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2周目 幕間 夢

あけましておめでとうございます

皆様の健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます

 最後に残っている記憶は、キキーーーーーーーという鋭いブレーキ音だった。


 ドンと衝撃でも感じていそうなものだが、気づいたらもう闇の中を漂っていた。



 そして、ふと気づけば誰かがブツブツ言っているのが聞こえる。

 耳を傾け、内容を理解をしてゾッとした。




 いやだ

 いやだ

 許して

 なんで

 どうして

 こんなことが

 助けて

 誰か

 おかあさんを

 せめて息子だけでも

 だれか

 どうして

 いやだ




 誰かがそう頻りに、だがしかし平坦に感情も感じさせずに呟いている。


 声に色などあるわけもないのに、ひどく暗く禍々しいものを連想させらえた。

 まるで壊れたおもちゃの人形みたいだ。


 ふとその音源に興味が湧き、見やれば地面へと力なく座り込み、虚空を見たまま呟く続ける実の父親だった。


「父さん!何やってるんだよ!!?」


 翔は慌てて父親に駆け寄るが、まったく息子の存在など気づいた様子もなく、父親は同じことをブツブツと繰り返し続ける。

 その様を見て、さらに怖気が走る。


 これは何だというのだろう?

 こんなものが本当に自分の父親だというのだろうか?

 まるで偽物の、良くできた人形のような・・・


「実の親になんてことを言うの!」


 バシーン!

 と、突然頭を殴られた。


「イッテー!」

 それほど痛くはなかったのだが、驚き、つい大声をあげてしまう。

 しかも、いつもの家でのノリだったのでほぼ条件反射だ。

 こんな事をするのが誰かも分かっている。


「母さん!父さんが変なんだよ!」

 翔は、泣きたくなるほど安堵を覚える。

 母さんがいてくれるだけで、こんなにも心強い。


「ああ・・・そうよね。父さんねぇ。たぶん心がバッキリ折れちゃったみたいなのよね」

「心が折れた・・・???」

「そうよ。私たち、みんな死んじゃったじゃない」

「死んだ?」


 声に出してみて、ストンと心が納得した。


 そうか、そうだ。

 自分は死んだのか。


 耳に残る、あの激しいブレーキ音。


 きっと、車が突っ込んできたのだろう。

 なんだ。

 自分は死んでしまったのか。

 やりたいことは色々あった気がするが・・・死んでしまったものは仕方がない。


 若干読んでいた漫画の連載が気になるが、これはもう転生にワンチャンかけるしかないな。

 ・・・今の状態ってたぶん魂って奴だろうから、転生あるよね?


 そんな自分の様子を見て母が「あんたは立ち直りが早いわねぇ・・・誰に似たのかしら」

 などと呆れた声で言う。

 しかし、姉が父親に似ていると考えるなら、自分が似ているのはどう見ても母親だと思うのだ。

 責任転嫁極まりない話だ。


「父さん・・・大丈夫なの?」

「うーん。駄目ね。」


 この母は、本当に身も蓋もない。


「だって、悪いものが沢山寄ってきているわよ。どう見たって悪いお化けコースねこれは。」

「えええ・・・・どうするのさぁ・・・」


 確かに、父の周りは何かドロドロとしていて、暗く禍々しい。


「どうするも何も、どうしようもないわね。」


 そう呆れたような声でいい、母は突然翔の方を見てのたまった。


「翔。あんたは、姉ちゃんの所に行きなさい。父さんの子よ。環希はきっとダメになるわ。傍について、励ましてあげなさい。あんた弟でしょ?」

「えええええ・・・・???」


 時々無茶ぶりが過ぎる母だとは思っていたが、まさか死んでからまで無茶ぶりをされるとは思わなかった。


「そんな事言われても、母さんじゃないし、どうしたらいいのか全然わからないよ!」

 翔はちょっと半泣きになってしまう。

 自分は母に似ているが、この母の様に強くはない自覚がある。

 まだ中学生なのだ。

 既に死んでいるのに。

 自分に何ができるかなんて全然わからない。

 いや、死んでいてできることなどあるのだろうか?


