永遠の命と数日の命(前編)
余命一ヶ月の青年と永遠の命を持つ老人。どちらが幸せかと問われると本人しかわからないでしょう。そんな思いつきから女神様が取った行動は、どちらも遭遇させれば良いという単純なことだった。人間の世界というのに初めて行くカンパネに待ち受ける運命とは。
女神様の一言の後、目の前が光り輝き、気がつけば映像で見ていた景色が目の前にあった。
映像で見るよりも大きい箱は、確かビルって言ってたかな。
『うまく行ったみたいね』
「め、女神様?」
『うんうん、カンパネ視線はこっちもよく見えるわ。対象物に接近するために、多生の知識も与えたから、特に目の前の物とかに驚いたりしないわね?』
そう言われれば、目の前を走り抜ける車という乗り物や、信号機という指示を出す物など、初めて見たのに名前やどういう物かが分かる。
『対象物は電車の中よ。最初だし、特に話しかける必要は無いわ』
電車。つまりあの細長い乗り物だろう。切符などを入手して乗るらしい。
購入法法も知識としてあるが、ここは力を使って切符を生成して乗るとしよう。
「ところで、対象はどんな力を与えたのですか?」
『一人は、永遠の命を持った老人ね。もう一人はあと一ヶ月で死ぬ青年。その二人が出会ったときどういう行動するのか気になったのよ』
「永遠の命。人間は死という概念が存在しますが、それを無くしたのですか?」
『そうよ。もう千年くらい生きてるかしら。もう一人は逆に一ヶ月後に持病で死ぬ運命を付与したわ』
「それって力を与えたというか、奪ったのでは?」
『そうとも言うわね。で、一ヶ月後に死ぬと知っている青年。つまり私たちからすれば消滅すると知っている場合、どう過ごすのか見たいのよ』
消滅するという考えは今まであまり想像しなかった。というのも、女神様の言うことを聞き、時々疑問を投げかける存在として生まれた僕としては、消滅するということは……考えただけで思考が止まらなくなりそうだ。
『へえ、仮として人間の姿でカンパネを送ったけど、思考も人間に近くなるのかしら。興味深いわね』
これ以上変な想像はやめよう。それよりも電車に乗ってその二人に遭遇するところからだ。
「えっと、この電車で良いのですよね?」
『そうよ。そこに乗っていれば出会えるわ』
電車に乗り、動き始める。いつも移動は一瞬で対象物に近づいていたけれど、人間の姿だと歩く必要がある。
「ん、これは、僕か」
電車の窓ガラスに僕の姿が映り出す。
黒髪で少しまばらな髪型、そして服装は……うん、どうやら学生服という物を着ているらしい。
「普通……と思うのは女神様がそうしたのかな」
女神様からの返事は無い。想像だけど僕の目を通して風景を見ているのだろう。
電車の動きが少し遅くなり、どうやら次の駅に到着したらしい。
ドアが開くと目の前には今にも倒れそうな老人がおぼつかない足取りで電車に入る。
(この人が、永遠の命を持つ人かな)
力を使って年齢を確認。千年以上生きていることを確認する。
(すると、一ヶ月の青年も近くにいるのでは?)
