【065】少将、想定外に愕然とする
キース初の女性直属の部下クローヴィス。
実際は、人事に口だし出来ない若い頃、何人も直属の女性部下はいたのだが――ある程度出世して、融通が利くようになってから初めて配属された女性士官だった。
北方司令部から連れてきた部下たちは、
「上がそろそろ痺れを切らしたのでしょうね」
「一番若い女性士官だそうです。閣下には若すぎるかもしれませんが」
「あれほど美しければ、他の女性たちも納得できるのでしょう。女性事務官たちは、そう言っていましたよ」――上層部が「いい加減に結婚しろ」という理由で、女性士官のクローヴィスを配属したのでしょう、と受け取っていた。
キースもクローヴィスが、史料編纂室に異動になってリリエンタールの城に留め置かれていなければ「上層部の下らない意向」の線が一番濃厚だと考えたが……勘が”違う”と告げていた。
――自分の勘をそこまで信じているわけではないが……
「上層部が用意したキースの嫁」疑惑、渦中の人クローヴィスだが、本人にそういう素振りはなかった。
キースを見て「ほうっ」と感心していることは、ままあるが――女性が自分を見て感嘆の声を漏らすのは慣れているキースだが、
――あの容姿持ちに感嘆される筋合いはねぇよ
クローヴィスの感嘆は、聞く度に「時間をやる。鏡を見てこい」と言いたくなった。
それ以外は真面目で、仕事も出来る。
キースが北方司令部から伴った部下たちとも打ち解け、リーツマンとも昼食を取り、同僚として交流を深めている。
リーツマンが集めてきた評判も概ねよい。
――この操り糸が見えているのは、作戦なのか? それとも初任務で、大失敗しているのか……
だがキースには、クローヴィスの背後に何やら糸がついているのが見て取れた。誰かの命を受けて、その指示に従い自分に声を掛けているのがキースには分かった。
その命令している人物が問題だった。
クローヴィスの経歴からすると、指示を出しているのはガイドリクス。
――殿下という感じではない。そもそも、殿下は畑違いなことはさせない。アルドバルド……ではないだろうな。あれは使った素人は消す。それをわたしに知られるようなことはしない。となればツェサレーヴィチか
あまりにも見え見えで、キースは思わず悩んでしまう。
――ツェサレーヴィチがこんな素人を使うか?
キースが言う通り、リリエンタールの手元には、アルドバルド子爵が使えるのより、遙かに多い諜報員がいる。
――……だがあの人の策だとしたら……
キースはリリエンタールのことを少しばかり知っているので――蒸気機関車爆弾作戦の際、操縦技術が優れているものではなく、操縦が出来なくても足が速いのを選んだ……ということがあった。
結果は全員生還――最良の人員を選んだ作戦だった。
他にもそういった実績があるので「リリエンタールが何らかの策のために、この分かり易い士官を送り込んだ」と見るのが一番納得できるのだが――納得だけで、背後が全く見えてこないのも特徴。
――クローヴィスの出方を見るしかないか
キースと目が合い、
「…………(なんで、こんなに儚いんだ)」
声には出さないが「ほふー」と、容姿に感じ入っている姿を見せるクローヴィスに、
――姿見を持って、司令本部十周してこい
お前はなにを見ているのだと、キースは毒づいた。もちろん彼にしては、随分と軽い毒である。
**********
「更迭されないために!」
護衛を兼ねているというクローヴィスの腕前がどれほどのものか?
