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サー姉様の部屋を出て、歩き出す。
色々と考え込んでしまうよ、まったく…。
隊長が私を気遣う。
「大丈夫ですか?」
「どうして?」
「顔色がよくありません」
そうなのか…。
私は、思っている以上に衝撃を受けているんだ。
「隊長、少し居間で休んでいくわ」
「畏まりました」
懐かしい居間だ。
ここで、みんなで、いろんなことを話たなぁ。
ソファに座って、ボーとしてしまう。
サー姉様は、なんで、あんな事言ったんだろう?
一番輝いていて、カッコ良くて、優しかったのに。
あのサー姉様は何処に行ったんだろうか?
顔なじみのハイヒットの侍女が、紅茶を持ってきてくれる。
私の好きな葉っぱだ。
心が落ち着いた。
けれども、だ。
サー姉様の言葉の一つ一つが思い出されてしまう。
なんだか、切なくて、少し泣いた。
そこに、ジャック兄ちゃんが来た。
「どうした?」
あわてて、涙を拭いた。
「ううん…」
「なんでもない、なんて、言うな?何があったんだ?」
見透かされてるなぁ。
ジャック兄ちゃんも大人になったね。
「サー姉様と話したんだけど、なんか、拒まれてしまって…。ジャック兄ちゃん、何か、あったの?」
「あ、姉様か…」
私達は、無言になった。
けれども、ジャック兄ちゃんは優しく微笑んで話してくれる。
「姉様はね、ここ最近は、荒れているんだよ。学院を休んだりしててね。フィーもマリーも大切な人が出来たんだ。妹に置いていかれた気がするんだろうな、きっと」
「でもね、別人みたいだよ?今日だって来いって言われたから来ただなんて…」
「ああ、それか?家にきたくないって、随分と母上を困らせたみたいだ。けど、昨日になって渋々家に戻ってきた。やっぱりマリーを祝いたい気持ちはあるんだよ」
「けど、あんな言い方するなんて…、サー姉様は、家族が嫌いになったの?」
「そうじゃないよ、わかるだろう?」
何が、わかるの?
「何が?」
「姉様は素直になれないだけだ。おまえ達が余りにも輝いているからね」
「そう?」
ジャック兄ちゃん、苦笑い。
「大体、人前で、あんなに堂々とキスされちゃ、見てるほうが辛いぞ?」
「あ…」
独り者には目の毒、って奴ですか?
「陛下も人の子だな。おまえといると、変わってしまうよ」
「そう?」
「ああ、まったく周りが見えなくなっていらっしゃる。フィー、それだけ、愛されてるんだな?」
「ジャック兄ちゃん、照れるよ」
お兄ちゃんは、どこか、ザックに似た笑顔になる。
「だけど、その光が眩しい人間もいるんだよ。フィー、弱い人間の気持ちがわかるようになれ。わかるか?」
「弱い人間?」
「そう、全ての人間が毎日努力したり必死に働いたりする訳じゃないだろ?」
「うん」
「怠けたり、やらなかったり、文句言ったりする人間もいるじゃないか?」
「いるね」
「そんな弱い人間の気持ちだよ」
「けど、そんなの、言い訳でしょ?」
「そうだ、言い訳だ。けど、言い分ともいえる」
「うーん…」
「弱い人間に見方しろっていうんじゃない。助けろともいわない。けどな、弱い人間の考え方がわかると、利口になるんだ」
「利口?」
「フィーは王妃になる人間だ。無駄な敵を作るんじゃないぞ?利口になって、味方を増やすんだ」
なんだか、哲学の授業みたいだ。いや、心理学かな。
「ジャック兄ちゃん。今の言葉、考えてみるね」
「ああ、ゆっくり考えてくれ」
「うん!」
いつの間にか、授業を受けた気分だ。
ジャック兄ちゃんは、教授になる人だね。
さっきまでの切なさが消えていた。
これで、いいんだろうか?
「姉様のことは、私たちが心配しても、どうにもならない。姉様が落ち着くまで待ってみよう?」
「そうだね」
ジャック先生、妹はちょっと元気になりましたよ?
「そうそう、フィー、おまえが早く戻らないから、陛下が不機嫌になってたぞ?」
「あ…」
ヤバイ!
と、思った瞬間に、声がした。
「カナコ?」
え?
照れ笑いのデュークさんが私たちの後ろに立っていた。
「いつからいたの?」
「途中ぐらいかな、ジャック、すまんな、聞いてしまった」
「いいんですよ、陛下」
「しかし、いい講義だった。おまえはいい学院長になりそうだ」
「「え?」」
私とジャック兄ちゃんは、ぽかんと口を開けたままになる。
「どうした?間抜けた顔は、兄弟でうつるのか?」
「今、なんて言ったの?」
「あ、」
しまった、って顔、したよね?今、しましたよね?
