表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Eはここにある  作者: 剣崎月
第一章
45/208

【044】至尊の座を狙ったものたち・07

 他人の城の庭でバーベキューをし、好きなだけ肉を食い、ビールを飲んで――フォルクヴァルツ選帝侯は帰途についた。

 帰国に関してはアイヒベルク伯爵の進軍に勝るほど。

 大勢の軍を率いていないので当然と思われそうだが、貴族の旅行というものは、大人数で移動する上、急ぐことをしないので、軍隊の移動よりもずっと遅い――通常であれば。

 フォルクヴァルツ選帝侯は、まるで軍隊を率いているかのような速さで帰国し、まっさきに王宮へと向かい、皇帝へ面会を求め――私室へと通され、


【離婚しないそうです】


 二人きりの室内で、王妃からの返事を伝えた。


【そうか】

【陛下も離婚するとは思ってはいなかったのでは?】

【まあな。……で、フォルクヴァルツ。グレゴールを即位させる案をお前はどう思う?】


 神聖皇帝は自分の地位を譲れるのであれば、譲ってケッセルリング公爵を大人しくさせた――皇帝の子に男児はいないので、普通の継承を行う国であれば、実弟に譲るのは難しくないのだが、即位方法が特異な神聖帝国では、実弟に譲ることだけはできない。

 次の神聖皇帝の座はフォルクヴァルツ選帝侯。

 ケッセルリング公爵よりよほど優秀で、神聖帝国の閣僚たちの間でも評価が高い――フォルクヴァルツ選帝侯に言わせると、ケッセルリングの評価が極めて低いだけだが、なんにせよケッセルリングは「養子に迎えて皇帝の座に就いていただきたい」と言われるほどの人物ではない。


【ははは】


 フォルクヴァルツ選帝侯の馬鹿にしたような笑いを聞いても、神聖皇帝は怒りはしなかった。

 当のフォルクヴァルツ選帝侯は、到底皇帝に向けるものではない笑いを半分くらい収めて、


【ところでケッセルリング公爵は、大人しく幽閉されていらっしゃいますかな?】


 神聖帝国が抱えるはめになった、爆弾の現状について尋ねる――


【あれもそれほど察しの悪い男ではないので、当主が幽閉を命じたことに勘づいたらしい】


 ケッセルリング公爵の現状について、フォルクヴァルツは既に聞き及んでるのだが、皇帝に直接尋ねることに意味がある。


【あー。生かしておけという命令を逆手にとって、自らの命を危険に晒し、幽閉場所から出ようと?】


 ケッセルリング公爵本人は死ぬつもりはないので、怪我を負ったとしても軽いものだが、手当が必要になる。

 生かしておけという命令のため、診察や手当は医者が行うことになり、出入りすることになる。幽閉において出入りが頻繁というのは、もっとも避けたいこと。


【そうだ】

【実に面倒くさい男ですな】

【誰に似たのかは知らぬがな】

【ケッセルリング公爵を扱い倦ねていらっしゃるのでしたら、このフォルクヴァルツに任せていただければ】


 上手に処理しますよ――

 神聖皇帝も言外の含みはすぐに察し、


【当主に許可を】


 リリエンタールに使用方法(・・・・)を尋ねるか、廃棄許可(・・・・)を得るかのどちらかをしてこいと返された。


【やはり、そうなりますか】


 リリエンタールはケッセルリング公爵を、生かしておいて使うつもり――後々使わなかったら、すぐに殺すのだろうが、現在は火が点きやすい上に、本人自体が火薬庫で、戦争を引き起こせるいい素材ゆえ、殺すつもりはないことは明らかだった。


【わたしとしては、お前と辺境の王(リトミシュル)の遊び道具にして欲しかったのだが】


 リリエンタールはアブスブルゴル帝国を滅ぼす無数の手段を講じているように、この神聖帝国をも滅ぼす手段も次々と打っている――ケッセルリング公爵の死を盾に、神聖帝国に攻め込む準備は既に終わっている。


