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Eはここにある  作者: 剣崎月
第一章
55/208

【054】室長、興味を持つ

 リリエンタールの策略……といえるのかどうかは不明だが、彼によりキースを誤魔化す任を押しつけられたアルドバルド子爵。


「本日13:00に司令室に来いとのご命令です」


 豪華な部屋で、これまた豪華な朝食を取っていたアルドバルド子爵は、昨晩遅くに猟犬の檻を抜けて戻ってきたリドホルム男爵から報告を受けた。


「叱られると思う? カミラくん」


 使用人枠として動いているベックマンは、すでに朝食を済ませ――同じく使用人枠で動いているクローヴィスと、朝早くに接触し、変わったところはないか? を確認していた。


「思います」

「叱られるの、嫌だなあ。イェルハルド、わたしに成りすましてやり過ごせない?」

「無理です」

「ええー」


 直径二メートルほどの丸テーブルに、焼きたてパンと卵料理が各五種類、塩漬け檸檬が添えられた温野菜サラダに、ウィンナーとフランクフルトも各四種類。

 オレンジがベースのミックスジュース、酸味の強いヨーグルトに、八種類ほどの蜂蜜。

 中心には紫色のユーストマがいけられた花瓶が飾られ――リリエンタールの邸においては、普通のメニュー。

 アルドバルド子爵はナイフとフォークを手に、優雅に朝食を取る。

 その仕草はさすが名門の跡取りだと、誰もが感動するほど気品に満ちている――彼は人前では、ここまで普通に食事を取らない。

 あくまでも凡庸な貴族を装うために、端々を雑にする。

 不自然さのない雑さ――このアルドバルド子爵を知らなければ気付けない仕草。


「午後の一時かあ」


 アルドバルド子爵は行儀悪く、ナイフを指の上でくるりと回し続ける。


「室長。それよりも、クローヴィス少尉がシーグリッド・ヴァン・モーデュソンと面会を希望しております」


 アルドバルド子爵はナイフを止めて、


「なんで?」


 リドホルム男爵のほうを見る。

 視線を受けたリドホルム男爵は、クローヴィスとシーグリッドに、接点はないと首を振る。

 アルドバルド子爵も「そうだよね」と、ナイフを置いて一口サイズのバターロールを手に取り口へと運ぶ。


「理由は聞きませんでした。クローヴィス少尉も、言いたくなさそうでしたので。下手に追求して不興を買いたくありません」

「クローヴィス少尉の不興を買うのは、難しいと思うよ。ましてソレならねえ」


 バターロールを食べ終えたアルドバルド子爵が「そのくらいのことは分かるよね」とベックマンに言外に問う。


「後日、リリエンタール閣下のお耳に入ると怖いので」


 ベックマンもクローヴィスがその程度のことで、不快に感じるような人間ではないことは理解しているが、ここはリリエンタールの邸。

 どこに自分以上の間諜が潜み、会話を聞いているか分からない。

 ベックマンも間諜として、一通り以上のことはできるが、自分以上の人間が大勢存在することをよく知っていた。


「それは怖いね…………大至急、モーデュソンの娘を連れてきて、カミラくん」

「この城にですか?」

「うん」

「……」

「本日クローヴィス少尉は、ここに詰めてもらう。きっとそれだけで、リヒャルトの機嫌がよくなるから、モーデュソンの娘を連れてくるなんてことは、些事だよ些事」


 リリエンタールの私邸に思想犯を連れてくる――


「些事なのはわかりますが、殺されてしまうのでは?」


 私邸(ここ)には多くの過激な聖職者がいる――共産連邦幹部との繋がりが疑われている娘など連れてきたら、すぐに殺されてしまうのでは? とベックマンは考えた。

 そのくらい彼らはためらいなく、共産連邦幹部を殺害する。

 もちろん返り討ちに遭うことも同じくらいあるが、死を畏れない者たちなので、共産連邦の者たちも、あまりリリエンタールの城には近づかない。


「マクシミリアンくんに話を通しておくよ…………イェルハルド、アーダルベルトくんの所へ行って、時間変更を伝えてきて。今日は彼と晩餐を取ることにしよう。店も任せる。あーきっと叱られるんだろうなあ。予定変更なんて、怒りに火を注ぐことになるよねえ。でも仕方ないよねえ」


 叱られるのはリドホルム男爵だが、断れる立場でもないので、


「わかりました」


 命令を受けて予定変更を伝えるために、再び邸を出ていった。

 こうしてクローヴィスは「悪役令嬢」ことシーグリッドと再び会うことが叶い――イーナ・ヴァン・フロゲッセルに一歩近づいた。


「カミラくん。ヴァン・モーデュソンからもう少し色々なことを聞けそうだから、ここで拘留するよ」


 その情報も重要だが――アルドバルド子爵は、クローヴィスが随分とシーグリッドに肩入れするのが気になった。

 この二人には接点はない。


「でもさ、カミラくん。ヴァン・モーデュソンから情報を一番上手く引き出せるのは、クローヴィス少尉だよ。でもリヒャルトは少尉を貸してくれないよ? それだと無意味だ。カミラくん、アンバード(アーリンゲ)少将とリヒャルトの城の警備に関して話し合うのと、リヒャルトに少尉の貸し出し申し出るの、どっちがいい?」