 そんな自分に、母は優しく声をかけてくる。


「翔」

 ・・・不思議だ。

 母が自分の名前を呼ぶだけで、少し明るい気持ちになる。

 母は魔法使いか何かだったのだろうか?


「翔、翔」


 そう何度も呼ばれ、うつむいてしまっていた顔を上げれば、母がこちらを見て穏やかに笑っている。


「大好きよ。お父さんの事は私に任せなさい。きっと時間がかかるけど・・・。だからお母さんは手が離せない。あんたには環希を任せたわよ」


「できないよ・・・」


「環希の事は、好き?」

「・・・好き」


 どこまでも、アホな姉だけれども。


 いつだって。

 そう、いつだって自分を守ってくれたのだ。

 熱を出した時だって看病してくれたし、忙しい父母に代わって運動会に来てくれたこともあった。

 自分のペットのカメが死んだ時だって、一緒に泣いてくれたのは姉だった。

 何より、姉は自分たちの事を大好きだったから。

 その姿にいつも救われていたのだ。


「その気持ちを忘れないで。あなたが環希の気持ちになって、できることを考えるのよ。頑張りなさい」


 そう言って母は自分を送り出してくれた。


 翔には自分が何ができるかは分からないけれど、とにかく姉の為ならばやってみようと思ったのだ。



 不思議なもので、幽霊になってから姉のもとに行こうと考えたら、既に家にいる自分がいた。

 でも、時間が経っている様子だった。


 外を見やれば、季節がだいぶ進んでいることに驚く。

 姉は居間で一人、夕焼けの中座り込んでいた。

 何かをブツブツとつぶやいている。


 その様は、まるでおかしくなってしまったあの父を思い出し、翔はゾッとした気持ちになる。

 しかし、すぐに母に殴られた事を思い出し、いけないいけない、と奮起する。


 怖いという気持ちを脇に置いて姉を見れば。

 可哀そうだという気持ちが湧いてきた。


 いっそ、残されたのが自分だったならば。


 自分ならば苦しみながらも大概上手くやってしまっていただろう。

 叔母と支えあい、友達に時に依存し、きっと上手く立ち直っていたと思う。


 でも、父も姉も、あんなに壊れてしまった。


 ・・・逆に言えば、こんなに壊れるまで自分たちを愛してくれていたのか。

 何か、翔の胸の深いところが、ぐっと動いた。そんな気持ちになる。


 母さんも、だから父さんを見捨てられないのだろう。

 そして、信頼してくれているから自分に姉を託したのだと、そう思った。


 頑張ろう。


 そう思い、姉が聞いていないと分かってはいるが、いつも声をかけるようにした。

 きっと姉には届いていないだろうけれど、翔自身の気持ちを整理するためにも、言葉に出して姉を励ますというのは有用な手段だった。


 声に出し、毎日姉を取りとめもなく姉との思い出を語れば、あんなこともあった。こんなこともあったと懐かしく色んなことを思い出してくる。時には、気づかぬところで姉に救われていたこともあったと気づく。

