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Eはここにある  作者: 剣崎月
第一章
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【067】閣下、残念に思う

「王族ならば、簡単だったのだがな」


 クローヴィスがキースに語った「好きな人」発言の翌日、リリエンタールはアルドバルド子爵から届いた、ここ三十年の外国貴族のロスカネフ王国出入国リストを眺めながら呟く。


「左様にございます」


 答えるのはアイヒベルク伯爵。

 他の者たちが出払っているので、恋愛関連ではリリエンタールと「兄弟」と評される彼が控えていた。

 要するに控えているだけ。

 二人は実際、異母兄弟だが――両者は女好きで、複数の愛人を囲い、多くの子供を作った男の血を引いているのだが。


「あいつ等は除外してもいいであろう」

「あいつ等は除外なさって結構です」


 二人が言う「あいつ等」は、もちろんリトミシュル辺境伯爵とフォルクヴァルツ選帝侯のこと。

 アルドバルド子爵が「たとえ」として名を出した時は、殺意が軽く芽生えたが、執事に「逆にあの二人のどちらかに好意を持っていたら、あんたに靡く可能性高いよ。容姿はヴィルヘルムのほうが良いけど、雰囲気っていうか、系列っていうか、そういうところすっごく似てるから」と言われ――納得いかないリリエンタールだったが、周囲が執事に同調する空気になったのを察知し、何も言わなかった。


「王侯はさほど来ておらぬな」


 ロスカネフ王家の婚姻は、ほとんどが国内貴族とのものなので、外国の王が私的に訪問するということは、ほとんどない。


「あまり重要視されている国ではありませんので」

「そうだな。ということは、あの娘が好意を持ったのは、貴族と名乗った王族……という線はなさそうだな。それならば、簡単だったのだが」


 リリエンタールという男は本人の言う通り、王族ならば好き勝手に出来る。

 クローヴィスが好意を持った男が王族だった場合は、男に縁のある玉座に座らせてしまえばそれで終わり。座らせるための玉座に座っている()を消すのも簡単。

 傀儡となったクローヴィスの想い人を玉座に飾り、たまに会わせてもいい――自ら玉座を得る才能のない男に、貴賤結婚は不可能ゆえ安心できる。


 次に簡単なのが、王族の血を引く貴族。

 この辺りに属する貴種程度ならば、領地や爵位などリリエンタールは、簡単に取り上げることができる――血筋で君臨してきた人間たちは、その上の血筋に逆らうことなどできない。

 ここまでは、どうとでも対処できるのだが、リリエンタールにとって、下位貴族は厄介だった。

 もちろん殺害も排除も簡単にできるのだが、リリエンタールが手を下すには小者過ぎて、逆に目立ってしまう。

 リリエンタールが直接下位貴族を処分したら、彼らの宗主一族も消える。

 間に何人も入れ、目立たないように消すこともできるが、手間が掛かる――怖ろしいことに、リリエンタールにとっては、アーリンゲの実家のような下級貴族を消すよりも、列強の王をすげ替えるほうが簡単なのだ――アーリンゲの実家はアディフィン王国の大統領を輩出したが、それでも貴族としては下級である。


「貴族の身分を剥奪しようものなら、娘と身分が釣り合ってしまうからな」


 王侯貴族は身分の剥奪を恐れるので、それはとても有効な罰であり、脅しの材料なのだが、今回に限っては身分剥奪を行ってしまうと、クローヴィスと身分が釣り合ってしまう。

 そして残念ながら、リリエンタールの身分を奪える人間は、ほとんどいない――共産連邦に捕らえられれば、身分剥奪もありえるが、彼らですらリリエンタールは避ける。


「あの娘の好みが、少しでも分かれば良いのだが」

「好みとは?」

「好きな色や花、香りなどだ……正直なところ、男性の好みは聞かされても困る」


 眺めていたリストを机に置き、指を組んで、軽いため息を吐く。

 リリエンタールは容姿だけで見れば凡庸である。

 顔だちそのものは普通――外祖父にあたる皇帝と瓜二つなので、高貴な顔だちと言えるが、顔そのものは平凡というか特徴がない。

 個性を主張するパーツが、どこにもない。特徴の無い顔の特徴が乏しい表情。

 偶に表面に現れる、蔑みが表情に少しの色をつける程度。

 世界の全てに倦いていたリリエンタールにとって、自分の容姿などどうでも良いこと……だったのだが、クローヴィスという存在に触れてから、鏡を見て――自分が美男ではないことを、残念に思った。

