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Eはここにある  作者: 剣崎月
第一章
85/208

【084】間諜、絶叫する

 ガイドリクスに帯同したオースルンドは、ヴェルナーが陽動作戦として戦闘している間に、数少ない格闘可能な諜報員たちと共に、無事攻略対象(・・・・)を捕らえることに成功した。

 彼らを尋問し――拘束して、監禁用の部屋へと移してから、


「アホだ……」


 尋問内容を聞いた、オースルンドが呟いた第一声。実父(・・)よりも遙かに良い声だと、尋問に立ち会ったヴェルナーは思った。

 もちろん、オペラ歌手として大成するほどの声ではないが。


「同意する」


 そしてオースルンドの呟きに完全に同意だった。

 他に控えていた諜報員たちも――表情はなんとか取り繕っていたが、ヴェルナーやオースルンドからすれば、表情に出きっていた。


「…………親父はこれからもメッツァスタヤを完全に日陰において、かつ、キース閣下とよい関係を築くつもりらしいので……あの親父のいうことだから、信用ならないだろうが! そういうわけで! トリア(女王)よりキース閣下を優先するから!」

「俺に弁明されてもなあ。それにお前が言う通り、お前の親父の内心なんて、どうやっても信じられねえぞ」

「それに関しては、激しく同意するが、皇妃(イヴ)にあらぬ嫉妬をする女王より、皇妃(イヴ)を案じる上官のほうが国としては大事なので、上官のほうにつく」

「…………」

「信用ならないだろうけれど、信用してくれ、ヴェルナー中佐」

「…………お前たちは、信用できないからな」


 室内にいた諜報員は「まあ、そうだよね」と――自分たちの言動……というより、アルドバルド子爵の言動を思い出し、誰でもそう言うよなとしか思えなかった。


「そうですけど、親父でも双頭の鷲(リリエンタール)には勝てないから、絶対敵対しない」

「そうか? かつては双頭の鷲(ルース帝国)とも、やり合ってただろうが」

「あの時代は、完全に敵だったから。今は幸い味方だから、このまま取り込み……めるかどうかは知らないが」

「無理だろ」


 彼らがヴィクトリアではなく、キースを優先するといった理由だが――セイクリッドたちの証言から、ヴィクトリアが妊娠していることが分かった。

 妊娠(その)程度のことなら、王族の下半身の後始末に慣れているメッツァスタヤは慌てはしない。むしろ「いつものこと」

 だがその妊娠した理由が問題だった。

 好きな相手だったから、性行為に興味があったから、人肌が恋しかったから……などという、ありふれた理由ではなかった。


 理由は”キースと結婚したいから”――ヴィクトリアの希望は、変わっていなかった。


 キースとヴィクトリアには大きな身分差がある。

 キースが現時点で叙爵されたとしても男爵。王族であるヴィクトリアと結婚するには、到底足りない。

 王位に一度就いたヴィクトリアが、退位して授かるのは公爵。

 これでは身分差が埋まらない――


「父親が分からない子を身籠もり、暴露されてしまえば、女王を退位した際、公爵位ではなく、低い爵位を受けることができる……か」


 爵位を受けたがらないキースに嫁ぐために、自分の貴種としての地位を下げることにしたのだ。

 それが未婚での妊娠。

 本来ならば隠すことだが、これを駆け引きの材料にすることにした。


「伯爵、父親の国籍によっては子爵という線もあります」


 国内貴族ならば、誤魔化しようもある。国外貴族でも、なんとかできるが――


「父親が共産連邦のヤツだと公表されたら、下手したらガイドリクス殿下にまで波及しかねない……リスティラ伯爵夫人の狙いはそこだろうが」


 腹の子の父親が、共産連邦の幹部だとしたら?