 嫌なことも沢山あったはずなのに、なぜか思い出されるのはいい事ばかりで、翔は涙が出そうになる。


 そして、いつも思い出すのは、出かける日のあのやり取りだ。


 ほんの軽い、口約束とも呼べないなにか。


 『と~~~に~~~かく~~~~お土産!〇玄餅!これだけは譲れない!!!絶対買ってきてよね!』


 今、神様が、自分を5分だけ生き返らせてくれたなら。

 翔は間違いなく〇玄餅を姉に買ってこようと考えるだろう。

 ・・・物理的に購入が可能な日にしてもらいたいけれども。


「姉ぇちゃん・・・信〇餅さえ買ってこれたら、治ってくれたのかなぁ。」


 そんな事、あるわけもないのに。

 そんなことを翔はとりとめもなく、考えてしまう。



 姉に、〇玄餅を、あげる。



 ただそれだけの行為ですら、自分はできなくなってしまったと気づく。



「ああ・・・これが死ぬってことなんだなぁ」



 今日もぼんやりと椅子に座り続ける姉の横で、そんなことを翔は思う。

 壊れてしまった姉の気持ちが、少しだけ翔にも分かった気がした。


 姉も本気で信〇餅を望んでいたわけではないだろう。


 ただ。

 そう、たかが〇玄餅一つ。

 自分はもう姉に上げる事すらできないのだなぁと。


 死ぬってすごいことだなぁと、翔は初めて分かった。


 そして、


「生きてるってすごい事だったんだなぁ」


 生きていれば、姉を励ますことも、信〇餅を買うことも、一緒に泣くことも全部全部できたのに。

 もう二度とは叶わないのだ。



 でも、母は何故自分をここにやったのだろう?


 そんな事、母なら絶対分かっていると思うのに。



 それでも翔は、姉を放ってはおけず、毎日毎日声をかけ続けた。

 時々気づいたら時間が進んでいることがあった。

 自分の意識が飛んでいる事があるようだけど、幽霊も寝るものなのだろうと割り切ることにした。


 姉に声をかけ続ければ、自然と気づく。

 姉が少しずつ良くなっているという事に。


 この前などは、叔母と話をして少し笑っていたのだ。


 良かったと思うのと、もしかしたら声が届いていなくても、何かが届いているのかもしれない。

 その様に翔は信じ始める。


 いや、信じるしか術はなかったのだ。


 少しでも姉の為にできることがある、そう信じて毎日声をかける。


 少しずつ良くなってくれる姉を見るのは楽しかった。

 時にすごく悪くなったり、逆に良くなることもあったけれども、寄せては返す波の様に、徐々に押したり引いたりして良くなっていくのだという事が初めて翔にも分かった。



 そして、ある日、事件が起こったのだ。



 それは翔でさえなかなか気づかなかった。

 気づいた時には姉は高熱を出していた。


 何かのきっかけで、姉は肺炎になったのだという。


 ただ壊れかけた姉は、自分が苦しいという感覚がマヒしていたので、それを他人が気づけず発見が遅れてしまった。

 ただそれだけだった。


 若い姉は、若さが仇となり、症状が急激に悪化して亡くなってしまった。



 ああ・・・


 自分がついていたのに。

 みすみす姉を死なせてしまった。


 自分にできることなどなかったと思う一方で、母に姉を頼まれていたのに、という罪悪感でいっぱいになる。



 ・・・・でも、


 姉も死んだのだから、直接謝る機会があるだろうか?

 今度こそ、姉にちゃんと自分の声が届くだろうか?


 そう思って姉の体を翔はさらに見張っていたのだけれども。


 葬儀の最中、体から突然ぽーーーーーーーーーんと魂で飛び出した姉は、



 突然どこかに走り出したのだ。



 いや、魂だから走っているのではなく飛んでいるのかもしれないけれど。



 全く持ってこの姉は、やる事為す事、意味が分からない。


「姉ぇちゃん!待って!姉ぇちゃん!!」


 必死になって翔は姉を追いかけた。


 壁を突き抜け、とにかく姉を見失ってはいけないと、ただそれだけを考えて追いかける。

 姉は早かったけれど、どうやら幽霊としては自分の方が一日の長があるのだろう。

 たぶん自分の方が速度が速かった。

 それが幸いして、姉に追いついたのだ。


「姉ぇちゃん!まって!」


 そう言って、翔は確かに姉の手をつかんだのだ。





 ※



 ―――パチリ。


 ラヴィーシャは、自室のベットで目を覚ました。


 伯爵邸の敷地内に、こじんまりと建てられた小さな家だった。


 ラヴィーシャは今、そこでラステッド共に暮らしている。


「夢?」


 夢というにはリアリティーがあった。

 そして、夢の中のあの破天荒な”姉”は、まるで誰かを彷彿とさせる。


 混乱した頭でぼんやりしていると、不意に感じたこともない様なものを感じた。



 そう、これは”歓喜”。


 ラヴィーシャが寝ているベッドに雨あられと、見えない歓喜の何かが降ってくるのが分かる。



 ”歓喜”


 ”祝福”


 ”癒し”


 そして・・・わずかな”寂しさ”?



