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フラレ男の英雄出世街道~もしくはただのシュラバ珍道中~  作者: 正月 楓
勇者の独白とグリー傭兵団
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勇者一行の旅路 side勇者

 僕の名前はクロス・ディライト。教会騎士を目指していたのだが、この度教会より勇者の認定を授けられた。この僕が。

 ――泣きたい。



 ミストラル大陸において、勇者と言えば各国を代表する最強の戦士。

 僕の国では、最も可能性にあふれた若者に教会から授けられる称号。

 最も勇ましき者、魔を討つ旅に出る者に与えられる名前だ。 


 そして僕はと言えば、確かに同年代との模擬戦で負けたことはなかったが、顔が女みたいだからって周りの子たちにバカにされるし、犬にほえられただけでビクつくし、泣き虫だし、とてもじゃないが勇ましいなんて言われる人間じゃない……。


 剣を扱いながら魔法も使えるという珍しい素質を幼い頃から持っていたので将来の聖騎士候補なんて言われもしたけど、そんな大層なお役目についてしまったらさらにイジメられるようになるのではないかと、僕はその頃気が気じゃなかった。


 ……そんな僕が、勇者。

 ……神様、もし願いを聞き届けてくれるなら、どうか僕を窓際まどぎわ教会騎士にしてくださりませんか……。


 しかしそんな祈りが届くはずもなく、僕は国中の戦士の中から魔王討伐の旅のパーティに選ばれた、最年長の男武闘家ディーさんと、僕より四つ上で十六歳(でも背丈は僕と変わらない)の女魔術師リリネルさんと旅に出ることになった。


 ――そしてそのあと、僕は旅の途中に寄ったとある町で彼女、グレイ・ハーネットと出会うことになる。

 

 もし、かつて僕を天才と評した大人たちが彼女を一目でも見たことがあったなら、僕に対してそんな評価は下さなかっただろう。


 本物の天才。剣を振るために生まれた神の申し子。


 この出会いの時から僕はずっと、彼女の輝きにせられている――




 ちなみに、僕は勇者と呼ばれるほど強くない。


 一応剣も魔法も使えるが、パーティ内には僕より数段上の魔術師リリネルさんもいるし、グレイには剣術では歯も立たない。総合力ですら二人には及ばないのだ。



 旅の最終局面、魔王と闘った時も、パーティの実質的なエースであるグレイが魔王と相対し他のメンバーはサポートに回った。僕もそうだ。


 魔王は二メートル超えの長身に青と黒が入り混じった肌をしていて、だらりと下げた腕には二本の長大な太刀が握られていた。頭部にはねじくれた角が生え、その凪いだような無表情のなか瞳だけが薄暗い光を放っている。


 ――グレイがオーラを纏って突っ込み、戦いは始まった。


 接戦。魔王との戦いは互角で進んでいたが、ほんの少しの差でグレイが押し負け、相打ちとは言えないまでも重傷と呼べる傷を魔王につけながら、彼女は切り裂かれ吹き飛ばされていった。


 その時の、心臓に氷の杭が突き刺さったような、全身が凍りついたような感覚は今でも忘れることができない。


 グレイが、負けた? 僕の剣の師匠でもあり、いつもきついこと言いながらも皆を、僕をひっぱってきたグレイが?


 僕は次の瞬間、自然と魔王の前に立ちはだかっていた。



 僕は死に目に会うと、頭の中で何かのタガが外れる。

 周りの景色が緩やかに流れ出し、たった一つのことしか考えられなくなる。

 すなわち、どうやって皆で生き残るか。

 このことを話すとパーティの皆は、じゃあ最初から死ぬ気で戦え! と怒りだす。


 でも無理なのだ。いくら死ぬ気で頑張ろうが、怒ったグレイに半殺しにされようがあの状態にはなれない。

 死に目に会わないと、タガは外れない。


 今まで何度かこの状態で窮地を乗り越えたことがあった。ほとんど覚えていないがまるで人間とは思えないような動きだったと、のちに仲間から聞いた。


 絶対に勝てない相手に勝つ、まさに勇者だなと仲間に冷やかされたこともある。

 グレイは自分の力をコントロールできないなんて戦士として三流以下だと怒っていた。僕もそう思う。



 タガが外れると大抵は頭の中がシンと冷える。でも魔王と対峙した時、この時だけは何かが奥底でゴウゴウと燃えていた。

 一挙手一動を見逃さず、魔王と斬り結ぶことだけに全神経を注ぎこんだ。

 それまで、この状態がそれほど長く続くことはなかった。長くてもニ、三分で終わりそのあとすぐに意識を失っていた。


 でもこの時はグレイが回復し目を覚ますまで、三十分ほど魔王と一人で戦っていたらしい。

 仲間に聞いたところ、僕は相変わらず人ではない動きをしていて、とてもじゃないが戦いに手を出す隙がなかったそうだ。

 助かった、もし魔王以外の動きが視界に入っていたら、集中が切れて魔王に斬り刻まれていたはずだ。


「よくやった、さすがはあたしが見込んだ勇者様だよ」


 ――周りの音すら遠ざかっていく極限の集中の中、懐かしい彼女の声が聞こえた。

 奥底で燃え盛っていた何かが静まっていくのを感じる。

 でも大丈夫。まだ戦える。彼女がそばにいるのだから。


 その時の感覚は今になっても言葉にしづらい。

 まるでグレイと意識を共有したかのような、二人で定められた剣舞を舞っているかのような不思議な感覚。

 気付けばグレイの剣が魔王の腕を斬り飛ばし、僕の剣が魔王の胸を貫いていた。



 やっぱり、僕だけじゃ全然強くない。

 グレイと共に戦うから、強くなれるのだ。


 僕は彼女に告白した。

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