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Eはここにある  作者: 剣崎月
第一章
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【081】イヴ・クローヴィス・12

 キースの看病を一人でしていたクローヴィス――キースの容態が悪かったこともあり、ほとんど寝ずに寝室で待機していた。


「眠気が襲ってきたときは、腕立て伏せなどをして、眠気を払いました」


 クローヴィスはいかにも軍人らしい方法で、眠気と戦っていた――そのクローヴィスの腕立て伏せだが、普通の腕立てではなく倒立――要するに逆立ち。

 その逆立ちも足を伸ばして座った状態から、手をついて体を持ち上げ、足を丸めて腰が上を向いてからゆっくりと、長い足を伸ばし――


「実家はあまり天井が高くないため、倒立腕立てはできないので。閣下(キース)のご自宅は天井の高さが充分ありましたので」


 熱冷まし代わりにと出されたハーブティーを飲みながら、片手で指三本で腕立てをしている姿を見たキースは、クローヴィスの身体能力の凄さに感心した。

 同じことはキースもできるが、ここまで美しくゆっくり、そして一切の震えもなく出来る人間は、見たことがなかった。


――あの長い足、上手に扱うもんだな


 それに関しても、とても感心した。それと共に、体を持ち上げあの足が抜けることができる、空間を作れる腕の長さ。

 クローヴィス本人が言う通り、普通の住宅では、あの美しい倒立をするのは難しいだろうと。


「夏は庭でやることもあります。妹がとっても喜んでくれるんです。特に膝を曲げて椅子にして座らせ、上下すると、それは喜んで”ずっと! もっと!”とせがまれるのです」


 よいトレーニングにもなるのです! と言いながら、顔が床すれすれ近くまで腕を曲げ、ゆっくりと伸ばすを繰り返す。


閣下(キース)を担いで病院まで走れる体力・腕力は残しております!」


 二十回ほど腕立てをしてから、舞うように体を空中で回転させ、その体格からは想像もつかないほど、静かに爪先をつく。そのあまりにも見事な身のこなしに、


――舞台で演劇を見るより、感動するな。一種の踊りだな、これは


 ビールを飲み終えたカップをベッドに置き、拍手をする。


「?!」

「大したもんだ」


 クローヴィスの美貌同様、この身ごなしは褒めなくてはならないと――


「あ、……ありがとうございます!」 


 まさか褒められると思っていなかったクローヴィスだったが、上官に褒められ、表情が綻ぶ。


 そんな時間を過ごし――ボイラーのお湯が満タンになったので、バスタブに湯を張り、キースは湯に浸かり、強ばった体を解した。

 クローヴィスは何も言わなかったが、しばらく使われていなかったボイラーを復活させるのは、随分と苦労しただろうな……と。


閣下(キース)、大丈夫ですか?」


 病み上がりすぐの風呂なので、クローヴィスは倒れていないかどうか心配し、浴室ドアに耳を押しつけ、気配を伺いつつ声を掛けてくる。


「平気だ」


 返事を返し――久しぶりに全身を洗い、洗いたてのバスタオルで体を拭き、クローヴィスに風呂に入るよう指示して、ベッドに入った。

 ベッドはいつのまにか、シーツも枕カバーも取り換えられており、


「手際が良いな」


 欠伸をしてすぐにキースは眠りに落ちる――翌々日、


「なんだ? シヒヴォネン」

「閣下、王宮が占拠されました」


 日付が変わってすぐ、深夜の1:00過ぎ、部下が現れ王宮が占拠されたと、シヒヴォネン少佐が部隊を率いて伝えにきた。


「指揮は?」

「もう大丈夫だ。わたしが執る」


 キースの体調次第によっては、アーレルスマイアー大佐に委任することも考えてやってきたシヒヴォネン少佐だったが、キースが完全にいつも通りで安心した。


「クローヴィス、準備してこい」

「はい」


 クローヴィスが着替えに玄関ホールから離れると、キースは玄関から外をうかがう。


――誰もいない……ツェサレーヴィチの妻(ツェサレーヴナ)に警護が付かないことなんて、あるか? ……わたしを当てにしていたとしたら、今は絶対、誰かが張り付いている筈だが。どこにいやがる、サーシャの小僧。出て来い


「官舎付近に異常はないか?」

「おかしな所は、見当たりませんでしたが」

「そうか」


 キースはクローヴィスの警護に関して、気になったが、そればかりを気にしている訳にもいかない。

 早急に王宮占拠事件を解決しなくては……と、中央司令本部入りし、すぐにクローヴィスにアーレルスマイアー大佐の官舎へと向かい、出頭命令を伝えるとともに、事件が終わるまで子息・令嬢の世話をするよう命じた。


 本来であれば、クローヴィスをキースの官舎から直接、アーレルスマイアー大佐の官舎へ向かわせても良かったし、そのほうが時間を有効に利用できたのだが、クローヴィスはリリエンタールの妻になる女性。


