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2周目 7 強欲

 

 ブーバリス家の者たちは、ほぼ全員捕縛された。


 事件の重大性から、背後関係を洗うために未だ刑は施行されていないが、二親等の者はほぼ死罪が決まっている。

 ブーバリス家の中でその罪に問われなかった者は、生まれたばかりの1歳に満たない女児のみで、貴族籍取り上げの上、国境沿いの修道院に送られる事で生かされる。

 使用人も事件への関与などによっては厳しく処罰される。

 雇われた呪術師は、反呪により苦しみ、ブーバリス家の地下で死にかけていたらしい。


 今の所、事件には緘口令が敷かれており、白の団の一部の者や国の上層部しか知らない。

 一般の者たちは事件については知らないが、そのうち王からブーバリス家謀反の発表がなされるだろう。

 彼が手を出したのはディーラネスト家であるが、その嫡男は第二王子の側近である。ひいては王子、王家に弓を引く事であると拡大解釈され、今まで王家にとって過激思想で邪魔だったブーバリス家をここぞとばかりに排除された。

 高損失(ハイリスク)高利益(ハイリターン)とは、よくいったものである。

 利益を求めるために各方面に軋轢を生んだブーバリス家は、その結果、表立って庇う者は現れなかった。


 とはいっても、事件はブーバリス家のみで起こされたものでは決してない。

 その規模や、人の動き、金の流れからそれは誰もが分かっていることである。

 事件を主動してはいないものの、何家か他にも怪しい動きをしていた貴族はいたらしい。

 しかし、そもそもこの計画は乗り気じゃなかったのだろう、今回の事件には表立って出てこなかった。

 限りなく関与がグレーのまま、捜査は終わることとなるだろう。

 だが、伏魔殿では当たり前の光景である。


 騙し、騙され。

 裏切り、裏切られ。

 上手くその波を生き残ってきた者が、今の貴族たちであった。

 たとえ今関与がなくとも、時代の趨勢が変われば、手のひらを反す。

 その恐ろしさを忘れず、出過ぎた杭は徹底的に抜き、出過ぎていない杭は黙認する。

 それが、王国で脈絡と受け継がれてきた、統治者たちの柔軟性と強かさでもあった。



 あれから一週間後。


 ラヴィーシャは、ようやく落ち着きを取り戻しつつある学園へと向かう。

 このまま事態が落ち着けば、ラヴィーシャが学園に通う必要性もなくなる。


 あとは様子見で数か月通い、何かしらの適当な理由を作り上げ、フォルトゥーナ卿は学園を退学しろといってくるだろうな・・・と予想している。


 それはそれで仕方がない。

 キャロ達や他の方々の軽口大会をみるのは、正直楽しかった・・・とラヴィーシャは思う。


 神殿に帰ったら、あの方々にお会いできる機会もほとんどないだろう。

 いや、人を癒すための私なのだから、会う機会が無い方がいいに決まっている。


 あの世界は私の生きるべき世界ではない。

 普通の生徒のように学園に通っていた今までが、罪を犯した自分にしては過分の待遇だったのだ。




 ――――ドンッ!




 そこまで考えた時、不意に体を突き抜けるような衝撃をラヴィーシャは感じた。



「・・・!?馬車を止めて!」

「ラヴィーシャ様!?は、はい!」

「今のは・・・。」


 慌てて御者に頼んで馬車を停めてもらう。

 何が起こったかも分からない。


 でも、何かが通り過ぎて行った。


 御者と並んで座っていた、護衛の兄も感じ取ったのだろう。

 窓から困惑した顔でチラリとこちらを見、同時に辺りの様子をうかがっている。


 馬車が止まるやいなや扉を開け、身を乗り出して外を見わたす。しかし何が起こったか分からなかった。

 周囲を見ても・・・自分が馬車を急に停めたせいで困ってる人が居るだけで、特に街中に変わった様子はない。


 誰も今の衝撃に気づかなかった?


 ならば、先ほどのものは魔力的な衝撃波としか考えられない。



 嫌な予感がした。


 魔力が何某かの属性に変換されれば、普通の人間にでも大概知覚される。

 風魔法なら風として、神聖魔法ならば光や癒しとして、土魔法ならば恐らく地震の様に地が揺れるだろう。

 そんな現象がなかったのならば、それは原始的な魔力が暴発したような状態に他ならない。


 そして、そんな状況といえば、誰かが恣意的に起こした物でないとするなら、魔物が絡んでいるとしか考えられなかった。


 神殿に帰るべきか、学園に行くべきか。

 聖女としてなら間違いなく神殿で待機し、情報を集め、しかるべき行動を起こすべきだろう。


「神殿に戻られますか?」

 そう、兄が聞いてくれる。


 ―――だけど。


「学園に向かって頂戴!なるべく急いで!」

「か、畏まりました!」


 御者に頼み、学園に向かってもらう。

 申し訳ないが、急に馬車を停め迷惑をかけた周囲に構っている暇はなかった。


 嫌な予感が止まらない。

 ゴトゴトといつも以上に揺れる馬車の中で、手の震えが止められなかった。



 こんな事、未来では起こらなかった。


 そう、なかったのだ。

 ならば、自分が行動した事で、きっと()()が起こったのだ。



 ※


 学園につくと、流石に学園の空気はざわついている。

 平民や1年の者はいつもと変わらないものが多い。

 だが、魔法科の制服を着ている者や上級学年、高位貴族に属しているもの程緊張をはらんでいる。

 足早に帰途につく子女も多い。

 いつもとは異なる人の動きに、間接的に察知していない者も学園の空気に戸惑っている。


 そんな状態だった。


 ラヴィーシャはそのようは人々の間を抜けて、生徒会室の方に足を向ける。

 あそこは、第二王子殿下達のたまり場になっているし、何かあれば彼らはそこに集まる。

 キャロもいるだろうか?まだ登校していないだろうか?

