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2/18

中編

リュケイオンサイド

 ※※


 新学期7日前にその事件は起こった。


 俺、生徒会副会長であるリュケイオン=メルベクと、会長である第二王子カトラシュニオン殿下、書記の侯爵令息ローランドと、会計伯爵令息マスクル、書記伯爵令嬢カティリア嬢、その他生徒会メンバー上位五人は、来る入学式の準備のために学園の生徒会室に昼から集まっていた。護衛はもちろん居るのだが、そこになぜか殿下が許可なさったラヴィーシャ男爵令嬢までいるのが納得いかない。


 多少非効率ではあったが、割合平和的に決めるべきことが決まっていく。しかし、突然それは起こった。ローランドが急に胸を押さえ苦しみだし倒れたのだ。


 それに伴い、ローランドの皮膚に黒い靄の蔦の様なものを確認。

「ラブサスの呪い毒」の事が脳裏によぎって酷く動揺した。先日騎士団長である父から秘密裏に聞いていたのだ。「何者かが医療院に夜中に押し入り、ラブサス草のみを盗んでいった。あれが悪用されれば大惨事になる」と。騎士団は急ぎ、予備のラブサス草を採取すべく白の団の間で準備が進められており、本日昼過ぎに生息地である出発したはずであった。ラブサスの呪い毒なら呪いの程度にもよるがどんなに長くても5日しかもたない。ローランドを助けなければ、という決意とともに違和感も覚える。

 盗まれたラブサスの葉や蔦は総量でこの王都の半分を呪殺できる程度だという。もちろん、威力が薄まっており毒対策に余念がない貴族などは死なないものが多いだろうが、それがローランド一人に向けられる?裏で売りさばくのも難しい商品であるし、魔力の損失があれば格段威力が落ちるので保管や実行者もかなり限られてくる。高威力な反面、特定しやすくある意味短期決戦の革命や戦争用向きであり暗殺向きではない。暗殺する場合は極秘裏に入念に足がつかない準備が必要なものなのだ。今回、特に他国の動きや国内での不穏な国家転覆的な動きもなかったので、騎士団も入念な準備をして本日の出発になったのだ。そんな毒が何故ローランドに向けられる?


「ローランド!どうしたのだ!?」


 うちの王子(あほが必死にローランドをゆすりはじめたが、ローランドは大変苦しそうである。


「殿下、おやめください。ローランドを殺す気ですか。」


 ベリッとローランドから、うちのアホ(王子)を引きはがし、ローランドを抱え上げ、ソファーに横たえる。既に意識がないようだ。呼吸も非常に乱れている。これは一刻を争うだろう。


「マスクル、急いで保険医を呼んで来い。アディ―、お前は王城へ行き父上に報告しあとの指示は父上に仰げ。ああ、ローランドはこのままディーラネスト侯爵家に連れてゆく。あそこがきっと一番いい。それも伝えろ。ロフは馬車の準備、ローランドを寝かせて連れて行くから2台分だ。休みだから東玄関につけろ。あそこが一番早い!カティリアは事後承諾になるが学園長に『有事の際の緊急避難条例3-2』を適用して東玄関から正門を抜ける許可をもらってこい」


 殿下暗殺も危惧して今まで騎士団や側仕えの間では緊急避難マニュアルを作成していたのが役に立った。指示を出したメンバーや護衛達も慌てているがスムーズに行動していく。


 殿下はローランドの側に跪き、おろおろ心配をしている。関係者ではないのに何故か生徒会室にいたラヴィーシャ嬢が、そんな殿下に寄り添いながらあらぬ事をつぶやいた。


「これは・・・『ラブサスの呪い毒』・・・?ディルキャローナ様、なんて酷い事を・・・」


 と言って顔を手で覆い座り込んでしまう。一見泣き崩れたようにも見える。

 だがしかし、おい、待て今何て言った?他の護衛ですら知らない毒を言い当てたのか?この令嬢は?しかも人の婚約者だと断定しやがったな?おい。

 俺ですら、事件後に学園でも資料がなくて王城まで行ってやっと資料を見つけたくらいの珍しい毒なんだぞ!?


「なんと、これはディルキャローナ嬢の仕業か!?あの毒婦め!ついに実の弟にまで毒牙を向けたのか!」

 あほの子だが、正義感だけは人一倍強い殿下が激高する。


「ええ、きっとそうですわ!こんな黒い蔦が出る呪いなんて、他にあまりないですもの!」

 そんなに呪いと毒に詳しいのか、ラヴィーシャ嬢よ。成績が下の下のわりに呪いと毒だけに詳しいとか、誰かの操り人形だと言っているようなものだが、殿下(アホ)に集まるのは同類(アホ)だから気づいてもいないのだろう。

