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Eはここにある  作者: 剣崎月
第三章
208/208

【207】君が最後に見るのは、わたしではないわたし

 中央駅近くのアパートの一室。


 デニス・ヤンソン・クローヴィスが中央駅前で

 女らしき人物に話し掛けられた

 その女らしき人物からは諜報に関する訓練を受けた形跡が見てとれた

 相手の目的・出方が分からなかったので様子を伺う

 二人にできるだけ近づき会話を盗聴

 会話していたのが中央駅前だったため建物から読唇をおこなった

 盗聴と読唇のすり合わせをおこない合致した会話を書き起こす――


「近くの郵便局の場所を尋ね、その場で別れた……と」


 この部屋で書かれた、デニスに関する報告書をオースルンドから受け取ったテサジーク侯爵は一通り読み上げ、


「何ごともなくて良かった、良かった」


 そう言いながら机に乗っているインクが少し入っているボウルに報告書を乗せ、そこに更にインクを注ぎ、報告書を濃紺に沈めた。 


「はい」


 デニスには十五人のメッツァスタヤが専任でついている。

 もちろんクローヴィスの事情を知っている、ごく限られたメッツァスタヤの中からこれだけの数を専任にするのは、相当思い切ったことなのだが、トップのテサジーク侯爵はそれだけの人数をデニスに割いた。

 デニスがそれだけ重要ということもあるが、デニスはクローヴィス一家で、もっとも自由に出歩く――成人した独身男性なので、行動は自由。

 さらに姉クローヴィスの事情を知らないので、特に気にすることなく、気が向くままフラフラと。

 ほとんどが駅や線路なのは分かるのだが、範囲が広いうえにどこに行くのか、見当も付かない……とも言っていられないので、オースルンドが必死に鉄道に関して勉強しているが、いまだに「あたり」をつけられないでいた。


「皇妃はこの蒸気機関車君と、本当に仲がいいからさ。本当は十五人でも足りないと思ってるんだよね」


 十五人では足りないという意見にオースルンドも同意だが、メッツァスタヤとしてはこれ以上は割けなかった。

 「幾らでも用意できる」と言い、実際用意できるリリエンタールが十人ほどデニスの護衛の為に人を配置している。

 当初リリエンタールはデニスに常時(・・)十人を側に配置すると言ってきた。十五人で回しているメッツァスタヤよりも、余程強固な守りを固めることができる。

 なにより効率を考えれば、リリエンタールに全て任せたほうが確実であり、正しくあり、完璧だ。だが――


 ロスカネフ国内でロスカネフ人を守るという点において、他の国の諜報員に遅れを取りたくはない――唯の感情でしかないのは分かっているが、どうしても譲れなかった。


「蒸気機関車君……」

「彼のことを知っている女性士官の多くは”蒸気機関車君”だねえ。皇妃と士官学校が被っている士官たちは鋼索鉄道の少年呼び。最近、本部で見かけるようになって鋼索鉄道の青年とか、鋼索鉄道准尉とか呼ばれてるけど」

「本当に好きなようです」


 副官時代、クローヴィスから「弟は蒸気機関車好き」だと聞いていたオースルンドだが「聞いた話も凄かったが、あれで随分と話題を選んでいたなんて、思いもしなかった」としか言えなかった。


「接触目的はなんだと考える? ホーコン」

「総司令官でしょう」

「だよね」

「まさか鉄道閣下(デニス)が何度も総司令官に会っているのに、全く覚えていないなどとは、フロゲッセル側は、思ってもいないでしょう」


 フロゲッセルとマチュヒナは、リリエンタールを戦争の矢面に立たせ、同時にキースを手中に収めるという目的を捨てていない。

 その為にはどちらかに近づく必要があり――キースに様々な感情をいだいていなくとも、彼を選ぶのは当然。


「そうだねえ。でも皇妃の直属の上司じゃなかったら、蒸気機関車君はアーダルベルト君のこと、微塵も覚えてないだろうけど」

「それは、それで……」


 ”どうなんだ?”とホーコンは思うが、当のキースが聞けば「軍に興味がないなら、そんなものだろう」くらいで、特に問題にもしない。


「蒸気機関車君に接触しているフロゲッセルなら、確実に捕らえられるけれど、それでマチュヒナが何かを感じ取って、蒸気機関車君に纏わり付いたら困るから、またの接触がないように見張るしかできないね」


 マチュヒナとフロゲッセルを比較すると、マチュヒナのほうが全ての能力において勝っている――デニスはさほど注意しなくてよいと判断し、フロゲッセルが話し掛けたと考えるのが妥当だった。

 マチュヒナに関しては残党を探るために、もう少し放置しておくというのが、リリエンタールの考えなので、彼らもそれに従っていた――もっともリリエンタールは、マチュヒナとパルシャコフを含む死者から、大方のあたり(・・・)はついており、潜伏先も予想がついている。