【壊してもよいと許可を頂けるのでしたら】


 国内に居るだけで危険だが、国外で引き取ってくれるところもない。


【それはやはり当主から、許可をいただかねばな……ときにフォルクヴァルツ。グレゴールの影武者を用意できるか?】


 早めに殺しておくべきだったと神聖皇帝は思ったが、今更考えても仕方の無いこと


【アントンの目を誤魔化せなくてもよいのでしたら、いくらでも。アントンを誤魔化すのは不可能です】

【……そうか。無理を言った】


 フォルクヴァルツ選帝侯は、神聖皇帝の前を辞した。

 私室を出ると部下の一人が耳打ちをする――


【ブリタニアスのチャーチが会いたいと】


 ブリタニアス君主国の諜報部のトップであるロイド・チャーチ。


【どこでだ?】

【閣下の馬車で】

【ところでお前たち、密入国に気付いたか?】

【なんと閣下。ロイド・チャーチは実名で入国いたしました】

【大事だな】


 フォルクヴァルツ選帝侯は、チャーチが面会を求めた理由を理解した――リリエンタールの結婚について、更なる情報を集めたい。

 それ以外、彼が実名で入国し、社交の場でそれとなく話し掛けてくるのではなく、直接会いに来る理由などなかった。

 もちろん歩みを早めるようなことはせず、いつもと変わらず堂々とゆったりと王宮を進み乗り場へ。

 フォルクヴァルツ選帝侯の姿を見た馭者がドアを開けると、膝に分厚い茶封筒を乗せたチャーチが座っていた――チャーチはいかにも諜報員らしい男だ。中肉中背で、表情はぼんやりとし、冴えない雰囲気を作り出せる。


【久しぶりだな、チャーチ卿】


 フォルクヴァルツ選帝侯は馬車に乗り込むと、他の者は乗るなと指示を出し――部下はそうなるだろうと分かっていたので、あらかじめ用意していた別の馬車に乗り込んで、後を付いてゆく。

 静かに二人が乗った馬車が走り出し、


『会いたくはなかったがな、フォルクヴァルツ侯』


 普段であれば腹の探り合いが始まるところだが、


【それで?】

クリフォード(リリエンタール)殿下について』

【結婚するのは聞いた】


 本日はすんなりと本題までたどり着いた――市街地をぐるりと一周する間に情報交換を終える必要があるので、諧謔に富んだ会話をしている暇はない。


『そうか』

【アントンから直接聞いたわけじゃないがな】

『誰から?』

【イヴァーノ。イヴァーノはアントンに呼び出されて、ロスカネフまで出向いたそうだ】

『枢機卿をなあ……』

【イヴァーノのことだ、おそらく猊下の説得も終わっただろう。卿は誰から聞いたのだ?】

『フランシス・ヴァン・アルドバルドが来た。本当のことを言っているのか、ずっと不安だったが、フォルクヴァルツ侯がそう言うのであれば間違いないのだろう』

あいつ(アルドバルド)、そっちに行ってたのか。それで、結婚関連でなにか言っていたか?】

『クリフォード殿下は、戦争を起こすとのことだ』

【起こしはしない。起こるように仕組むだけだ】

『仕組む……やはりもう終わっているのか?』

【分からない。そもそも戦争の規模が大きすぎて、わたしたち(・・)の情報網では手に余る】

『規模が大きい?』

【アントンはやろうと思えば、全大陸を巻き込んだ大戦争を引き起こせるからな。いつもならばやらないと言えるが、今回ばかりは言い切れない】

『やはりそうなのか……なにか情報はあるか?』

【ない……訳でもない】

『もらえるか?』

【構わんぞ。その代わり、フランシスとの会話を詳しく教えろ】

『それは書面にまとめた』


 チャーチは手袋を脱ぎ、膝の上に乗せていた封筒から書類を取り出して、四方を指でなぞり、書類を数回めくり、毒などは仕込んでいないことを身を以て見せ――フォルクヴァルツ選帝侯はハンカチを手に乗せて、書類を受け取り手袋をはめたまま捲る。


『女王陛下の私室でのやり取りだ』

【ん…………】


 ざっと一通り目を通し、通し番号が振られ、それらに抜けがないことを確認してから、フォルクヴァルツ選帝侯は書類を足下に置く。


【まず第一にフォルズベーグはなくなる。第二に、アレクセイ・ヴォローフ・シャフラノフが王政復古を掲げて、アディフィンで動いていた】

『アレクセイ・ヴォローフ・シャフラノフ……ルースの皇子か』


 普段は表情から感情を読み取られないようにしているチャーチだが、今は表情を隠さず――あからさまに「なんのつもりだ」と


【アディフィンで騒いでいたらしいが、どうも背後にストラレブスキーがいるようだ】

『まさかストラレブスキーが、ヴォローフを新しい国家の君主に就けようとしていると?』

【ヴォローフはそう考えているようだが】

『ありえんな』


 ストラレブスキーはリリエンタールと、ルース皇太子の座を争い敗北している――フォルクヴァルツ選帝侯やリトミシュル辺境伯に言わせると「全く争っていなかった」だが、ストラレブスキーにとっては争って負けたことになっている。

 ストラレブスキーは血筋もあるが、皇太子の座を欲しがるくらいには野心家で、今もその野心は消えていない。


【どうもストラレブスキーに、良からぬことを吹き込んだ女がいるようだ】


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