 あほ(殿下)も当然気づいてないけど。


「私・・・見てしまったんです。この前の帰り道、たまたまディルキャローナ様を町でお見掛けして、どこに行くのかと興味本位で後をつけてしまったんです。ディルキャローナ様は救護局に向かわれました。一体だれがお怪我をなさったのかしらと、観察してたらば1時間ほどでこそこそと裏口から逃げるようにディルキャローナ様がでていらしたのです!その後、ラブサスが盗まれたと聞いてあの時のディルキャローナ様がなさったことだと気づいたのです!」


 と、涙ながらに殿下に訴える。すごいな、ラヴィーシャ嬢、騎士団極秘情報をベラベラと喋ってる。かつ、侯爵令嬢であるディルキャローナが一人で街をフラフラ歩いて、かつ彼女を尾行して広い医療院で的確に裏口までどうやって見張ったの?とか色々もう、本当なんかいろいろ。


「さすがだな!ラヴィーシャ嬢!私でもラブサスが盗まれたという情報は聞いたことがなかった!女性はうわさ話に敏感だというが流石である!しかし、医療院救護局は特別なパスがないと入れないのだが、よくディルキャローナをつけられたな?」


 と、うちの子がほめたたえる。たとえアホでも天然に的確に相手の弱点を突いてくるこの姿勢は殿下の特技である。アホだからこそ油断していた者の動揺は計り知れない。

 殿下の言葉にあからさまに動揺するラヴィーシャ嬢であるが、殿下は全く疑ってないのかニコニコしている。これは何の茶番なんだ・・・


「そ・・・それはですね・・・」


 苦し紛れの弁明をラヴィーシャ嬢が始めるのを前に、生徒会室のドアが勢いよく開かれた。

「リュオン様、馬車の準備が整いました!すぐにいけます!侯爵家への先触れも鳥を使って緊急で出してあります!」

 側仕えのロフが駆け込んできた。ここは比較的馬車置き場が近いし学園が休みだからスムーズにいったのだろう。


「すぐに行く。ロフは先に馬車に行ってろ」

 あほの子は無視して右手からローランドの腕を首に回してを抱え上げる。

「手を貸そう」

 すぐに殿下が反対側から、ローランド手を首に回してを支えあげる。一人でも運べるが二人のほうが効率がいい。アホの子だがこういうところで当然の様に心を尽くす殿下は、実は騎士団では人気がある。あほだけど。命は預けられないけど。

 1台目の馬車にはローランドを乗せ、俺と殿下が乗った瞬間出発させた。ここで、ラヴィーシャ嬢に殿下と一緒に乗りたいなどゴネられる暇はない。2台目があるので来たい奴だけがくればいいと思う俺なりの配慮だ。



 ※


 ディーラネスト侯爵家に着くと、すぐに侯爵殿が出迎えてくださった。玄関ホールで侯爵家の使用人の者にローランドを預けるが、ローランドはいまだ意識がないままだ。時折黒い蔓がずるりと蠢くとローランドも苦しそうにうめき声をあげるのが痛々しい。それを悲痛な顔でディーラネスト侯爵殿は見ている。医療院からの人員派遣と魔術師の派遣準備が進められているのだろう、使用人たちの動きが慌ただしい。2台目の馬車で呼んでもないラヴィーシャ嬢と生徒会第6位のレルネン子爵令息、第9位のレガール子爵令息がともに駆け込んでくる。この二人は殿下の側近候補だから来るのが当たり前でもあるが、ラヴィーシャ嬢が気になっているため、より一緒に来たかったのだろうな・・・。


 じっと、ローランドを見つめていたディーラネスト侯爵がぽつりとつぶやく。


「これは、もう助からないかもしれない。」


「「旦那様!」」「侯爵殿!!」


 確かにその可能性もあるが、伏魔殿(パンデモニウム)と言われる王城で数々の猛者を手玉に取ってきた侯爵にしては珍しく弱気な発言だ。


「これは、ラブサスの呪い毒であろう。おう吐・発疹・脈拍の低下に呼吸器不全。そして何より全身を縛る黒い蔦。呪いを媒介にして毒を流し込む特徴がよく表れている。通常は同じ毒から解毒剤を複製し同時に魔術も解除しなければいけない、複雑な術だ。だが、つい先日医療院の保管庫から毒と解毒剤の盗難が発覚し、これから毒の収集を行うところであった。急いで向かわせても、ラブサスの黒い蔦の自生地であるグロウベンダ山脈はここから片道1週間はかかる。探索にも数日かかるだろう。この様子だとローランドは持って3日。・・・到底間に合わない。」


 沈痛な表情にそう語る。確かに、正規の方法ではかなり厳しいだろう。どうする?風魔法を極限につんで、グロウベンダ山脈まで飛ぶか?それとも確率が低くても別の候補地に何人に人をやるか?打てそうな手は今すぐすべて打つべきだろうに。


