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Eはここにある  作者: 剣崎月
第一章
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【076】少将、死に首筋を捕らえられる

「それはそうだよね! 正門からお願いしますって、言うわけないよなあ!」


 裏口からの連絡に執事が叫んだときより、時を遡る――


 帰宅したリリエンタールに、執事が「馬車どうするんですか!」と詰めよっていると、


「アーダルベルト・キース少将がお越しです」


 裏口から来訪者の連絡が電話で届いた。

 面会予約も取り付けずに訪問するには、遅すぎる時間だが、リリエンタールは通すように命じた。


 キースは燕尾服姿で革製のスーツケース――今の(・・)クローヴィスが見れば”レトロ”と言うデザイン――を持っての訪問。

 そのスーツケースの大きさから、泊まっていくつもりなのだろうな……と執事は部屋の用意を従僕に命じた。

 もっとも何時いかなる時でも、来訪者に備えているので、部屋の準備に困ることはない。

 執事が手を差し出すとキースはスーツケースを渡す。

 この城に正式な客というものはいないが、主のリリエンタールと面会できる客は、相応にもてなすことになっている――逆に言えば、どれほど身分が高くても、リリエンタールが会わなければ、使用人程度の扱いしかされない。

 キースは正式な客の扱いなので、スーツケースに詰められている明日の仕事着――軍服を取りだし、ズボンをプレスしたりシャツをアイロンがけし、ブーツを磨く。

 キースが持参した着替えはクリーニングされた新品なのだが、スーツケースから出したままにしておくようなことはしない。


「夜分遅くに、申し訳ない」


 東洋風のデザインでまとめられた部屋に通されたキースは、タキシード姿のリリエンタールを見て、シガールームに行こうとしていたのか、リラックスしていたのか――リリエンタールらしからぬ、ラフな恰好(タキシード)に少しばかり驚きながら声を掛けた。


「似合わぬか?」


 クローヴィスは全く読めないキースの思考だが、リリエンタールは付き合いが長いこともあり、大体なにを言いたいのかは分かった。


「ラフな恰好が似合う表情と、雰囲気ではありませんので。それが通常だとは分かっておりますが」

「そうか。それで用件は?」


 リリエンタールが手を叩き、グラスに入った赤ワインが運ばれてくる。

 キースはステムに手を添えて、一口含む。従僕が下がったあとに、


「イヴ・クローヴィス中尉のことです」


 単刀直入に尋ねた。


「あの娘のことか。何を聞きたいのだ?」

「あなたの愛人に軍籍を与えるわけにはいかないので、関係などをはっきりとお知らせ願いたい」


 国防を担当するキースにとって、他国籍の王の愛人など在籍させるわけにはいかない――リリエンタールに、情報を抜かれるなどという問題以前のこと。


「ああ、そのことか。結婚することになった、後日立ち会いを依頼する」


 キースは不審さを隠さない視線を向け、


「なにを仰っているのか、お分かりですか?」


 彼の性格上できうる最大限迂遠に、そして礼を失しないよう尋ねる――内心では「なにを言ってやがる? このツェサレーヴィチの野郎」で、それはダイレクトにリリエンタールに通じているが、言葉にしないことは無かったこととして話を続ける。


「分かっている」

「貴賤結婚をなさる……ということで?」

「表現としてはそうなるが、わたしとしては、そういうつもりはない。わたしは身分に拘りはないのでな」

「それは存じておりますが」


 リリエンタールがルース帝国を取り戻し、皇帝の座に返り咲くことは可能――この噂に関して、キースもそうだと思っている。

 いまキースの前で、ラフな恰好で最高級ワインに口を付けている男は、他人には到底手が届かない地位や身分を、全く欲していないことは明らか。


「娘の夫として、ロスカネフの大統領として国政に携わろうかと思っている」

「なにほざいてやがる、ツェサレーヴィチ!」


 この後、かなり遅くまで話し合いが持たれた――就寝から五時間後、キースは目を覚まし、天蓋内側の絵を暫し眺めてからベルを鳴らし、体を起こした。

 用意されていたガウンを羽織り、ベッド側の椅子に腰を降ろし、テーブル上のメモ帳に退出予定時間を書く。

 呼び出しに応え従僕二名がやってきて、暖炉の火を強め――夜間、暖炉の薪が尽きないよう、薪をくべる下働きがやってくる――テーブルに朝食を並べ、整えた着替え類を掛け、キースが書いたメモを一枚持って去っていった。