 生徒会室の前までたどり着き、ノックをしようとする段階で、室内の声が漏れ聞こえてきた。


「シュルームダンジョンか」

「前回の大暴走(スタンピード)から大して時間が経っていないのに・・・」

「ブーバリス家の調査の方に余力が取られ、手薄になっていたせいもありますね。白の団が対応に当たってはいますが・・・」


 そこまで聞いて、ラヴィーシャは頭が真っ白になる。


 ()()()()()()()()()()・・・?


 そこは、キャロが向かうはずだったダンジョンだ。

 それが大暴走を起こしたのだとすれば・・・?


「ラヴィーシャ様!」

 兄が自分に叫んでいるのが聞こえたが、何を叫んでいるか、よくわからなかった。


 恐らく自分の名が呼ばれているのだと思う。

 手が震える。

 気が付いたら生徒会室のドアの前でへたり込んでしまっており、兄に支えられているところだった。


 兄の手がいつもよりも温かい。


 自分が貧血を起こしかけている、という事がやっと分かった。

 人間はショックを受けると血の気が引く。

 そういう人間を沢山見てきたけれども、健康が取りえの自分では一度もなった事がなかった。

 貧血など初めて体験した。

 そんな事を場違いに考えている自分が居る。


「聖女殿!」

「・・・うわ!顔が真っ白ですよ!大丈夫ですか?」

「ラヴィ!!!どうしたの!?大丈夫?」


 兄の声で自分の存在に気づいたのだろう、ガチャリと生徒会室の扉が開き、ローランド様やリュケイオン様、そして2周目では初めて見たレルネン様などがこちらにやってくる。

 そして生徒会室にやってきたのだろう、ラヴィーシャが来た廊下の反対側からはキャロの声も聞こえる。


 貧血のせいだろうか?


