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Eはここにある  作者: 剣崎月
第一章
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【074】閣下、初めて緊張する

 アルドバルド子爵が告白場面に遭遇したのは、彼がクローヴィスの身辺に注意を払っているから。

 エフェルク家の影の当主が、エフェルク家と全く関係ない人物に付きっきり――聖誕祭近辺という時期の良さから、史料編纂室のなにも知らない職員たちには「早めの休暇に入りました」で済ませ、配属されているメッツァスタヤたちには、なんの説明もなされていないが、彼らはメッツァスタヤの中枢の恐ろしさを、よく知らないが、肌で感じ取っているので――この感覚が鋭くなければ、生き延びることはできない――誰も調べようとはしていない。

 分かっているのはリスティラ伯爵夫人側が右往左往し、こちらの情報を欲しがっていることと、どうもテサジーク侯爵ですら、何ごとが起こっているのかも分からないということだけ。


「アーダルベルト君が認めてくれたら、司令部にウチの精鋭を配置するね。ヴィクトリアから手を引いたから、三人くらいは配置できるよ……まあ、アーダルベルト君はそういう配置嫌うから、望み薄だけどさ」


 アイヒベルク伯爵の報告により、リリエンタールとクローヴィスが両想いであることが判明し――ヒースコートに電報を送ったところ「おめでとうございます。そうだと思っておりました」という、返事が返ってきたとき、ほぼ全員遠い目をしたが、リリエンタール自身が試行錯誤してこそという気持ちもあったので、誰も何も言わなかった。


 いま、アルドバルド子爵はクローヴィスの警備を息子のリドホルム男爵に任せ、三男のヤンネとともにリリエンタールの邸にいた。


「キースがお前の部下の配置を、認めるわけなかろう」


 リリエンタールはクローヴィスの自宅を訪れるための準備――訪問する際の着衣の仕立てを命じ、今は試着しフリオが最終仕上げを行っている。

 当初はいつも通りホワイトタイの燕尾服姿で出向くつもりだったのだが、あまりにも堅苦しすぎると――夜の訪問の際の正しい恰好だが、ソレはあくまでもリリエンタールが属する、上流階級界隈の話であって、裕福とはいえ中産階級の自宅を訪問するのに、相応しい恰好ではない。

 なによりクローヴィスが緊張してしまうだろう……ということで、サーシャの意見を採用しタキシードを新調することにした。

 タキシードはスモーキングジャケットとも言われ、シガールームで煙草を薫らせる際の着衣として、数え切れないほど持っているが「娘に会いに行くのに、適当に仕立てたタキシードなど着ていきたくない」と――

 もちろんリリエンタールの着衣は、全て専用の仕立て屋が作っているのだが、仮縫いなどにはほとんど立ち会わない。

 そこで彼らは、リリエンタールとよく似た背恰好の人物を一人雇い、彼で合わせている――ことを知っているリリエンタールは、今回はそんなあり合わせの恰好ではいけないと、仮縫いに何度も立ち会い、自らに完全にフィットするタキシードを作らせていた。


 もちろん燕尾服も仮縫いに立ち会い、新調するつもりだった。


「だよねー。アーダルベルト君自身の裁量で、皇妃の周辺を守るだろうし。ごり押しするのもねえ」


 フリオはリリエンタールの腕を掴んで動かし、皺が出来ていないかを確認する。滅多に仮縫いになど立ち会わないリリエンタールだが、仕立て屋の意図を酌み、ほどよく体に力を入れ希望通りに動かす。


「キースはごり押しされたいと思っているだろうが」

「この先、彼と駆け引きするのか……歴代の貴族将校と違って、遣り辛いなあ」

「遣り辛いどころではないだろう」

「君もわたしも、貴族階級じゃない人間と深く関わり合うようになるんだね……いつかは、そんな時代が来るだろうと思っていたけれど。意外と早かったような、遅かったような」


**********


 タキシードを仕立てながら、そんな話をしている二人――から随分と離れたところ、馬車庫に隣接する作業スペースで、ヤンネとサーシャが車軸に細工を行っていた。


 計画としてクローヴィスの自宅側で、車輪の軸が折れてしまい、修理の間、休ませてもらう……。クローヴィスの自宅に訪問する理由なのだが、本当に折れている必要はないのだが「娘にあまり嘘をつきたくない」というリリエンタールの希望で、その辺り(・・・・)で、事故にならないように車軸が折れるよう細工をすることになった。