「・・・お嬢様!!!」


 その時、侯爵家の立派な玄関ホールの上から動揺した使用人の声がした。

 階段の上に今にも倒れこみそうなディルキャローナが辛うじて手すりに縋っているのが見えた。

 その様子はいつもの曖昧で表情に乏しい人形のような様子とは程遠い。驚愕に真っ青に倒れこみそうな様はまるで、普通の令嬢と何ら変わりない。いや、青ざめても、なお妖精の様に美しい。


「・・・ディルキャローナ」

 侯爵殿が何かに堪える様に沈痛な色を滲ませて、彼女の名を呼ぶ。その声を聞いたディルキャローナは何かを悟ったように涙を零し、突然後ろに駆け出した。初めて涙を零すところを見たがまた美し・・・いや、今はそれどころじゃない。


「お嬢様!?」

「ディルキャローナ!」

「ディルキャローナさん!どうしてこんなことを・・・!?」

「逃げるのか!?」


 口々に好き勝手にいう。特に、ラヴィーシャ嬢のセリフには侯爵殿は目を細めて険を向けたが、本人は気づいていないのか。鈍いというのもある意味うらやましいものだ。

 俺なら侯爵からの攻撃方法を30通りは考え付き、対策を100通りは考えてもまだ安心して眠れない。


「お部屋の準備が整いました。こちらです。」


 侯爵殿が何か言うよりも前に、メイドが駆け込んできた。元々のローランドの部屋ではなく医師や魔術師が待機しやすい客間へと運ばれていく。殿下やラヴィーシャ嬢、そしてレルネンやレガールが後に続いて入室していく。


「リュケイオン殿」


 侯爵が私だけを呼び止めた。


「先ほどはあの様に申し上げたが、これからできるだけ可能性がある手は打とうと思う。キャローナの婚約者ということもあるが可能な限りお力添えいただけたらと思う。この通りだ」


 この方が、若輩者などに頭を下げられるとは・・・と驚き一瞬固まってしまった。

「・・・、当たり前ではないですか!頭をお上げください侯爵閣下。爵位の低い若輩者などにそんな簡単に頭を下げられてはなりません。私はローランドとは良き友人だと思っております。ディルキャローナ嬢の事がなくても可能な限り尽力させていただきたいと思っております。」


 フッと侯爵殿が笑ったように思う。この方が笑うのも初めて見た。今日は初めて尽くしだな。などとくだらないことを考える。


「我が娘はよい婿殿を持った」


「まだ婚姻を結んでおりませんので。それまでには国一番の旦那だと言わせるため、ディルキャローナ嬢には今回の件でよいところを見せて惚れさせなければなりませんね」


 と、俺が冗談を飛ばしたら侯爵殿もかすかに笑う。少し肩の力が抜けたようで何よりだ。

 そこに馬車を片付けたロフが戻ってくる。父上に伝令を飛ばす内容、マスクルに生徒会の内容を任せる内容の伝令を飛ばすことなどを確認していく。


「侯爵殿、ここから医療院や『蔦』に関しての情報規制などはお任せしてよろしいですね?」

 と念のため確認をとる。所詮は学生身分の高官の息子というしがないポジションである。今回の件で株は上がったのかもしれないが、ただそれだけ。学園内で迅速に動く為のつなぎとしての役目も終わったので司令本部(王城)に権限を戻すことになる。後自分にできることがあれば、純粋な騎士団の戦力としてどこかに向かうことになるだろう。王子付きだが、肝心の王子が行ってこいって絶対言うからほぼこれは確定。殿下も行くっていうけど。これも確定。縄を探さねば。


「既にそのあたりは終わっている。我が息子が狙われた真意がいまだにわからぬが、やる事は変わりがない。ただ、思ったよりも事態が急だったので、非常用に考えられた手段がいくつも投入されるだろう。メルベク殿にはおそらくここから最も近くて難易度が低い中級騎士試験の会場であるシュルームダンジョンに先行してもらうことになるだろう。水の聖別があり、過去『蔦』が発見された事例もあるダンジョンだ。中級騎士試験の会場でもあるので、これを試験代わりに申請させてもらうつもりだ。」


 つまり、試験という体裁をとることで敵対勢力に感づかれる可能性を減らして先行して様子を探ってきて、見返りは試験の合格ってところですね。たかが学生の身分にしてはいいチョイスだろう。


「賜りました。すぐに準備に入ります。そして、閣下、一つお耳に入れたい事が・・・」


 他の使用人に聞かれないように閣下の側に行き、そっと耳打ちをする。


 (ラヴィーシャ嬢が、初見で『蔦』の呪いを言い当てました。あと、数日前にディルキャローナ嬢が医療院救護局から出てくるところを見たとの証言をうちのあ・・・殿下にしております。)


 侯爵が鋭い目を更に細める。

「それは・・・」


 万が一にも敵意はないと笑顔を侯爵に向ける。殿下を見限られて廃嫡コースになったら出世の道も絶たれてしまうじゃないか!今でもアホの子だから怪しいというのに!