 ラヴィーシャには、世界が全てぼんやりとしている。

 そんな中、ガシっと突然自分の手を掴まれ、驚く。


「大丈夫!?ラヴィ!しっかりして!!!どうしたの!?」


 私も一緒に考えるから!教えて!、と何故かキャロが涙ぐみながら、しきりに自分に訴えかけてきている。



 ああ・・・・。


 どうして彼女は、私にも心を割いてくれるのだろう。


「わた・・・私のせいなの・・・。」

「・・・ラヴィ?」

「きっと、私のせいだわ・・・。」


 涙がこぼれる。

 手が震える。

 兄とキャロの温かさを貰いながらも、それでもラヴィーシャには恐ろしくて恐ろしくて仕方がない。


「だって予言ではこんな事、起こらなかったもの。きっとシュルームダンジョンが大暴走を起こしそうだという事は、世間に伏せられてたんだわ・・・。」


 そして、その情報を伝えられる側の人間でなかったのはラヴィーシャ自身だった。

 それは罪とはいえるほどのものではないかもしれないが、もしかしたらば罪を犯さなければ知りえる機会があった情報だったのかもしれない。


 きっと1周目のキャロは、あのダンジョンに行き、満身創痍で生き残り、スタンピードさえ止めてみせたのだろう。


 あなたは、なんて人だったの・・・・。


「そして大暴走を止めた人は、きっとキャロ、あなただった。これは、あなたをダンジョンに行かせるのを、ただ止めてしまった私の罪に他ならない・・・」


 そんな私の言葉に周りに居る方々は困惑を隠せない、といった様子だ。


 当たり前だ。


 予言など、お話の中の出来事程度で、予言の聖女が居るという事は知っていても、本物かという実感がある者は少ない。

 傾倒して信じている人間の方が不味いだろう。


「随分と、()()だな。」


 扉が開いたままの生徒会室から、一言声がする。

 殿下の、声だ。

 いつも通り、いつもの椅子に座り、いつもの調子で、そう仰る。

 決して大きな声ではなかったのに、全員が耳にし、そして一瞬で静寂が訪れた。


「強欲・・・」


 誰かの呟く声がする。

 聖女に言うには問題がある言葉だけれど、相手は第二王子殿下である。

 何か政治的な意図があるのかもしれないと貴族的には一瞬考えてしまうのだろう。


 殿下の方を見ると、てっきり揶揄されているのかと思ったが、その表情は自分を見て苦笑している様だった。

 まるで、仕方がない子供を見る様な、そんな眼差しだ。


 その顔をみて、ふと思い出す。


 自分の、守りたかったもの。

 私が傷つけてしまった彼ら。

 大切な家族。

 そして、そして――――――


 今、きっと最前線でいつもの様に力をふるっているだろう、―――私の英雄。




「・・・殿下のおかげで頭が冷えました。有難うございます。」



 そう言って、立ち上がり、キャロと兄の手を優しく退ける。

 そして殿下に、そして周囲にカテーシーをする。


 周囲の『えぇえええ・・・!?何で!!??』といった気配を感じるが、ラヴィーシャには今はそれどころではない。



「えっ!?何で?何が?!!」


「さっぱり訳が分からない。」


 そうため息をつくリュケイオン殿の声は聞こえた。



「殿下が仰る通り、私は強欲ですわ。」


 そう言って聖女の微笑を浮かべ、皆を見回す。

 殿下以外、ほぼ全員困惑といった表情をしている。

 頭の中ではさっきの会話でどんな意味があるのか、まだ悩んでいるのだろう。

 貴族とは大変だなぁとラヴィーシャは思う。


 でも、これはきっと、そんな難しい事じゃない。


 自分には1周目の事や、2周目や予言など、もはや関係ない。



 それに、やっと気づいた。

 責任なんて考えても、自分にはもはや取れないのだ。


 私が守りたいもの。

 大好きな人たちの笑顔。

 平和な生活。

 自分が罪を犯したから、贖罪したいのではないのだ。

 似ている様でそれは違う。


 私が好きだから、()()()()守るのだ。

 私にできることは、それしかない。


 今ここで、罪に震え、悔恨していても誰も助からない。ただ人が死ぬだけだ。

 ならば、一歩でも進むしかないのだ。

 何かが自分の罪を測り、罰を下すというのなら、死んだ後でしてくれればいいのだ。



「私は私のやりたい様にする事にしました。それでは、皆さま御機嫌よう。」


「えっ!?」

「ちょ!?」

「はぁあ??!!」

「ちょっと殿下!あんたのせいでしょ!!?!今の通訳してくださいよ!!!」

「分かるわけないだろう。俺様は聖女じゃないし、そもそも頭の出来が違う。」

「威張って言う事かぁ!!!!!」


 などと騒いでる生徒会の面々に笑顔をむけた。

 これで、下手をすれば今世では永遠の別れかもしれない。


 多大な感謝を込めて、深々と長くカテーシーをした。


 踵を返し、慌ててついてくる兄と一緒に、足早に、元来た馬車の方へ向かう。

 一応しばらく玄関の外れで待機してくれるようにと御者には伝えてあるのだ。すぐに出発できるだろう。


「ラヴィ?」


 誰もいない事を確認して、兄がそう声をかけてくる。

 私が何を考えているのかが分からずに不安なのだろう。

 昔の愛称がくすぐったい。

 思わずクスリと笑ってしまう。


「お兄様。私、これにて聖女を辞めて、悪女になろうと思いますの。」


 だって聖女の役割を放棄して、自分が守りたい様に守ろうと思うのだ。

 もはや聖女失格といっても過言ではないだろう。

 フォルトゥーナ卿には悪いが、まぁ凄く悪い事をするわけでもないし、最悪死んだら普通の聖女の列にでも並べ、いい様に利用してくださるだろう。

 でも、自分の気持ちが定まったらば、思ったよりも清々しい。


「・・・いいと思うよ。」

 兄は、一瞬驚いた顔をした後に、遅れてビックリするくらいの笑顔を自分に向けてくれた。


 ああ・・・。


 と、再びラヴィーシャは思う。


 兄はまだ何も話していないというのに、こんなにも自分を心底信じてくれている。

 私はなんて幸せなのだろう。

 2周目はとても幸せだ。

 ・・・いや、違う。

 兄は1周目からずっと、変わらぬ愛情を自分に向けてくれていた。

 1周目は不幸ではあったけれど、自分は幸せでもあったのだ。

 ただ大事なものが全部無くなって、寂しくて、ただ不幸で不運な人間だと思い込んでしまったのだ。


 もう間違えたくない。

 間違えてはならない。


 守られる私ではなく、だれかを守る私にならなければ。

 そう願ってここまで漸く歩いてきたのだ。

 ここで歩みを止めてはならない。


「ところで、お兄様、誰かお慕いしてる方はおりませんの?」

「いないよ!!!それどころではなかったし!!!」

「あら、そうですの?残念ですわぁ。」


 突然の話題転換に、兄が真っ赤になって叫んだ。

 ラヴィーシャとて、下世話な気持ちで唐突に話題にしたのではない。

 死ぬ可能性がある以上、兄が誰か好いた方がいるなら、置いて行こうと思っていたのだ。


「私、これから最前線に向かおうと思いますの。」

「それ、聖女の仕事じゃないよね?」

「そうですわね。だから悪女になるのです。」

「なるほどね。」

 そう、お兄様は言って苦笑される。


「全くラヴィは誰かを守ろうとして、すぐ暴走するんだから。おじい様の時だって、家を出た時だって・・・」

「お兄様。そのお話は、生きて戻ってこれた後にお願いいたします。」