「デュークさん?」
「陛下?」
拙いって顔だよね?
「ザックから、聞いてないのか?」
「なにも…」
「仕方ない、俺が悪いんだな?聞かなかったことにはならないしな。ジャック、今すぐというわけではない。だがな、学院長候補に1人に、おまえが上がっているんだ。頑張れよ?」
なんか、丸め込まれた感じがする。
ジャック兄ちゃんは、浮かれてる感ありあり。
落ち着けよ!
「あ、ありがとうございます!」
けど、嬉しいよね?
私も嬉しいよ!
色々とあった宴は続いている。
けれども、私達は、丘の上に帰ることにした。
王様は一番最後に現れて、一番最初に帰るものなんだって。
1人で帰るなんて、寂しいよね。
一緒に帰ろう。側にいるからね。
夜。
目の前にデュークさんがいる。
当たり前の光景なんだ。
そして、私たちはキスをしている。
けど、も。
デュークさんが、突然、キスを止めて、私の顔を覗き込んだ。
「どうした?」
「うん?」
「俺のキスよりも、心奪われる出来事はなんだ?」
なんで、ばれた?
「どうして、わかるの?」
こんな時に笑うんだよ。
そんでもって、その笑顔が最高に素敵なんだ。
「いつもと違うからな」
「あ、ごめんなさい」
「いいよ。けど、何があった?教えてくれ」
優しいね。嬉しい。
「サーシャ姉様のこと」
「一番上の?」
「うん。思い出してしまうの」
赤紅の瞳が私を優しく見てる。
「マリ姉ちゃんの結婚式なのに、嫌々来たなんて、信じられなくて」
「嫌々来たのか?」
「来いって言われたから来たんだって。どうして、そんなこというんだろう?」
デュークさんの手が、私の髪に触れる。
「おまえの紫紺の瞳を曇らせる理由はそれか?」
「だって、いつも自慢の姉様だったんだよ?強くて優しくて、頼りがいがあって。初めてデュークさんと家に行った時だって、学院においでって、言ってくれたでしょ?それなのに、なんで、急に?わからないの…」
「そうだな、どうしてだろな。カナコ、それは俺にもわからない。けどな、…」
「うん?」
「サーシャは、いつもカナコを守ってくれていたんだろ?」
「そうだよ」
「そうして守ってきた存在達が、守らなくてもいい存在になって、伴侶も見つけて、仲の良いところを見たりもする。それは、辛いことかもしれないぞ?」
「そっか…」
「サーシャには守ってくれる人間はいないのか?」
「いるよ、私だって、守るし、家族は全員そう思っている」
デュークさんの手が私の手を握った。
温かいんだ。
安心するんだ。
「その他には?たとえば、おまえにとっての俺のような存在のことだ」
「わからない…」
「カナコとマリーにはいるのに、サーシャにはいないのかもしれない」
「うん、そうかもしれない」
ああ、それは辛い。
誰かに身を委ねる事が出来ないって、寂しいね。
私は日本じゃずっと独りだったんだ、良くわかるよ。
デュークさんに出会えて、互いに確かめ合う時間を築いていってるから、わかるよ。
「それって、辛いね。私、デュークさんがいなくなったら、耐えられないから」
「俺は耐えたぞ?」
「凄いね、デュークさんは、やっぱり王様だ」
キスするんだよ、こんな時に。
「嘘だ。耐えられなかった。だから間違った結婚なんかしてしまった」
「デュークさん…」
「人は弱いな」
「そうだね、独りは辛いね」
「だから、だ」
とても優しいキスを。
愛してくれてる、からだね。
「今は、心配事を忘れろ?おまえの目の前の俺を、愛してくれないか?」
「仕方ないわ。愛してあげる」
「叶わないな、カナコには…」
私から、キスをした。
今の私に出来る、一番深いキスを。
「今日のカナコは、熱い…」
「デュークさんのせい、だ」
息が、苦しいほどに、熱い。
この熱さは、デュークさんがくれたもの。
この肌がデュークさんの熱を求めるんだ。
触れられるたびに、声が出てしまう。
「あ、」
「声を聞かせてくれ、」
「で、あ、」
「俺だけしか、聞けない声だよ…」
「ああ!」
言葉になんか、できない。
愛してるよ。
こんなにも深く愛せるんだ。
出会えて良かった。
生まれ変わって良かった。
デュークさんのもたらす熱に溶けてしまいそうな時間。
「カナコ、愛してる」
その言葉には答えずに、体が応えた。
私はゆっくりと彼を包み込み、受け止めた。
2人の体が重なり合う。
汗が愛おしい。
「いつまでも、一緒ね?」
「ああ、約束だ」
深い夜だった。
私たちはそのまま、眠ってしまった。