「うちの主人は純粋なので、アレですが、わたくしはこの情報が精査され然るべき犯人が捕まることを切に願っております。」

 殿下がアホの子だというのは上の方では周知の事実であるので、第二王子としての枠組みからはみ出さなければ問題がない。あとは利用価値があるかになってくる。ある程度”よいこと”をする必然性と、”愚かなことをしない”ことが大事なのだ。ここでラヴィーシャ嬢の話を真に受け変な行動をとったら見限られる可能性もある。


「ラヴィーシャ嬢とは、先ほど殿下にまとわりついていた娘か」

「はい」

「また随分と小者に引っかかったものだな」

「初物が済んでいない学生の身では、女人の色香は猛毒ではないかと」

 ハッ、と侯爵閣下が吹き出される。思ったよりもツボに入ったようだ。

「どんな賢帝でも、女人に狂わされるものもいる。あれらはいつも金よりもわれらを振り回して止まぬものだ。」

 あ~殿下をどこの娼館に今度連れて行きますかね~?いい加減、女性に夢を持ちすぎるのやめてもらわないといけないしな。

「今度おススメの娼館を紹介してください」

 っと軽口をたたいたら

「ディルキャローナに許可を取らんと許さんぞ」と割と真顔で返された。

 ちょっと本気で侯爵殿の顔が怖い。

「もちろん、殿下用ですよ。」

 と答えたが・・・最近は行ってないけど、しばらく自重しようと思う・・・・。



 ※


 うちの父上は武力方面ではめっぽう優秀で震えがくるほどであるが、侯爵閣下は分かっていたが本当に文官方面に有能だった。

 殿下のおもりも閣下にお任せし、とにかく体力を回復させろと侯爵家のゲストルームに寝かせられ、4時間の仮眠をとっている間にすべての準備が終わっていた。

 臨時のPTメンバーは同じ騎士団に所属予定のレルネンとレガール。ダンジョンみたいな危険地帯(面白そうな所)に俺が行くといったら殿下も絶対来たいというので、言う前に既に睡眠薬が陛下の許可のもとに盛られていた。怖い。縄の出番などはなかった。


 意外だったのがラヴィーシャ嬢も何故か同行するといったことだ。騎士でも魔導士でもない娘が何の役に立つというのか。何度説明しても聞かないので、キレた侯爵閣下が丁寧な言葉で煙にまいて、事実上の容疑者としてさっさと拘束して王城送りにしてしまった。怖い。目が覚めた殿下にも「ラヴィーシャ嬢は王城で保護してます。」といって向こうに追いやるんだろう。怖い。


 侯爵家で馬車をかり、侯爵家の使用人がダンジョンまで連れて行ってくれるらしい。その間寝ていていいとは至れり尽くせりである。


 出立の前、見送りに来てくださった侯爵が言いづらそうに打ち明けてきた「ディルキャローナが消えた」と。

 不覚にも動揺してしまった。ディルキャローナ嬢が?なぜ?

「なぜ・・・?今なのですか?」

 ローランドを見てあれだけ動揺してた彼女のことだ。今まで義務的な話しかしたことがなかったが、ローランドに対しあれだけの反応を見せた彼女に自分で思ったよりも好感を持っていた事に気づく。これを機会に囲い込んで甘やかすだけ甘やかして慰めてあげたいのに、今はそれができない。探す時間すらない、なぜ今なのか?それとも、ディルキャローナは今回の事件に何か関係がある?いや、あれだけ動揺していたところを見ると、ローランドを呪ったとはとても思えない。

「わからないが・・・アレは世間で思われているのと少し違う。」

 声を潜めて侯爵が言う。


「少し違う?」


 曖昧な表現だ。ディルキャローナ嬢の評判は控えめに言ってもあまりよくない。俺も昔、その噂に手を貸してしまう様な失態を犯したが、本人もあまり噂にこだわってないように思える。魔女や、姦婦などと表現する者もいるが、彼女の藍色の絹のような髪と、明るいエメラルドの様な瞳の美しさ、そして婦女にはあまりない静謐な雰囲気が多くのものを惑わせるからにも思える。噂の様な人物であれば、すぐさま婚約破棄に入ろうと思っていたのにそういった気配や証拠はここ5年で1度もなく、あくまで全て悪い噂と憶測だけが彼女にいつまでも薄くまとわりつくのだ。

 聡い者はとっくに彼女が噂の様な人物ではないと気づいているが、だからといって侯爵家の体面を慮って陰でこっそり小さく言われ続ける悪口に対し、本人が全く興味がなさそうで諫めもしないその姿勢は混乱を促しているように思える。

 つまり、貴族としては意味が分からない姿勢であり、私を含めてどんな人物か分かりかねてる状態といっていい。無視するには大きく、また擦り寄るには小さすぎる人物でもあるのだ。


「アレは、小さい頃はわがまま放題であった。よく活動し、やりたいと思ったことは何でもやった。何でもほしがった。それがローランドが生まれた途端ピタリと収まり、まるで息をひそめる様に、存在を消すように生き始めた。」

 活発なディルキャローナ嬢・・・?まるで想像できないが、昨日の逃げぶりは見事であった。あのような感じであるのだろうか・・・?