 普段であればアイロンがけした各社の新聞が置かれるのだが、聖誕祭休暇中のため、新聞も休みなので。

 キースは濃いめのコーヒーをブラックで飲み、焼きたての数種類のパンが盛られた籠に手を伸ばし、無造作に掴む。


「相変わらず豪勢な食事だ」

 

 ブリオッシュを口へと運び――裕福な家の子だったキースだが、ロスカネフ王国では小麦がほとんど育たないので、パンと言えばライ麦が原料の黒パン。

 小麦粉で作る白いパンは大金持ちか貴族のもの――この城は大金持ちで、貴族と勘違いされた王族の住む場所なので、出てくるパンは当然ながら全て白い。

 その他、真冬にも関わらず新鮮な葉物野菜のサラダに、フレッシュフルーツ。

 流通がまだ未発達なこの時代の極北に、これほど迄に新鮮な食材を輸入できる財力。


「検疫をすり抜ける分量なんだろうが」


 色々と思うところがありながらも、キースは食事を終え――身支度を調えて、城を出ようとしたところ、


「申し訳ございま……ごほっ……げほっ」

「お前は……アルドバルドのところの」


 メッツァスタヤのヤンネが駆け寄ってきた。


「オット・パティネンという、しがない、げほ……古美術商です……ごほっ……」


 風邪気味(インフルエンザ)のヤンネが、裏口で少々問題が発生(イヴが来た)したので、お待ちくださいと告げ――問題が片付いてから、ヤンネが手綱を握り馬車で、聖誕祭期間中なので、閑散としている政府庁舎のほうへと送り届けた。


「早く帰って、暖かくして休めよ」

「はい。それでは、失礼……いたします……」


 咳き込んでいるヤンネを見送ったキースは、何となく自分の喉の奥が痛んだ気がしたものの、目を瞑って政府庁舎で今年最後の会合を行った。

 休みで人員が半分以下になっていることもあり、キースはこの時期、副官のリーツマンとは別行動になることが多かった。

 リーツマンに司令本部の仕事を任せ――なんとなく頭が痛いなと思いながら、人が大勢訪れている教会へと向かった。

 メッツァスタヤがよく会合を行っている教会の裏に回り、


「お祈りですか?」


 神父の恰好をしているノルバリと会った。


「いいや」

「では、なんでしょう?」


 ノルバリは聖誕祭時期の菓子の代名詞ともいえる、ジンジャークッキーの袋詰めを売っていた――もちろん名目は寄付だが。


「アルドバルドから連絡は来たか?」

「特には」

「そうか。お前、近いうちにツェサレーヴィチの秘書になって、わたしとあいつの連絡要員になるそうだ」

「…………最悪だ」


 神父姿で出してはいけない声と表情――クッキー入りの小袋が詰まった籠を片手に、額に手をあてて天を仰ぐ。


「そうだな。お前たちの事情は知らんが、そろそろ佳境らしい」

「何も知らないうちに、佳境に巻き込まれるのですか」

「いつものことだろう?」

「それはそうだが」

「あまり長々と話をしていられないが……ツェサレーヴィチに天使が降臨(クローヴィス)したと本人が言っていた」

「天使が降臨……あの、化け物みたいな列車砲以上の、なにかの設計図が思い浮かんだのか?」


 検邪聖省のトップに君臨する枢機卿の口から出る「天使」ともなれば、容赦なく人類を滅ぼす使徒に類するなにかのことか? と――いままでのリリエンタールしか知らなければ、そんな答えが返ってきて当然。


「たしかに強いが……」


 視界の端に人の気配を感じ、キースは懐から財布を取り出し、無造作に札を数枚引き抜き、寄付をし――その場を立ち去る合図。


「よろしければ」

「ありがとうございます」


 ノルバリはクッキーが入っている小袋を二個差し出し、それをコートのポケットに突っ込んでキースは帰途についた。嫌な寒さが背筋を伝っているのを感じながら。


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