 全く・・・とブツブツ文句を言うが、兄は特に反対しない。

 これが収められなければ、この国が終わるという事も分かっているのだろう。


 シュルームダンジョンは 王都から片道徒歩で7時間程だと聞く。

 馬車で向かって2時間弱といったところか。

 その距離を、あれだけの魔力の波動が届くのだ。かなり規模が大きいと言わざるを得ない。


「神殿に戻り、出来る限りの薬と魔力装備(ドーピング)をして、すぐに出陣します。」

「仰せのままに、我が姫。」


 兄は、苦笑して、そう恭しく仰ってくれた。

 神殿所有の馬車が見えてくる。

 やる事が決まっているので、心は軽い。


「お兄様は残っていただいていいですのよ?」

「御冗談を。」

 そう、軽口を叩きながら神殿に戻る道中は楽しかった。




 ※


「数が多すぎる!」

「そこ!戦線下げろ!代わりに後ろが前に上がれ!治療の時間を稼ぐんだ!」

「もうポーションがありません!」

「補給線が伸び切ってて!」

「クッソ!!」


 一方、白の団先発隊は混乱を極めていた。

 朝方、突然の魔力暴発を感知し、すぐ出られる団員500名ばかり総出で震源地の方に出撃すれば、小一時間ほどであっという間に魔物の群れとエンカウントした。

 その数不明だが、ゆうに2000は越えていた。

 これは不味いと伝令を出しつつ、戦線を常に下げながらできうる限り魔物に対応するが、相手は狂ったようにこちらを追撃してくる。

 なんとかポーションなどを使いしのぎつつ対応したが、限界がすぐそこまで迫っているのが誰の目にも分かった。


 兎に角、敵の数が多すぎた。

 ある散開しなければ魔物に包囲され袋叩きにされるし、だからといって、全力で斥候部隊が後退すれば、最悪避難や守りが整っていない王都の一般市民が犠牲になる恐れがある。

 ここで魔物をある程度は引き付けておくか、別の方面に逃げるしかない。

 だが別方面に逃げた場合は増援は見込めないし、魔物の追撃をかわしながら逃げるしかないので被害が大きくなる公算が高い

 どちらにしても分が悪すぎる賭けであった。。

 突然の出来事に、白の団はすぐに動けるかつ機動力がある者が出撃したので、こちらの人数は500と少ない。しかし相手の魔物は総力戦とばかりに大挙して襲い掛かってくる。


 魔物が来た方角を考えれば未知のダンジョンでもない限りは、シュルームダンジョンが大暴走を起こした可能性が最も高い。

 一匹一匹の魔物の強さは、シュルームダンジョンではさほど強くはない。

 だが、決して弱い敵ばかりでもなかった。

 1対多数なら安全マージンさえ取れれば継続して倒していくことはどの団員でも可能だが、一人で多数の魔物を短時間で倒せる者は少ない。


 この時点で白の団先発部隊は完全に物量で負けていた。


「きっと閣下が来て下さる!それまで何としても持ちこたえろ!」

「やれやれ。とんだ貧乏くじを引いちまったぜ。」


 そもそも、大暴走が起こったからといって魔物がすぐに地表にあふれるとは限らない。

 先発メンバーは兎角機動力の高い、足の速い者を中心に組まれていたのが逆に仇となった。

 早くダンジョンにたどり着くという点においては有利であったが、殲滅や防護面では他の隊に比べ劣る。

 長時間による戦闘で消耗も激しい。

 先発部隊の誰もが気力が尽きかけてきた時、後ろの方から場違いに上品な女性の声が団員たちの耳をかすめる。


「御機嫌よう、皆様方。腕の良い聖法師が丁度偶々都合よくこの場にいるのですが、必要ございませんか?」


 神官や魔術師を思わせる軽装装備に葦毛色の馬に乗った黒髪の美女と、その従者だろう。温厚そうだがこれまた美しい顔の青年が女性に付き従い馬に乗って片手剣装備でやってくるところだった。だが、青年の顔と体に似合わず、結構厳つい盾を持っているのが目を引いた。

 どう見ても、両名とも白の団員でも宮廷魔導士でもない。

 しいて言うなら、戦闘服にもかかわらず白い色なので、神殿関係者を連想させられた。


「「「はぁあ???!!」」」


「「「ラヴィ-シャ様!!!」」」


 ラヴィーシャを知っている者、5年前を共にしてきたものはラヴィーシャの姿を見て涙ぐみ、初見の団員は突然の未知の人物の乱入に訳が分からない!といった2通りの反応に分かれた。

 そんな彼らに意を介さず、ラヴィーシャが回復魔法を使えば、たちどころに前線にいた物の軽度の傷が癒え、力が湧き出てくる。


「あら、団長殿はどちらでしょう?」

 可愛らしくラヴィ-シャが馬上で小首を傾げれば、


「我らは斥候部隊になります。」

「あと!魔物が出てきそうであれば、ダンジョン入り口で迎え撃ち、先にできるだけ間引いていろと仰せつかりましたが・・・」

「いまだかつてない規模と早さで魔物があふれ出ており、対応に苦慮しているところで・・・」

「正直、嬢がいなかったらどうなるかと・・・!」

「ラステッド様は可能な限り早くいらっしゃるでしょうが、恐らく王城との駆け引きに多少時間がかかるかと!」


「あらまぁ。なるほど。」


 ラヴィーシャに慣れ親しんだ顔見知りが、口々に教えてくれる。

 そこまで細かい事を聞いたつもりはなかったのだが機密ではないのかしら?と首を傾げながらも、ラヴィーシャは聖結界を張り、一時的に魔物を押し戻す。


「どうやら、私、英雄殿より先に着いたのかしら?」

「うちの大将も形無しですわ!」

「今日からラヴィ-シャ様が白の団の団長ですな!」

「ちげぇねぇ!」

「こりゃ、みんなに羨ましがられるわ!」


 アハハハ!と団員の間から笑いが漏れる。

 ラヴィーシャを知らぬ者達も、長年いる団員の多くが安堵した雰囲気を感じ取り、意味はよくわからないものの落ち着きを取り戻す。

 先ほどまでの場の悲壮感がまるで嘘の様に、リラックスしている団員をみて、ラヴィーシャは安心する。

 兄は、白の団の雰囲気にちょっと驚いた様子だったが、元より平民の出である。

 こういうあけっぴろげな雰囲気の方が慣れているので、すぐ気にならなくなるだろう。


「とりあえず、まず出来ることをいたしましょう。私は結界を張りながら治療を行うので、治療が必要な方を私の周りに連れてきてください。そして魔物の間引きもできるだけ行いましょう。様子見で小さな穴を結界に開けるので、そこに入り込んだ魔物を包囲して元気な方で叩いてください。」


「戦場で何とも豪華なシチュエーションなことだ。」

「こりゃ、聖女様々ですわ。」

 口々に団員たちが茶々を入れ出す。


「この部隊の責任者はどなたです?」

 そうラヴィーシャは団員たちに問いかける。


「この部隊を束ねてるのは俺・・・いや私です!」

「では、あなたには魔物を掃討する兵士の指示をお任せいたします。」

「た、賜りました!」


 実際の所、ラヴィーシャは完全に部外者でありお願いしますも何もあった物ではないのだが、ラヴィーシャに飲まれていた者は素直にうなずく。

 彼女に死地を救われたのなら、なおさらだった。

 ラヴィーシャとしては責任の所在が明確化せず、アレコレ先に命令してしまった手前、命令系統を混乱させないための確認のつもりだった。しかし、どうみても現場の指揮系統はラヴィーシャの方が上、といった雰囲気に現場はなってしまう。ラヴィーシャに身に着いた所作も、貴族然とした佇まいも、何よりも今までの聖女としての実績が白の団の物の尊敬を集めていたからに他ならない。


