アルラウネー植物系女子ー
【アルラウネ】霖の日
雨季ーーそれは繁栄と輪廻の季節。
普段は獣の鳴き声と樹木のざわめきで埋め尽くされている樹海は、この時期に限っては全てを雨音に覆われ濁流の様な茶色く塗り潰された喧しさに支配されてしまう。
数ヶ月に及び降り続ける霖は1年の半分程を占める乾季から大地の様相を一変させ、赤茶くバリバリに渇いた生命を、黒々とした獰猛な獣へと変える。
そこに棲む者達を、ひっそりと生き存えるだけの存在から、次の世代へと命のバトンを繋ぐ生存競争の主役に生まれ変わらせる。
ここ、ガナキサの樹海と呼ばれる『魔区』も例外ではない。
「ねえオル、最近森で流れてる噂、聞いた?」
15センチばかりの湿った小枝を使い、ぬかるんだ地面にぼーっと落書きをしていたオルと呼ばれた女は、その問いに応えるか否か一瞬躊躇った後、口を開いた。
「ええ、アイシャ。私もその噂聞いたわ」
そう短くオルが応えた途端、アイシャがむすっと仏頂面になる。機嫌を損ねた様子を一寸も隠すつもりがないようだ。
「何よ。何よ何よその反応は。あなた、興味ないの? 人間よ? に・ん・げ・ん。会ってみたいと思わないの?」
「どうせ噂でしょう? また、ほら吹き鳥のぺルルあたりの悪戯なんじゃないの? こないだだって……」
「いやいやいやいや。それが、なんとなんと今回の噂の出所は『早耳のリリー』なの。マニスから聞いたから間違いないわ。これは確実な噂よ」
「確実な噂って……」
又聞きというところで既にその信憑性は疑わしさに取って代わられてしまったが、噂の大元がガナキサ一の情報通である所謂『情報屋』であるところのリリーなのでは信じる外ない。
確実性の高いとびきりの暇潰しの種を軽くあしらわれてしまったのが、アイシャはお気に召さなかったようだ。
「ねぇ、どうせこの大雨で退屈なんだし、その『噂の人間』私達で探してみましょうよ」
仏頂面から一転、嬉々とした顔でアイシャがオルに擦り寄る。
じゃりじゃりと地を這う様に勢いよくアイシャが近寄るものだから、足元に描いた落書きはアイシャの根っ子によってずたずたに踏み潰されてしまった。
「あっ……。まぁ、いいけど……」
「やった! この雨でお腹はたぷたぷだし、何か暇を潰せないかと思ってたのよ! じゃあ、早速行きましょう! あ、それとも誰か呼びましょうか!? 二人より大勢で探したほうが早いわよね!」
「ちょ、ちょっと、アイシャちょっと待って」
「何よ。それとも二人でお楽しみを独占しちゃう~?」
ぱりぱりと湿った木製の口がゆっくり横に裂け、アイシャが嫌らしく笑みを溢す。
「うん。まあそれもあるし、本当に噂だった時に手伝わされた皆が怒るでしょう? だから、今日は二人で行きましょう」
「みんながみんな退屈してるんだから、ただの噂だったとしても誰も怒らないと思うけど。……まあいいか! 本当に居た時は捕まえてみんなの所に連れて行けば良いんだものね! そしたらみんなで分け合えるわね! うん、そうしましょう!」
「あぁ……うん。そうね、その時はそうしましょう。……本当に見付けちゃった時はね……」
ぼそりとアイシャに聞き取られないくらいの小さな声で呟き、オルは踏み潰された落書きを見た。
そこには、オルやアイシャと同じ姿をした植物人間と手を繋ぐ『何か』が描かれた跡があった。