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Eはここにある  作者: 剣崎月
第一章
23/208

【023】至尊の座を狙ったものたち・04

 リリエンタールがロスカネフ王国へと引き返すらしい(・・・) ―― その情報が各国に届いたときには、既にリリエンタールはロスカネフ王国に戻っていた。

 その事実を確認し ――


{我々の計画を気取られたか}


 共産連邦書記長リヴィンスキーが高級官僚たちと共に話し合う。


{もともと気取られているとは思っておりました}


 戦争には消極的なヤンヴァリョフ元帥は「ほらみろ」とばかりに ―― ヤンヴァリョフはリリエンタールとの戦争に対しては消極的だが、リリエンタールが敵でなければ戦争を忌避しない。

 ヤンヴァリョフに言わせると「ツェサレーヴィチとの会戦(あれ)は、虐殺されるだけです」―― 約二十年前に地獄を見せられたヤンヴァリョフは、正直に勝てる気がしない。

 物量がどうの……という以前に、やる気が出ない。

 なにをしても負けるのが分かっている戦争など、誰がしたいとおもうか――


{かといって、今更止めるわけにもいくまい}


 書記長と縁戚ということで、元帥のトップとされるクフシノフが、書記長の顔色をうかがいそう(・・)言う。


{もう動いた、誰にも止められん}


 主戦派マルチェミヤーノフが口の端を上げた。


{最後のツェサレーヴィチ以外には、な}

{貴殿はあれを畏れすぎだ}

{それに関しては否定はしないよ、マルチェミヤーノフ元帥}

{貴殿が認めるとは珍しいな}

{そうかもな。ただな、この王族を使う作戦は我々のような低層の生まれの者たちには、無理だと思うのだ}


 共産連邦は大陸が一丸となり、専制君主制を廃して「対共産連邦同盟」を結んでから、国を切り崩す作戦を立てていた。

 国体が変わる直前・直後は国が揺れやすいことを、ルース革命を経験してきた彼ら全員が知っている。

 国体を戻し、専制君主として王座に就きたいと願う王族を隠れ蓑にし、動乱を引き起こし民衆を引き込む。

 しっかりとした作戦を立て、地道に準備もしてきた。


 だがこの場にいる彼らは、誰一人として王族ではない。


{たしかに王侯貴族(あいつら)の物の考え方は、我々とは違うな}


 いまは押収した貴族の邸で、王侯貴族のような暮らしをしているクフシノフ元帥だが、元は行商人の息子で、時流に上手く乗り元帥の地位まで昇った。

 士官学校で習わなくても指揮できる天賦の才を持ち合わせているのだが、やはり士官学校を優秀な成績で卒業した元帥二人には劣等感を懐いている。


{違うと言えるほど、王侯貴族のことをご存じとは思いませんでした}


 士官学校には皇族が視察に来るため見る機会もあったが、貧乏な行商人の息子だったクフシノフ元帥は一人も見たことはない。

 それは書記長も同じ ―― 書記長は初等専門学校卒業後、諜報部の下級役人の補佐として就職し、裏方の裏方として生活し、先代書記長の秘書から書記長の地位に上り詰めたので、ツェサレーヴィチ(リリエンタール)以外のルース皇族は見たことがない。


{マルチェミヤーノフが言う通り、見たことはない……言い間違った}

{認めなくてもよろしいのでは。見たことがあると言えばそれでよし。マルチェミヤーノフ元帥もクフシノフ元帥の過去の全てを調べたわけでもないでしょうし}


 ヤンヴァリョフも口の端をつり上げ ―― 作戦はこのまま遂行されることとなった。


 自分の庁に戻ったヤンヴァリョフは、ロスカネフ王国に再び潜入するピヴォヴァロフの挨拶を受ける予定だったのだが、書記長より火急の出頭を命じられ ―― 


{粛清でしょうかね、同志ヤンヴァリョフ}

{…………不吉なことを言うな、同志。わたしも過ぎらなかったわけではないが}


 ピヴォヴァロフと小隊を伴い書記長の下へ出頭した。

 室内に立ち入れたのはヤンヴァリョフだけ。

 ”何ごとかな。粛清かなあ”とピヴォヴァロフは腕を組み、壁に背を預けだらしなく立ちながら、室内の様子をうかがっていた。


 書記長の執務室に通されたヤンヴァリョフは、


{会合から戻ってきたら、この机におかれていた。誰が置いたのは分からない}


 そういう書記長の手にルース帝国の双頭の鷲がはっきりと見てとれる封筒を確認し、はっきり言って逃げ出したくなったが、まだ愉快犯の仕業ということもあるのでと ―― 


{警備の処刑を?}

{それはクフシノフに命じた}

{では小官はなにを}

{これは本当にあの男(ツェサレーヴィチ)からの手紙なのか、知りたい}


”やめてくれ”


 書記長の手にある手紙 ―― リリエンタールから送られたものならば絶望しかない手紙の「絶望」を確認してくれと命じられたヤンヴァリョフ。

 一縷の望みをかけて預かり両面を見て、


{内容も見てよろしいのでしょうか}

{それはダメだ}


 便箋が入っていなかったので、書記長がそう(・・)答えるのは分かっていたが ――


{封筒だけでは、言い切れません。たしかにこの宛名の文字は…………(ツェサレーヴィチ)だと思うのですが}


 リリエンタールが怖くて、回避するために調べまくったヤンヴァリョフが見ても、リリエンタールの文字に見えるのだが、あの貴種中の貴種がわざわざ直筆で宛名など認めるか? 更に言うならば証拠を残すような真似をするか?