「親衛隊隊員に接触は?」

「今のところ、ないみたいだよ。そうは言っても、ロスチスラフ君の手下の手下の見張りだから、どこまで信用できるか」


 隊員たちが非番の見張りはアンブロシュが取り仕切る、組織の者たちに命じている。もちろん隊員を見張れというのではなく、隊員に近づき身を持ち崩すような真似をさせないよう、配慮しろという指示で、そんなことをしている者がいたら、すぐに連絡するよう命じていた。


 また娼婦に関しても、組織の管理下にいる者以外は近づけないよう――これはレックバリの愚行が判明したあと、更に注意を重ねることができた。とくにアンブロシュから厳重注意を受けたボスたちは、管理下にない娼婦を近づかせないよう細心の注意を払うよう指示を出す。

 少し目端の利く者――幹部に準ずる者たちは、総司令官の側仕えに、変な女が近づいたら問題になる……というより、それをネタに組織が潰されかねないと考え、かなり注意を払っている。彼らは違法行為で生きていることを、目こぼしされているだけの存在であることを、しっかりと自覚している。

 そして自分たちが「テサジーク侯爵によって」簡単に消されることも――暴力や毒で太刀打ちできる相手ではないことを、彼らは理解している。

 殺害されるだけならばいいが、成りすまされる恐怖というものも。


 親衛隊隊員たちはそんな非合法な組織による注意だけではなく、リリエンタールによる監視がついている。


 リリエンタールはデニスの護衛や親衛隊隊員の監視について、当人が所有している諜報部員たちに「どのように」動かしているのか? ――彼らには、クローヴィスとの結婚については教えていないので、何故?……となりそうなものだが、もともとリリエンタールの命令は、分かり辛く、後になって自身の使命が「このように使われたのか……」と分かれば良い方で、なにをどうしたのか、全く分からないまま終わることのほうが多い。

 基本的に「全容」はリリエンタールしか知らず、彼ら(ザメーニス)はリリエンタールに質問できる立場ではない、ということもあり、特になにも疑問を持たずに動いていた。


 事実が明らかになった後でも、彼らに説明はないが、妃の近親者の護衛に付けられたという事実は、彼らにとって誇りになる――


「リヒャルトが苦手とすることなんて、ないんだけどね……ああ皇妃が絡むと苦手……でもないか。あれで上手くやっているようだし。そうだ、そろそろ出張中の皇妃に会いに行く頃だね」


 戦争目前のため、休暇中のキースの護衛を担当しているクローヴィスの所へと足を伸ばす。その為に、リリエンタール自ら準備を行っている。


「双頭の鷲には大将閣下が従うそうです」

「リーンハルト君を従卒扱い? まあ、リヒャルトの部下だから、いいけど」

「なんでも、辺境王と哲学皇太子から”自分たちは馬鹿ではない”と伝えて欲しいと頼まれていたそうで」

「頼まれていた(・・)ってことは、随分前ってことだよね……あの国際会議の時かな?」

「そのようです。ただ皇妃と面会する機会がなく、説明できなかったので、この機会を逃してはならないと考え、代わってもらったそうです」


 アイヒベルク伯爵としては、自らの戦死の可能性を考慮し、絶対に戦争前に伝えなければという、いかにも軍人らしい考えで。


「相変わらず真面目だね、リーンハルト君。彼なら、真剣に伝えなくても平気なことくらい、知っているだろうに」

「そうだとは思いますが、真面目な人ですから」

「皇妃が緊張しそうだね。”大将閣下をお供ですか?!”みたいな感じで」

「わたしたちからしますと、大将閣下よりも皇妃に会いに行く双頭の鷲のほうが……」

「人を呼びつけて会わないどころか、城にも通さないのが当たり前の皇帝が、事前に計画書を提出して許可を取って、自ら足を運ぶんだから、それはもう凄い見物だよ。リーンハルト君やシャルル君からその話を聞いたら、あの三人は喜ぶだろうね。わたしも、たのしいけど……そう、たのしいんだよね」


 インクを注がれたボウルと、報告書だったことも分からなくなるほど染まった紙――そして二人は部屋をあとにした。


 その日のうちにリリエンタールから「あの女は二度とヤンソン・クローヴィスに接触することはない。お前ならば分かっているだろうがな、フランシス」という手紙が届いた。

 マチュヒナとフロゲッセルは、疑似恋人(ハニートラップ)になる手段をよく使う。とくにフロゲッセルは、疑似恋人(ハニートラップ)以外は得意ではなく――デニスに声を掛けたが、全く脈なしだということに早々に気付き、これ以上深入りしないことを決めた。


「彼を落とすのは、難しいからね。相手が悪かった。そしてリヒャルトに殺害されなくて良かったよ……アーダルベルト君に近い無能のわたしに、そろそろ声を掛けてくれないかなあ。待ってるよ、国賊」


 テサジーク侯爵はアパートの一室でそうしたように、インクに浸して文字を消した。

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