表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Eはここにある  作者: 剣崎月
第一章
3/208

【003】少将、「L」の命令を聞く

 中央駅に到着後、キースたちは公用馬車でヴェルナーの官舎へと向かった。

 家主は不在だが、キースは渡されている合い鍵で解錠する。馬車は門扉のところで待機している。


「リーツマン、付いて来い」

「はい、閣下(キース)


 友人宅だがキースは我が家のように振る舞い、初めて訪れた副官を部屋へと案内する。


「ここがお前の部屋だ。家の中を一通り案内する、付いて来い」


 本来ならばホテルに宿泊するところなのだが、ホテルのメイドが厄介なので、キースはヴェルナー宅を宿に使っていた。

 室内を全て案内し、応接室へとやってくると、これまた慣れたようにシヒヴォネンが、勝手にコーヒーを淹れる。

 少し休憩し各自持参した礼服に着替え、公用馬車に乗り込み夜会が開かれる離宮へと向かった。


「リリエンタール閣下なら、持ち家でも開催できるのでは?」


 大きい城に住んでいるのに、なぜわざわざ離宮を借りて? と、リーツマンが不思議に思いシヒヴォネンに尋ねる。


「あの人は滅多なことでは、自分の領域に招き入れることはしない。キース少将は何度か招かれたことはあるのですよね?」


 リリエンタールが邸に人を招かないのは、上流階級の間では有名な話であった。

 後にシーグリッド・ヴァン・モーデュソンという少女が、リリエンタールの城へと連れて行かれ喜んだのは、それを知っていてのこと。


「数回はあるが、会議の延長だったり、ホテルで騒ぎになったので……などの状況でのみだ。たしかにシヒヴォネンの言う通り、参謀長官閣下は人を自分の住む領域に招くことはないな」


 事情があれば邸内へ入れるが、リリエンタール自ら招くことはない。ただ「訪問したい」程度の理由では、王や皇帝であっても断られる。


「そうなのですか。人嫌いなのですか?」

「嫌いではない」


 リーツマンのごく当たり前の感想 ―― だがそこ(・・)はしっかりと否定しておかなくてはならない箇所であった。


「そうなんですか?」

「参謀長官閣下は、単に興味がないだけだ」

「興味はない……ですか」

「長年側にいて、そう感じた。そして興味の無さが、冷酷と評される所以だ」


 リリエンタールという男はいつでも冷静沈着であるが、それも度が過ぎ冷酷と言われることが多い。


「実際は冷酷ではないのですか?」

「あれを冷酷じゃないとは言えないが、覚えておけリーツマン。参謀長官閣下は失敗しても注意はしない。ただ配置換えをするだけだ。配置換えされた者全てが失態を犯しているわけではないが、時期はずれの異動はほぼ失態が理由だ。あの人は注意や叱責はしない。黙って配置換えするだけだ」

「余計怖いです」

「ただな、間違った評価は絶対にしない人だ。部下の手柄を取り上げる上司のような無能ではないし、そういう上司の下にいる部下を取り立てることもする。おそらく理想の上司そのものなのだろうが、如何せんあの風格と優秀さだ。部下が萎縮することが多い。お前も部下になったら、精々萎縮しないよう気を付けろ」

「あの人を前にして萎縮しない人は、大体出世しているぞ。頑張れ、リーツマン少尉。わたしは無理だったがな」


 シヒヴォネンは「わたしを前にしても、萎縮していない」という理由で、かつて連合総司令官(リリエンタール)の主席副官に選ばれた経歴を持つ上官に、ちらりと視線を向けた。

 そんな雑談をしているうちに離宮へと到着し、キースとシヒヴォネンは正面で降り、リーツマンは馬車と共に裏へ。

 貴族名鑑や紳士録に名が載っている者たちに挨拶をし、慣れた女性からの熱を含んだ視線を無視しホールへと向かう ――


「開始まで身を隠す。心配するな」

「いつものことですので、心配しておりませんよ。一応お気を付けて」


 途中でキースはシヒヴォネンと別れ、ホールへとつながる廊下ではない方へと進む。廊下に立っていた執事らしき人物がシヒヴォネンに頭を下げ、キースに「こちらに準備が整っております」といった仕草で招く ―― これはシヒヴォネンにとって、見慣れた光景だった。

 

「飲みますか?」

「要らん。で、今回はなにをしろと?」


 小部屋に招かれたキースは招待状が入っていた、宛名に「L」の足りない封筒を取り出し、白ワインが入ったグラスを差し出してきた執事に「命令」について早く教えろと、無愛想に尋ねる。


