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Eはここにある  作者: 剣崎月
第三章
199/208

【198】金色の草原の菩提樹の下で戯れる

 ロスカネフ王国に密入国し、そのまま共産連邦へと抜けていったフォルクヴァルツ選帝侯の一行。同行したくもないのに一行に加えられ、同行するハメになったゲイルたちだが、目的地が違うので途中で別れ、彼らはそのままダイヤモンド鉱山へと向かった。

 フォルクヴァルツ選帝侯と共に行動していたほうが、安全なのだが、


<あースッキリした>


 ゲイルは危険と隣り合わせの解放を喜んだ。


 共産連邦国内で、書記長のリヴィンスキーと遭遇しても「易々と」帰国できる術を持っているフォルクヴァルツ選帝侯は、ゲイルと別れたあとピヴォヴァロフに必ず会える場所――大聖堂へと向かった。

 その大聖堂は今は大聖堂として機能していないが、大宮殿内の一施設として破壊されることなく、またうち捨てられることなく手入れされ、維持され続けている。


【手入れが行き届いているな】


 ルース帝国時代、大宮殿を訪れたことがあるフォルクヴァルツ選帝侯は、自身の母国では見ないタイプのイコンが描かれた大きな柱に触れる。


【もうじき、来ます】


 落ち着いているフォルクヴァルツ選帝侯に、ピヴォヴァロフがこちらに向かっていると報告してきたのはハーゲン。

 彼らは共産連邦の軍服を着用して、ここまで入り込んだ。現在、大宮殿は共産連邦本部として使用されている――周囲は全て敵だらけの場所にいた。


【そうか。お前たち、絶対に動くなよ】


 ハーゲンの言葉を聞きながら、フォルクヴァルツ選帝侯はイコンを見上げる。


【ですが、閣下】

【お前たちじゃ、手も足もでない。レニューシャ(ピヴォヴァロフ)は強い】


 振り返らず命じる。

 彼が伴った諜報員よりも、ピヴォヴァロフは遙かに強い。

 そして、


【久しぶりだな、レニューシャ(ピヴォヴァロフ)

  

 両手を開いて大聖堂に帰宅(・・)したピヴォヴァロフを出迎える。

 突如現れたフォルクヴァルツ選帝侯に、ピヴォヴァロフは表情を変えず――すぐに戦闘態勢になり床を蹴って肉薄しパンチを繰り出す。

 躱しきれなかったフォルクヴァルツ選帝侯が、祭壇へと飛ぶ。


【閣下!】


 ピヴォヴァロフの動きが速すぎ、反応できなかった護衛の一人が声を上げるが、それらを無視してピヴォヴァロフは祭壇で仰向けになっているフォルクヴァルツ選帝侯の元へと駆け寄り、祭壇に飛び乗り襟首を掴み拳を振り上げる。


{初めまして、閣下}


 その拳を振り下ろそうとした時、


【ヤンヴァリョフを巻き込まないか?】


 ピヴォヴァロフの拳が止まり、ヴィクトリアを含む数多くの女性を落としてきた、クローヴィスが嫌う偽物の笑顔とは違う笑みを浮かべる。

 もちろんその笑みに爽やかさなどはない。だが禍々しさもない。言葉で表すのならば、仮面のような作り物のような「かたち」――ピヴォヴァロフは握っていた拳を開くと、まだ仰向けになっているフォルクヴァルツ選帝侯の首を掴む。

 救助のために動こうとする部下たちを手で制し、


【オディロン・レアンドルを知っているか?】


 話を聞く体勢になったピヴォヴァロフに――近くで見ている部下たちには、まったくそう(・・)は見えないが、正面から見て、首に手をかけられているフォルクヴァルツ選帝侯は、はっきりと感じ取った。


{知りません}

【そうか。話を戻そう。元帥のセリョージェニカ(ヤンヴァリョフ)を巻き込むぞ】

{返事をしていないのですが}

ネスタ(書記長)が呼ばれたんだろう?】

{さあ?}

【きっとセリョージェニカ(ヤンヴァリョフ)は止める。あいつはネスタ(書記長)を殺してでも止める】

{そうでしょうね}


 ピヴォヴァロフは首を傾げ、軍帽が薔薇色の絨毯が敷かれている床に転がり落ち、しっかりと撫でつけられていない黒髪の一房がはらりと零れ落ちる。


【つまらないだろう】

{つまらないと言われましても。そもそも、書記長と元帥たちが手を組んだところで、つまらなさは変わりませんが。この国の全軍が一斉に攻撃を仕掛けたところで、ツェサレーヴィチに勝てるとお思いで?}


 ”勝てるとお思いで?”の所で、ピヴォヴァロフは膝をフォルクヴァルツ選帝侯の肋骨の上に乗せる。返答を間違えば、そのまま肋骨を折って心臓を串刺しにする。


【無理だろうな】

{お解りで良かった}


 そうは言ったが、肋骨から膝を除ける気配はない。


【勝敗の話をしているのではない。面白くしないか? という話だ】


 急所を完全に押さえ、何時でも殺せる体勢――客観的には生殺与奪を握っている状態のピヴォヴァロフだが、ピヴォヴァロフ当人は握っているという気持ちはあまりなかった。


{……あなたの誘いに乗るのは危険なので、殺してもいいですか?}


 祭壇に仰向けになり、共産連邦の将校服をまとい、両手足を放り出しているフォルクヴァルツ選帝侯なら、ここから起死回生を仕掛けてくるくらいのことは出来る――強さでは遅れは取らないが、交渉事ではこのフォルクヴァルツ選帝侯に遅れを取ることは、分かっていた。

