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Eはここにある  作者: 剣崎月
第一章
84/208

【083】至尊の座を狙ったものたち・11

【不自由をかけるな、フェラウデン(マンハイム)


 全くそんなことを思っていないのが、はっきりと分かる口調でアーリンゲは、ウィレムの実在する側近に成りすましている……ということになっている、マンハイムの男に声を掛けた。


【…………】

【そろそろ列車砲を撃つ。事前の説明、忘れていないな?】


 整備が終わった列車砲が弾を撃ち出す――その際には、いくつかの注意事項がある。特に大事なのが「耳抜き」


【耳を手で覆って、口を開けて大声で叫ぶ】

【そうだ。わたしやフェラウデン(マンハイム)は、離れた所にいるが、それでもしないと(・・・・)目玉が飛び出して、大変なことになるからな……まあ、失敗しないよう頑張れよ】


 ”失敗するやつは、必ず出るけどな”とアーリンゲは笑い――荒事とは無縁で生きてきたマンハイムの男は、


――笑いごとじゃねえ……けど、戦争慣れしてるこいつ(アーリンゲ)にとっては、笑いごとなんだろうな


 内心呟いた。

 列車砲の威力を買い手に見せるため、共産連邦を威嚇するため……などの理由から、首都近郊で昼間に砲撃を行うことになっていた。

 もちろんフォルズベーグ側に許可も取っていなければ、説明もしていない。

 いきなりやってきて、超大砲を撃つという横暴だが、それに対して抗議できる状態でもない。


 凶悪な破壊力を持つ、列車砲から怖ろしい大きさの砲弾が撃ち出された。マンハイムの男は、腰を抜かしたが、必死に耳を押さえて叫んだことで、目玉が飛び出すようなことはなかった。


【もう、大丈夫だぞ】


 声が掠れても叫び続けていた、マンハイムの男の背中をアーリンゲが強めに蹴り、そこで初めて終わったことを知った。

 初めての轟音に虚脱しているマンハイムの男をよそに、アーリンゲは撤収作業を命じた。それから十五分ほど経ったころ、


【いい、販売促進実演だった、アーリンゲ】


 右目を黒眼帯で覆っている、リトミシュル辺境伯爵が、二十名以上の部下と護衛を率いて現れた。


【それは良かった】


 アディフィン国内の、リリエンタールの領地内の工場で作製しているので、リトミシュル辺境伯爵が見ようと思えば、何時でも見ることはできるし――何度か足を運んで、実際に見ていたという報告も届いている。

 もちろん軍事工場なので、部外者は立ち入り禁止だが、その辺りのことをリトミシュル辺境伯爵相手に言ったところで、聞かないことはリリエンタールも分かっているため、好きなようにさせていた。


【そこで涎垂らして、四つん這いになってるのが、ヨリック・エンデに声を掛けた男か】


 アーリンゲはその問いに頷き、


【マンハイムの邸から回収したので、”マンハイムの”と呼ばれている】


 紹介にもならない紹介をする。


【そうか】


 なぜ、そんな呼ばれ方をしているのか? リトミシュル辺境伯爵は全く気にすることなく――アーリンゲと共に、フォルズベーグ貴族、ケフィン・ファン・フェラウデンと名乗るよう命じられたマンハイムの男を残して、話しながら歩き出した。


 しばらくしてマンハイムの男が茫然自失状態から立ち直り、深いため息を吐き出し顔を上げると、日がかなり傾いていた。

 なにも考える気になれぬまま、座って遠くをぼーっと眺めていると、キラリと一瞬光る。

 光ったのは、先ほど列車砲が発射された方向――首都とは反対側で、マンハイムの男の視力で確認できる範囲に、建物はないし人もいない筈。


【共産連邦の間諜の帰国だ】


 少し離れた背後から、声がし――リトミシュル辺境伯爵が、楽しそうにマンハイムの男に教えた。

 間諜は列車砲の整備の際に、よく働いていた下っ端整備士たち。


【どれほどこき使っても、頑張ってくれるからな。普通の兵士の半分の飯で、五倍働かせても頑張るバカどもだから、使い勝手がいい。さらに失態を犯すと、情報を得られるポジションから遠ざけられるから、間違わないように細心の注意を払い、仕事覚えもいい。危険なところに投入して死んでも、存在しない人間だから、弔慰金も支払わなくていい。これほど費用対効果がいい、バカはいない】


 ゆっくりと振り返ったマンハイムの男が見たリトミシュル辺境伯爵は、笑ってはいなかったが、愉しさが伝わってくる表情だった。


【わたしが来たから、バレる前に……ということで、急ぎ撤収したようだが、ヘラクレス(アーリンゲ)が気付いていないと思っているあたり、実に愚かだ】


――気付かれていたどころか、最初から分かって配置したんだ


【その通りだ、マンハイムの。これだけ威嚇しておけば、共産連邦もすぐには顔を出しはしない】


 軍というのは、いざと言う時のために、揃え訓練するが、戦わなくて済むならばそれに越したことはない。

 その為には、情報をある程度流す必要がある。尚且つ、流した情報を直接確かめさせてやる必要も――ゆるく見せかけて、その実、こちらが与えたい情報だけを持ち出させる。

 その駆け引きの巧さも、リリエンタールが戦争上手と言われる要因の一つ。

 日が落ちて、きらきらと輝くなにかが見えなくなり、マンハイムの男は立ち上がり、リトミシュル辺境伯爵とともに、アーリンゲの所へと戻った。


【快復したか。黒ビール飲むか? それとも白ワインがいいか?】


 いつもと変わらずアーリンゲはマンハイムの男に声を掛けたが、掛けられた側は、


【うぇ……】


 それどころではなかった。

 明かりに照らし出された、共産連邦の間諜数名の悲惨な姿――車両に逆さ吊りにされ暴行を受け瀕死の状態だった。


【全員逃がすと、情報まで疑われてしまうから、何人かは捕まえて死に至る拷問をしなけりゃならないんだ。まだ残ってるヤツもいるしな。で、ビール、ワイン、どっちがいいんだ?】


