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Eはここにある  作者: 剣崎月
第一章
107/208

【106】箱庭が綻びる時/03

 クローヴィスの両親とリリエンタールの顔合わせが終わったあと――驚き気を失いかけた継母の体調を慮り、クローヴィスが付いて少し休憩を取ることになった。

 その間、父親は別室で、


「リリエンタール閣下から、譲っていただきました」


 キースと二人きりで会うことに。


 キースが言ったとおり、リリエンタールはクローヴィスの父親と会おうとしたのだが、キースが「これ以上、善良な市民の精神に、負荷を掛けるのはお止めいただきたい」と止め――テサジーク侯爵もキース側についたので、一端は諦めることにした。

 もちろんすぐに引いたわけではなく、


おまえ(キース)は総司令官という、物々しい地位についているが、わたしはなんの役職にもついていないから、威圧感はないと思うが」

「なんの役職にもついていないのに、選定の場にいても、誰も疑問を持たないあたりに、ご自身の地位の高さを理解すべきです」

「おまえのように、疑問を持っている者は、大勢いると思うが?」

「あなたは、疑問もなにもかも、粉砕してしまう血筋と経歴がある。殿下と侯爵とあなた(皇帝)わたし(庶民)。この中では、わたしがもっとも話しやすい相手ですし、緊張を解すのに丁度よい。といいますか、クローヴィスはわたしの部下です。そしてクローヴィスはわたしの部下として、国外へ赴くのです」

「…………」


 そんなやり取りを経て――普段であれば、強引にでも物事を進めるリリエンタールだが、クローヴィスの両親に疎まれては困るので、キースに譲り、


「クローヴィス卿の都合がよい時にでも……予定を尋ねるか」

「うわー。あんたが他人の予定を聞くとか、信じられない。枢機卿(イヴァーノ)を呼び出しておきながら、”すぐに帰れ”と命じる人間と、同一人物とは思えない」

「イヴァーノだからなあ」

「たしかにイヴァーノなんだけどさ」


 両親との面会が心配でついてきた、執事ととりとめの無い会話を交わしていた。


 そんな会話が行われているなど知らないクローヴィスの父親ポールは、娘の上官に深々と頭を下げる。

 室内は簡素で、ドアの外にはヤンネが一応見張りとしてついている。

 一応というのは、ヤンネは荒事には弱く、キースに殴られたら一発で沈む程度なためだ。

 キースは座るように促し――

 クローヴィスの結婚話について、両親よりも先に聞いたことなどについて詫びた。

 詫びられたポールだが、相手が相手なので――


「正直なところ、このような場を作っていただき、殿下や総司令官閣下が臨席なさってくださったお陰で、なんとか信用できたくらいでして……娘から自宅で直接聞かされても、全く信用できなかったかと」


 娘であるクローヴィスのことは信用しているが、娘の口から聞かされても、冗談としか思えなかったはずだと笑う。


「わたしに子はいませんが、全く以て同意ですね」


 ポールに同意してから、キースはリリエンタールと司祭(執事)カルロス(ベルナルド)の他、ガイドリクスと自分もサインした書類を見せた。


「間違いなく、リリエンタール閣下の正式な妻として迎え入れられます」


 口頭で説明したところで、信じてもらえないだろうと考えて、書類の作製も行っていた。


「わざわざ書面になさって下さったのですか」

「相手があれ(・・)ですので、簡単には信じられないかと思いまして」

「そうですね」


 ポールは書類を捲り――


「そのサインはリリエンタール閣下本人が、確かに記したものです。この目で確かめました。そしてそれ(・・)が本人のフルネームだそうです。そのフルネームが正しいかどうかは、カルロス司祭に確認していただきました」


 そこには名前ではなく、文章と評するべきだとしか言いようのない署名が記されていた。


「お名前は長いと、義息子(デニス)から聞いておりましたが……これほどとは」


 この世界でリリエンタールのフルネームを言えて書ける、数少ない存在デニス――だが彼の真価はこの時点では、軍の上層部には知られていない。


「一般人がお目に掛かることのない名前ですね。かつてわたしは、リリエンタール閣下の副官を務めたことがありますが、その署名をしたのは一度も見たことがありません。リリエンタール閣下御本人も、”したことはない”と仰っていました。書類に一々そのサインでは、仕事になりませんので」


 リリエンタールはフルネームを書いたことはない――皇太子として冊立された際の書類でも、書くことはなかった。


「そうでしょう」

「ただこれから、クローヴィス卿に手紙を出す際は、その名で送るそうです。あとでフルネームをお届けするとのこと。それと一切祐筆を使わないと仰っていました。正直、あの人からの直筆の手紙は、鬱陶しいと思いますが」

