんで家族をまた失くしたくないって思ったんだ。」
なんで?・・・誰だって家族は失くしたくないよね?
混乱し動揺してしまう。
「家族を失くしたくなかった気持ちは前世の君だろう?今のキャロは何を思ったんだ?」
頭をガツンと殴られた気がした。
思い出す、ローランドが生まれるあの日。私が前の私を思い出してしまったあの日――――。
「私は―――」
言ってごらんと、メルベク様は私の髪を優しく撫でる。
気づいたら体が震えていた。
「私は・・・・”前の私”をローランドが生まれる日に思い出して―――――」
優しく撫でてくれるメルべク様の掌から伝わる温かさが、ただ愛おしくて。
「日本では医療がとても発達してて―――でも、こっちの世界はそうじゃないって気づいたの。」
言葉にしようとして、今更、自分気持ちにようやく気付いた。
「日本で医療が発達する前はお産で死ぬ女性がとても多かったって知ってたの。それに貴族の女性は儚いことがステータスになるし、運動量も少ないから平民よりもお産で死ぬことが多いって気づいちゃったの。」
声が震えてくる。
「それで?」
メルベク様が私にやさしく促す。
「それで・・・私が我儘を言って、ローランドやお母様がまた死んじゃったらどうしようって・・・」
せっかく止まってた涙が、また溢れてしまう。メルベク様はホント私を泣かせ上手だ。
「また家族と離れ離れになっちゃったら―――」
とても、とても怖かったのだ。
「また、置いて行かれちゃったら―――」
がんじがらめになって動けなくなるくらい。
メルベク様が私を抱きしめてくれ、髪をなでてくださる。
不意に鮮明に『あの日』の情景が目の前に広がる。
比喩でも何でもない。まるで現実かの様な光景。
驚いて辺りを見回すと、
懐かしい、あの日の我が家。
セミの音。
お父さんのちょっと派手な赤い4人乗りの車。
そこに、玄関から出てくるお父さんにまとわりついてる私と、弟とお母さん。
『も――――みんなずるいよ~~!!!!ううう・・・・私だけこんなコンクリートジャングルでセミと同衾で勉強なんてひどすぎる・・・一緒に地獄に落ちればいいのに・・・』
『ハハハ、セミは長野の方がきっと多いぞ~煩いだろうなぁ~』
『馬鹿姉ぇ、そんなアホだと全く受かる気がしない。さっさと諦めたら?』
『馬鹿な事ばっかり言ってないでしっかり勉強なさい~。自分で決めた事でしょ?
お母さんは高卒だっていいと思うのよ。看護師とか素敵じゃない!』
『やだよ~!大学生あこがれるもん!それに、お母さん仕送り期待してるだけでしょ!』
『ばれたか。』
『俺は!娘に仕送りを強請るほど落ちぶれてはないぞ!!!』
『はいはい、冗談に決まってるでしょ?尻の青いヒヨコからむしりとるわけないでしょ?
無駄遣いしないように上納金として巻き上げるだけよ。いい加減父親なんだから察してよね。』
『母さん怖い・・・』
『と~~~に~~~かく~~~~お土産!信玄餅!これだけは譲れない!!!
絶対買ってきてよね!』
『そして肥えると』
『ムキ~~~~!馬鹿にしてぇ~~~~~!2年後覚えてらっしゃい!あんたの受験の時はヒィヒィ言わせてやるんだから!』
『あ、おれエスカレーターでそのまま大学いくから』
『馬鹿ぁああああああ!!!』
『ははは、うちの子はあほ可愛いなぁ。』
『バカやってないでもう行きましょう。あんたも暑いからさっさと玄関閉めてクーラーつけなさい。熱中症で死ぬわよ』
・・・何だろうこれは、こんな鮮明な、リアルな幻覚?・・・魔法?
