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Eはここにある  作者: 剣崎月
第一章
88/208

【087】少将、情報を選んで報告する

 リリエンタールは、チャーチが乗ってきた船でロスカネフ王国への帰途につく。


『湾岸の整備が必要だな』


 大型船の停泊には、今ひとつ弱いロスカネフ王国の港を眺め、整備を進めることを誓った――


『大統領にならねば、動かせぬが…………』


 私財でロスカネフ王国の港を整備することは可能だが、それは国防を預かるキースが許さない。

 よそ者の資本で港を開発など、なにをされるか分かったものではない――実際、ブリタニアス君主国は植民地でそういうことをし、好き勝手しているので、キースが許可を出さないことは分かっているし、正しいと思っている。

 予算を付けて、範囲内で湾岸整備というのが、当たり前のやり方だが、それでは時間が掛かり、自由に使えないこともある。


――やはりフォルズベーグの港の一角を、99年賃貸で借り上げるのが一番だな。港湾の安全も保たれぬであろうし……共産の海軍を湾に入れて騒がせるとするか。さて、どの共産海軍の将校をそえようか


 港が欲しくてうろついている共産連邦の海軍を使って、フォルズベーグ王国の港の一角を99年借りるという名目で取り上げることにし、リリエンタールは船から下りた。

 リリエンタールは入国管理局の建物へ向かい――管理局の職員は、リリエンタールの顔を知っている。

 リリエンタールはその特権的身分により、一切足止めされることなく、白い手袋を嵌めた手を掲げ、指を開き「5」を示す。

 後に続く、しっかりとした恰好の五人の外国人も、無審査で通り抜けた。

 リリエンタールは後を振り返ることなく、無審査で通り抜けたうちの一人、チャーチが急いで後をついてゆく。

 明かりを持った馭者が頭を下げ、リリエンタールは無言で乗り込み、馭者がドアを閉める。

 馭者はチャーチたちに対し、顎で「それを使え」と、荷運び用の幌馬車を指す。

 馬車が用意されていたことに感謝し、彼らは幌馬車に乗り込み、体を震わせながらリリエンタールの馬車の後をついていった。

 馬車は本日の最終便が既に出た駅へと向かい、馬車から降りたリリエンタールは、駅員に対して手を上げ――先ほどと同じように「5」と指示を出し、駅員の案内に従い特別車両が待機しているホームへ。


 フォルズベーグ行きに使わなかった、別の車両で迎えにきた車両に乗り込み、首都へと向かう。ロイドたちは急いで蒸気機関車に乗り込み――「降りろ」と命じられることなく、また問答無用で走行中の車両から蹴り出されることもなかったので、大人しく車両に揺られた。


 リリエンタールのこの素っ気なさは、いつものこと。


「お待ちしておりました」


 迎えにきたのは、風邪(インフル)から快復したサーシャ。


「申し訳ございませんでした」


 サーシャは風邪(インフル)で体調を崩して、責務を果たせなかったことを詫び――


「構わぬ。それで、娘は?」


 リリエンタールはサーシャが冬場は、体調を崩しやすいことを知っている。

 普段であればこの時期は、もう少し暖かい国に派遣し、情報を探らせているのだが――事情を知っているだけではなく、クローヴィスが打ち解けているということもあり、国内に置いた結果がそうなったところで、罪に問うものではなかった。


 クローヴィスの状況を聞かれたサーシャは、キースから渡された報告書を読み上げる――リリエンタールの副官を務めたことがあるキースの報告書は、求められていることが、漏らさず記されている。