「では、皆さま。援軍が来るまで、我々も出来るだけの事は致しましょう。何でしたらラステッド様の出番を完全に奪っていただいても構いませんのよ?」

 そうラヴィーシャがニッコリ微笑めば、やはりドっと団員の間に笑いが漏れる。


「流石、聖女様は言う事がきっついですわー!」

「俺たち平民にはあんな芸当無理ですって~!」

「知ってるか?団長、この前魔物を適当に2体ずつ突き刺して倒していたから、なんでですか?って聞いてみたら、いちいち個別に倒すのが面倒くさいって言ったんだぜ」

「2体も同時に刺さらないし、そもそも剣の長さが何で足りるんだよ」

「いや、俺もここで一旗当てて、帰ったら結婚するんだ!」

「お前それ死亡フラグ」

「まだ告白もしてないから問題ない!」

「相手がまずいねーじゃねぇか!!」

 などと軽口を叩きながらも、流石は実戦に慣れた白の団員なので、次々とそれぞれの役目に散っていく。


 残った薬などを再分配し、怪我の者を運び、傷んだ武器を交換する。

 余力がある者は指定位置につき、包囲網を3重にし、疲れたり怪我をしたらば後退できるよう準備をする。


「ではまず小手調べを。」


 そう言って、聖結界に僅かな穴をあけ、細かい魔物から結界の内側に入れていくようにする。

 すぐに戦闘が始まっている様なのがラヴィーシャにも見えた。順調に稼働している様だ。

 聖結界の中なので魔物も僅かに弱体化するし、先ほどまでに比べ安定した布陣で安心して戦えるのも良い結果に繋がっている。


 粗方緊急性がある怪我をした団員の回復を終えたラヴィーシャは、結界維持の為、魔力がある団員を見繕い、前回の魔物災害で使われなかった魔道具による聖結界の強化に努める。ラヴィーシャ自身は動けぬため、兄が代わりに動いてくれて本当に助かる。

 魔力切れを起こしたら交代するしかないので、交代メンバーは部隊長に見繕ってもらっている。


 こんな突然の野外戦の事態などラヴィーシャは想定していなかったが、前回の魔物災害の準備が大いに役立った。


「ラヴィ-シャ様ー!」

「もう少し魔物が多くても、しばらくいけそうです!」

 どうやら安全マージンが多すぎると、団員から物言いがつく。


 結界の周りは大型の魔物にとり囲まれている。しかし、すべてがいるという訳ではなく、入れない結果に飽き、逃がした伝令を追って王都に向かった魔物もいた。

 しばらくここで魔物を引き付けられたので、足の速い伝令は王都についている可能性が高い。王都の監視は厚くされているはずである。

 そして勿論王都の方が兵は多いので、城壁もあるし何とかなるだろう。

 だが、王都から離れたの場で魔物をなるべく減らした方がいいのは間違いない。


「あら。それは御免あそばせ。」


 ラヴィーシャは冗談で一時的に少し大きな魔物を結界内に誘い込めば、現場からギャー!と悲鳴が上がる。それでも問題なく対応はしている様だが、あくまで余力のある継続討伐が目的なので、すぐに結界の穴を狭め、だがしかし先ほどよりは僅かに大きくなるようにラヴィーシャは最新の注意をもってコントロールする。


 戦場では聖法師である自分は特に魔力切れが怖い。

 聖結界の様な大型聖法術も使いこなすラヴィ-シャが倒れるという事は、戦力の大幅ダウンに他ならない。

 よってラヴィーシャは魔物災害が過ぎ去った後も、少しでも自分の有利になるようにと研究を続けてきた。人々が発散した魔力や、魔物が散っていく時に出す余剰魔力をどうにかできなかという研究も近年行っていたラヴィーシャは、自分の真下にも魔力吸収の魔法陣を発動させている。葦毛の自分の馬は、団員に世話を頼んだ。結界の中から自らは動けないが、魔力的持久力がこれでまた上がるだろう。

 正直驚くほど高額な素材の魔道具も湯水のごとく消耗品として使っているが、戦闘面においてラヴィーシャはドーピングに躊躇いが無かった。


「ラヴィ-シャ様酷い!!!」

「はぁーーーー!これで倒せなかったらいい笑いものだった!」

「俺笑いが止まらないんだけど!!!」


 などと口々に言う団員を無視し、「すぐ次が参りましてよ」といえば、彼らは慌てて現場に戻っていった。

 これからが正念場だ、まだ先は長い。

 このままここでできうる限り魔物をひきつけ、後ろは主力部隊に撃破してもらい、ここから前線を押し戻す時の為に、力を蓄えていなければならない。





 ※



 王城での下らぬ争いは早々に見切りをつけ、親友に後を任し、白の団舎に戻って来たラステッドに齎された報告は予想以上に悪い物であった。


 側近は既に地図を用意し、現場位置やどう進軍するかシュミレートしている様だったが、


 ―――魔力暴発から白の団の先発部隊が慌てて出撃し、たった1時間45分余りでシュルームダンジョンへの半分辺りの位置で魔物の群れとエンカウントしたのだという。


 それはすなわち魔力暴発時か、その前からダンジョンの魔物が数多く溢れた事を意味している。

 未だかつてない事態だった。


 最も足が速い者数名が伝令としてこの知らせを持ってきたが、多くが魔物を強引に振り切りけがを負っている。

 そして、この者達が呼び水となり、より魔物が王都に到着する時間が短くなる。


 先発の斥候部隊がエンカウントした魔物の数は軽く2000を超えているという目算だという。

 対してこちらの部隊は500。

 狭いダンジョンの入り口で魔物を押し戻すには十分すぎる人数だが、開けた場所で2000の魔物を向かい討てるかといえば、戦力的にかなり厳しい。


 ましてや、白の団は王都の守りを先に固めなければならない。


 500の団員の命は大事ではあったが、万の民を危険に曝すわけにはいかなかった。


 その手配の時間と、王都の警備を厚くする分、本隊の攻撃力が削がれ、先発部隊への救援が遅れるのは明白だった。


 せめてあの時と同じ様に、聖女の『予言』に今回の事態が在れば・・・とラステッドは思ったが、ふとラヴィーシャが言っていたことが彼の脳裏をよぎる。


「私は、かつて夢の中でこれからの未来を全て体験しました。その事です。」

「私はすでに夢の中で1回死んでおりますので。この山を越えれば老後です。」


 ――――予言が無いという事は、どいう事なのだろうか。


 ・・・もし、自分が思うように、予言が()だとして、今回の大暴走がラヴィーシャの行動によって魔物災害を抑えた事により起きた事態では()()()()()()()()


