宣戦布告せよ
「やあやあ、よく来たねひたぎちゃん。まぁ座りたまえ。」
都内某所、大通りから少し外れた所にある小さくもおしゃれな喫茶店。ここが二階堂先生改め、文子先生が指定した場所だ。
私が店に入ったとき、先生はすでに来ていたようでサイン会のときとは違う悪どい笑みで迎えてくださった。
「ひたぎちゃん、例のものは持ってきたかな?」
促されるまま先生の前に座り、事前に頼まれていたものを渡す。ふむふむと先生に読まれているそれは、まだ投稿していない私が書いた小説の一話部分とそのあらすじだ。まだ未完成だけど、こうして目の前で読まれるのはなんだか恥ずかしいというかいたたまれないというか……なんとも言えない気分だ。
「ふむふむなるほど」
どうやらだいたい読み終わったらしい先生の声に改めて背筋を伸ばす。いよいよ話しに入るのだろうか。
「ひたぎちゃん。君。ネットで小説書いてるね」
「えっ」
また当てられた。まだそんな話ししてないのになぜわかったのだろう。
「……すごいですね。それも先生の特技なんですか?」
「いや、これはなれればわかることだ。この話しも追々話そう。ところで、投稿してる場所はどこだい? 自分のホームページ?」
「いえ、自分でホームページを作るのは大変なので某大型小説投稿サイトです」
私がそのサイト名を出すと先生の顔つきがガラリと変わった。何か深く思案するような顔に不安な気持ちになってしまう。何かまずいことでも言っただろうか。もしかしてそのサイトで投稿するのはマズかったのか。
「そのサイトの噂とか聞いたこととか調べたりとかしたかい?」
「特に、ないですね」
「……私が感じた限りではあるが、そこはあまりいい感じがしない。もちろん初心者とかアマチュアの人が書いているから当たり前だが、あまりにも同じものが多すぎる。それに、あんなに書いている人が大勢いるのに突飛してすごいって人が極端に少ないのも疑問だな。ランキングに上がる作品には首を傾げたくなるものも多い。全体的に首を傾げる」
常々心の片隅で思っていたことを先生はズバッと言いのけてしまった。確かに首を傾げたくなるときもあったが今まで見ないふりをしていたんだ。改めて声に出して言われるとやっぱりな、と思ってしまう。
「んー?いいこと思いついちゃったぞ」
さっきまでの不機嫌な顔が嘘のように先生の顔が笑顔に変わる。笑顔と言っても可愛い女性らしい笑顔じゃあなくて、まるで魔王が悪いことを思いついたような悪どい笑顔だ。綺麗な顔をした先生がやるような顔ではないが、残念なことにものすごく似合っている。
「ひたぎちゃん、君がランキングの上位に上がればいい」
「は?」
「うんそれがいいな! この私が鍛え上げた愛弟子がそのサイトの常識を覆させるんだ! 革命! そうだ革命だ! 革命を起こすんだ!」
「ちょっと先生、落ち着いてください!」
いきなり立ち上がって叫び始める先生を落ち着けようとするが全くもって効果がない。お店の中だから本当に勘弁してほしい。他のお客さんも何事かとこっちを見ているし。
「いいかひたぎちゃん、これは革命戦争だ! 私と君の二人に対して敵は十万以上いる不特定多数のユーザー。戦況は圧倒的にこちらの不利。だがしかァし! 主戦力はネタを考える才能があるひたぎちゃん、そして指導者はこの私だ! この天才小説家と呼ばれる私が味方なんだ百万力だぞ! 負けるなんて道は絶対なーいッ! ペンを持て! 文字は兵力! 弾丸と言う名の文章力で相手を沼に叩き落とし、戦車と言う名の表現力で敵を殲滅させ、地雷という世界観の魅力でもって完膚なきまでにこちらの世界へ引き込むのだ! 革命の灯火は今ここに! 狼煙を上げろ! 全面戦争だ!」
ヒートアップして最後には椅子に乗り上げてしまった先生に頭を抱えたい。他のお客さんなんかまばらに拍手しているけど、それも恥ずかしい。かなり恥ずかしい。
何かのスイッチが入ったらしい先生のテンションは止まることをしらず、まだ上がっていく。ヒートアップしていく先生を止める術があるなら誰か教えてください。
「あらあら、先生ったらまたヒートアップしちゃって」
先生の奇行に困りはてていた私に助け舟を出してくれたのは美人な店員さんだった。店員さんは魔法のように先生を落ち着かせ、椅子に座らせてしまったのだ。
「むっマスターか。ついでに紅茶のおかわりを」
「はいはい先生。でもあまりヒートアップしちゃあダメですよ。お弟子さんが困ってました」
なんと。この暴走機関車のごとくヒートアップする先生をまたたくまに静かにさせた美人な店員さんはこのお店の店長さんだったのか。それに先生とも顔見知りのようだしもしかしたら先生の奇行にも慣れっこなのかもしれない。
「ふふふ。お弟子さんも大変そうね、先生ったらすぐ暴走しちゃうんだから」
「むむむ。ひどい言い草じゃあないか」
「本当のことですよ。昨日だってシャロンさんが愚痴りに来てましたもの」
先生は少し不機嫌そうな顔で新しく入れてもらった紅茶に口をつけている。少し、先生と店長さんの関係が気になるところだけど今聞くべきことじゃあないのかもしれない。
「私、驚いちゃったんですよ? 先生は頑固として同じ席にしか座らないのに今日はテーブル席に座るんだもの。何事かと思ったわ」
柔らかな笑みを浮かべる店長さんは私にも紅茶を入れて話しを続ける。
「まさか人付き合いが嫌いな先生がお弟子さんを連れてくるとは思わなかったわ。文子先生が弟子にするくらいだもの、きっと有名な小説家さんになるわよ。私たちも応援してるわ!」
他のお客さんからも頑張れよと声をかけられジンと目頭が熱くなる。
まだ歩き始めたばかりなのに応援されるなんて……。これはなんとしても応えなくてはいけないな。
「ありがとうございます!」
短時間で見慣れてしまった悪どい笑みを浮かべる先生を見て、ふと気になってしまったことがある。
「先生、改めて聞かせてください。なんで私にここまで教えてくれようとするんですか」
「そんなの簡単さ。私は常に小説のネタを探している。そして君は実に面白い。素人からプロの小説家になる過程なんて滅多に見れないそれが目の前にあるんだ。ネタにしないわけがないだろう」
唖然とする私を見て、先生は悪役のような悪どい笑みをさらに深めた。
「さぁ改めて、講義を始めようじゃあないか!」