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Eはここにある  作者: 剣崎月
第一章
21/208

【021】至尊の座を狙ったものたち・03

【お久しぶりです、皇帝陛下(コンスタンティン)


 神聖皇帝コンスタンティン二世の前にいるのは、顔を仮面で隠した男。

 名前は通称・ルッツ。


【お……おお……久しぶりだな、ルッツ】


 宮殿の執務室で仕事をしていたコンスタンティン二世。その部屋のドアが開き ―― 廊下に倒れた衛兵たちの姿。

 室内の護衛が剣を抜こうとしたが、隊長が彼らを止めた。

 隊長は「ルッツという仮面を付けた男が近日中に押し入る」と聞かされていたので ―― 隊長は見たこともなければ会ったこともなかったので、いきなり現れたこれがルッツなのか? 自信はなかったが、コンスタンティン二世が「ルッツ」と言ったので間違いではないのだろうと。

 もちろん隊長以下護衛たちは警戒を怠らず、ルッツから視線を外さず ―― ルッツはドアを開けたまま話し始めた。


【伝言です。グレゴール・フォン・ケッセルリングを大陸より直ちに連れ戻し幽閉せよ。三ヶ月以内に完遂せよ。次はない。次に何ごとかがあった場合、グレゴール・フォン・ケッセルリングの監督責任者であるおまえ(・・・)あれ(大司教)も罪に問う。以上です】


 誰から(・・・)なのか? ―― 神聖皇帝は勿論分かっている。

 周囲に控えている護衛たちは分からないが、神聖皇帝に実弟を幽閉しろ、神聖皇帝に対し「おまえ」―― 彼らはあれ(・・)に関して明言はできないが、実弟の監督責任者でもう一人名前が挙げられるとすれば大司教。

 この二人を「あれ」や「おまえ」と呼び捨てることができるのはリリエンタールだけ ―― 彼らはリリエンタールが二人をそのように呼んでいるのを聞いたことはないが、それ以外の人物は思い当たらなかった。


【了承いたしました(・・・・・・)と伝えてくれ。捕らえたあとの報告などは】

【それは必要ないそうです】


 報告が必要ないならば誤魔化せるのでは……などとコンスタンティン二世は考えない。

 ”こちらで監視している”という通告であることくらい、理解していた。


【分かった】

【マンハイム地方の壊れた邸はこちらで直すので手を出すな、とのことです】

【分かった】

【では失礼します】


 ルッツは仕事を終えたと背を向けて執務室を出ていった。


【倒れている者たちの救護に当たれ】


 コンスタンティン二世の命を受け、隊長が部下たちに指示を出す。


【それとあれ(ルッツ)は絶対に追うな】

【もちろんにございます、陛下】


 倒れた兵士たちが医務室に運び込まれ、


【気を失っていただけのようです】


 命に別状はないですよと、コンスタンティン二世に伝えにきたのはフォルクヴァルツ選帝侯。


【フォルクヴァルツ、ルッツはどちらへ向かった?】

【北東です】

【アディフィンに戻るのか?】

【そこは分かりません】

【分からない? おまえがか? フォルクヴァルツ】

【はい。リトミシュルから連絡で、リリエンタールがロスカネフに引き返したとのこと。理由は不明】

【…………】


 リリエンタールは土地にも国にも興味をもたず ―― いままで「引き返す」ということはなかった。


【リリエンタールが何をするのかは分かりませんが、することによってはルッツも必要になるでしょう】


 十歳を過ぎるまで見たこともなかった弟。何度か会ったことはあるが、共に過ごしたことはない。

 一緒に育たなかったので、何を考えているのか分からないと他人に言うが ―― コンスタンティン二世は分かっていた。

 たとえ一緒に育っていたとしても、リリエンタールが考えていることなど一切分からないことを。


【なにをするつもりか……おまえでも分からぬか】


 コンスタンティン二世が、自分はリリエンタールの片鱗すら理解できない、なにをどうしても勝てることはないと認めていることを、フォルクヴァルツ選帝侯は高く評価していた ―― 神聖帝国皇帝(コンスタンティン二世)は充分有能だった。


【分かりません。そうそう、ケッセルリングは捕縛しております。本国へ強制送還ということで?】


 だから(・・・)フォルクヴァルツ選帝侯はコンスタンティン二世のために働くのは、嫌いではなかった。


【幽閉せよと命が下ったので、早めに頼む】


 諜報を一手に担う優秀な外務大臣であり、次期皇帝にしてリリエンタールを理解できる数少ない天才 ―― よくこれほどの男が自分の下につき、わざわざ大臣などという役職についてくれるなとコンスタンティン二世は常々思っていた。


【分かりました。幽閉先は南の塔にしましょうか】


 宮殿の南の塔はもともと王族の幽閉場所。厳重な三重扉が収容された王族の逃走を阻止する。


【それしかないか……はあ】


 神聖皇帝はやれやれと頭を振り、実姉のアディフィン王妃に手紙を認め ――


アディフィン(リトミシュル)行く(会う)のであろう? フォルクヴァルツ。ついでに届けてきてくれ】

【拝命いたします】


 手紙を受け取ったフォルクヴァルツ選帝侯は、その足で神聖帝国を出た。


**********


 リリエンタールから命を受けたアイヒベルクはルッツを伴い蒸気機関車を走らせ、神聖帝国のマンハイム地方に入りラヒェンド邸から目的の人物を確保し ―― ルッツは伝言を届けるために神聖帝国の首都へ。

