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Eはここにある  作者: 剣崎月
第一章
86/208

【085】双頭の鷲・帰還

 攻略対象たちを捕獲したガイドリクスたちは、到着したリリエンタールと入れ違いに故国へと引き上げた。

 引き返す前に顔を会わせた際、オースルンドが得た情報を、リリエンタールに伝えると、


(あれ)に片付けるよう、レイモンドに伝えさせたから、大丈夫であろう」


 という答えが返ってきた。

 狗ことピヴォヴァロフが、言うことをきくのだろうか? と思ったオースルンドだが、国会議事堂として使用されることになっている宮殿の、親臨用の場に皇帝然(ルース帝)として座っているリリエンタールの姿に、「他国の諜報員(オースルンド)が口を挟むのもお門違いだな」と――


 実際、レイモンドからの伝言により、ピヴォヴァロフは攻略対象たちが語った「証拠」の類いを全て引き上げ、リリエンタール邸に届けて去り、ロスカネフ王国の醜聞は避けられた。


**********


 リリエンタールによるフォルズベーグ王国の制圧は、本人の宣言通り十九分少々で終わった。

 あまりの手際の良さに、


【いままでで、一番手応えのない実戦だったが、だからこそ完璧さが身にしみる】


 分隊長を務めたリトミシュル辺境伯爵が、小銃を担いでしみじみと語るほど――部下たちは、リトミシュル辺境伯爵が前戦に出ることを止めることができず、リリエンタールは普段から止めもしないが、今回は、


【お前が指揮すること前提で、計画を立てている】


 積極的に使う方向だったこともあり、誰もどうすることもできなかった。


【ヴィルヘルムを使わねば、二時間以上掛かったであろうな。相変わらず、無駄もなければ隙もない】


 この天才(リリエンタール)にそこまで言わせるのだから、自分たちのトップ(リトミシュル)もまた天才なのだなと、部下たちは思ったが……でも前線に出られると困る。

 なにせ彼らは大統領(アーリンゲ)直々に「うちの国の生命線なんだから、万に一つもないようにしろ」と命じられている――事後に報告を受ける大統領(アーリンゲ)が「それは仕方ない」と呟き、特に責任問題に発展せずに終わるのも、いつものことだが。


【なんか捕り物とかないのか?】


 手応えがないまま、完璧な勝利を収めてしまったリトミシュル辺境伯爵が、そんなことを言い出す。

 「ないと言ってください」とクサーヴァーは願ったが、


【シェベク隊を逃がすのであれば、奴らと組んでる者たちを、捕らえても構わんが】


――なんでそんな楽しそうな話題を、振られるのですか! 双頭の鷲(リリエンタール)!!


 叶わなかった。


【逃がす?】

【シェベク隊はロスカネフ王国内で捕らえると、キースと約束してな】

【キースに捕らえさせるのか?】

【いいや。捕らえるのは、リーンハルトだ】

【そうか……楽しそうだな】


 シェベク隊を全滅させるなど簡単。

 全員捕らえることも、リトミシュル辺境伯爵ならば造作も無いこと。

 それを敢えて逃がす――逃がしたことすら気付かれないように。


【適当に遊ぶ分には構わぬぞ】

【じゃあ、ちょっと行ってくる!】


――閣下!!


 クサーヴァーは内心で叫んだが、実際は無言を貫き、従って部屋を出ていった。リリエンタールは何ごともなかったかのように、足を組み替える。


お前の兄(大統領)も、もっとあれに(ヴィルヘルム)命令してやれば良いのだ、ヘラクレス】


 部屋にはアーリンゲも控えており、


【伝えておきます】


 臣下として差し障りない返事をした――もちろん兄に伝えはするが、やれるかどうか? となると…………だった。

 部屋に二人きりになったところで、リリエンタールはアーリンゲに、クローヴィスと両想いだったこと、プロポーズが成功したことを伝え、


【おめでとうございます】


 話を聞く分には、なぜ成功したのか? アーリンゲはさっぱり理解できなかったが奇跡と、稀代の強運が合わさって、どうにかなったのだろうと、自分を納得させた――まさか「奇跡」が事実だったとは、知る術はない。


【というわけで、更なる資料の収集を任せたい】


 資料の収集と言われたアーリンゲは、少しばかり考え――女性が好む恋愛小説のことだと、なんとか正解にたどり着き、


【畏まりました。では、今よりフォルズベーグの腰抜け貴族どもの邸を、漁ってまいります】


 本がありそうな場所に押し入ることにした。


【そうか。ついでに、井戸に死体を放り込んでおけ】


 どのような事情で首都の邸を空にしているのかは不明だが、首都に邸を構えることができるような貴族は、王族の顔を知っている。

 ウィレムの顔を知っている貴族が、戻ってくるのを少しだけ(・・・・)遅らせるために、井戸に死体を放り込み、一時的に使えなくする。

 井戸が使えるようになった頃には、アレクセイとストラレブスキーが攻め込み、従わない貴族を殺害し――ウィレム(ハーゲン)は消え、新たなウィレム(セイクリッド)が現れる。

 その頃には、ウィレムのことを知っている貴族は、ほとんどいなくなっている――フォルズベーグ国内には。


【はい】


 その準備として井戸に放り込むのは、見せしめに暴行を加え殺害した、共産連邦の間諜。それらを少し温め、腐敗させてから放り込む。

 アーリンゲが作業の指揮を執っている間、フォルズベーグ語が分かるマンハイムの男を図書室に向かわせ、恋愛小説を捜させた。


――この状況下で、なんで恋愛小説……スパイの暗号でも含まれてるのか……知らないほうがいいヤツだろうな


 鎖で繋がれているわけでもないが、マンハイムの男は逃げ出すことなく、黙って本を捜し、木箱に詰めていった――あまりにも訳の分からないシチュエーションのため、怖ろしくて考えることを拒否した結果である。