 もともとの階級も違う。

 クローヴィスはガイドリクスの副官として、また将来の女王の護衛隊長として、夜会会場を遠巻きに見ることが出来る場所にいたこともあるが、シーグリッドはまだデビュタントを終えていないので、ガイドリクスが出席するような夜会の場にはいないため、二人が以前に会っている可能性は極めて低い。

 昔会ったことがある……というのも考え辛い。

 シーグリッドは由緒正しい貴族令嬢で、邸から出ることはほとんどなく、庶民のクローヴィスとは生活範囲が全く違う。

 有爵貴族と庶民でも、接点があれば、クローヴィスの行動には納得できるところもあるのだが――


アンバード(アーリンゲ)少将にいたします」

「じゃ、よろしくね、カミラくん」


 シーグリッドの発言を心から信用し、行く末を心配しているクローヴィス。


「不思議だよねえ」


 アルドバルド子爵はそう呟き――その日の晩餐は、キースに先約があったため後日に変更となった。


「怒りが蓄積してゆくー。きっとわたし、殺されちゃうー」


 アルドバルド子爵はそんなことを言いながら、執事に「今日の晩餐、リヒャルトとわたしとクローヴィス少尉の三人で」と頼み――


「たしかに、田舎に住み社交の場にも現れない貴族ともなれば、本人かどうか分からぬな。レニーグラス地方の社交界を牛耳っているのは、ファンボール伯だったな」


 一人「なんでわたしは、ここでディナー食ってるんでしょう……シーグリッドにちゃんとした食事は出たかなあ」といった感情を隠さず、話に耳を傾けながら料理を口へと運んでいるクローヴィス。

 そのクローヴィスの斜め向かい――正面に座りたいと希望したリリエンタールだが、執事が「じろじろ見るでしょ。妃殿下のお食事がすすまなくなります!」と、当然の斜め向かい側に席を作った。


 アルドバルド子爵から見ても、クローヴィスは斜め向かい側で、存分に観察することができた。


「よい機会だ。お前も礼服を新調したらどうだ? フランシス」

「そうだねえ。少尉と一緒に新調しようかなあ」


 ドレスの採寸をしたがっていたリリエンタールは、クローヴィスの「礼服が……」という話題を逃すことなく、彼にしては随分と強引な手段で採寸を行える手はずを整えた。

 食後の談話になり――クローヴィスは先に退出し、執事と共に昨日と同じ部屋へと帰っていった。

 談話室に残った二人。


「モーデュソンの娘は殺さない」


 先に口を開いたのは、リリエンタールだった。


 コーヒーシュガーをスプーン半分ほど入れたコーヒーを楽しんでいたアルドバルド子爵が、


「共産連邦の幹部徽章を持っている人は、問答無用で死刑って決まりなんだけど」


 そう言うも――その程度のことはリリエンタールも知っているが、


「モーデュソンの娘は国外の修道院に送る。直接の関わり合いが確認できない、宰相たちは蟄居という名目の軟禁でよかろう」


 クローヴィスが気に掛けている娘を殺すつもりはなかった。

 リリエンタールは、法律を守るという考えがあまりない――リリエンタールが法を犯していようとも、捕らえる人もいなければ、罰することができる人もいない。

 今までは表立ってその国の法を無視したり、違反するようなことはしなかったのだが、クローヴィスが気にしているならば、法をねじ曲げるのはリリエンタールにとって当然(・・)のことだった。


「聞いてくれないねえ……たしかにクローヴィス少尉は、シーグリッドのことを気にしていたけどさ」


 クローヴィスは人並み程度にしか嘘をつけず、この頃はまだ、アルドバルド子爵やリリエンタールの内心を読む力が、それほど凄まじいことは知らない。


「ところでフランシス。本当にあの娘とモーデュソンとの関わりはないのだな?」

「ないよ……でもなんかありそうなんだよねえ。言葉の端々から分かるけれど、繋がりは推察できない……君は分かった? リヒャルト」

「あの娘については、冷静に判断できないから無理だな」

「君がねえ……単純に優しいだけって気もするけど」

「違うな」

「そこは違うって分かるんだ」

「お前も分かっているのであろう? フランシス。あの娘はモーデュソンの娘を、特別ななにか(悪役令嬢)に分類している。それがなんなのかは分からないが」

「特別な分類?」

「ああ。貴族の娘というだけではない、なにかに区分けしている。おそらくわたしたちは、知らない分類だ」

「そこまでは気付かなかったけど……言われてみると分かる気がするなあ。わたしが感じたのは、物語の配役的な……かなあ。筋道を立てて説明できないけどさ」


 そんなアルドバルド子爵であっても、なぜそこまで気にするのか? そして信じるのか? は分からなかった。

 二人は骨灰磁器のカップを手にしたまま、今回の出来事をどうまとめるかについて話し合った。


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