{分からないか?}

{あまりしたくはありませんが、この封筒をストラレブスキーとの連絡員に持たせ、確認させてはいかがでしょうか?}


 書記長は頷き ―― ヤンヴァリョフは折りづらい封筒を二つに折り、胸ポケットに押し込んで執務室を出た。

 すぐに近くの部屋を借り、小隊を警備にあたらせ、


{オデッサ大公と書かれていますね}


 連絡員のヴァシレフスキーに届け、本人かどうかをイワン・ストラレブスキーに確認させ連絡させ指示を出すようピヴォヴァロフに命じた。


{はっきりと書かれているな}


 オデッサ大公とはリリエンタールがルース皇太子の称号と共に授かった大公位で、領地も付随している。リリエンタールが今でもこのオデッサ大公の地位があるため、共産連邦はオデッサ大公領に面している白海を奪うことができず ―― リリエンタールとことを構えたくないヤンヴァリョフとしては、持っていたくもない封筒だった。


{これを同志ウラジミール・ヴァシレフスキー中尉に渡せばよろしいのですね}

{ピヴォヴァロフ、ロスカネフを後回しにしてヴァシレフスキーに同行せよ}

{拝命いたしました}

{ところでピヴォヴァロフは、この封筒の宛名を書いたのは、本人だと思うか?}

{おそらく本人でしょう。内容は?}

{分からん。内容は秘密だそうだ}

{内容を元帥に知られたくないというわけですか}

{だからわたしに出頭するよう命じたのだろう}

{たしかに同志は、この封筒の装飾を見たら、内容を見せろと詰め寄りませんものね}


 マルチェミヤーノフ元帥に聞こうものならば、内容をも……と言い張り、下手をしたら書記長が繋がっていると言い出しかねない。


{そうだ}

{…………同志、これがツェサレーヴィチ・アントン・ゲオルギエヴィチ・シャフラノフの作戦開始の合図だとしたら?}


 リリエンタールの作戦は開始したときには終わっている。気づくのは死ぬ時――罠にかかったことを知らずに死ぬ者も大勢いる。

 ヤンヴァリョフの多くの部下はそうだった――ほとんどの者は何故自分が死んだか、分からぬままだった。


{不吉なことを言う……な}

{ですが、この封筒(・・)が、あなたの手元に向かうことは、想定していたことでしょう}

{それは……そうだ}

{書記長のことも知っているあの人です、内容を教えないことも想定済みでしょう}

{想定している……か。していない筈はないな}

{おそらく内容は金銭に関して}

{なぜそう思う? 同志ピヴォヴァロフ}

{この封筒をストラレブスキーに確認させることを想定しているとします}

{待て、同志ピヴォヴァロフ。なぜストラレブスキーと我々が繋がっていることを}

{もしかしたらご存じないかも知れません。ただこの宛名をツェサレーヴィチの筆跡を知る者に確認させる……そこからおそらく辿れるのでしょう。ただわたしが個人的に思うに、書記長に手紙を送り、書記長が内容を隠した……というところから、金銭面に拘り(がめつい)がある人物だというのは、既に分かっていて、最終確認といったところなのではないでしょうか}


 ピヴォヴァロフが喋っている内容を、ヤンヴァリョフは否定できず、背筋に冷たいものが走る。書記長リヴィンスキーは金に細かく、イワン・ストラレブスキーも金を欲しがる。そして書記長と縁戚関係にあるクフシノフ元帥も ―― クフシノフ元帥に警備の処分を任せたのは、内容を知らせて金の取り分が減るのを嫌って……というのは、一番ありそうな話だった。


{ストラレブスキーが関わっていると知られたら、ノーセロートにいる妻エカチェリーナから簡単に情報を抜かれるかと}

{あの女は何も知らぬはずだが}

{そこは諜報部ですから。この封筒を書記長執務室の机において立ち去った手練れですよ? あんな頭悪い女なんて……なによりすぐに裏切るかもしれません}

{資金源をそんなに簡単に捨てるか? ……いや、あれは世界一の大富豪だったな}

{金も潤沢ですが、あの人は名誉を下さる。元は公爵家の娘で、皇女の後釜として皇太子妃の婚約者となり、ルース皇后に手が届きそうだった女です。想像してください、あの人がエカチェリーナの耳元で”陛下という称号が欲しくないか”と――我らには決して与えることができない、王侯貴族が欲する称号(タイトル)を、あの人は簡単に与えることができる}


 ヤンヴァリョフは額に手を当て ―― やはり庶民には王侯貴族は扱い倦ねると溜息を吐き出す。

 貴族というのは家名や血筋、称号に拘る生き物なのだ。その拘りは、元々持っていない者からすると、変質的で狂信者じみている。爵位に称号に取り憑かれ死んでゆく。

 リリエンタールという男は、それらを簡単に操れる ―― 彼自身が称号(タイトル)そのものだから。


{ストラレブスキーと繋がっているのを知られぬよう、エカチェリーナの元へ向かった場合も、このオデッサ大公アントンの署名はエカチェリーナに昔を思い出させてしまいますね}

{……ストラレブスキーに確認させろ}

{はい}


 ピヴォヴァロフは先ほどのヤンヴァリョフの折り目にそって折り、同じく胸ポケットにしまい部屋を出る……前に、いつになく険しい表情を作り、


{同志ヤンヴァリョフ。わたしが語った内容自体、ツェサレーヴィチ・アントン・ゲオルギエヴィチ・シャフラノフの手の内かも知れませんので、信用なさらぬように。それでは失礼いたします}


 告げて退出した。

 来るな、来るな ―― 口を動かす。声にはしなかった。来て欲しくないという願望すら、口にするのも恐怖。




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