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Eはここにある  作者: 剣崎月
第三章
207/208

【206】広がる罠

 クフシノフを戦争にて殺害する――リリエンタールが決定し策を与え、アイヒベルク伯爵が資金や兵の調達などを行う。


 リリエンタールはその資産から戦争の準備に関して「採算は度外視」が可能だが、現実的には「限度額」というものが存在する。

 それはリリエンタールの資産の動きは、経済に直結していることが上げられる。

 リリエンタールとしては、自らが治めている領地の周辺国の(・・・・)経済が破綻したところで、どう(・・)ということはない。

 たしかに今までは「それら」が起こったあとの面倒を回避できるよう資金を決めていたが、今回は周辺国が(・・・・)どうなろうと、リリエンタールにとっては気にならない。

 破産し国家が立ちゆかなくなったのであれば、吸収合併くらいしてやる(・・・・)――


 リリエンタールの考えはそう(・・)だが、アイヒベルク伯爵はそこまでの額を動かすつもりはなかった。


 それは資金の流れで破滅するのを最小限にしようという考えからではなく、アイヒベルク伯爵が動かせる限度から逆算すると、そこまで使えないだけのこと。


 リリエンタールならば、植民地を全て含めたブリタニアス君主国を吹き飛ばす程の金を使って戦争するのも簡単だが、アイヒベルク伯爵はそれほどの金額を使い、戦争の準備をし戦うことはできない。


 もちろんアイヒベルク伯爵が今回の戦いに動かす金額は相当なものだが、共産連邦の元帥の一角を始末するのものとしては、随分と慎ましいものだった――それだけ戦争慣れし、戦争上手だということでもあるのだが。


**********


 クフシノフを討つのに使用する軍の中核は傭兵――アイヒベルク伯爵は、この作戦に向いている傭兵団に連絡を取り、ロスカネフ王国に来るよう伝えた。


 ”一応”名の知れた傭兵団の代表者たちなので、普段であれば依頼する側が人を派遣してくるのだが、今回はそれらの依頼者とは桁が違うので、全員素直に従った。


 呼ばれたのは六つの傭兵団の代表――どの団も、団長と交渉契約担当者に護衛数名というグループで、ブリタニアス君主国から出ている直通便でロスカネフ王国を訪れた。

 船内にブリタニアスの諜報員らしき人物を見つけ「あれ? あいつ等はもしかして……なにを運んでいるんだ?」と気になった者もいたが、特に声を掛けたりはしない――下手に声を掛けて、証拠隠滅とばかり殺害される恐れもあるので。


 ロスカネフ王国に到着した彼らは、各自が借りたホテルにチェックインし、少し情報を探るなどしてアイヒベルク伯爵との面会に臨む。

 彼らは王侯から直接依頼があるほどの傭兵なので、フルオーダーメイドの正礼装を着こなし、社交場でのマナーも問題ない。

 一目見ただけでは傭兵とは分からないどころか、貴族にしか見えない者もいる――実際、数名は元は貴族で、家督を継げないので傭兵になったものや、スリルを求めて傭兵になった者もいる。


 傭兵団が家督を継げない貴族を迎え入れる大きな理由として、基本戦争というのは、上流階級によって引き起こされることにある。

 戦争を起こすので、兵力が欲しい……となった時、貴族と繋がりのある傭兵団は、コンタクトが取りやすい。


 そういった「顔なじみ」には重要な仕事が回ってくることも多く、雇用する側、される側の双方に利点があるため、貴族はそれなりに需要があるのだ。


 ロスカネフ王国にやってきた、よく国から声がかかる傭兵たちは正装に着替え、指定された場所――モルゲンロートホテルのスイートルームにやってきた。

 顔を合わせた六つの傭兵団の責任者たち。彼らは自らの実力に自信があるので、他に五つもの傭兵団に声がかかっていることを――呼び出した相手がアイヒベルク伯爵でなければ、不満に思い話を聞かずに退出していただろう。

 だが呼び出したのアイヒベルク伯爵だったので、全員ソファーに腰を降ろし――


<クフシノフか……>


 聞かされた仕事内容は「共産連邦の元帥クフシノフと戦う」という、普通ならば正気の沙汰としか思えない内容だった。

 どこの傭兵団も顔を見合わせ――


<詳細を聞いても?>


 一人の交渉契約担当者が口を開く。


<答えられる範囲ならば>


 ”それはそうだろう”と誰もが思いながら、耳を澄ます。


<この度の作戦は、伯爵の背後に掲げられた旗の主が立案なされたのか?>


 アイヒベルク伯爵の背後には、シャフラノフ朝の双頭の鷲の旗が掲げられていた。


<もちろん>

<それならば、わたしたちが死んだとしても、負けることはないというわけか>


 彼らも傭兵なので、死ぬのは嫌だが覚悟だけはできている。ただ、出来ることなら戦死したとしても、結果は勝利側についていたい――リリエンタールの作戦で、指揮官がアイヒベルク伯爵ならば、それは約束されたも同然だと、交渉役は頷く。