 二人が一緒に写っているような証拠写真があったとしたら――ヴィクトリアと男の密会は、キースが代理を務めるより前。

 即ち、ガイドリクスが首都警備の責任者だったころ。

 もちろんこのまま公表されたとしても、ガイドリクスにまでは及ばず、近衛の隊長を務めるヴェルナーが全責任を負うことになるが、


「殿下も無傷ではいられませんね」


 ヴィクトリアの唯一の親戚であるガイドリクスには、必ず波及する。


「ロスカネフ王国にいる、お前の親父の動きに期待しておく。お前の親父は信用ならないが、実力は確かだからな」

「はい。そこだけは、信頼してください」


 誰ともなく「最悪な終わらせ方しそうですが」と思ったが、もちろん誰も口にはしなかった。

 言葉にする必要もなかった……のかもしれないが。


**********


 進軍しているロスカネフ王国の諜報部以外も、フォルズベーグ王国には多数来ている(・・・・)

 フォルズベーグ王国は、もともと重要視されていなかったので、派遣されている諜報員の数は少なく――派遣していない国もままあった。

 だが今は違う。

 各国の名のある(・・・・)諜報員が次々と集った。


「フォルズベーグで、こんな会談をすることになるとは、思わなかった」


 室内にいるのは、教皇庁から来た修道女フィオレンツァと、商人のプラチド――二人の出身はマフィア。

 リトミシュル辺境伯爵が伴ってきた、情報将校クサーヴァー。

 フォルクヴァルツ選帝侯直属で、情報収集よりも戦うことが得意なハーゲン。そしてハーゲンと共にやってきたブリタニアス君主国の諜報部のトップ、ロイド・チャーチ。


 オースルンドに接触してきた、皇妃の存在を知っている全員偽名で、年齢も不詳な六人が集った。


 彼らが各自調べた結果、フォルズベーグ王国の諜報部は、隣国の共産連邦に唆され――それだけではなく、国家保安省という諜報機関が政権を握ったことに、長らく憧れを懐いていたようで、唆しに乗って、どうやら新政権を立ち上げようとしているらしい……ことが分かった。


「だからさ……生粋の諜報員には、政治は無理だっての。誰も秘密警察の密告至上主義統治なんて、望まねえんだよ……」


 オースルンドは、叔母と同じことをしようとしている、フォルズベーグ王国の諜報部に対して愚痴も言いたくなる――血はつながっていないが。


『バカだな』


 そんなこと、夢見たこともないチャーチは、ばっさりと切り捨てる……と同時に、配下にそのような思想を持っている者がいないかどうか? また(・・)調べる必要があるなと。


[バカだなあ]


 商人のプラチド――教皇庁の金庫番――の同意にオースルンドは頷く。


【ここまで意見が合うのも珍しいが、同意だ。……どうした、クサーヴァー、難しい顔をして】


 フォルクヴァルツ選帝侯直属になっても、疑われない生まれのハーゲンが、似たような生まれのクサーヴァーに声を掛ける。


そいつ(クサーヴァー)、それ地顔じゃん]


 フィオレンツァの修道女としてそれはどうなんだ、という喋り方だが、普段はもちろん立派なシスターをしている。


【うるせえ!】

[やんのか、こら!]

【こっちはな、閣下が前戦に出ると仰って、胃が痛ぇんだよ!】

てめえの元帥(リトミシュル)は、いつものことだろうが!]

【うるせええ! 閣下の身辺をお守りしなけりゃならない、俺の身にもなれ!】


 オースルンドは自分の主君にあたるガイドリクス元帥(・・)が、大人しく後方で総指揮官を務めてくれることに、心から感謝した――ほとんどの元帥は後方で大人しくしているものだが。