 ラステッドの視界がが真っ赤に染まる。


「閣下?」

「・・・いや、何でもない。悪かった。」


 ラステッドから突如漏れた怒りで、側近が怯えながらも、ラステッドに声をかけてくる。

 その声で、一瞬怒りに我を忘れかけたが、正気に戻った。


 いやー―――そう、これは怒りだ。


 あれから一度もラヴィーシャには会ってはいないが、手紙のやり取りだけは偶に行っていた。

 相も変わらず歯に衣をきせぬ言い方で、ラステッドを飽きさせない。

 当時10歳だった少女は今15歳だろうか。

 当時も美少女であったが、今はさぞ美しい女性に成長しているのだろう。

 彼女は、予言の中で1回死んだと言っていたが、大人から見ればまだまだ子供っぽく、かといって歳相応よりは大人びており、何よりも全てを直向きに守ろうとするその心意気がただただ純粋で、ラステッドには眩しい存在だった。


 だからだろうか。

 無理をすれば会えたかもしれないが、あれから彼女に直接会う事はなかった。


 自分とは住む世界が違う。


 そう、ラステッドは思っていた。

 彼女が守った平和な世界で、幸せに暮らして欲しい。そう思っていた。

 結婚だって、前例がない()()()()()』なのだから、神殿側は有力者と結婚を望み、その血筋を残そうとするだろう。


 そう貴族的に思っていた。


 現に、ラステッドの周りでもそういった動きを何例か親友から聞いたことがある。

 下手をすれば婚約者がいない第2王子殿下に当てがわれてもおかしくはない。

 各貴族は、今だない聖女というカードなだけに様子見、といった状態だったのだ。


 だけれども予言の中で、聖女がもし夭逝(ようせい)していたとすれば?


 それは突飛な発想の様で、辻褄があっている様な気がした。

 死んでいれば先の事は分からないのは当たり前である。


―――『貴方様が、生きていてくれて、私は、嬉しい』


 不意に、あの日の彼女の声がよみがえってきた。

 何を馬鹿な事を、とラステッドは思う。


 他人を守って、お前が生きていなければ何の意味があるのだろうか?

 自らは巨躯であり、どんな戦場でも散々死に損なってきた。

 ほかの人間よりは死なない可能性が高い気がする。

 だが、あんな風に吹かれれば簡単に飛んでしまいそうな弱く細い体と、何より心が強い割に限界まで張りつめた弓を思い出す様な、彼女の方が。

 彼女の方が、数倍も容易く壊れてしまいそうではないか。



 こんなことを今考えても仕方がない。

 とりあえず今後必要になるのは回復要員である。

 是非神殿にもこの有事に協力していただきたいと使いをやれば、神殿は神殿であわただしく、どうも色よい返事が得られない。

 かといって拒否する姿勢でもなく、回復要員は何名か順次向かわせるという返事がもらえる。


 が、何やら神殿内部でもひと騒動あるらしく、ラヴィーシャにもフォルトゥーナ卿にもつなぎを取る事がかなわなかった。

 どうにもおかしいが、神殿の動向を探っている暇が今はない。


 とりあえず、親友に神殿の動きがおかしい事をそれとなく伝えれば、調べてくれるだろうと丸投げをする。


 ラステッドが今やるべきことは、早急な王都の警備計画の立案と、各所への根回し、次いで斥候部隊の救出だった。



 ※


 それから5数時間後。


 ラヴィーシャの魔力が半分を切り、心の中に焦りが見え始めた頃。

 急に事態が動いた。


「増援が来たぞ――――――!」

「遅いわ!!!」

「あーマジでしんどかったー!」


 王都方面から増援部隊がやって来たのだ。


 やってきたのは、やはりというか白の団であったが、予想をはるかに超えた事態も起こった。



「ラヴィ!!!馬鹿!!!本当に馬鹿!!!!!!!!!!!」


「・・・・キャロ?」



 突然ラヴィーシャの胸に飛び込んできたのは、6時間ほど前に学園で分かれたディーラネスト侯爵令嬢その人であった。

 ミニスカートにハイブーツ、腰には2振りのレイピアが刺さり、革の鎧は白く染め上げられ、金の模様に魔力的防御力が載っている。

 美しい彼女に似合っている戦装束であるが、どう見ても美しいだけではない完全な実戦仕様であった。侯爵家の財力に物を言わせ、実践的に底上げしているのがラヴィーシャにはわかる。


 そもそもラヴィーシャは()()()()()()()()()()()()のだが、彼女はどうやってやってこの結界内に入って来たというのだろう?

 結界を壊された様子もないので、誰かが結界に上手に干渉したか、ラヴィーシャが明けた結界の穴から、魔物と白の団員を押しのけて飛び込んできたとしか思えない。


「なんでここに?」

「それは私のセリフでしょ!!!!」

 ぐうの音も出ない。


「何で一人で行ってしまったの?私、あなたにもう会えないのかと思って、恐ろしかった!」」

 そう涙ながらにキャロはラヴィーシャに抱き着いて、彼女は自分を惜しんでくれる。


「キャロ!!!」


 遠くからリュケイオン様の怒った声が聞こえる。

 その声を聴いてヤッベ!という顔をキャロがしているのが見えた。

 学園で神秘的と噂されていた彼女はどこに行ってしまったのだろう?

 本当の彼女は、こんなにも分かりやすく・・・そして大層残念な暴走娘だ。

 それだけで、ラヴィーシャは何が起こったのか、大体察してしまった。

 彼はズンズンとこちらに歩みをすすめ、目は怒りを湛えてキャロを射抜いている。


「お前なぁ!協力するとはいったが、一人で先走るなってあれほど言っただろ!馬鹿か!ホント馬鹿なのか!!!今度やったら監禁するからな!」

「何よそれ!!!・・・大体、何で私の事を呼び捨てにしてるの!まだあなたに許したわけじゃないでしょ!」

「そんな事しーりーませんー!大体婚約者にだけ名前呼びを許さないってどうよ!ツンか!ツンデレなのか!?甘やかして落とすまで待とうかと思ったけど、あったまきたわ!!!もう絶対許してやんねーからな!覚悟しとけや!!!」

「一体なんなのよ!!!」


 どう聞いても、リュケイオン様が暴走するキャロに怒り、これから溺愛するって宣言している気がするのだけれども。家族しか眼中にないのだろう、キャロには全く伝わっていない様子なのが面白い。