 アーリンゲは手酌で黒ビールをジョッキにあけ、微かに上がるうめき声を気にせず、他の兵士たちと共に乾杯し――飲み干した兵士が、吊されている間諜を蹴り上げる。

 従卒がカットした葉巻を渡し、目の前の焚き火で火を付け、暴行(それ)を眺めているアーリンゲの泰然とした横顔は、評判以上の人物だと、マンハイムの男に分からせるのに充分だった。


――こんなの(アーリンゲ)が、直属将校の中では下の方とか……そりゃあ、家督を奪おうとしたら、暗殺しかねえよな。正面から当たったら、勝ち目ねえもんなあ


【ヘラクレスは下といっても、それほど下ではないぞ】


 突然耳元で、リトミシュル辺境伯爵に囁かれ――


【うわっ!】


 マンハイムの男は叫び声を上げ、間諜を殴っている兵士が振り返り「その人、怖いよね。分かる分かる」と――


【…………】

【なんで考えていることがわかるかって? お前は普通の男で、わたしはヘラクレス(アーリンゲ)のことはよく知っているからな。その二つが分かっていたら、この場面で考えることなど一つしかない。ヘラクレス(アーリンゲ)アントワーヌのワイン(レオミュール)はないのか?】

【ありませんよ】

【聖誕祭期間中も、国防に勤しんでいるわたしを、労ろうという気はないのか、アントンは】

オデッサ(リリエンタール)バルツァー(リトミシュル)に対して、そんな気持ち持ってたら、怖いとおもうけど】

【それもそうだな】


 そんな会話のあと、アーリンゲは拷問は「終わり」と告げ――マンハイムの男を個室に押し込め、リトミシュル辺境伯爵とアーリンゲは冷えたシャンパンで喉を潤す。


【聞いたこともないような、下っ端だな】


 マンハイムの男が成りすましている、ケフィン・ファン・フェラウデンについて――フェラウデンは一国の王子の側近だが、外国にまで名を知られるような名門ではなく、本人もこれといって突出したところもなく、仕えていたウィレムも、とくに上流社会で話題を提供することもない、凡庸の下に位置するような王子だったので、隣国(アディフィン)の軍の重鎮に知られていなかった。


【本人は先ほど、無事に新菩提樹(・・・・)と共に逃走しましたよ】


 マンハイムの男は知らなかったが、フェラウデン本人もアーリンゲが伴っていた。車中で厳重な警備体制を取っている……ように見せかけ、共産連邦の間諜たちを適度に混ぜ接触させていた。


【第二王子の側近は、何のために?】

【第二王子が殺されたので】

【理由は?】

オデッサ大公妃(クローヴィス)に謝罪させろと言ったので。他に下心もあったようですが】

【アントンに直接か?】

【はい。結果、口から入ったレイピアが、見事に後頭部を突き抜けました】

【あー。第二王子は死んだことに、気付かなかっただろうな】

【そうでしょうね。その時、いま逃走した側近もいたのですが、為す術もなく】

【バカだな】

【極めてバカです】


 リトミシュル辺境伯爵は、空になったグラスにシャンパンを注ぎ、


【逃げた側近は、リヴィンスキーにアントンの凶行を訴えようとしているわけか】


 リトミシュル辺境伯爵が長い舌を出して、笑顔を作るが――どう見ても笑っている顔にはならない。


【多分。書記長も困ると思うんですけどね】

【困るどころじゃないだろうな】

【更に言うと、彼らは謝罪させようとした人物が、オデッサ大公妃(クローヴィス)とは知らないので、書記長に”軍人に謝罪させようとしたら、殺された”という、誤った情報を持ち込むことに】

【アントンが王族を殺害したって言われても、リヴィンスキーとしては”それが、どうしたんだ”という感想しか持てないだろう】


 フェラウデン本人としては、ウィレムの敵を取ろうとの行動だが、


【はい】

【なにより、アントンが”第二王子は死んでいない”と言ったら、それが真実になるわけだからな】


 これに関し、事実など必要ない。

 証言者の社会的地位と信頼と権力、それだけ――


【運が良ければ、フォルズベーグのパイプ役……も、なさそうですけどね】


 第二王子の側近など、狙い目も狙い目――だが、声を掛けられなかったということは、共産連邦から見ても、その程度ということなのだ。


【そうだろうな。共産連邦に協力を求める辺り、楽天的だな】

【二十代前半の子ども(・・・)ですので、共産連邦の脅威を知らなかったようです】

【なるほど。子ども(・・・)なら仕方ない。……で、アントンの妃は、どういう女なんだ?】

【答えていいと言われていないのですが】

【お前が見た感想でいいぞ】

【わたしは、詩的な表現は苦手だから。そうだ、スパーダ神父は、天使軍の軍団長のようだ、と言っていた】


 生まれたばかりの赤子などは”天使”と表現されるが――異端審問官が、天使という表現を使うのは稀。


【…………スパーダが?】

【そう。マクシミリアン・スパーダ神父が】

【それはまた】


――スパーダが俗な天使(か弱い)表現なんてしないだろうから、信心深くて厳つい中産階級の娘? まあ、厳ついっていっても、女の範疇だろうし。アントンは細身だが長身だから、少しは身長高めのほうが、並んだ時に釣り合いも取れるだろうしなあ


 リトミシュル辺境伯爵は良いところまで読んだが――さすがにクローヴィスの容姿を、完全に読み切ることはできなかった。



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