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Eはここにある  作者: 剣崎月
第一章
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【073】臣下、手土産を持って聞きに行く

 リリエンタールがクローヴィスから告白されたと――この時代、女性から告白するのは稀。

 だがアルドバルド子爵は、キースがクローヴィスに告白をけしかけていたことを思い出し、尋ねる方向で決まった。


「土産はなににするの?」


 手土産の一つくらいは用意しなければ、聞き出せないよね……と、執事は言いながら、ワインをグラスに注ぐ。

 サーシャは届いた料理を並べ、


「アーダルベルト君への土産かあ……全く思い浮かばないね」


 室長は白ワインが注がれたグラスを手渡された。

 その場にいる五人――サーシャもグラスを渡され、


「我々の皇帝が告白されたらしいので、乾杯」


 乾杯の理由らしからぬ乾杯をし――飲み干したリリエンタールは、床にたたき付け、


「では、行ってくる」


 部屋を出ようとする。


「どこに?!」

「キースのところだ」


 リリエンタールはグラスを割ることで、退路を断つことを誇示し――


「ヴィルヘルムやヘラクレスが戦争前によくやる、グラスを空にして、叩きつけるアレ? 戦争するの?」


 戦争と縁遠い執事だが、みんながしているのを見ているので、背水の陣(なにをしたのか)は分かったが、


「キースとわたしが、仕事以外で顔を合わせて、争いにならなかったことがあったか?」

「そもそも、仕事以外で顔合わせたことあった? ……じゃなくて! あんたが行っても、答えてくれないからな!」


 惨敗確実だから止めろと。

 その後、全員で話し合い――アイヒベルク伯爵とサーシャは立食で、執事は席について給仕。アルドバルド子爵は楽しげに軽食をつまみ、ワイングラスを傾ける。

 リリエンタールは、新たに用意されたワインを飲み干すと片手で弄びながら、頬杖をついたまま。


「あなた、なにか妙案あります? リーンハルト」


 サーシャに給仕された皿を手に持っていたアイヒベルク伯爵は、


「臣はシェベク隊を捕らえて、キースに差し出すことを、提案いたします」


 彼なりに考えていた。


「え、わざわざ屑を話題にするの?」


 執事もシェベク隊の悪名は聞いている――もっとも、共産連邦最大の敵という悪名ですら、ごく一部でしかない男がすぐとなりにいるのだが。


「殿下にはお伝えしておりませんでしたが、シェベク隊はロスカネフ王国に、逃げ込むことになっております。そして港から船に乗り込み対岸のドネウセス半島へ渡り、陸路で共産連邦へと戻るつもりです」


 なぜ、異国から異国へ向かったシェベク隊の、逃走経路まで把握しているのか?


「ふーん。でもあの略奪(シェベク)隊は、負けるなんて考えてないとおもうけど」


 負けを想定していない者たちの、逃走経路をはじき出す――それも、悪名はあるが大軍にはつきもののような、小者にしか過ぎない者。

 リリエンタールのように、研究される立場ならまだしも、ただの有象無象の一角。


「考えてはおりませんが、負けます」


 その動きを、なぜそうまで完璧に読めるのか? リリエンタールだから……という答えしか返ってこない。


「それは、そうでしょうね。ヴィルヘルムにヘラクレス、更にこの人(リリエンタール)まで前戦行って叩くんでしょ? もうそれ、共産連邦の首都まで、一直線で攻め落とせる過剰戦力ってやつだよね?」

「はい」


 もともと「やろう」と思えば、リリエンタールは何時でも攻め込むことができる。今まではそう思わなかっただけ。


「…………負けるとして、そいつら逃げ切れるの?」

「逃がす予定でしたので」

「…………」


 ”娘……”と呟き、アルドバルド子爵が注いだ赤ワインを飲んでいるリリエンタールをちらりと見て、


「なんかまた、使う予定立ててたの?」


 最期まで使い潰す計画なのかと、アイヒベルク伯爵に尋ねる。


「いいえ。追い詰めると被害が拡大するので、役目が終わったあとは放置することにしていました」

「別に逃げたところで、捲土重来もないだろうしね」


 塩ゆでエビの殻を、指で上手に剥きながら、アルドバルド子爵が頷く。


「はい。どうせ逃げ帰ったところで、猜疑心の強いリヴィンスキーや、閣下を恐れるヤンヴァリョフに内通容疑を掛けられ、処刑されますので」


 逃走ルートから処刑まで――クローヴィスのことに関してはなにも動きを読めない、散々なリリエンタールだが、取るに足らない悪人の残り人生は、完璧に手の内だった。


「…………まあ、この人、そう言う人だよね。それに関してはいいけど。逃がさないで捕らえるのって、面倒だよね」


 生け捕りが面倒だとは、よく執事も聞いていた。ただ聞いたことがあるだけで、周囲にいる軍人たちは、容赦なく殺してしまうので――むしろ「捕らえたことあるの?」と思っているが。


