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Eはここにある  作者: 剣崎月
第一章
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【070】執事、己の血を呪う

 クローヴィスのことに関しては、扱い慣れていない感情が先行して、上手く頭が働かないリリエンタールだが、それ以外のことはいつもと変わらず、側で給仕をしながら話を聞いている執事には分からない命令を次々に下す。


 ソファーで不貞寝をした日の夜、リリエンタールと同じく燕尾服に着替えやってきたヒースコートと晩餐を取りながら、


「……以上から、この三名が怪しいかと」


 北方司令部で、いつの間にか共産連邦基準の軌条(レール)に変わっていた一件について情報を聞いた。

 ヒースコートが目を付けたのは三名。

 一名は借金漬けでとても給与だけでは首が回らず、どこからか援助でも受けていなければ生活できなさそうなのだが、なぜか生活が回っている者――

 他二名は前の北方司令部の司令官に対する敵意――貴族である自分や、貴族に取り入った自分よりも出世したキースに対する嫉妬心が、害悪の域に達している。


「……最後にヴォルフガング・ヴァン・ホランティですが、これは出世のために、貴族との結婚生活に苦労しているのにも関わらず、結婚していないキースのほうが順調に出世していることに腹を立てているようです」


 話し終えたヒースコートが白ワインを口へと運ぶ。


 ホランティ少佐の自分に対する嫉妬はキースも気付いていた。結婚生活が上手くいっていないことも――士官の夜会でホランティ夫人(・・)が直々に教えてくれるのだ。

 キースとしてはホランティ家の内実など、どうでもいい。精々言いたいことといえば「自分で選んだ道だろう」――


 ヒースコートの話を聞いたリリエンタールは、口へと運んだ帆立のポワレを飲み込み、


「精査する必要はない」


 放置せよと告げた。


「泳がすのですか? さすがにそれは、無理があるのでは?」


 行動を密かに監視し、何者かが接触してきたら……策としては、ごくありふれたものだが、敵が共産連邦で、北方司令部に配属されたのが、リリエンタール直属として共産連邦にもその名を知られたヒースコートとくれば、完全に接触を断つのが最良。

 彼らの家にある、繋がる証拠の回収も、残った証拠が見つかったところで、共産連邦は敵対国なので特に問題はなく、ロスカネフ王国は裏切り者を処分するだけ。

 特に証拠の回収は、張り込まれていた場合、捕らえられ口を割らされることも考えれば、このまま引くのが最適――だが、分かっていても、最適な命令が下せるかとなると、違うのだ。


「マルチェミヤーノフは主戦派のくせに、心配性だ」


 リリエンタールは共産連邦の主戦派マルチェミヤーノフ元帥のことを、良く知っている。おそらく彼自身よりも――マルチェミヤーノフ元帥は好戦的だが、細かいところに拘る。

 とくに工作員の撤収や処分に。

 アミドレーネ出版で隠れ蓑にされていたオルソンなど、彼自身全く身に覚えのないことなので、むしろ殺さずに、すぐさまスパイ活動を撤収すればよかったものを、マルチェミヤーノフはオルソンの殺害に拘り、多くの痕跡が残されている。


「性分ですので、仕方ありません」


 証拠を消すのが悪いわけではない。

 マルチェミヤーノフ元帥は、失敗を許さず、証拠を消して、ここまで出世したのだ。

 ただその相手が、リリエンタールではなかった――それが大きな違い。


「きっと我慢できなくなり、そろそろ追っ手を放つであろうよ。ロスカネフを良く知り、殺害に長けたもの……本物の(・・・)ルカ・セロフ(レオニード)が、もっとも確実であろうな」

「分かりました。ですがその三名、邪魔だと感じたら排除してもよろしいでしょうか?」


 作戦として放置……ではあるが、司令官として任務を遂行するために、更迭せざるを得ないこともある。


「ヴォルフガング・ヴァン・ホランティは残せ。後の二人は好きにして構わぬ」


 ホランティの使い道に関し、ヒースコートは尋ねなかった。そしてホランティが主犯であることを知った。その答えにたどり着いた理由については、報告したヒースコートも分からないが、リリエンタールがそうだと断じたのであれば、そうなのだろうと。