 クローヴィスに引けを取らないほど上背があり、その財力で最高級のものを身につけ、マナーの類いは完璧……だが、それらでこの顔を補えるかと聞かれたら、リリエンタール本人としては答えに困る。

 だが顔は変えられないし、たとえ手術で変えられたとしても、人間の技術ではクローヴィスの域に達するのは不可能だと、当代きっての名医にして藪が断言したので、整形は好かれるためにするべき事から除外した。


「お困りに……」

「あの娘の好みはサーシャだ」

「……」


 サーシャは美形と名高い王族ガイドリクスから見ても、クローヴィスの次に美しいといわれる青年。リリエンタールに仕える数多くの中でも、突出した美しさを持っている。


「おそらくレオニードも好みであろうな」

「美形がお好みなのですか」

「わたしたちから見ればな。あの娘にとっては、さほどではない」

「……」


――たしかに、妃殿下のあの容姿でしたら、サーシャやレオニードも……でしょうね


 アイヒベルク伯爵は何も言わず、相槌も打たなかった。主君が気に入っている女性に対して、臣下が意見を述べるのは避けるべきこと。


「他は……キースの顔を嫌いという女はいないから、なんの指標にもならないがな」


 リリエンタールがキースの名を出したので、アイヒベルク伯爵は、なぜクローヴィスを部下にしたのかを尋ねた。


「どの道、殺せぬからな」

「……」

「あの娘の友人はキースのことを好いている。キースが死亡したら、あの娘の友人たちは悲しむ……これに間違いはないな?」


 リリエンタールにこの種の感覚はないが、人間の感情の流れとして、そうなることは知っている――だが実感はないので、感覚を持っている人間に問う。


「はい」

「よってキースは殺せぬ。ロスカネフ王国としても、キースが総司令官になったほうが良い。となれば、あの娘と会わせないわけにはいかない」


 結婚後もクローヴィスが好きなように働かせる――軍に籍を置き、今と変わらぬ勤務態勢を維持するためには、キースをトップに置くのが最良だと判断した。


「はい」

「よって、まずは会わせて様子を見ることにした」

「誠に僭越ではありますが、妃殿下がキースに好意を抱いてしまったら、いかがなさるおつもりですか?」

「そこは諦める。許容というべきかな」

「許容でございますか」

「仕方あるまい。あの君主の娘たちですら、一秒と持たずに乗り替えたほどの男だぞ」


 アイヒベルク伯爵は前戦と司令部の中間地点にいたので、その場面を直接見たわけではないが、王妃の座を狙っていた気位が高い女性たちが、次々とキースに陥落したのは耳に挟んでいた。

 もちろんどちら(・・・)にも、そのことについて尋ねたことはないが。


「キースが妃殿下に好意を持った場合は、いかがなさるおつもりで?」

「…………考えていなかった」

「閣下」

「ただ、キースならば大丈夫だという、言葉に出来ぬ信頼はある。フランシスやガイドリクスに預けるのと、同じような安心感だ」

「王弟殿下は分かりますが、フランシスは特殊過ぎて」

「おそらくキースも好意は持つであろうよ。だが…………わたしは感情を表す言葉を知らぬので、表現できないが、あの男はわたしとは違う意味で、あの娘を掌中の珠とするであろうよ」

「御意」


 アイヒベルク伯爵はリリエンタールの言葉の意味がはっきりと分からなかったが――クローヴィスはキースの気質に合い、短期間で良い上官部下の関係を築くに至ったのを見て、リリエンタールが表現できなかったことを、アイヒベルク伯爵は何となく理解した。


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