【105】臣下、無言で語る
「ルース人も怯む極寒の地でありながら、ドネウセス半島のお陰で、全国土面している海は全て不凍港」――その不凍港があるせいで、かつてはルース帝国、現在は共産連邦に国土を狙われるロスカネフ王国。
――寒かった! 共産連邦が冬季に攻めるのを、躊躇うのが分かる。なんだよ、あの寒さ! そして、なんでみんな普通に出歩いてるんだよ!
初めて冬のロスカネフ王国に足を踏み入れたクサーヴァーは、帰りの暖かい特別食堂車両で国境を越えたところで、寒さを思い出し肩をすくめた。
――オーロラは綺麗だったけどなあ
シェベクたちの輸送に使用された車両は、リリエンタール所有のもの。貨物よりはマシ程度の車両で運ばれているシェベクたちとは違い、貴族が乗るのに相応しい食堂車両に居るのは、クサーヴァーと、
「…………」
アイヒベルク伯爵。
シェベクたちの輸送開始すぐに、暴れたものがいたが、このアイヒベルク伯爵が蹴って頭を吹っ飛ばし――安易に暴力をふるうものは、暴力に弱いと言われている通り、その一撃ですぐに大人しくなった。
「…………」
――無口だとは聞いていたが、想像の遙か上いく無口さ!
特別食堂車両で食事をとることが許されているのは、この二人だけ。
特別食堂車両というのは、正餐をとる場で、長いテーブルが一つ置かれているので、同じテーブルにつくことに。
――無表情さでいったら、伯爵よりバイエラントのほうが上って……でも料理は美味い
気まずくなるほどの沈黙の中、クサーヴァーは料理に舌鼓をうつ。
それほど気まずいのであれば、時間をずらしたら? と思われるかもしれないが、料理のように移動中には使用制限がかかる水を使用するものは、もっとも偉い人に合わせて、全て一度に作られる。
この車両でもっとも偉いのは、アイヒベルク伯爵なので、クサーヴァーは彼に合わせて動かなくてはならない。
アイヒベルク伯爵よりも身分が低いクサーヴァーが、部屋に運び込んで食べるのは失礼にあたるのでそんなことはしない。
また何時なにがあるか分からないので、食事を抜くという選択肢もない。
【伯爵閣下、伺いたいことがあるのですが】
【答えられるものであれば】
【わたしが来る前に、数名の所属員が、ロスカネフ王国で行方不明になったらしいと聞いたのですが。なにかご存じでしょうか?】
クサーヴァーはそういう話も聞いていたので、テサジーク侯爵に会い、手がかりでも手に入られたら――リトミシュル辺境伯爵に振り回されている感が強いが、出世欲があり、またそれほど実績もないので、こういった機会で自分の存在を見せたいという、意識もあった。
――あれは無理だった。なんだかよく分からないが、無理だった
キースの紹介状で会うことができた「テサジーク侯爵」
”本物かどうか知らん”と言われていたこともあり、注意深くうかがったところ――テサジーク侯爵は、クサーヴァーの前で、リトミシュル辺境伯爵になって、笑いを浮かべた。
――あの表情は、閣下が人を殺す時の表情。見たことあるんだろうなあ……
【諜報部に入ったのはいつ頃だ】
テサジーク侯爵のことを思い出し、軽く震えたクサーヴァーに、アイヒベルク伯爵は声をかけ、
【その頃から今に掛けて、殺害されたと聞いたのは三名だ】
クサーヴァーが所属してから今まで、覚えている範囲で答えてやった。
【名前なども?】
【ü155589、d77709、w56538と聞いている】
――識別番号バレしてる! そりゃ死ぬな。そこまでバレてるとは思わなかった
【ありがとうございます】
聞けば死因も教えてもらえることは分かったが、クサーヴァーは聞かずに料理を口へと運ぶ。
無口と名高いアイヒベルク伯爵は、じっさいに無口ではあるが、とくに近しい人でもない限り、質問には普通に答える――近しい人が相手の場合は、沈黙で答えることもあるが、それは滅多にしない。
その二人を乗せた特別編成車両は、フォルズベーグ王国の首都近くで停車し、
【お初にお目にかかります、ウィレム陛下】
ウィレムに成りすましているハーゲンに出迎えられた。