 そんな会話をしている所に、アイヒベルク伯爵がフォルズベーグ王国の情報を持ってきた。

 内容は食事時に相応しくないヴィート・シェベクたちの、暴行、略奪、強姦などの蛮行だが、


「想定通りの動きをしております」


 リリエンタールの想定内。


「そうか」

「二十年ちかく経っても、変わらない奴らですな」

「マルチェミヤーノフと同じだ。性根というものは変わらぬ」

「そうですな。ですが、シェベク隊ごときに対処できない国というのも、どうかと思いますが」


 ヴィート・シェベクたちがロスカネフ王国へやってきたとしても、報告にあった蛮行をなすことはできない――まともに動く軍隊があれば、彼らなどすぐに駆逐できる。

 だがフォルズベーグ王国にはなかった。

 賄賂と汚職が横行している軍は、好き勝手しているシェベクたちに、瞬く間に吸収され膨れあがった。


 フォルズベーグ国内の蛮行の九割は、フォルズベーグ国民の仕業。シェベクたちは、単なる呼び水にしか過ぎない。


「最早、国ではないな。だから新たな指導者が求められる」

「そう言えば、ウィレム王子は処分なさったと」

「娘に会わせろといったのだ。死んで当然」 

「それは、それは。そうそうクローヴィスが好いている人物が、朧気に浮かび上がったと聞いたのですが」

「…………」

「わたしかも知れませんな」


 赤ワインの入ったグラスを掲げて不敵に笑うその仕草は、見惚れる――ヒースコートは、キースとリリエンタール、両者が知る貴族で、女に好かれる。


「……」


 本人に言われてみると、ヒースコートが最も近いのでは? とリリエンタールも思った。


「ご安心ください。わたしは、結婚を前提としなければならない女性とは、付き合いませんので」


 ヒースコートは独身をはっきりと謳っているので、そこは信用できるが、


「キースと違って、お前のことを好いていると聞かされると、腹立たしい」

「リリエンタール閣下に嫉妬していただけるとは、小官も随分と出世いたしましたな」


 キースを想っているのとは違い、リリエンタールはなんとも、許せない気持ちになる――むしろ、許せる気持ちにさせるキースのほうが、特殊な存在なのだが。


「ふん。地位が欲しいのならば、幾らでもくれてやるぞ」

「いえいえ、それは結構です」


 食事を終えた二人が席を立とうとしたところに、機械油の匂いをまとったサーシャがやってきた。


「閣下、()列車砲の部品点検、終わりました」


 サーシャはこのところずっと、列車砲の整備に携わっていた。


「そうか。サーシャ、今回の出兵にはお前は加わらず、娘の身辺を探れ」


 列車砲の整備に関して詳しいサーシャも従軍する予定だったのだが、


「クローヴィス中尉の身辺を……ですか?」


 リリエンタールはそれを取りやめ、また(・・)クローヴィスの身辺を探れと命じた。

 今更? もう、調べる過去はないのでは? ――最新の列車砲に掛かり切りだったサーシャはそう思ったのだが、


「クローヴィス中尉が貴族に好意を抱いている……と」

「そうだ」


 事と次第によっては、一名の貴族が消されそうになっていることを知った――自分が貴族ではなくて良かったなとも。


「分かりました」


 リリエンタールの向かい側に座っている男――ヒースコートの線もあるよな……と思いながら、サーシャは頭を下げた。


「そしてベルナルド、いやシャルル。お前には、身を隠してもらう」

「?」

「わたしがロスカネフ王国を離れている間に、クリスティーヌがお前を狙う可能性が、僅かだがある」

「……?」

「クリスティーヌはエフェルク王家の血を引いている。ガイドリクスはクリスティーヌの魔手から逃れるために遠征に出し、続いてわたしも遠征する。以前言った通り、わたしが居ない時に動く。となれば……」

「え、まさかわたしが狙われる可能性があると……でも?」

「お前ほどいい婿はいないからな」

「…………」

「わたしに同行していると見せかける。けりが付くまで、隠れていろ」

「分かりました……よ。でも、その可能性、あるの?」

「お前がパレ(王族)だと知られている以上、その可能性は捨てきれない。お前の代理は、わたしが用意する」

「ああ……この血が憎い。あんたを落とそうとしないあたり、現実がうっすら見えていて悔しい。王女とか王家の血を引く女なんて……」


 執事は恨み言を呟きながら――自分の荷物をまとめた。

 リリエンタールに同行する執事に成りすますのは、当初の予定ではサーシャだったのだが、別の大事な任を遂行させるために、アルドバルド子爵から、一名の影を借り受けて成りすまさせた。




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