「娘に怪我がなく、病気もせず良かった」


 リリエンタールはその報告書に満足したが、不服もあった。


「娘が戦っている姿の詳細がないのが残念だが……まあ、あれ(キース)もいまや総司令官ゆえ、一小隊長の戦闘など、目視できる場に立てるわけでもなし。仕方ないか」


 総司令官が事細かに聞くのは不自然ということもあり、そこらには触れられていなかった。


「わたしが集めた情報でよければ」


 リリエンタールが知りたがるのでは? と考えたサーシャは、風邪(インフル)の失態を取り戻すためにと、クローヴィスの戦っていた状況を集めた。

 それに関してはさほど苦労はなかった。

 なにせクローヴィスが戦っている姿は、美しく人目を惹いて止まない。


「そうか。裏切り者のくせに、最期に美しき娘の姿を見るなど、過分な幸福だな」


 その場を見ていないサーシャだが、腹を殴られた時のことを思い出し、


――幸せかどうかは分かりませんが、たしかに目に焼きついたことでしょう


 踏み込み間合いを狭めてきた時に、顔が近づき――殴られる前に息が止まる、を経験したサーシャも、それは認めるところだった。


「はあ……シャルルめ」


 次に執事ことシャルル廃太子が、誘拐されかかった報告を受けた。


「わたしが、風邪(インフル)で動けなかったので」


 サーシャとピヴォヴァロフの因縁を知っている執事は、もちろんその部分は省いている。


「心配だから、見舞う……か。それが、あれ(シャルル)の良いところだが」


 リリエンタールは、自分にはない感性を持つ執事の行動に関し、制約するつもりなかった。そしてこれからも、するつもりはない。


「それにしても、キースまで風邪を引くとはな…………」


 キースはクローヴィスに看病されたことについても、隠さずに報告した――もちろん、全てではない。


 記すことができないことがあった――


 この時代は、それほどまめに洗濯はしないので、下着類は私物が少ないキースでもかなりの量を持っている――聖誕祭期間中、店が休みになる。クリーニング店も例外ではないので、二~三週間分くらいは所持しているのが普通だった。

 それでも足りなかった……と言われてしまえば、それまでだが、キースとしては、キースの身の回りの世話をする必要などない高級士官、それも若くて婚約したばかりの、育ちが良い娘に下着を洗われるくらいなら……という気持ちのほうが強かった。


 更に言えば――


「クローヴィス……」


 洗濯物が吊されている部屋で、額に手を当てて溜息交じりに呟く。目の前には、自分の下着と共に吊されているクローヴィスの下着。


 泊まり込みのために、ニールセン少佐に頼んで、出張用の鞄を運んでもらったクローヴィスだが、必要最低限のものだけしか入っていないので、下着の替えも三着ほどしかない。

 鞄の中には小さな洗濯板と、石鹸を常備している。

 下着を洗うのならば、これで充分! と、クローヴィスは自分の下着と共に、キースの下着も手洗いした。

 この下着を毎日洗い取り換えるのは、キースが口を挟むことでないが、自分の下着を手洗いしたこと、並べて干したことに関しては、感謝より文句を言いたかった。


 もっと言えば、下着はどちらも凍っている――


 冬のロスカネフ王国では、暖房を付けていなければ、洗濯物は乾かない。クローヴィスがキースの官舎に泊まり込んだ最終日、夜に下着を洗い終えたクローヴィスは、洗濯物が凍らないようにストーブを弱めにつけ――その後、王宮占拠事件が発生し、官舎を出ることになったので、家中のストーブを消して任務につき、その後、忙しいクローヴィスは出張用鞄をキースの官舎に置いたまま、すっかり忘れてしまった。

 クローヴィスよりも忙しいキースは、着替えを取りに官舎へと戻り――使ったと言っていた部屋を思い出し、ドアを開けてみたら凍った下着。 

 ロスカネフ王国に住み、独り身で仕事していれば、凍った下着自体は珍しいものではないのだが、


――サーシャを呼ぶか……いや、さすがにサーシャは違うな。アルドバルドは却下……まさかシャルル殿下にやらせるわけにもいかん。ツェサレーヴィチが惚れた娘の凍った下着を、いそいそと取り外している姿なんぞみたら、俺がツェサレーヴィチを殺しかねねえ……本人を呼ぶのもなあ


 未婚の娘で部下の下着を放置しておくわけにもいかないので、キースはストーブを焚いて下着を解凍し、できる限り触れずにタオルに包み、出張用鞄に詰めて、鞄ごと返却した。

 ”ああ、すっかり忘れておりました”を、一切隠さず受け取ったクローヴィスの頭をキースは鷲掴み、下着が吊されている一件について触れた。


「お前は未婚の若い娘なんだぞ。恥じらいというものを持て!」

「そ、そんなに、若くない、かと」

「わたしから見たら若い」

「御意……」

「それはさておき、世話になったなクローヴィス」

「いえ、副官としての任務を全うしただけです」


 感謝と注意を一緒に行った――この辺りについて、キースは報告を避けた。

 キース自身が云々というよりは”クローヴィスのうっかり痴態を、わざわざ教える必要はないだろう。クローヴィスの名誉を守るためにも”……という判断から。

 この時代では、充分な痴態に分類されるので、キースの判断は実に正しかった。

 幸い、メッツァスタヤも忙しく、このことについては、情報を集め切れなかったので、リリエンタールに届くことはなく、クローヴィスの痴態については上手く隠蔽された。


 いずれ――クローヴィスとリリエンタールが結婚したあと、クローヴィスが「ぽろり」と漏らさない限り、知る術はない。



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