 それはラヴィーシャの周りに降るだけ降って、突然波の波紋の様に大きく広がり消えていった。


 悪いものではないはずだ・・・

 呪いとは真逆の・・・


 人の幸せを願うような、その様な原始的な祝福に分類される魔力の波動――――



『またね』



 不意にラヴィーシャの耳元にそんな声が聞こえた気がした。


 脳裏に浮かんだのは、夢の中のあの『翔』という少年の母の顔だった。



 ああ、そうか。


 あの『母』は。

 あの『父』を救ったのか。

 あの様に闇にとらわれていた『父』を、

 絶対救えると信じて今日まで励まし続けたのだろう。


 その愛の深さに、ラヴィーシャは涙が零れる。



 そして恐らく、彼らが旅立つ前に挨拶に来てくれたのだろう。


 魔術を習っていなかったら、きっと自分は絶対気づかなかった。


 同時に、『翔』がやっていたことが何一つ無駄ではなかったと気づく。

 姉を救うのには足りなかったかもしれないけれども。


 でも、確かに姉を励まし、

 感謝する心は、

 原始的な祝福をかけ続ける事と同じ行為だ。


 魔法がないあの世界でどの程度の効力があるかは知らないけれども。


 それでも、『母』に頑張ったねと言われたような気がしてラヴィーシャは涙が零れる。



 あの夢の『翔』の事は、自分の事だとはまるで思えないのに。


 ただ、ラヴィーシャの中には彼の記憶がほんの少しだけある、そんな塩梅なのだ。


 それでも涙が止まらなくて。


「大旦那様ー!大変です!!!大変!!!奥様が~!!!」


 ラヴィーシャを起こしに来た侍女に大層驚かれて、騒いだものだから、そのまま邸内は大層な騒ぎになってしまったのだ。



 ※


「夢を見た・・・だと?」


「はい、そうです。旦那様。」


 そうラヴィーシャが答えれば、自らの亭主はいかつい顔にさらに皺を寄せて怖い顔になる。


「お前は・・・夢を見て泣くのか?」


 到底納得できぬという顔をしながら、困惑した声で言う自らの夫が面白くて仕方がない。


「確かに泣いたのだから仕方ありません。」

 恐らく生真面目でアホな夫は、自分が何か悪いことをしてしまったんじゃないかだとか、誰かが私を虐めたんじゃないかだとか、そんな変な妄想に走りそうだなと思った。


「それにどうやら私も前世もちだったようです」

「なに?」

「そんな大したことは覚えてないのです。ただ、お土産を買うのを忘れたのが心残りだったと思い出した程度で」

「・・・それで泣くのか?」

「はい。」


 到底納得できぬ、という表情を張り付け、「うぅむ・・・・」と唸っているこの朴念仁がラヴィーシャには愛おしくて仕方ない。

 彼が、あの『父』の様になったら、ラヴィ―シャはどうするだろうか?


 1年くらいは頑張るだろうな、と思う。

 ただ、その後はわからない。

 頭にきて「いい加減にしろ」とラステッドをぶん殴ってしまうかもしれないな、とも思う。


 やっぱり、あの『母』は凄いなと、ラヴィーシャは改めて尊敬する。


「それは・・・ただの夢ということはないのか?」

「あらあら。」


 ただの夢を見て、それに精神が引っ張られているだけではないかと夫は言いたいのだろう。

 確かにラステッドのいう事は最もである。

 が、とても女性に向けるべき言葉でもない。

 こんなところでもモテなそうな自分の夫が、ラヴィーシャはやはり好きだった。


 嘘をつけなさそうなところが、またいいのだ。




 それはさておき、自らの夫にただ前世持ちだとラヴィーシャが打ち明けたのには理由があった。


「でも、前世など本当はどうでもよいと思うのです。」


 それは、夫に何よりも伝えたい気持ちがあったからに他ならない。

 ただ、どうすればこの夫にも伝わるだろうかと悩むのだ。


「まぁそれはそうだな。」


 そう。

 大切なのは前世があるという事ではないのだ。


「でも、きっと貴方様には意味があることです。」

「俺にか?」

「はい。」


 夫は不思議そうに首を傾げている。


 どうやってこの男に伝えたらいいだろう。

 どうしたら、この方の傷が少しでも癒えるだろうか?