 アイヒベルクは目的の人物を連れて、風の如くアディフィン王国の首都へと引き返す。

 捕らえられたのは男 ―― フォルズベーグ王国のヨリックを騙したのはこの男だった。

 女装してヨリックに近づいていた。グレゴールが女装して対象に近づくよう指示していた。その理由は「自分は女を使わないから、バレない」との考えだが ―― グレゴールの性格上、女を部下にするのはあり得ないことを皆知っているので、ヨリックに近づいたのはどれほど女性らしかろうとも男だと分かっていた。

 捕まった男はアイヒベルクに剣を突きつけられ腰を抜かす程度(・・)


【ハインリヒ、処置を】

 

 アイヒベルクはアディフィン王国で研究生活を送っているシュレーディンガーと助手たちも帯同させていた。

 目的を果たし、来た時以上の速さで引き返す車中、異母兄弟はいつものやり取りをする。


【分かりました】


 捕まった男は何をされるのか分からなかったが、処置という言葉に言いしれぬ恐怖を覚えた。

 捕まった男がされた処置だが、下剤を与えられ、食事代わりに砂糖と塩を溶かした水だけを与えられることで、体の中から全てを出しておかないと、リリエンタールの御前に引き出した際、緊張と恐怖で漏らすものがおおく ―― 不快感を少しでも減らすためにと、シュレーディンガーが編み出したのだ。

 最初それを聞いた時、アイヒベルクは「おまえが人体実験したいだけでは……」と思ったが、この時代、罪人を人体実験に使うのは普通のことなので許可を出したところ、謁見の間が汚れなかったので、それ以来採用していた。



 リリエンタールの奇策を実現できる行軍速度を出せる、数少ない将軍アイヒベルク。その彼が本気を出した結果、リリエンタールがロスカネフ王国に引き返す前日 ―― クローヴィスとランチを楽しんでいる時に、目的の男を連れてアディフィン王国首都に戻ってきた。

 軍の大半はルッツに与え、そのまま神聖帝国に向かったため、アディフィン国内では進軍したままだが、本隊はアディフィン国王が帰国したリトミシュル辺境伯爵に尋ねる前に、目的を果たし戻ってきていた。


 リトミシュル辺境伯爵は国王から話を聞いた後、大統領から「アイヒベルクと最終日に会った」と聞き「王都から隣国のマンハイムで人を捕まえて引き返すくらい、リーンハルトなら一週間はかからんな」と ―― 事実その通りだった。


 男は車中での処置で、体内からほぼ全てが排出され、アディフィン王国に到着後、体を洗われ、


【そろそろ御前に】

【わかりました】


 リリエンタールの前に連れ出される直前に尿道にカテーテルを刺され、全ての尿を強制的に排出されてから、全裸のまま ――


<あの娘にはどんな宝石が似合うであろう>

<どんな宝石でも似合うと思いますよ。っていうか、あの娘さんに似合わない宝石ってないでしょ>

<そうだな。だが、どんな宝石でも負けるとおもうのだ>

<それはありますね>


 リリエンタールと執事が話をしているところに、


【閣下、失礼いたします。マンハイムの男を連れて参りました】


 アイヒベルクは報告し、男をリリエンタールの前に引き立てた。男はリリエンタールに一瞥されると、


<情けない>


 執事が苦笑するほど縮み上がった。

 闇夜より暗いリリエンタールの瞳が男を映し、なにも言葉を発することなく「下がれ」と手を振り ―― 男は普通に食事を与えられ連れて行かれ、面通しということでフォルズベーグでヨリックと会った。


**********


 ヨリックは「あの女がこの男……」と驚き、男と自分が会った女が同一人物だと言い切れないと答え ―― 男と同じ処置をされていたヨリックは、リリエンタールの前に出された。

 男と違うのは服を着ることを許されていたこと ―― 男は格闘訓練を受けていたので、念のために全てはぎ取られたが、ヨリックには経験がないのでそこまで危険視されなかった。


|きさまが……か。聞けばブルーキンクが滅ぶのを望んでいるそうだが。それは誠か?|


 ヨリックは頷くのが精一杯だった。


|良かろう|


 何が”良かろう”だったのか ―― リリエンタールと会った翌日「王族(・・)暗殺未遂犯」グンナル・イェーガーとその家族や親族が、広場で一斉に絞首刑になった。

 その数二十八人。

 ヨリックは自分が持ちかけた結果(・・)を目の当たりにして、往来で吐いた。他にも同じように見に来て吐いているバカがいたので目立たなかった。


|大丈夫ですか|


 膝をついていたヨリックに声を掛けたのは神父 ―― ヨリックをずっと監視している人物だった。

 神父はヨリックの腕を強く掴み、


|この程度で嘔吐してどうするのですか。あなたが望むフォルズベーグ(ブルーキンク)の滅亡が訪れたら、こんなものでは済みませんよ|


 耳元で囁く。

 ヨリックは嘔吐を堪えながら口を開くも、


|ああ、言っておきますけれど、あの人が作戦開始を命じたら、もう終わりなの。今更あなたが止めてといっても無理……ではないでしょうね。あの人ならば止められますけど、それ以外の人は無理。たとえルースの兵が百万投入されたとしても、もう止まりません。あなた、この地上に存在する唯一の、聖なる化け物に自分の国の滅亡を願ってしまったのですよ。普段は叶えてくださらないのに……運が良かったですね。もちろん、心から思ってはおりませんけれど|


 止めて欲しいと言おうとした口はそのまま ―― そしてヨリックは王族が無惨にも殺害されるシーンをも目撃することになる。



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