「はい。シェベク隊は通りすがりに、人を殺すような者たちなので、殺害したほうが楽です」

「え、少しの被害は眼を瞑ってもらう予定だったの?」


 それはキースが怒るのは、当然では? と、執事が問うも、


「我々はシェベク隊に関しては、全く関係ないので、責任もございません。そこはキースも理解しております」


 リリエンタールが考えた通りに動いてはいるが、そこにリリエンタールの指示は一切ない。


「そうだね。この人が、完全にコントロールしているように見えるから、思わず聞いちゃったけど、この人自身は何もしてないんだよね」

{娘……愛している}

「そういうのは、本人の前で言いなよ。はーい、お酒。あと剥いたエビの()食べる?」


 殻を乗せた皿を、ずずっとリリエンタールの前に押してくるアルドバルド子爵。彼は相変わらずいつも通りだった。


「殻食わせないで! ……要するに、来るのを読んで、被害を出さずに捕らえてキースに引き渡す……というのを、手土産にするってこと?」

「はい。もとよりキースは通常の物品では動きませんので。シェベク隊は捕らえた後も、連合軍法に則り裁くことができます。もちろん、キースが望むのであれば、死体にして引き渡しますが、キースは望まないでしょう」


 シェベク隊はロスカネフ国内で事件を起こさなくても、連合軍総司令官(リリエンタール)が「軍法裁判を行う」と命じれば――シェベク隊を裁くことができる。

 それまでの間、ロスカネフ王国の軍刑務所に収監することも可能なので、捕らえる意味がある。

 だが殺害は、ロスカネフ王国の治安を預かる、総司令官代理のキースとしては許しがたい。感情としては死を望んでいても、そこは責任ある立場。

 死んだ人間は生き返らないが、相応のやり取りをしなくてはならない――要はキースに面倒をかけることになる。


「民に被害がでないよう、協力するから……は良い線かもね。それを手土産に……しましょうか。おい、聞いてたな? シェベクとかいう屑たちを、ロスカネフで一切被害を出さず、生かして捕らえる方法考えろ」


 キースの性格からすると、シェベク隊が通り過ぎたというだけで、腹立たしいだろうから、それを捕らえて引き渡すというのは、なかなか良い手土産になるな……と、執事はリリエンタールの肩を掴んで揺すった。


「分かった。リーンハルト、書いたほうがよいか? それとも口頭で?」

「閣下の文字で書かれた計画書でしたら、キースも全面的に信じるでしょう」

「ではペンと軍用箋を」

「あんた、もう計画立て終わったの?! 被害一切出さないんだよ?」

「ああ。それは別に難しくはない。わたしはあいつ等よりも、ロスカネフ王国内のことを知っている。どうせあいつ等が逃走に使えるルートは五つだけ。そのうち四つを、戦場で潰しておけばよい。だが……娘の故国をあいつ等が土足で通ると考えると、腹立たしいな。わたしがそう思うのだから、キースなど腹立たしさどころでは済まないであろう」

「素足でもいやじゃない? なんかそいつら、素足汚そうだし臭そうだし。シェベクたちのこと、知らないけれど……エビの殻、食うな。殻なら剥いてやるから」


 サーシャが持ってきた用箋を前に、五分ほどでリリエンタールは計画を書き上げ――手土産が軍事計画で、指揮を担当するアイヒベルク伯爵が出向くことになった。


 手紙を送り――翌日の帰宅途中のキースの側で、箱型の黒塗り馬車を止め、


「こちらへ」

「おう。待ってろよ、リーツマン」


 あらかじめリーツマンに帰るよう指示を出していたので、そこに残った。

 これがクローヴィスならば、馬車の斜め上――家屋の屋根に登り――ランニングで付いて来るのだが、リーツマンは普通採用の軍人なので、そんなことはできなかった。


「二番街一周で降りる……でいいな?」

「はい」


 アイヒベルク伯爵は、クローヴィスがリリエンタールに何を囁いたのかを尋ね、


「ただで答えてくれとは申しません。これを」


 手土産にあたる計画書を差し出した。

 ざっと読んだキースは、不快感をあらわにし――


「フォルズベーグで捕らえて、ロスカネフまで運んでくる……のも可能とのことです。そちらは、リリエンタール閣下が直接手を下されるので、計画書には記されておりませんが」

「あれのことだ、問題なく捕らえるだろうな……この計画書通り、ロスカネフに不法入国したら、捕らえてもらおうか」


 キースが書類を軽く叩く。

 キースの性格としては、こんな屑には一歩たりとも足を踏み入れて欲しくはないが、軍人として法律は守る――フォルズベーグ王国で捕らえて欲しいなどの希望を出すのは、越権行為どころではない。


「分かりました。計画書は生け捕りですが、それでよろしいか?」

「ああ」

「希望があれば、ある程度は応えたい」

「例えば?」

「こいつらがやっていた火炙りを」

「死ぬだろうが」

「そこまではしない。これでも炙るのは得意だ。人間に限りなので、戦場以外では役立たずな技能だが。あいつ等よりも遙かに長く生かさず殺さずできる……まあ、ハインリヒのマニュアルと、スパーダの経験による資材選びがあってこそだが」

「炙らんでもいい。まあ顔は分かる程度に。足などは無くても構わんが……有った方が長生きするか。そのくらいだ」

「了解した」

「ではこちらも答えよう。クローヴィスは――」


 馬車で一周しリーツマンが待つ、乗った場所へと戻り、キースを馬車から降ろし――リリエンタールの聞き間違いではないという証言を得たアイヒベルク伯爵は、用意していた騎馬に乗り替え、ベルバリアス宮殿へと急いだ。


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