 だけど何故かぎゃんぎゃんと喧嘩している時の方が、この二人は自然体に見える。

 思わずホッとしたら、笑いが止まらなくなってしまう。


「・・・・ラヴィ・・・笑うなんてひどいよぉ。」

「・・・聖女様もご無事で何よりです。」


 クスクスと笑いが漏れてしまった私をみて、キャロとリュケイオン様が情けない顔をしてこちらを見る。

 それも何だかお似合いでおかしい。


「いちゃいちゃは学園だけにして頂きたかったわ。」

「何よそれ!!!!!!!!!!!!!!」

「流石聖女殿。」


 なぜか、しみじみと言うリュケイオン殿と、顔を真っ赤にして喚くキャロが可愛らしい。


「二人してズルイですよ!」

 後から、ローランド様がやってくる。

 ローランド様もリュケイオン様も、白の団の従騎士の装備をつけてらっしゃるので、()()()()()なのだろう。ほぼ物量戦なのは見えていたので、腕に覚えのあるものを片っ端からかき集め、一気に押し戻す気なのだろう。

 本陣到着は遅かったが、理にかなっているとラヴィーシャは腑に落ちる。


 そこに、キャロが無理を言って便乗したという感じか。


「確かにキャロは強いと思うわ。でもあなたは貴族の子女。王都に戻ったほうが・・・。」

「厭よ!!それに、ラヴィだって女じゃない。」

「私は号は聖女だけれど、ただの平民。そして私が死んだところで誰も困りはしないわ。」


 そうラヴィーシャが困った顔で答えれば、


「私は嫌よ!!!ラヴィを死なせたくない!!!」

 

 などとキャロは抱き着いたまま言う。

 困った子だ・・・・と思うものの、嬉しく思ってしまう自分も居て困ってしまう。


「・・・ディーラネスト侯爵は、この暴挙をお許しに?」

 キャロでは話が進まないと、リュケイオン殿を見やれば肩をすくめて言われる。


「なるわけないだろう。」

「姉さんが勝手に白の団の馬車に隠れてたんですよ!聖女殿も帰るように言ってください!」

「呆れた・・・。」


 騎士団に入る予定のローランド様やリュケイオン様はともかく、キャロによく許しが出たものだと思ったら、やはりただの暴走であった。



「それを言うならお前もだ。」


 ズシっと現場に重い空気が張り詰める。

 急に周囲の人間が委縮したのが分かる。

 白の団のものならば、誰もが知っている男の声だ。


「何でここに聖女殿がおられるのか?」

「あら・・・。」


 魔物災害の時でも感じた事が無かったが、珍しい事にこの声は怒っている様子だった。


 怒っている?

 この男が?


 世にも珍しい事が、あるものである。

 そう思いながらも、ラヴィーシャは魔方陣の上からは動けぬので、ふわりとその場で回転をし、ラステッドに正対する。


「お久しぶりです、ラステッド様。私、一日千秋の思いで貴方を、それはもうお待ちしておりましたのよ。」


 そう軽口をたたくものの、彼の怒りはどうやら収まらないらしい。


「何でお前がここに居るかと聞いている。」


 そう尋ねる様はまるで死刑執行人が辞世の句はないかと尋ねる様に似ている。

 おどろおどろしく、怒りに満ちており、周囲の誰かがゴクリとのどを鳴らしたのが分かる。

 だが、ラヴィーシャには一向に気にならない。 


「あら、私聖女ですもの。従軍義務があると以前お伝えいたしませんでした?」

「まだ王都での医療援助要請しかしておらんわ!!!」

「そうですわね。そして貴方様は私を決して前には出そうとはしないでしょう。」


 そう言っている傍から、ラヴィーシャは腹が立ってくる。

 この男はどこまで自分を侮るというのだろう?

 自分が箱にしまい込まれて、大事に守られ、喜ぶような女だとまだ思っているのだろうか?

 だが、そんな自らの腹の内など見せもせず、艶やかに、人々を魅了するような気持で笑う。

 笑顔こそがラヴィーシャの女の武器の一つでもあった。


「だから、聖女を辞めようかと思いまして。」


「「「「はっ!?」」」」


「下らない建前など知った事ですか。私は守りたいものを勝手に守ります。何故あなたに許されて、私には許されないのです?不公平ではありませんか。」


 えっ!?ちょっとまって?意味が分からない、などとリュケイオン殿が言っている。

 うわぁあ、聖女ってこんなキャラだったのかなどとローランド様も言っているが、知った事ではない。


「私の事は今日から悪女とでも呼んでくだされば結構。幸いなことに、私は白の団には慣れておりますの。ここまで斥候部隊の安全を守った私の能力が足りないと、よもやラステッド様がその口で仰りはいたしませんね?それとも500余名の命程度では対価として足りませぬか?」