「・・・なんだこれは?」
メルベク様も呆然としているので、見えているのか。
私がとうとう頭がおかしくなったわけではないのか。
『わかったよ~~~、お土産ホントよろしくね~気を付けてね~』
『へ~い』と、気のない返事の弟。
・・・でも、お土産とか買ってくれるのは、いつも弟だって知ってる。お父さん忘れっぽいもの。
前に弟と喧嘩して3日口を利かなかった時にお父さんがこっそり教えてくれた。
『行ってきます~』明るいお母さん。
いつも、強くて、誰かがくじけそうな時、家族を支えてくれた。
お母さんだけでも生きてたら私、絶対死んでないと思う。
『戸締り気を付けるんだぞ』優しいお父さん。
うっかりなところもあるけど、家族大好きなお父さん。
何言ってるの、お父さん達の方が危なかったじゃない。
『行ってらっしゃい~~~~』
車がすぐ角を曲がるまで見送り部屋に戻る私、そして車と一緒に消えてゆく幻。
なんでこんな幻が、今更現れたのか。
幻が完全に消える直前、不意に言葉が降ってきた。
―――――『どうか、環季だけでも幸せに・・・』――――
散らばっていた、パズルのピースが逆回りで戻るように、葬式前の叔母さんの話を思い出す。
『車は右側面から青信号で側面衝突されたらしいの。兄さんと翔君は即死だったて。でもね、助手席にいた義姉さんは車と壁に挟まれたけど、辛うじて息はあったって。救助してくれた方が言うには、ずっと、兄さんと翔君の名前を呼んでて、あと、環季が心配だって―――自分が死にかけてるのに、人の事ばっかりでホント義姉さんは・・・』
「お父さんとお母さんと、翔が私を恨んでるなんて本気で思ってなかった。ただ、酷く、どうしようもなく寂しくて。わたしもあの日、一緒に車に乗れたらって思って――――」
温かな、メルベク様の手が気持ちいい。
「私も、何で一緒に逝けなかっただろうって、ずっと思って―――」
私がばかなことを考えることを母はお見通しだったのだろう。そして、私の弱さも。
今際の際まで心配させてしまった申し訳なさと、何よりも深い愛情に、どうしようもなく癒されれていくのを感じた。
「お母さん―――みんな、ごめんなさい・・・」
私は運よく生き残ったのに、きっと上手く生きられなくて無駄にしてしまった。
ずっと家族が大好きだった。
私はお父さんとお母さんの子供で幸せだった。
翔も生意気だけどホントいい子だった。彼女が出来たら、邪魔してやろうと思ってたのに!
――――『環季、幸せになってね』
また微かに、聞こえた気がした。お母さんの声なのかお父さんなのか、翔なのかわからないけど。
「上手く幸せになれなくて、ごめんなさい―――」
それから、ワァワァと子供の様に泣いてしまい、その間ずっとメルベク様が優しく頭をなでてくださってた気がする。
いつの間にか意識がいつの間にか落ちていた。
メルベク様はホント、私の意識を刈り取る事も上手なのだ―――
※※
失礼します、と侯爵家の執務室に入出する。
「リュケイオン殿、どうであったか?」
侯爵と奥方が、こちらを心配そうに見つめてくる。
「ディルキャローナ嬢の問題が分かりました。とても、すぐに信じられる様な内容ではありませんが・・・」
何をどこまで言ったらいいのだろうか?
そして、どう表現すればキャロの気持ちが伝わる?
頭を悩ませながらも、キャロとの関係が長年上手く行ってないにしろ、ずっと心配してきた侯爵閣下と奥方の愛情を信頼しできる限り話すようにする。侯爵夫妻も俺を信用してキャロを託してくださったのだから。
「簡単に言うと、キャロは前世持ちです。信じられませんが―――」
まさか―――と侯爵がつぶやく。
「あなた、前世持ちって?」と奥方が侯爵に問う。極稀な事なのであまり知られていないが、逆に言えばどの国のどの時代にも一人はいるようなことなのだ。
「―――キャロとして生まれる前に、別の人間として生きた記憶があるということだ―――」
まぁ・・・と奥方が声を出す。だが、いまいちよくわからないのだろう。
「いつの時代にも何人かは居た記録が残っていますが、だからと言ってそう多いものではありません。近年ですと、そうですね、3代前の侯爵殿の奥方が前世持ちで料理人だったという記録がございますね。」
「勤勉だな」侯爵がほめてくださる。
まぁ、普通の学生とかそこまで記録を読んでないだろうからな。
「痛み入ります」評価は丁重に受け取っておく。
評価が低いとキャロを娶れなくなったら大変だからな!
「キャロは前世でニホンという国に生まれたそうです。二ホンという国は近隣諸国の記録にも見た覚えがないので、秘匿もしくは恐ろしく遠い国なのでしょう。」
恐ろしく遠いなんてものじゃない。あの幻が二ホンであるならば、もう別世界と言って過言ではない。どこの国に馬が引かない鉄の馬車があるというのだ!