「上手くは言えぬが、元は活動的な娘なのだろう。それが逆に色々我慢に我慢を重ねすぎているのだ。はじめは構わないことで拗ねているのかと思ったのだが、その様な様子もなくこの10年何も欲しがらない。この10年であの娘が望んだことは、たった二つ。剣の師匠を付けることと魔法の師匠を付けること、それだけだ。」


 貴族の子女が、魔法はともかく剣を学びたいと望んだことは驚きだが、何も欲しがらないとは静かな雰囲気そのまま奥ゆかしい娘なのだろうか?


「剣を習う代わりに誕生日会を開かぬと脅したらあっさり了承しおった。まるで、この先自分の力一人で生きていくつもりのようで、不安で仕方ない。」


 貴族の誕生日会などは社交の場だ。デピュタント前で夜会にも出れない子供の誕生日会が開かれぬということは、家に金銭がなくひっ迫している場合や、親の保護や愛情がないと宣伝するに等しい。確かに自分もディルキャローナの誕生日会には出たことがなかったが・・・まさか一度も開かれてないとは思わなかった・・・。これは他の貴族には侮られるだろう。いや、貴族として生きていく気がないのかもしれないと思い当たり、侯爵殿が恐れていることが分かった。出奔するつもりなのだろうか、ディルキャローナ嬢は。どんな気持ちでそれを望んだんだろうか彼女は。


「だから、慌てて貴公を婚約者に据えたのだ。そなたの父君には心を多少開いていたのでな」


 男とは大概、子供の頃は女性よりも馬鹿であると思うが、私もディルキャローナ嬢と婚約した当初は今より相当バカであった。俺を見ても愛想も関心もなさそうなディルキャローナ嬢を初めてみて、気に入られてないと思い、頭に血が上って先に貶したこと覚えている。女の子に好かれる自信があったのに、ディルキャローナ嬢の興味のない様子が大変にショックだったのだ。だが、少し成長して社交の場も増えてきたからよくわかる。俺は確かに女性方に好かれ褒められる事も多いが、伴侶がある方や身持ちがしっかりとした方々の声は唯の評価やお世辞である。妄信的に褒めてくれるのは年頃の「恋に恋をしている」若い娘や頭に花が咲いてる身の程と立場を理解してない御婦人方である。俺自身を見てるのではなく、ロマンスというシチュエーションに恋をしてるのだろう。自意識過剰だった5年前の自分を殴ってやりたい。

 そんな自意識過剰男でも世間での評判は良かったし、家格的にも合う。侯爵閣下は少しでも彼女の貴族社会としての重しに俺との婚約がなればよいと思ったのだろうか。

 ていうか、ディルキャローナの剣の師匠って父上なのか?すごすぎるっていうか勇気がありすぎる。あの父上が剣で手を抜くとはとても思えないが、全然想像ができない。


「そろそろ出発します!」


 御者が声をかけてきた。時間的に切迫してるのだろう。


 慌てて侯爵殿がもう一つだけ、と声をかけてくる。

「ディルキャローナはおそらくシュルームダンジョンにいる。なるべく保護してやってくれ」


 頼む、と侯爵が頭を再び下げてきた。

 侯爵の声を出立せよと勘違いしたのだろうか、御者が「出発します!」と無常にも馬を出立させた。頭を下げたままの侯爵殿が遠ざかるのを見送りながら、開いた口がふさがらなかった。

 か弱い貴族の令嬢が騎士の中級試験用のダンジョンにいるって?

 いくら剣と魔法の修行しているからって、実践などほとんど積んでいないだろう。一体なんの悪い冗談なんだ?固まった心に配慮することなく、馬車は比較的速めの速度でゴトゴトと進んでいく。


 ※


 馬車は2時間かけてシュルームダンジョンにつき、同行の別の騎士や使用人にキャンプの設置を命じた。ここをベースにして、シュルームダンジョンの攻略をする。その間に待機している使用人たちが困らないように、侯爵家との伝達がスムーズにいくように基地を設置していく。準備が整い次第、騎士候補生3人と、おつきの騎士1人でダンジョンに入る。騎士候補生ですら4人態勢で入るのに、本当にこんなところにディルキャローナ嬢はいるのだろうか?