キースは見ただけで、人の強さを推し量ることができるような能力はないし、人の噂を鵜呑みにもしないので、クローヴィスと実際に手合わせをしてその強さを確認した。
クローヴィスは体格に見合う腕力――女性としては、脅威の――と優れた体幹を持っていた。
リーツマンより遙かに強く地面に背中を叩きつけられたキースは、
――こいつの体幹を崩すのは、俺じゃあ無理だな
「大丈夫ですか?」
緑色の美しい瞳でのぞき込み手を差し出してきたクローヴィスに、内心で完全敗北を認めたが、
「随分と余裕だな」
手を掴んで起き上がるも、そんな素振りは一切見せない。
――さすがにヒースコート相手に勝てるかどうか……あいつは、相手の体幹を崩すのが異様に上手いからな
「いえいえ。必死でした」
キースの言葉にクローヴィスは驕ることなく、真面目に答える。
実際クローヴィスは緊張し、うっすらと汗すらかいていた。
――本当に裏表ないな
「上官とやり合ったことはないので、緊張しました」
言いながら汗で痒みが増した傷口を掻き、
「あ」
皮膚の一部が爪にかかった感触に、掻いていた指を止めるも――血がつーっと伝い落ちる。
「おい! リーツマン! タオル持って来い!」
時既に遅し。治りかけで痒みが増している傷を、自分の爪で開いてしまった。
呼ばれたリーツマンが急ぎタオルを持ち近づいて、
「うわ……」
白皙の美貌に一筋の血が伝う美しさに呆気にとられる……が、
「見た目ほど、酷くない……と思いたいんだが」
血を流している当人は気付かず。
リーツマンの動きが止まったのは、傷の酷さだと勘違いした。
キースがリーツマンを叩きタオルを取り上げて、クローヴィスの顔に押しつけた。
――こいつ、自分の顔がどんなもんか分かってないな……自分の顔なんて、鏡をみなければ分からんが……鏡を見て自覚しろとも言えないのが
「いてて」
「訓練するときは、ガーゼを貼れ」
「はい!」
良い返事とともに――拳銃や小銃の実力確認のため、射撃場へとやって来た時には、しっかりとガーゼを貼っていた。
「消毒液の匂いのする四角いガーゼなのに、お前がそれで傷を覆うと、洒落たトーク帽を、粋にずらして被っているように見えるな」
――完璧だと無視し辛いものだな
これからする射撃訓練に対し、容姿を褒めることは全く必要ないのだが――無駄口をきいたら叱られる立場のリーツマンはともかく、自由に喋ることができるキースが全く無視するのは、不自然極まりなかった。
「そ、そうでしょうか?」
怪我を隠すガーゼすら身を飾る装飾品となる美貌の持ち主は、すこし照れた。
射撃についてだが「百発撃って、百発当てる」とクローヴィス本人が宣言した通り。
立ち止まって撃つだけではなく、動きながらでも的を外さず――リーツマンを担いで拳銃を構え後走りし、的からかなり離れても当てるという素晴らしい技能を披露した。
「ヴェルナー中佐に鍛えられました」
「そうか」
――さぞや、鍛え甲斐があったか、もしくは、簡単にやってのけて拍子抜けしたかのどちらかだろうが……どうみても天才だから、後者だろうが
この射撃技術より、乗馬のほうが更に上なのだが――護衛としての技能は完璧で、キースとしても文句の付けようがなかった。
**********
普通の軍人としては極めて優秀だが、調査は不得手――背後の糸を全く隠せていないクローヴィスから、食事に誘われた。
誘い方はぎこちなかったが、緊張していると言える範囲内。
――せっかくのお誘いだ
キースはその誘いに乗った。
「わかった。改まった場でなくても良いな?」
なにより、女王のような情欲が全く感じられず、
「閣下がよろしいのでしたら」
それどころか、命じられた任務をこなしているのだという、使命感に満ちた真摯な眼差し。
「わたしも中尉も庶民だ。庶民が気軽に食事が出来る場所がよい。あと個室は断る。日時と店は任せた」
あまりにも、任務に対して真摯な態度を隠さない様に、
――少し隠せ、若いの
騙されていなくてはならないキースが、思わずアドバイスしたくなったほど。
「閣下は嫌いな食べものなど、おありでしょうか?」
「ない」
許可を得たクローヴィスは「やったーやりました!」と、声には出さず、小さなガッツポーズを作っていた。キースはそれには触れないでおいた。
――わたしに興味はあるが、男として興味があるわけではないようだ……。あの情欲の欠片もない緑色の瞳は、悪くない
クローヴィスが予約した店は、立地も雰囲気も良いものだった。
――メッツァスタヤはいるのか?
店内に足を踏み入れたキースは、客を一通り眺める。
居るのか居ないのか、はっきりと分からなかったので、
「それで、中尉。ガイドリクスからなにを探るよう、命じられたのだ?」
ガイドリクスを呼び捨てにして、周囲に注意を払ったが、なんら気配に変化はなかった――王家に忠誠を誓っている彼らは、こういうことで、少し揺らぐことがあるのだが、
――一切変化なし……アルドバルドか? だがアイツが、わざわざこんな手間暇を掛ける必要はないだろう。だがなあ……サーシャの気配がないのも気になる。ツェサレーヴィチが背後にいるならサーシャだが。奇妙だな
そんなことを考えながら、クローヴィスを問い質すと、
「閣下のような恋人と辛い別れをし、それから一切恋人を作らず二十年近く独り身で過ごしている男性の口説き方を知りたいのです!」
「は?」
予想もしていなかった台詞が出てきた。
――誤魔化すにしても、もう少し、ましな誤魔化し方は……ん? こいつ本気で言ってるぞ。おいおい
聞いた当初は「お前の容貌に靡かないヤツなんていないだろう」と聞いていたのだが、どうも本当のことを言っているらしいことに気付き、
「落ち着け、中尉」
「落ち着いております、閣下。そして正直に申しますと、恋愛相談です」
――芸術の神の最高傑作みたいな容姿の娘から、恋愛相談されるとは思わなかった。そういう悩み、あるのか……この容貌でも
酒を飲む量とともに、やや呆気にとられながら耳を傾けた。