「大変豊かな国でありましたが、両親とその弟を17の時に馬車の事故で同時に失い、そのショックで自身もおそらく事故か何かで亡くなった可能性が高いそうです。」
ハァ―――――
と、侯爵が長い溜息をつく。「それでか・・・。」
奥方は「・・・なんてこと」と目を潤ませている。
「キャロはその記憶をローランドが生まれる日に思い出したそうです。」
侯爵夫妻に緊張が走る。
「3歳にして急に記憶が流れ込んだことと、出産に伴うリスクを正確に把握したそうです。前世の様に再び家族を失くしてしまうのではないかと不安に陥り、自分からは何も望むことが出来ない様になってしまったようです。」
「キャロちゃん・・・」奥方が侯爵に縋り付いて泣き崩れる。
「我々は、キャロに拒絶されていたわけではなかったのだな・・・」
ただ、極端に不器用になり、極端に喪失に怯えるようになっただけで、確かに家族を愛しているのだ。
ローランドだけじゃなく、キャロはきっと夫妻の危機にも簡単にその命をかけてしまうのだろう。
「今回のローランドの騒動がいい例ですね。不器用な癖に家族を守りたいという気持ちが人一倍強いせいで、自分を簡単にないがしろにして、あのような暴挙に出たのでしょう。」
あの、キャロの前世の幻と思われる家族も大変幸せそうであったが、侯爵夫妻も貴族にしては大変愛情深い。侯爵夫妻もキャロをどう扱っていいかわからなかっただけで、理解したこれからは少しずつ歩み入っていけるのではないだろうか。家族が好きなキャロには何よりうれしい事だろう。
「多分、もうキャロは大丈夫じゃないかなって思います。表情が明るくなりましたし。」
泣き崩れていた奥方が顔をあげる。侯爵の目にも涙が・・・珍しい。
「ちゃんと幸せにならなきゃって言ってました。漸く今の侯爵令嬢としての自分に向き合えるようになるのではないかと思います。」
「ありがとう、リュケイオン様。あなたには感謝してもしきれないわ。」奥方が微笑みを浮かべる。ホント妖精の様にはかなげで、お美しい。さすがキャロのご母堂である。
「当たり前ですよ、僕はキャロに惚れてしまったんですから、これから嫌ってくらい構い倒して暴走する間もなく幸せにする気なんですよ?」
俺の冗談にクスクス奥方が笑う。まぁ本気だけど。
憮然とした表情で侯爵がのたまう。
「婚約者といえど、結婚にはまだ早いからな!まずは婚姻式からだからな!」
どこの男親も、娘は大体目に入れても痛くないようだ―――――
※※
~後日談~
2ケ月ぶりに学園に復帰した私に、目ざとい殿下が笑顔で駆け寄ってきてくださり、
「キャロキャロり~な~!!!元気になったか~~~~~!!!よかったな~~~!!」
と衆人環視のもと大声で叫ばれた。ついでに、ぶんぶんと手もふってくださった。
あまりのギャラリーの多さにめまいを起こした私が地面とキスをする前に、颯爽と駆けつけ私を支えたメルベク様は、そのまま私をお姫様抱っこしてこう宣言したという。
「我が婚約者殿は大変恥ずかしがり屋で、殿下の妄言に気を失ってしまったようだ。それでは、彼女を介抱したいので失礼する」
と観衆に笑顔でのたまい、お姫様抱っこでそのまま保健室に連れていかれた。
その日一日保健室で過ごした私は、羞恥のあまり不登校ならぬ保健室から出ることすら嫌がり、迎えにいらしたメルベク様にキスをすると脅されてまた失神。気づいたら寮の自室でメイドに介抱されていた。
登校二日目にして、私のあだ名は「キャロキャロリーナ」「失神令嬢」「ブラコン」「小姑」「おかん」「キャロキャロ」―――まって、キャロキャロってなに?!―――から「夜空の女神」「月の申し子」「慈愛の聖女」など、どこの諜報部員が垂れ流したんだ?という眉唾なものまで流れたようだ。
あれから殿下は事あるごとに私にからんできて、殿下が毎度私を怒らしたり、ローランドをいじめた殿下に私がブチ切れるなどの修羅場があったが、お互いケロッと忘れて次の日には普通に話しているのをで大らかな奴だなって思われたっぽい?以前の様に娼婦だの魔女だのとは言われることはなくなったようだ。
だがしかし、剣をふるっていることもばれたので「野蛮」とか「動物」とか言われるようにはなったけれども、年下の子から何故か顔を赤らめて「お姉さま」とも呼ばれる割合が高い。解せぬ。
あと、何故かローランドがシスコンと化した。「お姉さまは僕が守ります!」と宣言された。解せぬ。でも、超嬉しい。可愛い。でもローランドのお嫁さんがいなくなったらどうしようかと心配だ。あと、ローランドはなぜかメルベク様と仲良くなって毎日剣の打ち合いとかしてる・・・。婚約者と弟が同時にいなくなったみたいで・・・・さ、寂しくなんかないんだからね!
さらに嬉しかったのが、何故か少ないが女性のお友達もできたこと。まだほんの数人だけど、メルベク様が「私に合いそうだ」と紹介してくだしてくださった。本当に感謝している。一番仲良くなったレヴェイユ嬢は私と話すたびに「はぁ~~~///キャロキャロはかわいいですわ~~~」と言って頭をなでたりするのはやめてほしい。お菓子は好きなので有難く頂戴している。あと、おっぱいを揉んでくるのもできればやめてほしい。あと、キャロキャロ言うな!・・・あれ?友達かなぁ?
そのメルベク様といえば、自身の卒業直前に気づけば私は物理的に気絶させられ(何をされたかは完全黙秘させていただきます!)、意識のない間に婚姻式が終わっており、
「婚姻式までしておいて、逃げて僕に恥をかかせないよね?キャロ。」と黒く微笑まれたのが決め手となって、私の卒業と同時にメルベク様に入籍させられました。出奔する可能性とかまるで考えられないくらい潰されました。
めでたしめでたし?
物理的に逃げる暇もなく囲われたでござる
そしてレヴェイユ嬢はリュオンの義妹。
性格がお互いそっくりである。