そう思って、力を使って付近の寿命を確認。
反応があった場所を見てみると、優先席と書かれた椅子に座っていて、目の前には異性の人間が立っている。
青年はと言うと、髪は青色で目が細く、今ある知識で表現するなら『遊び人』といった所だろう。
(優先席、あそこは確か、怪我をしている人や立つことが困難な人が優先的に座る席。青年の隣も千年とは言わないけど、それなりに老いてる人間が座っていて、寿命も数年か)
優先席が埋まっている中、永遠の命を持つ老人は必死に棒を掴む。
青年と向かいに立つ少女は楽しく話している。
(……青年は一ヶ月後に死ぬ事を知っているはずだよね。どうして笑って居られるのだろう)
死という概念がこの姿になって、少しだけ理解できた。とても怖く、目の前が真っ暗になる。それなのに、何故青年は笑っていられるのだろう。
そう考えていると、突如乗客の女性が大声で青年達に話しかける。
「ちょっと、そこにおじいさんが居るのが分からないの?」
三十を過ぎた女性。その声は電車内に響き渡り、全員が青年と女性と老人に注目する。
「あ、す、すみません」
(ん、思いのほか素直に聞き入れるんだ)
僕の中にある知識では、あの場では反発したり、攻撃的な態度を取ると思っていたけど。
「徹夜は座ってて良いの! 貴女、徹夜がなんで座っていたか知った上で言ったのよね?」
「ええ、元気に君と話している姿をずっと見ていたわ。本当は最初に言おうと思ったけど、特に困った人が居なかったから黙っていたわ。でも、さすがにおじいさんが乗ってからは我慢ができなかったわ」
「へえ、つまり意識高い系ということね?」
「意味分からない単語を使って年上を馬鹿にするのはやめて貰える?」
これは予想外。
だって、注意された本人では無くて、本人と話していた人が反発してるんだもん。
女神様が言っているのはこのことだろうか。仮にもカミノセカイで誰かが攻めた場合、反発するのは自分。逆に別な精霊やそれに近い存在が反発した場合、矛先が変わるため、絶対に行わない。
今目の前で起きているのは、その矛先が変わった後の現象である。
「まあまあ、お嬢さん方。ワシの為にいがみ合うのはよしてくれないか」
「ですが!」
永遠の命を持つおじいさんが仲介に入る。
「これでもワシはお嬢さんが思っている以上に長生きしていてね。これくらいは知っていて乗っている。今回はたまたまドアが優先席の近くのドアで、捕まる場所がそこしか無かったのだよ」
「でも、こうして元気そうな姿で話しているのに……」
「お嬢さん。確かにそのご厚意はありがたく頂戴する。じゃがね、そちらの青年は何故、優先席に座って、何故彼女さんが目の前で立っているのか。聞いたかの?」
「そんなの、見た目で」
「ふむ、見た目が全てでは無い。もし本当に椅子が必要ならワシ自ら話そう。じゃが、見た目を言うならもう少し持ち物にも気にしてから判断しても遅くないじゃろ」
その老人の言葉に僕も耳を傾け、そして青年と少女の持ち物を確認する。
よく見れば、少女の持ち物は周囲の女性の持ち物より多い。というか、ほぼ二人分だ。おそらく青年の持ち物も持っているのだろう。
一方で青年は小さいポーチを座りながら膝に乗せているだけ。
しかし、ポーチには何やら目立つ色のストラップがつけてあった。
「……テレビで見たことがあるけど、確か、重病人とかがつけているストラップかしら?」
「そうじゃ。お嬢さんの見た目からして、このすとらっぷは、効果が無い物かのう」
「い、いえ、その、すみませんでした」
なるほど。人間達は自分から言葉で発することをせず、周知するために装飾品をつけて手間を省くという事を考えたのか。
本来装飾品は、力を高めたり、逆に強すぎる力をわざと弱めたりするためにつける物だが、人間の場合は少し用途が違うらしい。
だけど。
「装飾品をつけていても、意味が無いこともある。全部の人間が知っている訳ではないのか」
思わず言葉が出てしまった。その言葉に一瞬女性は僕を見たが、再度老人に頭を下げる。
これで一見落着。
と思った瞬間。
「返してよ!」
少女が目に涙を浮かべながら叫んだ。
神には無い感情の悲しみ。それが今目の前に存在している。
「そ、その、悪かったわよ。見た目で判断してごめんなさい」
「謝罪はいらない! 返して!」
少女の言葉は意味が不明だった。もちろん周囲も同じに思っているだろう。だが、老人だけはじっと少女を見ていた。
