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Eはここにある  作者: 剣崎月
第一章
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【093】執事、電話対応に追われる

 この一件には、国家憲兵長官クリステル・アンバード少将が関わっている――「今回のアンバード少将」はフリオで、押収品が並べられているダンスホール側の小部屋に陣取り、人員の配置や、リドホルム男爵と共に、裁判に必要な証拠品のリストなどを作成していた。

 押収品に関してだが、シュテルンはガイドリクスやキースに近いところにいたので、


「直接的な証拠が出る可能性が高いから、マルムグレーン大佐、頼むぞ」

「はっ!」


 サーシャに仕事が割り振られた。

 流れとしては当たり前だが、


「踊らされただけって感じもしますがね」


 リドホルム男爵がそう言い、


「まあねえ。仲間に引き入れた連中も、まさかあんなに信頼されていないうえに、使われていないとは、思っていなかったことでしょう」


 フリオも同意する。


「でもまあ、文章を読んで理解でき、書ける能力があるから、全く使えないわけでもないんだよな」


 二人の見立てでは、それほど重要な書類は見つからないだろうが、なにか切っ掛けが――文字の読み書きが出来ない者が、まだ多数を占める中、シュテルンはどちらもできる(・・・)ので、無意識に重要なことをメモし、それを廃棄していない可能性などがある。


「使える能力があれば……でしょう? 男爵のお父さまなら、余裕で使いこなせるでしょうよ」

「いやあ、あの人が言うには”わたしは、バカは使えないんだ。使えるのは、ある程度頭が良い人だけ。バカを使いこなせるのは、リヒャルトだけだよ。世の中の人間は、全てリヒャルトよりバカだから、使えないと話にならないんだけどね”……と。あの人がどうかは分からないが、シュテルンぐらいの愚物を上手に使えるのは、リリエンタール閣下くらいのものだろう」

「たしかに。わたしのような、小物でも、上手に使ってくださるからな」


 フリオのことを小物だとリドホルム男爵は思わないが、然りとて、リリエンタールの配下の中で、大物かと言われると――ということで、流した。


「マイヤー子爵の大物の最低ラインは、どの辺りで?」

「そうだな……ブリタニアスの首相? かな」

「世界的に見たら、文句なしの大物ですけど」


 そんな話をしていると、ドアのノックはしたものの、


「入ります!」


 入室許可も取らずにサーシャが足音を立てて入ってきて、大きな紙袋から戦闘服を取りだし――日夜クローヴィスの衣装を作っているフリオと、全体像で人をとらえる訓練をしているリドホルム男爵は、それが誰の持ち物なのか一瞬で理解した。


 それと同時に用途も大まかに――


「…………」

「…………」


 二人は口を開けたまま、少しばかり停止してしまったが、仕方の無いことだろう。

 そしてサーシャが証拠品を紙袋から取りだし、広げてしまった結果、


「一目でエーデルワイスと周囲にばれてしまい……隠しきるのは不可能に」


 サーシャが悪いわけでもない。

 まさか汚れた戦闘服が、そんな使われかたをしているなど、思う筈もない――見ればさすがにサーシャも分かるが。


「身長が同じ軍人で誤魔化す……のも、無理だな」


 クローヴィスの戦闘服ではないと騙したいと考えたフリオだが、この腰の位置と脚の長さを誤魔化すのはかなり難しい。

 似たような体格の人間を生贄にするにしても――


「クローヴィスに体格が近くて足の長さも……といったら、キース少将かヴェルナー中佐、それにガイドリクス殿下くらいしかいないぞ。他は海軍のエクロースの息子だが、この戦闘服は陸軍のだしなあ……」


 主要な人間の全体を、大まかながら記憶しているリドホルム男爵が名を挙げるも、全て男性ばかり。

 ウルライヒ(エサイアス)やユルハイネンも、ぎりぎり彼らと同じ部類に入るのだが、王家の影が押さえておくほどの重要人物ではないので、さすがに名前は出て来なかった。


王弟さん(ガイドリクス)は、戦闘服、着ないだろうし、作っていたと偽証したところで、廃棄方法が一般とは違うから、入手方法に無理がでるよな」

「ああ……」


 なにより王家の影の護衛対象を、そんな目に遭わせるのは――いくら当主である父テサジーク侯爵が、クローヴィスを最優先にすると宣言していても、リドホルム男爵がここで判断できるものではない。


「脚の長さなら、サーシャでも行けるが」

「ああ、サーシャ……接点がなさすぎて、余計に不自然になるな」

「キース、ヴェルナー両閣下でしたら、代わりを務めてくださるとは思うのですが……」


 汚名を被るというより、汚物をぶっかけられる……状態にはなるが、この二人なら引き受けてくれただろう。たとえクローヴィスがリリエンタールの妻でなかろうとも、未婚の若い士官の将来を考えたら。さらにクローヴィスの代わりに、女性士官を生贄にするくらいならばと。