 なので殺害しようと、膝に力を込める。


【話を聞いてからでも、遅くはないだろう】

{遅いでしょう?}

【そんなことはない。周囲を見てみろ。お前一人で、どうとでもできる強さのしか(・・)連れてきていない】


 フォルクヴァルツ選帝侯が言う通り、ピヴォヴァロフは彼らをすぐに殺害することができる。

 なので話を聞いてもいい……と思わせる策であることにも気付いている。


{そうですね。でもそれと、これとは別なので}

【いま、お前がわたしを殺害しても、意味がないぞ。そのくらいのことは、分かるだろうレニューシャ(ピヴォヴァロフ)

{死に意味を求めてはいませんので}

【話が合うな、レニューシャ(ピヴォヴァロフ)。わたしも死に意味はないと思っている】

{ならば静かに死んでください。あなたの部下たちもすぐに送って差し上げますから}

【チャズロフの行方を知りたくないか?】

{チャズロフ? ガヴリイル・ゲオルギエヴィッチ・チャズロフのことですか?}

【そうだ。マトヴィエンコが持ち出したルースの財宝の在処を知っているかも(・・)知れない男】

{わたしは財宝に興味などないので}

【国家保安省のルカ・セロフの経歴を使っているから、お前でも見つけられないのだ、レニューシャ(ピヴォヴァロフ)

{……おい、それは本当か?}

【わたしが本当のことを言うと思うか? ルカ(・・)セロフ(・・・)


 ピヴォヴァロフはフォルクヴァルツ選帝侯に乗せていた膝を退け、首から手を離し、


{……で?}


 祭壇から飛び降りる。フォルクヴァルツ選帝侯も飛び起き、祭壇から身軽に降りる。


【ルカ・セロフを名乗っているガヴリイル・ゲオルギエヴィッチ・チャズロフを殺害したいか?】

{ただのルカ・セロフではなく、わたしのルカ・セロフを使っているのならば、わたしには殺す権利がありますから}

【そうか】

{その為には、ヤンヴァリョフ元帥を動かさなくてはならない……とは仰いませんよね?}

【ああ。それは交換条件にならないからな。というわけで、お前にとっては興味のない、ルース帝国の失われた金塊について教えてやろう。それはロスカネフ王国のブランシュワキ城にある】

{ブランシュワキに?}


 フォルクヴァルツ選帝侯に駆け寄ったハーゲンの動きが、思わず止まり、周囲の者たちもピヴォヴァロフと同じく驚く。


 そんな彼らにフォルクヴァルツ選帝侯は、


【当時のルース皇帝が、息子の嫁に隣の弱小国の王女を選んだ理由だ】


 当時の戦争が得意ではないルース皇帝が、最終手段として選んだ奪還方法を教え――そこにいた者たちはピヴォヴァロフを含めて、ルース側が婚姻関係を結んだ理由をすんなりと納得した。


 ブランシュワキ城はクローヴィスも言っている通り、ロスカネフ王国が建国以来の領土の一部をルース帝国に奪われていた時期に建てられた城。

 その後、ロスカネフ王国は領土を取り戻すが、ブランシュワキ城のその見事さから取り壊すことはせず、そのままロスカネフ王家の離宮として使われている。

 

【国がごたごたしている時に人員を用意して運び出した……よりも、領土を所有していた時に運び出したほうが自然なのは、言うまでもない。資材もルース本国から運んでの建築だ】


 ルース帝国から見て支配地域に建てられたブランシュワキは、当然ながらルース帝国の領土に隣接している。

 なのでルース帝国側から物資を運び易く、実際、物資のほとんどはルース帝国国内から運び込まれた。この辺りの資材の流れや建築に関することは、調べれば簡単に分かること――ピヴォヴァロフはヴィクトリアと

密会する際に、隠し通路などを確認するために、事細かにブランシュワキ城内を調べ、足を運んだ事もあるので、資材がルース帝国からもたらされたというフォルクヴァルツ選帝侯の言葉に、嘘がないことは分かった。


{マトヴィエンコは罪を被せられた……ということか?}

 

 ただブランシュワキの何処に金塊が隠されているのかまでは、ピヴォヴァロフも、協力者だったクリスティーネも、そしてマチュヒナも知らない。


【それで、わたしの話を聞く気になったかな? レニューシャ(ピヴォヴァロフ)

{貴方にレニューシャと呼ばれたくはないのですが}

【それは奇遇だな。わたしも、お前のことをレニューシャと呼びたくなかったのだ】


 ”勝手に呼んでた……”と思うと同時に”そういう人だよな”と――この時、ハーゲンたちとピヴォヴァロフの心は僅かな時間ながら一致した。


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