「えっと、私は何も君から取っては無いけれど」
「時間よ!」
「時間?」
そして、目に沢山の涙を浮かべ、これまでに無い悲しみ。そして怒りを込めて叫ぶ。
「徹夜は、あと一ヶ月で死ぬの! 明日からは病院! 今日が、外で笑える最後の日だったの!」
その言葉に、電車内の乗客全員が黙り込んだ。
「それは、見て判断できないわよ。その、怒鳴って悪かったと思っているし、謝罪もしたじゃない」
「見た目で髪が青いからチャラ男だと思ったから注意した。ただの自己満足をしたかったために私たちから時間を奪ったのよ! 謝罪じゃなくて時間の返却と記憶の消去を要求するわ!」
「そんなの、できるわけ無いじゃない!」
そうか。人間はできないんだった。
女神様の近くに居ると、そういった感覚が常識と思ってしまう。実際記憶の消去は簡単だし、時間を戻して女性を別な車両に移動させることは簡単だろうけど、それは女神様の意向に反するのだろう。
おそらく僕の今見ている光景を、楽しんで見ているのだろう。
「……お兄ちゃんと、本当はもっと、笑っていたかったのに!」
どうやら少女は青年と血縁関係という事が分かった。人間は異性同士仲良くなり、結婚という儀式を行い反映をする。
結婚式というものも行われるらしいけど、特に何か力が働くわけでもなく、人間同士で祝う祭り……と僕の頭の中の何かが言っている。
血縁関係だとその結婚はできず、繁栄もできないらしい。しかし、血縁関係は結婚した人間同士よりも強い感情で結ばれているらしい。
「お兄ちゃんの時間を返して!」
「それは、えっと……」
女性は困り果てている。さすがに青年も泣き出した妹を放置するわけにもいかず、席を立ち妹を慰める。
「俺のことはいい。これもまた良い経験だ。えっと、貴女が行った行動は一般的に考えれば正義感のある行動だと思います。しかし、俺のように意味があってこの椅子に座っているという事も知っていてください」
「え、ええ」
そう言って女性は頭を下げる。
いたたまれなくなった女性は、逃げるように別車両に移動する。
「えっと、おじいさん。僕たちは次の駅で降りるので、どうぞ座ってください」
「ふむ、心は透き通って、とても清々しい青年じゃ」
「でもお兄ち……徹夜! 良いの?」
「ああ。せめて妹の輝夜だけでも、兄は席くらい譲れる人間だったと知っていてくれ」
「……一生。それこそ百年二百年忘れない!」
「どれだけ長生きするんだか」
老人は礼を言って椅子に座る。老人の前に兄妹が立っている状態だ。他愛も無い会話をする兄妹。目を細めて暖かい会話を見ながら老人は質問する。
「青年よ。仮に永遠の命という物が存在したら、欲しいかのう?」
「!」
思わず僕は驚いてしまった。
一ヶ月の命の青年に、永遠の命を持つ老人がそれを質問するのかと。
「そうですね。少なくても僕には必要ありません」
「ほう、何故じゃ?」
「こいつがいなくなった世界は、とても寂しいですから」
「ば、馬鹿じゃ無いの!」
えっと、僕の持つ知識から引き出した単語は、シスコンという単語だった。
それほど血縁関係って凄いのだろうか。
老人は少し考え、そして再度質問する。
「では、仮にその永遠の命というのが手に入るとしたら見逃すのかのう?」
「そうですね。勿体ないのでこいつに渡したいです」
「ほう。君は一ヶ月後に死ぬのじゃぞ?」
「ええ。ですが、さっきも言った通りでこいつの居ない世界は寂しいです。もしこいつがその力を得たら、優しい兄がいたということをそれこそ百年二百年と覚えてくれるでしょ」
「……はっはっは! いや、決して滑稽だから笑った訳では無い。凄く良い話しに心が揺さぶられた」
「たく、徹夜は何を恥ずかしい事を」
先ほどの重い空気を忘れさせてくれる会話に、思わず拍手を送りたい気分だった。
なるほど。全てでは無いが、これが喜怒哀楽に関係する感情というものなのだろう。
和やかな状態のまま電車も減速し、次の駅に止まる準備にさしかかる。
(人間の可能性の深さ。僕も勉強させて貰いましたよ。女神様)
そう思った瞬間、久しく聞かなかった女神の声が聞こえてきた。
『つまらないから、ちょっと小細工仕掛けるね』
「!」
とても嫌な予感がした。
自分にできる限りの加護を施し身構える。そして、唐突に大きな衝撃と、ここに来るときとは変わって、目の前が真っ黒になった。