 死体を運んできた兵士たちは、木箱に入った本を運び出し、


【戦果だな】


 フォルズベーグ王国の恋愛小説を手に入れたリリエンタールは、玉座で満足げに呟いた。いままでそれ(・・)が役に立ったことがあったかどうか? やや不明だが、リリエンタールの中では役に立っているらしい。


**********


 残党狩りを楽しんだリトミシュル辺境伯爵が、国会議事堂になる予定の宮殿に戻ってきた。


【無事戻ってきたか、バッケスホーフ】


――なぜ小官の名を?


 護衛として付き従ったクサーヴァー(バッケスホーフ)は、リリエンタールに声を掛けられる覚えはなかったのだが、


【娘に会いたいので、帰ることにした】

【帰るのか。お前から帰るなんて、言葉を聞く日がくるとは思わなかった】

【わたしも驚いている。だが感情としては、帰るのだ。それで、バッケスホーフをわたしに成り代わらせ、ウィレム(ハーゲン)の戴冠式を行え】


 掛けられた内容が酷かった。


【フランシスでも無理なお前を、うちの若いの(クサーヴァー)に?】

【身長も同じくらいで、顔色も悪く痩せ気味だからな。なによりフォルズベーグ民は、わたしのことなど知らぬ】


 クサーヴァーの顔色が悪く痩せ気味なのは、リリエンタールと違い、神経性胃炎のせいで、その元凶は――


【わたしが監修したアントンでいいんだな!】


 断る筈がなかった。


【お前監修のわたしか…………どんなものに為るかは知らぬが、まあ良かろう。一応言っておくが、シシリアーナ枢機卿で】

【了解した】


 室内にいる間諜たち――クサーヴァーに負けないくらい、顔色が悪くなっているハーゲン。


『ロイド。船を出せ』


 ハーゲンの顔色を悪化させた張本人は、まったく気にせず、ブリタニアスの諜報部長官に、いきなり命じる。


『クリフォード殿下?』

『お前たちは船できたのであろう? わたしはフォルズベーグの港を、この目で直接確認したいので、港に足を運ぶ。そこからわざわざ蒸気機関車で引き返していては、時間がかかるので、お前たちの船に乗ってロスカネフへ戻る。分かったか』

『御意……あの、港を見ておきたいというのは?』

【船を係留させるんだろ? アントン】


 チャーチの問いに、リトミシュル辺境伯爵が答え――リリエンタールが頷く。


【娘が船旅に出たいといった時用に、大型船を何隻か停泊させておきたいが、ロスカネフ王国の港は貧弱でな。開発するにしろ、とりあえず別のところに港を確保する必要がある。フォルズベーグが立ち直ったところで、財政難になるのは目に見えているから、港を借りるという名目で援助してやる】

【その実、港を借りるために財政を困窮させるのか。さすが、ルース皇帝になる筈だった男】

【わたしの策に負けねばいいだけのことだ。そうであろう? ヴィルヘルム】

【否定はしない】

『そういう理由だ、ロイド。そうそう、豪華大型客船を一隻作れ。費用は幾らかかっても構わぬが……白を基調にせよ。室内装飾は総大理石で』

『畏まりました』

『では、先にいって準備せよ、ロイド。わたしがタラップに足を掛けたら、船が動き出すように。わたしは言ったぞ、早く帰りたいのだ』

『御前、失礼いたします!』


 ロイドは急ぎ、国会議事堂になる予定の宮殿を出ていった。


[プラチド、モルゲンロートの総帥を連れて来い]


 それを見送ったプラチドは、いきなりの命令に――


[急ぎ連れて参ります]


 リリエンタールは下がれとばかりに、白い手袋を嵌めた手を動かす。それを見て、プラチドはロイドに続いて、急いで部屋を出ていった。

 フィオレンツァには、フォルズベーグにいる聖職者を全て、リリエンタールをロスカネフ王国に送り届け、様々な用事を言い付かったあと、帰途に就くチャーチの船に乗せて教皇領まで連れて行くよう命じた。


[それと共に、シャール宮殿、ボルフォーシャ邸、フォークス邸、トルカポス離宮を整えよ]


 全てリリエンタールが持っている邸で、シャール宮殿はブリタニアス君主国の首都にある、広大な敷地を持つ宮殿で、分類でいえばタウンハウス。ボルフォーシャ邸はブリタニアス君主国にあるマナーハウスの中でも最大級。

 フォークス邸は教皇領があるシシリアーナにある大邸宅で、トルカポス離宮はアバローブ大陸の北にある、由緒正しい離宮。

 どの建物も、部屋数が五百以上あり、シャール宮殿以外は庭を眺めれば地平線を楽しめるといった、桁外れの敷地面積。

 その邸を整えろと言われた日には――笑えるような部屋数と、洒落にならない広大な敷地を知っているハーゲンとクサーヴァーは、わりと本心からフィオレンツァに同情した。


[あの……何人くらい、使っても宜しいでしょうか?]

[好きなだけ使え。トルカポス離宮に行った際、アバローブ総督クレマンティーヌにこの手紙を渡すように]


 今度は分かり易い文章で「結婚するから、時期が来るまで、喋らず大人しく待つように」と―― 


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