「リュオン様!」

 ついてきたロフが慌てたようにやってくる。

 見慣れない葦毛の、少し腹がグレーの水玉模様になっている綺麗な白馬だ。それと、侯爵家からよこしてくださった使用人を連れている。

「こちらの侯爵家の方が、この馬が付近の泉におり、ディルキャローナお嬢様の馬であると仰るのです」


 目の前が少し暗くなる。やはりここにきているのは間違いないのか、ディルキャローナ嬢。


「わかった、なるべくディルキャローナ嬢の捕獲に全力を当たる。」

 動揺したあまり、うっかり捕獲と失言してしまったが、侯爵家の使用人は気づいた様子もなく涙を浮かべて独白する。


「ディルキャローナ様は・・・いつもおひとりで、ご自身の馬をとても大切にされてらっしゃるのに名前も付けず・・・以前自分は聞いてみたことがあるんです。「そんなに、大事にされてらっしゃるのにどうしてこの子に名前をつけないのですか?」と―――そしたら、お嬢様は「別れがつらくなるから」と悲しそうに笑って。こいつに髪の毛を食まれても笑って、顔をなでて・・・」


 使用人が涙ぐむ。意外と使用人にも馬にも好かれていたのか。ディルキャローナ嬢。

 お嬢様をよろしくお願いします、とその使用人は深々と丁寧に俺に頭を下げた。

 ロフが何故か複雑な顔をしていた。




 ※


 安全マージンを取って慎重に進み、8階層までたどり着いた。進軍ももちろんだが、ここにいる者を生還させる事も大きな目標であることは分かっている。指揮官という役目は、例えお目付け役がいたとしても、責任が大変重い。その責任の重さに今更ながら吐き気を覚える。たった4人の命でもそう思うのに、父上も、侯爵殿もよくやるものだ―――。


 ここまで、魔物の数はそう多くはない。慎重にすすみ、罠もあらず、順調に5時間程度で8層まで降りてこれた。

 女、というかラヴィーシャ嬢に弱い生徒会メンバーであるレルネンとレガールであるが、さすが騎士候補生ということあって戦闘は安定している。重量型のレルネンに対し、2学年のレガールは軽量型であるが、その分小回りを生かす戦法になっている。また、斥候の役割も担ってくれるので頼もしい。学生の中でもかなり上位の腕前と言っていいだろう。女に弱い事だけが問題であるが・・・女ってホント怖いな。自分が部下を持ったらまずサクランボ狩りから始めようかと冗談で自らの心を和ませていると、お目付け役の騎士―――イントロン殿が近づいてきた。


「丁度このあたりで行程の半分になります。次の8階層のボスの間のところで食事と仮眠をとりましょう。」

 休息が必要なことなどわかっていたことだが、この中にディルキャローナ嬢が居ると思うと気が急ぐ。あと、一歩進めば、彼女の姿を見つけられるのではないか、あるいは休憩している間に彼女が物言わぬ躯になっているのではないか、様々な悪い可能性があとからあとから浮かぶ。

 そんな余裕のない俺を見透かしたようにイントロン殿が笑う。「あなたはともかくも、イルネン殿とレガール殿はそろそろ休まないと、この先ケガをなさいますでしょう。そうすると、結局進軍スピードが下がってしまうのでより効率が悪いですよ。ここは耐えることが正解です」と笑う。イントロン殿の家は確かディーラネスト侯爵家の寄子だったと思ったが、侯爵殿の指示なのだろうか。自分の娘のことも心配であろうに、正しい道をあえて憎まれ役を買って教えてくださる姿勢には頭が下がる思いである。


「わかった、次のボスを攻略後、食事と仮眠の休憩を3時間とろう」

「4時間です」

「・・・・わかった」

「戦闘に参加できない私が見張りますので、しっかり3人とも寝てくださいね」

「・・・寝れるだろうか?」

「寝てくださいね?」

「・・・わかった」

 イントロン殿怖い。




 思っていたより疲れていたのであろう。

 イントロン殿に休憩から起こされ4時間があっという間に過ぎた。頭はさえている気がするのだが、いかんせん体の疲労感が半端ない。タフそうなレルネンはともかく、レガールの顔色は少し悪い気がする。

「こちらを・・・」

 とイントロン殿が我々三人に薬を配り、飲んでみろと促してくる。

 飲んでみると、独特の苦みと甘みがズキズキと血管にくるが、それも20秒ほど経つと胃の周りが熱く熱を持ち、血管を巡って活力が戻ってくるように感じる。

「これは、軍用ポーションか。初めてのんだが意外と疲れが取れるものだな。」

 レルネンが驚いたように評価する。

「軍用ポーションは何種類かございますが、これは主に疲労回復を主眼においたものですね。お3人とも鍛錬をよく積んで強くてらっしゃる。実践不足は否めないものの学生の身としては上等な方ですね。ですが、どうしても慣れない環境では実力があっても神経と体内の疲労をためてしまいます。団に正式に入ったら集団行動になります。なるべく全員の怪我を未然に防ぐ配慮も求められますね。」

 と教えてくださる。

 確かに学生の身では自分の事だけを考えて鍛錬を積めばよかった。これからは集団としての目も育まないといけない、と教えてくださっているのだろう。そして、集団行動の大切さもだ。


「さぁ、半分まできました。先はまだ長いですよ?」

 茶目っ気たっぷりにイントロン殿がのたまう。慇懃なのに嫌味もなく、本当に頼もしいお目付け役殿である。騎士団とはイントロン殿みたいな猛者がたくさんいるのだろうか。不安になりつつも指示を出す。