 だが残念なことに、一人は将官で、もう一人は佐官――階級により戦闘服の作りや色が、かなり違うのだ。

 少尉と中尉を見間違うことはあっても、佐官や将官と尉官の戦闘服を、見間違う兵士はいない。たとえ一瞬であろうとも。

 それを見誤るのは、戦場において命取りなので、しっかりと教え込まれる。

 よって中尉――この汚れた戦闘服を着ていた当時は少尉だが――尉官の戦闘服でなくてはならず、咄嗟の対処方法はなし。


「……」

「……」

「……」


 曲解して本人の耳に入るくらいならば、立ち会わせたほうがいいとは思うが、それとは別の次元(リリエンタール)で、教えていいのかどうか、彼らは難しい判断を迫られる。


 彼らは短時間で悩めるだけ悩み――判断力に優れている彼らは、クローヴィスを含めて報告することにした。


 下手に事実を隠して、リリエンタールの「どこか」に触れてはいけないと――サーシャに報告を頼んだ二人は、リドホルム男爵は王家の影を連れて浴室へ。

 フリオは部屋に引いたばかりの、リリエンタール邸直通の電話の受話器を上げ、執事を呼び出してもらい、


「お前、本当にフリオだよな? 残党ってことはないよな?」


 フリオも電話で執事(殿下)を呼び出すなどという、この時代にあっては非常識なことをしたので、やや警戒されたものの、


「フリオです! フリオです! フュルヒテゴット・フォン・ベッケンバウアーです!! シャルル殿下! シャルル・アントワーヌ・ギヨーム・アンリ・ラウール・ジェラール・ド・パレ! 複数持つ名の一つは、デマルキ男爵マルカントーニオ!!」


 他の人物であれば、こういった仕事の際には、まず符丁を決めるのだが、荒事や国家の陰謀などとは、まったく無縁で、関わらない執事との間には、それがなかった――こんな事態は想定していないので、仕方の無いことだった。


「マルカントーニオまで知ってるってことは、フリオと信じてもいいか。それで、なんですか?」


 なんとか信じて貰えたので、現時点での戦闘服の惨状とともに、本人に確認してもらう必要があるので、クローヴィスが立ち会うことになると説明し、


「え……族滅コース?」


 あまりの気持ちの悪さに執事はそう呟き、フリオもそうではないかと思っているが、


「まずは妃殿下のフォローということで、お着替えを。何着か作製しておりますので、殿下のお見立てでお願いいたします」


 まずはクローヴィス優先ということで、服を届けてもらうことに成功。


「分かった」


 受話器を置いたフリオは、裏門へと急いだ。


 受話器を置いたもう一人、執事は手を叩き、


スパーダたち(異端審問官)全員に、騎馬にて届けものを。スパーダを東の衣装部屋(クローヴィス専用)へ」


 運送人員を確保してから、洋服の準備に取りかかった。


――気分が沈んでいるでしょうから、明るい色は必須。かといって、底抜けに明るい色という気持ちではないはず。フリルやレースもお似合いですけれど、サーシャが「気にしている」と言っていたから、今回は見送る方向で。黒のロングサーキュラースカートと白のリブプルオーバーにしましょう。職務中ですから、靴下……うん、この恰好に靴下はだめですね。絹のロングストッキングに、ガーターベルト……は身につけているものでもいいでしょうが、念のために。足下はラフな感じに、ベルベットスリッパで


 「(イヴ)は何を着せても似合うので、選ぶなどできるはずもない」としか言わないリリエンタールとは違い、執事の選択は実に的確で素早かった。

 そして部屋に入る前に「教皇庁の紋章が描かれた箱を、全種類二個ずつ」と命じており、


「……というわけです」


 連絡を受けたスパーダが急ぎやってきて、彼とともに執事は運ばれてきた一つの箱に一つずつ着替えを収納し、万全を期するために封蝋を施す。


悔い改め(拷問死)させれば宜しいのでしょうか?」

「最終的には悔い改め(拷問死)させるとは思いますが」


 普段であれば執事は「拷問とか、流行らないからやめなさい」と止めるのだが、今回ばかりは止めるつもりはなかった。


「正直、今回に限ってはわたしども(異端審問官)が、ささっと片付けたほうが、被害は最小限で済むかと」


――自他共に認める筋金入り古参の狂信者(スパーダ)が、そういう進言してくるレベルなのか……


「うーん……まだどこまで攻撃(族滅)範囲にいれるか、分かってないから、動かないほうがいいんじゃないか。殲滅も作戦があるだろうから。スパーダがあの人以上の策を立てられるというのなら、別だけどさ」

「そうですね」


 司祭として異端審問官の暴走をやんわりと止め――


「じゃあ宜しく頼みますよ[兄弟]

[お任せください、兄弟。いくぞ兄弟]


 一目で異端審問官と分かる恰好に着替えた彼らは、教皇庁の使いであると、こちらも一目で分かる模様が描かれたサーコートを着せた馬に跨がり――スパーダ以下、地位の高い異端審問官たちが一箱づつ両手で抱えながら、馬を駆り、目的地へと最速で向かった。

 見送った執事は、


「またなにか連絡がくるかも知れないから……電話室近くで待機しておこうかな。でも、電話って慣れないなあ」


 なにが起こるかは分からないが、なにかは起こりそうなので、慣れない電話近くで待機し、更に慣れない後方支援任務に自発的につくことにした。



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