「美味しいですよ」

「要りませんよ、殿下(・・)


 さっさと言え……とばかりに、執事がもっとも言われたくない名で呼びかける。

 執事は手にしていたグラスを自分の口へと運び、


「それは言わないでいただきたい。閣下からのご命令ですが、夜会開始から二時間後を目処に東庭園に出て、いつも通り女に声を掛けられ、それらの容姿について記憶するように……とのことです」


 いつもの事としか言いようのない命令を伝えた。


「厄介な女でもいるのか?」

「ええ、まあ。ただ敵の狙いがなんなのか? まだはっきりと分かっていないので」

「参謀長官閣下にも分からないことならば、そんな事柄はないのではないか?」

「キース閣下の仰る通りです。まだなにも起きていないのです……が、なにか起こるのだそうです。相変わらずあの人が何を考えているのか分かりませんよ」


 肩をすくめ、ややおどけた表情を作った執事に、本当に事情を知らないのだとキースは理解し、分かったと頷く。

 

「事情を事細かに説明して欲しいが、まだ事が起こっていないのでは仕方ない。ところで狙いの年頃は?」

「それも不明だそうです」

「……分かった」


 どんな命令だといつも思うが、あとでそれなりに意味があることを知るのも事実なので、キースは従う。

 そして命じられた通りに、東庭園に出て数名の女性から声を掛けられ、夜会を無事終えてヴェルナーの自宅へと戻った。

 翌日、中央司令部へと赴き、ガイドリクスと面会する。

 昨晩夜会で顔を合わせているが、あのような場で話せないこともある。特にあの場には、女王であるヴィクトリアもいたので ――


「ガルデオ公爵の御令息(セイクリッド)との婚約は破棄の方向で?」


 応接室のソファーに腰を下ろし、王弟と差し向かいで話す。

 彼らの後には、シヒヴォネンとヘルツェンバインが控えていた。彼らはキースが持ち出した話題に驚く素振りを欠片も見せず、黙って立っている。


「婚約破棄は簡単だが、婚約成立は難しい」

「では参謀長官閣下は、この国を去るのですか」

「明言はしていないが……」


 ガイドリクスはコーヒーを一口飲み、ソーサーへと戻す。相変わらず王族らしい優美な動きだな……と、感心しながらキースはそれより粗雑な動きでカップを戻した。


「結婚を押しつけ過ぎましたな。参謀長官閣下が国を出て行くのは、どの国でも女を勧められ、鬱陶しくなってのことなのはご存じでしょうに」

「分かってはいたが、どうしても国内に留まって欲しかったのだ」

大将閣下(ガイドリクス)のお気持ちは分かりますが。正直に申しまして、我が国の女王ではお話になりません」


 上官に対しずけずけと物を言うキースは、婉曲な表現などせずにはっきりと告げる。

 彼の後ろで聞いているシヒヴォネンは「いつものことだが」と思いつつ、胃の辺りに痛みを感じる ―― 自分の上官(キース)のいつもの態度だとは知っており、王族が許しているのも知っているのだが、それでも痛むものは痛むのだ。


「まあな……他に王族の娘がいれば、また話は違うのかも知れぬが」

「存在しないものを語っても仕方ありませんよ、大将閣下(ガイドリクス)

「ああ……キースよ。リリエンタールの好み、本当に知らぬのか?」


 深いため息と共に、リリエンタールの好みの女性について聞いてくるガイドリクス。”何度目の質問だ” ―― 同じ質問を何度もされているキースだが、苦悩とその理由を知っているので、彼にしては大人しくコーヒーを飲んでから、静かにいつもと同じように答えた。


「存じ上げませんね」


 この頃、ロスカネフ王国ではリリエンタールを国に留め、大統領になってもらうために「国から連れ出すのがもっとも厄介な女」を妻にと勧めていた。

 その女性こそ女王ヴィクトリア。

 他の女では易々と国から連れ出されてしまうので、女王という重しのついた女を勧め ―― リリエンタールは一切の興味を持たず。


 他にいくつか軍事的な話をして、キースは王都をあとにする。

 東庭園にて女に声を掛けられろなる命令だが、以降問われることがなかったので、西か南、或いは北庭園に放たれた誰かに獲物が掛かったのであろうと、キースはとくに問題にはしない。


「クローヴィス少尉は出張中で、離宮にはきていませんでした」

「残念だったな、リーツマン少尉」


 そんな話をしながら北方司令部へと戻った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