お前の元帥(リトミシュル)、空飛ぼうとしないからいいだろ】

【国内で飛んでる分、お前の大将(フォルクヴァルツ)のほうが良いだろ】


 重鎮が自由すぎて大変だな……と他人事のように聞いていたオースルンドの頭に、


――クローヴィス……


 同僚の副官だったクローヴィスは、この二人以上に動き回りそうだな……と過ぎり、後々この二人と一緒に絶叫するハメになる。


 会談中の部屋――蒸気機関車の車両の一室に、


【おい! 大変だぞ!】


 いきなり入ってきた、これも顔見知りの他国の諜報員――グリュンヴァルター公国に、管財人として派遣されているハイドリッヒが、いきなり現れた。


【どうした? ハイドリッヒ。ついにグリュンヴァルター公国、破産したのか】

【とうの昔に破産してるわ! ハーゲン! 築城破綻国家の名は伊達じゃねえ!】

「なにが大変なんだ?」

【おうよ、ホーコン! 公王が”この首都を二十分で陥落させてやる”って言い出して、作戦を聞いたお前の所の元帥(リトミシュル)が……】


【ああ、もう言うな! ハイドリッヒ! 閣下が小隊率いて、作戦行動するっていうんだろ! ああああああ!】


[自分で言ってやがるよ]

[気持ちは分かるがな……困るんよ、フィオレンツァ……本当に……]

【お前等、他人事みたいな顔してるけど、作戦にお前等の名前もあったからな】


 ハイドリッヒにそう言われたフィオレンツァは、本当に驚き、


[はあ? どうして? あたしたちがココに来てることは、報告してな……]


 プラチドは軽く頭を振る。


【あの完璧の極致が、俺たちの動き如き、読めねえはずねえだろ。それで、俺もなにか?】

【ハーゲンにはウィレム王子になりすましてもらうそうだ。戴冠式もするって。公開戴冠式だから、喜べ、目立つぞ!】

【…………そんな面白そうなこと、断って帰ったら、殺されるな。でもウィレム……おそらく、ブルーキンク王家の第二王子だろうけれど、見た覚えねえなあ】

【公王直々に、仕草を教えてくださるそうだ】

【完璧の極致直々って……俺の日頃の行いの悪さってやつ?】


 ハイドリッヒはハーゲンの言葉に答えず。


【それと、チャーチは早く来るようにとのこと。”朕の妃の警備体制を頭にたたき込め”と仰っていた】

『妃殿下が偉大なる祖国(ブリタニアス)にお越しになるとは、聞いていないのだが』

「双頭の鷲が、わざわざ打診すると思うのか? 女王(グロリア)であろうとも……だ」

『失礼なことを申しました。聞かなかったことにしてくれ』


 こうして全員で、リリエンタールとリトミシュル辺境伯爵の元へと向かい――ハイドリッヒはケッセルリングの部下だったマンハイムの男を見かけ、嫌な笑いを浮かべてサムズアップした。

 それを見たマンハイムの男は、誰かは知らないが、とりあえず……と同じようにサムズアップを返す。

 その後、リリエンタールよりバイエラント大公領を預かっている、テーグリヒスベック女子爵への伝言等を言い渡され、急いで引き返した。


 アディフィン王国の首都にある、リリエンタールの離宮で家令のグレッグに「疲れた」とぼやいてから――


**********


 セイクリッドたち攻略対象を、ロスカネフ王国へと連れ帰った理由だが、ここで彼らを殺害してしまうと、捕らえることができなかった「イーナ・ヴァン・フロゲッセル」が、ヴィクトリアと共産連邦の繋がりをどこかに(・・・・)流すと言われ――攻略対象は嘘をついていないことは、彼らにも分かった。

 「イーナ・ヴァン・フロゲッセル」が本当に情報を流すかどうかは分からないが、殺害しなければ情報が流されることはないという、攻略対象たちの証言を信じるとともに――もしも本当ならば、彼らをどこかから監視している可能性がある。

 その際に捕らえることができるのでは?

 もちろんその可能性は低いと考えている。


「もう利用価値はないだろうが」


 だがどこかに、国際問題に発展しかねない証拠があるのは、事実なので――生かしたまま護送した。



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