 言葉を少しでも間違えたなら、より傷つくかもしれない。

 それでもラヴィーシャには言わずにはおれない。

 今、ここでラヴィーシャが『翔』の事を思い出したのには、きっと何か意味があると思うのだ。



「だって、私は思うのです。・・・前世があるのだから、私たちの亡くなった大切な人たちは、この世界のどこかに存在していると信じることができます。」



 途端、夫は酢を飲んだ様な表情になる。

 夫のこんな表情などあまり見たことがないが、それでもラヴィーシャはどうか正確に伝わりますようにと祈りながら言葉を重ねる。


「たとえ、私の隣に大事な方がいなくて寂しかったとしても」


 亡くなってしまった、おかあさん。

 それでも、今でもその存在感は、息吹は、ありありと心の中に蘇ってくる。

 おかあさんも別の誰かに転生しているかな。


「死は喪失ではなく、再び出会うまでの長い別れだと、そう信じて歩んでいける・・・」


 前世の、姉。

 今の、キャロ。

 私が彼女にこだわったのは、その眼差しだけではなく『翔』の気持ちが少しでも残っていたからだろうか?今となってはわからないことだけれども。


「先ほど、前の世の母が、『またね』と言ってくれたのです。」


 そうラヴィーシャは言葉を重ねる。

 夫は微動だにしない。

 微かに震えているように見えた夫の手に、そっとラヴィーシャは自らの手を重ねる。


「だから、あなたのしてきたことは、決して無駄じゃない、と私は思うのです。」


 再びラヴィーシャの涙が零れ始めたが、今は夫の方が大事だった。涙が零れるままに任せる。

 夫の手の震えが大きくなる。

 そんな夫を励ますかのように、少しでも体温が伝わればと、ラヴィーシャは優しくその手をなでる。


「たとえあなたの大事な人は亡くなってしまったとしても。


 あなたが良くしてくれたこの世の中で、


 きっと、

 きっと、どこかで幸せに生きていてくれると。


 きっと今度こそは、幸せになっていると信じることができる。


 そして自分も死に、次に生まれ変わったら、


 また再び大事な方に会うことができたのなら、


 きっと、再び友になれると。」


 ラヴィーシャの涙は止まらないが、次の言葉はラステッドに笑顔で語りたかった。

 必死に歪む顔を押さえつけ、不細工であろう笑顔を必死に彼に向ける。



「そう信じて、わたくしと共に生きてはくださいませんか?」



 そう問いかけたラヴィーシャに、ステッドの膝は崩れ落ちた。

 俯き、震え、時にパタパタと床に水滴が落ちる。

 恐らく声を殺して泣いているのだろう。


 ただ、ラヴィーシャと繋いだその手だけは、絶対に離さなかった。

 そこから、体温が伝わる。

 それはとてもとても、温かな手のぬくもりだった。



 今まで自分の前で泣いたことのなかった夫が、

 泣く姿を見せてくれて、ラヴィーシャは少し安堵をする。



 失敗してしまった、わたくしの一度目の人生。

 今の自分から見れば、未熟なところだらけで。

 でも、あの当時の自分なりに頑張っていたことだけは間違いがない。


 あの当時の私がいたから、あの失敗があったから。

 あの苦しみがあったから。

 今の私に、きっと成れた。

 そして、この方を励ますことができる。


 失敗してしまった1周目。

 突然この世を去らざるを得なかった『翔』。

 苦しいことも多かったけれど、大切なことも沢山あった。


 だから。

 この人と一緒に、乗り越えていこう。


 きっと辛いことがあっても、この人と一緒なら怖くない。


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