「単身で向かわせるのは、心配ですからね」


 クルーゲ伍長の最少隊とともに、アーレルスマイアー大佐の官舎へ向かう、クローヴィスを見送ったシヒヴォネン少佐が呟く。


「まあな。わたしの官舎の周囲に敵が潜んでいなかったから、大丈夫だとは思うが」


 キースやシヒヴォネン少佐の細心の注意が功を奏した――そう言い切れるかどうか? クローヴィス単体でも、勝てたのではないかと、後々思うことがあったが、クローヴィスはクルーゲ伍長隊と共に、アーレルスマイアー大佐の官舎に潜んでいた敵を、見事に捕らえた――数名、クローヴィスの蹴りであの世へ直行したが、全く問題のない些細な出来事として処理された。


 クローヴィスがアーレルスマイアー大佐の官舎で、人質奪還作戦を遂行している頃、キースは次々届く報告を聞きながら、王宮占拠の本質(・・)がどこにあるのかを考えていた。


――わたしを亡き者にして、軍権を握ったほうが簡単だし、権力の掌握もしやすい


 全く使われていない官舎で警備らしい警備も配置せず、熱を出して寝込んでいた、国内の軍権を代理ながら全て握っているキースを襲ったほうが、楽にロスカネフ王国を支配下における。


――軍事力を掌握するつもりがない……そんな筈ないな。軍人に賛同者が多数いると考えたほうがいいな、ヴァン・ホランティのように


 そんなことを考えていると、シヒヴォネン少佐の部下が、ヒースコートの部下と名乗る二名の軍人が、キースに会いたいと告げていると報告しにきた。


「ギルベルト・ネクルチェンコ少尉とドナート・カムスキー軍曹な」

「こちらの手紙に目を通してもらえれば分かると」


 手紙を差し出した部下は、当然中身が危険ではないかどうか確認している。


――なんか、変な顔してやがるな


 机に広げられた、王宮関係の報告書や首都の詳細な地図の上に、部下が手紙を開き乗せる。


「ノーセロート語らしいのですが」


 手紙を持って面会しにきたネクルチェンコ少尉とカムスキー軍曹は「はっきりとは分からないが、多分パレ? 語」と言い――パレがノーセロート帝国の前王朝の名だと分かった軍人が、手紙に目を通したが、


「ノーセロート語で間違いない」


――美麗な文章ですな


 王族が王族に送る文章――ロスカネフ王国の庶民は当然、貴族もほぼ意味を理解できない「普通に書いても、暗号にしか見えない」文章が認められていた。


「二人を大至急連れてこい」


 キースは文章は読めたが、なにを書いているのかは全く分からず。唯一分かったのは署名。


――パレ直筆の手紙を持った、ヒースコート直属の部下か


 署名からリリエンタールの執事だと、キースはかろうじて分かった。もちろん署名はド・パレではなく、デ・フィッツァロッティでもない――リリエンタールほどではないが、彼も様々な名前を持っており、その一つが記されていた。


 数名の兵士に囲まれてやってきた、ネクルチェンコ少尉とカムスキー軍曹。キースは全員に下がるよう命じ、


「カムスキー、お前も見張りにつけ」

「はい」


 カムスキー軍曹に更に周囲を見張らせ、ネクルチェンコ少尉から事情を聞いた。


「あの小僧は風邪(インフル)で休養中な」


 サーシャの気配がなかった理由に納得し、二人がクローヴィスの護衛を任されたこと、キースの官舎から出たクローヴィスを追うのに、車は使えないので走ってやってきたこと……などを知らされた。

 二人はクローヴィスが、司令本部到着後、すぐにアーレルスマイアー大佐の官舎へ向かったことは知らなかった。


「敵味方が混在している状態だから、お前たちに自由行動させるわけにはいかない」


 この状況で、二人を自由にさせるわけにはいかない――ヒースコートの部下なので、キース個人としては信用しているが、部下たちに徹底できるわけでもない。

 なにより、


「共産連邦が関わっている……と、わたしは見ている。年の頃から、お前たちはルース人の両親を持っているだけで、ルースとも共産連邦とも関わりは無いだろうが、その見た目から、現場の混乱に巻き込まれてしまう可能性がある」


 二人とも見た目が、完全にルース人なので、ややこしいことになりかねない。キースは二人の身の安全を確保するよう、シヒヴォネン少佐に指示を出そうと――


閣下(キース)! アーレルスマイアー大佐の自宅が、現役軍人六名に襲われたそうです」

「クローヴィスからの報告か? シヒヴォネン」

「はい」

「すぐに援軍を」

「クローヴィス中尉が指揮し、六名全員を制圧したそうです。アーレルスマイアー大佐と、そのご家族も無事とのこと」


 ネクルチェンコ少尉とカムスキー軍曹は顔を見合わせ――そう言えば、強いとヒースコート閣下が言っていたなと、思い出し――机の天板が下から強めに蹴られた音に、一瞬驚く。


「ちっ……優秀だな」


 蹴ったのがキースだと気付き、二人は姿勢を正し、静かなる怒りが過ぎるのを待った。




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