「休憩を終了し、先に行軍を開始する。荷物をまとめ、火の始末をしよう。」



 ※

 俺たちが9階層にたどり着いて、すぐに異変を感じとった。


 ――――――何かがおかしい。


 ベテラン騎士であるイントロン殿がすぐ察知をする。

「メルベク様、あちらで戦闘音がします。おそらく…」

 最後まで聞かずに駆け出した。


「行くぞ!」


 最後まで聞かず駆け出す。地図は頭に完全に入っているが、間違わない様に念入りに脳内シミュレーションをしながら、近くにいる魔物だけを駆逐し進む。

「うわ!?」

「待ってくださいよ!」

 事情のよく分かっていない、レルネンとレガールが慌ててついてくるが、侯爵家から要請されてきたであろうイントロン殿は落ち着いたものである。

 俺は今までディルキャローナを特段大事にしてこなかった。

 今更合わせる顔がないような気がするのだが、彼女が死んでしまったら、と思うと我慢がならず気が急いだ。

 どうか、命だけでも無事でいてくれています様に。


 ※

 たどり着いた長い通路。遠くに見える藍色の、弟ローランドとは程遠い色合いの髪をもったディルキャローナだろう。だが、その独特の藍色は壁にすり寄り、ついには倒れてしまった。心臓が凍り付きそうな思いをしながらも、襲ってきた魔物を倒していく。一匹、二匹、三匹、四匹・・・


「うわ、誰だあれ。」

「こんなところに人が!?・・・あの藍色はまさか『魔女』?どうしてこんなところに・・・!」

 レルネンとレガールが口々に騒ぐが、狼型モンスターを無駄なく屠っていく。


 近くにいる魔物を排し、ディルキャローナに急いで近づくが、ディルキャローナは懸命に起き上がろうとするものの私を無視して――――いや、これは気が付いていないのか?視点が定まっていない。瞳孔が開いている。まさか毒?


「ディルキャローナ。」

 声をかける。特に何も反応がない。耳もやられているのか。意識が混濁している?

 だが、前を向いて懸命に体を起こし、前に進もうとしている様に涙が出そうになる。

 貴族の子女は普通屋敷の奥で大切に守られるべきものだ。

 それが、剣をふるい、人々の心ない中傷に耐え、それでもただ一身に弟のローランドを救おうとしているのか。何の見返りも求めずに。

 この姿を見て、どうして彼女を魔女と罵れようか・・・

 近くにいる俺に気づきもしないディルキャローナはただ、ひたすらに何かをうわごとの様につぶやいている。


「いやだ」「悔しい」「家族をなくすの?」「ローランド」「だいじな家族なの」「ろーらんど」「誰も失くしたくない」「間に合わない」


 そんなことをポツリ、ポツリ、と涙と一緒に言葉をこぼしている。

 側にいる俺にしか届かない小さな小さな声に胸を突かれる。


 たまらず、俺は彼女をすくい上げる様に抱き上げた。

 装備があるので、重いかと思ったか、革の装備はひどく軽く、余計にディルキャローナの存在感がないように感じ不安になって少し強めに抱きしめてしまった。が、ディルキャローナは相変わらず宙を見つめており気づいていない様だった。


 レルネンとレーガルは困惑しているようだった。たとえ魔女と呼ばれる女であったとしても今弱って死にかけている。死に際に涙を流している姿は、とても魔女などとの噂とは程遠い命がけの清冽な気品にあふれている。


「メルベク様、これを。」

 イントロン殿が声をかけてくる。どうやら通路の先まで軽く斥候してきてくれたらしい。本当に現役騎士殿は気が利く。

 ディルキャローナを横抱きに抱きしめたまま、彼女が来たであろう奥の通路の方に茶色い袋が1つ落ちていた。

「これは・・・?人工的な荷物の様な?これは彼女が?」

「ディルキャローナ様は、一人でこのダンジョンに入られ、この階層までこられて倒れられたのかと思いましたが、とんでもなかったですね。これは、侯爵宛の手紙と、転送陣の魔法スクロール。既に外に出れば送るだけの状態になっております。おそらく中にはラブサス草が入っているのかと。」


 熱いものがこみ上げる。誰しもが事態に慄いているいる間に、彼女はたった一人で小さな可能性に縋り、ダンジョンの底までたどり着いた。わずかな可能性をつかみ取り、そして誰にも告げることなく消えようとしていたのか…。なんて無謀で、寂しく、なんて尊い。


 今まで、火のないところに煙は立たぬという思いや、どうせ女だから基本は周りの女と大して変わらないだろうという様な思いから、多少はディルキャローナ嬢の真実も多少含まれているのだろうと思っていた。また、貴族子女ならば、自分で噂を否定できないでどうするという苦い気持ちも少しはあった。