「……なんといいますか、お手数をおかけするようで」

「本人が希望しているので、気にする必要はありません」


 気にするなと言ったキースだが、正直なところ「気にはなるよな」としか思えなかったが、大人なのでそう言うしかできない。


 それから少し話をし――


「実はお願いしたいことが」

「なんでしょう? 閣下」


 キースはさきほど書類を取り出した鞄から、封筒を取り出した。

 手紙はサデニエミ商会宛――いままでキースとサデニエミ商会には、一切繋がりがないので、人を介する必要があり――ポールにその役割を依頼した。

 ポールは手紙を受け取り、


「必ずお渡しいたします。差し出がましいようですが、返事は?」

「返事は必要ありません。会うと書いたその日時以外は、予定が合わないので」

「お忙しいなか、ありがとうございました」


 案内と共に部屋をあとにした。

 クローヴィス一家は、執事が手配した馬車に乗って帰宅の途につく。


「キース」


 当たり前ながらクローヴィス一家を、見送るなどできないリリエンタールは、


「なんでしょう?」


 キースに馬の持ち込みに関しての書類を渡した。


黄金の馬(アハルテケ)ですか」


 キースはこれもリリエンタールの副官時代に、騎乗しているのを見たことがあり――


「結婚式当日、黄金の馬(アハルテケ)の馬車でイヴを迎えに行きたくてな」


 その馬(アハルテケ)が、ルース皇族専用馬であることも知っていた。


「ルース皇族専用馬ですか」


 もうルース帝国はないのだが、皇族は残っており――リリエンタールが絶滅しないよう保護しているのも知っていた。


「イヴ専用にするつもりだ。それならば、よかろう? ルースの名など、残す必要はない」


 キースはルース皇族は嫌いだが、かといってその文化を全部否定するつもりはない。

 だが黄金の馬(アハルテケ)の所有者が、所有権を譲ることに、口を挟める立場でもないが。


「管理はわたしがするから、大丈夫であろう。イヴは馬が好きだと言っていたからな」

「庶民は馬一頭もらっても困るというのに、王家専用馬を全てを捧げられてもなあ……」


 贈り物の規模がおかしいと、この時キースは実感した。


**********


――イヴーーーー!!


 父親のコンラッドと共に、はじめて司令本部を訪れたブルーノは、内心で叫んだ。


 先日、ポールが「新総司令官閣下から」と、サデニエミ商会に手紙を届けてくれた。新しい総司令官キースは平民出身だが、サデニエミ商会とは特に付き合いはない。

 もちろんサデニエミ商会長である、ブルーノの父親コンラッドならば、伝手を手繰ればたどり着けるかもしれないが、


「少し前になるが、あの時は助かった」


 応接室で会談するような関わりはなかった。


――イヴーーーー! あの時の食器類や布、総司令官閣下が使用するなら、言ってくれーー! もう少し、地味なのを渡したぞーーーー! あれ、完全に女性向けーー!

 

 そのサデニエミ商会長と、跡取りをキースが呼んだ理由は、以前風邪(インフル)で倒れた際に、色々と融通してもらった商品の支払い。

 あれから忙しく、なかなか時間が取れず、余裕が出来たらなどと言っていたら、向こう三年は支払えなさそうなので、呼び出して小切手を渡すことにした。


「お役に立てて幸いです、キース閣下」


 コンラッドも事情は聞いていたが、相手が総司令官のキースだとは知らなかったので、ポールから手紙を受け取ったときは驚き――ブルーノは「もしかしたら、事情があって総司令官閣下が……」と淡い期待を持ってやってきたが、その期待は儚いものだった。


――イヴーーー! イヴがそういうヤツだってのは、知ってるけどさ! 知ってるけど、知ってるけどな! イヴらしいよ!!


「サデニエミ商会に幾つか頼みがある」

「なにをご用意すれば、宜しいのでしょうか?」


 呼び出した商会の長に頼みとなれば、なにか欲しいものがあるのだろうと――こつこつとキースの信頼を得られることができれば、商会にとってプラスになる。


「女子寮の食器の納入を。食器が古いんですと、クローヴィスが嘆いていた。破損などを考えて、五十セットで」

「承ります」

「あとは、わたし用の食器を。本部に総司令官用の食器はあるのだが、総司令官なんてのは王侯貴族の地位だったこともあり、庶民が普段使うのには、仰々しい食器類ばかりなので、普段使いできるのを五セットほど頼みたい」

「はい」


 サデニエミ商会はこうして、意外なところ(クローヴィス)から総司令官の御用聞き的な立場を手に入れ――


「あ、ブルーノくん」


 ブルーノは食器のサンプルを持って、女子寮を訪れる許可を貰った。


「スイティアラさん……少尉どの」

「ユスティーナでいいよ」


 士官学校時代から、同期の女性士官たちはクローヴィスの実家を訪れ、ブルーノも紹介されていた。顔見知りという立場を生かして、女性士官たちの希望を聞こうと。

 他の女性士官や調理師など集まり、サンプルを手に取りながら――


「サデニエミ商会が扱う食器、可愛いもんね」

「イヴとは入れ違いになっちゃったね」


 ブルーノが女子寮を訪れた頃には、すでにクローヴィスは補佐武官に選ばれ、国外へ赴くための準備のため、退寮していた。


「せっかく食器が新しくなったのに、使えない! って嘆きそう」

「言うね。”新しい食器になったよ”って手紙を送ってあげよう」

「ヒデェ。でも、イヴはきっと”良かった”って言う」

「イヴはそういう子だよね。ティナから聞いていたけど、ほんと可愛いね」

「ティナはこういうの好みなんだ」

「うん、こういう食器に囲まれて暮らしたい」

「分かる」

「皆さまのご期待に添えるよう、可愛らしい食器を増やしますので」



 サデニエミ商会が王室御用達(ロイヤルワラント)となる、第一歩は女子寮(ここ)――


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