「普通は、こんな新品の車軸に細工なんてしないからな」

「そうですね」


 気付かれないように細工する技術を持っているヤンネとサーシャだが、それはある程度使われ「折れてもおかしくない」車軸が対象で、折れた原因を追及できないよう細工するのだから、新品の車軸に施すものではない。


「工作の跡が残ってもいいっていうのも……」


 車軸が所定のポイントで折れることが重要なだけで、他は問題ではない。


「事故を起こさないように、ゆっくり走らせ、この辺りで――」

「馭者はうちの長兄(リドホルム)で。馬はどれがいいかな」

「車体はあれが良いと思うのですが」


 ヤンネとサーシャは九番街の詳細地図を開き、道路を指さしながら細工について話し合い、施していった。


**********


 薔薇の花束を持って行くという案を執事に却下され――アルドバルド子爵は見張りの交代のために、リリエンタールの邸をそろそろ出る……といった頃、


「あ、そうだ。フェリシエンヌ・バイヤールのことなんだけどさ」


 アルドバルド子爵は手を”ぽんっ”と叩き――カマーバンド他、小物を執事とフリオと共に選んでいたリリエンタールは、顔を上げず、


「殺したのか」


 その人物がクローヴィスの来訪を拒んだ秘書だと、すぐに思い当たった。

 クローヴィスが目の前にいた時は、他の女の名前など全く思い浮かばなかったが――取り次ぎを拒否した秘書を、処分すべきだと言ってきたアルドバルド子爵に、全てを任せていたので、後々面倒がないように殺害したのかと、確認の意味で聞いたところ、


「いや、殺してない。普通に更迭にしようかとおもって」


 アルドバルド子爵にしては珍しい答えが返ってきた。


「どうした?」

「ほら。皇妃が関わった人は、出来るだけ非業の死を遂げないようにしたほうが、いいんだろ? 皇妃はフェリシエンヌ・バイヤールに嫌がらせされたけれど、カミラ君やサーシャ君の見立てでは、処刑までは望まないって。でも、アーダルベルト君からの連絡だといっても、取り次がなかったあたりは、ちゃんと処分して欲しいと願うだろうから……ってことで」

「更迭理由としては、正しいな」

「でしょー。気付いたんだけどさ、皇妃がわりと簡単にアーダルベルト君と仲良くなったのって、あの二人、気質が似てるんだよ。あの若さで私人と公人をしっかり分けられているみたいだし、軍人としてしっかりと線引きもしていて、首を突っ込んでこないのも好感が持てるね」

「だが押しが強そうな部分もある」

「そう?」

「おそらくな。あと絶対に引かない場面では引かないであろう。……たしかに、キースが好みそうな資質だな。フェリシエンヌ・バイヤールは、議会に出向させよう。表向きは才能を高く評価した栄転、と言う形で」

「でさー。フェリシエンヌ・バイヤールの後釜に、うちのシモン・ノルバリを送ろうと思うんだけど」


 シモン・ノルバリとはキースが歌劇場で話をしていた、メッツァスタヤのサラブレッド。 


「わたしの元に、シモン・ノルバリを?」

「シモンはアーダルベルト君と、まあまあ交流があるから、間に挟んでやり取りしたらいいんじゃないかなーって」


 執事とフリオは思わず目を合わせ、首を振る――シモン・ノルバリの胃が、可哀想なことになりそうだな……と、両者は無言で意思疎通したが、


「そうか。まあ配属手配しておこう」


 リリエンタールが許可を出したので、当然黙っていた。


「名前とか必要事項を記入した、偽造書類は後でイェルハルドに届けさせるから。じゃあ告白前の訪問、頑張ってね。多分そのとき見守っているのは、ヤンネだけど」


 室長はそう言い、リリエンタールの城をあとにする。


「菓子を持っていくのは」

「駄目! あんたは明日、通りすがりに車軸が折れるんだから! そんな用意周到なのは駄目!」


 手土産一つ持つことを許されず――翌日、リリエンタールはクローヴィスの実家へ、初めての緊張感に包まれながら向かった。


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