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Eはここにある  作者: 剣崎月
第一章
87/208

【086】至尊の座を狙ったものたち・12

 リリエンタールは船でロスカネフ王国へ、帰国(・・)し――リリエンタールが乗ってきた特別列車は、アーリンゲが列車砲と共にロスカネフ王国へと持ち帰る。

 もちろんウィレム(・・・・)の戴冠式が終わってから。


【…………】


 ウィレムの側近の一人、フェラウデンとして連れてこられたマンハイムの男は、「フェラウデンは終了」と言われ、五名ほどの高級娼婦を宛がわれた。

 アーリンゲは「仕事が終わったら、褒美を与えられるものだろう」と――実際、マンハイムの男は、遊びは好きだ。

 宛がわれた高級娼婦は好みも好み。自分の好みがどこまで知られているのだろう? と恐怖を感じるほど、マンハイムの男の好みの中心を貫く高級娼婦を五名宛がわれ……喜べるほど、マンハイムの男は素直ではなかった。


 むろん殺す前にわざわざ、褒美を与えたりしないことは分かっているマンハイムの男だが――それでも、怖いものは怖いのだ。


【…………】


 紙煙草を吸いながら――次はなにをさせられるのだろう? ……と、遠い目をする。死ぬのは嫌だという気持ちはあるが、逃げる気力は失っていた。


**********


【見る目がないのに、両目があるとか、目玉の無駄使いだろうが】

【バルツァーと違って、両目があっても見誤るのだから、片目にしないほうがいいような?】


 マンハイムの男に褒美を与えたアーリンゲは、リリエンタールが連れてきた「シャルルの偽物」を、リトミシュル辺境伯爵へと渡した。

 このシャルルに成りすましていたのは、元宰相モーデュソンを尋問していた四名のうちの一人で、アルドバルド子爵を殺害しようとし、ヒースコートに返り討ちにあったメッツァスタヤ。

 毒が抜けた後、尋問されることもなく「ド・パレになりすますように」と、何ごともなかったかのようにアルドバルド子爵に命じられ――


「品のないシャルルだな」


 リリエンタールはそう(・・)評す――要するに、全く似ていないと。

 リリエンタールはその、品のないシャルルを連れ、フォルズベーグ王国と向かい、彼を残して帰途についた。

 後片付けはアーリンゲの仕事。

 マンハイムの男の牙はすっかりと抜け落ちているので、問題はないが、品のないシャルルは、いまだ内に何かを秘めている。

 それが何なのか? までアーリンゲは追求するつもりはなく――部下クサーヴァーを「アントニウス・デ・シシリアーナ枢機卿」にすべく遊んでいる、リトミシュル辺境伯爵のところへ持っていき、軽く事情を説明した。


【品のないシャルルな! 言い得て妙だな!】


 リトミシュル辺境伯爵は品のないシャルルを小突きながら、大笑いする。


【殿下は気品溢れる御方ですので】


 あの階級の本物の気品を再現するなど、余程でなければ無理だよな……と地主貴族の息子であるアーリンゲは思うが、それが仕事なのだから、言われても仕方の無いことだろうとも思う。


【まあな。それはともかく、なんでフランシスを裏切ろうと思ったのやら】

【さあ……】


――分かっているくせに……


 品のないシャルルの首を絞めながらこめかみを、ぐりぐりと押しているリトミシュル辺境伯爵。


【こいつから、情報抜いてもいいのか?】

【ご自由に】

【扱いは?】

【とくに何も言われておりません。お好きにお使いください】

【そうか!】


 猿ぐつわをはめられた、品のないシャルルが灰色の瞳でアーリンゲを見つめたが、


【そんなに悪いことはしないと……思うぞ? その人は、武の人だから……多分な】


――いや、だって面倒なんだよ。わたし、諜報員とか、ほんと使えないんで


 まったく安心できない言葉を贈り――シュレーディンガーが調合した胃薬を、そっとクサーヴァーに差し出した。

 シュレーディンガーは手術はさせてはいけない医者だが、それ以外は極めて優秀で、薬学にも通じている。


【クサーヴァー、お前、アントンとして、ヘラクレスと一緒にロスカネフ行ってこい】

【はい】

【キースには挨拶しておけよ。アーダルベルト・キースだ。間違いなく、顔は五、六発殴られて、腹は二、三発蹴られるだろうが】

【はい……】


――酷い……けど、挨拶しなかったら、殺されるからなあ……


 直属の上官であるリトミシュル辺境伯爵の下で、顔色を悪くしているが、クサーヴァーはそれほど精神が弱い男ではない――単にリトミシュル辺境伯爵が、常軌を逸することをしでかすだけで。

 近時ではリドホルム男爵を捕まえて、一緒に共産連邦に忍び込んだこと――リドホルム男爵に「うわぁ……」という視線を向けられながら、クサーヴァーは道なき道を付き従った。