そこで彼らはハーゲンが集めた国内情報を聞き、
【リリエンタール閣下からだ】
アイヒベルク伯爵は、資金と武器と手勢を渡し、足りない物品はシェベクたちをアディフィン王国に置き、引き返すときに運んでくると伝えた。
【そのままアイヒベルク閣下は、滞在なさると】
ハーゲンの確認にアイヒベルク伯爵が頷く。
フォルズベーグ王国内は、リリエンタールの命を受けたハーゲンが、上手に安定しながらも政情不安状態を作り上げていた――危険分子の誘導、暴発を得意とするハーゲンが得意とするところでもある。
【不安定にさせている国内を、妃殿下が通られることになるのでな】
クローヴィスは武官の補佐として、陸路で大陸を抜けることになり、このフォルズベーグ王国も抜けなくてはならない。
その際、安全を確実なものにするために、アイヒベルク伯爵がフォルズベーグ王国内の路線の安全確保を命じられた。
クサーヴァーとハーゲンは「これほどの将軍が、こんな小国の線路の安全確保って……ルース横断鉄道全線とかなら分かるけど」と思ったが、
――シェベクたち如きを運ぶのに、アイヒベルク伯爵を使った理由が分かった
――アイヒベルク伯爵を投入するほど、お気に召してるんだろうな
同時に納得もした。
【アイヒベルク閣下が滞在できるよう、手配を整えておきます】
【任せた】
こうしてアイヒベルク伯爵は、クローヴィスが選考を受ける前に、異国の線路の安全確保に必要な手筈を整えた。
【頑張れよ、ハーゲン王】
【元気でな、偽シシリアーナ枢機卿】
そしてアディフィン王国へと到着、シェベクたちは、
【おお。戻ってきたのか】
リトミシュル辺境伯爵に、無事引き渡された。
【国際軍法か。分かった】
連合軍の総司令官から「裁判で裁けるようにしろ」と命令を下された連合軍の参謀長官は頷き――
【妃が通ると?】
【そうだ】
連合軍の犯罪者を預かることになったアディフィン王国の大統領も交えて、会談が行われた。
交えてとは言っているが、大統領はクサーヴァーと同じく立ったままで、着席しているのはアイヒベルク伯爵とリトミシュル辺境伯爵だけ。
【ルートは?】
【この赤い線で】
ここでもアイヒベルク伯爵は、クローヴィスの移動ルートについての説明を行った。
【ふむ、分かった。詳細な日時は】
【ここに】
日付も時間も、細かいところまで既に決まっている。
【了解した。それで、わたしは何をすればいいのだ?】
【妃殿下が通過するまでは、フォルズベーグ王国には小康状態を保たせるようにとのこと】
【ふむ。お前がいるなら、戦闘状態でも問題なく通過できそうだがな、リーンハルト】
【…………】
リトミシュル辺境伯爵の問いに、アイヒベルク伯爵は答えなかった。
無口な彼には、良くあることなので、付き合いが長いリトミシュル辺境伯爵は「命令に従うまで」ということだと、気にはしなかったが、
――妃殿下が参戦なさる恐れがあるので……
アイヒベルク伯爵の内心はそうではなく、また、その予想は限りなく正解に近かった。
【それで? なにかすることはあるか?】
【閣下より”なにもしなくてもよいが、暇ならば好きにして良い”とのこと】
【アディフィンがフォルズベーグに戦争を仕掛けてもいいと?】
【特に問題はないとのこと。それに関してはわたしも同じ意見だ。辺境伯が指揮するアディフィン軍とフォルズベーグがぶつかったところで、まともな戦争にはならない。簡単に圧勝できる】
【それを言われるとな】
【戦争下手ならば止めたが、戦争上手だから止めはしない】
アイヒベルク伯爵は伝言を済ませ、バイエラント大公国へと向かった。
大公国には立ち寄る予定なので、預かっているテーグリヒスベック女子爵と会い、クローヴィスについての委細を伝えるため――
【アントンの妃について聞かなかったのは、リーンハルトに聞いても分からないからだ。あいつは家臣として心得ているから、主君の正妻に関して意見を述べるような男じゃないからな。そうじゃなくても、なにも言わんだろうがな、リーンハルトは】