<そうなるな。生き残りに関しては、各自で努力して欲しい>

<こちらが生贄になるような作戦ではない? と、受け取っていいのか?>

<ああ。クフシノフ相手に、そこまでの策を弄する必要はない。もちろんクフシノフを甘く見ているわけではない>

<それは、分かります>


 何度か仕事を引き受けているので、アイヒベルク伯爵の性格は彼らも知っている――その後、料金などの契約についての話し合いに。

 リリエンタールは金払いがよく、武器等の用意も万全で、


<持ち帰ってよい>


 使用した武器の持ち帰りも許可した。


<横流ししてもいいと?>

<好きにして構わないが、すぐに売るのではなく、少し待ったほうが高値が付くだろうな>


 アイヒベルク伯爵の含みのある言葉に、この戦いが終わっても、すぐにまた争いが起こり、傭兵を雇う国が現れるらしいことは、この場にいる誰もが推察できた。


<また双頭の鷲が雇ってくれるのか?>

<生き残ったら、奏上しておこう>


 このような流れで、集合の期日と場所だけが教えられた。その日まで作戦を口にしないだとか、隠れて移動しろなどの規約は一切ない――情報漏洩されようが、軍隊を展開する地点を推察されようが、指揮官のアイヒベルク伯爵にとってはさほど問題ではない。彼は一環して「したいように、するがいい」


 傭兵たちも、自分たちがクフシノフに情報を売って、戦場へはいかずに逃げようがアイヒベルク伯爵や、その他の将校たちが困ることなどないこと、なによりリリエンタールに対し、背信行為を行ったあと生きていける国が、この地上にないことを知っている。


 最低限以下の誓約書をかわし――いつもならば、そのまま解散になるのだが、アイヒベルク伯爵から、酒の誘いとともに、幾つかの頼まれごとをされた。


 その一つが、アイヒベルク伯爵やリリエンタールと交流ある、邦領君主の領地に傭兵を派遣して守って欲しいとのこと。

 この二人と知り合いの邦領君主の国は、他の邦領とは桁違いに栄えており、戦争が始まり物資が不足した場合、近隣諸国の飢えた民が盗賊となって物資の強奪に来る可能性が高い。


<紹介状さえいただければ、小隊を派遣するが>

<用意している。あと、もう一つ邦領に傭兵を送ってほしい。こちらは、知り合いの傭兵で構わない>


 アイヒベルク伯爵が続いて名を挙げた邦領君主だが、傭兵たちは心当たりがなかった。先の邦領君主はリリエンタールとの関係が深いこともあり、邦領君主たちの間で「侯王」と呼ばれていることもあり、一度も雇われたことのない傭兵たちも、その名前だけはしっかりと覚えている。


<そういえば、その邦領君主はあの名家のご子息(マンハイムの男)と、大学が同期だったな>


 次に名が挙がったのは傭兵たちの雇用主になったこともない邦領君主だったが、貴族出身の傭兵の一人が「繋がり」を思い出した。

 アイヒベルク伯爵が名を挙げた邦領君主は、マンハイムの男と共に大学で学んだ仲――ただ今、クローヴィスのデビュタントのために、大陸を走り回っているマンハイムの男と再会し、手伝う代わりに金を貰い、来たるべき戦争のための準備に奔走していた。


マンハイム(それ)の他に、ボナヴェントゥーラ枢機卿からも傭兵の一団を送って欲しいと依頼されたので。費用は言い値で出す>


 いきなり登場してきたボナヴェントゥーラ枢機卿の名に彼らは驚いたが、枢機卿(これ)絡みの話は、あまり深く聞かないほうが良いと即座に判断し――邦領君主国の言葉が分かる者たちのみで構成されている傭兵団に、声を掛けることを約束した。


<これがボナヴェントゥーラ枢機卿からの依頼状だ。ロスカネフ王国まで来るのが面倒ならば、枢機卿のところに報酬を貰いにいくように……まあ、面倒ならばフォルクヴァルツ選帝侯やリトミシュル辺境伯爵でも構わない>


 ロスカネフ王国までやってくるのは、たしかに面倒だが、アイヒベルク伯爵が挙げた三人から金を貰うほうが遙かに面倒くさいな……と全員の気持ちが一致した――彼らは吝嗇(けち)ではないどころか金払いがよく、身分などに囚われないのだが……とにかく面倒。


 リリエンタールですら「はぁ」と溜息をつくような彼らだ。そんな彼らに会って会話するくらいならば、ロスカネフ王国に足を運んで金を受け取るだろうなと、これまた全員の考えが一致した。


 こうして戦争の契約を終え、傭兵たちは各自ホテルへと戻っていった。六つのうち二つの傭兵が、同じホテルに泊まっていたのだが、


――テサジークのホテルだから、変えたほうがいいと……


 そのホテルはテサジーク侯爵の定宿で、多くのメッツァスタヤが頻繁に出入りしているので、変えたほうがいいのでは? とアイヒベルク伯爵は思ったものの、


――もう遅いか……キースに情報が伝わると思えば悪くはないか


 テサジーク侯爵が外国籍の傭兵団の上層部に、気付いていないということはないだろうということで、何も言わないことにした。


――それはそれとして、マンハイムは一体何をしているのだ……


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