 国境沿いで待機を命じられたプラシュマ大佐に言わせれば「付いていったほうが、マシだ」――それに関してはクサーヴァーも同意するが、とにかく胃が痛い日々だった。


【わたしは列車砲の解体作業に入るので】


 品のないシャルルを「どうぞ、ご自由に」したアーリンゲは「練習を兼ねて手伝いに来ます?」と持ちかけ。


【お前たち、手伝ってこい。クサーヴァーは残れ】


 せっかくの機会なので……と、部下たちをアーリンゲに任せた。


【ついでにハーゲンも連れてこい】


 ウィレムごっこに飽きていたハーゲンは、喜んでやってきて、尋問を開始した。品のないシャルルは、アルドバルド子爵に一矢報いたいという気持ちで、自分が知っていることは全てリトミシュル辺境伯爵に告げた。


 喋っている最中、クサーヴァーとハーゲンが顔を見合わせ、首を振る姿が何度かあったが――


【相変わらず、大したものだな】


 品のないシャルルが語ったメッツァスタヤの内情は、ほとんど嘘だった。


「そんな筈はない! お前たちの情報が間違って……」


 リトミシュル辺境伯爵は、それは可哀想なものを見る眼差しを、品のないシャルルに向けた。


【お前は、あの男の恐ろしさを、本当に知らないのだな】

「なに……を」

【あの男の恐ろしさは、味方を完全に欺けることだ。お前、毒を飲み損ねたそうだが、毒などもともとない。ロスカネフの諜報員は、捕まえて口を割らせても、なんら情報を得られない。アウグストが出した答えだ】


 全ての情報を抜き出せるといわれるフォルクヴァルツ選帝侯でも「ロスカネフのは、テサジーク一族以外は情報抜いても役に立たない。徒労に終わるだけだ」と言うほど、自国(ロスカネフ)の情報を持っていない。


「…………」


 そのことを多くのメッツァスタヤたちは知らない――知らないことを理解している者たちは全員、アルドバルド子爵側についている。

 知らないことを理解していない者たちしか、リスティラ伯爵夫人側にはいない。


【あの男はな、情報そのものがなくても、その周辺にある別のものから、正しい情報を構築できる能力を持っている。わたしや、アウグスト、そしてお前たちも持っているが、フランシスには敵わない】


 ハーゲンは無数の情報から正しいものを選び出す能力が、クサーヴァーは些細な情報を正しく組み合わせる能力が優れている。


【その能力を持っている上に、あの悪魔のごとき変装術だ…………わたしたちは、お前たち(クリスティーヌ)が勝ってくれることを、願っていたのだぞ。そうしたら、目に見えて弱体化するからな】

「…………」

【協力を求めてくるかと、待っていたのだが、さすがフランシス。こちらからクリスティーヌにコンタクトを取れるような、隙を一切与えてくれなかった。跡取り息子(イェルハルド)も、良い感じで仕上がっている。父親ほどは無理だろうが、アントンを満足させるくらいにはなるだろう】


 イェルハルド(リドホルム男爵)を捕まえ、共産連邦入りしたリトミシュル辺境伯爵。もしもリリエンタールがイェルハルド(リドホルム男爵)の背後にいなければ、殺害した――国家としては危機感を覚えるほど、イェルハルド(リドホルム男爵)は優れていた。


【最後に教えてやるが、捕らえられた間諜が拷問されることは、フランシスも当然知っているが、それを阻止するために毒薬などを用意するほどあいつは優しくない。あの男は厳しいんだ。捕まったら拷問されて死ねばいいんだと、笑って言うさ】




――ねえ、その毒はどこで手に入れたんだい? まさか王家の影(メッツァスタヤ)の備品? ええ! わたしを信じちゃったのー。反旗を翻してるのに信じちゃうとか、可愛いなあ――




 自分が捕らえられた時のアルドバルド子爵の表情と口調。自分たちが殺害されても、自分自身が殺される時でも、あのままなのだろうと、やっと(・・・)リスティラ伯爵夫人側についた、男は理解した。


 自分は全て知っていると思っていた。その哀れで愚かな万能感――それが消え失せたとき、何も知らず持っていないことに気付いてしまう。


 リトミシュル辺境伯爵は一度目を閉じ、左目をゆっくりと開く。その視線は、完全に目の前にいる男から、興味を失っているのがはっきりと分かった。


 リトミシュル辺境伯爵は立ち上がり部屋から出ていき、クサーヴァーとハーゲンは無言で首を振り――二人は自分の懐中時計の蓋の裏側に潜ませている毒薬を眺め、


【本当に毒薬かどうか、自信ないんだが】

【そこで項垂れてるのは、娼婦で試したらしいぞ。その時はたしかに死んだそうだ】

【…………お前の上官、優しいか? クサーヴァー】

【優しく見えるか?】

【わたしの上官と同じく、楽しそうには見えるんだが】

【たしかに選帝侯も楽しんでいらっしゃる……どんなときも】


 二人は自分に割り当てられた毒薬が入った小瓶を置いて、部屋を出た。



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