 聖女を辞めて悪女になるなどと言われても、周囲の人間は意味が分からない。

 そして頭の出来に自信がないラステッドとしては、戦闘の事はともかくも、なんとこの女に言い返せばいいのか、まるで良いアイデアが浮かばない。

 ましてやラヴィーシャがいなければ、斥候部隊は壊滅と敗走をしていたことは間違いない。

 それを言われればラステッドには弱かった。 


「・・・大事な部下だ。守ってくれたことは礼を言う。だが・・・」

「あら。私、貴方様よりも早く着きましたのよ?褒めてくださいね。」

「・・・クソ!これだからこの女は!」

 毒づくラステッド様を目にして、リュケイオン様が呆然としている。

 この方のこういう所をリュケイオン殿は今までご覧になった事が無かったのかもしれない。

 もしくは白の団長相手に委縮をしない女を見たことがないか、だ。


「はいはい!はーい!私も守ります!」

「キャロは駄目!」

「なんでー!」

「無茶ばっかりするでしょう。」

「言う事ちゃんと聞くから~!」

「リュケイオン様との約束破ったでしょ?そういう子は駄目なのですよ。」

「・・・ラヴィ、何で分かったの?」


 分からないわけがない。

 それでも、すったもんだの末、いまさらキャロを置いていく方が危険と判断し、リュケイオン様の隣にいるという条件で一緒についていくこととなった。

 そして、恐らくラステッド様にとって私は同じ扱いなのだろう。

 しぶしぶ同行を承諾してくださる。

 いま、ラヴィーシャに抜けられても被害が拡大するのは分かっていたので、許可せざるを得なかったのだろう。


 とりあえずの目標として、前線をダンジョンまで押し戻す事が目標となる。

 ダンジョンの入り口さえ押さえてしまえば、後はダンジョンの前で交代で魔物の殲滅を繰り返せばいい。

 そこさえうまく回れば、後はダンジョンから溢れた魔物を狩りつくせば、ひとまずは終了である。

 周りが落ち着けば、ダンジョンの中を攻略しなければならないが、魔物を入り口が狭いダンジョンから出さないようにするだけならばさほど難しい事でもない。


 というわけで、隊列を組み、横に広がり、魔物を屠りながら進軍を進める。

 ここまで多くの魔物を狩っては来ているが、まだまだ残っている様で、本当に大暴走は恐ろしい物だと実感させられる。


 リュケイオン様はその物腰とは裏腹に、意外と武術も堪能だが、ラステッド様とは趣が違い、動きが美しく効率的だ。自分の力量を知り抜いていおり、その最大効率を常に計算している動きといえる。

 ローランド様は剣術よりも魔術の方が得意の様子で、絡め手を多く使われる。植物の根で敵の動きを封じたり、視覚を奪ったり、魔物の厄介な魔術を封じたりなど様々だ。

 キャロは貴族の子女にありながら、何故か武術も魔法も堪能で、実践的で柔軟性のある戦い方で次々と敵を屠っていく。一撃の威力は弱いものの、本人がそれを自覚しており、魔法で威力をここぞという時のみ増している。正直、剣術に関してはローランド様よりもキャロの方が上手い。


「帰ったら真剣に武術もやらなきゃ・・・・。」

 そうブツブツと怖い目でローランド様が仰っていたが、礼儀正しく聞かなかったことにしておいた。


 私も攻撃魔法も使えはするが、それよりも他のメンツを回復したほうが効率がいいだろうと思い、白の団員を片っ端から癒している。とはいえ、魔力の残りも心もとないので、魔力回復薬を飲みながら、少し重い傷を中心に癒す。


「うわぁ・・・マジチート・・・。」


 そんな声がキャロから聞こえたが、とりあえず聞かなかった事にする。

 そもそもチートとはどういう意味なのだろう?彼女の前世の言葉の様な気がする。

 私も武術は一取りできはするが、最低限身を守る程度だ。

 護衛も常についているし、正直魔力の方がずば抜けて強い自覚はある。


 お兄様の戦いぶりも初めてみたが、思っていたよりかなり強い。

 護衛を担うだけの事はある。

 特に魔法方面の技術には堪能であり、回復力や防御力に魔力を注ぐ方向が優れている。

 アレを抜くのは厄介だなとシュミレーションしてしまっている自分が居た。

 兄の防御力を抜ける者は、かなり限られた者になってしまうだろう。そして小さな傷程度ではあっという間に自己回復してしまうので、厄介な事この上ない。



 しかし、何より強かったのは、やはりラステッド様だ。


 遠くにいてもその異様さがすぐわかる。

 大将なのに時に先陣を切るスタイルは、貴族としては褒められたものではないだろうが。

 彼が前に出るだけで、憧憬、羨望、希望といったものが一心にその背中に注がれるのが分かる。


 彼が両手剣を振るうたびに鮮血が舞い、魔物の首が飛び、血路が開かれる。

 途方もなく野蛮な光景なはずなのに、美しいとさえ思ってしまうのは私だけではないだろう。


 あの魔物災害の頃も見た様に、側近の方々も彼の穴を埋めるべく、そしてその効果を最大に生かすべく、動いている。

 ラステッド様が前に進めば、横から敵が来ぬよう別の者が攻撃をくわえていく。


 全てが機能的で、無駄がない。

 それぞれの特技が生かされ、最適な動きをしようとしている。

 ラステッド様のソロプレイではなく、あくまで白の団としての集団戦なのだという事に今更ながらに気づく。

 戦場で生き残る事など運だとラステッド様は以前に仰ったが。

 このチームワークが無ければ決して生き残れなかっただろう。

 運も大事だろうが、生き残るのには生き残るだけの訳があったのだと、改めて教えられる。


 それだけで、いい物を見せてもらっている気持ちになれる。



 こうして白の団の増援部隊その数4000余名は3時間ほどかけてシュルームダンジョン前に到達した。

 そこから部隊を二つに分け、ダンジョンから湧き出る魔物を屠り、現状をを維持する部隊と、周囲に溢れてしまった魔物を掃討する部隊とに分かれる。


 そして、近隣の村に多少被害が出たものの、1日半をもって、大まかにダンジョンを抑えることに成功した。




毎回字数が多く、直すのが大変だ・・・ってなります(今更)


魔力装備→結構高い。キャロの物は恐らく軽めの豪邸が一軒は建つ。平民装備は金属で、貴族装備は特殊な布を加工し、裏地に魔方陣などを敷いて軽さと強さを兼ね備えている。ただ、破ると一気に効果がなくなるので、外側に薄い革や金属をあしらう。ラステッド級になると、良い厳つい武具とインナーにドーピング装備を併用している。本人もえげつないが装備も相当えげつない。

なお、ラヴィーシャは作れる部分は自分で作り出しているので、別の意味でチート。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 私にとっての令和元年最高キャラ、ラヴィーシャ! やっぱり可愛い上等な女です。 出来たら、ラステッド様をベッドに押し倒して一時的にでも幸せな時間を過ごして欲しいなぁ。 ガンバレ!!! ラヴ…
2019/12/30 21:41 退会済み
管理
[良い点] 更新お待ちしておりました! オールスターそろい踏みのラストバトル? みんなカッコいい!
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