 だが、そうじゃないのだ。


 そんな些細なことは関係がない。


 ディルキャローナは全力でローランドを愛している。命を懸けたのだ。ただ家族を愛している。どんなに不器用だったとしても、それはなんて温かい事なんだろう。

 ふと、自分は母からその様な愛情を感じた事は一度もない事に気づく。

―――――自分の欲しかったもの。それが確かにここに存在している様で。今まで自分は上辺しか見ていなかったという恥ずかしい気持ちや、温かい気持ちで胸が締め付けられる。


「え?どういうこと?」

「ラブラス草って最下層にはえてるんだよね?まさか」


 状況を認識できないのか、したくないのか戸惑ったレルネンと、レガールの声でハッとする。彼女のローランドを救いたい、というこの気持ちは決して無駄にしてはいけないものだ。


「メルベク様」


 気遣うようにイントロン殿が再び声をかけて下さる。

「だい・・・丈夫だ。」


 大丈夫、自分はまだ何もしていない。これからだ。まだやれる。守りたい彼女がいる。まだ守り切れていない。これからだ。未だ温かい彼女の温もりを感じ、元気をもらう。そして、顔を上げ頭を切り替える。


「レガール。これを」

 イントロン殿が指示した茶色い小袋を指す。


「はい!」

「急ぎ、これをもって、先行して地上におもむき転送陣を発動せよ。また、伝令の陣を侯爵家につなげ、9階層でディルキャローナを保護したことと荷物を送ったことを伝えよ。届いた荷物を確認してもらい、万が一不備があれば疾く戻れ。」

「でもリュオンのおそばを離れるのは!試験もあるし!」

「これは命令である。」

「・・・はい。」

 気持ちはわかるが、そんな小さいことに拘る場合じゃないということが分からないんだろうな。仕方ない。

「レガール。あなたの忠誠はうれしい。だが、これでローランドの命が助かる可能性が高い。モンスターを屠った後とは言え、再配置の可能性は高く危険も伴う。身軽でモンスターを避けて通れる可能性が高い君が最適の任務だと判断した。行ってくれるか?」

 ダメ押しをする。

「それとも、次の試験では受かる自信がないか?」

 ニヤリと笑って見せる。


「・・・・!!!俺、いってきます!」

 何かに感極まったように、急いで荷物を持ち上げ今来た道を全力で引き返していくレガール。やっぱりあいつ、足早いな・・・途中でスタミナ切れして、潰れなければいいが・・・


 あっという間に見えなくなったレガールに唖然としながら、もう一人の脳筋ことレルネンが私に指示を仰ぐ様にこちらを向く。

「レルネンにも悪いが、試験は中止だ。それ以上の宝が手に入ったからな。護送任務が優先される」

 とニヤリと笑ってやる。

 まだ若いレルネンには彼女の尊さが分からないだろう。あんな小娘に惑わされるようでは、それまでなのだ。

「いくら侯爵家の子女とはいえ、そんな魔女が大事ですかね?」

 案の定不服そうに言う。

 侯爵子飼いのイントロン殿の前でそのセリフが吐けるだけ、お子様と言っているようなものだが、彼女の温もりが心を寛大にさせる。

「本当に魔女かわからんぞ?真に魔女ならば、死の淵でひたすらローランドの助命だけをこうかね?」

「まさか。。。」

 レルネンがぎょっとしたようにディルキャローナを見る。

 混濁した意識のディルキャローナが俺の方を見たようだった、いや髪?

 髪を目で追いながら、小さい声でつぶやく。瞳からぽろぽろ流れる涙が美しいと場違いなことを又思う。


「てんしさま、おねがいです。

 わたしをさしあげますので、どうか、ろーらんどだけはたすけてください。

 おねがいします。たったひとりの、おとうとなの。」


 小さい声だったが、なぜかよく聞こえた。レルネンにも届いただろう。

 顔を俯け、震えている。


 ディルキャローナは俺を見て不安そうにしている。俺を天使と勘違いしている?

 認識されていない不満な気持ちと、助力を請われた嬉しい気持ちが混ざりながらも、ディルキャローナを見てしっかりとうなずいてやった。


「あとは俺が何とかしておくから。もう、休め。」


 ああ・・・・とディルキャローナ嬢が長い吐息を、心底安堵したように吐く。


「うれし―――」花の様に笑顔を浮かべ、すぅ・・・・と一息深い呼吸を吐いて深い眠りについたようだった。

 ――――――だめだ、あの笑顔は駄目だ。

 犯罪だ。

 なんであの笑顔を日頃浮かべない、いや浮かべたらだめだ。

 そんなアホらしい考えがぐるぐる回る。


「メルベク様」

 頼もしい人生の先達、イントロン殿がこちらを見透かしたように言葉を促してくださる。

 もはや一生イントロン殿に頭が上がる気がしないが・・・!


「作戦は暫定的に中止。一度地上に帰還する」



イントロン殿サイツヨ

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